第百五十一話 砂漠を彷徨う騎士
砂漠にあるマイラ村の中で、急遽――臨時開店をしたコンビニ支店2号店。
……ま、オープンしたと言っても。特に商売をして、お金を取ったりしてる訳じゃないんだけどな。
コンビニの中の商品は全て、完全無料でマイラ村の人々に提供をしている。
今までに俺は、カディナの街の壁外区。
それと、ドリシア王国にあるトロイヤの街の2つの街でコンビニを開店してきたけれど。
全商品完全無料で、お金を一切貰わずにコンビニの商品を全解放したのは、今回が初めてかもしれない。
なにせ、灼熱の砂漠の中で暮らすマイラ村の住人達は、本当に過酷な生活環境の中を必死に生き延びている状態だったからな。
そんな村の人達から、お金なんてもちろん一銭足りとも貰う事は出来ない。……いや、そもそも通貨を使うという文化さえ、このマイラ村には無かった。
灼熱の砂漠の中で暮らしていくには、砂漠の神を自称するモンスーンに、毎日心から祈りを捧げ続ける事。
そしてその恩恵として。月に一度だけ空から雨を降らして貰える時に……必死にその水を、貯水地に蓄えて生き延びるしかない。
食料に至っては、自給自足の体制すら出来ていなかった。
砂漠で育つ、わずかなサボテンの実を取って食べる。
それ以外は、モンスーンに仕える神官が毎月持ってくる、本当にごく僅かな穀物のみを与えられて。村の人々は何とかそれをみんなで分け合って食い繋いでいた状態だ。
ターニャからその話を聞いて。マイラ村のみんなは、本当に過酷な生活環境の中で生きてきた事を俺は知った。
まさに生存出来るかどうかのギリギリの範囲で、マイラ村の住人達はかろうじてモンスーンに生かされていたのだろう。
こんな環境下じゃ、確かに年に一度……『村から生贄を捧げろ!』なんて、酷い命令を神官に言われたとしても――。
「それはまあ、逆らえないよな……」
明日生き残るのもやっとな過酷な砂漠の中で。その生命線である水も食料も、全てをモンスーンの神官に握られてしまっているのだから。
「勇者様ーーっ! 私、水洗トイレの使い方をマスター出来ましたよ! お尻にウォシュレットのお水が当たって、本当に不思議な感じがしました!」
コンビニのトイレから、白いワイシャツを着こなしたターニャが駆け寄ってきた。
「おーう、そうか! とうとう水洗トイレの使い方もマスターしたのか。偉いぞ、ターニャ! ……じゃあさっそく、マイラ村のみんなにも水洗トイレの使い方を教えてあげてくれないか、ターニャ!」
「ハイ! 分かりました、勇者様!」
ターニャは、異世界のコンビニの仕組みを理解するのがめちゃくちゃ早い。
やっぱり子供の方が先入観がないから、新しい事を吸収しやすいのかもしれないな。正直に言って俺もビックリするくらいに、ターニャの頭の回転は早かった。
後で、もしコンビニ共和国に戻る事が出来たなら……。
レイチェルさんに、ぜひターニャの事を紹介しようと思う。きっとビックリするくらいに頭の良いターニャは、色んな事を学んで。今後、大きな活躍をするに違いないと思うんだ。コンビニの勇者のこの俺が保証するんだから間違いない。
今現在……砂漠の中に開店したコンビニ支店2号店は、マイラ村の人達で溢れかえっていた。
もちろん、店内に村人全員は流石に入りきらない。
合計で91人も住んでいるという、マイラ村の村人達全員を、コンビニの中に一度に入店させるのはさすがに無理だ。
コンビニの中の快適なエアコンを味わいたいという、みんなの要望を一度に叶えてあげるのは厳しかったので。
俺は、大体20人単位の集団を作り。4交代制にして、ローテーションでコンビニの中で過ごして貰うようにした。
コンビニの快適な空間と。無限に味わう事の出来る飲料水や食べ物に、マイラ村の人々はもう全員メロメロな状態だ。
今まで、砂糖や、塩の味もほとんど知らなかった人々に。
俺はいきなりポテトチップスや、チョコレートケーキ、焼肉弁当を、無料で配布をしているんだからな。
……ある意味、脳内麻薬であるセロトニンを大量分泌させてしまうような快楽食品を、俺は村人達に大量に振舞っている事になる。
今まで『美食』という概念を、何も知らなかった砂漠の民。
それが今は、ハンバーグ弁当を食べたり。デザートにチーズケーキや冷たいアイスを食べたりしているんだからな。
コンビニの便利さと、その魅力を味わってしまったら……もう元の生活には戻れないだろう。
俺だって、コンビニなしの生活なんて、今じゃとても考えられないしな。
学校の帰りには毎日コンビニに通っていたし。新作のスイーツやおにぎりが出るたびに、必ず俺は購入していたぞ。
まさに、大企業の思惑通りに洗脳されていたと言っても過言じゃないな。うん、コンビニに飼い慣らされた消費者の鑑と、俺の事は呼んでくれ。
……ただ、俺だってもちろん遊んでばかりいた訳じゃない。
マイラ村にやってきた青の神官、メフィストを倒してしまった以上……。
もう、コンビニと砂漠の魔王モンスーンとの対決は避けられないだろう。
俺にはターニャ達親子をはじめとして。この村の人々を最後まで守りきるという、責任が発生している訳だ。
コンビニの事務所でカチカチとキーボードを叩きながら。
俺はコンビニの屋上から偵察用のドローンを大量にマイラ村の上空に飛ばして、周辺の監視体制を強化した。
合計で50体のコンビニガード達も、マイラ村の周りに立たせて、今は村の防御体制を整えさせている。
俺のコンビニ店長専用服の防御機能は、どれくらい時間が経てば修復をするのかは分からないけれど……。
もう既に3回分、全部使い切ってしまっている今の状態は、正直……俺にとってはかなりヤバい状況だ。ある意味、残機が1機も残ってない、極限まで追い込まれた状態でシューティングゲームをしているようなものだからな。
俺のこのピンチな状況は、きっもコンビニの守護騎士であるアイリーンなら把握をしているはずなのに……。
アイリーンが、ここに助けに来てくれる気配は一向に無かった。
俺がスマートウォッチを操作する微弱な電波は、絶対にアイリーンにも伝わっているはずなんだが。
それなのに。こうも全く反応が無いという事は……。
あまり考えたくはないけど。アイリーン達にも、何かしらの非常事態が起きている可能性が高いと見るべきだろう。
俺は上空に飛ばしている偵察ドローンを、マイラ村の周辺半径10キロにまで拡大をして。砂漠の隅々まで偵察を行わせる事にした。
ここは何としても、ティーナ達の居場所を探るんだ。
何か少しだけでもいい。手がかりになるような物があればそれを探しださないと。
「――勇者様、水洗トイレの使い方を村のみんなにも知らせて来ました。貴重な水があんなにも大量にトイレで使われてしまう事に、みんなはビックリしていましたけど……。今はもう、だいぶ慣れてきて、みんな水洗トイレを上手に使いこなせるようになってきましたよ!」
ターニャがコンビニの事務所に入ってきた。
「そうか、ありがとう……ターニャ、いつも助かるよ」
……確かに考えてみると。水洗トイレってのは、結構たくさんの水を消費するよな。
水が物凄く貴重である砂漠の中では、本当に考えられないような水の使い方をしていると思う。
その意味では、マイラ村のみんなが水洗トイレの使い方に慣れてきたという事は……。俺のコンビニでは、水は無限に供給されるんだって事を、ちゃんと村のみんなが信頼をして、理解してくれている証拠なのかもしれないな。
「勇者様……。その四角い箱は一体何ですか? その箱に向かって何をされているのでしょう?」
好奇心旺盛なターニャが、俺のすぐ横に寄ってくる。
どうやら、俺が操作をしているパソコンに興味があるようだ。
この辺りの感じは、ティーナに似ている気がする。
ティーナも初めてコンビニに入った時は、異世界の珍しい物全てに興味津々だったしな。
「……ああ、これはパソコンって言ってな。コンビニにある全ての商品の管理や、空に飛ばしているドローンの遠隔操作もこのパソコンで一度にする事が出来るんだ」
「ええーーーっ!? こんなに小さな箱からコンビニの商品が全部出てくるんですか? 私、全然想像がつかないです……。勇者様が扱うコンビニの魔法って、本当に何でも出来るんですね!」
アハハ……。まあ……正確には、このパソコンから商品が出てくるんじゃなくて。このパソコンのモニター画面で発注をした商品が、コンビニの倉庫に自動的に出現する仕組みになっているんだけどな。
その辺は俺も説明がしづらいから、全部『魔法』って事にしてくれて良いと思う。
……うん。この世の不思議は全部、魔法で説明がつくんだよ。
コンビニに置いてあるエロ雑誌コーナーで、若い男共がついつい足を止めてしまうのも。あれは一種の魔法のようなものなんだよ。
俺は今、パソコンのモニター画面で、マイラ村周辺に飛ばしている偵察ドローンの監視カメラの映像をチェックしている。
でも、やっぱり村の周辺にはただ広大な黄色い砂漠が広がっているだけで。特に目立った変化は何も無いようだった。
……というより、空から砂漠の表面だけを見つめても、正直、何も分からん。ひたすらに一面、全て黄色い砂だらけって感じだからな。
やっぱり、あの石で出来た遺跡のような所まで、もう一度ドローンを向かわせなければダメなのだろうか。
「……ターニャ。すまない……。もしかしたら思い出したくない事を思い出させてしまうかもだけど。ターニャが目隠しをされて連れて行かれた神殿なんだけど……。その場所を、ターニャは憶えていたりするのかな?」
俺はターニャの反応を窺うように、恐る恐る聞いてみた。
ターニャは一瞬だけ、ビクッとしたみたいだけど。
俺に対して申し訳なさそうに、少しだけ俯きながら答えてくれた。
「申し訳ありません、勇者様……。私は青の神官様に連れて行かれる時に、既に目隠しをされていましたので……。砂漠のどの道を通って遺跡に連れて行かれたのかは、よく分からないのです。お役に立てなくて本当に申し訳ありません……」
ターニャが申し訳なさそうに、頭を下げる。
「ううん、俺の方こそごめんな。思い出したくないような事をターニャに聞いてしまって、悪かった。今、このパソコンの画面で砂漠の偵察をしているんだけどさ。俺の仲間が砂漠のどこにいるのかを探していたんだ。良かったら、ターニャも一緒に手伝ってくれるか?」
「――ハイ! 私は勇者様のお役に立ちたいです。ぜひ、お手伝いをさせて下さい!」
ターニャは嬉しそうに、パソコンのモニター画面を一緒に見つめてくる。
といっても、モニターの画面は相変わらず黄色い砂の景色で一色に染まっているんだけどな。
さっきから俺はずっと偵察ドローンのカメラ映像を見ているけれど……。黄色以外の何かがモニターに写っているような所を、全く見つける事が出来ないでいる。
「…………あ。……勇者様、ここに人がいます……」
「そうだよな。一面、黄色い砂ばかりで、他には何も映ってないからな……って、えええええっ!? ひ、人だって!?」
俺は慌てて、ターニャが指差すモニターの画面の部分を見つめて見る。
ほ、本当だ……。
一見すると、ただの黒い点にしか見えないかったけど。
たしかに、砂漠の砂の上に黒い人影が写り込んでいる気がする。ターニャはよくこんな小さな物を見つけ出せたな。モニターから何かを見つけ出す力が半端なさ過ぎるぞ……。
俺は慌てて上空のドローンを、その小さな黒い点が映り込んでいる場所の近くにまで向かわせた。
ここは、マイラ村からおおよそ1キロくらいの距離の場所だろうか?
黒い点が映っていた場所を、近くにまで向かわせたドローンが接近して、その映像を拡大して映し出す。
すると、そこに映っていたのは……。
「こ、これは――まさか雪咲じゃないのか!?」
砂に倒れるようにして映り込んでいる黒い人影。
それはボロボロになった学校の制服を着て。背中に大きな長剣を背負っている異世界の勇者。
『剣術使い』の、雪咲詩織の姿に間違いなかった。
俺は慌ててコンビニの事務所から、外に駆け出していく。
マイラ村の人々で賑わっている店内から外に出ると。
シールドドローン2機を空から呼び寄せて。飛行ドローンの状態に変形させて、その上に急いで飛び乗った。
「勇者様ーー!? いかがされたんですかーー?」
コンビニの外にいたマイラ村の人々が、慌てている俺の姿に驚いて。みんな、心配そうに声をかけてくる。
「ちょっと、砂漠に知り合いを見つけたんで、連れ戻しに行って来ます! すぐに戻るから、みんな心配しないで下さい!」
シールドドローンを空中に浮遊させて、俺はすぐにマイラ村から飛び立つ。
一応だけど……。
今回は誤って、空から落ちないようにしないとな。
青の神官メフィストを倒してから、おおよそ3〜4時間くらいか。
時刻でいうと午後3時くらいといった感じだが。灼熱砂漠の中はまだまだ、熱い太陽の光に照らされ続けている。
コンビニ店長専用服の防御機能が、まだ復元されてないとして。もし、俺がうっかり足を滑らせてドローンの上から落ちたりでもしたら――。
あっという間に俺は砂の上に真っ逆さまに落ちて、大怪我をするか……下手をしたら、即死だろう。
コンビニの勇者の物語はこれで終了! 続きは劇場版で! みたいな感じで……一気に物語が全てが終わってしまう事もあり得るからな。
ここは慌てず、急ぎながらも慎重にドローンを操作して、雪咲のいる場所にまで向かおう。
砂漠の空を低空飛行する事、おおよそ10分。
飛行ドローンはあっという間に、偵察ドローンが雪咲の映像を捉えた地点にまで到着をする事が出来た。
俺は砂の上に静かに降り立つと。
砂の中に埋もれかけている、雪咲の所へ向かう。
砂漠の上で倒れるようにして、うつ伏せになっている雪咲。
こいつは異世界に来てからもずっと、元の世界の学校の制服を着続けているからな。
ポリシーか何かは知らんけど。明らかにもう制服はボロボロになっていて、所々穴だらけになっている。
ある意味で、水着よりもちょっとセクシーというか。目のやり場に少し困るんだよな……雪咲の服装は。
何でこいつはずっと頑なに学校の制服を着続けているのかは、俺にはよく分からないけどさ。そろそろ新しい服に着替えても良い頃合いだとは思うぞ。
……おっと、今はそれどころじゃないな。
まずは、雪咲の安否をすぐに確かめないと!
俺は慌てて雪咲の肩をさすって、呼びかけてみた。
「おい、雪咲! 大丈夫か……!?」
「………ん…………」
……良かった! 吐息が聞こえる。
ちゃんと生きているぞ!
ただ、顔色が圧倒的に悪いな。
たぶん、これは熱中症か何かにかかっている可能性がありそうだ。
砂漠の上を彷徨い。水分不足になって。そのまま力尽きて、倒れてしまったという感じなのかもしれない。
しまった、ペットボトルの水を一緒に持ってくれば良かった……! とにかく、ここは急いで雪咲をコンビニに連れ帰ろう。
俺は砂の上に倒れている雪咲を肩に担いで。
そのままシールドドローンに乗せて、マイラ村にまで運んでいく。
重量的には、ドローンで運べるギリギリのラインだな。
かなりの低空飛行になるけど、しょうがない。
雪咲を運びながら、俺は周囲の様子も探ってみたけど。他の仲間達はどうやら、この辺りにはいないみたいだった。
ティーナや、玉木は?
それにアイリーンや、香苗や、コンビニ支店1号店は一体どうしたのだろう……。
ここは、雪咲に早く元気になってもらって。みんなの事を直接聞くしかないな。
その時――。
焦りながら、砂漠の砂の上を低空飛行で飛んでいた俺の目に……。とんでもない光景が、見えてきた。
「――おいおいおい……!! 一体何なんだよアレは……? 勘弁してくれよ、こんな時に……!」
飛行ドローンに乗っている俺の目に見えてきたのは……。
マイラ村を180度ぐるりと囲み込むように。
数十万匹を超える恐ろしい数のサソリの群れが、一斉にマイラ村目掛けて押し寄せてきている光景だった。