第二百二十九話 新勇者パーティの出発
「女神の泉には、不老の効果もあるというのか? でもその話にはまだ、何も確証は無いのだろう?」
俺は慌てて、ククリアにその事を聞いてみた。
「ハイ、そうですね。今の所はまだ、ボクの推論でしかありません。ですが夜月皇帝が、女神の泉の場所を突き止めている可能性が高いのは間違いないでしょう。そして女神の泉を研究する事で、何かしらの『効能』を彼が得ているのだとしたら。きっとこれから、この世界には大変な出来事が起きると思います」
「大変な出来事か。まさかグランデイル王国のように、世界を侵略する事が出来るような強力な軍事力を、夜月皇帝が隠し持っている可能性があるというのかよ……」
遺伝能力を持つ人間の、真の力を引き出すとも言われている女神の泉。
もし、その泉の力を夜月皇帝が手に入れているとしたら。夜月皇帝はそれを、一体何に利用しようとしているのだろうか?
少なくともうちのコンビニにいるフィートは、幼い時にその泉に入って、獣人化の能力を手に入れたという。
本人はその時の記憶を、まるで憶えていないみたいだけど。それは夜月皇帝がやろうとしている事と、何か関係があるのだろうか。
「フン。グランデイル王国も、地下に最初の勇者が使ったという『ゲート』が封印されていた国家だ。そしてそれを管理してきた王族が、良からぬ事を地下で企てていたというのなら。皇祖父が女神アスティアに関係する泉を見つけ出し、同じような怪しげな野望を企んでいたとしても不思議はないであろうな」
「問題はそれによって得られた結果が、夜月皇帝にどの程度の戦略的な価値をもたらしたかでしょうね。それは量産されたグランデイル軍の白い魔法戦士達に、対抗し得る程のものなのか。その内容によっては、これからの世界の戦局は、大きく変わっていく事もあり得ます」
「そうだな、そしてそれを見極める為にも。俺達は今は、夜月皇帝の今後の出方を見守るしかないという訳なのか……」
「…………」
会談をずっと続けていた俺達は、いったん話を止めて。少しだけ休憩を挟む事にした。
何事も、根詰め過ぎは良くない。
そして、おそらく今後の俺達の予定としては、夜月皇帝が本格的に動き始めるまでは、何も出来ないだろうからな。
コンビニの大魔王に対抗する為にも、動物園の魔王である冬馬このはには目覚めて貰う。そして遺伝能力者であるティーナを覚醒させる為にも、更には女神アスティアの謎を探る為にも、俺達は女神の泉を必ず探し出さないといけない。
その女神の泉の場所を知っている可能性が高いのが、夜月皇帝ミュラハイトであるならば。
彼が表の舞台に出現し。行動を起こすまでは、俺達は静かに身を潜めているしかないだろう。
「ううっ……」
急にミズガルドが下を向いて。自身のお腹の辺りを押さえ始めた。
「ミズガルド、大丈夫か? やっぱりまだ体調が優れないんじゃないのか?」
俺は慌てて、青白い顔をしているミズガルドのそばに駆け寄ろうとすると――、
”グギュゥゥゥゥゥゥ〜〜〜ッ!!!”
空腹で腹の虫が大きく鳴る音が、倉庫の中に響き渡った。
えっ、今のって……。
ミズガルドのお腹が、盛大に鳴った音だよね?
俺も数学の授業の最中とかに腹を鳴らして。周りがシーンとしてたから、めっちゃ恥ずかしい思いをした事はよくあったけど。
まあ、俺みたいな一般学生の苦い過去の体験と。帝国の皇帝陛下を同じ条件で比べちゃうのは、流石にマズイよな。やっぱ、皇帝はプライドとか自尊心がもめっちゃ高そうだし。
ミズガルドは無言で、自分の腹を両手で押さえつけている。その顔はリンゴのように真っ赤に染まっていた。
「……コンビニの勇者殿。ここはいったん、休憩を兼ねて食事をした方が良いかもしれませんね」
「うん、そうだな。そうしよう! えーと、ミズガルドはたしかリンゴが好きなんだったよな。コンビニにリンゴは扱っていたっけかな? とりあえず、美味しそうなものを何か適当にもってくるけど、飲み物はお茶でもいいかな?」
「愚か者め。我は帝国を統べる皇帝なのだぞ。この我が普段宮殿で食しているようなものが、このような場所に置いてあるはずもあるまい。だから特に何でも良いわ。今の我は貧乏貴族以下の豚のような存在だ。例え雑穀をこの部屋の床にぶちまけられようと、喜んでそれを啜ってみせるぞ」
いやそんなに、自虐的にならなくてもさ。
それにうちのコンビニで扱っている食べ物は、どれも絶対に美味しいと思うぞ。ミズガルドがリンゴ好きなら、フルーツとか甘いものならいけそうだよな。
帝国の皇帝が宮廷で普段食べているものなんて、全く想像もつかないけど。異世界のコンビニ飯も、きっと気に入って貰えると俺は思う。
俺はいったんコンビニの倉庫を出て。事務所のティーナの様子を見に行く事にした。
「彼方様、皇帝陛下は大丈夫でしたでしょうか?」
事務所でコンビニ戦車の運転をしてくれていたティーナが、心配そうに声をかけてきた。
ティーナはコンビニを帝都の近郊から離れた、人目のつかない森林地帯に停車させてくれたらしい。
「ああ、大丈夫だよ。でも、どうやらミズガルドはお腹を空かせているみたいなんだ。だから何か美味しいコンビニご飯を食べて貰おうと思ってさ」
「それならば、既に私が『特選、コンビニランチセット』をコンビニ商品の中から、厳選して用意しておきました。それと皇帝陛下の為に、着替えの衣装も用意してありますので、ぜひ後は私にお任せ下さい」
「えっ、そうなの? さすがティーナ、用意が早いな!」
俺に褒められたティーナは、ふふ〜んと嬉しそうな顔をして形の良い胸を張る。
どうやら既に、ティーナは皇帝がお腹を空かせているだろうと予想をして。あらかじめ食事や着替えの用意をしておいてくれたみたいだ。さすがはティーナさん、その辺りは本当に抜かりないよな。
それによくよく考えてみると、ミズガルドはずっと寝間着のままだった。コンビニの中は空調バッチリで、暖かいから全然気にしなかったけど。
流石に帝国の皇帝陛下に、ずっとネグリジェ姿のままでいて貰う訳にはいかないよな。
「ちなみにティーナの選んだ『特選、コンビニランチセット』って、どんなメニューになっているんだ?」
「ハイ、異世界料理が初めての皇帝陛下の為に、出来るだけ食べやすい商品と、今までのコンビニ営業活動の中で特に売り上げの高かった人気メニューを、私が厳選してチョイスしたものになっています!」
ティーナ特製のコンビニランチセットか。
何だかネーミングからして凄く美味しそうだな。俺もお腹が減ってきたし、一緒に食べさせて貰おうかな。
「ダメですよ、彼方様! 皇帝陛下はお着替えもしますので、男性は部屋の外で待機していて下さいね」
「ええ〜っ! そんなぁ……。俺もティーナ特製ランチセット食べたかったのに〜!」
「大丈夫ですよ、ちゃんと彼方様の分は事務所の机に用意をしておきましたから。それとお夜食用に、『特製ティーナの女体フルーツ盛りセット』も用意してありますから、そちらもぜひお楽しみにしていて下さいね☆」
ティーナは笑顔で手を振って。
ククリアとミズガルドが待つ倉庫へと、スキップをしながら入っていった。
ゴクリ。な、何なんだよ、ソレは……。
ネーミングからして、絶対にR18指定の『大人のお夜食』に決まっているよな。まさかあんなフルーツや、こんな果物が、いろんな所に用意をされているんじゃ……。
それを、ククリアやフィートやミズガルドもいる、このハーレム状態のコンビニの中で。まさか俺一人で、夜中に美味しく食べろっていうのかよ? それって、下手したら公然わいせつ罪とかになったりしないのかな。
「なーに、よだれを垂らして、だらしなく鼻の下を伸ばしてるんだよ、変態お兄さん! あたい達もさっさと飯にしようぜー!」
コンビニの事務所に残っていた盗賊のフィートが、呆れた顔で俺に呼びかけてきた。
「なっ、フィート! お前いつからそこにいたんだよ」
「最初からずっといたって。変態お兄さんが、頭の中で淫らなフルーツセットを思い浮かべて、にへへ☆って薄ら笑いをしてるとこから、ずっとあたいは見てたよ」
フィートは事務所の机の上に、サバ缶を5つ並べて。
それらの蓋を器用に全部開けて、うえっへっへ☆と、舌なめずりをしてからネコのように食らいついていく。
まったく、ホントにフィートはサバ缶が大好きなんだな。もふもふの猫娘だからサバ缶が好きなのかな?
その辺は分からないけど、見ていて可愛いし。俺的には眼福なので何も言うまい。
事務所の机をよく見ると。『彼方様のお食事』と書かれたメモが付いているランチセットが、トレイの上に用意されていた。
メニューは鮭おにぎりと、コンビニのおでんセット。
それにヘルシーサラダとコーラという組み合わせだ。
「うぉっ、美味しそう! 俺の大好きな鮭おにぎりにコーラもつけてくれているなんて、うう……。さすがティーナ。俺の好みを全部分かってくれているな!」
「変態お兄さん。そんな黒い飲み物より、このコーヒー牛乳って奴の方がぜ〜ったいに美味しいって! 悪い事言わないから、これを飲んでみなよ!」
「いやいや、フィート。お前はまだまだ甘いな。コーラは熟練したコンビニ戦士には必須アイテムなんだよ。コーヒー牛乳も悪くはないんだけどさ。疲れを一気に吹き飛ばしたい時には、キンキンに冷えたコーラをプシュ〜ってして、ぷはーーっ! って飲むのが喉の奥に染み渡って最高なのさ」
黒いコーラをぐびぐびと飲む俺の姿を見ながら。フィートはふーんと、懐疑的な眼差しで見つめてくる。
「あたいには、そのシュワシュワする黒い飲み物は飲めないけどね〜。やっぱ牛乳が一番美味しいよ。そしてこのコーヒー牛乳は甘くて、最高に美味くってあたいは大好きなのさ〜!」
ゴクゴクと、コーヒー牛乳を一気飲みするフィート。
俺はそんなフィートに、改めて尋ねてみた。
「なあ、フィート。またお前の昔の話を聞いてしまうけどさ。本当に『獣人化』の遺伝能力を手に入れた時の事は、あまり憶えていないのか?」
「ごくごく……ん〜? まーた、その事かい。あたいは何も憶えてないよ。まだ小さい時だったし、たしか虹色に光る泉に入って、溺れかけた記憶だけはうっすらと憶えてるんだ。でもそれだけ。それ以前の事は何も憶えてないよ。その後は1人でふらふらと森を彷徨っている所を、たまたま盗賊団の首領に拾って貰ったんだ」
「そうか……。でも、どこかに虹色に光を発する泉があったのは間違いないんだな。フィートが記憶を失って、盗賊団に助けて貰った森の場所ってどこなんだ?」
「うーん、たしかあたいを育ててくれた親方が言うには、南の方にある森だったと思うよ。帝国領の南には永久氷土が広がっているから、あまり人は近づかない場所みたいなんだけどね〜」
ふむふむ。やはり南の方角か。
ククリアの言っていた情報とも方角は一致するな。
となると噂の夜月皇帝は、もしかしたら帝国領の南部に隠れている可能性があるな。
女神の泉に入った幼いフィートが『獣人化』の遺伝能力を手に入れたという事実。
そしてそれ以前の記憶を失っているという事も、何か重要な意味を持つのかもしれない。
フィートが女神の泉に入ったという出来事は、たまたまの偶然だったのか。それとも何か意図的なものによるのか。
記憶を失っているフィートに聞いても、分からないけれど。何かよからぬ悪い陰謀が動いているような予感がして、俺はつい不安な気持ちになってしまう。
どちらにしても、俺達の探し求めている場所は既に夜月皇帝によって管理されている可能性が高そうだ。問題はその場所を、これからどうやって探すのかだな。
そして帝国領に侵入してきている、グランデイル軍の動きも気になる。
グランデイル南進軍を率いているのは、あの妖怪倉持だ。アイツに会ってグランデイルのゲートの事や、クルセイスの事。そして異世界のゲートを渡る為の秘密を知っているのなら、それを奴から聞き出したいという思いもある。
フィートがサバ缶を、ガツガツと食べて。
俺がコーラを片手に、鮭おにぎりを頬張りながらコンビニの事務所で今後の事を思案していると。
「むふぉおおおおおぉぉーーっ!!?? 一体何なのだ!! この究極の珍味はぁぁぁーーーーっ!!」
お隣の倉庫部屋から、何かもの凄い叫び声が聞こえてきた。
えーと。今のは多分、ミズガルドの声だよな……?
どうしたんだろう、コンビニの食事が皇帝の口には合わなかったのかな。
「……彼方様、た、大変です!!」
倉庫から、こちらに慌ててティーナが戻って来た。
「ど、どうしたんだ、ティーナ?」
「それが……皇帝陛下が、コンビニの『プリン』をお召し上がりになったのですが。あまりの美味しさに感動されて、プリンを追加で50個欲しいとご所望されているんです!」
「50個だって!? そんなに? いや、さすがにそれは食べ過ぎだろう!」
「私……急いでプリンの追加発注を致しますね!」
ティーナが事務所のパソコンで、プリンの追加発注をする。俺のコンビニはパソコンで商品の無限発注が出来るから、問題ないけどさ。
でもミズガルド、ホントに大丈夫かな?
プリンって結構、砂糖もたくさん入っているし。昔、俺も料理レシピを見ながら手作りプリンを作った事があったけどさ。『ええ〜っ、プリンってこんなに砂糖を入れるのかよ!』って、衝撃を受けた憶えがあるぞ。
結局、ティーナが追加で注文したプリンを。
バーディア帝国皇帝のミズガルドは、全てペロリと平らげてしまった。
「いや〜〜我は実に満足したぞ! コンビニで扱っている食べ物は本当に素晴らしいな! もし、我が帝国の実権を取り戻した時には、コンビニ共和国との通商条約を喜んで結ばせて貰おう! もう我はプリンなしの生活は出来そうにないからな。はーはっはっは!」
「そ、それは……実にありがとうございます。俺も、コンビニ共和国の代表として嬉しいです。なあ、ククリアもそう思うよな?」
「そうですね。これでグランデイルのクルセイスと、魔王領に移動した女神教の勢力を除けば、ほぼ全ての国家がコンビニ共和国と同盟を結ぶ結果になったのですから。喜ばしい事だとボクも思います」
俺が倉庫に戻った時には、床に完食済みの大量のプリンカップが並べられていた。
そして、満足そうにお腹をさすっている皇帝ミズガルドの姿があった。
その様子をみて、さすがのククリアもちょっと引いているみたいだったけどな。
何はともあれ、ミズガルドも元気を取り戻したみたいだし。おまけにコンビニの事も気に入ってくれて、将来のコンビニ共和国との通商条約にもサインしてくれたのなら、万々歳だろう。
「あのぅ、ティーナさん? ミズガルドが着ている服は、どういう事なんでしょうか?」
「彼方様、実はコンビニで取り扱っている服を全部持っていった所。皇帝陛下は白ワイシャツと、女性用の黒いスーツを大変気に入ったみたいなんです……」
俺とティーナはヒソヒソと話し合う。
ネグリジェ姿だったミズガルドは、いつのまにか生命保険の営業さんのように、タイトな黒スーツに黒スカート。インナーに白ワイシャツを着た、セールスレディの姿に変貌を遂げていた。
あの姿で、本当に剣を振り回すつもりなのかな?
俺は絶対、戦闘中にスカートが破れると思うけどな。
でも、正直似合ってるいるので、文句はないけど。むしろプリンを50個も食べたのに、全然太らずにモデルみたいな体型を維持してる皇帝にビックリだよ。一体、帝国の皇族はどんな胃袋をしているのだろう。
「よし、コンビニの勇者よ! 腹も満たされたし、行こうではないか!」
「え、行くって……どこに行くつもりなんだ?」
ミズガルドの突然の宣言に、俺達は驚く。
そんな周囲の心配などお構いなしに。ゴーイング・マイ・ウェイな性格をしているミズガルドは堂々と宣言をした。
「決まっておろう! 夜月皇帝に味方する帝国の貴族共を次々に打ち倒し。もう一度、我が帝国の真の皇帝であると、帝国領全土の民に実力で知らしめてやるのだ!」