第百七十五話 幕間 コンビニ大合戦その⑤
「……なっ、一体何なのですか!? あの光景は!?」
世界連合軍と、コンビニ共和国軍との戦争が開始されてから――今日で3日目。
それは、まだ朝日が昇り始めたばかりの早朝の時間帯だった。
最前線の騎士達から、緊急の連絡を受けて。急いで前線に駆けつけたカルタロス王国女王のサステリアは、そこで驚愕の光景を目にする事となる。
世界連合軍の前に広がっていた、そのあまりにも不可思議な光景とは……。
魔王城からの攻撃によって、地面に掘られた大きな穴の向こう側――。
敵と真正面から向かい合っている最前線の戦場で。コンビニ陣営の住人達が楽しそうに歌を歌い。豪勢な食べ物を食べながら、昨日に引き続き賑やかな宴会を楽しんでるようだった。
……だが、その怪しげな宴が開かれている光景には、昨日までとは決定的に異なっている点が1つある。
それは、昨日……空から降りてきた謎の『巨大な手』に掴み上げられて。強制的に連れ去られてしまった、カルタロス王国軍の若い騎士達が、その宴に参加をしていたのである。
彼らはコンビニの魔王軍の住人達と一緒に、その怪しげな宴会に参加をして。この世のものとは思えないような、幸せな顔を浮かべていた。
若い騎士達は全員、魔王軍側の住人達と肩を組んで笑い合い。敵の陣地の中で、見た事もない豪勢な食事を食べて。黒いシュワシュワと泡を吹く謎の飲み物を一気に飲み干しながら、楽しそうに笑っている。
昨日まで仲間であった味方の騎士達が、敵と一緒に怪しげな宴会に参加しているという、信じられないような光景を目撃して。
カルタロス王国軍に所属する騎士達は、全員が恐怖の表情を浮かべ。その場で体を震わせながら、すっかり怯えきってしまっていた。
まさか魔王軍には、敵を瞬時に洗脳してしまうような恐ろしい毒薬でも存在しているのだろうか……?
それとも自分達には想像もつかない、恐ろしい拷問の方法があるとでもいうのだろうか?
たったの一晩で。未来あるカルタロス王国の若き騎士達を、あのように不気味な笑顔で笑い合う、まるで廃人のような姿へと変えてしまう事が出来るだなんて。
もし自分達も、あの空から降りてくる巨大な手に掴まれて。魔王軍に拉致されてしまったなら。
きっと世にも恐ろしい拷問を受けさせられて、夜通し地獄の苦痛を味あわされるに違いない。
そして精神を完全に崩壊させられて、身も心も魔王に服従するように洗脳されてしまうのだ。
真っ青な顔で怯え、完全に戦意を喪失してしまうカルタロス王国軍の騎士達。
そして戦場の最前線では、変わり果てた騎士達の光景を目の当たりにして。全身をガクガクブルブルと震えさせながら、完全に身も心も萎縮してしまっている、1人の若い女性が立っていた。
その人物は、ここまで気丈な態度でこの遠征に挑み。
人類を勝利へと導こうと、強い覚悟で皆の先頭に立ってきたカルタロス王国の新女王――サステリア・カルタロスの姿であった。
「そんな……! これでは、あまりにも酷すぎるではないですかっ! こんなにも恐ろしい事が、この世で許されるはずがありません! ああっ、女神様! どうか、どうか私達をお助け下さい……! ううっ……!」
サステリアの震え方は、尋常ではなかった。
もはや自国の騎士達の視線を気にする事さえなく。目には大粒の涙を浮かべながら、わんわんと泣き叫んで、その場で泣き崩れてしまう。
サステリアの狼狽ぶりは、あまりにも異常だった。
心配したカルタロス王国軍の幹部達は、怯えて精神が限界に達してしまっている若い女王をこれ以上、味方の騎士達の目に触れさせないようにと……。
慌てて後方の宿営地にまで連れ帰る事にした。
カルタロス王国軍の幹部達は、若い新女王――サステリア・カルタロスの初めての戦いは、どうやらここまでのようだと理解した。
若い女王は、きっともう……。
これ以上、戦場には立てないであろう。
元々まだ21歳という若さで、20万人を超える遠征軍の総大将を務めるという……。身の丈に、全く合っていない重い重責を背負わされてしまっていたのだ。
遥か後方に陣を構え、一度も今回の戦闘に参加をしてこないバーディア帝国をはじめ。カルタロス王国の若い女王の指示に、全く従おうとしない者達も連合軍には数多く存在していた。
それでも、ただただ世界を平和へと導きたい……という、強い情熱と使命感だけを頼りに。
サステリアはここまで平静を装って、必死に1人だけで頑張ってきたのである。
きっとその真面目で優しすぎる性格が、今回の件で大きなダメージを負ってしまったのだろう
昨晩、サステリアは行方不明となった自国の若い騎士達の安否を心配して。信仰する女神様に、騎士達が無事である事を願う祈りをずっと捧げ続けていたという。
それが、まさか……。
全員、あのような不気味な姿へと変わり果ててしまい。敵の住人達と仲良く宴を楽しんでいる状態で確認されてしまうとは、思いもしなかったに違いない。
おそらく彼らは魔王軍によって、恐ろしい拷問を一晩中受け続けたのだろう。それはきっと、世にも恐ろし苦痛とおぞましい毒物を何度も体内に注入されるような、残酷な拷問だったのかもしれない。
もしかしたら、凶悪な顔つきをした魔王軍の幹部に。
口から大量の汚物や毒薬を、無理やり押し込まれた可能性もある。
激しい拷問の末に、彼らは完全に精神が崩壊してしまい。身も心も魔王に陶酔をする、哀れな従者にされてしまったのだ。
魔王の奴隷へと変貌をした、自国の若い騎士達の変わり果てた姿を目にして。
連合軍の総大将としての責任と、騎士達を悲惨な目に遭わせてしまった罪悪感で胸が押し潰され。
若いサステリアは、きっともう……平常時のような冷静さを保てなくなっている。
――どちらしても。サステリアにはこれ以上、戦場の陣頭に立たせる訳にはいかないだろう。
サステリア自身の体調の心配もあるし。精神崩壊してしまった総大将の姿を、味方の騎士達に見せてしまう訳にもいかない。
コンビニの魔王軍との戦いはまだ今日も続くのだ。味方の士気をこれ以上下げない為にも……ここはいったん、サステリアには休養をとって頂く必要があるだろう。
カルタロス王国軍の幹部達はそう判断をして。
3日目の戦闘の指揮権を、女王であるサステリアから引き継ぐ事にした。
とりあえず今日は、昨晩の打ち合わせ通りに。魔王軍に対して奇策を用いるという、カルツェン王国軍のグスタフ王の指示に従うしかない。
カルタロス王国軍は、動揺する自国の騎士達に号令を飛ばし。再び、敵の魔王城から降り注ぐ赤い光弾攻撃の射程ギリギリのラインで。
コンビニの魔王軍を、威嚇するようにして陣を構えた。
「皆の者ーーッ!! 落ち着くのだーーッ! 我が軍はこれより魔王軍に対して陽動作戦を開始する! カルツェン王国軍が魔王城攻略作戦を実施している間、全力で敵の注意をこちらに惹きつけるのだーーッ!!」
サステリアの不在を隠しながら、大声で指示を飛ばし。自国の騎士達を叱咤するらカルタロス王国軍の幹部達。
「おいおい、敵の注意を惹きつけろって言っても。一体俺達に何をどうしろっていうんだよ……?」
「あの空から降ってくる『巨大な手』に捕まったら、あんな悲惨な目に遭わせられるっていうのに……。もう、これ以上戦うなんて無理なんじゃないのか?」
「そうだぜ、いくら陽動作戦っていっても。こんな所でじっとしていたら、またあの『巨大な手』に掴まれて。どこかに連れ去られてしまうだけだぞ……!」
敵に拉致された味方の騎士達が、大笑いをしながら魔王軍の住人達と仲良く宴会を開いている……という恐ろしい光景を見せつけられて。
既にカルタロス王国軍内の士気は、ボロボロな状態にまで落ちていた。
そこに、昨日までと同じように。
数百機を超える大量のドローン部隊が魔王城から出撃し。カルタロス王国軍が陣を構える場所に向けて、空から煙幕攻撃を開始する。
もはや敵が煙でどれだけむせようが、全くお構いなしと言わんばかりに。
空から襲い掛かってくるドローン達は、バルサンを害虫に向けて直接散布するかのように。大量の白煙をカルタロス王国軍に向けて遠慮なしにぶち撒けていった。
もくもくと立ち込める白い煙の中で、騎士達は完全に視界を失い、大混乱に陥ってしまう。
そこに上空からあの――『巨大な手の群れ』が再び、地上に向けて降り注いできた。
「ひいいぃぃぃ!? き、来たぞぉぉぉーー!! 空からまたあの巨大な手が降りてきたぞーーッ!!」
「お、おい………!? 何かアレ……昨日よりも数が多くなってないかッ!?」
『クレーンゲーム』の勇者である秋山早苗が操れるアームの数は、昨日までは合計3本が限界だった。
それが今日はなんと……。合計で10本もの、巨大アームが天から同時に降り注いできている。
カルタロス王国軍の騎士達を、一日で200人も釣り上げるという大成果を上げた秋山は。その能力が、昨日のうちに大幅なレベルアップを遂げていた。
その為、今日からは合計で10本ものアームを同時に操れるという、高スペックなクレーンゲーム使いに進化を遂げていたのである。
それも昨日までのアームより、その大きさは更に大きく変化をして。一度に大量の人間達を掴み上げる事の出来る、高性能なアームへと進化をしていた。
「ぎゃあああああああぁぁーーーッ!! もう、無理無理無理ーーッ!! 逃げろおおおぉぉーーッ!! アレに捕まったら、精神をズタボロにされる拷問を受けて、魂の無い廃人にされてしまうぞッ!!」
白煙に包まれた戦場を、ひたすら逃げまどうカルタロス王国軍の騎士達。
可哀想な彼らは、騎士として戦うという責務を完全に放棄して。この恐ろしい戦場から、早く逃げだそうと必死で走り回っていく。
だが……無数のドローン部隊によって、空から撒かれている大量の煙幕がその視界を無惨にも奪い去ってしまう。
騎士達は大混乱に陥っている戦場から、逃げだす方向さえも分からずに。
ひたすらに煙の中を右往左往しながら、ぐるぐると戦場を駆け回り続ける事しか出来なかった。
そこへ強化された高性能のアームが、合計で10本。空から大量に地上に向けて降ろされていき、逃げ惑う哀れな子羊達を、1つのアームで一度に10人以上も掴み上げては、空へと引き上げていく。
釣り上げられた騎士達は、レイチェルが待ち構えているコンビニホテルへと強制転移をさせられていった。
それはもはや、クレーンゲームの勇者である秋山早苗によって行われる、『金魚すくいゲーム』でしかなかった。
ただ、唯一本家と違うのは、逃げ惑うのは『金魚』ではなく『異世界の騎士達』で。
全員が必死の形相を浮かべながら、悲鳴を上げて逃げ惑っているという事くらいだろうか。
白煙地帯から運良く脱出することの出来た騎士達は、そのまま自分達の故郷を目指して、全速力で戦場から逃走を開始する。
世界連合軍 VS コンビニ共和国軍との戦いは――3日目にしてどうやら完全に勝敗が決した形となった。
もはや連合軍の主力である、カルタロス王国軍は戦線崩壊をして敗走を開始している。
カルタロス王国軍が、戦場を捨てて外に逃げ出していく様子を目の当たりにした、今回の遠征軍に参加をしている他の諸国も……一斉に撤退の準備を始める。
もともと今回の遠征に関しては、それほどやる気の無かった寄せ集めの連合軍だったのだ。
若い女王を守る為に。何とか戦場に残って奮戦しようとしている、忠誠心の高いカルタロス王国軍の主力部隊を除けば……。
後に残っているのは、もう1つの主力部隊であるカルツェン王国軍の騎士団のみであった。
残されたカルツェン王国軍は、コンビニの魔王軍の巨大な居城に向けて、最後の反撃を試みようとしている。
おそらくそれが……この3日間に渡って続いているこの『コンビニ大合戦』の最後の戦いとなるであろう。
「全軍、突撃ーーーッ!! 正面にそびえる魔王城に向けて、ゆっくりと前進を開始するのだ!!」
カルツェン王国軍が、巨大なコンビニマンションに目掛けて進軍を開始していく。
前進するカルツェン王国軍の先頭には、鉄板を何重にも括り付けた、大きな荷車が合計で20台も用意されていた。
普段は食料や水、武器などを運ぶ物資運搬用の荷車を改造して。その前面部分に、分厚い鉄製の板を何重にもロープで巻きつけている。
このお手製の『鋼鉄荷車』を盾にして進む事で、魔王城から降り注ぐ強力な赤い光弾の雨を防ぎ。敵の本拠地を取り囲む防壁にまで、騎士団を到達させようという作戦らしい。
魔王城からの射程ラインに到着したカルツェン王国軍の鋼鉄荷車部隊が、そのままゆっくりと境界線を通過しようとする。
すると――。すかさず、そびえ立つ3棟のコンビニマンションから、6000門を超えるガトリング砲の砲弾の雨が降り注いできた。
”ズドドドドドドドドドドドドドドドドド――!!”
”ズドドドドドドドドドドドドドドドドド――!!”
”ズドドドドドドドドドドドドドドドドド――!!”
凄まじい轟音が、戦場全体に鳴り響く。
コンビニマンションから放出された大量のガトリング砲は、カルツェン王国軍が前進させている鋼鉄荷車の鉄板部分に直撃をすると――。
楽器のシンバルやティンパニーを、壊れるまで何度も鉄の棒で叩きつけたような轟音を鳴り響かせて、大地の空気を震わせていく。
しばらくして、コンビニマンションからの大砲撃がいったん鳴り止むと。
そこには砲弾の雨にさらされ、表面が真っ黒に変色し。穴だらけになった鉄の板を装備した荷車が無惨にも大地に晒されていた。
しかし、何重にもして鉄板を巻き付けたのが功を奏したのか。かろうじて破壊を免れたカルツェン王国軍の鋼鉄の荷車が……再びゆっくりと、コンビニマンションに向けて進軍を再開する。
「うおおおおおぉぉぉぉーーーッ!!! やったぞおおおおぉぉ!! あの魔王城からの攻撃を耐え凌いだぞおおおおぉぉーーーッ!!
大歓声が沸き起こるカルツェン王国軍。
表面が焦げて、真っ黒に変色してしまったボロボロな荷車は……。再び背後に騎士団を引き連れて、少しずつだが前進を開始していく。
これでとうとう、魔王城の防壁にまで辿り着く事が出来るのだ!
そうすれば騎士達を、敵の領土深くに潜入させる事が出来る。
大興奮と熱狂に包まれたカルツェン王国軍が大声を上げて。そびえ立つ3棟のコンビニマンションに向けて進軍していく。
だが……そんなカルツェン王国軍の様子を見計らったかのように。
そびえ立つ、3棟のコンビニマンションの屋上には――。草色の鎧を全身に着た、絶世の美男女軍団が勢揃いをして。既にマンションの屋上に横一列に整列を開始していた。
それは見た目もスタイルも完璧な、高身長の美男女達がズラリと立ち並ぶ異様な光景であった。その銀河系モデル軍団には、先が尖った特徴的な耳が付いている。
……そう、彼らはコンビニの地下9階層で暮らす、コンビニ共和国の住人達だった。
最下層である地下9階――農園エリアを居住地としている、古代エルフの戦士達である。
「――全軍、弓を構えるのだ! 我ら、エルフの一族に安寧の地と大量のカップヌーボーを譲り渡してくれた、大恩あるコンビニの勇者の為に!! 我らはここで、共和国に弓を引く不届きな人間共に、正義の鉄槌を食らわせてやるのだッ!!」
『『おおおおおおおおおぉぉぉぉーーっ!!』』
コンビニマンションの屋上に整列する、エルフの軍団が一斉に拳を振り上げて雄叫びを上げる。
総勢200名ほどのエルフの戦士達が、『射撃手』の勇者である紗和乃の能力と同じように。
両手に光る魔法の弓を持って、コンビニマンションに迫るカルツェン王国軍の鉄の荷車に慎重に狙いを定めていた。
「あの、エストリアさん……。一応、大丈夫だとは思うけれど。敵の騎士達には一切被害を出ないように、あの鉄の荷車だけに狙いを定めて攻撃して下さいね!」
200人を超えるエルフの精鋭部隊を横から見守る紗和乃が、そう控えめに注意をした。
エルフ達はレイチェルの要請に応じて。わざわざエレベーターに乗って、コンビニマンションの屋上にまで駆けつけてきてくれたのである。
「――ふん、そんな事はちゃんと分かっておるわ! 我は、レイチェル殿との約束は必ず守る。我らエルフ族の魔法弓部隊の力を甘く見るでないわ!」
200人を超える銀河系モデル軍団を指揮する、エルフ部隊のリーダー。エルフ族の戦士長を務めるエストリアが、心配性な紗和乃に即答をしてニヤリと笑ってみせた。
「よーし、皆の者ーー! 一斉攻撃、開始ーーッ!!」
コンビニマンションの屋上から、200本を超える、白く光り輝く魔法の矢が同時に放たれた。
魔法の矢の群れは、高さ150メートルを超えるコンビニマンションの屋上から……。一気にカルツェン王国軍の先頭を走る、鋼鉄の荷車に向けて降り注ぐと――。
前進する荷車の、頑丈な鉄板部分を避けて。
まるで目標を自動追尾する誘導ミサイルのように、途中でその軌道をクルリと変えると。
荷車を動かしている車輪部分だけに……正確に狙いを定めて全弾命中をした。
”ズドドドドドーーーーーーーーン!!!”
20台を超えるカルツェン王国軍の鋼鉄の荷車が、全車一斉に走行を停止をする。
荷車に何重にも、グルグルに巻き付けてあった鉄板があまりにも重すぎて。エルフ達が放つ魔法の矢によって、車輪を全て破壊されてしまった鉄の荷車は完全に沈黙し。その場から一歩も、動けなくなってしまった。
もういくら騎士達が後ろから押したり引いたりしても。鋼鉄の荷車を動かす事は全く出来ないだろう。
こうなってしまったら……。鋼鉄の荷車は、ただの頑丈な鉄の塊でしかない。そんな物の周囲にいつまでも居残っていたら、魔王城から降り注ぐ赤い砲弾の雨の格好の餌食にされてしまうだけだ。
「ひいいいぃぃぃ!! 全軍、逃げるんだーー!!」
行動不能になった20台の鉄の荷車をその場に放棄して。
先頭を進んでいたカルツェン王国軍の騎士達が一斉に、後方に向かって引き返していく。
騎士団が1人残らず、完全に撤退した事を確認したコンビニ共和国軍の紗和乃は、マンションから再びガトリング砲の一斉砲撃を再開させると……。
戦場に残されていた鋼鉄の荷車の残骸は、今度こそ見る影も残さない程に、木っ端微塵に粉砕されてしまった。
その様子を見て、完全に戦意を喪失して逃げ惑うカルツェン王国軍の騎士達。
主力であるカルタロス・カルツェン王国の騎士団の戦力が完全に崩壊してしまった以上――。もはや指揮系統を失った連合軍の騎士達は、白い煙幕の中を右往左往しながら逃げ惑うのみである。
そんな中。まだ唯一……騎士団としての統制がかろうじて取れていたのは、前線から退いたサステリア女王を守っているカルタロス王国軍の親衛隊のみであった。
自軍の陣地に退いた事で、パニックに陥っていたサステリアはようやくその落ち着きを取り戻しつつあった。
カルツェン王国軍による、鉄の荷車作戦は失敗に終わり。
もはや完全に戦線崩壊している連合軍の様子を、遠くから見つめながら……。サステリアは、今回の遠征の大敗北を認めざるを得なかった。
幸いな事に、味方の犠牲はほとんど出ていないという。
ここで全軍を撤退させれば――。これ以上の、更なる被害は防げるかもしれない。
カルタロス王国軍の幹部達も、若い女王サステリアに連合軍を総撤退させる事を強く進めてはいたのだが……。サステリアは頑なに、それを認めようとはしなかった。
「それはダメです……! まだ魔王城には、誘拐された我が軍の若い騎士達が囚われているではないですか! 今日の戦いでも……更に多くの味方の騎士達が、魔王軍によって連れ去られてしまったに違いありません。ここで私達が撤退をしたら、敵に捕われた彼らを見捨てる事になってしまいます!」
「――ですが、サステリア様! これ以上ここに残っても、敵と戦う手段がもうありませんぞ。連れ去られた騎士達の事はたしかに残念ですが、もう……我らには彼らを見捨てる事しか出来ません。でなければ、更なる被害者が増加させてしまうだけですぞ……!」
「でも、でも………!」
目に涙を浮かべて、悔しさで唇を噛み締めるサステリア。
幹部達が進言する内容が正しいのは、誰よりも聡明なサステリア自身がよく分かっている。
だが、自分を信じてここまでついて来てくれた自国の騎士達を……。あのように魔王軍に洗脳されたままの状態で、ここに置いていってしまうなんて、そんな非道な事は到底出来ない。
優しいサステリアには、全体の利益を優先する統治者としての冷静な判断がまだ出来ずにいた。
そんなカルタロス王国女王のサステリアと、その重臣達との重要な会議の場に――。
突然、後ろからこの会議に参加する資格の無い、能天気な2人組の部外者達の声が聞こえてきた。
「そーだぜー、そーだぜー! アタシは、さっさと撤退すべきだと思うけどなーー! だってお前達本当に弱すぎて、全然アタシらの相手にならないじゃんかよー!」
「そうだよねー! でも、私は心情的には女王様の味方がしたいなー。仲間の騎士を置いて帰るなんて、国の一番偉い人がするような事じゃないよね。大切な仲間はちゃんと一緒に連れ帰ってあげないといけないよねー!」
「――だ、誰だ!? お前達は………!?」
一体いつの間に、この者達はここに紛れ込んでいたのだろう。
サステリアとカルタロス王国の幹部達が、慌てて後ろに振り返ると。そこには、白いドレスを着た銀髪の美少女と。双剣を持った体の線の細い女性が立っていた。
「――あ、あなた方は……!?」
まさか、我が軍の食糧庫を襲撃していった魔王軍の幹部達!?
サステリアが口に出して、そう言いかけた時………。
「――ううっ……!?」
銀髪の美少女が、素早くサステリアの首元に手刀を打ち込み。カルタロス王国の若い女王を気絶させてしまう。
そして、サステリアの細い体を豪快に抱き抱えて。そのまま連れ去ろうとした。
「サステリア様!? き、貴様達ーーっ!! 許さんぞ………うぐっ……!?」
剣を抜いて、急いで魔王軍の幹部達に斬りかかろうとした騎士達が……。一瞬にして、藤枝みゆきの双剣の剣舞によって全員気絶させられていく。
サステリアの体を抱き抱えた、白い花嫁ドレスの銀髪少女――セーリスは、大ジャンプをして後方に控えていた装甲車の上に飛び乗ると。
その場に残されたカルタロス王国軍の騎士団達に、ウインクをしながらこう宣言をした。
「じゃあなーー! お前達の女王様はアタシらが誘拐させて貰うぜ! 大丈夫、殺しはしないからさー! うちの大統領がこの女王様と直接話をしたいそうだから、その間だけ借りていく事にするぜ! 明日には返してやるから、全員、大人しくここで正座をして、ワクテカしながら待っていろよなーーっ!」