第百七十二話 幕間 コンビニ大合戦その②
3つの巨大な魔王城から、嵐のように降り注いできた赤い光弾の雨。
コンビニの魔王の本拠地へと進軍する、10万を超える連合軍の目の前に――。
6000門のガトリング砲による一斉射撃が行われ。地表が削り取られるようにして出来た、深さ10メートルを超える大穴が出現した。
魔王城から放たれた、あまりにも恐ろしい砲撃の威力を、目の当たりにして……。
世界連合の騎士達はパニックを起こし。ドミノ倒しのように、一斉に後方へと倒れ込んでいってしまう。
そんな大混乱に陥った世界連合軍の正面に、更なる追い討ちがかけられた。
突如として、高さ70メートルを超える――『巨大なクマ』がぬぅっと騎士達の前に姿を現したのだ。
連合軍の正面に立ちはだかった、その巨大クマは外見が少しだけ変わっていた。
巨大なクマの毛並みは、本物のクマよりも遥かに明るく。ライトで優しい茶色の毛並みをしている。そしてその体毛は柔らかく、ふわふわしているようにも見えた。
巨大クマの目玉の部分は、クリンとした大きな黒色。
大きな丸い瞳はどことなく、可愛らしい雰囲気さえ漂っている。
それは獰猛な野獣というより、子供が遊ぶ為に作られた玩具が、そのまま大きくなって動き出したようでもある。
ただ、その巨大クマの圧倒的な存在感と、外見の巨大さは……。居並ぶ3つの魔王城と、同等以上の恐怖を騎士達に与えるのには十分だった。
巨大クマの出現によって。既に大混乱に陥っていた世界連合は更なるパニックを起こし、騎士団の士気はどん底へと落ちていった。
「に、逃げろーーッ!! 撤退をするんだーーッ!!」
「あ、あんなに巨大な化け物と戦って……勝てるはずがない! 後続の帝国軍が合流をするまで、いったん後方に退けーーッ!!」
慌てふためき、大地を這うようにして魔王城の前から撤退を開始していく騎士達。
そんな騎士達の真上から、まるで農薬を大量散布するかのように。数十機を超える黒い飛行物体が、白い煙を地面に向けて大量噴射しながら、上空を高速飛行で飛び交っている。
「ぐふっ、何なんだ、この白い煙は!? 前が全く見えないぞ!?」
「おい、押すな……ッ!! クソッ! 一体、戦況はどうなっているんだ!? 味方の陣はどこにあるんだ? サステリア様はご無事なのか?」
既にカルタロス・カルツェン連合軍は、統率が取れないほどの大混乱に陥っている。
幸いにも、巨大な魔王の居城から放たれた赤い銃弾の雨は……。世界連合軍の騎士達には一発も命中しなかったらしい。その全てが、正面の大地を深く抉り取るだけで無事に済んでいた。
おそらくコンビニの魔王軍は、攻撃を仕掛けるタイミングと、その射程距離を見誤ったに違いない。もしそうでなかったら、きっと恐ろしいほどの犠牲者が出ていたに違いないだろう。
あれだけの、凄まじい大轟音の攻撃を受けて……。
味方の騎士達に、誰1人として犠牲が出なかったという点だけは、世界連合軍にとっては不幸中の幸いだった。
戦場の中で、勇敢にも単騎で連合軍の最前線に立ち。
味方の大軍勢を陣頭で直接指揮していたカルタロス王国の若き女王――サステリア・カルタロス。
彼女も巨大な魔王城から降り注いできた、赤いガトリング砲の豪雨を浴びる事なく、無事に生き延びていた。
しかし、恐怖で狂乱した白馬から地面に振り落とされ。軽い擦り傷を負ってしまっている。
危険な最前線から女王を遠ざけるべく。急いで馬から振り落とされたサステリアを回収するカルタロス王国の騎士達。
彼らは全速力で馬を駆けさせ、後方に構える自軍の陣地へと、女王を連れて撤退を開始した。
「――こ、この白い煙は一体何なのでしょう!? まさか、あの空を飛行している黒いモノも、コンビニの魔王の配下だというのでしょうか!?」
農学を専門とするサステリアに、軍事面での経験は乏しい。
だが……それでも。世界中を脅威に落としいれている魔王軍に所属する魔物の種類については、独学で勉強を重ね。他者よりも遥かに詳しいという自負がサステリアにはあった。
そんな博学のサステリアの知識を持ってしても、あの超大型のクマの化け物や、今、連合軍の頭上の空を自由に飛び交っている、白い煙を大量に吐き出す黒い魔物についての情報は全く無かった。
ここにいる魔物達は、全てサステリアにとって初めて見る魔物達ばかりなのである。
これは……まさか。コンビニの魔王によって洗脳されたという、グランデイル王国から誘拐された、3軍の異世界の勇者達によるものなのだろうか?
どちらにしても、このままでは味方の陣営は戦線崩壊をしてしまう。
連合軍には、あまりにも『コンビニの魔王軍』についての情報が乏し過ぎた。
ここはいったん、カルタロス王国の陣地に戻り。
至急、敵についての情報収集をしなければないないだろう。
今回の敵の大攻撃で……一体、味方にどれだけ犠牲が出てしまっているのかも、大至急確認をしなければならない。
女王を守る親衛隊の馬に飛び乗って。
後方に控えるカルタロス王国の陣にまで、全速力で帰還するサステリア。
そんな、彼女のもとに……。
”――ブロロロロ〜〜〜ッ!!”
白い煙幕で包まれたカルタロス軍の宿営地の真横から。
突如として、4つの車輪を付けて移動する大きな鉄の箱車が合計で10台も姿を現した。
鋼鉄の車は、混乱するカルタロス王国軍の騎士達を上手に避けながら前進し。勢いよく陣地の中になだれ込んで来る。
宿営地に到着した10台の鉄の箱車から――颯爽と、2人の女性が飛び降りた。
そしてその後ろから、ワラワラと茶色い小さなクマ軍団が大量に躍り出てくる。
「……な、何者なのですか、あなた達はッ!? ここが西方3ヶ国連合の1つ。カルタロス王国の王族が陣を構える場所と知っての狼藉なのですか!?」
大声で問いかけるサステリアに、鉄の車から地面に降り立った2人組の女性のうちの1人が返答をした。
「――あーあー。えーと……私は、コンビニの魔王様にお仕えする3魔流インフルエンサーの1人。踊り子将軍の『みゆきー女公爵』よ! 今から、あなた達が持ってきた食糧を全て強奪するから覚悟しなさいよねー!」
「なっ!? 3魔流インフルエンサーですって!?」
女の言葉に驚愕するサステリア。
インフルエンサーという単語はよく分からないが、きっとこの世界を崩壊に導く、恐ろしい魔族の肩書きである事は間違いないだろう。
サステリアを守る為に、屈強なカルタロス王国軍の騎士達が、次々と白煙の中を突き進んでいく。
そして、魔王軍の踊り子将軍に向かって――。騎士達は剣を高らかに振り上げて、勇敢にも斬りかかっていった。
「もう、何なのよー! この超絶ダサいネーミングセンスはーー!! 後で杉田の頭を絶対に丸坊主にしてやるんだからッ! それとこっちは『敵を倒すの禁止』縛りがあるんだから、あんまりワラワラと向かってこないでよねー!」
サステリアを守る為に、魔王軍の幹部へと挑んでいった騎士達。彼らはカルタロス王国内でも、10本の指に入る最強の騎士達ばかりだ。
魔王城から降り注ぐ赤い光弾の雨にも、すぐに対応し。
味方の最前線が大混乱に陥る前に。いち早くサステリアを自陣にまで撤退させるなど、状況判断にも優れた熟練の騎士達ばかりである。
そんな、カルタロス王国内最強の騎士達が――。
”カキーーーン!!” ”カキーーーン!!”
魔王軍の踊り子将軍が放つ、目にも止まらぬ双剣の剣舞によって……一瞬で斬り倒されていく。
サステリアが気付いた時には、親衛隊は全員……あっという間に、大地に倒れ伏して動かなくなっていた。
「――み、皆様……! 大丈夫ですか……!?」
女王の身を守る親衛隊が一瞬にして敗れ去った事に。聡明なサステリアの顔が一瞬にして青ざめる。
全身からすぅーっと、血の気が引いていくのが分かった。
もはやこれまでだ……!
私もここで魔王軍の幹部の手によって斬り殺されてしまうのだろう……と。若いサステリアは目を閉じて覚悟を決める。
「全員、峰打ちよー! 気絶してるだけで、死んでないから安心してねー! こっちは誰1人として殺しちゃダメって。怖い大統領から直接指示を受けてるんだから。さあ、さっさと敵の食糧を強奪していくわよ! みんなー、絶対に騎士団に怪我をさせちゃダメだからねー!」
「だあーーーッ!! 面倒くせえなぁぁーーッ!! アタシの手にかかればこんなひ弱な人間達なんて、簡単に全滅させられるのにーー! とにかく、さっさと終わらすぞーー! 目ぼしい食糧と水は、全部アタシ達が頂いていくからなっ!!」
魔王軍の踊り子将軍に続き。
今度は、全身に真っ白なドレスをまとう。長い銀色の髪を風になびかせた美少女が――カルタロス王国騎士団の前に飛び出てきた。
サステリアを守る親衛隊が全滅した後。
入れ替わりで、すぐさま後続の弓兵が女王の周りを取り囲む。そして敵の魔王軍の幹部達に目掛けて、一斉に矢を射かけていく。
だが、弓兵隊によって放たれた無数の矢は……。
銀髪の少女に命中をする前に。少女の周囲を囲む銀色の『球体シールド』によって、全て弾かれてしまった。
「バーカー! そんなのは効かねーーよ! アタシの『鋼鉄の純潔』は全ての不純な攻撃を、弾き返しちまうんだよおおぉぉ!!」
女王サステリアと、カルタロス王国の騎士達に動揺が走る。
そんな……まさか、こちらの攻撃が一切通じないなんて。そんな事があり得るはずが無い。
これではまるで、25年前にたった1人でミランダ王国を滅ぼしたと言われる……魔王軍の赤魔龍公爵の再来ではないかッ!
たしか赤魔龍公爵にも、いかなる攻撃をも防ぐ無敵のシールドが存在したと言われている。
その赤魔龍公爵を倒したのは――まだ、魔王になる前のコンビニの勇者だ。そして今はそのコンビニの勇者が魔王となり。人類に対して攻撃をしかけている訳だから……。
当然、敵は伝説の赤魔龍公爵を倒し得るほどの最強の戦力を有している事になるだろう。
そんな、凄まじい強さを持った敵軍の幹部達に……。
たかだか10万くらいの兵力を揃えた所で、自分達が勝てる訳がないではないか。
絶望感に駆られた一部のカルタロス兵達が、次々と女王を守る義務を放棄して。カルタロス王国の陣から逃走を開始していく。
自身を身を守る、わずかに残った騎士達に守られながら。
サステリアはヘナヘナと地面に腰をついて、崩れ落ちる。
そして最後まで……魔王軍の踊り子将軍と、純白ドレスを着た銀髪の少女の2人が、カルタロス王国の陣の中で好き勝手に暴れている様子を、静かに見守っている事しか出来なかった。
やがて、小さな茶色いクマ達がカルタロス王国騎士団の陣営の中から、目ぼしい食糧と水を全て奪い去り。
それらを鉄の車の中に運び込み終えると。魔王軍の踊り子将軍が再び、大声で大号令を発した。
「よーし、みんな装甲車にいったん戻ってー! 撤退するよー! 帰り道でも絶対に騎士団に危害を加えちゃダメだからねー! ……って何か私達、悪い盗賊団みたいな感じになってない? はぁ〜っ……私、こんな役なんてやりたくないのにーー!」
「ぎゃっはっはっはーー! いーじゃねーかよーー! 結構似合ってるぜーー! さあ、敵の身ぐるみを全部剥いで、全部奪い尽くしたら。さっさとコンビニ共和国に帰還をするからなー! ぐえっへっへっへッ!」
「下品な笑い方すんなーーっての! さあ、小さなクマさん達もみんな、帰るよー!」
鋼鉄の車に乗り込んだコンビニの魔王軍の一団は、銀髪の美少女が『――あばよ!』と最後に捨て台詞を残し。
敵の総大将であるカルタロス王国の女王――サステリアには見向きもせず。
再び大きな音を轟かせて、一斉に白煙の中に消え去っていった。
空から降り注ぐ、無数の黒い飛行物体による煙幕攻撃と。
その上に見えている、70メートル級の超巨大なクマの進撃が止まり。
ようやく魔王軍による攻撃は収まった。
世界連合軍には今回の戦闘によって、かなりの数の脱落者や、戦場からの逃走者が相次いだ。
最終的には、全体の総数が2万人近くも減少してしまっていた事が後に判明している。
そのほとんどは今回の遠征に際して、臨時で召集された傭兵や義勇兵ではあったのだが……。
一部の正規軍からも恐怖に駆られ、戦場を離脱をしてしまった者が多く存在しているようだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「――という事は、今回のコンビニの魔王軍の攻撃によって、犠牲になった味方の騎士は1人もいなかったという事なのですね?」
コンビニの魔王軍の本拠地への攻撃を開始した、初日の夕方。
初戦の状況について。次々と各国の騎士達からの報告を聞いた、カルタロス王国女王サステリアは……そう結論付けた。
「はい、本当に奇跡としか言いようがありません。魔王城からの攻撃も、巨大なクマによる攻撃も、その全てがギリギリのラインでの寸止めに終わっています。味方の騎士達には、犠牲は一切出ていなかったとの事です……」
「おそらくそれは、『奇跡』などではありません。彼らは意図的に、私達に危害を加えてこなかったのです。我が軍の陣に深く侵入をしてきた魔王軍の女幹部も言っていました。どうやら彼女達は『敵を倒さないように』――と、上からの強い指示を受けていたようですね」
「……ですが、サステリア様。我が軍の被害は甚大ですぞ! 敵は我が軍の食糧庫を襲撃し、貴重な物資と水を大量に強奪していってしまいました! 既に我が軍が蓄えとして持参した食料の備蓄は、半分以下にまで減少しています! 敵は我が軍を飢えさせ、撤退に追い込もうとしているに違いありませんぞ!」
カルタロス軍の幹部が、女王に自軍の置かれている深刻な状況を伝える。
カルタロス王国以外の連合軍の本拠地に対しても。
白い煙幕に紛れて、小さな茶色いクマ達が食糧を大量に強奪していった……との報告が上がってきていた。
だが、魔王軍の女幹部による直接の襲撃を受けたカルタロス王国の被害が最も甚大であり。初日にして食糧庫に蓄えていた物資の約半分を敵に強奪されるという――深刻な損害が発生していたのだ。
「食糧が尽きてしまっては、味方の士気にも影響します。まだ物資が底をつかないうちに、短期決戦を仕掛けるしかないでしょう。後方のバーディア帝国軍にも救援の連絡を入れてみて下さい。戦況を改善させる為には、帝国の力が絶対に必要になるでしょうから」
「サステリア様、既に帝国軍には救援の打診を致しましたが……。戦闘への参加は断るとの事でした。食糧など物資の提供も全て断るという、皇帝ミズガルドの直筆の文にて、我が軍に返信が届いております……」
「おのれ、ミズガルドめッ!! 足元を見おって! 一体何の為に帝国軍はここにやってきておるのだ! 我らが負けてしまったら帝国は一体どうするつもりなのだ! まさか一戦も交えずに、ここから撤退するつもりなのではないだろうな……!」
怒声を上げて、憤るカルタロス王国の幹部陣達。
だが……。その中で女王であるサステリアだけは。足下の地面を見つめながら、少しだけ考え事をしているかのように、沈黙を続けていた。
「敵の巨大なクマの攻撃による被害も、味方には一切無かったのですね……?」
サステリアは味方の情報収集部隊に、改めてそう問いかける。
「……ハイ。どうやらあの巨大なクマは、ただ図体がデカいだけで。一切、動かずにこちらを頭上から威嚇するだけだったようです。――ですが、その巨大クマの右の手の平に、おそらく『女』だと思われる人影が立っていて……。高い位置から戦場を見下ろしていたという報告も入ってきています」
「大型のクマの手に、女性が1人で立っていたという訳なのですね……? おそらく、その女性があの巨大なクマを操っていたのでしょう。もしかしたら、昼間に我が軍の陣を襲撃してきた、魔王軍の『3魔流インフルエンサー』のうちの1人なのかもしれませんね……」
「はい、その可能性は高いと思われます! どちらにしましても、敵が積極的に攻撃に出てこないのはチャンスです! 明日は、弓兵隊の火矢を用いて、巨大クマの体に火を付けて燃やしてしまえないかを試してみようと思います」
恐ろしいコンビニの魔王軍への対策を夜通しで話し合う、カルタロス王国騎士団の幹部達。
その中で、女王であるサステリアだけは……。
どこか浮かない顔をして、遠い空を見上げてため息を漏らしてしまう。
サステリアの脳裏には、敵には何か別の目的があるのでは、という疑念があった。
仮にもしそうだとしたら。今回の遠征には、本当に意味があるのだろうか……と、自問自答するように深く考え込んでしまうのだった。