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第二十一話 新しい従業員


 俺と玉木の沈黙を破ったのは、ドアを豪快に開けてコンビニの事務所に入って来たティーナだった。



 俺の後ろに立つティーナの姿を見た玉木が、目をまん丸にして仰天している。



「なっ、なななななっ……!? そ、その女の子は、一体誰なのよ、彼方くん!!」


「……ん? ああ、玉木はティーナに会うのは初めてだったな。ティーナは今、俺と一緒にコンビニで働いて貰っているここの従業員なんだよ」



 事務所の中に、俺以外の別の女性がいるのを見つけ。ティーナも少し驚いたような表情を浮かべている。


 なので俺は、ティーナに玉木の紹介をする事にする。


「ここにいるのは玉木紗希(たまきさき)だ。異世界から一緒にこっちの世界にやってきた俺のクラスメイト。つまりこいつも異世界の勇者の一人って訳なんだ」


 室内にいる玉木の様子を確認したティーナが、その場で沈黙する。静かに目線だけを動かして、俺と玉木を交互に観察した。


 そして何かの状況を察したのか、その場でニッコリと微笑んでみせる。


 ティーナはいつもの天使の笑顔を玉木に見せると、明るい声で自己紹介を始めた。


「私は異世界の勇者様である、彼方様のコンビニで現在働かせて頂いていますティーナと申します。昼はお店の中で彼方様と一緒に働き。夜は彼方様と一緒のベッドに入り、昼夜共に濃厚なお世話をさせて頂いております不束者(ふつつかもの)ですが、どうかよろしくお願い致します」



「ぬあああぁんん、ですっっとおおおおぉーー!?」



 玉木の渾身の叫び声が室内に木霊(こだま)した。



 う、うるさいなーー! 

 なんて大声を出すんだよ、玉木の奴。


 ただでさえそんなに広くない事務所の中なんだぞ。そんな大声を出したら、耳がキーンってなるじゃないか。


 いてて、なんだか本当に耳の奥がジンジンしてきた。



「……か、か、彼方くん!! 一体今のはどういう事なのよ〜! そ、その子は一体何者なのよ~!」


「だ〜か〜ら! 俺のコンビニで一緒に働いてもらっている子なんだよ。あ、夜に一緒のベッドで云々――とかいう所はティーナの勝手な妄想だからな。そこは無視してもいいぞ」


「妄想? じゃ、じゃあ、嘘なの? そうなのね! あの恋愛未経験の彼方くんが、いきなりそんな大胆な事を出来る訳ないものね。な〜んだ、安心したわ〜!」


 せっかく、玉木が落ちつきを取り戻しつつあったのに。

 ティーナが小さくボソボソっと呟く。


「……でも、一緒にここで寝泊りをしているのは本当なんですよ? こんな狭い部屋の中で年頃の男女が2人きり。もちろん、何も起きない訳もなく……」


「なっ!? なぁっ〜〜!!」


 ティーナがまるで小悪魔のような表情で『くっくっくっ……』と小さく笑った。


 それを見た玉木が、わなわなとまた震えだす。



 おいおい……。


 そんな玉木を挑発するような事はしないでくれよ、ティーナ。ますます状況がおかしくなるだろ!


 まったく。一緒のベッドに入って濃厚なお世話をしているだとか。誤解されるような言い回しばかりして。だいたいティーナの悪巧みは、いつも俺に未然に防がれているじゃないか。


 対して玉木は、何かの精神的なダメージを受けたのか。さっきから滝のように冷や汗を大量に額から流して口をパクパクと開いては閉じて痙攣(けいれん)させている。


 顔面がまるで幽霊のように青白くなってるな。


 おそらく俺にはよく分からないが、玉木は何かの状況的な劣勢を悟ったのだろう。心底悔しそうに、唇を噛み締めているのが分かった。



 ――ハッ? 


 これってもしかして。

 恋する女同士の戦い、って奴だったりするのか?


 玉木とティーナが、初対面なのになぜかお互いに鋭く目を向かい合わせている気がする。


 でも、という事はこれは俺を取り合っての戦いって事になるのかな?

 まあ、ティーナはともかく玉木には俺を狙う理由はないだろうから、それは勘違いか。


 でも二人の視線が交差する箇所で、空中にバチバチと火花が散っているように感じるぞ。


「くっ……! こんなにも可愛い金髪の女の子を手に入れて。しかも一緒に暮らしているだなんて。彼方くんのくせに。恋愛未経験者のくせに!」



 だからお前は何度も、恋愛未経験者って言うなっ!


 まあ、確かに俺は色々と未経験なままだけどさ。これでも女性に対しての免疫は、かなり身に付いたんだぞ。


 毎日のように襲撃してくるティーナの誘惑に、俺は耐え抜いているんだ。このコンビニに負けないくらい、俺の女性への免疫力も格段にレベルアップをしたと思う。


 しばらく悔しそうに、ぐぎぎっ……と、歯軋りをしていた玉木が。突然、手を叩いた。



 まるで何かを閃いた! といった表情だ。


 ……ん、どうしたんだろう?



「そっか〜〜! 私、分かっちゃった〜!」


 ――は? 


 探偵が犯人を突き止めたような顔をしているけれど。玉木には一体何が分かったのだろう。


「その子は、奴隷なのね! きっと彼方くんが買った奴隷なのよ!」


「はぁ?」


 玉木が突然、ティーナを指差し宣言する。


「だって、異世界モノのお話で奴隷と言えばお約束だし。彼方くんは奴隷市場で売られていた可哀想な奴隷の女の子を助けて、その子に恩を売って手懐けたのでしょう? いくら恋愛未経験を長年こじらせているからって、そういう事するのは感心しないんだからね~!」


「おいおい……。お前は一体、何言ってるんだよ。全然意味が分からないぞ!」



 奴隷を手懐ける? 

 ああ、ティーナの事を言っているのか。


 いやいや、そんな訳がないだろう。


 っていうか、玉木。

 お前も、結構異世界モノの小説とかアニメに詳しいみたいだな。


 玉木は見た目に反して、意外と隠れアニメオタクだったりしたのかもしれない。


「いいえ、きっとそうに違いないのよ~! だってあの彼方くんがこんなに可愛い女の子をそばに置いておける訳がないじゃないの~! 女の子に話しかけられただけで、いつもオドオドしてたくせに~!」


 おいこら、失礼な事を言うんじゃない。


 女性が苦手なのはもう過去の事で、俺はとっくにそういうのは卒業したんだよ。


 今じゃ、毎日女の子と手をつないで歩いたり。一緒に食事をア~ンって食べさせあったり。そんな事が日常的に出来るくらいには進化したんだ。


 まあ、主にティーナが全部、俺を大人の男にしてくれたんだけどな。


 っていうか、玉木の奴。

 ティーナに向かってさっきから奴隷、奴隷って。それはちょっと失礼だぞ。


 たしかに異世界モノのアニメでは、よく主人公が奴隷の少女を助けたりする展開もあるけどさ。


 不幸な境遇にいる薄幸の少女を助けて。その子と一緒に旅をするような展開が多いのは、俺もよーく知っている。でも、ティーナはそういうのとは全然違うんだからな。



「――玉木様と仰いましたでしょうか? 失礼ですが、私は彼方様の奴隷ではありませんよ?」


 俺と玉木のやり取りを見ていたティーナが、横から静かに口を挟む。


「私は、森で盗賊に襲われていた所を彼方様に救って頂いたのです。ですので、彼方様は私の命の恩人なのです。そのご恩をお返しする為に、私は異世界に不慣れな彼方様のお役に立てればと、お傍に仕えさせて頂いております。どうか、玉木様が想像されるような淫らな主従関係ではございませんので、ご安心下さいませ」


「うううっ…………」


 今度はに玉木が口篭る。



 興奮し過ぎて。ティーナに対して失礼な言動をとってしまっていた事に、ようやく気づいたのだろう。


 まあ、奴隷云々のくだりは異世界モノのお約束展開とは言え、あまり良い言葉ではないからな。


 例えば日本では、奴隷なんて言葉は日常では有り得ないような単語だから。お気楽に物語の中でホイホイ出すのかもしれないけれどさ。


 世界には内戦や、紛争の起きている政治的にも不安定な地域は沢山ある。そんな所に住んでいる人々からしたら、少女の人身売買なんかは身近に迫る危機であり、大きな社会問題でもあるのだろう。


 つまり『少女の奴隷』なんて単語は、あまり洒落にならないキーワードだし。それ自体、気楽に使うべき言葉では無いって事だ。それはもちろんこの異世界でもそうだろう。


 うん。つまりは『不謹慎』だぞ、って事だな。


「まあ……そういう訳だ、玉木。俺とティーナはたまたま森の中で盗賊達に襲われている所で偶然遭遇してな。一緒に命からがらの大ピンチを乗り越えた仲なんだよ。その後は、森で迷っていた俺をティーナがこのカディナの街まで連れて来てくれたんだ」


「じゃあ、さっきの一緒に暮らしているって部分は本当の事なの〜?」



 うっ……。


 痛い所を突いてくるなぁ。


「ああ。それはまあ、本当さ。ティーナがここで住み込みで働きたいって言うし。俺も、人手不足で困っていたからな。ティーナがコンビニの手伝いをしてくれて本当に助かっているんだ」


 俺が放った『人手不足』という単語を聞きつけた玉木が、途端にニヤリと口角をつり上げた。


 それと同時に。今度は後ろにいるティーナが、口元で『チッ…』と、舌打ちする音がかすかに聞こえてきた。



「ふ~~ん、そっかぁ~! 彼方くんのコンビニは今、人手不足で困っているんだね~。じゃあ、私もこれからここに住み込みで働いちゃおうかなぁ~?」


「それは、大変残念ですが……。私がここで働き始めてからお店の混雑状況はだいぶ改善されました。ですので、もう人員を増やさなくてもコンビニは2人で十分にやっていけるようになったのです。――そうですよね、彼方様?」



 えっ? 何でいきなりここで俺にキラーパスを渡してくるの?


 ティーナの目線が露骨に、俺に何かを訴えているような。でも鈍感な俺には、全然分からないんだけど。


「そうだなあ。まあ、ティーナのおかげで昔よりはたいぶ楽にはなったけど。でも、まだまだ人手は足りてないのは本当だな。お客が多過ぎて、今だってなかなか休憩が取れてなかったりもするしな」


「ほら、やっぱり~~! 彼方くん! コンビニの知識が豊富にあって、すぐにでも働く事の出来る有能なアルバイトが目の前にいるのよ? これはもう雇って住み込みで働いてもらうしかないんじゃないの~? ねえねえ~!」



「…………」


 何だよティーナ、そのジト目は。


 俺が何かの失言をしたのを、ティーナは責めるように目を細めている。……って言うかその目、けっこう怖いんですけど!


 あのぅ、ティーナさん。

 もしかして怒っていらっしゃる?


 対照的に、玉木の方は満面の笑みでニヤニヤと笑っていた。


 きっとレベルの低い俺には分からないが、何か高度な女の戦い(バトル)がここで、繰り広げられたのかもしれない。


 そして、その決着がさっきついたのだろう。


「……そうだなぁ。玉木ももう、今はグランデイル王国には戻りづらいだろうし。となると家無し状態な訳だものな。しばらくは、俺のコンビニで働いてみるか?」


 形成が一気に逆転したのか、玉木がガッツポーズをあげ。ティーナが悔しそうに俯いた。


「やった~~! もちろんここに住み込みでよね~? クラスメイトで、しかもか弱くて可愛い女の子を、見知らぬ異世界の街に放り出すような事は彼方くんはしないよね~?」


「うーん。それもまあ仕方ないなぁ。ティーナと一緒に、しばらくは玉木も俺のコンビニで一緒に暮らす事にするか?」


「彼方様ぁ……!!」


 ど、どうしたんだよティーナ。

 そんな、泣きそうな目で俺の手を掴まないでくれよ。


 別に玉木はそんなに悪い奴じゃないぞ。


 ちょっとだけエロい、家猫みたいなもんだし。

 たまーに、口うるさかったり。わがままを言ったりもするけど基本悪い奴じゃないから、そんなに不安にならなくても大丈夫だって。


 昆布おにぎりを食べさせておけば、すぐに機嫌が良くなる癒しキャラなんだぞ。



 それに、これでも俺の事を唯一心配してくれた、けっこう情に厚いクラスメイトでもあるんだから。



 ――そうだ。


 そういえば、俺のコンビニのレベルが上がった事をまだ玉木は知らないんだよな。


 俺は玉木を驚かしてやろうと、早速コンビニの中を案内する事にした。

 

 きっと商品がめちゃめちゃ増えた事に驚くだろうな。

 コーラが飲みたいとか、もっと違う種類のおにぎりが食べたいだとか、散々俺に愚痴っていたしな。


 今のコンビニの状態を見たら、絶対にこいつは驚くぞ。



「……なっ、なっ、何なのよ〜!! この凄い商品の数は!? これ、劇的ビ○ォーアフターとかじゃないのよね~?」



 ……ふっふっふ。


 驚いているな。

 そうだろう、そうだろう!


 俺が異世界に来てから、もう約4ヶ月――。


 グランデイルにいた頃とは、レベルが違うのだよ。


「はぅはぅ〜! 何よコーラまであるじゃない! 何コレ!? ポテトフライまで置いてあるの!? 凄い! 信じられない!!」


「はっはっは。俺のコンビニは成長したのだよ。もう鮭おにぎりと、昆布おにぎりしかなかった時代とはまるで違うんだよ、玉木くん――分かるかね?」


「はあっ〜〜!! サンドイッチもある〜! ツナマヨおにぎりもある〜〜!! 楽園じゃ〜! ここは天国じゃ〜! 理想郷(ユートピア)はここにあったのね〜〜!」



 閉店後の店内。


 お客のいない広々した店内を、玉木が一人。

 嬉しそうに駆け回っていた。


 まるで散歩に連れてきた飼い犬を、鎖を外して草原で自由に走らせているような感じがするな。

 玉木は嬉しそうに、きゃっきゃっと飛び跳ね、全身で喜びを表現していた。


 冷蔵庫から、コーラとレモンティーのペットボトルを手に取り。チキンカツサンドやツナマヨおにぎりを10個以上もカゴに入れて、玉木はペタンとその場の床に座り込む。


 床に並べた豪華ディナーを貪るように、玉木は商品に豪快に食らいついた。


「はあっ…! はあっ…! 何て幸せなのっ!! またコーラがこの世界でも飲めるなんて〜! もう夢のようだわ!」


 おいおい。


 そんなに一度に口に放り込んだら、むせるぞ。

 もっとゆっくり、噛んでから食べないとだな……。



「ブヘッ……、ブホッ……!!」


 あっ。やっぱり吐き出しやがった。



 ポテトフライとツナマヨおにぎりを詰めた口に、コーラまで一気に流し込んだものだから、まあそれは当然そうなるだろう。


「彼方くん……、お茶、お茶を頂戴っ!」


「はいはい。喉がむせたのなら、お水の方がいいだろう。ほれ、お水だぞ」


 俺は水のペットボトルを玉木に渡してやる。



「ゴクっ、ゴクっ、ぷはぁ〜〜!! 美味〜〜い!!」



 やれやれ。

 これはまた、床の掃除をしてやらないといけないな。


 俺はロッカーにしまってあるホウキとチリトリを持ってきた。


 そういえば、前もこいつの吐き出した()しゃ物を、俺が掃除してあげた事があったな。何だか俺って、玉木の専業主夫になってる気がするぞ。



 そんな俺の様子を見ていたティーナが、不安そうに俺に尋ねてきた。


「か、彼方様と玉木様はその……とても仲が良いのですね」


「――ん? 俺と玉木? ああ、グランデイルの街にいた頃は玉木がよくコンビニに遊びに来ていたからな。割と気心の知れた仲ではあるな」


 どっちかと言うと、家で飼っている猫みたいな感覚なんだけどな。俺的には。


「それはお二人はかなり深ーい関係、という事なのでしょうか?」


「深ーい関係? それってどういう意味だ?」


「例えばお互いに全裸で、舌を入れながら深いキスを交わしたり。胸を弄りあったり。お尻を撫で回したり。耳たぶをハムハムするような間柄の事です……」


「――ぶぅほっっ!?」


 俺は思わず、口の中の唾液やらを何やらを大量に吹き出してしまう。


「ティ、ティーナ?? そ……そんな訳ないじゃないか! 俺と玉木は本当にただのクラスメイトで、何でもないよ! ただの友達みたいな関係だぞ?」


「そうなんですか? 良かったです……。私、彼方様の初めてがまだ奪われてないと知って、心底安心をしました!」



 安堵して、スッと胸を撫で下ろすティーナ。



 いやいやいや!

 それ、驚いたのは俺の方だから。


 本当に時々ティーナって……。そっち方向の話や行動がガチな時があるよな。たびたび俺を困惑させてくるので、勘弁して欲しいんだが。


 彼方様の初めてがまだ奪われてない事に安心って、それ。俺の貞操を狙っているって事なのだろうか?


 夜な夜な俺の布団に侵入しようとしてくるのは、たまーにそれがジョークみたいなものかな……って思う時もあったけど。ティーナにとっては割と本気(ガチ)だったのかもしれない。


 ティーナ……。なんて恐ろしい子!


 なんかいつか本当に、俺……。

 ティーナに色々と、全てを奪われてしまいそうな気がして怖いんだけど。


 正直に言ってティーナは、外見も性格も、俺にとっては全部どストライクの完璧な女の子だからな。


 とにかくこれからも夜は、ティーナの襲撃に気をつける事にしよう。邪念は捨てる、邪念は捨てるっと。



「はあっ〜! プリンやメロンパンまであるなんて! スイーツが甘くて本当に最高ね〜! もう、私、一生ここにいる〜〜! 私、絶対にコンビニからもう、一歩も外には出ないんだからね〜!」


 玉木がコンビニの床に頬をスリスリさせて、一人で悶える。


「そんなに堂々と引き篭もり宣言をするなよ。明日からはちゃんと働いて貰うんだからな。ここでタダ飯食べて過ごせるとは思うなよ」


「うんうん。大丈夫だよ〜! 私、めっちゃ働くから! あっ、そうだ……彼方くん!」


「ん? どうした?」


 玉木がこちらを向いてニンマリ顔を浮かべる。

 なんだ? それだけ食べて、まだ何か他に要求があるのかよ。


「ふっふっふっ〜。コンビニと言ったらやっぱり『アレ』でしょう! トイレを貸して〜!」


「ハイハイ。奥にあるから自由に使ってくれ」


「やった〜〜!! 久しぶりの水洗便所だ〜〜! 柔らかいトイレットペーパーが使える〜〜!」


 食べかけのポテトフライやら、プリンやらを全部そのまま床に放置して。玉木がルンルンと鼻歌を歌いながら、トイレに向かって行く。


 散らかっている床の惨状に、俺とティーナが溜息を漏らしていると――、


「きゃああ〜! 暖房付きの便座、超最高〜! ダブルのトイレットペーパーも柔らかくて、お尻当たる感触も優しいし、本当に全部が最高〜〜!! ここは地上の楽園じゃ〜! ああ、幸せすぎて溶けてしまいそう〜!」



 トイレの快適さを、中から実況中継してくる玉木の声が奥から聞こえてきた。


 まったく。

 年頃の女の子なんだし、少しは慎みを持てよな。


 何度も言うが、アレでもクラス一の美少女として、クラスの男子生徒全員の憧れでもあった奴なんだぞ。


 うちのクラスの男子だけじゃなくて、他クラスの生徒からもよく告白をされていたみたいだし……。でもなんか、好みが合わないのか。全員振ってたらしいけどな。



「それが今や、こんなにもデリカシーの欠片も無い惨状になってしまうとは……」


「クスクス」


 呆れて苦笑いを浮かべる俺の隣で、ティーナが笑っていた。


「玉木様は、面白い人なんですね!」


「ああ、面白いよな……あいつ! アレで、結構人情味もあって優しい奴だから。まあ、これからティーナも仲良くしてやってくれると嬉しいな」


「ハイ。彼方様のお友達ですから。きっと良い人に決まっています。それに異世界の勇者様と、またお知り合いになれるなんて……私、とっても光栄です!」


 そっか。

 玉木も一応異世界の勇者だったっけ。


 俺的には、昆布おにぎりばっかり食べてるエロい家猫のイメージしかなかったけど。

 俺みたいな色物の能力者と違って、選抜メンバーにも選ばれている、かなりの実力者でもあるんだよな。


 ちゃんと戦闘能力のある勇者が俺のコンビニに居てくれるのは、ありがたい事なのかもしれない。

 まだこれから先も、どんな危機がここで起こるのかは全く分からないしな。


 いざ! って時には、玉木が俺の代わりに戦ってくれると本当に助かる。


 なにせ暗殺者(アサシン)の能力を持つ立派な勇者だ。

 名前からしても、めっちゃ強そうだし!


「それにしても……」


 これだけコンビニで扱える商品が増えてきても。

 改めて俺にはやっぱり、何も戦闘手段が無いんだな。


 これはもう、コンビニの勇者ってのは戦う事が出来ない勇者って事で確定なのかな?

 正直、もう心のどこかで諦めはついてはいるけれど。



「あ〜あ。出来るなら、やっぱり勇者として敵と格好良く戦えるような能力も欲しかったよなぁ……」


「――彼方様? どうかなさいましたか?」


「ん? ううん、何でもないさ」



 まあ今更、愚痴ってもしょうがない。

 俺にしか出来ない事も色々とあるのだし。


 これからもコンビニの勇者は、地域生活に密着するスタイルの勇者って事で、貢献していくつもりだ。



 どうせ明日、明後日にも。すぐに魔王が倒されるという訳でもないだろう。



 ならここは気長にこの異世界で、俺はのんびりとコンビニ生活を続けてくしかないだろうからな。


 

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[気になる点] ここまで読んで、   主人公の脳内での話が多すぎる。オタクを表現したいのかもだけど・・それにしても多い。
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