第百五十九話 密林の罠
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
広大な黄色い砂漠の上を、ひたすら西に向かって飛び続ける事――おおよそ1時間。
飛行型のドローンに乗って。風を切りながら進んでいく俺の視界の先には――。一面、緑色一色に染まっている、深い森に覆われた土地が見えてきた。
「あれが、緑の神官のソシエラがいる『幻想の森』なのか? アマゾンのジャングルみたいな所だな……」
黄色い砂しかない砂漠を、やっと抜けたと思ったら。
今度は深い緑色に染まった、大密林地帯が俺を待ち受けていた。
黄色い無限砂漠の次は、緑色のジャングルか。……どうやら『灼熱砂漠の魔王』モンスーンのテリトリーは、思っていたよりもかなり広いらしい。だが、『幻想の森』自体の広さは、周囲の砂漠に比べるとそこまでは大きくないようだ。
どちらかと言うと、砂漠の端っこに緑色の密林地帯が混ざり混んでいるような感じに見える。
空から見ると、密林地帯の広さは砂漠に比べるとそこまでは大きくないように見えた。イメージ的には、大都会の中にポツンと広がっている国立公園の緑地帯って感じだな。
緑の神官ソシエラは、この砂漠の隅に広がる密林地帯に根拠地を置いているらしい。
俺は慎重に飛行ドローンを砂漠と密林の丁度、境界となる部分に不時着させた。
そしてそのまま、緑色のジャングルの中へと歩いて入っていく。
「――ううっ。何だか思ってた以上に、めっちゃ『ジャングル』って感じの場所だな……。グランデイルの街を追放された時に歩いたソラディスの森は、森林地帯っていうイメージだったけど。ここは本当に南米のジャングルのど真ん中って感じがするぞ」
鬱蒼と生い茂る緑の木々。
砂漠ほどではないけど、蒸し暑く。かなり湿度の高い密林地帯。
ここ、本当に大丈夫なのか? いきなり毒グモのタランチュラとか毒ヘビとか、木の上から降ってきたりしないよな?
俺のコンビニ店長専用服って、そういうのもちゃんと防いでくれたりするのだろうか。
これから緑の神官ソシエラと戦うっていう時に……。1日に3回しか発動できない、コンビニ店長服の無敵ガードを、毒グモに刺されて消費しちゃった、なんて事になったらたまったものじゃないぞ。
――ハッ!?
まさかこのジャングル自体が、俺のコンビニ店長服の無敵防御機能を削り取る為だったりしないだろうな?
青の神官と戦った俺の戦闘スタイルを研究されて。俺のコンビニ店長服の弱点を、真っ先に突こうとする思惑だったら……本当にヤバい気がする。
「出でよーーッ!!! コンビニ支店3号店ッ!!」
俺はとっさにポケットにしまってあるカプセルを取り出し。目の前に、コンビニ支店3号店を出現させた。
これは、あくまで自衛の為だからな。
決してジャングルに潜む、人間に有害な昆虫や動物の存在が怖くなって。臆病風に吹かれたからじゃないからな。
俺は慌てて、森の中に建ったコンビニの中に駆け込む。
店内に入った途端に感じる、エアコンの快適な空調。涼しく肌に心地良い、除菌イオンの混ざった爽やかな風。
まさに現代文明が生み出した、最新家電製品が生み出す究極の癒しの息吹。目には見えない除菌イオンの香りも俺には全て清々しく感じられる。
ああ……コレだよ、コレ。
俺が求めていたものは、まさにコレなんだよ。もう、ちゃっちゃと認めるけどさ。俺って本当に根っからの『コンビニ大好き人間』なんだよ。
夏のめちゃくちゃ蒸し暑い天気の日には、学校帰りにすぐにコンビニの中に飛び込んでたくらいだし。こんなにも暑い湿気に包まれたジャングルの中なんて、現代っ子の俺には、耐えられる訳がないんだよ。
よーし! エアコンの空気を浴びて、いつもの調子が戻ってきたぞ。さっそく、仕事に取り掛かるとしよう!
俺はコンビニの事務所の中に入って、すぐにパソコンの電源をつけた。
コンビニの周りには、護衛用のコンビニガードを10体ほど出撃させ。屋上からは偵察ドローンを5機を離陸させて、コンビニ支店3号店周辺の偵察活動を行わせる。
この辺りの操作は、もうお手のものだな。
普段はティーナや、玉木にパソコンの操作をして貰っている事が多いけど。やっぱり、俺以上にこの異世界コンビニを上手に使いこなせる人間はいないと思うんだ。
何だかんだいって、俺はこのコンビニの中でずっと過ごしてきた。だから『俺+コンビニ』の組み合わせは、まさに最強のタッグと言ってもいいだろう。
そして、更には俺とコンビニ本店の主であるレイチェルさんがタッグを組めば、本当に最強の力を引き出せると思っている。
……正直、俺とレイチェルさんのコンビが本気を出せば。この世界の全てを、直接コンビニで支配する事さえ出来てしまうんじゃないかと思う時もある。
「――大昔の大魔王が、もし本当にこの世界に召喚をされてきた『過去の俺』なのだとしたら……」
その過去の俺は、コンビニの能力を完全に使いこなして。この世界全てを直接支配したという事なのだろうか?
――いやいや、ダメだ!
俺は身震いをするように首を振って。頭に浮かんだ危険な考えを記憶の隅から永遠に追い出す事にする。
ふぅ〜っ!
そういう危険な発想は、絶対に考えてはいけない。
……でも。
そう、あくまでも仮にだ。
もし、俺がコンビニの能力をフルに使って、突然『暴走』をするような事があったりでもしたら。
その時は、コンビニ本店のレイチェルさんは……本当に俺の暴走を全力で止めてくれるのだろうか?
それとも……。もしかしたら俺以上にレイチェルさんは、この世界を積極的に『破滅』させようとしたりしないのだろうか?
それこそ悪い意味で、俺とレイチェルさんが2人とも『ダークサイド』の方向に振り切れてしまったら。
誰も俺達を止められるような力を持った人間は、この世界には存在しなくなったりしないだろうか……と、心配になってしまう。
俺の思考が、薄暗い闇の中に片足が一歩だけ。
深く沈みかけそうになった、その時――。
”ザザザーーーーッ!!”
「――うわぁぁあっ!?」
突然スマートウォッチから、機械の無線音が聞こえてきた。
俺はその音に驚いて。事務所のパソコン操作用の椅子の上から、後ろに転げ落ちてしまう。
「イテテてててて………っ!」
ちょっとだけ、邪な事を考えていた罰が当たったのか?
痛めた腰に手を当てながら。俺はすぐに上体を起こして、スマートウォッチのタッチパネルを操作した。
すると、左手に付けているスマートウォッチから。聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「ザザー、ザーザーーッ! ……店長! 聞こえますか!? 私です、アイリーンです!」
「えっ、アイリーンなのか!? 今、どこにいるんだ?」
俺はスマートウォッチから聞こえてくるアイリーンの声に向けて、とっさに叫ぶ。
まさか、途絶えていた通信機能が復活したのか?
「ザザー、ザーザー……。ハイ、今はコンビニ支店1号店の中の固定電話から通話をしています。ずっと店長と通信が取れない状態が続いていたのですが……。突然、店長の操作するスマートウォッチからの微弱な電波をキャッチ出来ましたので、慌てて電話をかけさせて頂きました。店長は大丈夫ですか? 今、どちらにいらっしゃるのですか?」
「俺は今、砂漠の西にある『幻想の森』という場所に来ているんだ。緑の神官のソシエラって奴が、みんなをこの森の中で捕らえていると言うから……。俺はここに、みんなを助けに来たんだ」
「そ、そんな……! 店長もこの幻想の森の中に入ってしまったのですか!? 店長、すぐにコンビニの中に隠れて下さい! 森の中は危険です! 入口の戸締まりを厳重にして、外に出ないで下さい! 森の中にいたらすぐに敵に襲われてしまいます。無数のハチが永遠に襲撃してきますので、コンビニの扉を閉めて絶対に外には出ないようにして下さい! ザザー、ザー……店長? 聞こえていますか? 店長……?」
なんだ……? アイリーンの声がだんだんと小さくなって途切れていくぞ。
「お、おい……アイリーン! 俺の声が聞こえるか!? アイリーーーン!!」
”――プツン――”
クソッ……! スマートウォッチからの通話が、全く聞こえなくなってしまった。でも、どうやらコンビニ支店1号店のみんなはこの付近にいるらしい。
通信が一瞬だけ回復をしたのは、もしかしたら、アイリーン達がかなり近い場所にいるからなのかもしれないぞ。
だとしたら、すぐにでもみんなを探しにいかないと!
俺はコンビニの外に飛び出そうとして。慌てて椅子から飛び起きたが、いったん立ち止まる。
――待てよ? 今、アイリーンは『コンビニから外に出るな』って言ってなかったか……?
それに『無数のハチ』が襲ってくるとも、言っていたな。
急いで上空に待機をさせている、偵察ドローンの映像を確認をしてみる事にする。
パソコンのモニターに映し出されている映像には、コンビニの周囲を守らせていたコンビニガード達の姿が……全く映っていない。いつの間にかコンビニガード達は、全てどこかに消え去ってしまっていた。
「えっ? 俺のコンビニガード達は一体どこにいったんだ? さっきまで外に10体、待機せていたのに……」
しばらくすると、突然――。
”――ピシッ!!”
モニターに映し出されていた、コンビニ入り口付近の監視カメラの映像が途切れてしまう。
ザザー……っと、白黒のさざ波がずっと流れている画面に切り替わり。コンビニ入口付近の様子が、監視カメラからは確認出来なくなった。
上空にいる偵察ドローンからの映像はまだ健在だが。特にコンビニに、何か大きな魔物達が襲い掛かってきているような様子は映っていない。
……だが、コンビニの外からは、
”ピシッピシッ! ピシッピシッ!” ……っと、何かを突くような音が連続で聞こえてきた。
俺は事務所を出て、コンビニの店内に戻ってみると。
「うおおおおっ!? な、何だよ、コイツらは!?」
コンビニの入口付近のガラス窓には、一面……びっしりと『黄色いハチ』の群れがへばり付いていた。
しかも、一匹一匹の大きさがかなり大きいぞ。
単体でも、手の平サイズのぬいぐるみくらいの大きさがはある。おまけに尻尾に付いてる鋭く長い針で、コンビニのガラス窓を滅多刺しにしてきていやがる。
ヤバッ……!
これじゃあ、すぐにガラス窓をぶち破られてしまうぞ!
俺はすぐにコンビニ全体に、防衛用の強化ステンレスパイプシャッターを下ろした。
幸いなことに。ガラス窓にひっ付いていた黄色い巨大ハチは……そのサイズがあまりにも大き過ぎたからな。
頭上から突然、ステンレスシャッターを降ろされた事で。ガラスに密集して張り付いていたハチ達を、丁度雑巾で上から拭き落としていくかのように。強制的にガラス戸から引き剥がす事に成功した。
……だが、コンビニのガラス窓からいったん離れたハチ達は、そのまま外に逃げる事はなく。今度は強化ステンレスパイプシャッターに向けて再度、猛烈な攻撃を仕掛けてくる。
”カキカキーーーン!”
”カキカキーーーン!”
”カキカキーーーン!”
金属製の強化シャッターに、無数の巨大ハチ達の尻尾から飛び出ている、鋭い針が打ち込まれていく。
うおおおおおっ、めっちゃうるせえええぇぇッ!!!
金属をトンカチで打ち込むような金切り音が、ずっと店内に鳴り響いてくる。こんなのをずっと聞かされ続けたら、確実にノイローゼになっちまうぞ。
頼むからいったん止めてくれよ。カキカキうるさ過ぎて、このままだと耳の鼓膜と脳が破壊されてしまう!
「くっそッ……!! こうなったら……!!」
見てろよハチ野郎達め。お前らを全部、丸焼きにしてやるからな!
ハチの姿焼きにして、後でゆっくりと食べてやる。
たしか……ハチって焼いて食べれるんだろ? あれ、食べれるのは幼虫の時だけだっけか? 何かのテレビ番組でスズメバチって結構栄養価が高いって聞いた気がしたけど。
まあ、そんな事は今はどうでもいい。
一匹残らず……全て焼き尽くしてやるだけだ。
俺は事務所の中に駆け込むと。急いでパソコンを操作して、コンビニの屋上から『ガトリング砲』と『攻撃ドローン』を同時に展開させる。
外からドローンのミサイルをコンビニに向けて撃ち込むんだ。そうすれば、シャッターに張り付いている巨大バチの群れを、残らず焼き尽くす事が出来るはずだ。
コンビニには強化ステンレスパイプシャッターがあるから、ミサイルをコンビニに向けて撃ち込んだとしても。すぐに粉々になるって事はないだろう。きっと、多少は持ち堪えてくれるはずだ。
「あ、あれ? えっ……これ、どういう事になってるんだ!?」
おいおいおい! 何でガトリング砲が屋上から出てこないんだよ! ドローンも、全然屋上から離陸出来ないし。これは一体どうなっているんだ……?
俺は上空で待機をさせている偵察ドローンのカメラ映像を見て、愕然としてしまう。
「――何だよ、コレ!? 黄色い巨大ハチが、隙間も無いくらいにびっしりとコンビニの屋上全てに張り付いてやがるぞ!」
ぐへ〜ッ!! マジでやめてくれよ!
こういう虫の密集系の映像だけは、生理的に無理だから絶対に見たくなかったのに……。
コンビニ屋上のドローン離陸用のカタパルトや。5連装式のガトリング砲の収納口を、完全に黄色いハチ達が塞いでしまってる。
これじゃあもう、ドローンもガトリング砲も外に出す事が出来ないぞ。
こいつは……思ってたよりも大ピンチかもしれないな。
コンビニの勇者には、剣で敵と戦ったり。魔法を操って敵を倒すような戦闘能力は全く無いからな。
あの大量のハチ達が、コンビニの店内に侵入してきてしまったら――その時はまさに『万事休す』だ。
昔、グランデイル王国から追い出された時は、こんな風に魔物に追い詰められて、コンビニに立て篭もるような事もあったけれど。
まさか、またあの時と同じようなピンチに直面してしまうなんて……思ってもいなかったぞ。
スマートウォッチのタッチパネルをいくら押してみても。アイリーンとの通話はやっぱり出来ない。メールを何度送ってみても、送信する事がそもそも出来ない。
くそッ……!
しばらくは、コンビニの店内に篭り続けるしかないか。
強化ステンレスパイプシャッターにはそれなりの強度がある。ハチに刺されたくらいですぐに壊れる……という事はないだろう。
――と、俺は頭の中で安易に考えていたら。
”ビシッビシッビシッ――!!”
コンビニの外壁に展開している、強化ステンレスパイプシャッターに……突然、ヒビが入り始めた。
うおおおっ!? 何で金属製の強化ステンレスパイプシャッターに亀裂が入るんだよ!?
あのハチ達の尻尾には、金属を溶かすような毒でも塗ってあるんじゃないだろうな。
これは、マジでやばいぞ……。
もし、あの巨大ハチの針に、人間を即死させるような即効性の毒があったりでもしたら。
そして、そんな危険な殺人ハチ達が、大量に店の中に侵入してきて滅多刺しにでもされたら。コンビニ店長専用服の防御機能なんて、あっという間に3回分全て消費されて俺は完全に終わってしまうぞ。
俺には倉持みたいに、死んでも蘇れるなんて便利な能力は付いてないからな。一度でも死んだら、それで終わり。人生のジ・エンドだ。
もしまた転生させてくれるのなら、今度はハチのいない安全な異世界で、超絶イケメン王子に生まれ変わらせてくれよ。
それか死んだ瞬間に、元の世界の自分の部屋のベッドで飛び起きる――なんて、夢オチでも今なら許してやるぞ。……いや、今更夢オチだなんて。最近のアニメや漫画好きの一般読者層はきっと絶対に許さないだろうから、それだけは勘弁して欲しいんだけど……。
俺は、いったんコンビニ店内の奥にある事務所の中に駆け込み。急いで白い木製のドアに鍵をかけた。
以前この中に籠って、魔物に消火器をぶちまけたり。
天井から降り注ぐスプリンクラーの水を使って、敵を店内から追い出した事もあったよな。
……でも、相手があの凶暴なハチ達相手では、それもかなりキツいと思う。消火器の粉が効くかどうかも怪しいし。何より数が多すぎる。
うーん、考えろ……。
ここは何としてもアイデアをひねり出すんだ。
何とか、あのハチ達を俺のコンビニから追い出す方法を考えないと……マジで何もかもが終わっちまうぞ!
”バリーーーーン!!”
金属がへし折れたような、異様な音が……コンビニの外から鳴り響いてくる。
慌ててパソコンのモニターに映る、店内カメラの映像を俺は確認してみると。
強化ステンレスパイプシャッターに。バスケットボールくらいの大穴を開けた殺人バチ達が、一斉に店内に侵入をし始めていた。
”ヴイーーーーーーン!!
不快で耳障りな羽音を大量に鳴らしながら。
店内に侵入した黄色い巨大バチ達が、自由に飛び交い始める。
その数は、既に数百匹は超えていた。
その絶望的な映像を見ながら……。
俺の脳内には、あの『お馴染みの効果音』が静かに鳴り響いているのが分かった。
”チーーーーーン”
……ハイ。俺の人生、終了〜〜〜!