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第十八話 ティーナとの再会


「――ティーナ!?」



 俺はドア越しに聞こえてきた懐かしい声に、思わずビックリする。



(どうしてティーナが、ここに――?)


 外から聞こえてきた声は、間違いなくティーナだ。

 コンビニの裏口の事も、ティーナなら知っていておかしくない。


 でも、どうして急に……。


 いや、今は理由を考えている場合なんかじゃない。

 本当にティーナがここに来てくれているのなら、早く中に入れてあげないと!



 ――ガチャリ。



 俺は事務所の裏口のドアを急いで開けた。


 開いたドアの先には――。


 フードで顔を隠し、全身を黒いローブで包んだ小柄な少女が立っていた。

 目の前に立つ少女は、俺が扉を開けたことを確認すると。ゆっくりと顔全体に深く覆っていたフードを外す。



「彼方様……お久しぶりです!」


 黄金色の麦畑のように、鮮やかな金髪の少女だ。


 金色の鮮やかな髪が、午後の陽光に反射してキラキラと輝いている。その姿はまるで聖光に祝福された天使のようだ。

 こちらに向けて恥ずかしそうにはにかむ少女の笑顔が、俺には神々しいくらいに輝いて見える。



 ああ……。この純粋無垢な圧倒的ヒロインオーラは、間違いない。


 ティーナだ。

 俺のティーナたんが、目の前にいるんだ!



「ティーナ、一体どうしてここに?」


「彼方様、私……ずっと、彼方様にお会いしたかったです!」



 ガバーーっと!!

 勢いよく、金色のリアル天使に抱きつかれる俺。


 ティーナは俺の体にしっかりと両腕を回し。その小さな顔を深く俺の胸に埋めている。

 社交ダンスみたいに、腰に軽く手を添えて、ってレベルじゃないな。本気で相撲を取れるくらいにガッツリと。俺の体は今、ティーナに力強く抱きしめられている。


(あっ、このリア充感……。久しく忘れていたけど、なんだか懐かしいな)



 最近は俺も、コンビニでずっと働き尽くめの毎日だったからな。


 すっかりお小遣い稼ぎに明け暮れる、バイト戦士みたいな状態になってたし。だからこうして、人肌の温もりに触れるのは、ずいぶん久しぶりな気がする。


 まずは部屋の中に入れてあげないと。

 俺はティーナをコンビニの中に急いで招き入れた。


 俺がこの壁外区で暮らし始めて、もう1ヶ月は経つ。だから、この辺りの治安が基本的にはあまり良くない事も十分に知っている。


 俺はこのコンビニを経営しているおかげか、『壁外区の女神様』なんてみんなに呼ばれたりもしているし。周辺の住民達からは敬われていたりもするけれど……。


 基本、このスラムみたいな壁外区は、住民の多くがまだ貧困に苦しんでいる状態だ。だから窃盗やスリなどの軽犯罪は、毎日のようにどこかで起きているし。治安はかなり悪い無法地帯と言っていい。


 ティーナはカディナの街の中に住む、上級市民だ。


 安全な壁の中で暮らしている上級市民と、壁の外で暮らす住人達とでは、生活レベルに雲泥(うんでい)の差がある。


 だから正直、ティーナのように身なりの良い少女――それも、お金持ちの商人の娘なんかがこの壁外区を1人で歩いていたら。

 胡散臭い連中に、誘拐されてしまうなんて事もあり得るからな。



 ティーナも、その辺は分かっているのだろう。


 だから全身を隠すように、大きな黒いローブやフードを被ってここに来たのだろうし。


「ティーナ、大丈夫か? こんな所に1人でやって来るなんて、誰かに何かされたりはしなかったか?」


「ご安心下さい、彼方様。ティーナは彼方様の為にちゃんと純潔を守っています。彼方様にいつこの身を奪われてもいいように、常に新鮮で美しい状態を保つように日々心掛けていますから」


「そうかそうか、ティーナはいつも偉いな……って、ええっ――!?」



 今……何かとんでもない事を、さらりと仰いませんでしたか、ティーナさん?



 俺がティーナの言葉に動揺して、後方に一歩後ずさったその時――。

 ティーナは僅かな隙を突いて。すかさずまた、俺の身体に腕を回し全身で抱きついてきた。


「うはっ……!」


 今度はさっきよりも、もっときつく抱きしめてきている感じがする。っていうか上半身に当たっている、この柔らかい感触はまさかと思うけれど……?



 むにゅむにゅ。



 あー、うん……。

 これはきっと、アレだな。


 世の男性達にとっては『正義』の代名詞であり。この世で最も尊いとされている、2つの柔らかな膨らみ。


 くっそ……。いかんいかん!

 これは流石に、ダメだぞ。


 こんな感触を生で味わわされたら、俺……。


 絶対に今夜、一睡も出来なくなってしまうぞ! それこそ朝まで煩悩(ぼんのう)の海に溺れて、徹夜で起き続けてしまうかもしれない。



 それにしても、一体何なんだよ?

 ティーナの、この『当ててんのよ』状態は……。


 感触が柔らか過ぎて、もう俺の脳がアイスみたいに一瞬で溶ろけてしまいそうだ。こんなのレベル1恋愛初心者男子が耐えられる限界ラインを、とうに超えてるぞ。


 俺の体にベッタリと全身で抱きついているティーナは、顔に満面の笑みを浮かべていた。



「彼方様……。またこうして彼方様を抱きしめる事が出来て、私は本当に嬉しいです!」



 ああ、そういう事か。

 流石に俺も、この子の事がよく分かってきたぞ。


 俺だってこの壁外区で、だてにもう1ヶ月も1人で生活をしてきた訳じゃない。

 今は周囲の住民達や、ザリルのような奴らとも交流を持っているし。この異世界での常識も、以前よりは遥かに学んだつもりだ。


 俺がティーナと初めて会った時は、余りにも積極的にティーナが肌を触れ合わせてくるものだから。これがこの世界では、男女のスキンシップの常識なのだ、と勝手に思ってしまった。



 でも、今はそうではない事を俺はもう知っている。


 この壁外区の住民達も。

 この異世界で暮らす、一般的な人間の社会常識も。


 ほとんど、俺のいた元の世界とそれほど大差は無い。


 男と女が一緒に外を歩く時も、よっぽどのことが無い限りベタベタと手を繋ぐ事は無いし。24時間ずっと肌を触れ合わせているなんて事はもちろん有り得ない。



 ティーナだけが特別なんだ。

 ティーナだけが、俺に肌をくっ付けてくる。



 いや、この場合は何て言えばいいのかな?


 鈍感で女性に免疫のない俺でも、流石にコレくらい積極的にされると分かるというか。


 まあ、要するにだ。

 ティーナが単純に俺に対して、物凄く好感を持ってくれている。つまりは、俺の事が大好きなんだろう……って事に、今更ながらに気付いた。


 こんなに見た目も性格も完璧な女の子なのにな。


 俺なんかのどこがいいのやら。これはやっぱりアレかな? 命の恩人なので一目惚れをしたとか、そういう感じなのだろうか?


 ただ、そうだとしてもティーナは自分の好きな人に対しては物凄い積極的と言うか……。とにかく俺とず~っと肌を触れ合わせていたいオーラが半端ない。


 ブサメンである俺の体なんかに、好き好んで肌をスリスリとくっ付けてきたがるのは、ウチの家で飼ってた子猫のミミくらいだぞ。

 それが、こんな天空の城から落ちてきたかのような美少女に、肌をスリスリされる日が来るなんて……。



「うっ……、ヤバイ……!」


 なんか、変に意識をし過ぎたせいか。

 顔が妙に火照(ほて)ってきた気がする。きっと柔らかい感触が、直接体に当たっていたせいだ。


 と、とにかく、このままだと非常にマズイ事になる!


「ティ、ティーナ!! その、いったん落ち着こうか。まずは椅子に座ろう! ――ね?」


「ハイ……! 何だかコンビニの中は、我が家に帰ってきたような安心感を感じます。彼方様のコンビニは、私にとっては実家よりも遥かに心の安らぐ場所ですから」



 やっと抱きついていた体を離して。

 事務所の椅子に座ってくれるティーナ。


 でも俺の右手だけは離してくれず。座った後もずっとその小さな手で、俺の手を握り続けていた。


 どうやら体の一部分は、常に俺に触れていないと我慢が出来ないらしいな。


「あれから……もう、1ヶ月近く経ってしまったんですね。すぐに彼方様の元に来る事が出来ず、本当に申し訳ありませんでした。彼方様のコンビニはいつも壁外区の方々に大人気で、なかなか立ち寄れる機会がありませんでしたので」


 まあ、俺のコンビニは営業中はいつも大行列が出来ているからな。


 ティーナのような、身なりの良い女の子がその列に並ぶのはちょっと危険だろう。それで思い切って今日は、裏口を使って訪ねて来た、という事なんだろうけれど。



「……にしても、ティーナがまた俺の所に来てくれるなんて思わなかったよ。いや、もちろん俺もまた会えて嬉しいんだけどさ! 俺がグランデイル国を追放された、っていう噂だって。当然ティーナはもう聞いている訳なんだろう?」



 それは俺がこの1ヶ月間。

 ずっと気になっていた事でもあった。


 俺自身は何もやましい事はしていないし、噂は全て事実無根で、冤罪な事は知っているけれど……。


 一応、強姦だの窃盗だの。有りもしない罪をいっぱい押し付けられ。おまけに『無能の勇者』の肩書きまで無理やり授けられて、国を追い出されてしまった最低の評判の勇者だしな。


 俺はティーナがその事を聞いて、失望しているんじゃないかとずっと気に病んでいた。


 だって、あれだけ『私の命を救ってくれた異世界の勇者様』って俺を慕ってくれていたし。一緒にコンビニの中で寝泊りをして、危険な森の中を2人で歩いた想い出もあったからな。



「はい。グランデイル王国での彼方様のお噂は、私も家で聞きました……」


「そっか。やっぱり聞いていたのか」



 一瞬の沈黙。

 俺は取り繕うように言葉を続ける。



「俺、ティーナにその事を正直に話せなくて。その、本当にゴメン……」



「…………」



 何となく気まずい空気が漂う。


 何て言うか、学校の屋上で告白をして。振られてしまった片想いの学生のような気分だな。


 胸の奥がチリチリとして、締め付けるような痛みが増していく気がした。



「――で、ティーナはどう思った、かな? 俺の事、やっぱりガッカリしちゃった……よな」



 おそるおそる。

 俺がそう尋ねてみると――。



 ティーナは、ニッコリと笑顔を浮かべて、


「いいえ。グランデイルの方々は、本当に人を見る目が無いんですね――って私、つい大声で笑ってしまいました!」



 と、声を上げてクスクスと笑いだした。



「――へっ?」


「フフ……。だってそうじゃありませんか? 彼方様のような偉大な勇者様を、愚かにも『無能の勇者』呼ばわりして国から追放するだなんて。今頃、グランデイルの人々は、自分達が間違った判断をしたと、後悔をしているに違いありません」


「え、えっと……。そ、そうかなぁ」


 自信ありげに笑うティーナに、俺は思わずたじろいでしまう。


 だってそうだろう? 俺にはあの気丈なクルセイスさんが後悔をしている光景なんて、全然想像もつかないからさ。


 むしろ俺を追い出した主犯格である倉持なんかは、厄介者がいなくなって、今頃ニンマリとしていそうな気はする。


「彼方様、コンビニの外をご覧になって下さい。これだけ多くの人々が今、彼方様のコンビニを求めて大行列を作っているのですよ? これが『無能の勇者』様に出来ることでしょうか?」


「ええっと、でも……。それはさ、俺のコンビニが食料や水を安値で売っているからであって、別に俺自身が必要とされている訳じゃない気もするし――」



 ティーナが首を小さく振って俺の言葉を否定する。


「コンビニは彼方様の偉大な能力です。その能力を求めて、みんながここに集まって来ているのです。だから、彼方様はもっと胸を大きく張っていいのですよ? 彼方様の能力は、他のどんな異世界の勇者様よりも遥かに優れた、世界一の能力なのですから」


「せ、世界一って……。流石にそれは、言い過ぎじゃないのか?」


「言い過ぎではないです。彼方様は、本当に凄い勇者様なんです! そして……私の命を救って下さった、世界で一番格好良い勇者様なのですから!」



 ティーナが可愛い顔を真っ赤にして俯いてしまう。


 いや、そんなに顔をリンゴみたいに赤くされてもなぁ……。


 なんだかティーナの言っている事は、ザリルが言っていた言葉と少し似ている気がする。


 俺のコンビニには、無限に食料や水を創り出せる能力がある。そしてそれは、世界の食料危機や争いを全て解決してしまえるくらいに凄い能力なんだって、確かザリルも言っていたけれど……。



 もしかして、ティーナはその事に既に気付いていたという事なのだろうか?


 俺と、約10日間程。ソラディスの森の中を一緒に歩いていた、あの短期間の間に、その事に気付いたっていうのか?


「私は商人の娘です。ですので、他の人よりも『人を見る目』があると思っています」


 ティーナが俺の目をじっと見つめてくる。

 その目はまるで、俺の心の中を全て見透かしているかのようだった。


「彼方様はきっと、ご自分には魔物と直接戦う戦闘能力が無い事――。コンビニに篭って、中で外敵から身を守る事しか出来ない事。だから魔物と戦えない自分には、勇者としての価値が無いのだと、そう思っていらっしゃるのですよね? それでご自分の能力に自信を持てないでいるのですよね?」



「うっ……!」


 なんで、それを……。

 って言うか、それ。全部、図星なんだけど。


「……でも、それは大きな間違いです。過去にも、この世界には多くの異世界の勇者様が召喚されたと聞きます。彼方様の能力は、過去に召喚された勇者様の誰よりも、優しくて温かい恵みを与えて下さる力を持っています。魔物と戦う事は出来なくても、多くの人々を救う事の出来る無限の可能性を秘めています。ですから、どうか胸を張って下さい。素敵な能力を持つご自分の事を、彼方様はもっともっと誇りに思って良いのですから」



 ティーナがニッコリと俺に微笑みかける。


 いつの間にか、ティーナの手は片手だけではなく。

 俺の両手もガッチリと握っていた。



 アレ……。

 一体何なんだろう。この感じ。



 なんて言うか。

 今、俺の顔は少し紅潮しているのかもしれない。


 少しだけ気恥ずかしいというか――。

 うん。何とも今、居心地が悪いような。



 そうか。これはきっとそういう事なのだろう。



 俺はティーナの事を……心の中でずっと子供のように扱っていたんだ。


 馬鹿みたいに『ティーナたん』だなんて。

 心の中で気持ちの悪い呼び方まで勝手にしていた。


 もしかしたら、俺の事を慕ってくれている、異世界の金髪美少女キャラくらいの認識でしかなかったのかもしれない。


 でも、ティーナは俺なんかが思っていたよりも、ずっとずっと大人だった。


 俺みたいな精神年齢の低い子供(ガキ)とは全然違う。こうして、俺が話しづらくてずっとティーナに隠していた事も。心の中で抱えていたモヤモヤも、独りよがりの劣等感も。



 全部、全部。

 ティーナは見透かしていたんだ。



 元々、年齢だって1歳しか違わないしな。


 俺の方が1歳だけ年上らしいが、今の俺には、ティーナの方が、ずっとお姉さんのように感じられる。


 俺が直接話さなくても、ティーナは俺という存在の事を、ずっとよく見て。観察をして。そして理解してくれていた。

 

 俺が魔物と直接戦う事の出来ない勇者だと言う事も。

 そしてその事を、コンプレックスに感じている事も。


 本当はティーナを守ってやれる力なんて何も無くて。たまたま一緒にコンビニに隠れていたら、ラッキーで盗賊や魔物達が勝手に逃げていってくれた事も。



 全部全部、ティーナは知っていたんだ。


 あの時、コンビニの中で盗賊達に怯えて震えていたティーナの体を俺が抱きしめていた時……。

 俺も一緒になって震えていた事を、ティーナは全部理解していたのだろう。


 だから俺は今、何だかもの凄く気恥ずかしい。


 さも俺がティーナを救った格好良い勇者みたいに。まるでお兄ちゃん気取りでティーナに、今まで俺はずっと話しかけていたのだから。


 命を助けられた少女の方がずっと、自分を助けてくれた勇者がどの程度の力の持ち主で……。

 そして、コンビニの中で1人で焦ったり、切羽詰まったりしながら。必死にもがいてたのを、全部理解していたって事なのかよ。


「ハハ……。何だか、お姉ちゃんに励まされている弟になった気分だな。ありがとう、ティーナ。少し胸の奥が楽になった気がするよ」


「彼方様が望むのでしたら、私はお姉さんキャラにでも、妹キャラにでもなりますよ? 何も勝手の分からない異世界に、彼方様は突然召喚をされてしまったのです。この世界の事に戸惑うのは当然です」


 ティーナは俺の両手を握りながら、今度は額をコツンと、俺の頭に優しく重ねてくる。


「……でも、私は何があっても彼方様の傍にずっといます。これからもずっと彼方様の為に尽くして参ります。私がこうして今も生きていられるのは……。あの時、ご自分が盗賊達に殺されてしまうかもしれないという恐怖を乗り越えて。震える私をずっと抱きしめてくれていた、彼方様のおかげなのですから」



 俺の手を握るティーナの握力が強まる。

 


 そしてそのまま、ゆっくりと目を閉じる――。

 ティーナの小さな唇がそっと、俺の唇に近づいてきて………。




 えっ!?



 いかん、いかん!



 もしかしてこの甘い雰囲気は、『あの行為』に繋がる流れなんじゃないか?

 恋人達が口と口を触れ合わせるという。リア充達にのみ神が許された、あの聖なる行為にっ!!

 



 ……それは、まだダメだっ!!

 俺は心の準備が全然出来てないし。


 多分、さっきツナマヨおにぎりを食べたから。海苔とかシーチキンとかが、思いっきり歯の間に挟まっているかもしれないし……! 歯も磨いてないから、息も臭いだろうし!



 だから今は、それはまだダメなんだ! 


 まだ、俺達に『キス』は早過ぎる!

 ここは緊急避難をしないといけないな。



「――きゃっ!!」


 俺は目を閉じて顔に迫ってきていたティーナの体を、そっと引き離した。


「さっ、さあ、そろそろ休憩時間も終わりだしな。は、早く、店を開店させないと……。外の客もみんな俺を待っているだろうし」



 俺は慌ててその場で立ち上がる。


 いやいや。臆病風に吹かれたとか、そんなんじゃないからな。


 実際にもう開店の準備をすぐにしないと、間に合わなくなるし。商品の補充とか、店内の掃除とか、俺にはやる事がいっぱいあるんだからな。うんうん。




「………チッ」




「えっ!?」



 ――今。


 軽く舌打ちをしませんでしたか? 

 ティーナさん?



 いや、きっと。


 俺の勘違いだろう……。こんなに可愛い少女が、まさか舌打ちなんてね。アハハ。



「――どうかなさいましたか、彼方様?」


「いや、何でもないよ。うんうん、何でもない!」


 俺が苦笑いを浮かべるしかない。

 ティーナは満面の笑みで、こちらに微笑み返してくれている。


 うん。やっぱこんなに天使のような笑顔を浮かべる少女が、舌打ちなんてする訳ないよなぁ……。はははっ。


 きっと俺の勘違いだよ、多分。

 俺は取り繕うようにその場で笑い続けた。


「……そうだ、彼方様。コンビニの開店作業を私にも手伝わせてもらえないでしょうか?」


「ティーナが? 別にそれはいいけど。大丈夫なの? 実家の親父さんとかけっこう厳しそうだったし。門限までに戻らないといけないとか、そういうのはないの?」


「私なら大丈夫です。お父様にはしばらく家を空けて、他店舗に泊り込みで、商いの修行に出て参りますと伝えていますから。アドニスも上手く口裏を合わせてくれていますので、数ヶ月はここに滞在出来ます」



 なんだ……と。


 今、泊り込みって言ったのか? それも数ヶ月はOKだと? それ、俺の聞き間違いじゃないよな。


「ハイ。また彼方様と一緒に2人でコンビニで暮らせますね。私、一生懸命彼方様のコンビニの経営のお手伝いをさせて頂きますから、どうかこれからもよろしくお願い致します!」



 ティーナが上目遣いにニコッと笑う。


 な、何という極上の天使スマイルなんだ。


 そして、その笑顔には俺が断るという拒否権など絶対に認めないという、恐ろしい迫力が込められている気がする。



 やはり、ティーナ……。この子は俺が思っていたよりもずっと頭が回る、狡猾な戦略を立ててくる子なのではないだろうか? 何もかも計算づくの行動というか、ずる賢いというか。



「――私、彼方様がこの壁外区でコンビニを経営する姿を見ていて、幾つか課題がある事を見つけてしまったんです!」


「俺のコンビニに課題? えっ、それはどういう事?」


 何か聞くのがちょっとだけ怖いなぁ。

 ティーナは俺なんかより、ずっと頭が良さそうだしなぁ。


「ます第1に、圧倒的な人手不足です。コンビニを求めてくる客の需要に、供給が全然間に合っていません。この場合は品揃えや商品の不足という意味ではなく、単純に商品をお店に陳列させたり補充する、労働力の不足……という意味ですけれど」


 う……。それは、確かに……。


 いや、俺だってそれはずっと思っていましたよ。店員が俺1人だけなんて、無理があるし。


 毎日何千、何万というお客がやって来るのに。仕入や補充、レジ作業まで全部俺1人で回している状態だ。物理的にも無理がある状況がずっと続いているのは俺も理解している。



 それは分かっちゃあいるんだけど。


 どうしようもないんだよ。

 だって――。


「……だって、信用のおけない異世界の人々を、コンビニの従業員として雇う事には不安があるから。彼方様はきっとそう考えておられるのですよね?」


「はうぅ!? どうしてそれを!」



 やばっ! ビックリして変な声が出ちまった!


 一瞬俺の心の中が覗かれたのかと、かなり焦ったぞ。


「彼方様のコンビニの商品発注の仕組みは、この世界の人々には内緒にしている。でも実際には、この事務所のパソコンで発注ボタンを押す事によって、無限に異世界の食料品を増産することが出来ます」


 ええっ……? あ、そうか!


 俺はティーナと一緒に過ごした時に、商品の発注とか、コンビニの仕組みを全部教えていたんだっけ。


「……ですが、その仕組みをみんなに教えてしまう訳にはいきません。もし教えてしまえば、お金を求めずとも大量の食料が無限に作り出せる仕組みがバレてしまいますから。中にはその能力を悪用しようとしたりする人々も出てくるでしょう。彼方様のコンビニの謎を探ろうと、今も監視している人は周りに沢山いるようですし」



 な、何という鋭さ……。

 でもまあ、確かにそこなんだよなぁ。


 別に俺はただ、この世界の人達とコミュニケーションを取りたいと思って、この商売を始めた訳なんだけど。


 ザリルとか、胡散臭い連中も周囲にはたくさんいる訳だし。別に俺自身は貧困地域や、世界の食糧難の地域の人々を救う為にコンビニを開いた訳ではない。


 だから俺のコンビニの商品発注の仕組みは、他の人には積極的には教えたくないという気持ちがあった。


「――ですので、人手が足りないという状況にも関わらず、お店を手伝ってくれる人を募集出来ない事情が、彼方様にはある訳です。そうなると、私以外に彼方様のコンビニを手伝える適任者はいない、という事になりますよね?」



「ううっ……。それは……」



 ハイ。もう降参します。無理です。


 この子は、俺の事を何でも知っています。

 むしろ俺以上に、俺の事もコンビニの事も全て熟知しています。


「……そうだな。ティーナは、俺のコンビニの事を何でも知っているし。信頼も出来る子だから、コンビニを手伝って貰っても、確かに大丈夫な気はするな」


「ハイ! 私は彼方様のことなら何でも知っていますからご安心下さい! 彼方様が時々、私の事を”ティーナたん”って呼んでくれる時は、少し呼吸が荒くなっていて、私を性的対象として妄想して下さっている時なんだって事も。彼方様の背中の腰周りには小さなホクロがある事も。元の世界の”メイド”という人達の事を話してくれる時は、いつも目が輝いている事も。私の手を握って下さる時は、いつも緊張していて、冷や汗をたくさん流している事も。事務所のベッドに私を寝かしつけた後で、いつも『いかん、いかん。我慢、我慢だ』……って独り言を呟いている事も。私はぜーーんぶ知っていますから、ぜひ、ご安心して私に全てを任せて下さいね!」




「全然、ご安心出来なーーーーーーい!!!」





 はぁ……。はぁ……。



 何だか、もう俺……ティーナさんのことを、今までと同じ目では見られない気がしてきたよ。


 うん、これからはティーナの事は『さん』付けだな。もちろん、俺の心の中での話だけれど。



「わ、分かった……。もし、ティーナがいいのなら、俺のコンビニでこれから一緒に働いて欲しい。正直に言って、本当に休む暇もないくらいに超忙しいけれど、大丈夫か?」


「ハイ。ありがとうございます! 私、一生懸命に頑張ります! 商人にとって『忙しい』は、最高の褒め言葉ですから、私、全力で頑張らせて頂きますね!」



 そして、またギュッと抱きしめられる俺。


 いや、もう予想はついていましたから、今回はドキッとしなかったよ。



 まあ、そういう訳で。


 これからはティーナさんが、俺のコンビニで一緒に働いてくれることになりました。


 本当に人手不足をどう解消しようか悩んでいた所だったし。ティーナさんなら信頼出来るから、きっと大丈夫だと思います。


 信頼がおけなくなったのは、どっちかと言うと俺の自制心の方だな。

 正直、ティーナさんとこれから一緒に暮らすとなると……。色々と俺が我慢出来るのか、少し怪しくなってきた気がする。


 だって、こんなにも積極的にアピールしてくる子は俺の人生で初めてだからな……。

 おまけに”超”が付くくらいの美人な訳だし。


 まあ、そこは何とか頑張ってみるしかないか!


 魔王がいつ倒されるのかは、まだ俺には分からないけれど……。戦闘能力のないコンビニの勇者の俺が、その時まで有意義にこの世界で時間を過ごせられるのなら。



 今は、それでいいような気もするしな。



「はあ〜。でも、俺。絶対にティーナに攻略されてしまう気がするなぁ〜。っていうか、もう精神的に陥落寸前だし……」



「何かおっしゃいましたか、彼方様?」


「いいえ! 何でもないです、ティーナさん! ……じゃなくて、ティーナ! うん。何はともあれ、これからもよろしくな!」

 

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外れスキルコンビニ
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異世界人がキャラなんて言葉使うかな
[気になる点] 風呂は? [一言] 体拭くとしても水しかないよね? お湯作れないよね?
[一言] うん、主人公がいちいち鬱陶しいから ティーナくらい強引な方が助かる(笑)
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