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第百八十九話 幕間 カルツェン王国に迫る黒い影


 コンビニ共和国への大遠征に、3万人の騎士団を参加させた西方3ヵ国連合の1つ――カルツェン王国。



 遠征に出兵した騎士団には、幸い大きな被害が出る事はなかった。だが、遠征軍はコンビニ共和国に対して何も大きな戦果を残す事が出来ずに本国へ帰還している。


 今回の遠征は結局、総大将であるカルタロス王国の女王、サステリア・カルタロスが『コンビニ共和国の存在を認める』という、異例の声明を世界に向けて発表した事で終了してしまった。


 つまりコンビニ共和国への遠征は、世間的には何も価値を残さない無駄な出兵だったという、悪評だけを残して終わってしまったのである。


 今回の遠征軍の『影の総大将』とも言われていた、カルツェン王国軍を率いる老練なグスタフ王も、もちろんこのままおめおめと何も結果を出さずに、自国へ帰る事など出来ない。


 世界中から連合軍を集結させたこの大遠征を、総大将を務めていたカルタロス王国サステリア女王の裏切り……という、無意味な結果で終えてしまうような事は、決してカルツェン王国としては認められるものではなかった。



 ――ところが、それらの国家的な威信や、プライドを全て放り捨てたとしても……。


 真っ先に取り組まないといけない、最優先課題がカルツェン王国を始めとする世界連合の前にいきなり、突きつけられてしまう。



 その緊急の課題とは、東の大国、グランデイル王国によって引き起こされた『世界侵略戦争』であった。



 カルタロス王国内で開かれた第1回目の世界会議の場で、今回のコンビニ共和国への大遠征作戦を提案し。

 自らは大軍を率いて果敢にも魔王領へ侵攻をする――と高らかに宣言をしたグランデイル王国。


 それが蓋を開けてみれば、それらは全て他国を欺く為の虚言でしかなく。実際は警備が手薄となった、グランデイル周辺の諸国に向けて、一気に軍事進行を開始したのである。



 世界連合軍の元に届いた情報によると。


 既に、商業自治都市であるカディナ城塞都市はグランデイル軍の奇襲を受けて陥落。


 カディナの政治権力を握る大商人達は、その家族も含めて全てがグランデイル軍によって殺害され。カディナ自治領に隣接する南の壁外区では、侵略者であるグランデイル軍によって大量虐殺が行われ、合計で2万人を超える犠牲者が出たという報告も入ってきた。



 勢いに乗ったグランデイル王国軍は、更にそのまま西に向けて進軍し。

 アッサム要塞に常駐する警備隊と合流して、周辺のアルトラス商業連合領の都市や村々も軍事占領している。


 グランデイル王国による侵略軍の侵攻速度は、もはや破竹の勢いといっても良いだろう。


 動物園の魔王が生み出した魔王軍が全て西に去り。平和を取り戻したはずの世界中の人々は……。今度は残虐なグランデイル王国軍による、軍事侵攻に怯えるという恐怖の日々が始まってしまった事に恐れ慄いている。


 その為、コンビニ共和国への遠征に参加していた世界各国の連合軍は、自国の防衛の為に。急遽、全軍の撤退を余儀(よぎ)なくされてしまったのだった。 




「な、何という事なのだッ!! これは完全にグランデイル王国による裏切り行為ではないかッ!!」


 急いでカルツェン王国に帰還をしたグスタフ王は、王座の上で激しい怒りに打ち震え。手にしていたワイングラスを床に放り投げた。



 ”パリーーーーーン!!”


 一斉に静まり返る、カルツェン王国の玉座の間。


 グスタフ王が破壊したワイングラスが叩き割れる音だけが、虚しく玉座の間に居並ぶ重臣達の間に響き渡っていく。


 グスタフ王に仕える重臣達もその場で沈黙をして。ただただ王の怒りが収まるのを待つしかなかった。


「おのれッ……クルセイスめ! 魔王領に攻め込むなどと大嘘を吐き! 我ら他国の遠征軍をコンビニの魔王の本拠地へと向かわせ、その隙に自らは軍を率いて侵略戦争に乗り出すとは、何たる卑劣さだッ! 許せん!」


 グスタフ王の怒りは一向に収まる気配がない。


 既にカルツェン王国にも、壊滅状態となったカディナ自治領の都市と、その南に広がる壁外区から逃げ出してきた避難民達の流入が始まっている。


 その者達が話す内容によると、グランデイル王国軍は占領地にて数々の恐ろしい蛮行を繰り広げているという。中にはグランデイル王国に所属する異世界の勇者が、この侵略戦争に加担をしていた……という驚くべき報告まで上がってきている。


 既にアルトラス商業連合の領土にまで、侵攻を進めているグランデイル王国軍。


 もはや世界の国々とそこに住まう住人達にとっては、西の魔王領に逃げ込んだ『魔王』などより――。

 東から破竹の勢いで侵略してくる残忍で野蛮なグランデイル王国軍の方が、遥かに人類にとっての最大の脅威となりつつあった。



 魔王軍と100年に渡る戦争状態にあった時には、鉄の結束を誇っていた西方3ヶ国連合も。今やその同盟関係はバラバラな状態になっている。


 今回のコンビニ共和国への遠征においては、総大将を務めたカルタロス王国の若き女王サステリアが、コンビニ共和国との共存を宣言して、他国との溝を現在進行形で深めている。


 更に最大戦力を誇る南のバーディア帝国も、グランデイル王国軍侵攻の知らせを聞き。すぐに自国の領土の防衛の為に遠征軍を引き返してしまった。


 そもそも今回の遠征には参加すらしていないドリシア王国は、既にグランデイル王国とは国交を断絶して緊張状態にある。

 その為、ドリシア王国の国境には数万を超える防衛軍が、常時グランデイル王国の侵略軍を迎え討つ為の臨戦体制を整えているという。



 おそらく、共にコンビニの勇者を信奉する陣営となったカルタロス王国とドリシア王国の両国は、これから外交的に結び付きを強める為に急接近をするに違いない。


 そしてコンビニ共和国の存在を認め、商業交流を進める同盟国として、互いの領土を守る為の国家間の軍事的な連携をも強めていくだろう。



 では、残されたカルツェン王国の未来は一体どうなってしまうのか?


「我がカルツェン王国だけが、あのグランデイルの女狐、クルセイスの侵略軍を迎え討つ準備が出来ていないではないか! このままでは真っ先にこのカルツェン王国が、東から侵攻してくるグランデイル軍の餌食にされてしまうぞッ!!」



 激昂したグスタフ王は、自らの爪を噛みながら全身をわなわなと震わせる。


 この世界では珍しい女系でない男性の王として。

 自らの才覚と実力のみで、カルツェン王国を強く主導してきた老練なグスタフ王。


 彼にとっても、このような急転直下の事態は全くの予想外であったと言わざる得ない。


 一体誰が、カルタロス王国女王サステリアの突然の心変わりを予想出来ただろうか?

 一体誰が、グランデイル王国軍による、世界侵略などという馬鹿げた行動を予想出来たというのだ……?



「くぅ……おのれ……おのれ……!」


 この事態をどのように乗り切るべきか、まだ何も解決策の浮かばないグスタフ王の元に。


 彼が幼き時より、心から信奉(しんぽう)している、まさに救世主とも呼べる存在がカルツェン王国にやって来て。

 グスタフ王が喉から手が出るほど欲しかった、救いの手を差し伸べに来てくれた。



「グスタフ王様、女神教の枢機卿(すうききょう)様が……お越しになられました」


「おおおおッ!!! な、なんと……! 枢機卿様が我が国にいらしてくれたというのか!! ありがたいッ! ……まさに今、このワシが1番お会いしたいと願っていたお方ではないかッ!」


 グスタフ王はすぐさま、女神教の代表たる枢機卿を玉座の間に迎え入れる。


 黒いローブを全身にまとった黒髪の女性。

 枢機卿はカルツェン王国の騎士達に迎えられて、グスタフ王が待つ玉座の間へと入る。


「……これはこれは、枢機卿様! 本当によくぞこのカルツェン王国にいらして下さいました! このグスタフ、枢機卿様にご相談をしたい事が山のようにございます!」


 玉座の間に訪れた枢機卿に、グスタフ王はまるで母親に甘える息子のように。急いでその目の前に駆けつけると、すぐさま枢機卿の前にひれ伏ようにして頭を下げた。


 老練なグスタフ王は、今年で51歳を迎える――立派な中老の年齢であった。


 それでもグスタフ王より見た目の年齢が遥かに若く見える女神教の枢機卿に対しては……まるで子供のように、ペコペコと頭を下げて最大限の親愛の意を示そうとする。


 それはグスタフ王が、幼い頃からずっと枢機卿にはお世話になってきたという理由があるからなのだが……。



 枢機卿が持つ『暗殺者(アサシン)』の勇者の能力の1つ。


 『認識阻害(オブストラクション)』の能力(スキル)の効果によって。枢機卿の存在を深く認識しようとするものは、その年齢や存在についての一切の疑問を抱かなくなる……という能力(スキル)効果が発動しているからでもあった。


 その効果を無視して、強く枢機卿の事を頭の中で認識しようとすると。その者の脳内で激しい頭痛が起こり、意志力の弱き人間であれば、最悪死に至るケースさえあるという。


 その為、この世界の人々は枢機卿が大昔からずっと同じ姿のままで決して死ぬ事なく。永遠に存在し続けている事に、まるで疑問を持つ事が出来ないのである。



「グスタフ………。あなたは東のグランデイル王国の暴挙について今、深く頭を悩ませているのですね?」


「ハイ、そうなのです! さすがは枢機卿様! 全てはご明察の通りでございます!」



 グスタフ王は、女神教の枢機卿が事態を全て理解してくれている事に心から安堵した。


 今までも、そして、これからも。カルツェン王国の軍事、経済、政治の全てをグスタフ王は、自身が最も信奉している枢機卿に相談をして解決してきたのだ。


 だから今回の事態もきっと、枢機卿が力を貸してくれるに違いないと確信し、グスタフ王は心の底からから安堵の息を漏らす。


「………グスタフ。あなたは『アノンの地下迷宮』の存在を知っていますか?」


「アノンの地下迷宮? はい、存じておりますぞ。旧ミランダ王国より以前に、魔王領から押し寄せてきた魔王軍の攻撃によって、1番最初に滅ぼされてしまった西の王国、『フリーデン王国』の領土内で、古くから王家によって守られてきた古代の遺跡の事ございますよね?」


「………そうです。そのアノンの地下迷宮の内部は、とても広大で複雑な構造のダンジョンになっています。そして、危険な古代の魔物もアノンの迷宮内には多数存在していると言われています。その為、大昔から迷宮の中には誰も入らず、手付かずの状態でずっと放置をされてきたのです………」


 枢機卿が話す古代の地下迷宮についての話は、グスタフも、幼き時からよく聞かされていた。


 今から約70年ほど前。西の魔王領から侵攻をしてきた『動物園の魔王』の軍勢の攻撃を受け、最初に魔王軍によって滅ぼされてしまったフリーデン王国。


 かつて人間領に7つあった大国のうち、魔王領に隣接する最も西の位置に存在していたフリーデン王国の王家が、大昔から代々守り継いできたとされる遺跡が『アノンの地下迷宮』である。



 フリーデン王国滅亡後は、迷宮はそのまま放置され。


 カルツェン王国の西側にある、旧フリーデン王国が存在した領土内に、廃墟となって今もその古代遺跡は眠っているという。


「枢機卿様。その『アノンの地下迷宮』が、今回のグランデイル王国による侵略戦争の件に、一体どのような関わりを持つというのでしょうか?」



 枢機卿が言わんとする事の真意を、まだ掴む事の出来ないグスタフ王は恐る恐るその事を尋ねてみた。


「『アノンの地下迷宮』の最深部。そこには太古の時代に封印された強力な『魔王遺物』が眠っていると言われています。それは旧ミランダ領の奪還作戦で、バーディア帝国が使用した『黒い戦車隊』などとは、比べものにならない程に強力な兵器です。もし、その封印を解く事が出来たならば………。グランデイル王国や、バーディア帝国の武力をも凌ぐ。最強の兵器をカルツェン王国は手にする事になるでしょう」


「な、なんと!? あのアノンの地下迷宮に奥に、そのような強力な魔王遺物が眠っているというのですか?」


「そうです。その魔王遺物を手にした者は、この世界の全てを制する力さえ手に入れる事が出来ます。もし、カルツェン王国がその魔王遺物の封印を解く事が出来れば………。それは、西の魔王領に逃走した魔王軍の勢力を制圧し、異世界の勇者の力をも凌ぐと言われる、この世界において最高の破壊力を持つ『聖なる兵器』を手中に収める事が出来るのです」



 枢機卿の話す内容を聞き、まるで少年のように目をキラキラと輝かせるグスタフ王。


 それは自らが治めるカルツェン王国が、東の侵略軍であるグランデイル王国を撃退し。更には異世界の勇者に代わり、カルツェン王国が魔王領へと侵攻して、人類の脅威となる魔王を倒すという輝かしい英雄物語を脳内で夢想したからであろう。


「それは、凄い! その古代の魔王遺物を我が国が手に入れられれば、押し寄せるグランデイル王国の軍勢などいとも簡単に撃退する事が出来るでしょう。ですが、枢機卿様。古代より誰もその最深部へ到達する事の出来なかった『アノンの地下迷宮』の中を、一体どうやって我々は探索すれば良いのでしょうか?」


 グスタフ王が問いかけるのはもっともだ。


 太古の昔より、誰もその迷宮の最深部に辿り着く事が出来なかったがゆえに。何人(なんびと)たりとも決して踏み入ってはならない危険な場所として、古代から扱われてきた迷宮なのだ。


 その伝説の地下迷宮を、枢機卿はどうやって攻略しろというのだろう。


「グスタフ………。あなたはカルツェン王国が所有している異世界の勇者の力を忘れていませんか? カルツェン王国には現在、『地図探索(マップ)』の能力を持つ勇者が滞在をしているのでしょう? その勇者の能力を用いれば、難解な迷宮の最深部への探索も可能になるのではないですか………?」


「なるほど、そうでしたなッ! たしかに我が国には、いかなる難解なダンジョンであっても、その内部の地図を正確に作り出す事の出来る勇者様が在籍しております。さすがは枢機卿様ですな、カルツェン王国の現在の状況を我々よりも遥かに正確に把握しておられるとは……! このグスタフ、恐れ入りました!」



 グスタフ王は目を見開いて感嘆の息を漏らす。


 カルツェン王国には現在、『地図探索(マップ)』の勇者である佐伯小松(さえきこまつ)と、『無線通信(テレフォン)』の勇者である川崎亮(かわさきりょう)の両名が在籍をしている。


 アッサム要塞の攻略戦後に、カルツェン王国が2人を勧誘して。当時のグランデイル王国から引き抜く事に成功した優秀な能力を持つ異世界の勇者達である。


 本当は『槍使い(ランサー)』の勇者である、水無月洋平(みなづきようへい)もカルツェン王国には在籍していたのだが……。彼は旧ミランダ領での戦いにおいて、黒い戦車隊の砲撃によって戦死を遂げている。


「………グスタフ。あなたは、アノンの地下迷宮に眠る魔王遺物を解放して、グランデイルの侵略軍を撃退するのです。そして女神教に対して反旗を翻した謀反人である、クルセイスを必ずや成敗して下さい。魔王の勢力に加担する動きを見せているドリシア王国、カルタロス王国は、もはや当てにはなりません。女神様にとって、今はあなただけが頼りなのです。この世界の未来を救って下さる事を私は期待していますよ、グスタフ」


「ははーーーっ!! お任せください、枢機卿様!! このグスタフが、必ずや枢機卿様のご期待に応えてみせましょうぞ! そして我がカルツェン王国が、この世界の危機を救ってみせる事をお約束させて頂きます!」



 黒い影に包まれた枢機卿は無言で頷くと。


 くるりと振り返り、そのままカルツェン王国の玉座の間から立ち去ろうとする。



 だが……突然、枢機卿はその場に立ち止まった。


 そして、ふと何かを思い出したかのように。そのまま後ろを振り返らずに、グスタフ王に対して静かに問いかける。


「………グスタフ。佐伯(さえき)くんは……いえ、『地図探索(マップ)』の能力を持つ異世界の勇者は今、どちらにいるのですか?」


「『地図探索(マップ)』の勇者の佐伯殿ですか? 彼なら、カルツェン王国の大貴族が住まう西のゲストハウスで現在は生活しておりますが……。佐伯殿にお会いになられますか?」


 怪訝な表情を浮かべる、グスタフ王。


 いつも感情を全く見せる事のない枢機卿が、珍しく声を震わせていたように感じられたからだ。


 カルツェン王国に滞在している『地図探索(マップ)』の勇者に何か興味があったのだろうか……と、不思議そうに枢機卿に問いかけるグスタフ王。



「………いいえ、大丈夫です。アノンの地下迷宮は、元々、遠い昔に佐伯くんが作ってくれたものですから。彼ならきっと太古の迷宮を攻略出来るでしょう」


「えっ? 枢機卿様。……今、何と(おっしゃ)いましたでしょうか?」



 枢機卿の小さな呟きを聞き取れなかったグスタフは、慌ててそう問いかけたが――。


 女神教の代表たる枢機卿は、グスタフ王の声に応える事なく。そのまま無言で城から出て行ってしまった。



 枢機卿はそのままカルツェン王国を離れて、女神アスティアの待つ魔王領へと帰還をする事にした。



 途中、自身に従う部下達と合流して。

 新しく入ってきた情報の確認をする事にする。



「枢機卿様、本当によろしかったのでしょうか? アノンの地下迷宮に眠る魔王遺物を解放してしまったら、おそらくカルツェン王国は崩壊をしてしまう危険があると思いますが?」



 合流をした配下の魔女候補生にそう問いかけられた枢機卿は、淡々とその質問に対して無感情に返事をする。


「………構いません。今回、グランデイル王国が大きな動きを見せた事で、おそらくこの世界における女神教の信仰は、人々の心から消え失せてしまうでしょう。ですが、今はそれでも良いのです。女神アスティア様は元々、人々の信仰などは必要としていません。当初からの目標通り、我々は最後の1つの『魔王種子』の奪取に全力を注ぐ事にします。その間、東から押し寄せる目障りなクルセイスの軍勢を、カルツェン王国が防いで時間稼ぎをしてくれればそれで良いのです」


「畏まりました。それと、枢機卿様。実は西の魔王領にいる『右手中指ライト・ミドル・フィンガー』のカヌレ様から、緊急の知らせが届いているのですが……」


「カヌレからですか? 一体何でしょう………? もし、動物園の魔王の魔王種子を回収出来たという、嬉しい報告なら良いのですが」



 枢機卿は、部下から手渡された1通の手紙を受け取り。無言でその中に書かれていた内容を黙読する。


 そして、信じられないくらいに冷や汗を額から流し。

 両手をブルブルと震わせながら、その場で絶叫した。



「――そ、そんなバカな………!? 『コンビニ』が、巨大要塞であるあのコンビニが、禁断の地から姿を現したというのですか!? そんな事はあり得ません! 例えあのレイチェルさんがまだ生きていたとしても、主人である無限の勇者が死んだ後で、コンビニを動かす事など出来るはずないのに………!?」


「す、枢機卿様! 大丈夫ですか!?」


 枢機卿の大声に驚いた部下達が、慌てて心配の声をかける。


「………あの規格外な強さを持つ、レイチェルさんなら。アイリーンさん達をそうしたように、自らの体を機械化して生き延びている、という可能性も確かにあり得るとは思っていましたが………。巨大コンビニを動かしたとなると、まさか彼方くんが実は生きているといでもいうの!?」

 


 枢機卿は黒いローブの中に手を入れて、慌てて中から何かを取り出した。


 それはボロボロに薄汚れている、小さな猫のキーホルダーのような形をしていた。


「私の『索敵探索(サーチ)』の能力を用いても、この猫のキーホルダーが反応をしないのだから。間違いなく彼方くんは死んでいるはずです。なのに、どうしてレイチェルさんはコンビニを動かしているというの? コンビニの魔王はこの私がたしかに、とどめを刺したというのに………」



 心配そうに見つめる、部下達の視線を気にする事もなく。


 枢機卿はその場でスッと立ち上がると、足速に前に向けて歩き出した。


「………これより私は魔王領へと向かいます。人間領における女神教の支部は全て捨ててしまって構いません。全ての決着は、魔王領の中で付ける事にしましょう。パルサールの塔へ急いで連絡を取って下さい」


 

 東の人間領では、世界征服への野望を剥き出しにしたグランデイル王国が動き出し。


 北の禁断の地には、古代に滅ぼされたはずの伝説の大魔王の軍勢が再び動きを見せようとしている。



 そして、魔王領へと向かったコンビニの勇者の元には――。


 とうとう動物園の魔王の守護者である、黒魔龍公爵(ブラック・サーペント)が接触を試みようとしていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 悲しいですね。 枢機卿は”素”の部分が出始めている感じが、今の彼方と出会う前だったら、佐伯くんと呼ばず、”『地図探索マップ』の能力を持つ異世界の勇者は今、どちらにいるのですか”と冷静な…
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