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第二百十四話 第2次アッサム要塞攻略作戦⑦


「桂木くん!? どうしてあなたが戦場(ここ)にいるの?」


 小笠原は、後方に控えている連合軍の陣で待機していたはずの桂木真二(かつらぎしんじ)が、装甲車に乗ってここにやって来た事に驚く。


 『裁縫者(ソーイングマン)』の勇者である桂木は、異世界の勇者としてのレベルも低く、その能力は戦闘に適したものではないと判断されている。


 もちろん天才的な裁縫能力を持つ桂木は、コンビニ共和国内で大きな紡績工場を営むほどに重宝されているのだが……。戦闘面においては、全く役に立たない勇者だと思われていた。


 その為、彼はアッサム要塞攻略の作戦会議でも……後方の連合軍の陣に控えて、補給物資を味方に配分する後方支援担当としての役を任されていたのだ。



 小笠原に不思議そうな眼差しで見つめられた桂木は、右手を後頭部に当て。舌をぺろりと出し、照れ顔で説明をした。


「――俺、実は中学時代は霧島と地元が一緒で、同じ中学校に通ってたんすよ。だから霧島と最後に話をする事が出来たらと思って、急いでここに駆けつけて来たっす。そしたら小笠原が大きな赤い魔物に襲われてたから、そいつに体当たりを食らわせてやったんすよ!」


 装甲車の上部ハッチから顔を出した桂木が、得意そうな顔で小笠原に対して微笑んでみせる。


 もしかしたら彼は、ピンチを救ってあげた自分に感謝をして欲しいと思っていたのかもしれない。

 おそらく桂木は……今、この場で起きている事態を何も把握していないのは間違いないだろう。


「ところで、肝心な霧島の奴はどこにいるっすか? もしかして小笠原がもう、アイツを倒しちゃったとかじゃないっすよね?」


 キョロキョロと周囲を見回す桂木。


 そんな能天気な桂木に、小笠原は少しだけ呆れ気味に息を漏らしながら返答をした。


「……霧島くんなら、あなたがさっき装甲車で轢いて()ね飛ばしちゃったわよ!」


「ええっ!? それ、マジで言ってるんすか? それはヤバ過ぎっす! き、霧島ーっ、どこにいるっすかーッ!! まだ、生きてるっすかーっ!!」


 装甲車の下と、その走ってきた道を慌てて見返す桂木。

 どうやら桂木は、人間の姿をしている霧島を気付かないうちに装甲車で()ねてしまったと思い込んでいるようだ。


「……いや、違うのよ! さっき桂木くんが私を守る為に、()ねた赤い触手の魔物が『霧島くん』だって言っているのよ!」


「ハッ!? それって、一体どういう意味なんすか?」


 桂木は、少しずつ事態を理解し始めて。

 青ざめた顔をしながら、額から大量の冷や汗を流す。


 まさかそんな事が……。

 いや、そんな悪夢が現実に起こり得るはずがない。


 桂木はまだ、小笠原が言った言葉の意味を完全には信じられずにいた。いや、むしろ信じたくなかったのだろう。


 だが、この世界の現実は常に残酷だ。桂木が心の底から恐れていた『悪夢』は、向こうから無数の赤い触手を伸ばした魔物の形をして、2人のいる場所に近づいて来ていた。


 先ほど猛スピードで走行する装甲車に撥ね飛ばされた赤い触手の魔物は……。再びうねうねと無数の触手を動かしながら、凄まじい速度でこちらに向かって迫って来ている。


 そして高速移動するハリネズミのように。先の尖った赤い触手を回転させながら、突進を開始して来た。


「おいいぃぃぃ〜!! 痛えぇぇよぉぉぉ〜!! どうして早く俺を殺してくれないんだよぉぉぉ〜!! 頼むから早く早く、俺を殺してくれよおぉぉ〜ッ!!」


 猛スピードの装甲車と衝突をしたせいか。霧島の顔の半分は、まるで強力な酸を浴びせられたかのようにドロドロに溶け出していた。片目はどろりと垂れ落ち、まるでゾンビのような醜悪な顔に成り果てている。


「霧島……!? お前……本当に霧島なのかよ!? 何でそんな化け物みたいな姿になっちまったんだよ!」


「……な!? か、桂木なのか!? 見ないでくれッ、頼むからこんな姿になった俺を見ないでくれよ! ちっくしょう、全部あのクルセイスの野郎に仕組まれてたんだ! アイツはこうなる事を知ってて、俺に氷結将軍(アイス・ジェネラル)の証である黄金の冠を渡してきやがったんだッ!」


 霧島の真っ赤に充血した目から、赤い血の涙がドロドロと溢れ出てきている。

 それが本当の涙なのか。それとも眼球周辺の皮膚が溶け出して流れ出たものなのかは、もう判別がつかない。


 ただ1つだけ、分かっているのは……。


 こうなる事を全て把握していて。霧島が恐ろしい化け物に成り果てる事を知っていて、グランデイル西進軍の総大将として彼を派遣してきたのは、女王のクルセイスであるいう事だ。


 あの残酷な女は、異世界に召喚された31人のクラスメイト達全員にとっての『真の敵』だと言えるだろう。



「お前……この、大馬鹿野郎がぁッ! 何でグランデイル王国なんかに残っちまったんだよ! 何であのクソ委員長達と行動を共にしたりなんかしたんだよ! 俺達と一緒にいれば、こんな事になんてならなかったのに! コンビニ共和国に味方してくれれば、みんなと一緒に普通の生活が送れたのにッ! 何で友達(ダチ)の俺に相談してくれなかったんだよ、霧島ぁぁっ!」


「こんな俺の醜い姿を見て、まだ俺の事を友達(ダチ)って言ってくれるのかよ……。すまない、本当にすまなかったよ、桂木。本当に反省してるよ……。異世界に来て、選抜勇者に選ばれて、俺はつい調子に乗っちまったんだ。みんなよりも優れているんだって、チヤホヤされるのが嬉しくって。お前や他のクラスのみんなにも、酷い態度で接しちまったと思う……」



 既に半分が溶けかけている顔で、霧島は必死に中学時代の旧友に対して涙ながらに訴える。


「桂木い……なぁ、頼むよおぉぉ〜〜! 俺を今すぐに殺してくれよぉぉ〜〜! 体がめちゃくちゃ痛いんだよぉぉ! あまりの痛みで死んじまいそうなんだよぉぉ、もう俺はこの痛みにとても耐えられそうにない……。頼むから俺をもう、(らく)にしてくれよぉぉ〜〜!」


 桂木は、中学時代から親しかった旧友の叫びに。自分の心臓が抉られるような想いがした。


 一体何で、こんな事になってしまったんだ。たしかに霧島はお世辞にも性格が良いと言えるような奴じゃなかった。その事は古くからの付き合いのある、桂木自身が一番良く知っている。



「でも、でも……ちっくしょうがッ!!」



 ”――ドカンッ!!”


 桂木が装甲車のハッチ付近に、右の拳を力強く振り下ろして殴った。

 握りしめた拳からは、大量の流血が溢れ出ている。


 霧島はこの世界に召喚されて、1軍の選抜勇者に選ばれたエリート勇者だ。

 女王のクルセイスから貴族としての称号を授けられ、豪華な屋敷をプレゼントされた霧島は、まるで人が変わったように他者を見下す性格に変わり果ててしまった。



 だが、まだこの世界に召喚されて間もない頃。


 霧島は、3軍の勇者である桂木を……一度だけ自分の屋敷に招き入れた事があった。


 もちろんそれは、3軍認定されて役立たずの勇者であると王宮から見放された哀れな桂木に。自分が住まう豪華な屋敷と、たくさんの使用人達に囲まれた優雅な貴族の生活を自慢したくて招待したのだ……という事くらいは桂木も分かっていた。


 でも、その時に。心の底から嬉しそうに、屋敷の中を笑顔で案内してくれた霧島の顔が今も忘れられない。


 屋敷の中で子供のようにはしゃいでいた霧島の満面の笑みを、桂木は今でも鮮明に憶えていた。


 霧島は日本にいた時よりも、ずっとずっとこっちの世界に来てからの方が楽しそうだった。その笑顔は今までに見た事もないくらいに嬉しそうで、とても充実した異世界生活を霧島は過ごしているのだと分かった。


 霧島は決して、最初から『悪者』だった訳ではない。


 ただ……ボタンを掛け違えて。道を踏み外してしまっただけなのだと、桂木は今でも信じている。


 選抜エリート勇者として、第一次アッサム要塞の攻略戦に参加をした時に。霧島は自身の命を守る為に、仲間の勇者を見捨てて逃げ出した倉持達と、行動を共にする事を選んでしまった。


 そこから、全てが狂ってしまったのだ。


 もし……霧島がこちら側に。コンビニの勇者の陣営に参加をしてくれていたら。これほど心強い、優れた戦闘能力を持った勇者はいなかっただろう。


 何でこんな事になってしまったのだろう。血の涙を流しながら苦しがっている旧友の変わり果てた姿を見つめながら……。どうして俺達と一緒に来てくれなかったんだと、桂木は悔しさのあまり大粒の涙をこぼした。



「桂木くん、危ないわ!! ハッチをしめて、装甲車の中にいったん隠れなさいっ!!」


 自由自在に伸縮をする赤い触手が、桂木が顔を出している装甲車に攻撃を加え始めた。


 桂木は慌てて顔を引っ込めて、装甲車のエンジンをかける。

 そしてアクセルを踏みながら、再びフルスピードで巨大な魔物と化した霧島の体に向けて、猛加速で突っ込んでいく。



「うおおおぉぉぉぉーーーーっ!!」


 小笠原が立っている場所から、いったん霧島を遠ざける為に。桂木は装甲車で、霧島の体を遠くにまで強く押し込んでいく。


 だが、赤い触手の魔物にダメージを与える事は出来なかった。ただ装甲車のエンジンの馬力のみで、赤い魔物をまるで相撲のように、ゆっくりと後ろに押していくだけだ。


 装甲車に体を押されて、もう体の制御が効かなくなった霧島は……。意識を朦朧とさせながら白目をむいて、口から泡を吹きながら、赤い触手を闇雲に振り回し続けている。


 頑丈な装甲車は、霧島の赤い触手の攻撃をかろうじて防いでいるが、切れ味の鋭い触手はまるでチェーンソーの刃のように、装甲車の外壁を削り取ろうとする。


「――桂木くん! 危険だわ、すぐに逃げて!!」


 ぬいぐるみの勇者である小笠原が、再び自身の周りにぬいぐるみ軍団を集結させる。そして暴走する霧島に向かって、再度突撃を開始させた。


 このまま放っておけば、霧島は桂木の乗っている装甲車を完全に破壊してしまうだろう。そうなれば、中にいる桂木の命はない。

 桂木の持つ能力、『裁縫者(ソーイングマン)』は裁縫に特化をした能力で、戦闘向きのものではない。だから暴走する霧島の攻撃を防ぐ事も、避ける事も出来ないはずだ。



 ぬいぐるみの騎馬兵100騎、そして小型のぬいぐるみ兵200匹が小笠原の周囲に集まり、霧島に向けて突撃していく。


 その後ろからは、身長が10メートルを超える大型のクマのぬいぐるみ5体もやって来て、暴走する赤い触手の魔物に向かって、一斉に攻撃を加えていく。


 恐ろしい攻撃力を持つ敵に向かって果敢に突進していったぬいぐるみ兵達は……逆に、赤い触手の魔物の反撃にあい。

 魔物の体から飛び出す無数の触手によって――全員、その体を無惨に切り刻まれてしまった。


 赤い触手の先端部分には、チェーンソーのように回転するギザギザの鋭利な突起物が無数に付いていた。


 霧島の体よりも大きい、10メートル超えの大型のクマのぬいぐるみ達がその触手を掴もうとしても……。逆に一瞬にして、切り刻まれてしまうだけの破壊力を赤い触手は備えている。


「そんな……! これじゃあもう、私には打つ手が無いわ……」


 小笠原は愕然とした面持ちで、最強の魔物へと変わり果てた霧島の姿を見つめる。


 物理攻撃ではもう歯が立たない。こうなったら、もはや残された手は1つしかない。


 そう、小笠原の召喚するぬいぐるみ軍団の中で、最強の力を持つ戦力――。70メートル級の巨体を誇る『超大型のクマのぬいぐるみ』をここに呼び寄せるしかない。


 そしてその巨体の体重を使って、霧島の体を一気に踏み潰すしか手はないだろう。


 だが、あの赤い触手の魔物の動きはかなり素早い。


 例えここに超大型のクマのぬいぐるみを呼び寄せたとしても、高速スピードで動き回る赤い触手の魔物を、正確に踏み潰す事は困難だ。


 押し寄せてくるぬいぐるみ軍団を、全て切り刻んだ赤い触手の魔物は……。今度は遠くで無防備に立ち尽くしている小笠原の姿を見つけて、鋭く睨み付けてくる。


 どうやら朦朧(もうろう)とした意識の中でも、ぬいぐるみ達を操っているのが誰なのかという事は理解しているようだ。


 クジラにまとわり付く大王イカのように。装甲車に穴を開けようと車体にへばりついていた霧島は、いったんその攻撃を止めると。

 今度は標的を小笠原に定めて。猛スピードで小笠原の立っている場所に向けて、突進を開始した。


 途中、防御壁になろうと立ち塞がる大型のぬいぐるみ兵達を赤い触手で切り裂き。そのスピードを落とす事なく、霧島は小笠原の体目掛けて全力で突進し続ける。



 呼び寄せていた超大型のクマのぬいぐるみは、どうやらもう、間に合いそうにない。


 再び霧島の攻撃によって、絶体絶命の危機を迎えた小笠原のピンチを救ったのは……。またしても、後方からアクセル全開で装甲車を前進させた桂木だった。


 桂木は今度は急ブレーキをかけて、突進する霧島と小笠原の間に装甲車を無理矢理割り込ませると。


 霧島の突進を受け止める鉄の壁として。小笠原が霧島の突進の直撃を受ける寸前で、何とかその猛攻を装甲車で食い止める事に成功した。


「桂木くん、逃げてって言ったのに……!」


「へっへ……何を言ってるんすか! 俺達3軍の勇者は仲間を助ける為に、いつでも全力を尽くすのが信条じゃないっすか! ここで小笠原を見捨てたら逃げ出したら、俺の心も霧島と同じ魔物に成り果ててしまうっすよ!」


 桂木が装甲車の上部ハッチから顔を出して、ニヤリと小笠原に向けて笑いかける。


「もう、本当にバカーーっ!! そんな格好つけは良いから、早く装甲車の中に身を隠さないと……!」


 心配する小笠原をよそに、桂木は装甲車の中に体を隠そうとはしなかった。

 それどころか、顔だけではなく。車体から全身を外に出して。装甲車の上で両手を広げて、凶悪な魔物と成り果てた霧島に向かって叫び続ける。


「霧島ああぁぁーーッ!! もう、やめるんだ!! 俺が全部、お前の苦しみも痛みも受け止めてやるからッ! だからもう、こんな事はやめるんだーーッ!」


 桂木は武器一つ持たない、完全に無防備な姿で霧島に呼びかける。


 だが、霧島からの返答はなかった。


 赤い触手の魔物は、鋭利な触手を無数に伸ばし。一気に装甲車ごと桂木の体を切り刻んでしまおうと、容赦なく触手を振り回してくる。


「ダメーーーっ!! お願いだから、桂木くん逃げてーーーっ!!」


 小笠原が大声で叫び声を上げる。

 その目にはうっすらと涙が(にじ)んでいた。


 呼び寄せている超大型のクマのぬいぐるみは、まだ間に合わない。周囲に配置していたぬいぐるみ軍団達も……そのほとんどが霧島によって切り刻まれてしまった。


 もう、小笠原には……。装甲車の上に立つ無防備な姿の桂木を守る手段は何も残されていない。


 誰か、誰か、助けて欲しい……。

 そうでないと、また大切なクラスメイトが命を落としてしまう……!


 小笠原は祈るように、両手を組みながら天を仰いだ。



 すると――その願いが誰かに届いたのだろうか。



 無数の触手を振り回して桂木を襲おうとした、霧島の巨大な体が……。見えない『何か』によって突然、押さえ込まれた。



「えっ……!?」


 思わず小笠原は自分の目を擦って、その光景を何度も凝視した。


 空から降り注ぐ、太陽の光を浴びて。黄金色に輝く『光の糸』が、無数に霧島の体を縛り付けるように空間上に(つむ)がれている。


 それは光り輝く無数の細い糸だった。


 太陽光を幾重にも反射させている細い糸の群れは、まるで黄金色に輝いて見える。


 目に見える限りでも、数千を超えるであろう黄金の糸が……。霧島の体を、まるでボンレスハムのようにきつく縛り上げていた。


 黄金の糸による拘束はあまりにも硬く、そしてキツかった為。霧島が無数に伸ばしていた赤い触手は、そのほとんどが黄金の糸の圧力によって切り落とされてしまっている。



 装甲車の上では、無傷の桂木が……両手を広げて赤い触手の魔物を見下ろすようにして立っていた。



「……俺の新必殺技、『連続黄金刺繍ゴールデン・オートミシン』の締め付けはどうだ、霧島? 裁縫者(ソーイングマン)の勇者によって紡がれたこの黄金の糸で、俺が必ずお前を苦しみから、解放してやるからな!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ごめん! いちいち桂木がウザい(笑)
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