第二百三話 幕間?? コンビニライフ・イン・◯◯
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「うおっしゃぁぁぁーーッ! 今日もやるぞーー!! 異世界コンビニの開店だあああぁぁぁぁーーーッ!!」
『『おおおおおーーーーっ!!!』』
巨大コンビニの自動ドアが開く。
俺達は外で並んでいるお客さんの大行列に向けて、コンビニの開店を高らかに宣言した。
コンビニの前には、既にオープン前から物珍しさで集まってきた街の住民達や、コンビニの噂を他所から聞いて駆けつけてきた人々で長蛇の列が出来上がっている。
よし、いつも通り俺のコンビニは大人気だな!
まあ、それは当然だ。異世界の人々にとってコンビニは『超』が付くくらいに珍しい建物だしな。最初の頃に比べると、コンビニは想像も出来ないくらいに巨大化をしているし、もう……ぶらりと外を歩いていても、絶対に目に止まるくらいの大きさになっているからな。
「ねえねえ、彼方くん〜! 本当に大丈夫なの? ざっと見ただけでも3000人以上は並んでるように見えるんだけど〜!」
紗希が俺の腕を不安そうに掴みながら、あわあわと唇を震わせて、慌てたような表情を浮かべている。
もう……ホントにこいつは副委員長のくせに、ビビり過ぎなんだよな。コンビニを異世界の街でオープンさせるのは、これが初めてって訳でもないのに。
俺達はもう、結構な数の街で異世界コンビニを何度もオープンさせてきたじゃないかよ。
「――大丈夫さ、紗希。心配すんなって! 俺のコンビニはレベルも上がって、店舗の規模も大きくなっているし。今ならちょっとした、ショッピングモールくらいの品揃えが揃っているからな。3000人くらいのお客さんなら、余裕でコンビニの中に収容出来るって!」
「だ〜か〜ら〜! いくらコンビニの店内が広くなってても、働く従業員の数が足りてないって私は言ってるのよ〜! 私、また一日中レジ打ちするのやだよ〜! はあ……何で私はアラブの石油王じゃなくて、コンビニの店長に嫁いできちゃったのかしら。シクシクシク……」
紗希がわざとらしく頬を膨らませると、俺の腕に絡み付けている自分の腕に、更に強く力を込めてくる。
イテてててて……! バカ、そんなに強く俺の腕を引っ張るなって! お前の『暗殺者』の能力レベルは以前よりかなり高くなってるんだから、筋力も相当ヤバくなっているんだぞ。
下手をすると俺の腕がスポッ――と、大根みたいに引っこ抜けちゃうかもしれないだろ!
「……ハイハイハイハイ、秋ノ瀬くんに玉木さんも、夫婦漫才はそこまでにしてよね! もうコンビニは開店したんだから、さっさと持ち場についてくれないと、お客さん達を全員さばききれないわよ!」
戯れている俺と紗希の間を、銀色の巨大なハサミで真っ二つに引き裂くようにして――。『ハサミ』の勇者である新井涼香が、俺達ラブラブカップルの間に割り込んできた。
「いやいやいや、涼香のハサミはシャレにならないくらいに切れ味が鋭いんだから、気を付けてくれよ。この前だって5メートルくらいある牛の魔物の首を、そいつで一瞬にして切り落としたじゃないかよ。俺の華奢な腕なんて一発で切れちゃうって!」
「いいじゃないの、たまには切り落としてみたら? 無敵のコンビニの勇者様なんだから、案外トカゲの尻尾みたいにまた生えてくるかもしれないわよ? 最近はリーダーとしての自覚が欠けているみたいだから、それくらいの緊張感を持つのも良い事だと思うわ。玉木さんも愛しの恋人の腕を切り落とされたくなかったら、ちゃんと真面目にレジ打ちをしてくれるわよね?」
「は、ハイ〜〜っ!! 彼方くん、涼香ちゃんが怖い顔してるから私、すぐにレジ打ちに行ってきます〜〜!」
脱兎の如く、玉木が慌ててコンビニのレジに向かって走り去っていく。
最近は俺と玉木がイチャイチャしてると、すぐに涼香が邪魔しに入ってくるのが、俺達勇者パーティの中では常態化してきたような気がするな。
「涼香、お前最近……俺と紗希への当たりが強くないか? 俺はそういうのは良くないと思うぞ。勇者パーティのリーダーとして、俺はチームメンバーが嫉妬に狂ってる姿は見たくないからな」
「なあぁぁーーっ!? だーれーがー嫉妬に狂っているのよ! コンビニと暗殺者の勇者がイチャイチャしていようが、私には全然関係ないんだから! でも、これから魔王城へ総攻撃を仕掛けるっていう大切な時期なんだし。気の抜けた行動だけはしないで頂戴よね! 私はさっさと魔王を倒して、元の世界に早く帰りたいんだから!」
涼香が両腕を組みながら、顔を真っ赤にさせて怒っている。
ボーイッシュな雰囲気のあるショートヘアの新井涼香は、クラスにいた時からいつも怒りっぽい奴だった。
こいつの未来の恋人となる男は、きっと大変だろうな……って思わず心配してしまう。
――と、俺が心配をしていたら。
俺達勇者パーティのもう一人のメンバー。『槍使い』の勇者の水無月洋平が、俺達のいる所にやって来た。
「おい、涼香。ここで何してるんだ? 俺達2人はコンビニの地下階層への誘導担当だろう? エレベーターガール役をこなしてくれているアイリーンさんが、一人で困ってたぞ。並んでいるお客さんに、温泉施設やジムへの誘導が一人だけじゃ無理だって涙目になってたし」
「きゃっ……!? み、水無月くん!? う、うん……ごめんね。私すぐに行くから!!」
ハサミ使いの勇者である新井涼香が、さっきよりもっと顔をゆでダコのように真っ赤にして。水無月の差し出した手をそっと握り返す。
何だか今にも噴火寸前の火山みたいな顔色になってるけど、大丈夫なのか、涼香の奴……。
「よし、それじゃあ一緒に行こう! 俺達もアイリーンさんと合流をしてエレベータールームで働こう。並んでる沢山のお客さん達も、コンビニの地下の温泉に入りたいって楽しみにしているみたいだしな」
「うん。私も仕事をして一汗かいたら、たまには水無月くんと一緒に、ゆっくりと温泉に入りたいなぁ……」
「……ん? 今、何か言ったか、涼香?」
「な、何でもないわよーーつ!! さ、さあ、行きましょう! 水無月くん!!」
水無月の手を握りながら。涼香はスキップを踏むようにして、エレベータールームに向かって去っていく。
おーい、途中で爆発しないように気を付けろよー! バカップル達ーーっ!
さっ、俺もそろそろレジに向かわないとな。
購入商品を決めたお客さん達が、もうレジに殺到している頃だろう。紗希が一人だけで『ひぃ〜ひぃ〜』と言ってる姿が目に浮かぶからな。
俺が外に並んでいたお客さんの列の誘導を終えて、レジに向かおうとすると……。
「おぃ〜〜っす! 彼方〜! 久しぶり〜!!」
懐かしい声が、背中から浴びせられた。
すぐに振り返って後方を確認すると。そこには久しぶりに再会を果たした、懐かしいクラスメイト達3人が勢揃いしていた。
「おおおおっ!! 佐伯に四条に松木田じゃないか! みんな久しぶりだな〜! ちゃんと元気にしてたのか?」
俺はまず『海釣り師』の勇者である松木田海斗と熱い抱擁を交わす。
松木田の後ろには『地図探索』の勇者の佐伯小松と、『防御壁』の勇者である四条京子が並んで立っていた。
「おう、彼方も元気そうだな! お前の大活躍は聞いてるぜ! もう少しで魔王の居城に総攻撃をかけるんだろう? さすがは俺達の選抜勇者様だぜ! これで俺達もやっと元の世界に戻れると思うと……本当に彼方には感謝しかないよ」
「ハハ……。みんなが後方の支援や街の復興を手伝ってくれているおかげさ! 今回この街にコンビニを開いたのも、佐伯の作っている巨大地下迷宮が完成したって噂を聞いたから、そのお祝いもかねて来たんだぜ」
「巨大地下迷宮じゃないぞ、『アノンの地下迷宮』って立派な名前があるんだからな! ちゃんと正式名称で俺の最高傑作のダンジョンの名前を呼んでくれよ、彼方」
誇らしげに堂々と、自分の胸を大きく張る佐伯。
「はいはい、迷宮の名前なんてホンマにどう〜〜でも良いやんか! そんな趣味全開な地下迷宮作りを、ず〜っと一緒に手伝わされた、うちの気持ちも少しは考えて欲しいんやけどな〜……」
おかっぱヘアーの四条京子が、佐伯の横でため息混じりに胸を撫で下ろす。
たしか四条も佐伯の地下迷宮作りを手伝わされて、3ヶ月近くこの付近の街に滞在していたはず。だから2人はここでずっと大変な建築作業をしていた事になる。
まあ、その割には満足そうな顔をしている所を見ると……。佐伯と四条の仲も、結構上手くいっているみたいで安心した。
俺達、異世界から召喚をされた勇者一行……総勢7名がこうして一つの街に集合したのは、随分久しぶりの事になるな。
異世界召喚されてすぐに、俺達7人のクラスメイト達は魔王と戦うのに相応しい能力を持っているのかどうかの選抜が行われる事になった。
その結果、選抜勇者パーティーのリーダーとして認定されたのが、この俺『コンビニ』の勇者という訳だ。
そして勇者パーティーのメンバーとして、
『暗殺者』の能力を持つ玉木紗希。
『ハサミ』の能力を持つ新井涼香。
『槍使い』の能力を持つ水無月洋平の、合計4人が魔王退治に向かう勇者パーティーとして選ばれる事になった。
選抜メンバーに選ばれなかったのは、『地図探索』の勇者の佐伯。そして『防御壁』の勇者の四条。
『海釣り』の勇者の松木田の3人である。
3人はそれぞれ能力を活かして、俺達の後方支援をしてくれたり、魔物との戦いで被害を受けた街の復興や、難しいダンジョン攻略の手伝いをしてくれたりした。
そうやって俺達クラスメイト7人は、お互いに協力をしながら、みんなで魔王退治に挑んでいるという訳だ。
ちなみに今回この街に来たのは、『地図探索』の勇者の佐伯が、近隣の王国の女王様から、王家に代々伝わる秘宝を隠す為のダンジョン作りを依頼されたからだ。
まぁ、本当は依頼をされたのは、その女王様と仲の良かった玉木の方だったんだけどな。玉木が迷宮作りが得意な佐伯にお願いをして、複雑な地下迷宮を作るという流れになった。
それがとうとう完成したという報告を受けたから、そのお祝いもかねて、俺達はこの街やってきた訳だ。
元々ダンジョンゲームの得意な佐伯は、喜んでこの仕事を引き受けてくれた。それに付き合わされた四条も、そんなに嫌そうな顔はしていなかったし……お互いに、ウィンウィンで良かったと思う。
佐伯は、内緒で俺達クラスメイトにだけは『アノンの地下迷宮の攻略地図』を後でくれると約束をしてくれたけど……。
でも正直な所、それ。たぶん使い道はないと思うぞ。俺も玉木も、そんな複雑な地下迷宮に今後も入る事は絶対にないと思うし。まぁ、もし未来に何か邪悪なアイテムでも拾ったりしたら、最深部に封印させて貰う事くらいに使おうかな……。
「それにしても、相変わらず彼方のコンビニは凄い進化を遂げているよな。キャタピラーが付いて移動するし、地下には豪華なホテルもあるし、大きさもスーパーみたいなビッグサイズになってるし。……あ、後でコンビニホテルにまた俺達を泊めてくれよな! あそこの最高級スイートルームはマジで最高だからさ!」
「ああ、全然構わないぜ。うちのレイチェルさんも3人がまた泊まりに来てくれるのを、すっごく楽しみにしていたみたいだしな」
「何だって、あのレイチェルさんが俺達をホテルの中で待ってくれているだって……!?」
急に顔を赤くして、『うぇへへ……』と鼻の下を伸ばし始める佐伯と松木田の男2人組。
そんな下心を丸出しにした男性陣の様子を見た四条は、佐伯の鼻を両指で思いっきりつねってみせた。
「いててててててててッ!! 京子、それマジで痛いって! 俺の鼻がちぎれちゃうって!!」
「はーーん? ちぎれちゃえば良いんちゃうん? それで彼方くんの所のホテル美人支配人さんやら、白い花嫁さんに手厚い看護をして貰えば良いやんか!」
完全にご立腹状態になった四条が佐伯を置いて、そのまま奥の倉庫に向かっていく。
今日は久しぶりに勢揃いをしたクラスメイトのみんなが、俺のコンビニの営業を手伝ってくれる事になっていた。
だからさっそく四条は、コンビニ商品の荷出し作業に向かってくれたのだろう。
「お、おーーーい! 待ってくれよ〜、京子ー! 俺も手伝うからさーー! 悪いな彼方、ちょっと俺行ってくるよ!」
「ああ、さっさと追いかけて四条を後ろからハグして来いよ。きっと今ならまだ許して貰えると思うぞ」
「バーーカ!! 俺達はまだそんな関係じゃねーから! と、とにかく後は頼んだからな……!」
佐伯は、俺と松木田に手を振って。全速力で四条を追っかけて行った。
うんうん。どこのカップルも幸せそうで、俺は本当に安心したよ。
「……そういう彼方くんも、早く副委員長の所に行った方が良いんじゃないのかな? なんかさっきチラッと見たら、レジにはもの凄い大行列が出来ていたみたいだったけど?」
「えっ!? マジか、それはヤバいな……! 紗希の奴、絶対に怒っているよな」
「うーん、まあ、レイチェルさんとパティさんがレジの手伝いに入ってくれてたみたいだから、きっと大丈夫だとは思うけど……。でもすぐに行ってあげた方が良いと僕は思うよ」
「分かった、松木田ありがとうな! 俺もレジ応援に行ってくるよ! 松木田は事務所のパソコン管理をいつも通り頼むよ!」
「了解、僕に任せてよ!」
『海釣り』の勇者の松木田と別れて、俺は急いでコンビニのレジへと向かう。
それにしてもレイチェルさんはともかく、あの怠け者のパティがレジ応援に入ってくれているなんて、一体どういう風の吹き回しだろう?
いつもコンビニの地下で寝てばかりいるか、チョコミントばっかり食べてる奴が、珍しい事もあったもんだ。
「あーーっ、コンビニの勇者様だッ! いつもこの世界の為に魔物を退治して下さりありがとうございます!」
「コンビニの勇者様、聞きましたぞ! 魔物達に襲撃され、孤立していた南のバルテル王国の救援に成功したそうですね! 本当にコンビニの勇者様は、私達の希望です! ありがとうございます!」
「きゃあああぁぁーーっ!! コンビニの勇者様よ! ど、どうしよう! あまりにも格好良すぎて、私……卒倒してしまいそう! せ、せめて握手だけでもお願いします! コンビニの勇者様に触って頂いた事は、末代までの誇りにしますので!」
レジに向かう途中。俺はお客さんの集団に囲まれてしまい、なかなか思うように進む事が出来なかった。
もう、こうなったら仕方がないな。
コンビニの勇者の知名度は、この世界ではだいぶ上がってきているし。期待の勇者として雑な対応も出来ないだろう。
押し寄せてくる人々全員に声をかけたり、握手をしたり、サインを書いたりと。俺はまるで大人気アイドルさながらの状態で、人々に揉みくちゃにされてしまう。
現実世界では俺なんて、ただのさえない隠れオタク学生でしかなかったのにな。
異世界に召喚をされて、まさかこんな英雄としてみんなから尊敬されるような生活を送る日々が来るとは本当に思わなかった。
もちろん危険な目にもいっぱいあったし、大変な冒険生活を過ごしていたりもするけれど……。
――でも、うん。
今の俺は、めっちゃ輝いていると思うな。
それだけは胸を張って、堂々と言えるんだ。
いつか異世界転生をしたり、もし、異世界に召喚をされたなら、ハーレム勇者として大冒険をする。そして毎日ワクワクするような日々を過ごす。
そんな小さな頃から願っていた夢が本当に叶って、俺は良かったと大満足している。
でも……だからと言って、この世界にずっと残りたいとは今は思わないんだ。
今の俺には、『紗希』という大切な恋人が出来たからな。
魔王を倒してクラスのみんなで元の世界に戻る。そして俺は紗希を溺愛するお姉ちゃんという、本当のラスボスに会いにいって『どうか、妹さんをこの俺に下さい!!』って頭を下げてお願いをしに行くんだ。
正直に言うと、そっちの方が遥かに魔王退治よりも緊張する気がする。でも、気合いを入れて頑張らなきゃ!
紗希はずっと元の世界に戻って、また日本の桜の景色が見たいって言ってたからな。だから俺はその願いを絶対に叶えてあげたいんだ。
2人でまた春に桜の花を見て。そしておじいちゃんおばあちゃんになるまでずっと一緒に過ごしていたい。
よーし、その為にも早く魔王を倒して元の世界に戻らないとな! そしてその目標は、もうすぐ叶う所まできているんだ。
あと少しで魔王を倒せるから待っててくれよ、紗希!
コンビニの勇者の姿を一目見ようと駆けつけたお客さん達の集団は、時間が経つにつれてどんどん膨れ上がっている。
俺はたまらずその集団を避けようと、通路の途中にある作業ルームがある廊下の隅に、いったん逃げ込む事にした。
はぁ、はぁ……。
流石にここなら、誰にも見つからないだろう。
「あらあらあらぁ〜〜!? コンビニの勇者様じゃないの〜! こんな所でお会い出来るなんてとっても光栄ですわ〜! いつもワタシ達の為に、凶悪な魔物達と戦って下さりありがとうございますわぁ〜〜!」
俺は思わずギョッとして、顔を上げる。
目や前には、全身に赤い薔薇をつけた不思議なドレスを着た女性が、いつの間にかに立っていた。
足元には際どいスリットが入っていて、この異世界では珍しい、かなり露出度の高い衣装だと思う。
えっと……。この女性はいつから俺の前に立っていたのだろう?
コンビニの勇者としてのレベルがだいぶ上がった俺は、自分の体に近づこうとする、大抵の人の気配を事前に察知する事が出来る。
だからこの俺が、人間の気配に気付く事が出来ずに。突然、目の前に人が現れるなんて事は、絶対にあり得ないはずなのに……。
俺は一応、警戒をしつつ。
目の前の不思議な雰囲気のする女性に、軽く声をかけてみた。
「どうもです。俺は魔王を倒す為にこの世界に召喚された異世界の勇者ですので、当然の事をしているだけですよ」
ドレスに大量の薔薇を付いた女性は、怪しげな笑みを見せながら俺に握手を求めてきた。
俺は最大限の警戒体制を取りつつ、女性の握手の求めに素直に応じる事にする。
「はぁ、はぁ、はぁ〜、もうホントに大大大感激ですわぁ〜! 異世界の勇者様の中で最も優れた能力を持つ、コンビニの勇者様にお会いする事が出来たのですから〜! これだけ順風満帆に育った果実が、もう少しで『パ〜〜ン』と音を立てて破裂する。そして、この世界に憎悪と災厄をぶち撒ける悪魔となる様を見られるのかと思うと、ワタシは本当に、この世界で永遠に生きてきて良かった〜って思えるんですの〜!」
「……え? 今、何て仰いましたか?」
何なんだこの女性は? ただの頭のおかしい人なのか?
でもたしか今、『永遠に生きてきた』とか言っていたような……。
「あらぁ〜あらぁ〜あらぁ〜、別に深く気にしないで下さいねぇ〜勇者様〜! ワタシはどうせ永遠に生きるのなら、人生には面白みが無いとつまらないと思っているだけなんですのよ〜〜! だからみんなに尊敬をされている強い勇者様が、破裂して狂っていく様子を見るのは、堪らなくアタシの心を揺さぶる快感なんですの!」
赤い真紅のドレスに薔薇をいっぱいつけた女は、身悶えるように、その場で体をクネクネと揺らしている。
「……ふふふ。ワタシはと〜っても気まぐれな魔女ですから、『面白い』と思った事を全力で楽しむ事を生きがいにしているんですの〜。今はあなたという立派な異世界の勇者様が、どれだけ深い闇に堕ちてしまうのかが、本当に楽しみで仕方がないんですのよ〜!」
「あの、あなたはさっきから一体何を言っているんですか? 俺には全然意味が分からないんですけど」
俺は肩に浮かんでいる守護衛星の照準を、目の前の女性に静かに向ける。
この女が敵なのか味方なのかはまだ分からない。
でも、十分に警戒すべき怪しい人物だと俺は判断したからだ。
「うふふふ〜〜! それじゃあ、コンビニの勇者様ぁ〜! 無事に魔王を倒して、この世界を平和に導いて下さる事を楽しみにしていますわねぇ〜!」
薔薇のドレスを着た女性は、そのまま俺の前からゆっくりと立ち去っていった。その様子は普通の人間と何も変わらないように見える。
うーん。結局よく分からなかったな。
怪しい雰囲気はあったけど、最後まで敵と認識するべきかは、結局判断出来なかった。
「あっ! 彼方くん〜〜!! もう、ずっと探してたんだからね〜! 彼方くんがなかなか来ないからレイチェルさんも、パティさんもすっごく心配をしていたんだから〜!」
廊下の反対側から、俺を見つけた紗希の声が聞こえてきた。
しまった……! こんな所で油を売っている場合じゃなかったな。
俺は急いで、紗希のいる方へと走っていく。
それしても、永遠に年を取らない存在か。
もしまだ俺の知らないそんな不思議な存在が、この世界には沢山いるのだとしたら……。
それはきっと『魔女』と呼ぶべき存在なのかもしれないな。
――と、この時の俺は心の中で思った。
「……どうしたのよ? 深刻そうな顔をしちゃって?」
「ううん、何でもないさ。それよりも行こうぜ! みんなが待ってる。コンビニの勇者はみんなに期待されている、異世界の勇者様なんだからな!」
「うん。そうよ! まったく、もっと彼方くんは異世界の勇者のリーダーとしての自覚を持ってよね〜!」
俺は紗希と手を繋いで、レイチェルさんの待つレジへと向かった。
その足取りは不思議と軽い。さっき変な女性と遭遇をした事は、後でレイチェルさんに相談をしてみよう。
俺と紗希の未来には、きっと明るい将来が待っている。
だから早く魔王を倒して、元の世界に戻らないといけないんだ!
そう、この世界の平和を守るのは……。
なんといってもこの俺、異世界から召喚された最強の『コンビニの勇者』なんだからな!