第二百十八話 コンビニの守護者 対 コンビニの守護者
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
街に残る玉木と別れたアイリーンは、装甲車を運転する秋山と共に、森の奥深くにまで進んで来ていた。
森の奥から断続的に聞こえてくる爆発音は、どんどん近くなっている。
――間違いない。
この森の奥で、何か大きな戦闘が起きているのだ。
アイリーンは装甲車の上に飛び乗ると、黄金の剣を抜刀して周囲の様子を注視しながら身構えた。
「この爆発音はおそらく『ロケットランチャー』による攻撃音。もしそうだとしたら、森の奥で今、戦っている人物は……」
想定し得る最悪な事態を頭に思い浮かべたアイリーンは――。思わずブルブルと頭を振って、その可能性を強く否定する。
そんな訳は、絶対にない。だって『花嫁騎士』のセーリスはアルトラス連合領にいるはず。それなのにこのカルツェン王国に彼女が来ている訳がないのだから。
だが……アイリーンがよく知る武器の音に似た爆発音は、どんどんその音量を増して。装甲車のすぐ近くにまで迫ってきていた。
「……に、逃げろーーッ!! 悪魔だッ! 黒い悪魔がこっちにやって来るぞーーッ!!」
大きな爆発音の聞こえてくる方向から、沢山の人影がこちらに向けて走ってくる。
森の深い木々の間を縫うようにして。悲鳴を上げながら逃げまどう人影は全て、グランデイル軍の鎧を着た騎士達のものだった。
そして、その騎士達を後方から追い回すようにして。黒い人影が、森の奥からこちらに迫って来る。
激しい爆発音と共に、森の奥から姿を現し人物を目にしたアイリーンは……。
思わず片手で口を押さえて、絶句した。
「そんな……!? あの姿はやはり、花嫁騎士!? この森の中で、グランデイル軍と戦闘をしていたのは、セーリスだというのですか!?」
最悪の不安が見事に的中してしまった。
歯軋りをしながらもアイリーンは必死に考える。
そして、現在置かれている状況の分析をする。
グランデイル軍の騎士達を追い回しているのは、明らかにコンビニの守護者である花嫁騎士だ。
ただ、いつもは純白の花嫁衣装を着ているはずのセーリスが……。今は真っ黒に染まった漆黒の花嫁衣装を身にまとっている。
美しい銀色の髪は、なぜか燃えるような真っ赤な朱色に染まっていた。
当然だが……アイリーンは、あの黒い花嫁衣装を着た人物が、自分達の仲間である本物のセーリスだとは思っていない。
セーリスは今頃、ドリシア・カルタロス連合軍と共に、大陸中央部のアルトラス連合領でグランデイル西進軍と戦っているのだから。
そうだとしたら、考えられる可能性は1つ。
あの漆黒の花嫁騎士は、太古の昔にこの世界を全て支配したという『コンビニの大魔王』に仕えていたコンビニの守護者なのだ。この世界の過去に存在した、もう1人の花嫁騎士のセーリスに違いない。
それが今、再び……。何かしらの理由で、この世界で復活を遂げたのだろう。
「つまりは魔王の谷を守っていた、あの黒い守護騎士と同じという訳ですね。過去の私と同じように機械化されていて、意思疎通が全く取れないのだとしたら……本当に厄介な敵ですね」
アイリーンが警戒をするのは、花嫁騎士が誇る絶対防御シールドだ。
果たして、コンビニの守護騎士である自分が所有する黄金剣で、花嫁騎士の無敵のバリアーを打ち負かす事は出来るのだろうか……?
コンビニの守護者と、コンビニの守護者が直接戦い合う。
本来では絶対にあり得ない、そのような事態が起きてしまった場合。果たして自分に勝算はあるのだろうか。
たしかに、魔王の谷の底で黒い墓所を守っていた黒い騎士には勝つ事が出来た。ただしそれは……自分と共に、コンビニの勇者である秋ノ瀬彼方が一緒に戦ってくれたからだ。
この場には、アイリーンの他に直接戦闘の出来る者はいない。
クレーンゲームの勇者である秋山早苗は、まだ実戦には参加出来ない。
そう、ここは何としても。自分だけの力でこの最悪な事態を打開しなければならないだろう。
「――秋山様、ここから先は私だけで進みます。秋山様は、装甲車でいったん遠い位置にまで離れて下さい。きっとここから先は、大変危険な戦場となってしまうでしょうから」
「……うん……」
コクリと小さく頷いて。
『クレーンゲーム』の勇者である秋山は、装甲車を運転しながら、後方に引き返して行く。
これで何かあったとしても。最低、秋山の身の安全だけは確保する事が出来るだろう。
森の奥から迫ってきている黒い花嫁は、両手にロケットランチャーを持ちながら、逃げまどうグランデイル軍に向けてミサイルを次々に乱射し続けていた。
その光景はもはや……戦闘とは呼べないものだ。
近代兵器を所持する、ハイテク武装戦士によって引き起こされる、残虐で野蛮な虐殺行為だ。
逃げまどう無力な羊達を、無慈悲なハンターが一方的に殺戮し続けるワンサイドゲームと化していた。
黒い花嫁に対して、必死の反撃を試みようとする騎士達もいる。
だが……弓矢や低級な魔法攻撃などでは、銀色に光輝くセーリスの無敵の球体シールドを打ち破れるはずがない。グランデイルの騎士達の仕掛ける攻撃は、ことごとく黒い花嫁の持つ無敵シールドによって弾かれてしまう。
「ひぃぃーーっ! に、逃げるんだッ! このままだと全員、あの黒い悪魔によって殺されてしまうぞッ!」
「て、撤退だーーっ!! グランデイル北進軍の本部がある、カルツェン王都にまでいったん引き返すぞっ!」
「金森様に急いで報告をするんだ! 旧フリーデン領方面から出現した黒い悪魔によって、西に侵攻した遠征軍の半数以上が壊滅させられてしまったのだと……!」
森の中を逃げまどうグランデイル軍の騎士達の数は、おおよそ1000人くらいだろうか。
もはや統率は全く取れていない。各々が好き勝手な方向に向かって進み、戦列はバラバラに伸びきっている。
森にいるグランデイル軍を統率していたリーダーが既に、黒い花嫁によって殺害されてしまったからだろう。
『――薄汚いゴミ虫の人間達よ。全て死滅するがいい。そして偉大なるコンビニ帝国と、魔王様の前に跪くのだ……!』
鮮やかな赤い髪を爆風になびかせて。
漆黒の花嫁衣装を着た少女が、ロケットランチャーを両手に構えた。
近代武器である、ロケットランチャーから放たれたミサイルは、森の奥に逃げまどう騎士達を、数十人単位でまとめて地上から吹き飛ばしていく。
激しい爆発と、爆風を撒き散らし。無力な人間どもを蹴散らす破壊の化身。
魔法と弓を操る原始的な武器しか持たない異世界人に、無敵のシールドを装備して、近代兵器を操る最強の人型兵器が降臨したのだ。
それは鋼鉄製の戦車が、逃げまどう哀れな羊の群れを追い回しているようなものだった。
既にグランデイル軍の戦意は、完全に喪失している。
逃げまどう騎士達を、黒い花嫁は顔色一つ変えずに。無限に錬成される無数のロケットミサイルによって、無慈悲に吹き飛ばし続けていく。
コンビニの勇者の守護者であるアイリーンにとっては、グランデイル王国の騎士達は、本来ならば敵側に所属する軍勢である。
だからグランデイル軍の戦力が衰える事は……コンビニ共和国陣営にとっては、有利となる出来事のはずであった。
だがそれでも……。目の前で繰り広げられている、この無差別で一方的な殺戮行為を放っておく事はアイリーンには出来ない。
コンビニの勇者の彼方がもし、ここにいたのなら。心優しい彼は、目の前で行われているこのような蛮行を、絶対に見過ごす事は出来ないはずだからだ。
「うおおおおぉぉぉぉーーーーっ!!!」
アイリーンの右手に握られた黄金の剣が、美しい光の線を空間上に描き出す。
完全に不意を突かれた形になった黒い花嫁の死角から、渾身の力を込めたアイリーンの黄金の剣の一撃が、もう1人のコンビニの守護者の体に直撃する。
””ガギギギギギギッッーーーーーッ!!!””
無数に輝く光の火花を散らして。黒い花嫁の周囲を覆っている銀色の球体シールドと、黄金色の光の剣が激しくぶつかり合う。
それはまるで鋼鉄製の分厚い金属板に、電動式のノコギリチェーンソーをぶつけたかのように。凄まじい轟音と共に、無数の火花が空間上に飛び散っていく。
だが、アイリーンがどれだけ力を込めても――。
黒い花嫁の周囲に張られた銀色の球体シールドの中に、黄金の剣を届かせる事は出来なかった。
「くっ……!! やはり、私の剣ではセーリスのシールドは破れない!」
銀色の球体に、完全に攻撃をガードされてしまったアイリーン。
無敵のシールドの中で、横から奇襲を仕掛けてきたアイリーンを『敵』と認識した黒い花嫁は……。
両手に持っていたロケットランチャーの照準を、すぐに青い騎士に向けて狙いを定める。
その目には迷いは一切感じられない。黒い花嫁はおそらく、アイリーンの事を自分と同じ『コンビニの守護者』とは、認識していないようだった。
「―――ッ!!」
銀色の球体シールドの中から、爆音を響かせて放たれるミサイル攻撃。
アイリーンは咄嗟に、条件反射で体を上下にくるりと回転させて。シールドの中から放たれたミサイルをギリギリのタイミングで避ける事に成功した。
滑らかな身のこなしで地面に降り立つアイリーン。
そして今度は至近距離から大声で、黒い花嫁に向かって呼びかけてみる。
「――セーリス! 私の事が分かりますか!? 私はコンビニの守護者である、ガーディアンナイトのアイリーンです!」
黒い花嫁衣装を着た少女は、まるで無機質な機械のように。アイリーンの言葉には全く反応を示さない。
黒い花嫁はその場で両手を上げると、自身の周囲の空間に、大量のロケットランチャーを出現させた。
そして地面に這いつくばるゴミ虫を処分しようと、全てのランチャーの狙いを、一斉にコンビニの青い騎士に固定させる。
『薄汚れた人間のゴミ虫めがッ! コンビニ帝国が誇る、最強の花嫁騎士の力をその身を持って思い知るが良いッ! ――『無限爆殺防衛陣』!!』
黒い花嫁の周囲に出現した、無数のロケットランチャーが一斉に業火を吐き出す。
アイリーンの立つ大地にの上に、上空から絨毯爆撃が落とされたかのように。
大量のミサイルの雨が一斉に降り注いできた。
「クッ………!!」
アイリーンは黄金の剣による強烈な衝撃波を、自身の立つ大地の真下に向けて急いで放つ。
黄金の剣が放つ剣撃によって、大地の土が削り取られ。正面の地面に大きな縦穴が出現した。
アイリーンはその大きな縦穴の中に急いで飛び込み。そのまま地下で再び黄金の剣を真横に向けて放ち、地中に大きな横穴をこじ開けてその中に身を隠す。
おかげで黒い花嫁から放たれたミサイルの雨による攻撃を、何とか地中でやり過ごす事が出来た。
”ズドドドドーーーーーーーーン!!!”
地下にまで大きく振動を伴って鳴り響いてくる、巨大な爆発音。
激しい振動に揺られながら、アイリーンは地中で必死に衝撃に耐えていた。
「ハァ……ハァ……やはりこのままでは、こちらが圧倒的に不利のようですね。花嫁騎士を守る『鋼鉄の純潔』を破壊出来ない以上、私の力だけではセーリスに攻撃を加える事は出来ません」
空から降り注ぐ、ミサイルの攻撃が止んだ事を確認して。
アイリーンは地上に向けて再び剣撃を放ち、急いで地下の大穴から地表に脱出する事に成功をした。
「――セーリスは? あの黒い花嫁は一体、どこにいるのですか?」
地下から地上に飛び出してきたアイリーンの視界には、数百のロケットランチャーを操る、あの黒い花嫁の姿はどこにも見当たらなかった。
外の世界はもう……そこがかつては森であった事が嘘のように。ミサイル攻撃によって、地表はボロボロに吹き飛ばされている。
見渡す限り周囲の景色は、完全に荒れ果てた荒野に成り果ててしまっていた。
だが……それだけ見通しの良い荒野となっているにもかかわらず。あの黒い花嫁の姿だけが、一向に見当たらない。
「……これはどういう事なのでしょう? ――ハッ、まさか……!?」
アイリーンは咄嗟に、自分の立っている場所の真下を見つめる。
セーリスの攻撃を回避する為に、地中に無理矢理こじ開けて作った大地の大穴。そこから身震いをするような、ドス黒い気配が勢いよく地中から這い上ってきたからだ。
「クッ……私が逃げた地面の穴の中に入って、地下から私の後を追ってきたというのですか……!?」
黒い花嫁がアイリーンの立つ場所の真下から、凄まじい勢いで上昇してくる。
そしてその両手には、青い騎士にしっかりと照準を固定した2本の黒いロケットランチャーが握られていた。
「――しまったッ!!」
アイリーンは慌てて黄金剣を、地面の下に向けて構える。
だが……もう、間に合わない!
黒い花嫁の放つロケット弾が、轟音を立てて地中からアイリーンに向けて発射された、その瞬間……。
”ヴイーーーーーーン”
アイリーンの体は、空から降りてきた銀色のアームに強制的に掴まれると。そのまま、凄まじい速さで大空に向かって引き上げられていった。
黒い花嫁が地中から放ったミサイルは――アイリーンに直撃をする寸前に。……本当に僅差のタイミングで、標的を捉える事が出来ずに、そのまま黒い煙の線を引きながら虚空を切る。
「この銀色のアームは、秋山様の――?」
銀色アームに引き上げられたアイリーンの体は、上空で突如として虹色の光に包まれる。
そして気付いた時には、先ほどまで黒い花嫁と戦っていた場所から1キロほど離れた、小高い山の上に瞬間移動をしていた。
アイリーンが空間移動をした場所には、装甲車の上で双眼鏡を片手に遠くの大地を見つめている『クレーンゲーム』の勇者の秋山早苗の姿があった。
どうやら、アイリーンの危険を察知した秋山は、山の上からクレーンの能力を発動して。黒い花嫁の攻撃を受けるギリギリのタイミングでアイリーンの体を引き上げ、遠いこの山の上に強制避難をさせたらしかった。
「申し訳ありません、秋山様……。危ない所を助けて頂き、本当にありがとうございます」
アイリーンは、ピンチから救出してくれた秋山に対して礼を言う。
「……どういたしまして。アイリーンさんが無事で、本当に良かったです……」
口数の少ない秋山は、小声で少しだけ言葉を発してすぐに黙り込む。だがその目線は、山の下の状況をずっと確認し続けていて、黒い花嫁の様子が気になるようだった。
アイリーンを仕留め損なった黒い花嫁は、その場で何度も何度も周囲の様子を見回している。
そして獲物を見失った事を理解すると……。大勢のグランデイル軍の逃亡兵達が逃げていった方角を再び見つめて、ゆっくりとそちらに向けて追撃を開始した。
どうやら、あの黒い花嫁の目的は、『人間の殲滅』にある事は間違いなさそうだ。
このままあの動く殺人兵器を放置しておけば……。カルツェン王国で最も多くの人が集まる王都に辿り着いてしまい。そこで更なる、多くの犠牲者が生み出されてしまう事になるだろう。
しかし……今のアイリーンの力では、あの黒い花嫁に打ち勝つ事は出来ない。
秋山の手によって救われたアイリーンは、ようやく冷静さと、現在の状況を落ち着いて分析する心の余裕を取り戻しつつあった。
アイリーンは、これから自分達がどうするべきかの決断を下す事にする。
「……一度、玉木様の元へ戻って合流を果たしましょう。そして、今後の方針を決める事にします。あの黒い花嫁をどうするのかは、玉木様と共に皆で話し合う事にしましょう」
アイリーンの決定に同意をした秋山は、装甲車を運転してゆっくりと街に引き返していく。
太古の昔に、コンビニの大魔王に仕えた黒い花嫁騎士による悪夢はまだまだ収まる気配はない。
そして今度は、たくさんの人々が暮らすカルツェン王国の王都に向けて、その危険な矛先を向けようとしていたのである。