第百五十七話 幕間 コンビニ共和国に押し寄せる軍勢
「お、お前……朝霧なんだよな!? 今まで一体どこに居たんだよ!?」
カルツェン王国に身を寄せている2人の異世界の勇者の前に。
突如として姿を現した黄色いドレス姿の女性。
まるで黄色いチューリップの花のように。その鮮やかな彩りの衣装は、このファンタジー要素の溢れる異世界においても、少し”浮いて”いるようにさえ感じられる。
それほど現実味の無い。妖精のようなドレスをまとって。
朝霧は約1年ぶりに、見知ったクラスメイト2人の前に突然、姿を現した。
「……ふふ。私はちゃんとあなた達の知っているクラスメイトの『朝霧冷夏』で間違いないから、安心していいわよ」
ニコッと笑顔を見せる、小柄でショートボブの髪型をした美少女。
佐伯も、川崎も。同じクラスにいた時には、朝霧がこのような爽やかな笑顔を見せた所を一度も見た事が無かった。
いつもクラスの隅で1人で本を読んでいる、近づきづらい雰囲気のある女性。それが、朝霧冷夏の印象だったからだ。
「朝霧、お前いつからそこに……? いや、そんな事は今はどうでもいいんだ! お前は、何か俺達の知らない情報や、他のクラスのみんなが今、どうしているのかを知ってたりするのか? もし知っている事があるのなら、それを俺達に全部教えてくれよ!」
佐伯も川崎も、黄色いチューリップ色の少女に詰め寄るようにして問いかける。
カルツェン王国内では200人以上の召使いを従え。誰もが羨む豪邸暮らしをしている大貴族の2人も。
目の前にいる朝霧の前では、元の2年3組の同級生に対する話し方に自然と戻ってしまう。
だが、それほどまでに2人はこの世界の情報に飢えていたのだ。
この世界の内情や秘密について。そして今、世界で起きている出来事についてを、何も分からずにいる2人にとっては……。
目の前に突然現れた朝霧冷夏が、自分達の知らない他所の情報をたくさん持っているのでは――と、期待をしてしまう。新しい情報を朝霧から聞き出す事で、これから自分達がどう動くべきなのかを決める判断材料にしたいと願っているからだ。
そんな2人の焦る様子も、現在2人が置かれている状況も全て分かっていて――。
必死そうな表情をしているクラスメイトの顔を見つめながら、朝霧はついクスクスと微笑んでしまう。
「……ふふ、そうよ。私は何でも知っているのよ。全て知っていて、この世界でこれから起こる『リアルな物語』を、いつも特等席から生で鑑賞させて貰っているの。彼方くんが私達をこの素敵な世界に招待をしてくれたおかげで。私はこんなにも楽しい3Dでリアルな体験の出来る『本』を読ませて貰う事が出来て、本当に感謝しているわ」
「はッ……!?」
「えッ……!?」
佐伯と川崎は、朝霧の言葉を聞いて。思わずお互いに顔を見合わせて言葉を失ってしまう。
それは、目の前の朝霧が何を言ったのか。2人にはよく分からなかったからだ。
普段学校のクラスにいた時は、無口で本ばかり読んでいるミステリアスなキャラだと思っていたら……。
異世界に来た途端、今度は着ているドレスの色と同じくらいに。頭の中が真っ黄色なお花畑に染まっている、不思議キャラに変貌してしまったのだろうか?
唖然としている2人を観察しながら。
朝霧が口を押さえて小さく笑った。
「ふふふ。私ほど無害で。そして何も力を持たない、無能な能力者はいないから……。2人ともそんなに警戒をしないでいいのよ? 私の『叙事詩』の能力は、この世界でこれから起きる全ての歴史を知る事が出来て。それを自分の好きな場所で、好きな時に鑑賞する事が出来る能力なの。鑑賞者である私は、役者であるあなた達に干渉をする事は出来ない。私という存在はそう――歴史が刻まれていく1ページの片隅に、ヒッソリと咲いているチューリップのようなものなの」
「すまん、朝霧。お前が何を言っているのか、俺にはさっぱりなんだが……。とにかくお前は今、この世界で何が起きているのかを全て知っているって事でいいのか?」
「そ、そうだぞ! 全てを知っているなら、その知識を俺達にも教えてくれよ! それにさっき、俺達をこの世界に呼んだのは『彼方』だと言わなかったか? それって、一体どういう意味なんだよ?」
「――あら? その通りの事実を私は言ったまでよ。あなた達は覚えていないのかしら? あの日、みんなが学校で数学の授業を受けていた時に――。もう1人の『彼方くん』が私達のクラスに入ってきたじゃないの。それを見たあの瞬間に、異世界召喚が起こったのよ。全ては、彼方くんの望み通りにね。でも、そっか……。召喚される直前の記憶はみんなは忘れちゃっているのよね? 私はこの世界の歴史を本で読めるから、その事をちゃんと憶えているけれど。あの時、みんなはとてもビックリしてたわよ。だって、本来いるはずのない2人の彼方くんが、教室でいきなり鉢合わせをしちゃったんですものね」
「まてまてまてッ……! お前は一体何を話してるんだよ! 全然意味が分からないぞ!」
「そうだぞ! それじゃあまるで……『彼方』が、俺達をこの世界に呼び出した張本人みたいな言い方じゃないかよ!?」
もう2人にカルツェン王国を代表する、大貴族としての品格などは欠片もない。
口からおびただしい量の唾とヨダレを吐き飛ばし。まるで、犯人に強引に自供を強要する刑事のように。朝霧冷夏に対して、2人は怒号を飛ばして詰め寄っていく。
そんな慌てふためく2人をあざ笑うかのように。
朝霧はさっきからずっと、余裕の表情を浮かべている。
「……ふふふ。そんなに慌てないで! 私を掴んで拘束する事なんて、あなた達2人には絶対に出来ないんだから。だって、私は本来ここには『居ない』人間なんだもの。本来、観客席に座っているはずの観客が、舞台袖で劇を演じている役者に向けて、うっかり声をかけてしまったようなものなの。だから私を捕まえようとしても無駄だから、諦めてね」
「――何をッ、コイツ……!!」
佐伯と川崎は、無理矢理床に押し倒してでも朝霧を拘束するつもりだった。
でも、なぜかそれは出来ない。
心ではそうしたいと思っていても、体が全く反応しないのだ。
まるで自分達の体が。目の前にいる朝霧冷夏を全く『認識』していないかのような不思議な感覚。これは一体……どういう事なのだろうか?
「――ね? 理解が出来たかしら? ……私はあくまでここにはいない『観客』なの。ここに本来は存在していない人間だから、あなた達の体は私を認識出来ない。だから、捕まえて話を聞き出そうとするなんて諦めてね。あなた達の残り少ない人生を、そんな無駄な事に使ってしまっては勿体ないでしょう?」
佐伯と川崎は、椅子の上にペタンと座り込む。
仕組みは分からないが、確かに体が思うように動かない。
これが朝霧の『叙事詩』の能力によるものなのかは不明だが……。
自分達がここにいる朝霧に対して直接的な干渉をする事は、どうやら出来ないらしいという事は理解をした。
「お前は一体、何をしにここに来たんだよ? 俺達に何かを伝えに来てくれたんじゃないのか?」
問いかける佐伯に対して。
朝霧はあくまでも他人事のように答える。
それはとても同級生であるクラスメイトに話しかけるような雰囲気ではなかった。
あくまでテレビの画面に映っている芸能人に。
自宅の茶の間から、お菓子を食べながら声をかけているかのような印象だ。
テレビ画面に映る俳優に声をかけても、何も意味など無い……と。全てを分かっているよう口調で、朝霧は2人に向かって話しかける。
「ううん、別に……。あなた達に特別な用があってここに来た訳ではないの。ただ、これはちょっとした実験かな? 私が知っている物語と、少しだけ違う物語の展開が最近、彼方くんの周辺で起きてしまった事があったから。もしかしたら、この世界で決められているはずの未来は、私が行動を起こす事で『変化』が生じる事もあるのかな……って、好奇心で知りたくなったの」
「……はぁ? 変化だって? お前、俺達を何かの『実験台』に使おうとしてるのかよ」
「うん、そうよ。残念だけど……もう、この先の未来が決まっているあなた達に、私が声をかけてもきっと確定された未来は変わらないから。だから、少しでも変化が起きるのかを知りたくなったの」
「お、俺達の未来が決まっているって、それはどういう事なんだよ……!? まさか俺達はこの先、『死ぬ』って言うんじゃないだろうな……?」
川崎は不安そうに、肩を震わせながら朝霧に問いかける。
「さあね? 私は全ての物語のオチを知っているけど……。演者であるあなた達は、自分で自分達の舞台を最後まで演じきるしかないんじゃないかしら? 私は常に特等席からそれを鑑賞させて貰うだけなの。彼方くんが赤魔龍公爵を倒したり。倉持くんが、サイコパス女に何度も殺されているシーンなんて、本当に迫力があってとっても面白かったわよ? あなた達の未来にも、これからすぐにとっておきの『名シーン』が待っているんだから。ちゃんとそれを演じきって、観客である私を楽しませて欲しいわね、ふふ。くれぐれも、お客様を失望させてしまうような演じ方だけはしないで頂戴ね!」
クスクスと微笑む黄色いドレスの少女。
その姿を見て――。佐伯と川崎は共に確信をした。
目の前にいる、この黄色いチューリップ色のドレスを着た女と意思の疎通を図る事は不可能だ……と。
この女がさっきから言っているように。
佐伯と川崎の2人とは、朝霧はどこか違う別の世界にいる人間のように感じる。
この世界で起きている事――。これから起きる全ての出来事を、朝霧は自分の事としては捉えずに。テレビの中で起きている『映画』や『連続ドラマ』の1シーンを見ているかのように、朝霧は感じているのだろう。
お茶の間でポップコーンを片手にテレビを見ている少女と。テレビの中で実際にドラマを演じている俳優が、直接に会話をする事など出来る訳がない。
ここにいる2人の異世界の勇者と。
朝霧はきっと全くの別次元に存在しているのだ。
「朝霧……せめて、これだけは教えてくれないか? 俺達は、このままここに残っているべきなのか。それとも副委員長達がいる場所に俺達も向かった方がいいのか。それだけでも教えてくれないか? お前にはこの世界の未来が全て分かっているのだろう?」
懇願するように佐伯は朝霧に問いかける。
それは、まさに崖っぷちに立たされている人間が……。これから海に落ちる間際に、藁でもあれば掴みたいと願うほどに切迫をした声だった。
「副委員長? ああ、玉木さんの事ね? それはとても難しい質問ね。あなたが言っているのは、一体、どちらの『玉木さん』の事なのかしら? あなた達をこれから殺しにくる玉木さんの方? それとも、別の玉木さんの方? ……ふふふ。それはとっても難解な質問だから、私にはちょっと答えられないわね」
「えっ、それはどういう……?」
「――では、そろそろお別れね。2人ともさようなら。とっても楽しかったわ。私はもう、消えさせて貰う事にするね。実験に協力をしてくれて本当にありがとう。水無月くんは、最期は本当に立派で格好良い死に方を遂げたわよ? あなた達2人は、これからどうなるのかしらね……? でも、せめてアドバイスをするなら、『くれぐれも、ロケットランチャーにだけは当たらないように気をつけてね!』って事かしら。クスクス」
微笑むような笑い声と共に。
朝霧の姿はスゥーーと、消えていく。
佐伯と川崎が、気付いた時には――。
黄色いドレス姿の朝霧は、いつの間にか部屋の中から消え去ってしまっていた。
そして2人の前には、まるで何事もなかったかのように。貴族のみが食べる事を許される、豪勢な食事がテーブルの上に広がっている。
「……あ、あのさ! 今さっきここに……!」
「あ、ああ……。今、たしかに――ここに……!」
――――。
「………誰かいたっけか?」
「………えっ? いや、うーんと。俺にもよく分からんな。誰もなかったと思うけど?」
2人は最初から何事もなかったかのように食事を続ける。
そして、お互いに会話を続けながら――。
今回のコンビニ共和国への遠征には参加はしない事。
カルツェン王国のグスタフ王に言われた通り、このまま王国の屋敷の中で大人しく待機をしていようと決めたのだった。
安全なカルツェン王国内に居続ける事。それが、今の2人にとっては一番安全な道なのだと信じて………。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
コンビニマンションに移り住んだ住人達の生活も安定し。
時折押し寄せて来た、魔王領から飛んでくる魔物達の襲撃も今ではほとんど無くなり。
コンビニ共和国の街は、平和と活気に満ち溢れていた。
そんなある日――。
コンビニの事務所の机の上に足を乗せながら。偵察ドローンの映像をボーっと見つめていた『裁縫者』の勇者である桂木真二の目に、異様な光景が映り込んきた。
「えっ、えっ!? な、何だよこれは!!」
桂木は慌ててコンビニ本店の事務所に置かれている、固定電話に手をかける。
そして、コンビニ本店内に待機をしている仲間の勇者達に、ひたすら電話をかけまくった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「〜〜はぁ〜〜っ! 極楽、極楽……! やっぱ真っ昼間から入る温泉は本当に最高じゃん〜!」
「そうよねー! みんなが一生懸命働いている隙に。こっそりと温かいお湯に浸かるのが最高に気持ち良いのよねー!」
「……でも、あんまに長居をしていると、またあのエロエロ大魔人の杉田に怒られるわよ! あいつ、コンビニ共和国の管理は俺が彼方から任されているんだ……って、無駄に張り切っているみたいだし」
コンビニ共和国防衛の要である、3人娘達。
『ぬいぐるみ』の勇者である小笠原麻衣子。
『舞踏者』の勇者である藤枝みゆき。
『アイドル』の勇者である野々原有紀。
3人娘達は、仕事の合間にこっそりと地下3階の温泉施設に遊びに来て。そのまま温泉のぬるま湯に浸かって極楽気分を味わっていた。
そんな3人娘達の浸かっている平和な温泉部屋の中に。
外から騒がしいくらいに大きな電話の呼び出し音が鳴り響いてくる。
”ジリリリーーーーン!!”
”ジリリリーーーーン!!”
「何よ〜!? せっかく私達が気持ち良く温泉に浸かっているっていうのに〜! 外がめっちゃうるさいじゃん〜!」
「この電話の音、どこから鳴ってるのー? 温泉施設の外にある管理部屋の中かしらー?」
「……きっとそうね! 最近は、コンビニの地下施設の全ての場所に固定電話が設置されているみたいだし。きっと誰かがここに向けて電話かけてきているのよ」
3人娘達は仕方なく温泉から上がって、着替え部屋でいそいそと着替え始める。
全く。せっかく気持ちよく温泉に浸かっていたというのに……。
もしこれがイタズラ電話なら。電話をかけてきた相手は、『ぬいぐるみの勇者』である小笠原麻衣子が操る、超巨大クマのぬいぐるみの足裏に縛り付けて。
そのまま地面に擦り付けて潰す刑にしてやろうと、3人は心の中で密かに思いながら……。
温泉施設の管理部屋から鳴り響き続ける、固定電話の受話器を取った。
「……もしもし、こちら地下3階にいる小笠原だけど。一体誰なの?」
「あ〜〜やっぱり! 3人とも温泉施設にいたっすね〜! 俺っすよ! 桂木っす!! 今日の偵察ドローン担当の桂木っす!」
「はぁ〜〜!? 桂木くんなの? 一体何なのよッ! せっかく私達は温泉の中でゆっくりと……じゃなくて、仕事で温泉施設の清掃作業をしていたというのに。つまらない用だったら、タダじゃおかなんだからね!」
小笠原はドスの効いた低い声で、脅すように桂木に話しかけたのだが……。
桂木からの返事は、小笠原が予想しないくらいに慌てふためいていた。
それは受話器越しに、他の2人の耳にも聞こえるくらいの大きな叫び声となって返ってくる。
「大変なんすよ〜〜ッ! まさに緊急事態っす! 至急、みんなコンビニホテルに集まって欲しいっす! もの凄い数の武装をした騎士団が、このコンビニ共和国に向けて押し寄せて来てるんす〜! その数はざっと20万人を超える大軍団なんすよ〜!!」