第百六十二話 幻想の森の樹木達
コンビニの外に広がる景色を見て。驚愕の表情を浮かべているアイリーンのそばに、俺達は慌てて駆け寄る。
「アイリーン……大丈夫か? 外には一体何がいるんだ!?」
「店長、新手の魔物達がコンビニの周りを取り囲んでいます! それもかなり大きな魔物の群れのようです!」
コンビニ支店1号店の外に、集まってきていたもの。
それは大きくて太い根を器用に動かしながら。こちらに向けてゆっくりと接近してくる『巨大な樹木』の姿をした異形の魔物達だった。
それぞれの高さは、10メートルはゆうに超えているであろう、茶色い樹木の魔物達。
樹木に付いている長い枝には、緑色の葉っぱが大量に生い茂っている。
普段は地面の下に伸びているはずの大きな根が、地表部分に飛び出していて。まるでタコの足のように、それらを器用に動かしながら、魔物達はこちらに迫って来ていた。
そして、巨大な樹木の魔物達の幹の部分には……。
大きくて不気味な『人間の顔』のようなモノが張り付いている。これはいわゆる『人面樹』と呼ばれるような、モンスター達なのだろう。
タコみたいに地面の上を、大きな樹が歩いているだけでも十分に気持ちが悪いのに。
おまけに不気味な人間の顔まで付いているという、実に気味の悪い外見をした魔物達だった。
やっぱり、ゲーム画面の中では当たり前のように存在しているモンスター達でさえも。いざ、こうして実際に現実の世界で目の当たりにすると……。
その見た目の恐ろしさや不気味さは、想像以上に増して見えるものだと改めて思わされた。
そんな気味の悪い人面樹の魔物達が、おおよそ数十体ほど……。今は、俺達のいるコンビニ支店1号店の周りを、ぐるりと取り囲んでいる。
「なんなのよ、あれ〜!? 大きな木に人間の顔が張り付いていて、すっごく気持ち怖いよ〜!!」
同じくコンビニの外の様子を見た、玉木、ティーナ、香苗の3人が……。揃ってコンビニの周りを囲んでいる人面樹達の姿を見て、体を震わせていた。
確かにコンビニの周りにいる魔物達は、不気味ではあるけれど。
ソシエラはの奴は一体、どういうつもりなんだろう?
さっきから、あの人面樹の魔物達はコンビニの周囲をぐるりと取り囲むだけで。こちらに対して攻撃を仕掛けてくる素振りが全くない。
あれだけ大きな樹木の魔物達なのに、一切攻撃をせずに。コンビニの周りを囲んでいるだけ、というのも何か変だ。
「アイリーン、この状況をどう思う?」
俺はうちの最大戦力であるコンビニの守護騎士様に、外にいる敵の戦力分析を依頼する。
「そうですね。たしかに気味の悪い魔物達ではありますが……。先ほどの巨大ハチ達の大群に比べたら、それほど脅威には感じません。動きも遅いようですし、数もせいぜい数十体ほどです。このコンビニを攻め落とすには、明らかに戦力不足な数だと思われます」
そうだよな。たしかに、巨大な人面樹ではあるけれど。動きはノロそうだし、お世辞にもそんなに攻撃力が高そうにも見えない。
コンビニの外を取り囲んでいる魔物達が、あまり脅威には感じられないという点では、俺もアイリーンと同意見だった。
正直な所、あれなら……。マイラ村に押し寄せてきた数万匹を超える巨大サソリの群れの方が、遥かに迫力があったぞ。
でも、俺はちょっとだけ嫌な予感を感じてしまっていた。
あの緑の神官のソシエラが、俺を始末する為にこんなお粗末な魔物の軍勢だけを送ってくるだろうか?
『動物園の勇者』から生み出された、魔王軍の緑色担当の守護者――緑魔龍公爵も見た目とは違って。性格的にはだいぶ、ぶっ飛んだ奴だったからな。
だから『緑色』の守護者と聞くだけで。俺にはソシエラがかなりヤバい奴なんじゃないかと思えて、ついつい本能的に身構えてしまう部分がある。
「……店長、敵の戦力を分析する為にも、いったん私が外にいるあの樹木の魔物達に、攻撃を加えてみても良いでしょうか?」
アイリーンが黄金の剣に右手で持ちながら。真剣な表情で俺に問いかけてきた。
「分かった。でも、くれぐれも気をつけるんだぞ。敵は何かしらの罠を仕掛けてきている可能性が強い。ここは緑の神官ソシエラの領域内だからな。油断だけはしないようにしてくれ!」
「畏まりました、店長! 行って参ります!」
アイリーンがコンビニ支店1号店から、自動ドアを開けて外に出撃していく。
先ほどまでコンビニに襲い掛かってきていた巨大ハチ達の攻撃は、どうやら止んでいるようだった。
その辺りも少し不気味な所ではあるな。今までずっと無限に押し寄せて来ていたはずのハチ達が、どうして今は襲撃をして来ないのだろう……?
何か、俺達をコンビニの外にわざと出させて。あの人面樹の魔物達と戦わせようと誘導をしているような気がして……。俺はソシエラの思惑が分からずに、不安を抱いてしまう。
「うおおおおおおぉぉっーーー!!」
コンビニの外に颯爽と飛び出て。
周囲を取り囲んでいる、おおよそ30体ほどの人面樹の魔物達のうちの1体に――。
アイリーンが大きくジャンプをしながら、黄金剣で斬りかかった。
”ズシャーーーーーーーァァッ!!”
コンビニの正面に立ち塞がっていた、大きな人面樹の魔物の枝の部分を――。アイリーンが繰り出した黄金剣が、綺麗に真っ二つに引き裂いた。
元々、アイリーンの攻撃力が高いという事もあるが。
特に何の抵抗もなく――。いともあっさりと、簡単に斬り裂かれてしまう人面樹の枝部分。
そこには、何か罠のようなモノが待ち構えている……という気配は微塵も感じられなかった。
どうした――?
敵は何も反撃をしてこないのか?
アイリーンが攻撃を加えてみても。樹木の魔物達はまるで反撃をしてくる素振りを見せない。それどころか、防御をする事さえしなかった。
この魔物達は一体、何がしたいんだ?
俺は訝しげに外の人面樹達の様子を、注意深く見つめ続けていると――。
突然、魂の底にまで響き渡るような。低い『唸り声』が周辺から一斉に聞こえてきた。
『…………痛ぃぃ…………。助けてぇぇぇ…………』
おどろおどろしい表情をした人面樹の魔物が……『人間』の声のようなものを発した事に、アイリーンが驚く。
聞こえてきたのは、低い女性の声だった。
アイリーンが今、黄金剣で斬り裂いた樹木の魔物が……泣きそうな声で突然、呻き出したのだ。
「なっ……!? これは、一体……!?」
樹木の魔物の枝を斬り裂いたアイリーンが、激しく動揺する。
その様子をコンビニの中から見守っていた俺達も、思わず絶句してしまった。
まさかこれは、もしかして……。
コンビニの周りを取り囲んでいた、人面樹の魔物達が。一斉に、低い『人間の声』を発して俺達に向けて話しかけてきた。
『………苦しいよぉぉ………助けてぇぇぇ…………』
『………誰かぁぁぁ………ぅぅぅ………』
『………ここから………出してぇぇ………』
『………痛いよぉぉぉ………死にたいよぉぉ………』
幻想の森の中に轟く、怨嗟の叫び声と負の連鎖。
その声はまるで、呪いと嘆きに満ちた呪詛の木霊となって。幻想の森の隅々にまで響き渡っていく。
コンビニを取り囲む人面樹の魔物達は、その幹の部分に付いている人間の顔から。この世のものとは思えないほどに、苦しそうな救いを求める人々の嘆きの声を発し。
その大きな巨体を揺らしながら、大量の葉っぱをざわめかせていた。
「か、彼方くん。これは、もしかして………」
香苗が泣きそうな表情を浮かべて、俺に声を掛けてくる。
「ああ。外にいる魔物達は、きっと元々は『人間』だったんだ。クソッ……何て酷い事をしやがるんだッ! ソシエラの野郎、絶対に許さないぞッ!!」
俺は、両手の拳を跡が付くくらいに強く握りしめて。コンビニの外へと急いで飛び出した。
「彼方様――っ!!」
ティーナや玉木が俺を呼び止める声が後ろから聞こえた気がしたが……。
今の俺の頭の中は、もう……完全に真っ白になっていた。
血管を巡る血液は、沸騰寸前にまで温度が上昇し。脳細胞がグツグツと熱く煮えたぎっているのが分かる。
「ソシエラーーッ!! どこにいやがるーーッ! 出てきやがれーー!! 俺はここにいるぞーーッ!!!」
コンビニ支店1号店の屋上に飛び乗った俺は、全力でこの森のどこかにいるであろう、クソ野郎に向けて大きな叫び声を上げる。
すると、コンビニの周囲を取り囲む人面樹のうちの1体が。俺の呼びかけに答えるかのように、クスクスと笑い声をあげ始めた。
「――フフフ。私ならずっとここにいますよ、コンビニの勇者よ。あなたが私の可愛いハチ達と戯れていた時から、ずっと私はあなたのそばで見守っていました」
コンビニの正面に立つ、1体の人面樹の魔物。
その1体は、他の人面樹達とは明らかに違った雰囲気を出している。苦しみ悶える苦悶の表情をした、他も人面樹とは違い。
そいつだけは、爽やかな笑顔を浮かべながら俺に話しかけてきた。
「お前がソシエラの本体なのか? カイワレの芽の先っぽに女の顔が付いているだけのクソ野郎かと思ったら……。今度は木の幹にニヤけ顔を付けた人面樹として再登場って訳かよ。相変わらず不気味で趣味の悪い野郎だぜ!!」
「……ええ。私の体はいつだって緑色の植物と共にあるのです。モンスーン様の下さる、豊かな太陽の光の恵みを全身に浴びて。この森ですくすくと育つ、緑色の豊かな植物達を統べるのがこの私――緑の神官ソシエラの役目なのですから」
「そんな御託なんか、今はどうでもいいんだッ! お前の周りにいる、この魔物達は一体どうなっている!? なぜ、この樹木の魔物達には人間の顔が付いていて、みんな苦しそうに呻いているんだ! それを説明しろ!」
俺は睨みつけるようにして。正面で1体だけ、微笑みの表情を浮かべているソシエラに対して問いかけた。
「ああ……この者達の正体を、あなたは知りたがっているのですね。私と同じ姿をしているこの樹木の魔物達は、人間と植物を程良い加減でブレンドをさせた『ハーフ』の魔物達なのです。砂漠に住む村々の人間達から、生け贄に捧げられた者達を材料として再利用しています。元々、存在価値の無い家畜達でしたけど、こうして私の芸術作品として生まれ変わる事が出来たのは彼らにとって、本当に幸せな事でした。……どうです? とても素敵な『作品』に仕上がったとは思いませんか? コンビニの勇者よ」
目の前のサイコパス人面樹が、ドヤ顔で俺にそう告げてきやがった。
「てめえええぇぇーーーッ! マジで許さないぞ! アイリーン! 構わないから、そのサイコ野郎をお前の黄金の剣で真っ二つに斬り裂いてしまえッ!!」
「了解しました、店長!!」
はらわたが煮えくり返る思いをしていたのは、アイリーンも同じだったのだろう。
黄金剣を両手で真っ直ぐに構えると。すぐさまにアイリーンは、青い風となって颯爽と駆け出していく。
そして、コンビニの正面で不気味に笑うソシエラの本体の樹木を、一気に上から真っ二つに斬り裂いた。
”ズシャーーーーーーーーッ!!
『………痛ぃぃ………。痛いよぉぉぉ………。でもこれで、やっと死ぬ事が出来るぅぅ………。本当に、本当にありがとぉぉ………」
「えっ……!?」
「これは、まさか……!?」
俺とアイリーンが同時に驚きの声を漏らす。
アイリーンが黄金剣でソシエラの本体だと思って斬り裂いた巨大な樹木の魔物は……。
最期に感謝の言葉を残して。その体を蒸発させるかのように、静かに空気の泡となって森の中から消えていった。
状況が分からずに、動揺する俺とアイリーンを横目に。
今さっき、アイリーンが真っ二つに斬り裂いた人面樹のすぐ横に立っている別の人面樹の魔物の顔が……。
突然、ニタ〜〜と。気味の悪い笑顔を浮かべて俺達2人に向けて話しかけてくる。
「ああ……とても、とても残念でしたね。ハズレです。私の本体は実はこっちでした。そう、まるで季節の変わり目のように、私の本体の場所はとても気まぐれに移動をしているのです」
「こ、この野郎……ッ!!」
「私には、あなたがなぜ怒りの表情を浮かべているのかが分かりかねます。だって、これはあなたにとっての『ボーナスステージ』ではありませんか? 人間を大量に殺せば異世界の勇者はレベルを大幅に上げる事が出来ます。この世界で魔王となり、不老の存在を目指すのならば、人間達を大量虐殺しなければならないですよ? ですから私はその手助けをしてあげているのです。さあ、私を殺すという立派な大義名分の為に。ここにいる元村人達を好きなだけ殺してしまって良いのですよ……フフフ」
「何だって! お前は、今……一体何を言いやがったんだ!?」
人間を大量に殺せば、異世界の勇者としてのレベルが上がるだと?
何だそれは? そんな話、誰からも俺は聞いた事はなかったぞ……。
困惑する俺の様子見て。ソシエラの本体が乗り移り。1体だけニヤニヤと笑い顔を浮かべている人面樹が、またドヤ顔で俺に話しかけてきた。
「おやおや……。どうやらあなたはこの世界で『魔王』となる方法をまだ知らなかったようですね? 簡単な事なのです。無限に、無制限に、人間達を好きなだけ楽しみながらじっくりと殺していけば良いだけなのです。別にあなた自身が手を下さなくとも、あなたの守護者が代わりに人間共を殺しても良いのですよ? 上手に、効率よく、大量に殺していけば。すぐにでも異世界の勇者レベルは99を超えるでしょう。そうすれば、めでたく新しい『魔王』の誕生という訳なのです」
「………………」
饒舌に語るソシエラの演説を、俺とアイリーンは、ただその場で黙って聞いている事しか出来なかった。
今まで、この世界に召喚された異世界の勇者が……。
正確には、召喚された勇者達の中で『無限の能力』を持つ者が。
どうやって魔王になるのか、という事については俺はずっと疑問を抱いていた。
ドリシア王国のククリアもその辺りは、俺に詳しく説明はしてくれなかったしな。
それが何だって……?
人間を大量に殺せば良いだって?
そうすればすぐにでも、レベルが99になってカンストをするだと?
――ふざけるな!!
闇堕ちするとかいう、そんなよく分からない曖昧な基準ではなく。人間の大量虐殺が『魔王化』の条件だっていうのかよ……!
魔王になる為には、一体何人この世界の人間を殺せば良いのかなんて、具体的な数字は知らないが。
一体何なんだよ、そのふざけた条件は……!
ククリアが俺にその事を話したがらなかったのも、そういう事情があったからなのか。
それを俺に下手に話して、もし俺が自分のレベルを上げたいという自己の利益の為だけに。無差別に人を殺してまくって、レベル上げの実験でも始めたら大変な事になるからな。
それに、それが魔王になる為の条件になると言うのなら……。『動物園』の勇者である冬馬このはも――その、【魔王へと変わり果てる為の道】を過去に通ってきた事になる。
ククリアとしては、自分の主人がこの世界の人間を大量虐殺した過去についてなんて、とてもじゃないが俺には話したくなかったのだろう。
幸いにも俺はまだ、この世界で人間を殺した経験がほとんど無い。
『ほとんど』という注釈を付けたのは――。もしかしたら俺の知らない所で、いつの間にかに俺のコンビニのせいで犠牲になった人間もいたかもしれないからだ。
例えば、カディナの街の壁外区に押し寄せてきたグランデイルの騎士達を、コンビニのガトリング砲で撃退した時に……。
ガトリング砲で吹き飛ばした騎士団の中には、ショックガンが命中した衝撃で、命を落とした者だっていたかもしれない。
あるいは、俺の知らない所で――。
うちの守護者であるセーリス辺りが、こっそりと人間を殺したりしていた事もあったかもしれないからな。なにせ、俺の守護者が人間を殺したとしても、レベル上げのポイント対象となってしまうのだろう? もしレイチェルさんが大量に人を殺すような事があっても、俺は魔王化をする可能性があるという訳だ。
今までは、強力な魔物と戦ったり。みんなで仲良くコンビニの経営をして。売上がたくさん上がったらレベルが上がったりと……『勇者らしい』行為をする事で、俺のレベルは上がっているのだと思っていたのに。
クソッ……何ていい加減な基準なんだよ!
それに、ソシエラのクソ野郎がさっき俺に向けてほざいた言葉も気に食わない。
これが『ボーナスステージ』だって……?
砂漠の村人達を使って作り上げた魔物達を倒せば、俺のレベルも上がるだろうから美味しいだと?
そんな発想をする、サイコ野郎のコイツだけは絶対に俺は許す事は出来ない!
「さあ、さあ、そんなに怖い顔をしないで。レベルアップの出来るラッキーアイテムが、周りにたくさん転がっているのですから。遠慮せずに全て美味しく頂いて良いのですよ、異世界の勇者様? フフフ……。まあ、あなたにはきっと、それは出来ないですよね? だってあなたは正義の味方なのですから。そんなつまらない感傷など、さっさと捨ててしまった方が、この世界では楽に過ごせるというのに……。ああ、哀れなコンビニの勇者。あなたの命など、まるで季節の変わり目のように、これからすぐに消え去ってしまうというのに」
ソシエラの本体が宿った人面樹が、顔を歪ませるくらいに大きな口を開いて高らかに笑う。
すると――。
コンビニの周囲を取り囲んでいた人面樹達の枝に。
大きくて丸い、大量の『ハチの巣』が突如として出現をした。
「店長、危ないです! コンビニの外にいては危険です!!」
とっさに危険を察知したアイリーンが、大声で俺に向けて呼びかけてくる。
……だが、もう間に合わない!
”ブーーーーーーーーーン!!”
”ブーーーーーーーーーン!!”
”ブーーーーーーーーーン!!”
コンビニを取り囲む人面樹達の枝に出来た、大量のスズメハチの巣から。
再び、巨大なスズメハチ達が一斉に飛び出してくる。
そして、コンビニの屋上に立つ俺を目掛けて。
ハチ達は凄まじい羽音を鳴らしながら、猛烈な勢いで襲い掛かってきた。