第百七十九話 カヌレの騎士
『『うおおおおおおおおーーーーーーーッ!!!』』
チョコレート色のドレスを着た少女の後ろに控える、ピンク色の重装鎧を身にまとった騎士達が、一斉に大剣を空に向けて構える。
そして最前列に整列をしていた、おおよそ100名ほどの騎士達が、大空に向けて大跳躍を開始した。
な、なんだ……あのピンク色の騎士達の動きは!?
空高くにまで大ジャンプをした、ピンク色の騎士達は……。骸骨騎士の外見をしている、忘却の魔王が引き連れてきた骸骨歩兵の軍勢に向けて。空から一斉に、降り注ぐようにして襲い掛かっていく。
その光景はまるでバッタの群れが、農作物に一斉に空から飛び掛かっていく姿にも見えた。
しかもあのピンクの騎士達。全員が長さ3メートル近くはある、十字架の形をした巨大な大剣を両手に持っているぞ。
巨大な剣を怪力でバッサバッサと振り回しながら。ピンク色の騎士達は、丘の上にいるスケルトンの軍勢に一斉に斬りかかっていく。
あんなにも重そうな、重量級の鎧と巨大な大剣を装備しているというのに。あの騎士達は、空中をピョンピョンと自由自在に飛び跳ねて。あのバカでかい十字架剣を縦横無尽に振り回していた。
そして、圧倒的なパワーで10倍近い戦力を持つ骸骨歩兵達を、次々となぎ倒していっている。
いや、あの騎士達マジで強すぎだろう……。
1人1人が凄まじい身体能力を備えた、超人集団みたいな連中じゃないか。
あまりの凄さに、ついついピンク色の騎士達の姿に見惚れてしまっていたけれど。
俺はすぐに対峙をしている砂漠の魔王、モンスーンの方へと視線を戻す。
モンスーンは、赤い血の色をした鎖に首をグルグル巻きにされて。激痛に悶えて、声さえもまともに発する事の出来ない状態にまで追い込まれていた。
あのモンスーンが、全く抵抗出来ないなんてあり得るのかよ……。
それこそ『うおおおおおぉぉぉー!!』って大声で雄叫びを上げて。自慢の怪力で鎖なんて、余裕で引き千切ってしまいそうな猛獣だというのに。
そんな砂漠の魔王が、今は体を小刻みに震わせながら。
水辺で溺れて窒息しそうになっている小動物のように、苦悶の表情を浮かべて激痛に耐えていた。
モンスーンは、体を痙攣させながら息も絶え絶えに。
わずかに小さな呻き声を、喉から必死に搾り出す。
「……こ……この世全ての理を覆し……。大地の嘆きと渇きを癒せ『慈愛の回復豪雨』……ッ!」
首を赤い棘付きの鎖に繋がれ。
全身の切り刻まれているモンスーンが、呻くようにして小さく叫ぶ。
その見た目の様子には、先ほどまで俺と敵対していたような自信と余裕は微塵も感じられない。
マジで今にも死に絶えそうなくらいに、弱りきった表情を浮かべていやがる。
マジでモンスーンの体を拘束している、あの赤い鎖は一体何なんだ? 何か特殊な対魔王用の猛毒でも、塗られていたりするのだろうか?
苦しそうに悶える、砂漠の魔王の呼びかけに応じて。
空から大量に、青い光のシャワーが降り注いできた。
この青い光の雨を浴びれば、モンスーンは自身の傷を癒し完全回復する事が出来る。
それは空から降ってきたコンビニに体を押し潰されて、バラバラに砕け散ってしまったとしても……。砕けた肉体を全て元通りに修復出来るほどの、驚異的な復元力を持ったモンスーン専用の癒しの雨だ。
「――対『筋肉バカ』用、降雨阻害ネットを射出! 空から降り注いでくる青い水を、全て弾き飛ばしちゃいなさい!」
チョコレート色の少女の号令と共に。
後方に控えるピンク色の騎士団から、大砲のようなものが火を噴いた。
移動式の大砲台から空に向けて、黒い大型のネットのようなモノが射出される。
それはモンスーンの上空で炸裂して、蜘蛛の巣のように広範囲に広がると……。
空から降り注いでくる青い光の水を、車の防水シートのように、地上に降り注ぐ前に全て弾き飛ばしてしまった。
「ぐぅおがあああああッッッーーーー!?」
頼みの綱だった、空からの恵みの雨を浴びる事が出来ずに。赤い血の鎖に繋がれたモンスーンが、更なる激痛で苦しみ悶える。
その体をよく見ると、モンスーンの体を拘束する赤い鎖の数は更にその本数を増やしていた。
合計で20本近い、見た目の刺々しい……。まるで拷問で使われるかのような禍々しい形をした鎖がモンスーンの全身に巻き付き。その体をスライサーのようにして、ゆっくりと削り続けていく。
俺がその光景を見て1番驚いたのは……。
その血濡れの真っ赤な鎖は、全てチョコレート色のドレスを着た小さな少女の座っている足元から放たれている事だ。
丘の上にいる2人の忘却の魔王達とは、反対方向に陣を構え。
この場でただ1人だけ。白い大きな日傘の下で優雅に椅子に座り。コーヒーカップを片手に戦場でコーヒーブレイクタイムを楽しんでいる童顔の少女。
あの少女はたしか、さっき自分の事を――女神教の『魔女』だと名乗っていたよな。
……という事は、あのチョコレート色の瞳の色をしている小さな少女が、血の色をした鎖を全て操っているのかよ。
あの鎖は女神教の魔女が持つ特殊な能力か何かなのか? 女神アスティアから魔王種子を授けられ。『不老』の存在になっている女神教の魔女に、俺は枢機卿以外では、この世界で初めて出会った訳だけど……。
「……女神教の魔女っては、あんなにも規格外に強い存在なのかよ。あの茶色い少女はたった1人で、モンスーンの野郎を完全に圧倒しているぞ……」
「ぐおおがああぁぁあああぁッッ――!!」
砂漠の魔王モンスーンの首をキリキリと締め付けながら。
チョコレート色の魔女はコーヒーカップを片手にして。椅子に座りながら、部下の騎士達に対して次々と指示を飛ばし続けている。
「――次は、対『虚無の魔王』用、閃光弾を発射させるのよ! ……いい? 虚無の魔王を視界に入れては絶対にダメよ。どうせ、あの子はこちらには手を出してこないわ。カヌレの騎士は全軍、暗黒渓谷のシエルスタ配下のスケルトン兵だけに攻撃を集中させる事。そしてそのまま骸骨女を牽制しなさい。その間に私が、モンスーンをちゃっちゃと狩っちゃうから!」
ピンク色の重装騎士団の後方に配置してある大砲から。今度は眩しいくらいに強烈な光を放つ、閃光弾が連続で発射される。
閃光弾は、スケルトン軍団を蹴散らしている大剣を持った赤い騎士達の上空で炸裂すると。
大きな爆発音と共に、まるで太陽のような輝きを放つ光の照明が上空に無数に照らされた。
照射された光のあまりの眩しさに、俺は目を開ける事さえも困難な状態に陥ってしまう。
くそっ、何だよあの光は……。
閃光弾の光が眩しすぎて、丘の方角を直視する事が出来ないぞ。
だが、そんな状況にあっても。
ピンク色の鎧の騎士達は一切動きを止める事なく。丘の上のスケルトン兵達を、次々と十字架の大剣で蹴散ら続けていった。
顔まですっぽりと覆う分厚いピンク色の鎧を着込んでいるから、その中身はよく分からないが。
どうやらあそこにいる騎士達は、その鎧の仮面の下に何かサングラス的な物でも装備しているのかもしれないな。
でないと、あんなにも眩しい光に包まれている場所で、縦横無尽に動き回れる訳がない。
「……店長、まだ状況は正確にはわかりませんが、ここはいったん、私達は後方に下がった方が良いかと思います」
女神教の魔女が引き連れてきた騎士達と、忘却の魔王配下のスケルトン達が戦っている光景を見つめていたアイリーンが俺に声をかけてきた
「ああ、どうやら女神教の魔王討伐部隊と、モンスーンの援軍にきた忘却の魔王達が戦っているみたいだけど。ここはいったん後方に下がって、戦いの様子を見守っていた方が良さそうだな」
唯一、俺とアイリーンにとっては幸いな事に。
ここに駆けつけてきた女神教の魔女の軍勢も。
モンスーンの応援に駆けつけてきた忘却の魔王達も。
コンビニの勇者であるこの俺の存在には、あまり興味が無かったらしい。
もちろん戦いの決着がついた後で。今度はいきなりこっちに襲い掛かってくる可能性も、十分にあり得るだろうけどな。
どちらかといえば今の俺達は、台風の目の中にいるような状態だ。
戦っていたモンスーンは、茶色い魔女の赤い鎖に捕われて身動きが取れなくなっているし。モンスーンの援護に駆けつけた他の魔王達も、魔女が引き連れてきたピンク色の騎士達と現在は交戦中だ。
俺とアイリーンは、赤い鎖に繋がれている苦しんでいるモンスーンからは一度、距離を取って。安全な後方にまで下がる事にした。
それにしても……。さっきまで俺達はあのモンスーンと死闘を繰り広げていたというのに。
あれだけ規格外の強さを誇る、化け物のモンスーンの野郎が――。向こう側で椅子に座っている、女神教の『魔女』を名乗る小さな少女が放つ無数の鎖によって。
こんなにも一方的に追い込まれてしまっている状況に、改めて俺は驚きを隠せない。
見た目だけなら、うちのティーナと同じくらいの背格好をしている見た目の可愛い童顔の少女なんだけどな。
茶色い魔女の女の子は、あの無敵の復元力と圧倒的なパワーを誇るモンスーンを完全に圧倒している。
女神教の魔女が、こんなにも恐ろしい連中だったなんて……。
それともあそこでコーヒーカップを持って優雅に椅子に座っている少女だけが、魔女達の中でも特殊な存在なのだろうか?
もし、魔女が『魔王』をも圧倒する強さをを持っているの存在なのだとしたら。
そもそも、異世界の勇者に魔王を倒させる必要なんて無かったんじゃないのか? あの魔女1人だけで十分、魔王達と戦えると俺は思うぞ。
しかも女神教の魔女ってのは、この世界にはたしか複数人は存在しているんだろう?
俺としては、魔王領に住む忘却の魔王達の存在よりも。
あのチョコレート色のドレスを着て。血塗れの鎖を操っている小さな魔女の方が、コンビニ共和国にとってより脅威な存在に感じてしまった。
なにせ枢機卿を始めとする女神教の連中は、コンビニの勇者の命を付け狙う邪悪の根源みたいな奴らだからな。
召喚した異世界の勇者達を苦しめ。闇堕ちさせて魔王を作り出しているのも、女神教の裏で暗躍する魔女達の仕業らしいし。その女神教に所属をする魔女が、あんなにも恐ろしい力を持っているのだとしたら……。
コンビニ共和国陣営に所属するみんなの未来にとって、これほど脅威な事はない。
なぜなら、今はあの茶色い魔女は……モンスーンや、忘却の魔王達を退治する事に夢中になっているみたいだけど。
いずれはこの俺や、コンビニ共和国に所属する勇者達みんなの敵として、襲い掛かかってくる可能性が高い。
もし、そんな事になった場合……。俺達は、本当にあそこにいる女神教の魔女と互角に戦うような事が出来るのだろうか?
「――て、店長……危ないですッ!!」
「えっ、どうしたんだ、アイリーン?」
突然、アイリーンが黄金剣を抜いて。鬼気迫る表情で俺の方を真っ直ぐに見つめながら身構えていた。
俺はアイリーンが真剣に見つめる視線の方向の先――。
俺の背後を、ゆっくり振り返ってみると……。
「うぉおあああああーーーっ!?」
俺の後方には――。
いつの間にかに、白い椅子が置かれていて。
そこにはコーヒーカップを手にした。茶色いドレスを全身に着た、小さな少女がちょこんと腰掛けていた。
「こんにちは、コンビニの勇者さん。私は女神教に所属する武闘派の魔女。右手中指のカヌレと申します。初めてお会いしますけど、これからよろしくお願いしますね!」
白い椅子の手すりに付いている、ドリンクホルダーにコーヒーカップをゆっくりと置き。
目の前の少女は椅子から、ゆっくりと立ち上がると。スカートの裾をつまみながら、腰を落として優雅に俺に挨拶をしてきた。
えっ……!?
いつの間に、この少女はここに来たんだ。
この子は、ついさっきまでは向こう側にいて。
モンスーンと戦いながら、配下のピンク色の騎士達に指示を与えていたはずなのに。
アイリーンが咄嗟に警戒をして剣を構えるが。
俺の背後にいる女神教の魔女に手を出す事は、もう出来ないだろう。少女は既に至近距離にまで接近をしてきていて、俺のすぐ間近に立っている。
もし、こんなに近くにいる少女に手を出したなら。
モンスーンと同じように。俺達2人も、この魔女の赤い鎖によって拘束をされてしまうかもしれない。
カヌレと名乗った茶色いドレスの少女の足元からは、無数の赤い鎖が少女の体を守るようにして。まるで大蛇のように、白い椅子を中心に渦を巻くようにして伸びている。
その真っ赤な鎖の一部は、今もなおモンスーンの体を向こう側でキツく縛り上げていた。
「――お、お前は……一体?」
俺はあまりの驚きで、金魚のように口をパクパクとさせながら。喉の奥から搾り出すように驚きの声を漏らす。
「そんなに緊張をしなくても大丈夫ですよ、コンビニの勇者さん! 私は魔王を狩るのが専門の魔女なんです。今回は、あそこにいる野良魔王達を狩る為にここに来ているので、あなたには手を出しません。――ただ、枢機卿様がご執心のコンビニの勇者さんがどんな人なのか。直接確認をしてみたくて、ここに来てみただけですから。でも、うんうん。想像よりもずっと強そうだし、とっても良き良きかなです!」
カヌレと名乗る背の低い小さな魔女が、可笑しそうにクスクスと笑った。
この魔女は、あのモンスーンに攻撃を加えながら。
ついでにこの俺の様子も見に、ここまで来たっていうのかよ。
コンビニの勇者と女神教が、ずっと敵対をしている事は知っているだろうに。
それほどまでに自分の力に自信があるという事なのか?
最悪、砂漠の魔王モンスーンと。コンビニの勇者であるこの俺と、そしてその守護者のアイリーンの3人を一度に同時に相手にしたとしても。この小さな魔女は勝てる自信があると思っているという事なのだろうか……。
そんな女神教の小さな魔女の元に。
ピンク色の鎧を来た騎士の1人が、大慌てで駆け寄ってきた。
「大変です、カヌレ様! 突撃部隊のシャルルと、パリアンヌの2名が敵の骸骨歩兵の攻撃を受けて、手傷を負ってしまったそうです!」
部下からの報告を受けたカヌレが、その場で大きく目を見開くと。口に含んでいたコーヒーを『ぷふぅ〜〜っ!』っと部下の騎士の顔に向けて大量に吹きこぼした。
「なんですって!? それは大変だわっ……! シャルルとパリアンヌの2人は、大至急戦場から離脱させるのよ! 護衛をそれぞれ10人ずつ付けて、急いでパルサールの塔にまで避難させなさい!」
カヌレは顔を真っ赤にして、心配そうに自分の部下の身を案じている。
「――いい? カヌレの騎士団からは1人たりとも戦死者を出す事は、この私が許さないわよ! 敵に負けて死んだりでもしたら……。そいつのお墓に、この私が毎日通って、新鮮な赤い花をお供えしながら墓前で大泣きをしてやるわ。そして、ご遺族の皆様には豪勢な料理を振る舞って、私が夜……眠りにつく前に、毎晩そいつの名前を口にしながら星空に向かって祈り続けるんだから! そんなつらい罰ゲームを受けたくなかったら、絶対に誰も死んだりなんてしない事! この事をちゃんとみんなにも伝えなさいよね!」
「……畏まりました。我らカヌレの騎士団は、カヌレ様の為に喜んでこの命を捧げさせて頂きます!」
「ちがうの〜〜! だ〜か〜ら、それは絶対にダメなのよ! とにかく、私の騎士団からは誰1人として戦死者が出る事は許さないんだからねー!」
小さな魔女様が地団駄を踏んで。
プンプンと可愛らしい仕草で怒っていた。
一体なんなんだよ、この連中は……。
正直、よく分からない奴ばかりみたいたけど。女神教の魔女とそれに付き従う連中っていうのは、みんなこうなのか?
「……じゃあ、コンビニの勇者さん! 私はそろそろ行くわね。あそこにいる砂漠の魔王をちゃっちゃと退治して。私はアスティア様の為に、『魔王種子』を手に入れないといけないの。また出会う事もあると思うけれど、その時はよろしくねー!」
女神教の魔女、カヌレが俺に手を振ってゆっくりと歩き出す。
その手には、大きな白い日傘を持ったままだ。
……正直、あんな格好で本当に戦闘が出来るか、ってくらいの姿だけど。
カヌレという少女は自信満々に。赤い鎖に拘束されたモンスーンの近くへと歩み寄っていった。
「さあ、モンスーン。お久しぶりのこんにちはね! あなたとこうして面と向かって顔を合わせるのは、400年ぶりくらいになるのかしら? あなたって、私が来るといっつもすぐに尻尾を巻いて逃げちゃうでしょう? でも、大丈夫! 今日は絶対にあなたを逃さないから! 転移魔法が得意な部下のソシエラもいないみたいだし。今度こそ、あなたも終わりね! あぁ、今日は本当に良き良きかなかなの日だわ!」