第二百二十話 帝都『ロストテリア』を目指して
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……おーい、フィート。バーディア帝国の皇帝が住む帝都って、本当にこっちの方角であってるのかー?」
「あぁん……? あたいの道案内にケチをつけるつもりなのかよ〜。大丈夫、こっちで合ってるよ! 帝国領の事なら何でも知ってるあたいが、道を間違えるわけないだろ、ばーか、ばーか!」
もふもふ娘のフィートが、右手の人差し指を目の下に当てて、あっかんべーの表情をする。
「ふぅ〜ん、そうか、そうか。そういう態度でいるなら、今日のお前への『おやつ』は、お預けにさせて貰うしかないよなぁ〜!」
俺は手に持っていた『サバ缶』の蓋を、プシュッと開ける。
そして、缶の中で旨みエキスにどっぷりと浸り。みずみずしくプルプルとした、濃厚なサバの身を箸で摘み上げてみせる。
それをフィートの目の前で、ゆっくりと見せつけるようにしてから、自分の口の中に導いていく。はむはむっ、うん。やっぱりサバ缶のサバは最高に美味いな〜!
「ぎゃぁぁあああーーーっ!! ご主人様! 支配主様! 彼方様! どうかその美味しいサバの身を、あたいにも分けて下さいませ〜〜っ!! えーいっ、もふもふ、もふもふ☆」
フィートがよだれをダラダラと溢しながら、その場で踊り出す。
よく分からない謎のもふもふダンスを踊って、尻尾をぷるんぷるんと左右に可愛く振りながら、俺にすり寄ってくるフィート。
「お前はさっき、サバ缶を3つも食べたばかりじゃないかよ……。もう、しょうがないなー。じゃあ、一口だけだぞ!」
俺は箸で摘んだ、トゥルントゥルンにとろけた濃厚サバの切り身を、フィートの口元付近にまで運んでやる。
大口を開けて『はむっ!!』と、サバを頬張るフィート。
まるでこの世の全ての幸せ掴んだような、至福な表情を浮かべて。コンビニの床にゴロゴロと体毛を擦り付けながら、もふもふ娘はその場で身悶え始めた。
「うみゃあ〜〜いっ!! サバ缶最高なのだ〜っ! うーん、もふもふ、もふもふ☆」
うんうん。どうやら、もふもふの可愛さの極意がフィートにも分かってきたようだな。
その調子で精進していけば、いずれは『マスター・オブ・もふもふ☆』の称号を授与してやってもいいぞ。さあ、道はまだ険しい。頑張るんだ、もふもふ娘よ!
「……コンビニの勇者殿。ボクも大概の事は目をつぶって見過ごすつもりでしたが……。あまりその調子で、そちらにいるフィート殿に『もふもふ』の仕草を強要するのは感心出来ないですよ」
「なっ、ククリア……!? 何て事を言うんだよ! 俺は決してフィートに『もふもふ☆』仕草を強要なんてしていないぞ!」
……これは全て偶然なんだよ。たまたま『獣人化』の能力を持つフィートが、サバ缶を気に入ってくれて。
その大好物のサバ缶が欲しいが為に、俺に気に入られようと、常に可愛いもふもふスタイルで過ごしてくれるのは全て、フィートの自主的な判断によるものなんだ。
だから決して俺がフィートに、もふもふスタイルでいるように誘導をしている訳じゃないからな。そこの所を、くれぐれも誤解しないでくれよなっ……!
「――彼方様、やはりダメでした……。どうやらこちらの道も、グランデイル軍によって通行止めにされているようです」
コンビニ支店1号店の運転をしてくれていたティーナが、事務所から声をかけてきた。
俺はククリアと、もふもふ娘のフィートと一緒に、すぐに事務所の中に入っていく。
コンビニ支店1号店が進んでいる小道の先には――。もの凄い数のグランデイル軍が通り道を完全封鎖して、侵入者をチェックする検問のような事を実施していた。
「……おい、話が違うぞ、フィート! こっちの道もグランデイル軍に封鎖されてるみたいじゃないかよ!」
サバ缶のサバを食い終えたフィートは、さっきまでのもふもふスタイルをすぐに辞めて。元の盗賊口調で、俺にきつく言い返してきた。
「あーん? それは仕方ないって〜。それだけ帝国が、今はグランデイル軍に追い込まれているって事だろ? ここは一般の人間がほとんど知らないような裏道なんだぜ? こんな所まで封鎖されているようなら、きっと帝都はもう……完全に敵に包囲されてるって事なんだと思うぜ〜」
俺達は、バーディア帝国の領土内を進む事……おおよそ、数日間。
一路、皇帝ミズガルドがいるという、帝国で最も栄えている帝都『ロストテリア』を目指している。
しかし、帝都ロストテリアの近くに到着をした俺達を待っていたのは――。厳重な警戒体制を敷いた、グランデイル南進軍による大包囲網だった。
どうやらここ数日で、帝都は侵攻してきたグランデイル軍によって、完全に包囲されてしまったらしい。
「……それだけ今の帝国は、グランデイル軍に押されてしまっているという訳なのですね。やはりグランデイル軍は今回の帝国領遠征に対して、かなり強力な軍団を投入してきているという事なのでしょうか?」
コンビニ戦車を運転しながら、ティーナが質問してくる。
「そうですね。ボクが知り得た情報によりますと、グランデイル軍には、白い鎧を着た量産型の魔法戦士達が大量に控えていると聞きます。もしそれらの戦力が全て、帝国との戦場の最前線に投入されているとしたら。例え最強の魔王遺物を所有する帝国軍といえども、きっと太刀打ちは出来ないでしょうね……」
ククリアが深いため息を吐きながら、冷静に戦況の分析をしてくれた。
たしかにな……。俺が想像していた以上に、グランデイル女王のクルセイスは妖怪じみた化け物だったという事だ。
まさかこの世界で最も影響のある、あの女神教の支配さえも跳ね返し。
全世界を征服しようと、侵略戦争を始めるなんて……予想だにしなかったからな。そして今の所、その野望はかなりの成果を上げているのは間違いない。
ティーナが心配そうな眼差しで、俺を見つめていた。
「……まあ、仕方がないさ。もし、グランデイル軍と戦うしか皇帝のいる場所に向かう道がないのだとしたら。俺達は通路を検問しているグランデイル軍と戦ってでも、前に進むしかないからな」
最悪、空を飛べるシールドドローンに乗って。俺が1人で、皇帝のいる帝都の宮殿にまで飛んでくという方法もある。
でも、その場合……包囲してるグランデイル軍に気付かれて、地上から集中攻撃を受けてしまうのは間違いないだろう。
まだ帝国の皇帝に会う前に、大きな騒ぎは出来れば起こしたくはない。外交の使者として派遣されたドリシア王国の使節団も、どうやら皇帝のいる場所には辿り着けなかった可能性が高そうだ。
それだけグランデイル南進軍の侵攻速度は早く。俺達の想像以上に、その強さも圧倒的だったという事なのだろう。
えーと……たしか、噂によると。グランデイル南進軍を指揮しているのは、あの妖怪『倉持』か。
無能なアイツが、グランデイル軍の指揮を全てしているとは到底思えないからな。きっとかなり有能な協力者がそばに控えているんだろう。
……あ、別に倉持の事が嫌いだからって、わざとアイツの評価を下げて判断している訳じゃないぞ。
大陸の中で、一番強い軍隊を所持していると言われ続けてきたバーディア帝国。そのバーディア帝国がここまで短期間に、グランデイル軍の猛攻によって追い詰められてしまういう事は……。
それだけグランデイル南進軍には、強力な部隊とそれを率いる最強の指揮官が投入されている可能性が高い。
だから決して、グランデイル南進軍を率いている倉持だけの手柄で、ここまでの快進撃が実現出来ている訳ではないはずだ。
正直……一昔前だったら。東の大国グランデイル王国と、南のバーディア帝国が直接戦争をしたなら、ほとんどの人はバーディア帝国の方が勝つと予想しただろう。
それだけ南のバーディア帝国は強力な軍事国家として、世界中に認知されていたからな。
それを思うと、今のグランデイル王国軍の化け物じみた強さの方が、世界中の人々にとっても予想外だったと言わざるを得ないんだろうな……。
「おーい、お人好しで変態のお兄さん〜! 一応、皇帝のいる場所に、ダイレクトで行ける裏技もあったりするんだけど、どうする〜?」
「……えっ? 皇帝のいる場所に直接行ける裏技って。それは本当なのかよ、フィート?」
ここまで自分が提案してきた裏道が、ことごとくグランデイル軍の封鎖にあって。まるで成果を出せずにいたフィートが、また自信満々な表情をして俺に問いかけてきた。
うーん、それ本当に大丈夫な奴なのか?
また、胡散臭い道だったりしないのか。
「あたいに、まっかっせろ〜い!! 帝国領を股にかけて大暴れしてきたこの大盗賊のフィート様は、何でも知ってるからな〜。でもこれから教える裏道を使うと、ダイレクトに皇帝の寝室に直通で着いちまうから……。後で、皇帝への夜這いの容疑で、変態お兄さんが逮捕されてもあたいは知らないからな〜」
「皇帝の寝室に直通で行けるルート? もしかして皇族御用達の避難トンネルみたいなものなのか?」
「まーねー。王族ってのは、昔から敵に攻められた時に、城の外に逃げる為の隠し通路を必ず用意しておくものなのさ。もっとも今は全く使われないから、当の本人達もその存在を忘れてしまってる可能性もあるけどな〜。しかも、そういう隠し通路はなぜか大抵墓地に繋がっているのが定番なんけど。かなり狭い通路だから、少人数でしか行けないけど……それでもいいか?」
親指を立てて、ドヤ顔で提案をしてくるもふもふ娘。
皇帝の寝室に直結している隠しルートか。
まあ、確かにこの状況じゃ……まともな正攻法を頼っても、皇帝に会えるとは思えないしな。
それどころか本当に帝都がグランデイル軍に攻め落とされて、皇帝が殺されてしまってからでは手遅れになってしまう。
ここは多少、荒療治だとしても。フィートが案内してくれるという、皇帝への直通『夜這いルート』にかけてみることにするか!
「よーし! じゃあフィート、頼むぜ! 俺を帝国の皇帝がいる場所にまで連れて行ってくれ!」
「あいよー! サバ缶100個で手を打とうじゃないか! これはちゃんとした商取引なんだから、約束はしっかりと守ってくれよな〜、変態お兄さん〜!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……陛下、既に帝都はグランデイル軍によって完全に包囲されています。もはや我らは、身動きを取る事さえ出来ません……」
バーディア帝国の帝都――『ロストテリア』。
その中心部にそびえ立つ皇帝ミズガルドの住む宮殿、グレイナゲット宮殿。
赤い長髪を腰の下にまで伸ばし。凄みのある険しい表情で、部下の騎士達からの報告を聞いた皇帝ミズガルドは、『フン……』と、自虐的な笑みを漏らした。
「グランデイルの小娘も、なかなかやるではないか。生真面目だけが取り柄の、ただのお淑やかな少女と思いきや。実は腹の底にドス黒い野心を隠した、『魔女』の類であったようだな」
そこは、皇帝の寝室であった。
帝都に中心地にそびえる大宮殿。その最上階にある皇帝の寝室は、帝都の街並みを一望に見渡す事が出来る。
グランデイル南進軍に完全に包囲されてしまった帝都の様子を、窓から見つめる皇帝ミズガルド。
皇帝は寝間着姿のままであった。白いネグリジェのような薄いローブ姿で、愛用している白銀の長剣を常に右手で握りしめている。
『バーディアの女海賊』と世間からは称され。豪快かつ、実行力の高い政治をする事で有名な若い女皇帝。
部下達からは緊急事態なので、早く戦闘用の鎧姿に着替えて下さいと忠告を受けるも……皇帝ミズガルドは頑なにそれを拒み続けた。
彼女にとっては、帝国の存亡が危ぶまれる非常事態となり。皇帝が寝室で臨戦体制を整え、敵に怯えているかのような姿を、周囲の臣下達には見せたくはなかったのであろう。
バーディア帝国の皇帝たるものは、常に豪快で度胸の座っている大胆不敵な人物でなければならない。
仮にもし、帝国が敵の手によって滅ぼされるような事があったとしたなら……。
その最後の姿くらいは、自分がこれまで演じ続けてきた『強い皇帝』の姿を維持して終わりたい……と、彼女は強く願ったのかもしれなかった。
「……クルセイスの部下達は、あとどれくらいでここに攻めて来るだろうか?」
皇帝の質問に、周囲の忠臣達が答えた。
「帝都を包囲しているグランデイル軍の数は、10万人を超える大軍のようです。……ですが、この宮殿を守っている帝国軍もまだ3万人近く残っています。あのような厳重な包囲体制を維持しつつ、同時に中にいる我らを攻撃するのは、かなり困難でしょう。ですので敵も迂闊に我らを攻撃はしてこないと思われます」
皇帝の臣下達は、帝都の周辺都市に待機している味方の援軍が、帝都の救援に駆けつけてくるまで防御に徹するべきだと主張する。
だが……皇帝ミズガルドには、そのような浅い策略をグランデイル軍が弄してくる訳はないと考えていた。
「わざわざ大軍を用いて、行動の身動きが取りづらい帝都の包囲戦をするのには、何らかの意図があるのであろう。問題はそれが一体何なのか、という事であるがな」
ミズガルドが寝室の窓から外の様子を覗くと。
遠い空の向こうから、恐れていた不安が……具現化された『恐怖』の形へと変わり。こちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「――陛下、あ、アレを見て下さいっ!! あの巨大な影は『飛行竜戦艦』の群れですぞ!!」
皇帝の寝室に控えていた臣下達が、窓の外に広がる光景を見て震え上がる。
大空から帝都に向けて飛んできたのは……、全長15メートルを超える巨大な飛竜の群れだった。
竜の背中には、まるで馬車の荷台のように。沢山の人間が同時に乗り込める、巨大な木製櫓が備えられている。
科学技術を持たないこの異世界において。大勢の兵士を空から大量輸送出来る、飛行竜戦艦の群れは、大型の飛行船団のような役割を持っていた。
飛行する一匹の巨大竜の背中には、おおよそ20人を超えるグランデイル軍の魔法戦士隊が乗り込んでいる。
全体で30匹を超える、巨大な飛行竜戦艦の群れは……。皇帝のいるグレイナゲット宮殿の真上の上空で停止すると――。
空から一斉に、白い鎧を着た無数の魔法戦士部隊を地上に向けて降下させてきた。
「地上にいる戦車隊に、上空にいる敵の船団を砲撃させよッ! 急げッ!! 早くせぬと、宮殿が敵の手によって落とされてしまうぞッ!」
ミズガルドは急いで、臣下の者達への指示を出す。
――だが、既に手遅れだ。
上空から飛来した、飛行竜戦艦から降下してきた白い騎士達は……。空中で大きな白い布を広げ。まるでパラシュートのように、大空から地上に向けてゆっくりと降下してくる。
そしておおよそ500人を超えるであろう、凄まじい数の魔法戦士部隊が……皇帝のいるグレイナゲット宮殿の屋根に張り付いた。
その様子は、空から飛来する無数の白アリ軍団のようにも見えた。
宮殿の上に貼り付いた魔法戦士達は、魔法の火炎球を一斉に放ち。グレイナゲット宮殿の屋根に、侵入口となる大穴を無理矢理こじ開ける。
そして豪華な大理石で建造された、伝統あるバーディア帝国の宮殿の内部に、次々と侵入を開始していく。
「――陛下、もはやこれまでです! どうかお逃げ下さい!! ……ぐふっ!?」
皇帝の寝室は、宮殿の最上階にある。
屋根から穴を開けて侵入してきた魔法戦士達は……皇帝の寝室への侵入を果たすと、次々と皇帝配下の騎士や使用人達を殺害していく。
「きゃあああーーーっ!! へ、陛下ーーッ!!」
「おのれ、この狼藉者共が――ッ!!」
ミズガルドは自らが持つ白銀の長剣で、皇帝の寝室に侵入してきた不逞の輩を斬り伏せていく。
皇帝としての力量もさる事ながら。優れた剣術使いとしても有能な皇帝ミズガルドは、一瞬にしてグランデイルの白い魔法戦士を3人も斬り倒す。
しかし、状況はあまりにも多勢に無勢だ。
気付いた時には……皇帝の周りに残っていた臣下の者は、1人もいなくなっていた。
側仕えの侍女も。皇帝を守る役目を持った側近の騎士達も。
侵入してきたグランデイルの白アリ軍団によって、全て斬り殺されてしまった。
皇帝の寝室に屋根から侵入した白い鎧の魔法戦士達は、合計で30人以上はいる。優れた剣術使いである皇帝といえども、たった1人でこれだけの戦力差を覆せるだけの力はさすがに無い。
これは、まさに万事休すだった。
外からは帝都を守る、黒い戦車隊の砲撃音がずっと空に向けて鳴り響いている。
おそらく空から降下してきたグランデイル軍の騎士達と、帝都を守る帝国軍とで、宮殿の周辺では激しい戦闘が繰り広げられているのだろう。
せめてこの場から逃げ出す事さえ出来れば……。
生存する為の活路を必死で探していた皇帝に、絶望的な声をかけてくる赤い死神が……現れる。
その死神は、あまりにも軽薄そうな高笑いを浮かべて。たった1人だけで、孤軍奮闘している皇帝に向けて話しかけてきた。
「あらあらあら〜! 可哀想なボッチ皇帝様、こんにちは〜! 長い歴史を誇るバーディア帝国最後の皇帝陛下は、寝室で寝間着のまま侵略者達に辱めを受けて、哀れにも無惨な最期を遂げてしまうのね! 本当に歴史の書物に残るような悲劇のワンシーンに立ち会えて、本当にワタシは幸せ者だわぁ〜! おーっほっほっほ〜〜!」
ミズガルドの前に現れたのは……。長髪の黒髪に、無数の薔薇の髪飾りを付けた。やたらと顔の化粧が濃い妖艶な女だった。
全身に来ている特徴的なワイン色の真紅のドレス。
その姿に、皇帝ミズガルドは見覚えがあった。
「……お前はたしか、クルセイスに仕えている親衛隊長の、ロジエッタといったな」
「あらぁ〜!? 皇帝陛下が、ワタシの名前を憶えていて下さったの〜? きゃあ〜〜感激だわ〜っ! ……でも、ちょっとだけ訂正させて貰うわね? ワタシは『大クルセイス女王陛下様』にお仕えをする、薔薇の騎士団長ロジエッタなの。気安くクルセイス様の事を、呼び捨てで呼ばないで頂戴ね〜!」
皇帝に対して、ウインクをして微笑む薔薇色の服を着たロジエッタ。
バーディア帝国の皇帝ミズガルドと、グランデイル軍の親衛隊長ロジエッタは以前、カルタロス王国で開かれた世界会議で同席をした事がある。
その時は身なりも性格も怪しい、不躾で下賎な女ぐらいにしか思わなかったのだが……。
この危機的な状況下で、こうして間近で見つめると。優れた剣士であるミズガルドには……この薔薇女の正体が分かってしまう。
このロジエッタと名乗る薔薇女は――化け物だ。
それは、ただ相手が強い……というだけではない。
何というか、目には見えない底知れない闇をこの女からは感じるのだ。
もしかしたら、女神教を従えるあの魔女の枢機卿よりも……。目の前にいるこの妖艶な女の方が、遥かに危険な存在なのではと思える。
どちらにしても、ミズガルドは自分の身が助かるという道が無くなった事だけは理解をした。
そう……。
何かこの世界の常識を覆すような『奇跡』でも、この場で起こらない限りは――だ。
「そうよねぇー、そうよねぇー。もう覚悟を決めるしかないわよねぇ〜! そういう潔い所は、ワタシはだーい好きよ。さあ、栄光あるバーディア帝国最後の皇帝陛下様。後世の叙事詩作家達に、末代まで語り継がれるような名言を残して、華麗に美しく薔薇にまみれて死んでいって頂戴ね〜!」
ミズガルドの周囲に、白い魔法戦士達がワラワラと集まっていく。
対する皇帝は白銀の剣を構えて。
最後まで抵抗する意思をその場で示す。
バーディア帝国最後の皇帝として、敵に降伏するという意思は全く無かった。最低でも、あの薄気味悪く高笑いをしている薔薇女にだけは一矢報いたい。
「かかってくるが良い、クルセイスの部下達よ! バーディア帝国最後の皇帝の剣を、とくとその身を持って味わうが良いわッ!!」
白い魔法戦士達が一斉に、皇帝に飛び掛かろうとする。
ミズガルドも白銀の剣を真っ直ぐに構えて、応戦態勢をとった。
その、まさに緊迫をした場所に……。
””ズドーーーーーーーーン!!!””
突然、皇帝の寝室の暖炉が……音を立てて吹き飛んだ。
「…………!?」
皇帝も、グランデイルの騎士達も、薔薇の騎士のロジエッタでさえも。想定しなかった謎の暖炉の爆発に、目をパチパチとさせて不思議がる。
黒煙をあげて、爆発した暖炉の中から出てきたのは……。真っ黒なすすに塗れて汚れている、2人組の男女だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「おいっ!! フィート! 何で隠し通路の最後が行き止まりになっていて、しかもこんなに真っ黒く汚れているんだよー!」
「もう、うっさいなぁー! しょうがないだろー! 元々、ずっと使われてない古い通路だったんだから、中が汚れているのは当たり前じゃんかよ! うへぇっ……。あたいの口の中にも、黒いすすがいっぱい入っちまったよ、ぺっぺっぺっ」
「………ん?」
皇帝の寝室に夜這い……に来たはずのコンビニの勇者と盗賊のフィートは共に、をまん丸にして、荒れ果てた寝室の様子を見渡して驚く。
そこには、たくさんの斬り殺された皇帝の臣下の者達の死体や、飛び散った赤い血の海が床の上にべたりと広がっていた。
えーと……。
この半端ない場違い感は、一体何なんだろうな?
ここはたしか、バーディア帝国の皇帝のいる寝室で良かったんだよな?
寝室の奥には、長剣を構えているネグリジェ姿の女騎士と。その周囲を取り囲む、白い鎧の騎士達が対峙していた。
……よし、状況はまだよくは分からないけど。
とりあえず、ここは異世界の勇者として。格好良く宣言だけはしておく事にしよう。
「よーし、お前らそこまでだーーッ!! 俺はコンビニの勇者の秋ノ瀬彼方だ! バーディア帝国の皇帝は、異世界の勇者であるこの俺が守ってみせるぞッ!!」