第二話 意外と便利? 異世界でのコンビニ生活
「俺の異世界生活、終わったな……」
結論から言うと、確かに俺の異世界生活は終わったんだけどさ。なにせ召喚された初日から、いきなりみんなの笑い物になっちまったくらいだしな。
まあ、でもそれは……。
『異世界で無双する、格好いい勇者』
――という夢が終わったって意味なんだよな。
別に異世界で死亡したとか、闇堕ちして絶望したって訳じゃないから安心してくれ。
でもって、今の俺はというと……。
「はぁ~、コンビニの鮭おにぎり、超うめえ~~!!」
コンビニの奥にある、休憩用の事務所。
その中でダラダラとあぐらをかいて、椅子に座り込み。パソコンのモニターを見ながら、鮭おにぎりをむしゃむしゃと口に頬張っている所だ。
いやさぁ……コンビニ。
実は割と便利なんだよ、これがさ!
だって、考えてもみろよ。
ここは本物の異世界なんだぜ?
いくらこの世界の言葉が分かるようになってるっていったって、近代的な生活から遠くかけ離れた、中世RPGゲームの世界観だ。
まずはその生活レベルの差に、俺は驚かされたね。
異世界召喚の儀式の部屋で、委員長の倉持と『グランデイル王国』の女王であるクルセイスさんとの話し合いが終わった後。俺達全員は、王宮の中に用意された高級な寝室で休む事になった。
最初は歓迎の豪華ディナーなんかも用意されててさ。
それはもう、みんなテンションマックスな状態になったさ。味付けは薄かったけどさ。お肉とか見た目超豪華な海鮮料理とかが、テーブルにてんこ盛りだったしな。
ただ、すぐに『現実』って奴が俺達に押し寄せてきたね。
みんな、豪勢な料理を腹いっぱいに食べた訳だろ?
――となると、まあ生き物だし。当然トイレにも行きたくなるよなぁ。
俺は王宮のトイレに行って、愕然としたね。
石畳の床に、ぽっかりと小さな丸い穴が開いてるだけなんだぜ?
穴の下を覗くと、底までの深さが15メートルくらいはありそうだった。
つまりはこの穴で用を足せって訳だ。
日本でいう所の、和式のボットン便所方式だな。
水道設備なんて勿論無いから、当然水で流すことも出来ない。穴の中に排泄物を落として、溜まったものを後でまとめて処分するというやり方らしい。
しかも、トイレットペーパーなんてお尻にやさしい近代アイテムは、この世界にはまだ実装されていないからな。
グランデイル王国の主食である、トウモロコシや小麦。その葉っぱみたいなのが、ただ近くにポンと置いてあるだけなんだぜ?
俺はそれを使ってみて、あまりの痛さに涙が出たね。
こんな生活。絶対に慣れっこないだろ……。
1ヶ月も暮らしてたら、確実に痔になっちまうぞ。
俺達の住んでいた近代都市の生活って、本当に『天国』だったんだなって、改めて思い知ったよ。
水洗トイレを発明したのって一体誰なんだ? 天才かよ? マジで俺は尊敬するぜ。
異世界モノの小説は、俺もよ~く読むけどさ。
よくよく考えてみると、異世界生活でのトイレの描写ってほとんどされてないよな。物語の設定が中世の世界観なんだし、当然トイレ事情はこういうことになるわけなんだが……。
まあ、その辺りが所詮はフィクションなんだろうなぁ、って俺は実感したね。
俺、これから異世界系の小説を読む時は、トイレの描写がちゃんとされているかを最重要視することにするわ。現実にはトイレが水洗式じゃないってだけで、すぐにでも元の世界に帰りたくなったからな。
でもそこで、俺の能力――『コンビニ』が大活躍をするという訳さ。
散々みんなに笑いものにされたコンビニだけどな。
コンビニって、ほら。
中には割と何でも揃っているだろ?
電気や照明だってあるし、トイレットペーパー付きの水洗トイレだってもちろんある。
奥にある事務所みたいな部屋の中には、ネットは出来ないけど管理用のパソコンや机、椅子だって置いてあったし、休憩用の簡易ベッドもあるんだぜ?
おまけに店内は、クーラーも完備だ。
異世界の気温は少し暑めだったから、クーラーは本当に助かった。おかげ俺はコンビニの中で快適に過ごすことが出来るからな。
まあ、電気がどこから店内にきてるかは分からないけど、そこはチート能力のおかげという事にしておこう。
つまり、現代風な生き方に慣れている俺からしたら。
コンビニはまさに『神』能力だったって訳だ。
俺が自分の能力で出現させられる、このコンビニだけどさ。まだ能力レベルが低いからなのか、お店の中で扱える商品の品揃えがかなり少ない。
おにぎりが2種類で、『鮭』と『昆布』味だけ。
飲料水はペットボトルで、『おいっ! お茶』の1種類だけだ。
漫画とか、雑誌とか、雑貨とか。そんな気の利いたものはな〜んにも置いてない。
全部でたった3品だけしか取り扱いのない、簡素なコンビニ。何とかレベルが上がらないかな〜って、俺も色々と試してみたけどさ。今の所、その方法は全く分からなかった。
まあ、それでも現代っ子の俺からしたら十分満足だ。
奥のパソコンで発注をかけると、無限に鮭おにぎりや昆布おにぎりは量産出来るし。もちろん、備品のトイレットペーパーだって発注が可能だ。
今更ながら本当に『コンビニ』は、俺にとってはありがたーい能力だった訳だ。
まさに都会生活になれた現代っ子の、一番の味方って感じだな。
☆ ☆ ☆ ☆
俺達が召喚された次の日からは、本格的な『勇者育成メニュー』が王宮で始まっていた。
まず行われたのは、俺達31人の異世界人の能力の選別だ。
魔王を倒すのに有用な能力持ちなのか、そうじゃないのかの仕分けが一斉に行われた。
魔王と直接戦う、戦力になれるメンバーが1軍。
戦力にはならないが、補助として有用。あるいは1軍が負傷した時の交代要員となり得るメンバーが2軍。
そして魔王との戦闘には全く役に立たないと判断されたのが、3軍という区分けだ。
――ん? 俺? もちろん戦力外だよ。
だって能力『コンビニ』だし。
魔物の前にコンビニを出して、どう戦えって言うんだよ?
同情の余地なく3軍落ちさ。ベンチにだって入れてもらえないような有り様だ。
俺とは違って1軍のスタメンメンバーに入れたのは、おおよそ10人程の奴等だった。
受験で言うところの『特待生』扱いだな。
一番のエースは……またこれがムカつくことに、委員長の倉持悠都だった。
天は二物をどころか、三物まであのイケメンに与えやがった訳だ。
倉持の能力は『不死者』と、『女神の祝福』の2つ。
一度に2個の能力持ちってだけで、チートの中のチート過ぎるだろ。
ちなみに、その能力の内容も最高にチートだったけどな。
『不死者』……最大5回まで、その生涯で命を落としても蘇る事が出来る。
『女神の祝福』……全ての能力値が最初から上級クラスで始められる。あらゆるジャンルの魔法体系を使いこなし、飛んでくる矢と、初級の魔法攻撃であれば絶対に当たらない女神の加護を持つ。
何なの、このチート野郎……。
こんなレアカードをスマホゲームのガチャで引いた友人がいたら、俺なら軽く嫉妬で絶交しかねないぞ。
倉持の他にも――、
『剣術使い』 『狙撃手』 『回復術師』
『水妖術師』 『暗殺者』 『氷術師』
『槍使い』 『結界師』 などの能力を持った奴等が、魔王退治の選抜メンバーとして特別な訓練を受けることになった。
ああ、そうだ。
俺の友人でもある杉田勇樹も、『火炎術師』として、選抜メンバーに選ばれたらしい。
だが、俺の『コンビニ』ほどじゃないにしても。
戦闘では役に立たないと、判断をされた能力持ちの奴もクラスには大勢いた。
例えば、『裁縫師』 『料理人』 『薬剤師』 などといった能力が与えられた奴らだ。
チート級に美食な料理を作り上げられる能力や、裁縫に天才的な才能がある能力。あるいは、薬草を調合して高価な万能薬を創り出す事の出来る能力。
俺の『コンビニ』に比べれば、遥かに有用な能力なんだけどさ。魔王との戦闘には必要ないと判断されてしまったらしい。
そういったメンバー達は早めに戦力外通告をされ、その一部だけは2軍として、1軍メンバーの補助要員扱いで王宮に残されている。
他は分かりやすく簡単な手切れ金を渡されて、王宮の外にある城下街に放り出されてしまった訳だ。
あの金髪の女王、クルセイスさんはその辺りについてはけっこうシビアな人だった。
王都の街に放り出されてしまった俺達3軍メンバーは、選抜組の奴等が魔王を倒してくれるのを願って、ただここで待っている事しか出来ない。
ある程度の生活保護は、女王のクルセイスさんに約束して貰えたけどさ。異世界の勇者はもしお金に困ったら、街の役場に行くと手当てを貰えるしな。まあそれでも、華やかな王宮の中に残して貰う事までは叶わなかった訳だ。
という訳で、俺はというと……。
王都の城下街の隅っこに、ひっそりとコンビニを出して。そこで悠々自適な引き篭もり生活を送っている。
たまーに、物珍しさで寄って来た街の住人には、コンビニのおにぎりやお茶なんかを分けてあげている。そうすると、この世界の食材や果物なんかと交換して貰えたりもするからな。
なにせコンビニの中のおにぎりやお茶は、パソコンで発注さえすれば無限湧き状態だ。住人にタダで配ったって、俺には何も損がない。
王宮の外の城下街の生活レベルも、基本的には中世RPGの世界観に準拠している。
だから俺のコンビニに置いてあるような、ペットボトルに入ったお茶は、ここではかなり珍しい物らしい。
基本は川の水や、井戸の水を汲んで生活用水として使用している王都の住人達。
彼等からしたらペットボトルのお茶は、雑菌の少ない綺麗な水で作られた、まさに完璧な飲料水だからな。大変ありがたいものとして、感謝されてしまうくらいだ。
中には豪華な果物なんかと、物々交換して貰える事もけっこうある。
俺としてはまあ……。
この世界で生きていく分には、これで当面は困らなそうなので一安心と言った所だった。他のメンバーと違って、宿は確保出来てるし。食事にも困らないから、今の所は王宮や役場に顔を出す必要もなさそうだ。
「……ねえねえ~! 彼方く~ん! もっと鮭や昆布以外のおにぎりも増やせないの~? そろそろ私、他の味のおにぎりが食べたくなってきたよ~!」
甘ったるい猫なで声が、俺の耳に入り込んでくる。
声の発信源は、コンビニの中からだ。
誰も許可などしていないのに、勝手に俺のコンビニの床に布団を敷いて寝転んでいるアホ娘。
俺のクラスメイトでもある、玉木紗希からだ。
「はぁ? 他の味のおにぎりなんてねーよ! どうやってコンビニのレベルが上がるのかも、俺はまだ分かってねーんだし」
「ええーっ! 何でよ〜! おかかとか明太子味も私、食べたいよ〜! たまにはコーラも飲みたいよ〜! 彼方くん。何とかしてよ〜っ!」
「ハイハイ……。元の世界に戻れたら『本物』のコンビニで幾らでも買って食べてくれよ。でも、『俺の』コンビニじゃあ、それは無理だからな、諦めろ!」
「ぶーーっ!!」
玉木が頬を膨らませて俺に抗議の目線を送ってくる。まあ、どれだけ睨もうが無理なものは無理なんだよ。諦めてくれ。
「……っていうか、お前。俺のコンビニに毎日入り浸り過ぎじゃないのか? 選抜メンバーのくせに、こんな所で油ばっかり売ってて大丈夫なのかよ?」
すっかり俺のコンビニに毎日通ってくるのが当たり前になっているアホ娘に、俺は注意をしてやった。
「ん~? もちろんみんなに見つかったら怒られるよ~。でもいいじゃん。だってここ、本当に超快適なんだも〜ん! クーラーだって効いてるし、何より水洗トイレがあるし! 私はそれだけでも大満足だよ~。もう葉っぱでお尻を拭くのなんて、絶対にイヤだし〜!」
欠伸をしながら、猫のように体を丸めて毛布に包まる玉木。
コンビニのクーラーがよほど気持ちいいのか、完全に無防備な状態を晒しているな。女の癖にガードの甘い奴だ。
これでも一応、俺達クラスの中では『副委員長』という立派な肩書き持ちの奴でもあったんだけどな。
そして今は見る影もないが、クラスの中では一番の美少女というレア設定も持っていた奴だ。
――ってアレ……?
俺、何故かもう――脳内で過去形にしちゃってたな。
コイツの美少女設定のこと。
茶色いポニーテールの髪に健康そうな肌の色。
程よく肉付きの良いバランスのとれた体のライン。たまーに見える太ももの日焼けラインが、ちょっとだけエロい雰囲気をいつも醸し出している女だ。
まあ、これでも男子達からの人気はけっこう高いし。社交的な性格の割に学業も優秀で、まあまあな才女だったりもする。
ちなみに玉木は『暗殺者』の能力の持ち主で、10人しかいない王宮の選抜メンバーにも選ばれていた。
そんな残念美少女の玉木紗希だが、そいつが今。
俺のコンビニに毎日遊びに来ては、中でゴロゴロと暇な時間を潰して過ごすのが日課になっている。
1軍に選ばれた他の選別組は、毎日、王宮の中で勇者育成のエリート教育を真剣に受けているはずなのにな。それを全く。コイツときたら……。
「――なあ? そんなんで、肝心な魔王退治の方は大丈夫なのかよ?」
「ん〜? なになに〜?」
昆布おにぎりを頬張りながら、返事を返す玉木。
「お前達、選抜組が魔王を倒してくれないと、俺達はみんな元の世界に帰れないんだぜ? 下手をすると残りの人生をずっとこの異世界で暮らしていくハメになっちまう。……そんなのは俺、絶対にゴメンだからな」
チート全開の無双勇者になれないと分かった日には、それはテンションも駄々下がりになるってもんだ。
俺はもう、救国の英雄にはなれないし、豪華なハーレムだって作れそうにない。
もふもふの獣人美少女や、エルフの美少女ともお知り合いになれないのなら、こんな世界にずっと居残る理由なんて何もない。さっさと元の世界に帰して欲しい所だ。
最低限の生活保護が王宮から保証されてるといっても、モブキャラとして細々と異世界で暮らしていく人生なんて、俺は真っ平御免だった。
「ちょっとちょっと~! あんまり無責任な事ばっかり言わないでよね〜! 私だって、好きで選抜メンバーに入っているわけじゃなんだから〜!」
毛布の上で寝返りを打ちつつ。昆布おにぎりを片手にペットボトルのお茶をガブガブ飲み干す見るからに駄目女が、俺に猛烈な抗議をしてきた。
……っていうか、玉木の奴。
普段はこんなに、だらしない生活をしてるんだな……。
これじゃあ、クラスのマドンナも形無しだぞ。まあ、俺の休日の過ごし方も割と似たようなものだから、別に文句は言わないけどさ。
「大体、私を含めて選抜組のメンバーだって、みんながみんな魔王と本気で戦いたい…って思ってるわけじゃないのよ? 元の世界に帰る為には仕方ない――って、考えるようにはしているけれど。本当は魔法とか剣の修行なんて、全然したくなんかないんだから!」
「へえ〜? 異世界で憧れの勇者になれて、ヒャッハーっ! って、大喜びしてる奴等の方が多いのかと俺は思ってたけど、違うのか?」
『ハァ~〜〜!』……っと。
わざとらしい溜息を、俺に聞こえるように大きく音を立てて玉木が漏らす。
「あのねぇ……彼方くん。そんな訳ないじゃないの! そんなのは本当に『ごく一部』の人達だけよ。みんな怪我だってしたくないし、どうして命がけの戦いなんてしないといけないの! って、現状に不満に持ってる人の方が遥かに多いんだから!」
「そ、そうなのか……?」
「当たり前でしょ!! 私、戦いなんてま〜〜ったく興味ないもん!」
おっとり顔の玉木が、珍しく声を荒げて憤る。
3軍認定され、お金を渡されてさっさと街に放り出された俺からしたら、王宮で豪華に暮らす選抜メンバーは嫉妬の対象でしかない。
たしか話に聞く所によると、選抜組の奴等は全員、女王のクルセイスさんから『貴族』の称号を与えられたらしい。
王宮の敷地の中に、それぞれ豪華な屋敷を与えられ。全員何不自由ない優雅な生活を送っているという話だ。
前に、友人の杉田が俺にその屋敷を案内してくれた事があった。メイドを含めて10人近い使用人さん達がいて、専属のコックまでついていやがったな。
しかも、若くて可愛い女の子のメイドさんばっかりだったし……。
く〜〜。まさか杉田の野郎。
アイツ、俺よりも先に異世界で彼女を作ったりでもしたら、絶対に許さんからな。
仮にもだ。もしそんな事が現実に起きてしまった時には――残念だが杉田との友人契約は、今期をもって終了させてもらうことにしよう。
小学生の時から、約10年に渡る長期の契約だったが、契約違反が起きたのならしょうがないよな。
違約金として、俺にも可愛いメイドさんを1人プレゼントしてくれるなら、更新してやってもいいんだが。
ハァ〜……。
あの時は、何で俺の能力は『コンビニ』なんだよ……って。今更ながらに世の理不尽さを大いに嘆いたものだけどな。
そっか……。
まあ考えてみると、現実はそう簡単なものじゃないのかもしれないな。
待遇はいいかもしれないが、街でゆったり暮らしていればいい俺達と違って、選抜組の奴等は魔王と戦う責務を負っている。
異世界での戦闘に元々興味があったオタ連中を除けばだ。命がけの戦いなんて、誰もが好んではしたくはない……って思うのが、まあ、当然だろう。
最初から異世界に興味津々だったアニオタ軍団とか、チート能力に興奮している一部男子生徒達に比べると、女子達の方は、最初からあまり魔王退治には乗り気でなかった気がする。
あ……。ちなみにクラスのアニオタ軍団の中では唯一、『水妖術師』の金森準だけが選抜入りをした。
異世界で大活躍がしたかったろうに、戦力外通告された他のアニオタ軍団の連中は、めっちゃ落胆してたな。
まあ、そいつ等も俺のコンビニよりは遥かにマシな能力だった気がするけれど。
そういえば女子達の中には、『いいから早く元の世界に帰してよ!』って、ずっと女王にクレームをつけていた奴もいたな。
「あんた達の世界がどうなろうと知ったことじゃない! 何で私達を勝手に巻き込んだのよ! ふざけないで! いいから早く元の世界に帰しなさいよ!!」
召喚の儀式の部屋で、そう叫んでた女子の姿を俺は思い出した。
よくよく考えれば、それが当然の反応なんだろうなって。今の俺なら思うね。
異世界系のネット小説ってさ。主人公が元の世界に帰りたい、って思う気持ちが大体希薄過ぎるんだよなぁ。
異世界でチート能力を手に入れて立派な勇者になり、自分のことを見下していた連中を見返すような大冒険をして『ざまぁみろ』と叫びたい!
……そういうスタンスの物語構成がみんなに受けて。
異世界系ジャンルが流行っているのは、まあ、俺も理解は出来るさ。
でも、実際には現実世界で部活や恋愛に、既に夢中だった一般人からしたら……。異世界召喚なんて、ただの理不尽でしかないんだろうな。
だって、そいつ等は現実世界にある程度満足をしていたんだし。そういう奴等は、早く元の世界に戻って家に帰りたいだろうし、親や友人にも心配はかけたくないだろう。
そういえば異世界系の主人公って、だいたい自分の親とか家族の事を、あんまり心配しないよな。
まぁ、その辺は……暗黙の了解って奴か。
リアルが充実しているイケメンが異世界に行ったって、読み手は何も面白くない。
彼女持ちイケメンのリア充男子が、異世界に行ってもそこでハーレム生活を送りましたなんて……読者から総スカンを食らっちまうぜ。
もっとネット小説を愛読している読者層を考えろよ……って話だ。そんなつまらない話を世に出したら、出版社の編集者なら完全にそいつは失格レベルだぜ。
――まあ、でも……。
「自分の親や友人を大切に思わないような根暗な奴が、異世界に来た途端……いきなり美少女達と友情や愛情を育んで、ハーレム勇者になりました! っていうのも、今思うと違和感しかないよなぁ。そもそも、そんな素質が元々あったのなら現実世界でも十分上手くやっていけただろうしな」
「ん~? 何々~? どしたの~?」
俺の独り言に、残念元美少女の玉木が反応する。
「いいや、別に……。俺の両親も今頃、俺の事を少しは心配してくれてんのかな~? なんて思っただけさ」
「ハァ〜?? そんなの、当たり前じゃないの〜!!」
食い気味に、玉木が突然大声を放ってきた。
お、おいおい……。
どうしたんだよ、急に!
勢いで今、お前の口から昆布が飛び出したぞ!
汚いから後でちゃんと拭いといてくれよな……それ。
「私だって、お姉ちゃんが絶対に私の事を心配しているはずだもの! もし、元の世界で私が行方不明とかの扱いになっていたら。お姉ちゃんは自分の人生の全てをかけて、世界中を探し回るくらいやりかねないわ。それくらいにお姉ちゃん、私の事を溺愛してるんだからっ!」
おお、そうかそうか。
分かったから一旦落ち着けよ。どうどう……。
お前の口から放出されて、放物線の軌道を描いて落ちていく唾液付き昆布が、床にどんどん溜まっていってるぞ。
俺は興奮している玉木を一度落ち着かせ、トイレ横のロッカーからモップとバケツを持ってきた。
やれやれ……。何で俺が玉木の吐しゃ物を片付けてやらなきゃならんのだ。
俺はお前の専業主夫じゃないんだぞ。
まあ、俺のコンビニをこれ以上汚れさせるわけにはいかないので、ちゃんと清掃はしてやるけどさ。まったく――。
……でも、そうか。
玉木のとこはお姉ちゃんがいるんだな。
俺は一人っ子だからなぁ。でも、両親とはそんなに仲は悪くないな。
親父も母親も人の良い性格だし、俺は反抗期みたいのものをした経験が一度もない。だからまあ、確かに親に心配はかけたくないよな……とは、普通に思う。
「ういいぃ~~っす! よう、彼方! また、お前のコンビニのトイレを借りにきたぜ~!」
俺と玉木の会話を遮るように、ピンポ~ンと来客を告げるコンビニの入店音が鳴り響いた。
入店してきたのは、やっぱり俺達のクラスメイト。
『裁縫師』のチート能力を持った、野球部の桂木真二だった。
コイツは野球部のくせに、なぜか『裁縫師』の能力を与えられた奴だ。
この世界のチート能力の付与基準が、全くのデタラメだという生きた証明みたいな奴だな。
コイツも与えられた能力が戦闘向きではなかったので、俺と同じように3軍落ちして、街に放り出された口だった。
ただ、裁縫スキルは街の服飾系のお店では大活躍だったので、今はそこで働きながら寝食の場所を確保しているらしい。
「よお、桂木。お前もよくここに来るよな。どうぞ。今、奥のトイレは空いてるぜ」
「サンキュー! いつも助かるよ! ――って!? た、た、玉木さんじゃないっすか!? 副委員長がここで一体何をしているんですか! しかも、床に布団を敷いてゴロ寝までしているし!?」
「あれ~? 桂木君もよくここに来るの? やっぱりね! 彼方くんのコンビニのトイレってホントに最高だよね~? 私も『コンビニ』の能力が与えられたら良かったのに〜って、本当に思うよ~〜!」
コンビニの床に敷いた布団の上で、昆布おにぎりを頬張っている副委員長――という、有り得ない構図を見てしまった桂木が驚愕している。
ああ、そうか……。コイツはきっと、クラスのアイドルでもある玉木に密かに憧れを抱いていた口か。
それは、さぞかし開いた口も塞がらないだろうよ。俺はもう慣れたけどな。はっはっは。
「ねえ? 桂木君はたしか、街の洋服屋さんの家でお世話になっているんでしょう? 他のみんなもそれぞれ、街の中で上手く暮らせているのかなぁ?」
選抜組で王宮の屋敷に暮らしている玉木にとっては、街に放り出された3軍の連中の境遇が気になるらしい。
まあ、一応。これでもクラスの副委員長を務めている訳だしな。クラスメイト達がこの世界に上手く溶け込めているのかが心配なのだろう。
「え……? そ、そうっすね。一応俺も含めて、みんな何かしらのチート能力は持ってるハズなので。街で上手に生活出来ている奴も多いみたいっすよ。だけど……」
「……だけど?」
話の最後を濁した桂木に、玉木が続きを問いただす。
「……中には、王宮から貰った給付金で宿屋にずっと泊まりこんで、引き篭もっている奴も結構いるっすね。この世界とあまり関わりたくないというか、今の現実が受け入れられないというか……。まあ、その気持ちはよく分かるんすけどね。俺もとりあえずは生きる為に何かしないとって、前向きな気持ちになれたのもつい最近の事っすから」
桂木が少し考え込むように、言葉を選びながら続けた。
「きっと連中からしたら、海外旅行中にヨーロッパ辺りの国に1人で取り残されて。今は異国の地で途方に暮れているような気持ちなのかもしれないっすね……。いくらこの世界の言葉が分かるといっても、気持ちの整理がまだつかないでしょうから」
視線を下に落として、静かに嘆息する桂木。
そんな桂木の話を聞いて、玉木も「そっか……」と黙り込んでしまう。
まあ、桂木の言っていることは、全て本当だ。
街に放り出された3軍メンバーのうち、何人かは人との接触を完全に避けて、宿屋に一日中引き篭もっているらしい。
幸い、王宮から貰った多額の給付金があるし、異世界の勇者は敬うという風潮も街にはあるので、大目に見てもらっているみたいだけどな。
まあ、それなら俺だって似たようなもんだ。
たまたま自分の能力がコンビニだったから、その中にずっと篭っている訳だしな。
そんな宿屋に閉じこもってばかりいる引き篭もり連中も、たまーに俺のコンビニには遊びに来ることもある。
彼らにとってコンビニは、異世界の現実を忘れさせてくれて。元の世界の名残が感じられる、唯一の安らぎの場所なんだろうな。
「彼方……悪い……。また、お前のコンビニのトイレを借りに来たよ。いいかな?」
そう言ってここに来るそいつ等を、俺はいつも黙って受け入れてる。
まあ、気持ちは十分に分かるしな。
帰りにうちの鮭おにぎりや、お茶のペットボトルを渡してやると、泣き崩れたりもする。心底、元の世界に早く帰りたいんだろうなって……俺も同情してしまうくらいだ。
まったく……。
異世界の生活なんて、な~んにも面白くないぞ。
チート能力で無双して、ハーレムみたいに美少女を囲うなんてのは……本当にフィクションでしかない。現実はこんなもんだとつくづく思い知ったよ。
水洗トイレがない。クーラーがない。カップラーメンが食べられない。コーラが飲めない。テレビが見られない。スマホでゲームが出来ない。ネットでお気に入りの動画配信者が見られない。
そんなことだけでも、俺達はすぐにホームシックになってしまう。
まあ、これが異世界生活の本当の現実って奴だ。
「――異世界召喚かぁ……」
もし、仮に元の世界に戻れたとしてもだ。
俺は何だかもう……。
異世界召喚とか、異世界転生には、憧れなくなってしまう気がするな。
ここは他力本願で誠に申し訳ない所ではあるが。
委員長達、選抜組が早く魔王を倒してくれるのを俺達は待つしかない。
今の俺達には、それくらいしかやれる事がないのだし。
と、いう訳で――。
俺は今日も明日も、コンビニの中に引き篭もり続けることにした。
だが、決して現実逃避じゃないぞ。
街に残った非選抜組の、心の拠り所に俺のコンビニがなっているんだ。
だから、ちゃんと俺は自分の役割を果たしているんだからな。
そこの所、くれぐれも誤解をしないように。
「はあ~。今日も鮭おにぎりが超うめ~なぁ。むしゃむしゃ……」