第百六十四話 コンビニの勇者の覚醒
”ズドーーーーーーーーン!!!”
巨大な人面タワーと化した巨大樹の魔物が、コンビニ支店1号店に対して、強烈な横蹴りを加えてくる。
巨大樹の攻撃を受けるたびに。コンビニの店内は、衝撃で大きくグラつき。天井の一部が崩れ落ち、床のタイルには大きな亀裂が生じ始めていた。
「か、か、彼方くん〜〜! このままじゃ、コンビニが破壊されちゃうよ〜〜!!」
「大丈夫だ、壊れたらすぐに俺が出し直して、新品の状態に戻してみせる! コンビニ支店1号店には合金製のシャッターが付いているから、重みも強度もある。だからこれくらいの衝撃で壊れる事はまだないから、安心してくれ!」
「『まだ』ない、ってどういう意味なのよ〜!? そのうち壊れるみたいな言い方じゃないのよ〜!!」
「形あるものはいつかは壊れるんだ。永遠に壊れないモノなんて無い。この世の中でずっと壊れないモノは、形の無い物だけなんだぜ? ほら『愛』とか『友情』とか、俺に対する『厚い信頼』とかは、今までに一度だって崩れた事が無かっただろう?」
「え〜〜っ! 彼方くんへの信頼はこのコンビニと一緒で、現在進行系で私の中で大きく揺らいでいるわよ〜! 本当に大丈夫なんでしょうね〜!?」
バーカ。そんなの全然、大丈夫な訳がないじゃないかよ……。
多分、コンビニ支店1号店自体は、何とか耐えてくれるかもしれない。
でも、もしコンビニの外壁に亀裂が生じて。どこかに隙間が出来たりでもしたら大変だ。その僅かな隙間から、外のハチ達がコンビニの内部に一斉に侵入して来てしまうだろう。
そうなれば、店内にいるティーナや香苗を守りきる事は到底出来ない。
玉木はまだ、自分の持っている『暗殺者』の能力――隠密を使えば、上手く隠れられるかもしれないけど。
直接的な戦闘能力を持っていない、ティーナや香苗はそうはいかない。
いくらうちの万能騎士であるアイリーンでも、俺を含めて同時に3人以上を1人で守り切るのは流石に無理ゲー過ぎる。
外に出てコンビニを出し直すような隙も、時間も与えて貰えそうにはないし。このままだと、マジでヤバい事になってしまうぞ……。
だから、最悪の事態を迎えるよりも前に。
この状況を何とか、打開しないといけないんだ!
そして、あのソシエラのクズ野郎だけは――絶対にこの俺が直接殺してやらないと、俺の気が収まりそうにない。
今、外で俺達に向けて話しかけてきている樹木の魔物。
おそらく今現在、ソシエラの本体が乗り移っていると思われる、あの1体だけを倒せば……全てが解決するのだろうか?
他の樹木の魔物達は、幹に貼りついている人間の顔が、全て苦悶に満ちた表情を浮かべているのに対して。
ソシエラの本体が入っている魔物だけは、口を横に大きく広げて。ニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を、ずっと浮かべていやがる。
けれどさっきも、樹木の魔物達の中で笑顔を浮かべていた1体を、アイリーンが黄金の剣で斬り裂いた時。
ソシエラはすぐ隣の樹木の魔物に、自分の本体を移動させたので、倒す事が出来なかった。
それどころか、俺達は何の罪もない人間の魂が入っていた樹木の魔物を1体……。この手で、直接に殺害をしてしまった事になる。
だからソシエラの本体が入っている魔物を、まずは先に見つけ出さないと。きっとまた同じ事を、繰り返してしまうだけになるだろう。
「――アイリーン! 外にいる魔物達の中から、ソシエラの本体だけを正確に見つけ出して倒すという事は出来ないか? アイツさえ倒せば、樹木の魔物に閉じ込められているみんなの魂を、一気に解放してあげる事が出来るはずなんだ」
俺はアイリーンに尋ねてみる。
アイリーンは物体の状態や、温度、食品の栄養状態など。様々な角度から物質の状態を数値化して、正確に分析をする事が出来る。
だからもしかしたら、外にいる樹木の魔物達の中からソシエラの本体だけを見つけ出して。そいつを集中的に攻撃するという事も出来るかもしれない。
「……店長、大変申し訳ありません。私も外にいる魔物達の中から、ソシエラの本体を見つけられないかと。赤外線やサーモグラフィーなどを使って、あらゆる状態の変化を常に監視し続けていますが……。まだ、緑の神官ソシエラの本体を見つけ出す事は出来ていません。それどころか、敵の本体が本当にコンビニの外にいる、樹木の魔物達の中にいるのかどうかさえ、今は怪しい状況です」
「それは、ソシエラの本体がもしかしたら、この近くはいないかもしれないって事なのか? あの1体だけニヤケ顔で笑って話しかけてきている樹木の魔物は、やっぱり偽物で。どこか遠くからソシエラは魔物達を操っているだけという事なのか?」
「その可能性は十分にあります。それに、例え本体を見つけ出して倒したとしても。敵はすぐに本体の乗り移り先を、先ほどのように別の魔物に移動してしまうでしょう。そうなれば、無抵抗な人間の魂が入った魔物を、また一体。倒してしまうだけの結果になってしまうかもしれません……」
アイリーンが肩を落として、静かに俺に話しかけてくる。
例え俺が指示をした事とはいえ。先ほど、人間の魂が入った樹木の魔物を直接斬ったのはアイリーンだ。
コンビニの店長を守護する事を、第一の使命にしているアイリーンでも。罪の無い人間を殺害してしまった事に対する、精神的な負担は大きかったのかもしれない。
ソシエラの本体が常に移動してしまう可能性がある事。
そして、もしかしたら……そもそも本体は、この場にいない可能性もある事を考えると。
今、俺達が唯一取りえる作戦があるとしたら。
――それはきっと、1つしかない。
つまり、外にいる巨大樹の魔物も。数十体を超える樹木の魔物達も。その全てを、一度に全滅させてしまう事だ。
もし、この中のどこかにソシエラの本体が潜んでいるのなら……。同時にその全てを倒してしまう事で、別の魔物に乗り移る隙を与えずに、一気に倒す事も出来るかもしれない。
仮に、ソシエラの本体がここにいなかった場合でも……。外の敵を全滅させられれば、その答えはおのずと分かるだろう。
でも……。
もし、そんな事をすれば。
また何の罪もない人々の魂を大量に、直接殺してしまう事になる。
異世界の勇者であり。無限の勇者である、この俺が……。
罪の無い人間を大量に殺害すれば。
俺の『魔王化』は、一気に進んでしまう可能性がある。
――そんな事を、この俺が本当にしてしまっても良いのか?
でも、こうして悩んでいる間にも。敵の攻撃を受けてコンビニが倒壊してしまうかもしれないんだぞ。
壊れたコンビニに侵入をしてきた巨大ハチ達によって、ティーナやみんなが殺されてしまったら? それこそ取り返しのつかない事になってしまうんじゃないのかよ?
いくら治療能力を持つ香苗が、ここにいてくれても。
連続で無数に押し寄せてくる、巨大ハチ達全てにはとても対応出来ない。
せめてここに、魔物の侵入を防ぐ結界を張る事の出来るアイドルの勇者。野々原有紀がいてくれたなら……。
そして舞踏者の勇者のみゆきや、ぬいぐるみの勇者の小笠原がここにいてくれたなら。
アイリーンと一緒に、遅いかかってくるハチ達を、華麗な剣裁きで撃退してくれたり。巨大なぬいぐるみ軍団が、強制的に外にいる樹木の魔物達を、遠くへと運び出してくれたかもしれないのに。
クソッ……! 3人娘達の戦力が今は喉から手が出るくらいに欲しい。でも彼女達は、コンビニ共和国にいるから、ここに駆けつけてくる事はない。
「店長……おそらく、あの樹木の魔物達に閉じられている人々の魂を無事に救い出す方法は……ありません。私には彼らの現在の体の状態が分かります。例え緑の神官ソシエラの本体を倒したとしても。彼らが元の人間の姿に戻るという事はないでしょう」
「――分かってる。俺だってその事は分かっているんだよ……」
アイリーンの言いたい事は分かる。
つまり、もう彼らを『殺して』あげる事以外に。魔物の中に閉じ込められた、哀れな魂を救い出す方法はないとアイリーンは言っているんだ。
それは、分かってはいるけれど。もしかしたら、他にも救える方法があったかもしれない人々を――。本当にこの俺が、直接『殺して』しまっても良いのか?
それが『異世界の勇者』が取るべき、本当に正しい選択肢なのかよ?
「彼方様………」
ティーナが、ぎゅっと俺の体を力強く抱きしめてくれた。
でも、俺の頭の中は既に限界ギリギリまで脳細胞がフル回転してしまっていて。
ティーナの体を抱きしめ返す余裕がない。
それくらいに、今の俺の精神状態は……。完全に、手一杯な状態にまで追い込まれていた。
『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』
『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』
『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』
『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』
今すぐに敵を殺さないと、コンビニのみんなが死んでしまうんだぞ!!
これは、仕方のない犠牲だろう?
敵を倒す為に。正義の為に。罪の無い人々を『仕方なく』を殺すんだよ!
それが、異世界の勇者としての正しい選択肢なんだ。
あのソシエラを、このまま野放しにしていたら。可哀想な犠牲者が、もっとこの世界で生み出されてしまうかもしれないんだぞ!
だからソシエラを倒す為に……。ほんの一握りの人々の犠牲には、目をつぶるしかないんだよ!
それがより多くの人々を幸せにする為に必要な事なんだ。
そうさ。これは、本当に仕方が無い事なんだよ!
”ドゴーーーーーーーーーーン!!!”
「きゃあああああーーーーッ!!」
再びコンビニ支店1号店に、大きな衝撃と亀裂が入る。
あまりに強い衝撃に、俺達全員はコンビニの床の上を勢いよく転がり。店内にいた全員が壁にぶつかって、全身を強打してしまった。
気付いた時には――俺達全員は事務所の端っこの壁にまで押しやられていて。全員が体を押さえながら、それぞれ打撲をした箇所の痛みに耐えている。
流石にまだ、コンビニ全体が倒壊するとまではいかないが。
もし、次にまた強烈な一撃を食らったなら。
間違いなく店内には大きな亀裂が入り、外壁には穴が空いてしまうだろうな。
そうなったら、きっと巨大ハチ達に店内への侵入を許してしまう事になる。
このコンビニ支店1号店の中は、あっという間に凄惨な地獄へと変わり果ててしまうだろう。
「――彼方様!」
俺の体を抱きしめてくれていたティーナが、突然……全速力で駆け出していく。
目指す場所は、事務所に置いてあるパソコンだ。
ティーナは急いでパソコンの前に置いてある椅子に座ると。
滑らかなブラインドタッチで、パソコンのキーボードを操作する。そして最後に、右手の人差し指で――力強く『EnTer』ボタンを押し込んだ。
「――ティ、ティーナ、何をするんだ……?」
俺はティーナが一体、何をしたのかが分からなくて。
目をパチパチとさせながら、その場で困惑の表情を浮かべていると。
”ズドドドドドドドドドドドーーーーーーッ!!!”
突然、コンビニの外から……大きな衝撃音が鳴り響いた。
慌てて俺も、ティーナが座っているパソコンの近くにまで、急いで駆け寄る。
パソコンのモニターには、コンビニの外を取り囲んでいる樹木の魔物のうちの1体が……。
コンビニの屋上にある、5連装式のガトリング砲によって無惨に撃ち倒され。連射されたショックガンによって、粉々に撃ち砕かれた姿が映し出されていた。
「ティーナ!? 一体、どうして………!?」
「彼方様、大丈夫です……。人間の魂が入ったあの魔物を今、倒したのは『私』なのです。だから彼方様は、何も手を下していません。どうかご安心をして下さい……」
そう小さな声で俺に伝えてくるティーナの手が、カクカクと小刻みに震えているのが分かった。
きっと人生で初めて、人を殺してしまった責任と、その罪の重みに、必死に耐えているのだろう。
そんな真っ青な顔になっているティーナの肩を、俺は背後からそっと抱き寄せる。体を小さく震わせているティーナの顔からは、一筋の涙がこぼれ落ちていた。
ちっくしょう……!
俺は、何てバカ野郎だったんだ……!!
俺の事を心から心配してくれているティーナを、こんなにも思い詰めさせてしまうなんて。
そしてあまりにも重過ぎる責任を、大切なティーナの肩に背負わせてしまうなんて。
これじゃあ異世界の勇者なんて、とっくに失格じゃないか。情けない、本当に俺は今まで一体何をしていたんだよ!
ガトリング砲の射撃によって粉々にされた樹木の魔物は――。先程までの苦悶の表情が、少しだけ和らいでいた。
そして、今はとても清々しい顔つきを浮かべて。
まるで数十年ぶりに外に出て、青空を見上げたかのように。嬉しそうな表情を浮かべながらこう呟いた。
『ありがとう……。本当にありがとう、勇者様……。これでやっと苦しみから解放されます。私もやっと空にいる家族の元へと行けます。ここから解き放ってくれて、本当にありがとう……!』
先ほどまでの苦悶に満ちた表情が嘘のように。
まるで、天使のような優しい微笑みを浮かべて――。
ティーナがガトリング砲で撃ち砕いた樹木の魔物は、安らかに小さな光の粒となって……。幻想の森の中から、静かに消滅していった。
その光景を、1人だけ面白くなさそうに見つめていたソシエラが、不満そうな顔つきで。
コンビニに向けて、また何かを語りかけてくる。
「……おやおや? 異世界の勇者ともあろう者が、無実の人間を殺してしまっても良いのですか? 無抵抗の人間を殺せば、あなたも晴れて、魔王デビューを果たしてしまうというのに。ああ、なるほど。きっと、あなたには元々人を殺す才能があったのですね? 殺人など何とも思わない。そんな純粋な強さだけを求める、高貴で美しい存在だけが『魔王』として選ばれるのです。――そう、まさに私の主人であるモンスーン様のように。穢れなき美しい心の持ち主のお方だけが、この世界では魔王様と呼ばれるのに相応しいのですから!」
自分の可愛いペットの魔物を1体、倒されたソシエラが。
余裕の表情を浮かべたままで、また自分の演説に陶酔したような言葉を繰り返している。
だが……。もう、そんなつまらない言葉は――。
今の俺の耳には全く届かない。
「彼方様、大丈夫です! このまま私が外にいる魔物達は全て私が倒してみせますから」
震える手で、またパソコンのキーボードを操作しようとしたティーナの手を……。俺は上から自分の手をゆっくりと重ねて、そっと優しく掴み込んだ。
そして、静かにパソコンのキーボードから。
ティーナの小さな手を遠ざけさせる。
「彼方様………?」
「ありがとう。もう大丈夫だ、ティーナ。ここからは全部、俺の仕事だからな。ティーナの手を、これ以上汚れさせたりはしない。……後は全部、異世界の勇者であるこの俺に任せてくれ」
俺はコンビニの事務所から1人で出ると。
みんなが静かに、俺の後ろ姿を見守る中――。
コンビニの正面入り口を開放して。そのままゆっくりと、コンビニ支店1号店の外へと歩き出した。
「か、彼方様……!?」
「店長!? お1人で外に出ては、危険ですッ!!」
「か、彼方くん〜〜!?」
「彼方くん! ダメよ、すぐに戻ってきて!!」
コンビニに残るみんなの声が後ろから聞こえてくる。
俺はみんなの声を耳で聞きながら。腕に付けているスマートウォッチを操作して。コンビニ正面入り口の合金製シャッターを下ろして、固く入り口を閉ざした。
これでコンビニの外にいるのは。
俺とソシエラと、樹木の魔物達だけになるな。
「ほう……とうとう観念をしたのですね? コンビニの勇者よ。勇者として自分の仲間を守る為に、1人だけコンビニの外に出て、この私と戦うつもりなのですか? 随分と無謀な事をするものですね。この私と正面から戦って、あなたに勝算があるとでも思っているのですか?」
ソシエラが宿っている樹木の魔物が、また何かをブツブツと話しているようだが。
そんなつまらない言葉さえも、今の俺の耳には何も入ってこない。
俺はコンビニの外に1人で立ち。
その場で……静かに目をつぶった。
すると、今まで聞こえてこなかった『みんな』の声が。
やっと俺の脳内に、直接響いてくるようになる。
『ああ……勇者様ぁぁぁ………。どうか、どうか……この苦しみから解き放って下さい………!』
『私達をここから解放出来るのは、あなた様だけなのです………。どうかこの永き苦しみの拷問から、私達の魂を解放して下さい………!』
『私達の事はもう、大丈夫ですから………。ずっとずっと、私達の魂を解放して下さるお方をお待ちしておりました………。数十年以上も、私達の魂は生きながらこの中に閉じ込められていたのです………』
『もう、天国で先に待っている家族達の所に向かいたい………。ああ、勇者様………。ずっとお待ちをしておりした。私達の魂に救済と安寧を、どうかお与え下さい……!』
俺は外にいるみんなの声を聞いて、静かに深呼吸をする。
「……みんな、随分と待たせてしまって本当に悪かった。でも、もう大丈夫だ。異世界の勇者であるこの俺が、みんなを救う為にここにやって来たんだからな。だから安心をしてくれ。これ以上、苦しめさせたりはしないから。みんなはもう、楽になっていいんだ……」
俺はその場で、ゆっくりと右手を空に向けて上げる。
そんな、俺の体に目掛けて。
”ブーーーーーン!!”
”ブーーーーーン!!”
”ブーーーーーン!!”
樹木の魔物達の枝に付いている大量のハチの巣から。
巨大スズメバチ達が群れを成して、また一斉に襲いかかってきた。
――だが、それよりも先に。
俺のスマートウォッチによる指示を受けたドローン達が、上空から急降下をして、こちらに向かってくる。
そして、コンビニの周りに集結した数十機を超える爆撃ドローン達は……。一斉にコンビニの周辺にいる、全ての樹木の魔物達に対して。
小型ミサイルと爆弾の、大量投下を開始した。
一斉投下された爆発物は、コンビニ支店1号店の周りを……激しく燃え盛る、業火の海へと変えていく。
”ズドーーーーーーーーン!!”
”ズドーーーーーーーーン!!”
”ズドーーーーーーーーン!!”
激しい爆撃による炎は、大きな巨大樹の魔物も。
ソシエラが宿っていた樹木の魔物も。
そしてコンビニの外に立っている、この俺自身の体でさえも――。
全てを完全に焼き尽くして。
そこに存在するあらゆるものを『無』に帰していく。
「――なッ!? そ、そんな……馬鹿なッ……!?」
驚きの声を上げたのは、緑の神官であるソシエラだ。
ソシエラにとっては……まさかこの俺が。
正義の味方であるはずの異世界の勇者が、人間の魂が宿っている樹木の魔物達もろとも、全てを爆発させて。
この場から全部を、消し去ってしまうとは思わなかったのだろう。
”ズドーーーーーーーーン!!”
”ズドーーーーーーーーン!!”
連続する大きな爆発音と、激しく燃え盛る炎の海によって。
コンビニの周りに立っていた全ての樹木の魔物達が、激しい炎に包まれながら焼け落ちていく。
30メートルを超える巨大な人面タワーと化していた巨大樹の魔物も。数十発を超えるミサイルの集中攻撃を浴びて。
その巨体は粉々に砕け落ち。燃え盛る業火の中で全てが焼き尽くされて静かに消滅していく。
もちろん、コンビニのすぐそばに立っていた俺も。爆風を直接浴びて無傷で済むはずがない。
ドローン部隊の集中爆撃を浴びた俺の体も。
そして、ソシエラが宿る樹木の魔物の本体も。
空から連続で投下される爆弾と激しい爆風によって、粉々に吹き飛ばされてしまった。
だが……俺の体にだけは、本日2回目のコンビニ店長専用服の緊急自動防御機能が作動した。
爆風で吹き飛ばされるギリギリの所で、白い光のバリアーが全身を包み込み。何とか致命傷を避ける事が出来た。
俺は、白い光のシールドに包まれながら。
目の前で燃え落ちていく、全ての人々の姿を最後まで目を閉じずに直視する。
まるで地獄の業火に包み込まれたように、激しく燃え盛り続ける炎。
ソシエラによって樹木の魔物の中に魂を閉じこれられてしまった人々は……。全員、炎の中で歓喜の表情を浮かべて。救いと感謝の言葉を俺に投げかけてくれていた。
『ありがとう……。勇者様、本当にありがとう……!』
『これでやっと、安らかに死ぬ事が出来ます……。本当に嬉しい……!』
『ああ……長かった苦しみからやっと解放される……。勇者様、俺達を救ってくれて、本当にありがとうございます……!』
燃え盛る炎の中で。みんなの感謝の言葉が聞こえてきた、俺の脳内には……。
懐かしいレイチェルさんの声が連続で聴こえてきた。
『ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました』
『ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました』
『ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました』
『ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました』
『ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました』
『ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました』
『ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりまして』
『ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました』
『ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました』
『ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました』
『ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました』
『ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました』
『ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました』
『ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました』
俺は静かに、レベルアップによって新たに加わった自身の能力を確認してみる事にする。
「――能力確認!」
名前:秋ノ瀬 彼方 (アキノセ カナタ)
年齢:18歳
職業:異世界の勇者レベル30
スキル:『コンビニ』……レベル30
体力値:30
筋力値:30
敏捷値:30
魔力値:10
幸運値:30
習得魔法:なし
習得技能:異世界の勇者の成長促進技能レベル4
称号:『救済の勇者』
――コンビニの商品レベルが30になりました。
――コンビニの耐久レベルが30になりました。
『商品』
コンビニおでん
コンビニチキン
コンビニ肉まんシリーズ
が、追加されました。
『耐久設備』
コンビニ本店にコンビニ工場
コンビニ本店にコンビニコンサートホール
コンビニ本店に守護獣『黒ヘビ』1匹。
コンビニ本店に守護獣『カディス』2匹
コンビニガード1000体
コンビニ店長専用ロングコート
コンビニ店長専用守護衛星2機
が、追加をされました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……なあ、こんなにも寒い場所で監視をしている意味なんて、本当にあるのかよ? 俺達も南に行って魔王領の魔王退治や、グランデイル王国の監視の任務についた方が良いんじゃないのか?」
大陸の遥か北にある、極寒の土地。
この世界の人々は、ほとんど寄りつく事がないとされるこの地に。女神教によって建てられた小さな監視塔がひっそりと存在している。
そこには、枢機卿の命令を受けた女神教の監視員達が数名、常時待機を命じられていた。
「――仕方がないだろう? この『禁断の地』を監視し続ける事は、女神教の大きな使命の1つとされているんだから。大昔にこの世界全てを滅ぼしたという『大魔王』が出現をして以来……。この禁断の地を監視し続けるのは、我々女神教徒が行い続けなければならない、聖なる任務の1つとされているんだぞ」
「そうは言ってもなぁ……。他のみんなが南で大きな任務をこなしている最中だというのに。こんな所ににいても、どうせ何も変化はないんだから、俺は意味がないと思うけどなぁ」
「いいや、そうとも限らないぞ? ついこの間、数千年もの沈黙を破って、この禁断の地から謎の黒い飛行物体が大量に南のミランダ領に向けて飛んでいったというじゃないか。この禁断の地に、何かしらの大きな変化が起きている可能性は高い。だからここを監視する仕事は、かなり重要な役割と今はなっているんだ。気を抜かずにちゃんと監視を続けた方が良いぞ。でないと、枢機卿様にキツイお叱りを受けてしまうからな」
「分かった、分かったよ! しっかりと禁断の地を監視していればいいんだろう?」
小さな監視塔の屋上にいる2人の男達は、寒さに耐えながらもじっと禁断の地の方向を見守り続ける。
太古の昔より、この地には目に見えない結界が張られている。
そう、何人たりとも。結界の中への侵入を許さないという、見えないバリアーが禁断の地には張られているのだ。
禁断の地に張られた結界の奥には、決して誰も入る事が出来ない。
もし、無理矢理押し入ろうとすると。
どこからか謎の黒い飛行物体が飛んできて。侵入者は激しい爆発と爆風で、粉々に砕かれてしまうと言われている。
だから、知恵ある者は決してこの禁断の地に寄り付くような事はしないのだ。
そんな封印をされた、この地で――。
「お、おい……!? アレは一体何だ……!?」
2人の監視員の男達は、大きく目を見開いて驚愕する。
大地に大きな地響きを轟かせながら、禁断の地の奥から『巨大な建造物』が、歩いてこちらに向かってきていたのだ。
その姿は――まるで巨大な蜘蛛だ。
中心部には巨大な建造物があり。その周りからは大きな8本の脚が生えていて、もの凄い速さでこちらに向けて歩いてきている。
全長はおおよそ、100メートルは超えているだろうか?
とにかく物凄く巨大な『何か』が、この禁断の地の結界を越えて。
南西の方角に向けて突進をするように、女神教の監視員達の目の前をあっという間に通り抜けていったのである。
「あ、あれは……一体何なんだ!? あんなバカでかいモノが、禁断の地の中から突然出現するなんて!?」
禁断の地から現れた、巨大な移動物体を目撃した2人の監視員のうち。
1人の男が、恐怖で全身を震わせながらポツリと小さく呟いた。
「あれは、たぶん……『コンビニ』なんじゃないかな?」
「――はあ!? あれがコンビニだって? それって今、枢機卿様が女神教の総力をあげて倒そうとされている、異世界の勇者が操る能力なんじゃないのか?」
「俺……以前にコンビニの勇者の偵察の任務を受けて。トロイヤの街に滞在をしていた事があったんだよ。その時に、コンビニの勇者が出す異世界の建造物――『コンビニ』を直接見た事があったから、たぶん間違いないと思う。ただ、その大きさは全然違ったけどな。さっきのアレは、俺がトロイヤの街で見かけたコンビニの10倍くらいの大きさがあった。しかも、周りには8本近い巨大な脚が付いて、大地の上を歩いて移動していたし」
「じゃ、じゃあ……。さっき、禁断の地から出てきたその巨大な『コンビニ』の上に1人で立っていた女性は、一体誰だったんだよ?」
「えっ、女性だって……!? 俺は見なかったけれど、お前はコンビニの上に誰かが立っているのを見たっていうのか?」
尋ねられた男は、コクコクと首を上下に力強く振って頷いてみせた。
「ああ……俺は間違いなく見たぞ! あの巨大な蜘蛛みたいな移動物体の中心部の上に。髪の長い女性が1人、腕を組みながら立っていたんだ。灰色の服装に、長い綺麗なピンク色の髪を風になびかせていたから、きっと間違いないと思う。アレは確かに、女性だったぞ……」
「………………」
2人はお互いに顔を見合わせて、しばらく沈黙した。
そして、すぐに自分達に与えられた大切な任務を思い出したのだった。
「と、とにかく……! すぐに枢機卿様にこの事を連絡するんだ!! 禁断の地から、高速で移動をする巨大な物体が南西の方角に向けて進んで行ったと……。あの方角は、そうだ! おそらくアレは『魔王領』の方向に向かって進んでいったのだと、大至急にお伝えをしなくては!」