第二百話 コンビニの魔王と戦う為に
レイチェルさんからの衝撃的な言葉を聞いて、俺は一瞬だけ思考が停止してしまう。
「レイチェルさん……。大昔にこの世界を支配した『コンビニの大魔王』、つまりは過去にこの世界に召喚されてきたもう一人の『俺』が、まだ生きている可能性があるって、一体どういう意味なんですか?」
たしか、コンビニの大魔王は死んだはずでは……?
あの枢機卿も確かそう言っていた気がする。そもそもこの世界の歴史の中では、大昔の大魔王は滅ぼされたという話は、確定された過去の事実として語り継がれてきたはずだ。
それに俺とティーナが落とされたあの魔王の谷は、コンビニの大魔王が死んだ『墓所』ではなかったのか? それなのにどうして、もう一人の俺がまだ生きているなんて事が有り得るんだ。
「総支配人様、そもそも無限の勇者に仕える守護者は、主人である異世界の勇者様が死亡している状態では、この世界に存在出来ません。総支配人様の話ですと、過去にこの世界に存在したコンビニの騎士のアイリーンが、黒い仮面の騎士として、魔王の谷の底に建てられていたコンサートホールを守っていたとの事でしたよね?」
「ええ、そうです。今、このコンビニ共和国に建てられている黒いピラミッドの形をしたコンサートホールと全く同じ建物の中に、コンビニの騎士はいました。全身に黒い鎧を着ていたし、仮面も顔に被っていたからその素顔は確認出来ませんでしたけど……きっと間違いないと思います。俺が放ったドローンの指揮権を黒い騎士が瞬時に奪ったのも、電波を自在に操作できるアイリーンならではの能力だったからだと思いますし」
レイチェルさんはしばらく俯くようにして、薄暗い映画館の床を見つめると。
やがてゆっくりと顔を上げ。俺の顔を真っ直ぐに見つめながら告げてきた。
「仮に無限の勇者の守護者を、何かしらの技術で機械化して。主人である勇者が死亡した後も動けるようにする……という方法があるとします。それを過去のコンビニの大魔王の時代に行っていたのだとしたら、アイリーンが数千年以上も魔王の谷の底を守護し続ける、という事もあり得るかもしれません」
「俺はそうだと思います。黒い騎士はどうやら過去の記憶を忘れていたようでしたし、実際に俺や、もう一人のアイリーンに会っても何も気付いていない様子でした」
「ええ……。確かに黒い騎士となったアイリーンは、それで説明がつくんです。ですが、総支配人様が魔王領で遭遇した『もう一人のレイチェル』については、それだけでは到底説明がつかないのです。彼女は自分自身の意志を持って行動し、総支配人様に語りかけてきたのですよね? それは機械化された守護者達とは全く異なる行動によるものです。そして巨大コンビニを自由に操る事の出来る能力を、彼女が持っていたとなると……」
たしかに。レイチェルさんに言われるまで、俺はその事に気付けないでいた。
それとも本能的に俺は、その事に気付きたくなかったのかもしれない。
この世界では無限の勇者に仕える守護者達は、勇者が死んでしまえば、自身も消えてしまう運命にある。
ならどうして、あの灰色ドレスの女は今も自由に行動が出来ているんだ? まさか本当にレイチェルさんが言うように……。過去にこの世界に召喚され、闇落ちして魔王となったもう一人の『俺』が生きているとでもいうのだろうか?
あの女神教のリーダーである、もう一人の玉木が生きているくらいなんだ。絶対にあり得ないという事は、言いきれないのかもしれないけれど……。
「おそらく……。コンビニの大魔王と成り果てた過去の『秋ノ瀬彼方』様は、まだこの世界で生きている可能性は高いです。そして巨大コンビニを操るもう一人の私と共に、北の禁断の地にずっと隠れていたのでしょう」
「でも、一体どうやって……? 過去に滅ぼされたと言われるコンビニの大魔王は、女神教の監視の目をくぐり抜けて。数千年以上も、密かにこの世界で生き続けるなんて事が本当に可能なんですか?」
もしコンビニの魔王が生きているとしたら。その事を女神教の幹部達や、あの枢機卿も知らなかったはずだ。
でなければ、あんなにも恐ろしい悪魔が北の地に眠っているのに、何も対策をしないはずがないからな。
「コンビニの魔王がどのようにして生き延びたのか、その方法は分かりません。ですが、おそらく完全な形ではないのは間違いないでしょう。もし完全体で生き延びていたのなら、とっくに巨大コンビニを操って再びこの世界全てを支配しようとしたでしょうからね……。それが出来ずに禁断の地に結界を張って、長い年月を隠れていたという事は、きっとそういう事なのでしょう」
レイチェルさんは、コンビニの大魔王はこの世界で生き延びてはいるが……。おそらく完全体ではないのかもしれないという仮定の話をしてくれた。
そうか、あの灰色ドレスの女は、俺の事をずっと待ち続けていたと言っていたな。
そしてまだレベルが低い俺を無理やりに覚醒させて、魔王化させようと促していたように思える。
それはつまり、俺を『魔王』へと成長させて。
太古の昔から生きながらえてきた、完全体ではないコンビニの大魔王の為に、何かをしようとしていたという事もあり得るだろう。
だとしたら、コンビニの大魔王とはもしかして……。
「レイチェルさん。もし過去にこの世界に呼び出された『俺』が生きているとして。そのコンビニの大魔王に、今の俺達は本当に打ち勝つ事が出来るのでしょうか?」
レイチェルさんは、一瞬だけ口をつぐんだ後で。静かに首を振って、それは無理だろうと答えてくれた。
「魔王となった過去の彼方様は、レベルが『100』に達している最強のコンビニの能力者です。もう1人の私が操っていた巨大コンビニも、最強装備を全て揃えた完全体のコンビニです。今のレベル30程度の彼方様と、その守護者であるこの私では……おそらく太刀打ち出来ないと思います」
俺とレイチェルさんの重い話を聞いていたククリアも、神妙そうな顔色を浮かべて押し黙っている。
ククリアも、レイチェルさんも、本当は知っているんだ。
この世界で最も恐ろしいのは、『コンビニ』の能力を持った勇者である事に。
俺自身も、それは今までに何度も自問自答してきた事だった。
もし俺が魔王となり、そしてレイチェルさんやアイリーン達を引き連れて、この世界で暴れ回ったとしたら。
それを止められる人間は、この世界にはいるのだろうかと。
世界中に戦車や機械兵であるコンビニガード達による無限の軍隊を出撃させ。空をアパッチヘリとドローンの部隊で埋め尽くす。
――そうだ。ちょうどミランダ領での戦いが終わった時に、アパッチヘリの大群が、俺のコンビニに襲い掛かってきた事があったじゃないか。
あの戦闘では魔王遺物として過去の世界で使われていた黒い戦車隊を、バーディア帝国軍が引き連れてきた。
その黒い戦車隊の暴走によって、数万人を超える騎士団があの戦場で命を落としている。クラスメイトの水無月も、黒い戦車隊の砲撃によって犠牲となってしまった。
そう……あの水無月が死んだのは、コンビニの能力によって生み出された戦車によるものだった。水無月は過去にこの世界に存在した、コンビニの大魔王が作り出した戦車によって殺されてしまったんだ。
コンビニがいかに恐ろしい能力なのかは、この俺自身がずっと感じていた事じゃないかよ……。
そんなに恐ろしいコンビニの能力を持つ者に。しかも最高レベルにまで達しているという最強のコンビニの魔王に。
この世界で対抗出来る者なんているのだろうか?
まさかレベル100のコンビニの大魔王に対抗する為に、この俺が数万人単位で人間を殺しまくって、魔王化をするなんて事は出来ないからな。
それはこの世界を滅ぼす『悪魔』を、もう一人作り出してしまう結果にしかならないだろう。
………………。
いいや、1人だけいた。
コンビニの大魔王をおそらく、過去に倒した事があると思われる人物。
実際にはなんらかの形で、コンビニの大魔王である秋ノ瀬彼方はまだ生きていたのだが……。
少なくとも、この世界で数千年以上も北の禁断の地に隠れ住むような状態にまで追い込んだ人物が――1人だけいる。
「女神教を統べる魔女達のリーダー、そして現在は枢機卿と名乗っている……大昔にこの世界に召喚された、玉木紗希様の事ですね」
レイチェルさんが、悲しそうな声でそれを俺に告げてきた。
「ハイ、あの女神教の枢機卿なら……。おそらく過去にコンビニの魔王を撃退した戦いにも参加をしていたはずなんです。そもそも、玉木がどうして女神教にいるのかも含めて、まだ全てが謎だらけですけど……」
「たしかに、枢機卿もコンビニの大魔王が実は生きていたという事実にもう気付いた可能性はありますね。ですがそれで私達と一緒に共闘してくれるのかというと、可能性は低いかもしれません。私達は過去にこの世界に召喚をされた玉木さんが今、何を目的にこの世界で生き続けているかを、何も分かっていない状態ですから」
レイチェルさんと俺は、共に押し黙る。
おそらく2人とも同じ事を考えていたのだろう。
数千年以上も孤独に、この世界を1人で生き続けていた玉木の運命に想いを馳せて、悲しい気持ちになってしまったんだ。
俺の見た過去の夢が正しいのなら、恋人であった秋ノ瀬彼方を倒し。女神教のリーダーとしてこの世界で不老の存在となって生き続けている玉木は、何を目的に今も生きているのだろう?
そしてこの事を、今の俺達の仲間である心の優しい方の玉木に教えたら、どれだけ悲しむんだろうな……。
「レイチェル殿、コンビニの勇者殿、もし女神教のリーダーである枢機卿を仲間に引き入れる事が出来ないのだとしたら……。禁断の地に眠るコンビニの大魔王に対抗をする手段が、実はもう1つだけあります」
それまで俺とレイチェルさんの話をずっと聞いていたククリアが突然、俺達に提案をしてきた。
「それは本当ですか、ククリア様?」
「コンビニの大魔王に対抗出来る手段があるって……、一体それはどんな方法なんだ? 俺が言うのも変だけど、魔王化したコンビニの強さは本当に半端ないんだぜ? それこそこの世界を完全に支配してしまえるくらい、規格外にヤバい強さだ思う」
俺とレイチェルさんから同時に声をかけられたククリアは、その低い身長から、俺達を見上げるようにして口を開く。
「ええ、大昔のコンビニの大魔王に対抗する方法はあります。それは『動物園の魔王』である冬馬このは様を300年の眠りから目覚めさせ、この世界を守る為にボク達と共に戦って頂くのです!」
「……えっ!?」
俺は思わず、声を上げてしまったが……。
レイチェルさんは無言で、ククリアの目を真っ直ぐに見つめていた。
どうやらククリアの提案を、レイチェルさんは既に予想していたのかもしれない。
「能力レベルが100に達している、最強のコンビニの大魔王とその守護者と対等に戦うには……。こちらも強力な味方が必要になると思います。その意味では、冬馬このは様は勇者レベルが100に達している最強の魔王の一人です。なにせあの女神教の魔女達でさえ、手を出す事が出来ずに手をこまねいていた程の実力者ですからね。動物園の魔王は大昔にこの世界全てを支配した大魔王の再来と言われる程に、恐れられる存在でしたから」
「そうだとしても、一体どうやって長い間眠り続けている冬馬このはを目覚めさせるんだ? それが出来ないから、魔王軍の4魔龍公爵達は冬馬このはの体を隠し続けていたんじゃないのか?」
俺がそう尋ねると、ククリアはブルークリスタルに入っている冬馬このはの体を静かに見つめる。
当初、ククリアは……暴走する冬馬このはの力が抑えられないのなら。その命を殺して、彼女を苦しみから救って欲しいと願っていたはずだ。
「……ボクはまだ幼く、『共有』の能力レベルも低かった為に。紫魔龍公爵の記憶を完全に引き継げない状態が続いていました。ですが今日、コンビニの勇者殿に再びお会いして、ラプトルの事や浮遊動物園の事など、多くの事をまた思い出す事が出来たのです。その遠い記憶の中には、紫魔龍公爵が何とかして冬馬このは様の意識が取り戻せないかと、過去に熱心に研究をしていた頃の記憶もあったのです」
「じゃあ、ずっと眠り続けていた冬馬このはを起こす事は本当に可能なのか?」
「確証はまだありません。これは紫魔龍公爵の記憶の奥底に眠っていた情報なのですが……。バーディア帝国の領土には、あらゆる呪いや暴走した能力を抑え込み、眠っている隠された能力さえも引き出す、『女神の泉』と呼ばれる場所があるそうです。もしその伝承が真実であるのなら、そこに冬馬このは様をお連れする事で、その意識を取り戻す事が出来るかもしれません」
「『女神の泉』だって? そんな不思議な場所が帝国領に奥にはあるというのかよ……?」
「はい、紫魔龍公爵はその噂を調べていたようですが、その場所までは特定出来ていませんでした。もし、帝国領に行き。皇帝であるミズガルド様にその事を聞く事が出来れば、何か新しい情報が手に入るかもしれません」
ククリアの話によると、紫魔龍公爵ことメリッサは……。冬馬このはを眠りから覚ます為に、何か方法がないかと世界中の情報を探し回っていたらしい。
そしてその中で、冬馬このはの眠りを解くのに有効なのではないかと思われる『女神の泉』と呼ばれる場所の存在も調べていた。
でもその場所までは、最後まで特定は出来なかったのだが……。
帝国領の中に、その女神の泉が隠されているという噂の情報だけは掴んでいたらしい。
「何でもその『女神の泉』は、女神教が崇める女神アスティアの出生にまつわる場所とも噂されているようなのです。もしそこに行く事が出来れば、女神教に関する情報も得ることも出来るかもしれませんね」
「……なるほど。たしかにそれは行ってみる価値は十分にありそうだな。でも、その場所は南のバーディア帝国の領土内にあるんだろう? 帝国と全く面識のない俺がそこに向かっても、大丈夫なのかな?」
俺はバーディア帝国の事を、全くといって良いほど何も分かっていなかった。
この世界で一番大きな領土を持つ、力の強い国だという事は聞いている。
ミランダ領での戦いの時には、魔王遺物である黒い戦車隊を率いてきた一番強そうな国だよな。たしか皇帝は若い女性で、性格が結構キツい……という評判を聞いた事はあった。
「コンビニの勇者殿、それは大丈夫です。実はボクは帝国の皇帝ミズガルド様から直々に、コンビニの勇者殿にお会いしたいという旨をお願いされています。世界連合軍がコンビニ共和国を攻めた際も、帝国は戦闘への不参加を決めて下さいました。帝国は今、グランデイル王国との戦いで苦戦をしているようですし、ミズガルド様はぜひコンビニの勇者殿にお会いしたいと歓迎してくれるでしょう」
「そ、そうなのか……。皇帝が俺にわざわざ会いたいと言ってくれているのなら、大丈夫かもしれないな」
よくよく考えると俺は、この世界で国を統べる王族のような存在にあまり会った事がなかったよな。
今までに直接会ったのはグランデイル王国のクルセイスと、ドリシア王国のククリアだけだ。
今回は帝国の皇帝ともし初めて会うとしたら、それはコンビニ共和国としての外交もかねているのだから、慎重に行動をした方が良いだろう。
「上手くいけば、バーディア帝国を『解放3カ国同盟』の陣営に招き入れる事も出来るかもしれない。コンビニ共和国の代表として、俺が帝国に直接行く事には、外交としても意義がある事になりそうだな」
「ハイ、それはとても大切な会談になると思います! では、総支配人様には、ククリア様と共にバーディア帝国にぜひ向かって頂くとして……。その他の場所についても、私達はコンビニ共和国として援軍や使者を派遣する必要があるでしょう」
レイチェルさんの提案により、俺達は今後のコンビニ共和国として取るべき行動を、暫定ではあるが決める事にした。
その内容とは――、
① 南のバーディア帝国への援軍、そして外交の使者としてコンビニの勇者の俺とティーナ、そしてククリアが向かう。
② 既に世界解放軍としてアルトラス連合領に出陣しているセーリスと3人娘の軍勢に、食糧や物資の補給が出来るコンビニ支店を届ける為に。
『射撃手』の勇者である紗和乃と、『裁縫者』の勇者である桂木に向かって貰う。
③ 西方3カ国同盟を離脱して、孤立を深めているカルツェン王国にまだ所属をしている川崎、佐伯の2人の勇者をこちら側に招き入れる為に。
隠密行動の出来る『暗殺者』の勇者である玉木と、アイリーン、そして『クレーンゲーム』の勇者である秋山に向かって貰う。
④ コンビニ共和国の防衛担当として、コンビニホテル支配人のレイチェルさんにはコンビニ本店に残って貰う。そして生活担当大臣である『火炎術師』の杉田を始めとする他の異世界の勇者達にはここに残って貰い、共和国の内政と防衛をお願いする事にする。
――などの内容が、今回の3者会議によって取り決められた。
動き始めたこの世界情勢は、おそらく止まる事なく加速度的に変化を遂げていくだろう。
その中で俺のコンビニが、一体どのような役割を果たしていく事が出来るのか。
今の俺にはそれを完全に予想する事は、まだ出来そうになかった……。