第二百十六話 黒い花嫁の襲来
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ねぇねぇ〜! アイリーンさん、何だか街の様子がおかしいよ〜!」
『暗殺者』の勇者である、玉木紗希が不安そうな表情で青髪の女騎士に呼びかけた。
ゆっくりと走行する装甲車の上に立っている青い髪の女性。コンビニの守護騎士であるアイリーンは、黄金の剣を抜刀して既に周囲への警戒態勢を強めている。
「確かに、少し様子が変ですね。この辺りはもうカルツェン王国の領土内のはず。なのに、あまりにも静か過ぎます……」
カルツェン王国に向けて、コンビニ共和国から出発したメンバーは全部で3人いる。
1人は『暗殺者』の勇者である玉木紗希。
そしてもう1人は『クレーンゲーム』の勇者である秋山早苗。
更には、2人を護衛する為に。コンビニの守護騎士であるアイリーンが、カルツェン王国へ向かうメンバーの1人として一緒について来ていた。
コンビニ共和国を出発した玉木達の任務は、カルツェン王国にまだ残っている異世界の勇者達。
『地図探索』の勇者の佐伯小松と、『無線通信』の勇者の川崎亮の2人と連絡を取り。彼らをこちら側の陣営に招き入れる事だ。
佐伯と川崎は、第1次アッサム要塞の攻略戦の後、カルツェン王国のグスタフ王に招待されて、現在はカルツェン王国に身を寄せていると言われている。
残念ながら『槍使い』の勇者の水無月洋平は、ミランダ領攻略の戦いで命を落としてしまったが……。佐伯と川崎の2人は、ミランダ領の作戦には参加をせず、カルツェン王国に残り続けているという報告を受けていた。
その為、玉木達は大至急彼ら2人と連絡を取り。コンビニ共和国の仲間として、コンビニの勇者の陣営に加わって貰う為に、この地にやってきたのである。
玉木達3人を乗せた装甲車は、カルツェン王国南部の小さな街に辿り着いていた。
だが、街にはなぜか人影が全く見当たらない。まるで無人の廃墟と化した、静かな街並みが広がっていた。
「…………」
クレーンゲームの勇者である秋山早苗も、装甲車の中から静かに外の様子を伺っている。
今回、カルツェン王国へ侵入した玉木達の任務は、敵と戦う事ではない。王国に残る2人のクラスメイトと話し合い、彼らを連れ帰る事にある。
その為、姿を消す隠密スキルを持っている玉木と。空からクレーンを降ろして、対象の人物を瞬時に瞬間移動させる事の出来る秋山がこの任務に参加する事となった。
無口で引き篭もりがちな性格の秋山が、こうしてコンビニの外に自ら出向いて。他国に出撃するのはもちろん初めての事だ。
護衛にアイリーンがついているとはいえ、今回の作戦が危険な任務ある事は間違いない。
玉木も、秋山が今回の任務に参加すると自分から申し出てくれた時には……内心でビックリした。
これは秋山の身近な場所から常に、精神的サポートをしてくれていたレイチェルの功績が大きいだろう。そしてコンビニ共和国に押し寄せた世界連合軍との戦いで、秋山の持つクレーンゲームの能力は大きな進化を遂げている。
もしかしたら秋山自身も……。異世界の勇者として成長した自分の能力が、みんなの役に立つ事に喜びを感じてくれるようになったのかもしれない。
それが今回の任務に秋山が自ら進んで参加をしてくれた事に繋がっているのだろう、と玉木も感じていた。
「――玉木様、いったん車を止めて下さいッ!」
「えっ、アイリーンさん……?」
装甲車の上に立っていたアイリーンが突然、大声をあげて玉木に呼びかけた。
無人の街の中を装甲車でゆっくりと運転していた玉木は、アイリーンの声に従い急ブレーキをかける。
目を凝らして前方を確認すると。装甲車の前方、約20メートルほどの場所に、小さな女の子が震えながら立ち尽くしているのが見えた。
「この街に人がまだ残っていたなんて……。アイリーンさん、あの子をすぐに助けないと!」
「ハイ、まずはあの子に声をかけてみましょう。もしかしたら、この辺りで起きた出来事を聞く事が出来るかもしれません」
玉木達は装甲車を道の脇に止めて。カルツェン王国の街に、1人だけ残っていた女の子に声をかけてみる事にした。
大きな装甲車に乗ってやってきた玉木達の姿を見た女の子は、恐る恐る小さな声でこう尋ねてきた。
「お、お姉ちゃん達は……グランデイル軍なの?」
「ううん、違うよ! 私達はコンビニ共和国から来た異世界の勇者なの。だから安心していいのよ。決してあなたに危害を加えたりはしないから!」
「コンビニ共和国……!? もしかして、コンビニの勇者様が私達を助けに来てくれたの!?」
女の子は興奮気味に大声を上げた。そして瞳を大きく見開き、まるで救世主を見つめるかのような視線で玉木達をマジマジと見つめてくる。
アイリーンも玉木も、女の子の反応に少しだけ驚いてしまった。
女の子から詳しく話を聞いてみると。どうやらこの辺りの街は、東から侵略して来たグランデイル王国軍の支配を受けていたらしい。
そしてまだ未確定の話だが、カルツェン王国の王、グスタフ王は現在、消息が分からず行方不明になっているようだ。
玉木達が探している異世界の勇者である『地図探索』の勇者の佐伯小松と、『無線通信』の勇者である川崎亮を引き連れたグスタフ王は、旧フリーデン王国の跡地に眠るアノンの地下迷宮へ探索に向かったきり、そのまま帰ってこないという。
指揮系統を失ったカルツェン王国軍は総崩れとなり。侵攻してきたグランデイル北進軍によって、カルツェン王国の全ての領土が現在は敵の手に落ち、占領されてしまっているとの事だ。
グランデイル北進軍を率いてきた異世界の勇者、『水妖術師』の金森は残虐で人の命を何とも思っていないクズ男だと評判だった。
そのバケモノのような見た目通り、精神面も半分怪物と成り果てた金森は、占領地の街や村に住む人々を面白半分に惨殺し。自分に逆らう者は敵味方を問わず、全て死刑にするという非道ぶりでも有名だった。
「私達は街の中で、グランデイルの騎士達に怯えながら暮らしていたんだけど……。昨日、突然グランデイルの騎士達が全員街から出て行ってしまったの。なんか西の森から、悪魔がやって来るって大騒ぎしていたみたい」
「グランデイルの騎士達が街から出ていった? 占領地であるこの街を放棄して、まさか全員で逃げていったというの?」
「うん。本当に大慌てだったから、私達もよく分からなかったの。でも街に残っていた食料や水を全部、持っていっちゃったから……残された私達は食べるものがなくて、途方にくれていた所だったの」
そんな危機的な状況の街にちょうどやって来たのが、玉木達だったらしい。
グランデイル軍による侵略戦争が始まってから、既に女神教への信仰は人々から失われつつある。
それは女神教の信仰の中で、重要な要素を持っていた異世界の勇者信仰が完全に崩壊したからだ。
今回、カルツェン王国を侵略してきたグランデイル軍のリーダーは、異世界の勇者である金森準だ。彼は下半身がタコ足に変化していて、おぞましい魔物のような姿になっている。
女神教の信仰が人々から失われたのと同時に……。再び、人々の希望として復活を遂げたのが『コンビニの勇者』に対する強い期待であった。
怒涛の勢いで侵略をしてきたグランデイル軍を、ドリシア・カルタロス連合軍が国境付近で撃退をした――という嬉しい報せが、全国各地にもたらされた事も、コンビニの勇者への期待を後押しした。
コンビニ共和国に所属する3人娘達が中心となっている連合軍は、破竹の勢いでアルトラス連合領に侵攻したグランデイル軍を押し返しているという。
その活躍の噂は、同じくグランデイル軍の侵攻によって被害を受けている全ての国の人々にとっての希望となっていた。
また、コンビニ共和国と親交を持ったドリシア王国、カルタロス王国では、グランデイル王国に対抗する為に、『コンビニの勇者、救世主伝説』を世界中に向けて発表し、その活躍ぶりを全世界に広めている。
これにはコンビニ共和国の通商担当大臣である、ザリル配下の者達が裏で暗躍をして、世界中の街に向けて広報活動をしている功績が大きかった。
グランデイル王国の侵略を受けている国々の人々の間では、異世界から召喚された勇者の中でも……コンビニの勇者こそが、本当の救世主なのだという期待が確実に広まっていた。
グランデイル王国に味方する、倉持を中心とした異世界の勇者達は『邪悪な』勇者。
そしてグランデイル軍と戦う、コンビニの勇者こそが世界を救う『正義の』勇者なのだとして、今やその期待を一身に集める存在として認知されているのだ。
小さな女の子の案内を受けた玉木達は、この街に残る人々が集まる小さな教会に案内をしてもらった。
そこには子供達が約20人。そして母親と老人やその家族など、おおよそ30人ほどの大人達が集まって暮らしていた。
全員、顔色が良くない。慢性的な栄養失調状態にある事が、すぐに見てとれた。
「……大人の男性は、1人もいないのですか?」
アイリーンが集まっていた人々にそう尋ねてみた。
「大人の男達は、みんな兵士として街から連れていかれました。森の奥にいる黒い悪魔を倒す為……とグランデイルの騎士達は言っていましたが、まだ誰も街に戻ってきていないのです」
集団の中で、一番年長の老婆が全員を代表して答えてくれた。
「森の悪魔ですか……。どうやらカルツェン王国では、何かグランデイル軍にとっても想定外の事態が起きているようですね。どうしましょうか、玉木様?」
「うん。話を聞くと、カルツェン国王に同行したという佐伯くんや川崎くんの消息も不明みたいだし……。状況は、まだよく分からない事が多いみたい。でも、この街に残された人々が困っているのは事実だから、アイリーンさん、コンビニ支店3号店を出して物資をみんなに配っちゃいましょう〜!」
「そうですね、了解を致しました!」
玉木に提案され。アイリーンはコンビニ共和国から持ってきていたコンビニ支店3号店のカプセルを取り出す。
それを教会の前の空いている敷地に放り投げて、コンビニを教会の前に出現させた。
「す、凄いーーっ!! これが、コンビニなの……?」
教会の中から、お腹を空かせた子供達が一斉に飛び出して来た。
育ち盛りの子供達は、目新しい異世界のコンビニの存在に興味津々のようだ。そしてコンビニの中から匂ってきた、美味しそうな食品の匂いに鼻腔を刺激されたらしい。
「さぁ〜、みんな〜〜! 並んで、並んで〜! 美味しい異世界の食べ物がいっぱいあるからね〜! どれもたっくさん食べて良いんだからね〜!」
『『わあ〜〜〜いっ!!』』
子供達は我先にとコンビニの店内に駆け込む。そして、美味しそうな異世界のケーキや、サンドイッチ、おにぎりなどの食品に飛びついた。
子供達と違い、初めは戸惑って警戒をしていた大人達も。玉木が丁寧にコンビニの説明をして、持ってきた昆布おにぎりなどを目の前で口にする事で理解して貰う。
教会にいる子供達も、大人も。コンビニスイーツや、コンビニ弁当のあまりの美味しさに、全員その場で飛び上がってしまった。
そして玉木達、コンビニ共和国から来てくれた異世界の勇者達に深い感謝とお礼の言葉を述べた。
「みんな、ゆっくり食べてね……。コンビニの食品はまだ、沢山あるからね……」
引っ込み思案な秋山も、子供達に小声で呼びかけている。
クレーンゲームの勇者である秋山は、以前ドリシア王国のトロイヤの街で、クレーンゲームを子供達に遊ばせてあげた経験がある。その為、秋山にとっては大人と接するよりも、無邪気な子供達と接していた方が、気軽に話しかけやすいようだった。
玉木やアイリーン達は、もちろんコンビニ支店3号店の食品を無償で街の人達に分け与えている。
このような状況の街の中で、コンビニの営業活動をするなんて事は当然出来ない。
しかし……これだけの人数の人々を、全員装甲車に乗せて。どこか安全な場所に連れて行く、という事も到底出来そうもない。
長期保存の出来る食料品や飲料水のペットボトルを大量に街に残していく事は出来るが……。街から連れ出された男達が戻ってこない限り、この街の教会で暮らす人々の安全性を確保する事は困難だろう。
今後、どうするべきかを相談していた玉木とアイリーンのもとに……。
突然、森の奥から大きな轟音が鳴り響いてきた。
”ドゴーーーーーーーン!!!”
「……!? 何なの、この大きな音は!?」
「玉木様、西の方角です! 西の森の奥で何かが爆発したようです!」
凄まじい轟音と共に。森の奥から一斉に鳥達が空に向けて羽ばたいていく。
聞こえてくる轟音は、一発だけではない。連続で何発も、大きな爆発音が立て続けに聞こえてきている。
「――何か大きな戦いが森の奥で起きている? 玉木様、私達も森に向かいましょう! 何か、胸騒ぎがします……!」
いつもは慎重な行動を取るはずのアイリーンが、急いで森の奥へ向かおうと玉木を急かした。
その顔色は真っ青だ。どうやら、アイリーンにはこの森の奥から鳴り響く爆発音に、何か心当たりでもあるのかもしれない。
でも、玉木は……。この街の教会に残る人々を、放っておく事は出来なかった。
男手の全くない、小さな子供達とお年寄りしか残っていない人々をここに残してしまったら。何か大きな危険が迫ってきた時に、彼らだけでは対処する事が出来ないだろう。
「私はいったんここに残って様子をみます。アイリーンさんと早苗ちゃんの2人で、森の奥の様子を確かめに行ってきて下さい!」
玉木の言葉に一瞬だけアイリーンは思考を巡らしたが。
すぐに返事をして、装甲車に飛び乗る事にした。
「分かりました! 秋山様と共に森の奥の様子を見て参ります。玉木様も、どうかお気をつけて下さいね!」
「うん。了解よ〜! こっちは任せてね〜!」
アイリーンは装甲車の上に飛び乗り。装甲車の運転は秋山が担当して、2人は急いで轟音の鳴り響く森の奥へと向かっていった。
アイリーンとしては、玉木を1人で街に残していく事に不安はあったが……。例え何かあったとしても、『暗殺者』の勇者として、人前から姿を消せる能力を持った玉木ならば、逃げ延びる事は出来るだろうと考えた。
だが、もし……多数の敵がこの街で生き残る人々に危害を加えようとしてきた時には、玉木の力だけでは彼らを守り切る事は困難である事も理解している。
だから、森の奥で何が起きていようと――。
それを確認次第、すぐに玉木の元に引き返そうとアイリーンは強く決意をしていた。
それだけ玉木の事を深く心配しているアイリーンでも、この森の奥から連続で鳴り響く爆発音の事が気がかかりであった。
なぜならばこの音は……。アイリーンがよく知っている、白い花嫁衣装を着たコンビニの守護者が得意とする武器の攻撃音に、あまりにも似過ぎていたからだ……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
装甲車に乗ったアイリーン達を見送った玉木は、街に残された人々に急いで教会の中に隠れるように指示を出した。
まだ、森の奥で何が起きているのかは分からない。
でも、何か……大きな危険が迫ってきている事だけは理解出来る。それにいつもは冷静なアイリーンの様子も少しおかしかった。きっと本能的に何か、大きな危険が迫っているのを察知したのかもしれない。
教会の目の前に建つコンビニの中で、玉木は1人でため息を漏らす。
今回の旅は、彼方と離れて行動をする初めての任務となる。
もちろん佐伯や川崎と接触をするのに隠密行動の取れる自分のスキルが有用だったからという事もある。
でも、それ以上に……今回は彼方から離れて。自分だけの力で何かを成し遂げたいと強く思った事がきっかけで、この任務に玉木は志願した。
コンビニの勇者である秋ノ瀬彼方はいつだって、自分の事を気遣い、大切に扱ってくれる。
だからこそ、女神教のリーダーが過去にこの世界に召喚された『もう1人の私』なのかもしれない……という重要な事実を隠し続けていたに違いない。
それを伝える事で、玉木が深く傷付いてしまうのではないかと心配したからだろう。
選抜勇者に選ばれて、女神教のリーダーになれるほど高い能力を秘めている『暗殺者』の能力。
それなのに玉木のスキルレベルは、まだ3でしかない。
3人娘達のように、敵と戦う実戦でも役に立たないし。四条京子や、香苗美花のようにサポートとしての有用な能力を持っている訳でもない。
……そう、自分は役立たずのお荷物なのだ。
1軍の勇者だなんてとんでもない。現状、最も役に立たない、落ちこぼれの勇者なのである。
その事が玉木には、どうしても許せなかった。
役に立たないのに……。いつでも彼方くんには特別扱いをされて、いつも近くに置いて貰っている。みんなのお荷物なのに、大切に扱われていつも彼方くんに守られている。
今回、コンビニの勇者である秋ノ瀬彼方は、ティーナとククリアを伴い、南のバーディア帝国へと向かっていった。
その旅の目的は、帝国の皇帝との外交交渉をするという事もあるが……。秘められた遺伝能力がまだ未覚醒のティーナを、女神の泉によって覚醒させる事も目的となっているらしい。
ククリアもいるとはいえ。彼方とティーナが旅の途中でますます仲を深めてしまう事に、もちろん焦燥感だってある。不安もある。
それでも玉木は、今回は1人きりの力でこの危険な任務を成し遂げて。彼方の役に立つ立派な能力者へと成長をしたいという強い想いがあった。
そんな願いを持っている玉木のもとに……。危険な『試練』は向こうから、あまりにも突然にやって来てしてしまう。
「――えっ!? そんな、この人達は……!?」
コンビニの事務所の監視カメラで、教会の周囲の様子を見つめていた玉木の目に、とんでもない映像が飛び込んできた。
そこに映っていたのは、グランデイル軍の騎士達だ。
街の大通りをグランデイルの騎士達が、こっちに向かってゆっくりと歩いて来ているのだ。
しかも、その騎士達の着ている鎧は全身が真っ白な色に染まっている。
グランデイル軍の中にいる、白い鎧を着た魔法戦士部隊の話は玉木も聞かされていた。それぞれが卓越した剣術を操る騎士であり、優れた魔法使いでもある一騎当千の魔法戦士達。
そんなグランデイル軍最強の白い鎧の騎士が、なんと20人もこの教会に向けて迫ってきているのだ。
「こ、コンビニを早く隠さないと……!」
玉木は教会の前に建っているコンビニ支店3号店を慌てて隠そうとする。でも……無理だ。コンビニ支店はコンビニの守護者でないとカプセルの状態に戻す事が出来ない。
今はコンビニの守護騎士であるアイリーンが、不在の状況なのだ。
「どうしょう……。私だけじゃ、絶対にあんなにたくさんの魔法戦士達には勝てないよ。彼方くん……」
ここから自分だけ逃げ出す事なら可能かもしれない。
暗殺者の能力、『隠密』を使えば、周囲の人から玉木の姿は見えなくなる。
例えあの白い騎士達がここにやって来ても、姿の見えない自分を見つけ出す事は困難だろう。
――でも、教会の中に隠れている人達は?
もし見つかってしまったら、あの小さな子供達はどうなってしまうのだろう。
もしかしたら、見逃して貰える事もあるかもしれない。
でも、教会の目の前にはコンビニが建っているのだ。それはあまりにも怪し過ぎる。コンビニの商品を手にしている子供達を見つけて、敵がコンビニの勇者との関係性を疑わない訳がない。
みんながグランデイルの騎士達に捕まって、尋問や拷問を受けてしまう可能性だってある。
そんな事になったら……きっとあの子達は、全員殺されてしまうだろう。
ダメだ。子供達を犠牲にして、自分だけ姿を見えなくして隠れているなんて絶対に出来っこない!
だって、だって……。私は、この世界を救う為に異世界から召喚された『異世界の勇者』なのだからッ!
玉木は急いでコンビニから出て教会に入ると、中にいる人々に奥の部屋に隠れて、音を出さないようにと呼びかけた。
そして自身は飛び出すようにして教会の前に立ち、こちらに向かってくるグランデイルの魔法戦士達の正面に立ちはだかる。
「――彼方くんがいなくても、私だって戦えるわ! さあ、かかって来なさい! 異世界の勇者であるこの私が、あなた達全員の相手をしてあげるんだから!!」
白い鎧の騎士達は、教会の前にいる玉木を取り囲むようにして並び立つ。
そして全員が剣を抜刀して、その場で攻撃する態勢を整えた。
約20人いるグランデイルの魔法戦士達。それに対するは、まだ未熟なレベル3の暗殺者の勇者である玉木紗希……1人だけ。
どう見ても、勝てるはずのない戦いだ。
グランデイルの白い騎士達は、その1人1人が遺伝能力者であり、高い戦闘能力を有しているのだ。
高鳴る心臓の鼓動が止まらない。
額からは冷たい汗が何滴も頬を伝って、ゆっくりと地面にこぼれ落ちていく。
玉木が呼吸を乱しながら、今、願うのは……。
コンビニの勇者の彼方が、ここに助けに来てくれる事。
でも、その願いは絶対に叶わない事も知っている。だって、秋ノ瀬彼方は……今は遠い、南のバーディア帝国にいるのだから。
白い鎧の騎士達が、大地を蹴って動き出す。
鋭い剣先を玉木に向けて、猛獣のように一斉に襲いかかってくる。
「彼方くん………」
玉木はとっさに目を閉じてしまう。
自分はきっとここで死んでしまうのだ……と、そう覚悟を決めた、その瞬間だった――。
「かにぃ〜〜〜!!」
「かにぃ〜〜〜!!」
白い鎧の騎士達の後方から、全身が赤色と白色に染まった女性2人が玉木の正面に飛び込んできた。
剣を振り上げて迫ってきたグランデイルの白い鎧の騎士達を、2人の女性達が大きなカニ鋏を使って、いきなり殴り飛ばしたのである。
「えっ……!?」
玉木は思わず、瞬きを何度も繰り返してしまう。
気付いた時には、自分の目の前にはカニバサミを腕の先に付けている2人の女性と。
そして――全身に真っ黒なローブを身にまとう、黒い髪の女性が立っていた。
その黒い女性の姿は、まるで陽炎のように空間上でボヤけて見えている。
「かにぃかにぃ……、全く枢機卿様の気まぐれには本当にいっつも困らされてばかりかにぃ〜!」
「お姉様は黙っていてかにぃ! 枢機卿様の命令はいつでも絶対なのかにぃ〜!」
えっ、枢機卿? それってまさか……?
玉木は黒い姿の女性に以前会った事があった。
そうだ、この女の人は彼方くんの言っていた女神教のリーダーで、そしてその正体は――。
玉木からは、正面に立っている黒いローブの女性の素顔は見る事が出来ない。
その黒い女性は自身の顔を覆い隠しているフードを取ると。グランデイルの魔法戦士部隊に向けて、小さな声で宣戦布告を告げた。
「………クルセイスに飼われし哀れな白い家畜達よ。今日は特別にこの私が相手をしてあげます。魔王になれなかった異世界の勇者。限界まで己の力を極めし有限なる勇者の力。――レベル99暗殺者の勇者の力を今、この場であなた達に見せてさしあげましょう………!」