第百八十話 砂漠の魔王の最期
女神教の不老の魔女の1人。チョコレート色のドレスを着た美少女――カヌレが、モンスーンの元にゆっくりと近づいていく。
心なしかその足取りは、嬉しそうにスキップを踏んでいるようにも見えた。
「くっそおおおぉぉぉ、こおおぉぉのおおぉぉクソビッチ野郎があああぁぁッ!!」
「うーん、苦悶に満ちた実に良い呻き声ね。とっても良き良きかなかなよ、モンスーン。久しぶりに味わった私の『血塗れの拷問鎖』はどうかしら? 以前に私と戦った時に、この鎖の威力を知って以来……。臆病なあなたはず〜っと私との直接対決を避けてきたものね? でも、今回は残念でした〜! あなたの便利な万能部下のソシエラがいないから、さすがのあなたも、転移魔法で遠くに逃げる事が出来ないものね!」
茶色い魔女、カヌレの接近に伴い。
モンスーンの体を拘束している血塗れの赤い鎖は、その締め付ける力を更に強めていく。
体格の大きなモンスーンの体に、深く巻き付いているあの赤い鎖は……きっとあと、ほんの少し力を加えただけでも。
砂漠の魔王の体を、完全にバラバラに切り裂いてしまう事が出来るのだろう。
だがおそらくあの少女は、わざとモンスーンの体を完全に切り裂く、ギリギリ一歩手前のラインに鎖の圧力を調整しているように見える。
俺とアイリーンは、女神教の魔女がモンスーンに拷問を加えている様子を……。後方の離れた所で、静かに見守る事しか出来なかった。
ただでさえ、無敵の回復力を誇るモンスーンに苦戦をしていたこの俺だ。
今の俺の実力では、そのモンスーンを圧倒してしまう程の実力を持つ、女神教の魔女がいる場所に飛び込んでいく事なんて出来っこない。
ここは離れた場所から、魔女と魔王の戦いを静観している事しか出来ないだろう。
「……アイリーン。あの女神教の魔女が操っている赤い鎖の正体が分かるか?」
俺は物質の成分分析が出来る、アイリーンに尋ねてみた。
あのカヌレという少女が操る赤い鎖には、必ず何か秘密がある。そうでないと、あの超絶チートパワーを持つ化け物のモンスーンが……あんなにも一方的に、押さえ込まれてしまうなんて有り得ないはずだ。
だってあの野郎は、俺のコンビニメテオをまともに食らっても復活してくるような化け物なんだぞ?
それが、赤い鎖で拘束をされただけで。いきなり『クーン、クーン』と、大人しくなってしまうなんて絶対に有り得ないからな。
「店長、申し訳ありません……。私の分析能力を持ってしても、あの女神教の魔女が操る、赤い鎖の正体は見極められませんでした。ですがおそらく、あのカヌレという少女は遺伝能力を持つ能力者なのは間違いないでしょう。そしてその能力は、魔王であるモンスーンに対して何らかしらの『特効効果』があるのだと思います」
「なるほど……。正体は分からないが、砂漠の魔王であるモンスーンに対して。クリティカルヒットを連発させる事の出来るような特殊能力を持つ可能性がある訳か。女神教の中で、魔王退治を専門にこなす部隊を率いている魔女なら、その可能性は十分に有り得そうだな」
問題は、そんな恐ろしい能力を持つ人間が……。女神教側の魔女陣営の中にいるという事実だ。
もし『魔王特効』なんてスキルが存在しているのなら。ぜひこちらの陣営にこそ、いてほしい人材ではあるんだが。
あの見た目の幼い少女が、女神教に所属する『魔女』であるという時点で。俺達にとっては、魔王よりも遥かにやばい存在である事は間違いない。
「……ふふ。それにしてもモンスーン? あなた今日はいつもよりだいぶ力が弱っていたみたいね。どうやら私が来る前に、そこにいるコンビニの勇者さんに、かなり痛めつけられちゃってたんじゃないの? 普段通りの力を持つあなたなら、この程度の鎖くらい自力で抜け出せたはずだものね。ああ、本当に今日は良き良きかなかなの日だわ! だっておかげで私は、簡単、楽チンで、あなたを狩る事が出来るのだから!」
「なっ……!? ば、ばっか野郎がああぁぁぁッ!! この俺様がひよこ野郎の新米勇者なんぞに、ダメージなんて喰らうはずがないだろうがあぁぁーーーッ!!」
”バリーーーーーーーーーン!!”
モンスーンが顔を真っ赤にさせて。両手両足と、首に巻き付いていた赤い鎖を全て自力で引きちぎってみせた。
だが……無理矢理血塗れの赤い鎖を、体から強引に引き千切ったせいで。モンスーンの全身からは、噴水のように大量の赤い血が勢いよく噴き出してしまっている。
「――あらら? どストライクな図星を突かれたから、急に恥ずかしくなって元気になっちゃったのかしら? だって、もし私がこの場に来なかったら、コンビニの勇者さんにあなたは負けちゃってたかもしれないものね。それを隠す為に、必死で平気を装っていたのでしょうけれど、本当に残念。さぁさぁ! 観念をして、ちゃっちゃと私に狩られちゃって頂戴ね!」
カヌレの体の周りから蛇のように自在に動く、それぞれに自由意志を持った赤い鎖が……。無数にモンスーンの体を目掛けて襲い掛かっていく。
それに対するモンスーンの体は、手負いだなんて生やさしいレベルじゃない。
得意の回復の雨を空から受ける事が出来ず。全身から滝のように赤い血を流し続けている、まさに瀕死の状態だ。
「この世全ての理を無視して、この場に出現せよ!! 『無限雲海の居城』よおおぉぉーーッ!!」
モンスーンの大きな叫び声が天にまで轟く。
拳を頭上に振り上げて、叫んだ大きな声と共に。
モンスーンの体からは、眩しいくらいに輝く光のバリアーが放出された。
そしてその黄金色に光るバリアーは、カヌレが放った血塗れの鎖を、全て自身の体に巻きつく前に弾き返していく。
モンスーンの勢いに圧倒されたカヌレが、手にしていた大きな白い日傘を、思わず地面に落としてしまった。
大地に突然、吹き荒れる暴風。
砂漠の空にはいつの間にか……真っ黒に染まった、大きな雲が大量に出現し。空の色を不吉な黒色に染め上げていく。
そして、巨大な積乱雲のような大雲がモンスーンの上空に出現をすると……。
元、『天気の勇者』であるモンスーンの体に、一条の黄色い光が空から降り注いできた。
――なんだ? あのバカでかい黒い雲の塊は?
いきなり空に出現をした、あの大きな積乱雲の塊は、まさか……。
「ふーん、なるほどね。傷を癒す為に、天気の勇者が持つ『固有空間』の中に逃げ込むつもりなのね? そうね。手負いのあなたが隠れられそうな場所はもう、そこしか残っていないものね。でも、ダメよ。私は今日は絶対にあなたを逃がさないと決めているんだから!」
茶色い魔女カヌレが、曇に覆われた黒い空を見上げてそう呟く。
そして、再び血塗れの鎖を自身の足元からモンスーンに向けて放つと。今度は血塗れの鎖を何重にも太く重ね合わせて、大蛇のような巨大な赤い鎖の束を作り上げた。
まるで大蛇のように分厚くなった赤い鎖の束は――。
空から降り注ぐ黄色い光に包まれて。上空に向かってゆっくりと浮上をしていくモンスーンの体に向けて勢いよく襲いかかる。
だが、その無数の血塗れの赤い鎖の束は――、
”ガキーーーーーーン!!”
突如として、地面から這い出てきた巨大な『骸骨の巨人』によって防がれた。
地面から姿を現した、巨大なスケルトン兵の大きさは――体長が約20メートル近くはある。
『ぬいぐるみ』の勇者である、うちの小笠原麻衣子が召喚するクマのぬいぐるみの、骸骨版みたいな大きさを持つ巨大なスケルトン兵だ。
それが今は、空に向かって逃げようとするモンスーンの体を庇うようにして。
茶色い魔女のカヌレと、逃げるモンスーンとの間に立ち塞がるようにしてその全身を大きく広げていた。
「……シエルスタ。悪いけど今回は邪魔をしないでくれる? それとも、あなたもこの私と直接戦おうというつもりなのかしら?」
カヌレの鋭く見つめる先には、全身に黒い鎧とマントを身にまとって馬に乗る、骸骨騎士の魔王が立っていた。
魔王領に住む忘却の魔王の1人。
髑髏の仮面を被った骸骨騎士――『シエルスタ』とカヌレから呼ばれた魔王が、いつの間にか砂漠の魔王モンスーンと、魔女のカヌレの近くにまで接近してきていた。
骸骨騎士は静かに馬上から、天に向かって登っていくモンスーンの体を地上から見上げ続けている。
「ふーん、まあいいわ。別に私はあなた達2人を同時に相手にしたって全然構わないんだからね」
蛇のように蠢く血塗れの赤い鎖が、四方八方から巨大なスケルトン兵の体に向かって襲いかかる。
地面から出現した巨大なスケルトンは、あっという間にその巨体をカヌレの操る赤い鎖によってバラバラに切り裂かれてしまった。
だが……その間に時間を稼いだ砂漠の魔王、モンスーンの体がゆっくりと、天に向かって吸い込まれていく。
モンスーンは、地上からおおよそ50メートルほど上空にまで登っていくと。そこでようやく、顔に余裕を取り戻し。
自身の居城である巨大な雲の中に。吸い込まれるようにして入っていこうとしていた、まさに、その時だった……。
「ぐぎゃあああああああああぁぁぁーーー!?」
空に浮かぶ巨大な雲の居城に吸い込まれる寸前で。
浮上していくモンスーンの体が、空中にある『何か』に引っかかった。
そのままモンスーンの体は、空から弾き落とされるようにして。また逆さまに地上に向けて降下をしていく。
そして地上に落ちる寸前の所で――。
蛇のように渦巻く、血塗れの赤い鎖によって再び拘束をされてしまった。
「……ふふ。ざんね〜〜ん! 私は絶対に逃さないと約束したでしょう? 臆病なあなたが最後にどこに逃げ込もうとするのかなんて、とっくに予想がついていたわ」
カヌレがニコニコと笑いながら。蜘蛛の巣に引っかかったようにして、空中で赤い鎖にしっかりと拘束されているモンスーンに向かって近づいていく。
よーく、目を凝らして空を見てみると。
モンスーンが逃げ込もうとしていた、空に浮かんでいる巨大な雲の塊の真下には……。
うっすらと赤く見える細い糸のような線が、無数に交差をして網の目のように広がっていた。
どうやらあの女神教の小さな魔女は、空に浮かんでいくモンスーンの体を、空中で切り刻む為の罠を事前に用意していたみたいだな……。
そのくせ、途中までモンスーンに逃げられそうになって。焦っているような、小芝居までしていやがったのかよ。
「さぁさぁさぁ〜! 全て予定通りに進んで、とっても良き良きかなかなよ! これでアスティア様も大喜びして下さるに違いないわ! モンスーン、その体から『魔王種子』を……。あなたの大切なその生温かい『心臓』を! この私によこしなさい〜〜っ!!」
カヌレが勢いよく空に向けて飛び上がる。
そして赤い蜘蛛の巣に引っかかっている哀れな蝶々。身動きの取れなくなっている瀕死のモンスーンの体に向けて、嬉々とした表情で襲い掛かろうとする。
そして………。
”ズシャーーーーーーーン!”
何か鋭利な刃物を持つ武器によって。
人間の体が引き裂かれる音が、空中に鳴り響いた。
上空を見上げると――。
灼熱砂漠の魔王であるモンスーンの体が、真っ二つに横から斬り裂かれていた。
だが、切ったのは女神教の魔女のカヌレではない。
先程まで地上にいた、髑髏の仮面を被った骸骨騎士。
暗黒渓谷の魔王――シエルスタがその手に所持していた大きな鎌を、横薙ぎに払って。
空に浮かぶモンスーンの体を、魔女のカヌレよりも先に近くに寄って。直接その手で斬り裂いたのだ。
「なっ!? シエルスタ!? あなた、一体……!?」
「ぐはああああぁぁぁーーーっ!?」
まだかろうじて息のあるモンスーンが、大量の吐血をして苦しそうに断末魔の叫び声を上げる。
骸骨騎士は自らが持つ大きな鎌によって切り裂いたモンスーンの上半身を、そのまま片手だけで掴み上げると。
そのままモンスーンの体を、自らの手元へとゆっくり引き寄せていく。
「……モンスーンよ。我らがお前の援護をする為に、この場に駆けつけたとでも思っていたのか?」
髑髏の仮面をつけた黒い騎士が、優しい天使のような女性の声音で。
静かに、砂漠の魔王の上半身に向けて語りかける。
「ぐふっ……! 魔王同盟の事……か……よ………」
「――そうだ。我ら3人が結んだ血の誓いを忘れた訳ではあるまい? もし、我ら忘却の魔王が女神教の魔女共に敗れ。その心臓を奴らに奪われそうになった時には……。味方の手によってその心臓を切り裂き、敵には決して渡さぬという血の誓いだ」
「ふっ、忘れちゃいねーよ、バーカ! ……いいぜ、やれよ。俺はもう、この世界には生き飽きたからな……」
「うむ。お前の事は決して忘れはせぬぞ……古き友よ」
「――なっ!? ちょっと、やめなさいよっ!! シエルスタッ!! あなた今、自分が何をしようとしているか本当に分かっているの!?」
カヌレの血塗れの鎖が、一斉にモンスーンの体を掴む骸骨騎士の体に向けて襲い掛かる。
だが……それらの赤い鎖は全て。骸骨騎士の体から放たれた暗黒の球体シールドによって、ことごとく弾かれてしまった。
そして、髑髏の仮面を被った骸骨騎士は……無言でそのまま大きな鎌を静かに振り下ろすと。
手に掴んでいたモンスーンの上半身を、一気に真横に引き裂き。その体から赤く脈打つ、紫色に怪しく光を放つ心臓を取り出した。
体を大きな鎌で切り裂かれたモンスーンの体は、完全に絶命しているというのに……。
その紫色に輝く小さな心臓だけは、ドクンドクンと脈打ちながら、骸骨騎士の手のひらの中でまだ動き続けている。
暗黒渓谷の魔王シエルスタは、女神教の魔女であるカヌレにその紫色の心臓を見せつけるようにして、頭上にゆっくりと持ち上げてみせると――。
”――グシャッ……!”
いきなり、その目の前で。
モンスーンの心臓を、力強く握り潰してみせた。
「あっ、あっ……あーーーッ!?!? な、何て事をするのよーーッ!! この、イカれ骸骨女がああぁぁッ!!」
チョコレート色のドレスを着た魔女のカヌレが激昂する。
あまりの怒りで、顔を真っ赤にしながら全身を震わせて。骸骨騎士であるシエルスタの事を、親の仇のような目で鋭く睨みつけた。
「許さないわ……! 絶対に絶対に許さないっ!! みんな!! カヌレの騎士全員で、この骸骨女を今すぐ八つ裂きにしてやりなさいーーーッ!!」
カヌレの全身から、無数の血塗れの鎖が放たれた。
数百を超える赤い鎖の群れが巨大な大蛇のように。大きな1本の太い鎖の塊を形成すると。そのまま暗黒渓谷の魔王シエルスタに向けて、勢いよく襲い掛っていく。
砂漠の魔王モンスーンが死に絶えて。
すぐさまに、女神教の魔女カヌレと。
暗黒渓谷の魔王シエルスタによる一騎打ちが、まさにこれから始まると思われた……。
その、瞬間だった――。
”ズドドドドドドドドーーーーーーーン!!!”
連続する巨大な爆発音と共に。
カヌレとシエルスタが率いて来たそれぞれの軍勢がひしめく森の中に。大きな爆発が立て続けに巻き起こった。
「――店長、危ないですッ!!」
アイリーンが咄嗟に、俺の体を爆風から守るようにして覆い被さる。
「な、なんなのよ!? この爆発は――!?」
「……………」
まさに一瞬即発の状態だったカヌレとシエルスタの2人も。連続で鳴り響く謎の爆発音と、激しい爆風に吹き飛ばされるようにして――。
モンスーンの死体が転がっている場所から、遥か遠くへと吹き飛ばされていく。
やがて、ようやく大きな爆発の衝撃と轟音が収まると。
俺はゆっくりと目を開けて。静かに周囲の様子を見渡してみた。
連続する謎の爆発音が収まった後には……。
俺達の周辺に立っていた幻想の森の木々は、全て爆発の衝撃で薙ぎ倒されていて。周囲にはまるで、荒野のような酷い惨状に変わり果てた大地が広がっていた。
「――これは、一体………」
空を見上げてみると……。
そこには無数の黒い物体が浮かんでいるのが見えた。
えっ!? アレは……ドローンなのか……?
俺は目を何度も擦ってみるが、間違いない。
空中に浮かんでいる無数の黒い物体は、全てドローンだ。俺のコンビニから出撃させる事の出来る、攻撃型のドローンの形に間違いなかった。
でも俺……。あんなにも沢山のドローンを、一体いつの間にコンビニから空に飛ばしていたんだ?
いいや、そもそも今。俺が所持しているコンビニ支店3号店と4号店は、カプセルにして俺の胸ポケットの中にしまってある状態なんだぞ?
モンスーンとの戦いの途中でコンビニ支店はしまったままで。それから外には一度も出していない。
……という事は、コンビニからドローンを俺は出撃させてはいないという事だ。
モンスーンとの戦いの途中で空に浮かべていたドローンも、そのほとんどが撃墜されてしまったし。ミサイルの残弾も残っていなかったので。空に残された僅かなドローンは、全部そのまま放置させてあったはず……。
今、空を埋め尽くしている大量のドローンの数は……おおよそ300機以上はいそうだ。
こんなにも大量の黒いドローンが、どうして俺の指示もなく。勝手に空の上に浮かんでいるんだろう?
「……アイリーン。あのドローン部隊はアイリーンが操っているのか?」
「いいえ、店長! まさかそんな、私ではありません……! あの黒いドローンは、全てどこか別の場所からここに飛んできたようです」
あのドローンを操っているのは、アイリーンじゃないだって?
じゃ、じゃあ……! 誰があのコンビニ製の『黒いドローン』を操作しているっていうんだよ?
”ズシーーーーーーン!!”
”ズシーーーーーーン!!”
突然、大地を震わせるような大きな振動が鳴り響く。
茶色いドレスをまとった女神教の魔女、カヌレも。
馬上で大鎌を構えて持つ骸骨騎士の魔王、シエルスタも。
丘の上で戦っていた赤い重装鎧を着た騎士達も。シエルスタ配下のスケルトン軍団達も。
そして車椅子に乗って、最初からずっと空中に浮かび続けている謎の魔王……虚無のカステリナも。
この場所に集う全ての人々が――。
遠くからゆっくりと、こちらに向かってくる巨大な『ソレ』の姿を目撃した。
それは……大きな地響きを轟かせながら。
ゆっくりと、こちらに向かって徐々に迫ってきている。
俺は一瞬、『ソレ』が何なのかが分からなかった。
こちらに接近してくるその姿を見て。おれが最初に連想をしたのは……巨大な蜘蛛の形をした魔物だった。
巨大な蜘蛛の魔物が、ゆっくりとこちらに向けて近づいて来ている、と俺には感じられた。
でもよく見ると、それは『蜘蛛』ではなかった。
それは大きな建物だった。それも現代風のコンクリートの外壁で覆われた巨大な建造物だ。
俺がよく見慣れている『ある建物』の外観を、数百倍くらいにデカく巨大化した建造物に……大きな『脚』が生えていて。
それがまるで蜘蛛のように、大地を”歩いて”ここに迫ってきてきたと気付くのには、しばらくの時間がかかった。
接近して来る巨大な建造物の大きさは、全長で100メートルくらいはありそうだ。
その周囲から伸びている、1本1本の脚の長さだけでと50メートル近くはある。
8本の長い脚を交互に動かしながら。巨大建造物は、俺達全員をすっぽりとその巨大な影で覆い隠してしまうように。
俺達全員をを見下ろせる位置でピタリと停止をすると。
そのままそこで、全く動かなくなった。
「……な、何なのよ!? あの大きな化け物は!? 一体どこからここにやって来たの?」
女神教の魔女カヌレが、大きな叫び声を上げて全身をワナワナと震わせている。
その横に立っている暗黒渓谷の魔王シエルスタも。黒い馬の上で、静かにこの場に突然やって来た謎の巨大建造物を地上から見上げていた。
そうか。アレは、女神教の魔女でも正体が分からないような存在なのか……。
だけど、俺がこの時に思った疑問は――。
アレが一体、何なのか? という事ではなかった。
だって俺は、あの巨大な建造物が一体何なのかを既に知っているのだから。
俺がこの世で最も好きなデザインをしている建物。小さな頃からよく通っている、一番お気に入りのお店。
学校帰りにも毎日通っていた、俺の人生にとっては……なくてはならない心のオアシスとなっている場所。エアコン完備の快適空間を常に提供し続けてくれている建物。24時間営業でおにぎりやペットボトルを、深夜でも販売してくれる超便利な街のサービス店だ。
そう、アレは……。
「どうして『コンビニ』が、もう1つ存在しているんだ……? コンビニの勇者のこの俺でも知らないような、全く別のコンビニがこの世界には存在していたというのかよ?」