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第二百十三話 第2次アッサム要塞攻略作戦⑥


 アッサム要塞の戦場から遥か後方に離れた位置。


 そこにドリシア・カルタロス連合軍、約1万人が整列をしている陣があった。


 その場所から光輝く無数の光弾が、夜空を貫く星の雨のように――。アイドルの勇者である野々原有紀(ののはらゆき)が立つ場所に向けて一斉に放たれる。



 ”ドシュ、ドシュ、ドシュ!!”


 『射撃手(アーチャー)』の勇者である紗和乃(さわの)によって放たれた光弾は、おおよそ50人を超えるグランデイル王国の白い魔法戦士部隊に次々と命中、着弾をしていった。


 光の矢に全身を貫かれた魔法戦士達は、夏の夜空に炸裂する花火のように。全身が四散して、その場で弾け散るようにして消滅していく。



「さっすが、紗和乃っちじゃ〜ん! 後方の遠距離で安全な場所から、身を守る(すべ)のない敵集団を容赦なく弓で倒しまくっていく所が、めっちゃ格好良いじゃ〜ん!」


「……それって褒めているの? それとも私を遠回しに(けな)しているの? マイク越しに話すから、あなたの独り言は、全部こっちにまで聞こえてくるんだけど!」



 紗和乃は不服そうな表情をしながらも、光の矢を連続で放ち続ける。


 野々原の言葉に不満はあるが、ある意味で……それは正しい表現でもあった。


 連合軍のいる陣から、遠距離で光の弓を射撃する紗和乃にグランデイルの白い魔法戦士達は手を出す事が出来ない。そもそも距離が遠すぎる。そしてそこには、1万人を超える連合軍の騎士達が待ち構えているのだ。


 安全な陣地から遠距離で敵を殲滅(せんめつ)する、無敵の固定砲台と化した『射撃手(アーチャー)』の勇者を、もう……誰も止める事は出来ない。


 約50人近くいたグランデイル軍の魔法戦士達は、紗和乃の放つ光の矢に全身を射抜かれて――そのほとんどが瞬時に消滅させられてしまった。


 僅かに残った騎士達は、無数に襲いかかってくる魔法の弓に射抜かれるよりも前に。先にアイドルの勇者である野々原を仕留めようと必死に襲いかかっていく。



 だが、そんな魔法戦士達の前に……。


 前方から疾風の速さで駆けつけてきた舞踏者(ダンサー)の勇者が、颯爽(さっそう)と現れた。


 まだ数人ほど生き残っていた魔法戦士部隊は、藤枝みゆきが振るう双剣の舞によって、一瞬で斬り刻まれてしまう。


 気付いた時には魔法戦士達は――紗和乃が放つ光の矢と、藤枝みゆきの双剣によって、あっという間に全滅させられていた。


「良かったー! どうやらこっちも間に合ったみたいだねー!」


「遅いよ、みゆき〜! ハイ、だから減点ね! 後で私に美味しいチョコレートパフェを奢って頂戴ね。それで今回の分はチャラにしてあげるから」


「えー!? チョコパなんて彼方くんのコンビニに行かないと買えないよー! 後で美味しいパンを売っているカフェを紹介してあげるから、それで許してよー!」


 野々原と藤枝みゆきが、互いに肩を叩き合って笑みを浮かべる。


 当初の目標だった、グランデイル西進軍の秘密兵器。白い鎧を着た魔法戦士部隊の殲滅が出来た事に、2人は心から安堵したのだろう。


 アッサム要塞周辺の戦いも、超巨大クマのぬいぐるみに追われたグランデイル兵達が、次々と戦場から離脱を開始している。


 もはや放っておいても、戦況は確実に連合軍の勝利となるに違いない。要塞に篭っている守備兵も、連合軍の本体が到着すれば全て撤退するか降伏をするだろう。


 この戦いの開戦時には、3万人以上の戦力がいたグランデイル軍は、今では1000人以下にまで討ち減らされている。



 だが、戦いはまだ全てが終わった訳ではなかった。


 要塞付近の平野では、グランデイル西進軍の総大将を務める『氷結将軍(アイス・ジェネラル)』こと、霧島正樹(きりしままさき)と、ぬいぐるみの勇者である小笠原麻衣子(おがさわらまいこ)の戦いがまだ続いていたからだ。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「ぐふッ……! こ、この野郎がぁぁーーーッ!!」


 『氷術師(アイス・マジック)』の勇者である霧島の体を、ミニマムサイズのクマのぬいぐるみ達が次々と切り付けていく。


 ぬいぐるみの勇者である小笠原麻衣子(おがさわらまいこ)の怒涛の波状(はじょう)攻撃は、一向に止まる気配がない。


 霧島は自身の身を守る為に、周囲に無数の氷の矢を出現させて、押し寄せてくるクマのぬいぐるみ軍団に反撃し続けているが……とても間に合わない。


 圧倒的な数の力で押し寄せてくるクマのぬいぐるみ軍団は、機動力の高い騎乗兵もいれば、全長10メートルを超える大型サイズの兵隊もいる。

 そして1番厄介なのが、大きさが30センチ未満程度の小型のぬいぐるみ達だ。


 体の大きいぬいぐるみ達とは違い、小型のぬいぐるみには霧島の放つ氷の矢は当てづらい。


 大きなぬいぐるみ兵や、騎馬に乗ったぬいぐるみ騎兵に氷の矢の攻撃を集中させていると……。いつの間にかそれらの間を縫うようにして、小型のぬいぐるみ軍団の接近を許してしまう。


 お子様用の小型フォークを手にした小さなぬいぐるみ達は、霧島の手や足に銀色のフォークを突き刺し、体に無数の手傷を負わせて徐々に体力を奪っていく。


 気付いた時には、霧島は呼吸を激しく乱し。全身から大量の出血をして、満身創痍(まんしんそうい)な状態にまで追い詰められていた。


 そしてそれは、選抜エリートである『氷術師(アイス・マジック)』の勇者と、3軍の『ぬいぐるみ』の勇者である小笠原との間に――それ程までの実力差があるという事実を突き付ける結果となった。


「こんな馬鹿な事がッ……! この俺が、どうしてこんなクソ雑魚の3軍の勇者なんかに追い詰められなきゃいけないんだよ……! 俺は、俺は……黄金の冠をクルセイスさんから授けられた、氷結将軍(アイス・ジェネラル)様なんだぞ!!」



 体の至る所に、無数の切り傷を刻まれて。


 流れる出血で全身を震わせている霧島が、激昂するように怒鳴り散らした。


「それはあなたが、大した実力を持っていない勇者だったという事よ。好待遇にあぐらをかいて、常に他者を見下してマウントを取ってきた事のツケね。あなたがただの勘違いバカなら、少し罰を与えて許してあげても良かったのだけど……。今のあなたはもう、罪を犯し過ぎているわ。だからせめて同級生として、苦しませないように一気にとどめを刺してあげるわね!」


 小笠原は右手を振り上げて、自身の周りに集まっているぬいぐるみ軍団に総攻撃の命令を与える。


 既にグランデイル軍は壊滅状態に陥っていた。その為、戦場でグランデイルの騎士達と戦っていたぬいぐるみ軍団は、次々と小笠原の周りに集結し始めている。

 総数、約1000体を超えるクマのぬいぐるみ達が、グランデイルの氷結将軍(アイス・ジェネラル)の周りをぐるりと取り囲む。


 そして、一斉に長い槍を構えたぬいぐるみ騎兵達が、敵の総大将にとどめを刺す為に突撃を開始した。



「この野郎おおぉぉーーッ!! 俺は絶対にお前達ごときヘボ勇者共なんかに、負けたりしないからなッ!!」


 まるで、断末魔の叫び声のように。

 霧島の渾身の叫びが……戦場の隅々にまで木霊(こだま)した。


 額に血管の筋を浮かび上がらせながら、血眼(ちまなこ)の目つきで霧島は小笠原を睨みつける。



 そして、とうとう霧島の体力は限界を超えてしまう。


「ぐぎゃああああああああぁぁーーーッ!!!」


 一斉に突撃してきたぬいぐるみの騎兵の攻撃を避けようと、ジャンプをして横に避けようとした霧島の足に――。騎兵隊の構える長槍が深々と突き刺さった。


 激しい激痛に悶え苦しみ、全身を震わせる霧島。


 その時――霧島の体には……。

 ある大きな『変化』が起き始めていた。



「……おい、何なんだよッ、コレは!?」


 霧島が被っていた黄金の冠から、無数の小さな赤い触手が伸び始める。

 それらは霧島の後頭部付近にまで伸びると、そのまま細い触手を次々と霧島の頭に深々と突き刺していった。


 無数の触手はそのまま、霧島の全身にまで伸びていく。そしてぬいぐるみ騎兵の槍が刺さり負傷をしている足を……瞬時に切り落としてしまった。


 痛みで悶絶する霧島の事など、全くお構いなしに。赤い触手はそのまま一気に、霧島の全身を覆い尽くしていく。

 


 霧島自身も、自分の体の変化に驚きを隠せないようだった。


 黄金の冠から伸びた赤い触手は、今や全身を包み込むほどの急成長を遂げている。負傷した足を切り落とした赤い触手は、今度はもう片方の足と、上半身に付いている両腕さえも順番に切り落としていく。


 残された霧島の胴体部分から、太い無数の赤い触手を新たに生み出し。まるで別の生物へと霧島の体を作り変えているようにさえ見えた。



「一体、何をしたの!? 霧島くん!」


 小笠原も目の前で霧島の身に起きている出来事が、理解出来ずに困惑する。


「し、知らねえよ……!! 俺だって何がどうなっていやがるのか、全然分からねぇよ! クソッ!!」



 全身の隅々から、赤い触手がどんどん伸びてくる。


 触手は胴体と顔部分だけを残して、それ以外の部分を、海底にいるイソギンチャクのような状態に変化させてしまった。


 自分の体が恐ろしい化け物の形に変貌を遂げてしまった霧島が、顔を真っ青にしながら悲鳴を上げる。


「これは、もしかして……!? くそッ、あのビッチ女王め! 金森の体にしたのと『同じ事』を、この俺にもしやがったというのかよッ!! 最初からこの俺を使い捨てるつもりだったな!」


 全長が3メートルを超える、巨大な赤い触手の塊となった霧島は、全身の変化に体がついていけず。

 

 肉体を襲う激痛に、耐えられないようだった。


「痛ってえええぇぇッッ!! クソぉぉぉ、痛過ぎるよおおぉぉぉ!! 小笠原ぁぁぁ〜!! お願いだから、俺を助けてくれよおぉぉ!! 俺はこんな化け物になってまで生きたくはねえよおおぉぉ!!」


 全身を締め付ける痛みに耐えかねて。霧島は目から、大粒の涙を流し続けている。


「待っていて、霧島くん! 今、私が楽にしてあげるから!」


 小笠原は再度、自身の操るぬいぐるみ軍団に突撃の指示を出した。


 もう、霧島の体を元に戻す事は不可能だろう。


 ならば霧島自身も望んでいるように。あの赤い触手に覆われた化け物へと完全に変化をする前に、ぬいぐるみ騎兵達の槍を突き刺してとどめを刺すしかない!


 今度は小笠原は、躊躇をしなかった。


 先ほどまでは、同じクラスメイトの命を奪うという行為に少しだけ躊躇いがあった。だからせめて苦しませずに、楽に終わらせてあげようと思っていた。だがもう、そんな手加減をしている場合じゃ無い。


 このままだと霧島は本当に、人間ではない別の『何か』に変化してしまう。


 そしてその痛みに耐えかねて、苦しんでいるのだ。もしかしたら自分が霧島正樹であるという、自我さえ失ってしまうかもしれない。そうなれば完全に、凶悪な魔物として生まれ変わってしまうだろう。


 小笠原は自身の持つ全ての能力を用いて、目の前で急成長する赤い触手の魔物に対して総攻撃をかける。



「ぬいぐるみ軍団、全軍突撃ーーーっ!! 一斉に攻撃を仕掛けてとどめを刺すのよ!!」


 小笠原の操るぬいぐるみ騎兵団、おおよそ150騎が猛スピードで赤い触手の魔物に向けて突進を開始した。


 長槍を前に出して、騎兵達は巨大な触手の魔物に体当たりをするように突き進んでいく。


 ところが……その攻撃は霧島の体に届く前に、全て防がれてしまった。


 まるで刃物のように鋭い先端を持つ赤い触手が、押し寄せてくるぬいぐるみ騎兵隊の体を、一瞬にして切り裂いてしまったのだ。


 見た目よりも遥かに素早い動きで伸縮をする触手は、押し寄せるぬいぐるみ達を次々と切り刻み――。そのまま一気に、小笠原の立っている場所へと突進を開始していく。



「そんな……!? まさか、私のぬいぐるみ達が全て撃退されてしまうなんて!!」


 これには小笠原も驚きの表情を浮かべて、全身を硬直させてしまう。


 最強の機動力を持った騎兵隊の攻撃を持ってしても、あの赤い触手の魔物には全く歯が立たなかった。


 まさか、それほどまでに強力な魔物へと霧島の体が変化を遂げているとは思わなかったのだ。


「痛えええよぉぉぉぉーーッ!! た、頼むよぉぉッ!! 早く俺を殺してくれよぉぉぉぉーーッ!!」


 目から、赤い血の涙を流し続けている霧島。

 顔と胴体が中心部にある赤い触手の魔物が、小笠原麻衣子に向けて迫ってくる。


 あまりにも突然の状況の変化に戸惑い。小笠原は自身の身に危険が迫っていると気付くのに……僅かに遅れてしまった。


 もう、目前にまで迫った赤い魔物の巨体から逃げる事は出来ない。例えジャンプをしたとしても避けきれないだろう。



「くっ……! し、しまったわ……!!」


 小笠原は両腕で顔を守りながら覚悟を決める。


 これは咄嗟の出来事に対応が遅れた自分の判断ミスだ。


 もう少し敵の強さに気付くのが早ければ、対応出来たかもしれない。でも、このタイミングでは……もう無理だ。きっと自分はあの触手の魔物に殺られてしまう!


 ゴクリと唾を飲み込み、その場で目をつぶる。


 敵の命を奪う事と同様に、油断をすれば自分の命もまた相手に奪われてしまう。それは仕方のない事だ。なぜならここは、命懸けで互いの命を奪い合う、残酷な戦場なのだから。


 赤い触手だらけの魔物が猛スピードで突進してきた。


 そしてそのまま、小笠原の命を永久に奪い去ろうと迫ってきた、まさにその瞬間だった――。



 ”キキキーーーーーーッ!!!”


 後方から猛烈な勢いで、1台の装甲車が小笠原達の間に割り込んできた。


 装甲車は加速をつけたまま、巨大な赤い触手の魔物の体に体当たりをぶちかます。


 時速80キロを超えるスピードで、鋼鉄の車による突進の直撃を受けた赤い触手の魔物は、勢いよく後方に弾き飛ばされていった。


 本当にギリギリのタイミングで……。

 間一髪、小笠原麻衣子は自身の死の危機を回避する事が出来たのである。


 3メートルを超える巨大な魔物を跳ね飛ばした装甲車は、正面部分が大きく凹んでしまっていた。


 だが、まだかろうじて走行する事は出来るらしい。


 ゆっくりとしたスピードでバックを開始した装甲車は、小笠原の体を守るようにして、その近くに車体を近づけてから停止する。


 上部のハッチを開けて、装甲車の中から颯爽と外に顔を出してきた、その人物は――。



「ふぅ〜、良かった〜! ギリギリ間に合ったみたいっすね! 『裁縫者(ソーイングマン)』の勇者の桂木真二(かつらぎしんじ)が助けに来たから、もう安心をするっすよ〜!」


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[気になる点] 霧島戦を引っ張るとは思わなかった 5行くらいで終わる噛ませやと思ってたのに ウザさが金森と被ってるからな〜 [一言] 予想外
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