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第百九十六話 黒魔龍公爵の最後

 

「イェイ、イエイ、イェィ! 魔王軍の最後の守り手がこんなに童顔の優男で、本当に私達の相手が務まるのかしらーっ? 私の見た目はあなたには、世界一プリティーな女の子に見えていると思うけどぉ。これでも1200年近くこの世界で生きてきた立派な淑女(レディー)なのよ? ちゃんと年上の女性に対して敬意を表しなさいよねっ!」


「――その表現は、この世界で一番美しい女性である、このは様の前では余りにも失礼過ぎるな。お前達魔女共は、ただの糞ババアにしかオレには見えない。それも外見と内面のどちらも腐り散らかしている醜悪なゾンビ女達だ。女神がどれだけ長くこの世界で生きているのかは知らないが、手下の魔女達がその程度なら、きっとその主人もさぞや外見のどぎついゾンビ女なんだろうよ」



 黒髪をかき上げ、黒魔龍公爵(ブラック・サーペント)は『フン……』と笑いながら、2人の魔女達を挑発する。



「こ、コイツ……!! アスティア様に対して何たる不敬な言葉を! 絶対に許さないわ! そこで寝ている根暗女の心臓を抉り取る前に、先にアンタの首を切り落として、飛竜達の餌にしてやるんだからっ!!」



 額に青い血管の筋を何本も浮かべたエクレアの背後に、鋼鉄製の黒い扇子(せんす)が無数に浮かび上がる。



 エクレアは黒い扇子を近接戦闘用の武器としても扱えるが、大量の扇子を空間上に出現させ、それらを敵に向けて一斉に放つ遠距離武器としても扱う事も出来た。



「このおおぉぉぉ、死に晒しやがれぇぇーーっ! ゴミ動物園のポンコツ飼育員がぁぁーーーっ!!」



 数十枚を超える黒い扇子が、一斉にラプトルに向かって放たれる。

 その速度は火薬の力で放出される、鉄砲の弾丸を超える程の速さがあった。


 能力(スキル)を持たない普通の人間の身体能力では、飛んでくる黒い扇子の攻撃を回避する事は絶対に不可能だろう。

 例え硬い皮膚を持つ魔物であったとしても、エクレアが放つ鋼鉄の扇子攻撃をまともに食らったなら、その皮膚はいとも簡単に削り取られてしまうはずだ。



 ””ズガガガガーーーーーーン!!””



 エクレアの放った鋼鉄の扇子は、ラプトルの周囲に張られた赤い光の結界によって全て弾き返されてしまう。

 


「えっ、何でっ……!?」


 驚愕の表情を浮かべるエクレアに、もう1人の魔女であるオペラが冷静な声で告げてきた。


「……忘れたのか、エクレアよ? 動物園の勇者の守護者達は全員結界(シールド)持ちなのだぞ。普通の攻撃では4魔龍公爵にダメージを与える事は出来ん。以前に我々が赤魔龍公爵(レッド・ワイバーン)を追い詰めた時も、あと一歩の所で奴に逃げられてしまったではないか」


「チッ……そうでしたわね。これだから、引き篭もり女が無限の勇者になるとロクな事がないのよ! 魔王が情けない性格な奴であればあるほど、それを守護する守護者には強力な奴が現れるというジンクスは、案外本当なのかも知れないですわね」



 銀色の槍を両手で構える魔女のオペラは、黒魔龍公爵に対して狙いを定めながら、その場から一向に動く気配がない。


 どうやら黒魔龍公爵の周りに張られているシールドをどのタイミングで破壊しようかと、そのチャンスに狙いを定めているようだった。



「……どうした、もう攻撃はしてこないのか? それならば、こちらから攻めさせてもらう事にするぞ!」



 ラプトルが両手を広げると、その背後に巨大な黒い球体が突然出現する。そしてその中からジャガーの形をした動物達が姿を現した。


 それと同時に、2人の魔女達の後方にも暗黒色の球体が出現し、猛獣の形をした体躯の大きい黒い魔物達が、そこから大量に飛び出してくる。


 黒い球体から出現した猛獣達は、正面と後方から、2人の不老の魔女達を挟み込むようにして囲い込む。


 そして恐ろしい咆哮(ほうこう)を上げながら、一斉に魔女達に向かって襲い掛かった。



 ”グガアアアァァァーーーーッ!!!”



 黒いジャガー達は、野生の動物とは思えない程に高速かつ俊敏な動きで床を蹴る。そして風のように素早く、瞬時に地下10階層の広大な空間を駆け回っていく。


 そして鉄の鎧さえも易々と引き裂く鋼鉄の爪を振り上げて、四方八方から魔女の体を八つ裂きにしようと飛びかかる。



「――フン、この程度の魔獣で魔女を倒せるとでも思っているのかしら? これだから精神年齢が300歳にも満たない、幼い子供(ガキ)の考えは浅はかなのよ!」


「エクレア、油断をするでない。全力で身を守る為の防御を固めろ。黒魔龍公爵の放つ黒い獣は、金属さえも容易に切り裂くと聞く。過去にフリーデン王国の要塞がこの黒い魔獣の群れに襲撃され、たった一晩で全てを破壊されたという報告があったのを忘れたのか?」


「……えっ、そうなんですかーっ!? もーう、面倒くさいなーっ!」



 銀色の槍を構える魔女のオペラは、手に持つ長槍を自身の周りでプロペラのように高速回転させる。

 そして突っ込んでくる黒い猛獣の群れ全てを、弾き飛ばすようにして蹴散らしていった。


 黒い鋼鉄製の扇子を自在に操る魔女のエクレアは、数十枚を超える扇子を、竜巻のように自身の周りで回転させる。

 暴風と共に黒い鉄の刃と化した扇子は、襲いくるジャガー達の首だけを正確に切り落として、次々に絶命させていく。


 鋼鉄製の黒い扇子で、目標の首を正確に切り落とす事の出来るエクレアは――別名『ギロチンの魔女』としても恐れられていた。


 エクレアに害を成そうと近づく敵は、その周囲に近寄るよりも先に……。気付いた時にはその首が、胴体からいつの間にかに切り離されているのだ。



「――ほう、さすがは無駄に長生きをしているゾンビ女共だけの事はあるな。オレの『黒獣乱舞陣ブラック・ヘルレイザー』を凌ぐ事が出来るとは。だが、ミレイユの生み出す無限ゾンビほどではないが……オレの黒獣達もお前達を食い尽くすまでは、決して攻撃の手を緩める事はないぞ。この猛攻にどこまで耐え切る事が出来るかな?」



 ラプトルが『――パチン!』と、右手で指を鳴らしてみせると。

 巨大な黒い球体が、今度は2人の魔女達の左右の位置にも出現する。


 そして前後左右、全ての退路を塞ぎ込み。次々と球体から飛び出てくる黒いジャガー達は、更にその数と勢いを増し。不老の魔女達に向けて襲い掛かっていく。



「もう、ホントにキリがないわねーっ! オペラ姉様、どうしましょう? このままだとこっちはジリ貧になっちゃう気がするんですけど……」


 エクレアに問いかけられたオペラは、片手だけで銀の

槍を高速回転させて、黒い猛獣の群れを蹴散らす。


 その目は常に一点……魔王軍最後の砦である黒魔龍公爵の姿だけを睨みつけ、全く動じる気配が無いように見えた。



「……しれた事よ。我らは女神様が欲している物を奪う事だけに集中すれば良い。エクレアよ、今から私は奴の身を守っている『結界(シールド)』を破壊するぞ!」


結界(シールド)を? アレって壊せるものなんですか?」


「報告によると異世界から召喚された『コンビニの勇者』なる者が、赤魔龍公爵(レッドワイバーン)の結界を破壊して倒したときく。……ならば、我らにもあの結界を破壊する事は可能だと思わないか? エクレアよ、黒い魔獣達の相手はお前に任せるぞ!」



 長い銀槍を両手に持ち直したオペラが、黒魔龍公爵の顔だけに狙いを定めて槍先を向けて身構える。



「えっ、えっ、オペラお姉様ーーっ!? 任せるって、一体どうするんですかー?」


「…………いざ、参る!」



 オペラがそう宣言をした――その瞬間。


 女神教の序列5位の魔女は、銀色の髪を風になびかせながら。弾丸のように加速をつけて、勢いよくラプトルの正面に飛び出していた。



 目指す標的は――ただ1つ。


 魔王軍最後の4魔龍公爵である、黒魔龍公爵の首……ではなく。

 その右隣に置かれている動物園の魔王、冬馬このはが眠っている青い水晶の容器の方だ。



「………チッ……!」


 オペラの狙いに気付いたラプトルは、瞬時に銀槍を持って突進してくる魔女の正面に立ちはだかる。


 そして赤い光の結界を展開して、オペラの銀槍による猛進を両手を広げて全力で受け止めた。



 ””ズガガガガガガガガガーーーーッ!!!””



 触れる物全てを破壊し尽くす最強の槍の一撃と、ラプトルの身の回りに張られた赤い光の結界が、熱い火花を散らしてぶつかり合う。


 だが、オペラはその攻撃の手を決して緩めない。

 

 自らの放つ渾身の一撃が、ラプトルによって防御されてしまった後も。

 オペラは羅刹のような形相で、長い銀の槍を頭上で振り回し。二重、三重に畳み掛けて槍を振り下ろすと、赤い結界を砕こうと、槍による強烈な乱撃を幾重にも繰り出し続けた。



 その表情は、まるで『鬼』だ。


 自分の槍で砕けぬものなどこの世には存在しない、そう癇癪を起こす子供のように。顔を真っ赤にして、あらゆる角度から高速回転させた銀槍を電動カッターのように、赤い結界に向けて叩き下ろしていく。


 高速回転する銀色の槍と、赤い光の結界の接触する部分から無数の火花が飛び散る。


 それは金属製の分厚い扉を、チェーンソーで強引に切り付けるかのように。オペラは何度も何度も、高速回転させた銀槍を振り回して、無心で黒魔龍公爵の体に張られた結界だけを切りつけ続けた。


 その怒涛の猛攻を、ラプトルは全て受け止めざるを得ない。


 本来なら身をかわして、いったん後方にジャンプをしてよければそれで良いはずだ。


 だが、そこに『冬馬このは』の体が入っているブルークリスタルが置かれている以上……。鬼神と化したオペラの攻撃を避ける訳にはいかなかった。


 激しいオペラの猛攻を、ラプトルは必死にその場で受け止め続ける事しか出来ない。



 しかしこのまま防戦一方に回る訳にもいかない。


 ラプトルは更に無数の黒い球体を、地下10階層のあらゆる場所に作り出し。そこから大量の黒いジャガーの群れを出撃させて、2人の魔女達に向けて突撃させる。


 冬馬このはの体の入ったブルークリスタルに向けて、銀色の槍を振り回し続けるオペラを襲撃しようと迫った黒い猛獣達は……。



 ”――ズシャ、ズシャ、ズシャッ!!”


 黒い鋼鉄のギロチン扇子を自在に操るエクレアによって、その全てが首を真っ二つに切り落とされていく。


「……フフーン、オペラお姉様の体には一歩たりとも近づけさせはしないわ。ギロチンの魔女が放つ鋼鉄の黒扇子を、たっぷりと味わいなさいよねっ!!」



 既に地下10階層に出現した黒い鋼鉄製の扇子の数は、軽く100枚を超えている。


 魔女のエクレアは、それらを全て自分の手足のように自在に操り。黒いコウモリのように飛び回らせて。球体から無限に飛び出してくる猛獣達の首を、出現と同時に瞬時に切り落としてしまう。


 その間にも、黒魔龍公爵の張る結界にずっと猛攻を続けるオペラ。


 そして、そのオペラを必死に止めようと。全方位から襲い掛かる黒いジャガー達の首を、無数の扇子によって切り落としていくエクレア。



 両陣営の激しい攻防が、おおよそ5分ほど浮遊動物園の最下層で続いた所で……。



 ”ガシャーーーーーーーン!!!”



 ラプトルの身を守っていた赤い光の結界が、大きな音を立てて崩れ去った。



 どうやらラプトルの体を守り続けていた赤い結界は、その耐久許容値の限界を超えてしまったらしい。



 結界を失い、無防備な体を晒している黒魔龍公爵に……。

 オペラの放つ鋭い銀槍の一撃が突き刺さる。


 その強烈過ぎる攻撃を避けきれずに、ラプトルの左腕が胴体から一瞬にして切り落とされ、後方に吹き飛ばされた。



「ぐふっ………!?」


 左腕を失ったラプトルは、その場で膝を地に付けて座り込む。

 そして、冬馬このはの入ったブルークリスタルを大切に抱え込むようにして崩れ落ちた。



「キャーーッハッハッハ!! 何よー、その無様な格好はーーっ!! もしかして私達に土下座をして許しを乞おうとしているかしらー? それとも女神様に忠誠を尽くす心持ちにやっとなれたの? まあ今更、心変わりをしても遅いんだけどねーっ!」



 力なくブルークリスタルを自身の体で抱え込むようにして、崩れ落ちている黒魔龍公爵。


 その様子から見るに、もう一度結界を張り直すという事は出来なさそうだ。無防備となったその体を、2人の魔女達の前に晒す事しかもはや出来ないのだろう。



「……終わりだな、黒魔龍公爵よ。お前の主人を守る者はもう誰もいない。そこでしばらく大人しくしていろ。我らが今、全てを終わらせてやる!」



 魔女のオペラは銀色の槍の矛先を、魔王軍最後の守護者であるラプトルに向ける。


 騎士道精神を持ちあわせているオペラは、黒魔龍公爵に最後の何か思い残す事は無いのかと問いかけた。



 その言葉を聞いたラプトルは、大量の血が噴き出ている左腕の付け根を手で押さえる事もせずに。

 クックック……と不敵な笑みを浮かべて、2人の魔女達へと向き直る。


「……オレはまだ、意識のあった頃のこのは様に言われた事があるのだ。それは『例えどのような形に自分がなったとしても、女神教の魔女達に利用されるような惨めな生き方は決して望まない……』とな」


「ハァーーっ? そんな傷付いた体でどうするっていうのよー? まさかまだ反撃でもするつもりなの? アンタのご主人様は、そこでスヤスヤと寝ているだけじゃない。もうあなたに出来る事なんて何もないんだから、とっとと諦めてそこで死になさいよねー!」



 エクレアが黒い扇子を仰ぎながら、オペラの真後ろに立つ。

 

 既に黒魔龍公爵の作り出した黒い球体は全て、地下空間の中から消え失せている。


 黒いジャガー達はエクレアの手によって殺害され。魔王軍最後の砦であった黒魔龍公爵には、もはや打つ手は何も残されていないように見えた。


「……そうさ。このは様はもう目を覚まさない。だが、このままお前達にこのは様の心臓を奪われてしまうくらいなら。オレが先にこのは様の心臓を『破壊』してしまう……というのも悪くはないと思ってな」



 傷付いたラプトルの呟いた言葉の意味が……。


 2人の魔女達には、瞬時に理解する事が出来なかった。



 それは、そうだろう。

 

 無限の勇者に仕える守護者は、生み出してくれた主人を最後の最後まで守りぬくものだ。


 それを、全て諦めて。自分の主人でもある勇者を、自らの手によって殺害するなど絶対にあり得ない行為だ。



 そもそも主人である無限の勇者が死ねば、その配下である守護者もこの世界からは消えてしまうのだ。


 だからそんなのは、ただの『自殺行為』でしかない。


 例えもう勝ち目がないと、自暴自棄になったからといって。敵を喜ばせるのが嫌だからと、自らの主人を殺して共に自殺を図るなど……。

 守護者として生を受けた者なら絶対にするはずがない、あり得ない行為だと誰もが考えるだろう。



 だから油断をしていた魔女達にはラプトルの行動を、瞬時に止める――という冷静な判断が取れなかった。



 エクレアとオペラが共に『あっ……』と、気付いた時には――。


 ラプトルは残された右手を、自分の主人である冬馬このはの体の上半身に突き刺していた。

 そしてその体の中から、まだ動きのある赤い綺麗な心臓を(えぐ)り出す。


 まさか黒魔龍公爵が自らの手で、主人である冬馬このはを殺し。その心臓を取り出すなど……2人の魔女達には到底予想出来るはずもない。



 目の前で起きた緊急事態を、やっと理解した2人の魔女達は……。

 共に黒魔龍公爵が行った蛮行に対して、両目が飛び出るくらいに驚き、その場で絶叫した。



「な、な、なんて事をするのよーーーっ!!! このゴミ虫野郎がーーーっ!!」


「貴様ーーッ!! やめるのだーーッ!! それは、それは、アスティア様が長年求め続けてきた、最後の魔王種子なのだぞ!!」



 ブルークリスタルに横たわる冬馬このはの体からは、大量の血液が噴水のように噴き出している。


 しばらくすれば、彼女はすぐに絶命するだろう。

 体から強制的に心臓を取り出された人間が、長く生きていられるはずもない。


 300年前にこの世界に召喚されて、動物園の勇者として当時の魔王を滅ぼした英雄。


 やがて女神教の陰謀によって人間達から追い回されて、そのショックで『眠り姫』となってしまった冬馬このは。



 彼女は再び目を覚ます事なく。


 自らの守護者であった者の手によって、その心臓を無理矢理もぎ取られて命を落としたのだ。


「フン………こんな物の為にこの世界に召喚されて、無限の苦しみをこのは様は与え続けられたのだ。せめてこのオレの手によって安らかな眠りを彼女に与えたい。そして、この魔王種子は決して女神アスティアには渡さない! それがオレ達、動物園の勇者様に仕えた守護者達の、最後の意地でもあるのだからなッ!!」



 ラプトルはまだ鼓動を繰り返している冬馬このはの心臓を、見せつけるかのように。


 ゆっくりと2人の魔女達の前にかざすと……。



 ”――グシャリッ!!”



 それを思いっきり、右手の握力だけで握りつぶしてみせた。



「ぎゃああああああああああああーーーーっ!!!」


「やめろおおおおおおぉぉぉ、このクソ野郎がああああああァァァーーーー!!!」



 再び鬼の形相に変わり果てたオペラが、銀色の槍を振り上げてラプトルの首を一気に切り落とそうとする。


 既に、冬馬このはの体は死んだのだ。

 正確には、自身の守護者である黒魔龍公爵の手によって殺害されてしまった。


 生み出してくれた主人を失った守護者は、静かにこの世界から消え去っていく。


 だが激昂した魔女達は、何としてもその前に……! この許されざる蛮行を行った黒い裏切り者の守護者をなぶり殺そうと、銀色の槍と黒い扇子を同時に振り下ろして、溢れ出す怒りを全てラプトルに叩きつけようとした。



 怒りで我を失っていた2人は、またしても気付く事が出来なかった。


 冬馬このはの心臓を握りつぶしたラプトルの体から、既に無数の白い光の線が大量に放出され始めている事に――。



「こ、これは………!?」


「こやつ、まさかこの場で自爆をするつもりなのか!? もしや始めから、我らと心中を図るつもりであったのか?」



 無数の白い光の線は、圧倒的な光量を持つ光の球体へと変わっていく。


 そして既に墜落し始めていた浮遊動物園と共に。


 2人の不老の魔女と、冬馬このはの亡き骸を巻き込み。巨大な光の爆発を伴って、ラプトルは動物園に残る全てをこの世界から消し去ろうとしていた。



 白い光の中心にいたラプトルは、目を閉じて小さく笑う。



「……後の事は頼んだぞ、カナタ。このは様を最後まで守り通してくれよな……」



 まるで太陽の中心に飛び込んだような熱さの中で。


 ラプトルの体は、ゆっくりと静かに溶かされていく。



 その眩しい光の世界の中で、ラプトルが最後に思い出したのは……。

 いつもにこやかに笑ってくれた、冬馬このはの優しく淡い、天使のような笑顔だった。



 常に真面目で仏頂面をしていたラプトルに、動物園の勇者である冬馬このはが、笑いながら話しかけてくる。



『……ラプトル、あなたはいつもみんなのリーダーとして頑張り過ぎてしまうけれど。疲れた時にはちゃんと睡眠をとって、しっかり体を休める事も大切よ。今日は一日ゆっくりと休んでね。後の事は大丈夫、ミレイユや、デイトリッシュ、それにメリッサだっているんだから。いつもみんなの事を気遣ってくれて、そしてずっと側にいてくれて、本当にありがとう……ラプトル』 



「……このは様、言われた通りにオレはもう休む事にします。後の事は信頼の出来る友人に託しました。きっとアイツなら、このは様の事をずっと大切にしてくれるとオレは信じています……」



 遠い昔、冬馬このはの勇者レベルが上がるたびに。


 動物園の中に、新しく可愛い動物達が増えていくのが本当に楽しかった。

 可愛い猫型の動物や、チワワのような動物が増えるたびに、ミレイユが『きゃあ〜! 可愛い過ぎるぅ〜!』と、身悶えていた頃の記憶が本当に懐かしい……。



 ああ……今なら本当に分かる。


 みんなと、冬馬このは様と、この世界を一緒に旅していた時が、オレにとっては1番幸せな時間だったんだ。



 そう、オレ達は本当に最高の勇者パーティだった。




「ミレイユ、デイトリッシュ……。オレも、お前達のいる所に向かう事にするよ。またみんなで可愛い動物達に囲まれて、一緒に楽しく過ごそうな……」




 浮遊動物園が白い閃光を放ち、大爆発を起こした。



 女神教の不老の魔女、2人を道連れにして。

 魔王軍最後の4魔龍公爵、ラプトルが今日……その命を落とした。



 この世界で100年にも渡り続いてきた。

 動物園の魔王が率いる魔王軍と人類との戦いは……今日、その全てが終結したのである。


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外れスキルコンビニ
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― 新着の感想 ―
[一言] 号泣、、、いやね、ありし日の動物園とこのは、守護者の姿がね 描写が無くとも伝わってくるのよ 最初は動物園なのに動物一匹からスタートして… 初めての守護者の出会いに戸惑いながら、って 悲しみ…
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