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第百八十二話 太古の昔に存在した悪魔


 ニッコリとまるで子供のように。天真爛漫(てんしんらんまん)な笑顔で俺に話しかけてくる灰色ドレスの女。


 その背後の上空には、おびただしい数の人間が無理矢理詰め込まれた2つの『人間ボール』が、巨大コンビニの真下から白い網のネットによって、ぶらりと空中に吊るされていた。



「クソがああぁぁッ!! 許さない、お前だけは絶対に許さないからなッ!」



 俺は無言で『青双龍波動砲セルリアン・ツインレーザー』の照準を、灰色ドレスを着た邪悪な悪魔の体に向ける。



 ハァ……ハァ……。


 おかしい、動悸(どうき)がまるで収まらない。


 さっきから痙攣(けいれん)を起こしているかのように、両手足がずっと震えているのが分かる。体の中では心臓が爆発する寸前くらいに、激しい鼓動を繰り返し続けている。


 目の前にいる灰色ドレスの女が、俺のよく知っているレイチェルさんと同じ姿をしているから、俺が攻撃をするのを躊躇(ためら)っていると思うなら、その答えは完全にNOだ。



 こんなにも残酷で、邪悪の権化(ごんげ)のような女は――絶対にこの世に生かしておいてはいけない奴だ。



 ……けれど、俺とアイリーンがそう分かっていても。


 目の前の灰色ドレスの女に対して、なぜか攻撃が出来ないでいるのは……。その圧倒的な『実力差』を正確に理解してしまっているからだ。


 なまじコンビニの勇者としてのレベルが上昇をした分、今の俺には敵の本当の実力がよく分かるんだ。


 この灰色ドレスを着た悪魔は、おそらく世界一の強さを持つ最強の『化け物』だ。



 例えこの世界に存在している神様だろうが、女神教徒達が崇めている女神様であっても。

 この邪悪の塊である、最強の女には絶対に絶対に勝てないだろう。


 この残酷で恐ろしい、暗黒のオーラを漂わせている女に戦いを挑むという行為は……。2匹の小さなアリが、目の前にそびえ立つ巨大なゾウに対して、素手で襲いかかろうとしているようなものだ。


 それこそこの女が本気を出せば、一瞬にして。きっと1秒もかからずに、俺とアイリーンをこの世界から完全に抹消してしまう事も出来るのだろう。


 

 あの白い網のネットの中に閉じ込められて。空から吊るされている人達には、本当に心の底から申し訳ないと思う。



 でも、今の俺の力では……どうしても彼らを助ける事は出来そうにないんだ。絶対に不可能だ。


 漫画やアニメに登場する、正義感に燃えた熱血主人公達のように。悪に立ち向かう強い想いや、溢れ出る正義のパワーなんかじゃ到底越えられない、圧倒的な『壁』が俺達とあの女の間には存在している。


 クソッ……。

 本当にどうすればいいんだ……。


 最悪、ここから遠くへ逃げる事も考えるべきだろう。


 もちろん目の前の灰色ドレスの女が、俺達をみすみす逃してくれるのなら、だけれどな。


 この巨大コンビニの存在は、本当にヤバい。

 この世全ての邪悪を全部詰め込んだ、悪の巣窟と言ってもいいだろう。


 大昔に存在した大魔王が、この世界を『支配した』という言葉の意味を、俺は完全に取り違えていた。


 女神教の勢力を押し退けるくらいに強い、伝説の魔王が存在したのだから。俺達、異世界から召喚をされた勇者も、頑張れば女神教の追撃を撃退出来るかも……くらいの浅はかな思考しか俺の頭には無かった。



 ――でも、全然違った。

 こいつはそんな生やさしいモノじゃない。


 大昔に存在した『コンビニの大魔王』は、文字通りこの世界を恐怖によって支配した邪悪な存在だったんだ。


 圧倒的な武力を誇る巨大なコンビニ、そしてそれに付き従う恐ろしい能力を持った守護者達。

 それら恐怖のコンビニ軍団を従えて、コンビニの魔王はこの世界の全ての人間達を蹂躙(じゅうりん)して、過去の世界を制圧していったに違いない。



 もしかしたら大昔は、女神教の連中の方がよっぽどまともだったんじゃないだろうか?


 こんなに邪悪な大魔王と、その配下の守護者によって支配される恐怖の世界の方が……。この世界にとっては、よっぽど最悪な状態だった事は容易に想像出来る。


 ハハッ、なんだか笑えてくるな。

 俺は今、例え女神教の連中と手を組んででも。この邪悪の(かたまり)である巨大コンビニを壊したいと、心の底から願ってしまっている。


 あれだけ敵対していた女神教も、この超巨大コンビニという恐ろしい邪悪を見せられてしまうと、その存在が(かす)んで見えてしまう程なんだからな。


 全く、何でこんなヤバい化け物がこの世界には普通に存在していやがるんだよ。


 本当にこの最悪な悪魔を作り出したのは、この世界の過去に召喚された『俺』なのか? 


 この世界の過去に存在した、もう一人の『秋ノ瀬彼方』が、この邪悪な巨大コンビニを生み出したっていうのかよ?



 大昔の女神教の連中は、こんな化け物とどうやって戦ったんだろう。


 大昔から女神教を統率する存在。――そうだ。枢機卿(すうききょう)なら、過去にこの世界に先に召喚された暗殺者(アサシン)の勇者である玉木なら。


 この最強の守護者であるレイチェルさんと、どうやって戦ったのか、その戦い方を知っているのかもしれない。



「――彼方様。その肩に浮かんでいる2つの守護衛星から発射させようとしているのは、『青双龍波動砲セルリアン・ツインレーザー』ではないですか? ああ……とても懐かしいです。それは彼方様が最も得意としていた、必殺の対人兵器でしたよね。その青い聖なるレーザーで、彼方様は愚かな人間達を一瞬にして溶かしていくのが本当お上手でした」



 俺が『青双龍波動砲セルリアン・ツインレーザー』を放とうとしている事を、灰色ドレスの女は既に理解していたらしい。


 まるで俺の持つコンビニの能力を全て見透かしていて。幼稚園児の成長を見守る、保育園のお姉さんのような雰囲気を出していやがるな。


「さあ、彼方様。その2つの守護衛星から放たれる、聖なるレーザービームを、コンビニに吊るされた人間達に向けて解き放つのです! そうすれば、彼方様は大幅なレベルアップを遂げる事が出来るでしょう。コンビニの能力はまだまだそんなものではありません。この世界の全てを支配出来る、偉大なるコンビニの能力。その全てを、私と一緒に解き放っていきましょう!」



「――店長、いけません!!」


 アイリーンが黄金剣を俺の前に掲げて、怒りで我を忘れかけていた俺に、自制を促してくる。


「分かってるよ、アイリーン。今、攻撃をしたらこの女の思う壺だ。俺も必死に堪えているから、アイリーンも抑えてくれよな……」


 よく見ると、アイリーンの持つ黄金剣の剣先も……細かな振動を繰り返していた。


 きっとアイリーンも、必死に自分自身に対して抑制とブレーキをかけているのだろう。


 目の前にいる邪悪な女は、必ず俺達の手で倒さなくてはいけない。でも、今の俺とアイリーンの実力ではそれは不可能だ。



 ――そう。今の俺達では、絶対にこの灰色ドレスの女には勝てない。


 だから、ここは何としてでもこの場から逃れる手段を考えなくてはならない。

 そうでないと、きっと俺達はレイチェルさんの姿をしたこの邪悪な女に捕まって――。


 この世界にとって、最も最悪な選択肢。

 きっと考えられる限りにおいて、1番最悪で恐ろしい、暗黒の未来へと導かれてしまう気がするんだ。



「そうですか……『青双竜波動砲セルリアン・ツインレーザー』を撃っては下さらないのですね、彼方様。とっても残念です。でも今は、仕方がありませんね! 精神的に未熟な彼方様への教育は、これからこの私がみっちりと指導をしていく事に致しましょう」


 浮遊式の床の上に乗った灰色ドレスの女が。

 笑いながらその両手を突然、真上に向けて掲げて見せた。



 そして、こちらに向けて。

 ニコリとウインクをしながら微笑みかけてくる。




 その瞬間だった――。




 ””――ドサッ――!!””

 ””――ドサッ――!!””



 何かとてつもなく大きな物が。

 大地に真っ逆さまにして、連続で落ちていく音が俺の耳には聞こえてきた。



「――えっ……!?」

「――えっ……!?」



 俺とアイリーンが同時に短い叫び声を上げる。


 それは側から見れば、本当に間抜けな声だったと思う。



 目の前の灰色ドレスの女が……。

 その両手を天に向けて、大きく掲げたの同時に。


 巨大コンビニの下に吊るされていた、大きな白いネットが。プツリとハサミで糸を切られたかのようにして、地上に猛スピードで落下をしたのだ。


 

 高さ50メートル近い上空から、真っ逆さまにして落された人間ボールは……。固い地面の上に叩きつけられるように落下して。その中身を全て大地にぶち撒けてしまった。



 俺には、何も出来なかった。


 捕らえられた可哀想な人々の命を、誰1人として救う事も出来ずに。ただ、思考が真っ白に硬直をしたまま。俺はその場で体をピクリとも動かす事は出来なかった。



 それは、本当に一瞬の出来事だったんだ。


 まるで小さな線香花火の先っぽが燃え尽きて。地面にポトリと落下していくかのように。気付いた時には、全てが『終わって』しまっていた。



 ””グシャーーーーーーーーンンッ!!!””



 元々、不自然な状態に体を無理矢理折り曲げられ。巨大ネットの中に詰め込まれていた無数の人々が体が……。

 落下の凄まじい衝撃で大地に叩きつけられ。全員、グシャグシャの肉片となり。無惨にも大地の上に、液体のように飛び散っていった。



 誰1人として、あの白い網の中から生き残る事は出来なかった。


 コンビニの魔王の守護者に捕らえられた哀れな人間達の末路は、あまりにも残酷で凄惨な結果となってしまった。



 これが、太古の昔には日常的に行われていた光景。


 コンビニの大魔王である『秋ノ瀬彼方(あきのせかなた)』が支配をした、過去の恐怖の世界では、当然のように繰り広げられていた光景だったというのか……。



「うぐぉぉぇえええぇぇぇっっっーーーーッッ!!」



 俺は急激に喉元から込み上げてきた吐き気を抑えられず。嘔吐物(おうとぶつ)を一気に、地面に向けて吐き出してしまう。


 その一瞬の隙を、灰色ドレスの女は見逃さなかった。


 気付いた時には、浮遊式の床の上から。白い2本の細い腕が――こちらに向けてもの凄い速さで伸びてきていた。



「店長、危ないですーー!!」


 すかさずアイリーンが右手を伸ばし。

 水道ホースのように伸びてきた、灰色ドレスの女の白い手を黄金の剣で食い止めようとする。



「……ア、アイリーンっ!」



「―――重力圧縮領域グラビティ・フィールド―――!」


 まるで妖怪のように。自由自在に手を伸縮させて伸ばしてくる灰色ドレスの女が、アイリーンの黄金剣をその手で掴みながら小さく呟いた。


 途端、剣を握っているアイリーンの右腕ごと。空間の磁場と重力が、ぐにゃりと大きく歪み圧縮されていく。


 アイリーンの右上半身は、そのまま見えない空気の断層に押し潰されるようにして、一瞬で消し飛んだ。



「きゃあああああああああーーーーーーッ!!!」


「アイリーンーーーッ!!!」



 俺はその場に倒れ込んだアイリーンを急いで抱きしめる。


 だが……灰色ドレスの女が伸ばす2本の細い腕は、停止する事なくこちらに向けて襲いかかってきていた。


 アイリーンの体を抱き抱えながら、俺は急いで両肩に浮かぶ守護衛星の照準を灰色ドレスの女に向ける。


 例えダメージを全く与えられなくても構わない!


 今はアイリーンを守る為に。何としてもこの女をここで止めなければいけない……!


 


 ――その時だった。



 ”ズドーーーーーン!!” 

 ”ズドーーーーーン!!”

 ”ズドーーーーーン!!”



 大きな爆発音と振動が、突然、俺とアイリーンの立つ周辺の大地全体を揺るがし始める。


 連続する大きな爆発音の発信源は、上空にある巨大コンビニの方からだった。


 巨大コンビニの外壁に向けて、どうやら何者かが外から攻撃を加えているらしい。でも、一体誰が……!?


 


『『うおおおおおおーーーーーっ!!』』



 響き渡る大きな雄叫びと同時に。

 突然、空から飛来してくる無数の小型飛竜(ドラゴン)の群れ。


 地上からは、移動式砲台を備えた黒い鎧の騎士団が、全長100メートルを超える巨大コンビニに向けて、一斉に大砲撃を開始していた。


 

 これは……!? 

 もしかして女神教の増援部隊がやって来たのか?


 地上から無数の大砲の砲台を、巨大コンビニに向けている軍隊の数はおおよそ1000人近くはいた。


 小型の飛竜に乗って、空から魔法の火炎球を放出しながら、巨大コンビニを襲撃している翼竜騎兵(ドラゴンライダー)の数はおおよそ、200騎くらいはいる。


 この場に突如出現した黒い騎士達が。一斉にそびえ立つ巨大コンビニの外壁に向けて、火力を大放出させながら集中攻撃を開始している。



 巨大コンビニを操る灰色ドレスの女が、その場で動きをピタリと止めた。


 どうやら上空から飛来する女神教の増援部隊の様子を観察する為に、周囲の様子を鋭く睨みながら見回しているようだった。



 よし、これは大チャンスだぞ……。


 この機を逃してしまったら、きっと俺達には二度とチャンスは回ってこないだろう。ここは何としてでも、この場から全力で脱出しないといけない。


 俺は右腕が消滅をして、激しい痛みに耐えているアイリーンの体をそっと抱き上げた。


 そしてそのまま、灰色ドレスを着た悪魔から遠ざかるようにして全速力で駆け出し始める。



 今は何としても、ここから逃げるんだ!

 

 絶対にあの白く細い手に捕まってしまう訳にはいかない……。アイリーンを助ける為にも、何としてもみんなの元に俺達は帰らなくてはいけないんだ!


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