第二十二話 壁外区のお母さん
「はひぃ……はひぃ……。彼方く~ん、私もう疲れたよ~。そろそろ休憩にしようよ~」
「お、もうそんな時間か。よし、お昼休憩にしよう!」
いつの間にか時刻はもう、昼の1時を回っていた。
1時は、コンビニの休憩時間だ。
いつも店が忙しいから、時間はあっという間に過ぎてしまう気がする。
まあ、みんなに感謝もされるし、やりがいのある仕事だからな。多少忙しくても、今では全然苦に感じない。むしろ毎日の労働が心地良いくらいだ。
「ティーナ、いつものBGMを流してくれないか? いったんお店を閉めて休憩をしよう」
「ハイ、彼方様! 事務所のパソコンで、休憩用のBGMを流してきますね」
ティーナが売り場を離れ、事務所に駆け足で向かって行く。
お店の休憩時間には専用のクラシックBGMを店内に流す事にしている。それを聞いたコンビニの中にいるお客さん達は、休憩時間が終わるまでは、いったんお店の外で待つ――という流れになっていた。
うん。何事も働きづめは良くないからな。
それはこのコンビニをオープンした時に、無理をして倒れかけた俺が一番よく知っている。
それに今は、コンビニで一緒に働いてくれる仲間達がいる。みんなで役割を分担して仕事が出来るようになったから、以前よりずっと負担も減ったと思う。
「彼方く~ん! この店お客さんが多すぎるよ~。忙し過ぎるよ~。私、週休6日で残業なし。手取り50万円超えの仕事じゃなきゃやりたくないよ~!」
「お前はこっちの世界に来て本当に良かったよな。それじゃあ、元の世界だとニート確定コースだぞ。宝くじでも当たったのならともかく、そんな好条件で働かせてくれる所なんて、現実の世界にある訳がないだろう?」
「ええっ~~そうなの? じゃあ私、アラブの石油王に嫁ぐ事にするわ! 働かないで生きていく為に、アラビア語も一生懸命、今から覚えるんだから~」
「ハイハイ。でもここはアラブの石油精製工場じゃなくて、平凡なコンビニだからな。愚痴を言ってないで、ちゃんと品出しやレジ打ちを頑張ってくれよ」
「いやだあぁぁぁ~~! お姉ちゃん、助けてよ~〜!」
玉木がシクシクと嘆きながら、店内で好物の昆布おにぎりを食べ始める。
まったく。
想像以上に根性がぐーたらだな、こいつは。
まあでも、休憩中はこうしてグダグダした態度をとってはいるけれど……。店の営業中は持ち前の明るさで、玉木はしっかりと接客をこなしてくれている。
元の世界のコンビニを知ってるだけあって、仕事もすぐに覚えてくれたし。頭も良い方だから、玉木はお店の即戦力になってくれた。だから玉木のおかげで、本当に助かっているのは確かだ。
実は俺のコンビニは今、以前にも増してお客の数が増えている。
商品のラインナップが増えて、よりお客の満足度や需要が増した……ってのも、もちろんあるんだけどな。
でも今、コンビニに来店する客のお目当ては、何と言っても『衣類』だった。
レベルアップしたコンビニで、扱い始めた新商品。
Yシャツ
白Tシャツ
トランクス(男性用)
靴下
この4商品に、爆発的に人気が集中している。
特にYシャツと白Tシャツの売れ行きが本当にヤバイ。今、壁外区に住んでいる住民の姿を見たら、きっとみんなビックリするぜ。
なにせ、壁外区の住人全員が同じYシャツや白Tシャツを着ているんだからな。
特にYシャツなんて、一見すると会社勤めをしているサラリーマンのようにも見えてしまう。
ここは本当に異世界なんだよな? って疑問に思えるくらいに、最近は壁外区でYシャツの着用が一気に普及してしまった感はある。
今では外を歩けばもう、老若男女を問わずみんなが同じ色のYシャツを着ている状態だ。
別にそれが単純な流行りだからという訳ではない。
元々、壁外区の住民は綺麗で清潔な衣服というモノをあまり持っていなかった。何日も着続けた作業用の服だったり、穴だらけになっているような服を、平気でみんな着ていた。
そんな中で、俺のコンビニから待望の新商品。
『清潔で綺麗なYシャツ』が発売されたという情報が、壁外区を一気に駆け巡った。
なので元々需要のあったYシャツやTシャツは、もの凄い勢いで売れていった。
今や壁外区の住民のほとんどが、インナーに白Tシャツ。アウターに白Yシャツという、現代風な着こなしスタイルになっている。
本当は色とかサイズとかも、もっと自由に選べれば良かったんだけどな。
うちで販売しているYシャツとTシャツは、全部男物のサイズしか置いてない。でも、みんなそんな事は全然お構いなしで、体の小さい人も大きめサイズのYシャツを誇らしげに着て街を歩いている。
うーん、シャツの色が白色だからかな?
なんか壁外区全体が、少し清潔になったいうか。変な統一感が増したような気さえする。
ある意味、元の世界の服装スタイルに近づいたとも言えるんだけれどさ。
でも、何だかこれってさ。街の人全員が全く同じ色の白Yシャツを着ている訳で……。
見ようによっては、怪しげな宗教団体の信者が集団で暮らしている場所のように見えなくもないような。
まあ、その辺は余り深くは気にしないでおこう!
みんな好んでうちのコンビニの白服を着ているんだし。きっと俺のせいではないはずだ。うんうん。
俺だって、そんな怪しげな新興宗教の教祖様みたいなポジションに勝手にされても困るからな。
俺が壁外区の中にコンビニを出してから――かれこれもう、5ヶ月くらいの時間が経過したと思う。
もちろん俺にとっても、ティーナがコンビニに来てくれたり、玉木もやってきたりと。色々な変化があった。
それは、この壁外区の住人にとっても同じだった。
今や壁外区に住む住人達は、以前とは比べ物にならない程に活き活きとしている。
その主な理由は、『コンビニ』という異世界のお店から得られる恩恵による所が大きい。
コンビニが出来る前までのここの住人達は、壁の中にあるカディナの街で働き、少ない賃金を稼ぎ、その日の暮らしを送るのがやっとな状態だった。
まあ、それでも仕事がないよりかはマシだ。
ここで暮らす住人は、魔物との戦争で被害を受けた人々や、最前線の国にある村や街から、逃げてきた人がほとんどらしい。いわばここは難民キャンプのような場所と言ってもいい。
なんとか働き口を確保したい人々が、巨大な壁に囲まれた豊かなカディナの街にまで辿りつく。そして、その周辺の土地に無理矢理、住居を確保する。
そんな状態がだんだんと大きくなって、成長していったのが、この『壁外区』の街並みという訳だ。
まあ、だから俺が初めてこの壁外区を見た時に思った、まるでスラム街みたいだな……っていう感想はあながち間違いでもなかった。
みんな毎日の生活が必死で、豊かさや贅沢とはほとんど縁のないような生活を送っていた訳だしな。
そんな難民ばかりで、慢性的な貧困状態にある巨大な居住区に。
ある日突然、激安ショップとしてオープンをしたのが俺のコンビニだった。
たったの、銅貨1枚。
それだけで高価な食糧品や貴重な飲料水、衣類までもが買えるようになった生活。壁外区での暮らしは、これまでとは余りにも違う、豊かな生活へと劇変したのは間違いない。
それまで、ここの住民にとっては毎日の生活水を求める事さえ困難だった。
それが今では、銅貨1枚でペットボトルに入った美味しい水を簡単に手に入れる事が出来る。
もちろん水だけじゃない。おにぎりやサンドイッチといった食料品。そして今では、プリンやポテトフライのような珍しい嗜好品さえも、ここでは簡単に手に入るようになった。
俺のコンビニによって、壁外区の人々は確実に日々の生活が充実し始めている。
彼等は壁の中で働いて得た賃金を、今では蓄えとして貯める事が出来るようになったからだ。食料や水が、銅貨1枚で安定して供給されるようになったのだから、それは当然だろう。
食料や水の確保という問題から解放された人々は、緩やかにだけれど、以前よりも確実に余裕のある生活へと変化をしている。
中にはザリルのように賢い奴もいるからな。俺のコンビニを使って新しい商売を始め、それでお金を稼いでるような人々もたくさん出てきたくらいだ。
俺のコンビニの存在は、今や壁の中にあるカディナの街にも大きな影響を与えている。
安全な壁に囲まれて、豊かな生活を送っているカディナ市民の間でも、コンビニの事はかなり話題になっているらしかった。
とりわけ今、カディナの街のお金持ち達の間では、俺のコンビニで扱っている紅茶――それも『ミルクティー』が大流行をしているらしい。
もちろん、この異世界でも既に紅茶のような飲み物は存在していたんだけどな。
基本この世界の紅茶には、コンビニで扱っているミルクティーのような『甘味成分』がほとんど無いらしい。
……ま、簡単に言えば紅茶に砂糖を入れるような文化がまだ浸透していなかったんだろうな。
俺も世界史とかに、そんなに詳しい訳ではないけれど。昔、中世のヨーロッパの国々は、遠い異国の世界へと領土拡大をしていく過程で、砂糖の生産地を求めて侵攻をするという大きな目的があったらしい。
サトウキビの生産地を確保する為の侵略。当時のヨーロッパ人はそれを主な目的にするくらいに、甘味が大好きだったって事なんだろう。
ここが中世ヨーロッパの雰囲気が色濃い異世界である事を考えると。
甘~いコンビニの紅茶が流行るのは、ある意味時代を先取りした、必然の出来事って事になるんだろうな。
……という訳で、カディナ市民達は今。
俺のコンビニで扱っているミルクティーが喉から手が出るほど欲しい状態だ。
でも、壁の外の治安は悪いし。わざわざコンビニの行列に並ぶような事はしない。そもそもカディナ市民は基本、危険な壁外区にはいかないからな。
となるとまあ、誰かにコンビニの紅茶を買ってきてもらうのが一番効率がいいよな?
そんでもって、そんな美味しい手数料が稼げそうなビジネスをザリル達が放っておく訳がない。
ザリル達は、コンビニで紅茶を買った住人達から高額でそれを買取り、更にもっと高額にしてお金持ちのカディナ市民達に転売しているらしい。
どれくらいの高値を吹っかけているのかは俺も分からない。怖いから聞かない事にしている。
まあ、アイツはそういう所は本当に凄いとしか言いようがない。褒めているのと、呆れているので半々くらいの感情なんだけどな。
そんな経緯もあって――。
俺のコンビニの存在がここで暮らすみんなにとっても、カディナの壁の中の市民達にとっても重宝されている以上――。コンビニの営業が、今までよりも更に忙しくなったのは言うまでもなかった。
でも今の俺のコンビニには、ティーナと玉木がいてくれる。
コンビニで働く人間も3人に増えた事で、なんとか日々の日常業務を滞りなく回せているのが、現状って所だ。
これが以前のように俺一人だけだったら、絶対に無理だったろうな。
「――彼方様。今、戻りました!」
「おう。おかえり、ティーナ。いつもありがとうな!」
事務所から戻って来たティーナが、店の入り口をじっと見つめていた。
既に店内には、お客は全員いなくなっている。
入り口の自動ドアにも閉店中の札が出してあり、外からは誰も入れないように鍵もかけてあった。
「……ん? どうかしたのか、ティーナ?」
「彼方様、コンビニの外にどなたか、お客様がいらしているみたいですけど……」
「お客様だって? 俺に?」
言われて、俺も入り口の自動ドアに体を向き直す。
コンビニの入り口には、紺色の衣服を身にまとった1人の女性が立っていた。
髪の色は全てグレー色。歳は65から70の間くらいで、温和な性格がうかがえる優しい顔立ち。地味な身なりで体の線が細い老婦人だ。その老婦人に俺は、見覚えがあった。
「……あっ、区長さん!? どうも、お久しぶりです!」
俺は慌てて立ち上がり、自動ドアに駆け寄る。
急いでドアの鍵を開けて、店の外に立つ老婦人を店内に招き入れた。
「我ら壁外区の女神様――いいえ、秋ノ瀬さん。どうも、お久しぶりですね」
老婦人が俺に軽く会釈をする。
俺も頭を深く下げて、目の前の女性に敬意を示した。
「以前にご挨拶に伺わせて頂いた時以来ですよね、区長さん。わざわざ俺のコンビニにお越し頂くなんて、本当にありがとうございます!」
目の前に立つこの老婦人と俺は、知り合いである。
一度だけ、俺もコンビニを開業した後に、挨拶をしに行った事がある。
この温和な口調の優しい女性の名前は、ソシエ・メルティさんという。
カディナの街の南部にあるこの壁外区で、一番古くから住んでいると言われている有名な人で、周囲の住民達からは『区長』さんと呼ばれて慕われていた。
この壁外区には、明確な行政機関のようなものは存在していない。
だから区長さんと言っても、何かこの辺りの政治団体の代表であるとか、そういった権力のある人という訳ではなかった。
ただ単に、住民達でたまーに街のゴミ掃除だとか、風紀についてを話し合うような時もある。そんな時に、みんなから敬愛され慕われている区長さんが、その場のまとめ役をするという事が多かった。
だからここに暮らす住人はみんなは、区長さんの事を『壁外区のお母さん』と呼んで慕っているのだ。
「……うふふ。秋ノ瀬さんのコンビニは、本当にいつも大賑わいですね」
「街の人達がみんな、毎日来てくれているおかげです。新参者の自分をこんなにも受け入れてくれて、本当に感謝の気持ちしかありませんよ」
「秋ノ瀬さんは、今やここで暮らす皆さんにとって欠かせない存在ですからね。感謝しているのは私達の方なんですよ」
区長さんが笑いながら俺に頭を深く下げる。
俺よりも遥かに人生経験のある老婦人が、俺みたいな人間にそんな事をしてくれるのは本当に申し訳ない。
俺は慌てて区長さんに頭を上げて下さいとお願いして、急いで事務所から持ってきた椅子に座ってもらう事にした。
ティーナと玉木がペットボトルの紅茶と、おつまみを持ってきてくれて、区長さんと俺達は椅子に座りながら談笑し合う。
玉木とティーナの2人は、区長さんに会うのは今回が始めてだった。
俺が区長さんの所に挨拶に行ったのは、ちょうどティーナがここに来てくれる少し前くらいだったからな。だから2人にとっても、区長さんとこうしてゆっくりと話をするのは初めての機会になる。
「どうも~。私は彼方くんのクラスメイトで、異世界の勇者もやっています、玉木と申します」
「あらあら、あなた様も異世界から来た勇者様なんですね。壁外区に異世界の勇者様が2人もいらっしゃるなんて、光栄ですわ」
「……あ、あの。私は、彼方様にお世話になっているもので、ティーナと申します……」
ティーナの自己紹介はどこかぎこちない感じがした。
まあ、ティーナは元々、壁の中で暮らすカディナ市民だからな。あまりここでは素性を話しづらいのだろう。
「あら、天使のように可愛いお顔とお声をしているんですね、ティーナさん。いつもコンビニで働いて下さって、本当にありがとうございます。コンビニには可愛い女の子が働いていると、みんなが噂をしているのを私も聞いていました。実際にお会いする事が出来て私も本当に嬉しいです」
区長さんがティーナの手をとり、ニッコリと微笑む。
ティーナも安心したように。
笑って区長さんに会釈を返していた。
うーん、多分これは俺の勘なんだが……。
きっと区長さんは、ティーナがカディナの壁の中の市民である事に気付いているんじゃないのかな?
この壁外区に長く住んでいる人だし、カディナの大商人であるアルノイッシュ家の娘の事を、区長さんが知っていてもおかしくはないと思う。
知っているけど、特にそこには触れないでくれている。俺には区長さんの顔から、そんな風な優しさを感じた気がした。
――まあ、何はともあれだ。
温和で優しい区長さんの人柄のおかげか、ティーナも玉木も好意的に、気兼ねなく会話に参加出来たようだった。俺達は、壁外区の事やコンビニの事など、色々な話題を話しながら談笑しあう。
意外にも区長さんが、ポテトフライを美味しい、美味しいと豪快に食べている光景には、みんなつい笑ってしまったけどな。
お年寄りの方なので、塩分は控えめにした方が良いですよ、とここは言うべきか。俺も少し迷ったくらいだ。
「私もこの壁外区に住んでもう長いですが、こんなにも街の人々に笑顔が溢れている光景を見たのは初めてです。――皆、秋ノ瀬さんのコンビニのおかげで心に余裕が出来たのだと思います」
「はは……。もうちょっと商品のラインナップも増えていけばいいんですけどね。まだ余り多いとは言えず、本当に申し訳ないくらいです。街のみんなが同じ色の服を着ているのを見て、本当はもっといろんな種類の服もあればな~って俺も思っているんですけどね」
「あら、私はYシャツ好きですよ。ほら見てくださいよ」
チラっと。区長さんが自身の着ている紺色の服をめくり、内側の衣服を見せてくれた。
そこに見えたのは、紛れもなくうちのコンビニで扱っている白いYシャツだ。
「はははっ……。区長さんにも着て貰えるなんて、何ていうか恐縮です。衣類は街の皆さんに好評なので、新しい衣服の商品が入荷をした際には、すぐにお教え致しますね」
「はい。楽しみにしていますね、秋ノ瀬さん」
温和な区長さんが、にこやかに微笑んでくれる。
俺は区長さんのこの笑顔が好きで、初めて会った時から好意的な印象を持っていた。さすがは『壁外区のお母さん』と呼ばれ、慕われているだけある。
それに、俺の事を『秋ノ瀬さん』と苗字で呼んでくれるのは区長さんだけだ。
基本、ここの住人はみんな俺の事を『壁外区の女神様』と呼ぶ事が多いからな。別にそれが嫌という訳でもないんだけど。まあ、俺の性別は男だし。『女神様』って呼ばれるのは、いまだにどうもしっくりこない。
そんな事を初対面の時、俺が区長さんに話した事があって。
「……じゃあ、私はこれから貴方の事を『秋ノ瀬さん』と呼ばせて貰いますね」
そう言って、優しく微笑みながら俺の名前を呼んでくれたのを憶えている。
区長さんが気遣ってくれているのが分かって、俺はそれが素直に嬉しかった。
「――ところで区長さん。今日はわざわざコンビニにお越し頂いて、俺に何か用があったりしたんですか?」
俺は区長さんに、気になっていた事を尋ねてみた。
区長さんが日頃、街のみんながお世話になっているからとお礼に来る事には、別に違和感はないんだけどな。
ただ区長さん自身、最近は足腰を痛めているみたいだし。外出をする機会は減っているとも聞いていた。わざわざここまで来てくれたのだから、何か他にも用があったのでは……と、俺は思ってしまう。
「うふふ。やっぱり秋ノ瀬さんには隠し事は出来ないようですね」
区長さんが、俺の問いかけに対して。一瞬、笑みをみせてくれたが、すぐに真剣な表情に変わり。
「実は……今日は秋ノ瀬さんに、あるお願いがあってここに参りました」
と、俺に頭を下げる。
「あるお願い? 俺にですか? それは、一体何でしょうか?」
区長さんがわざわざ頭を下げて、俺にお願いをしに来る事?
うーん、全然心当たりは無いな。一体何だろう?
区長さんは、俺の顔をまるで息子を見つめる母親のように、優しく見つめながら……俺にこう告げてきた。
「秋ノ瀬さん。あなたのコンビニを一度、閉店して貰えないでしょうか?」
「―――へぇっ!?」