第百四十九話 砂漠の村の解放
天から無数の『コンビニ』が降り注ぐ。
自分で言っていても、あり得ない光景だなとは思うけど。
でもそれが今……この異世界の砂漠の上で、現実に起きている出来事なんだ。
「ぐうぉぉおおおおおおーーーーッ! 貴様ああああぁぁッッーーー!!!」
”ズドドドーーーーーーーーン!!”
巨大なコンクリートの塊である、重さ50トンを超える3つの巨大コンビニに押し潰されて。
砂漠の青い神官メフィストは、断末魔の叫び声を上げた。
そしてその体は、黄色い砂の奥深くに沈み込むようにして。メフィストの姿は完全に見えなくなった。
マイラ村の空気が、シーンと静まり返る。
空から落下した俺は、本当なら大きな重傷を負ってもおかしくない高さから飛び降りたのだが……。
幸いにも。コンビニ店長専用服の防御機能に守られて、無傷で済んだ。
でもこれで、コンビニ店長専用服の自動防衛機能は3回分全て使い切ってしまった事になるな。
この後、追加でモンスーンの援軍がやってきたり。実は青い神官メフィストはまだ生きていた……みたいな、お約束の展開だけは勘弁してくれ。
そういうのは、ホントに漫画やアニメの世界だけで十分だ。今の俺はもう、十分にお腹いっぱいだからさ。現実の世界ではそのパターンはやめてくれよな。
俺はしばらく砂の上に積み重なっている、3つのコンビニ支店の様子を観察し続けた。
……よし。
特に何か動きがあるような気配は感じられないな。
おそらく、メフィストの死体は完全にペッチャンコになったのだろう。死んだと見せかけて実は生きている、みたいな展開になる様子も今の所は感じられなかった。
死んでも全然惜しまれない、サディスト野郎ではあったけど。魔王モンスーンの配下でなければ、貴重なイケメンキャラだったのは間違いない。
だから、少しだけ残念な事をしたのかもしれない。
まあ、俺が主人公であるこの物語には、他のイケメンキャラなんか不要だし。さっさと退場して貰って良かったと思う。
これが美人の敵キャラだったなら、少しは同情してやらなくもなかったけどな。
メフィストの死亡を確信した俺は。
砂の上に埋もれている3つのコンビニ支店を、回収する事にした。
「よーし! 元の状態に戻るんだ、コンビニよ!!」
”ポンッ!!”
”ポンッ!!”
”ポンッ!!”
砂の上にめり込むようにして突き刺さっていた、3つのコンビニが。ポンポンと軽やかな音を立てて消えていく。
コンビニ支店シリーズが砂の上から消失して。その場所に浮かんでいる3つの小さなカプセルを、俺は急いで回収した。
先程まで、巨大なコンビニの建物が突き刺さるようにしてめり込んでいた、砂漠の中心部分を注意深く観察してみると。
コンビニがあった場所には、青い液体のようなものが大量に染み込んでいる。だが、そこにはメフィストの死体は無かった。
無限の勇者の守護者が倒された時っていうのは、その死体は消えてしまうものなのだろうか?
でも、俺には青い神官メフィストは――もう、確実にこの世にはいないという不思議な確信があった。
1つには、『無限コンビニ落とし』という、超破天荒な大技を不意打ちで食らったメフィストには……。それを回避するような余裕は、絶対に無かったであろう事。
そして、もう1つの根拠は……。
実際に直接戦っていた俺が感じた、『直感』のようなものなのかもしれない。
正直に言って、砂漠の青い神官メフィストの実力は、『動物園』の勇者に仕える魔王軍の幹部――4魔龍公爵達に比べると。
その実力は、かなり弱かったように俺は感じた。
いや、青い強力な雷撃を連発してきたりと、かなり攻撃力は高い奴だったとは思うぜ?
でも戦闘経験が増えて、多少レベルアップをしてるとはいえ。
俺みたいな新参の異世界の勇者に、単独で倒されてしまっているくらいだからな。……少なくともうちのコンビニの守護騎士であるアイリーンだったら、もっと早くメフィストを倒せていたと思う。
そういえば、この魔王領には3人の魔王が隠れ住んでいると聞いたけれど。
その3人の魔王達は、女神教の魔女達とは対立していて。女神教からもし攻撃を受けた時には、お互いに協力をして魔女に対抗するという、同盟関係を作っていると俺は聞いた。
そうする事で3人の魔王達は、長い年月をこの魔王領の中で生き延びてきたという話だったよな。
単独でも強くなり過ぎてしまい。手に負えなくなったという『動物園の勇者』――冬馬このはの存在。
それはやっぱり、他の魔王達とは違ってかなり異質なものだったのかもしれない。
少なくとも100年近い長い年月を、女神教は今の魔王軍と戦い続けている。それでも冬馬このはの守護者である4魔龍公爵達に勝てないでいたのは事実だ。
やっぱり4魔龍公爵達は、他の守護者達と比べても。
特別に強い存在だったのかもしれないな。
俺はそんな事を考えながら、1人でうーんと首を捻っていると……。
「勇者様ーーーーっ!! ご無事ですかーーー?」
村の中からこっちに向けて。大急ぎで駆け寄ってくるターニャの叫び声が聞こえてきた。
「おう、俺は大丈夫だぞー! 青い神官野郎の雷攻撃を何度も食らったから、少しだけ体が痺れているけどな」
俺が両手でグーの拳を握り。笑顔でガッツポーズを作ってみせる。
それを見て、ターニャは嬉しそうに俺に全力で抱きついてきた。
「勇者様、本当にありがとうございます! マイラ村の危機を救って頂き、本当に助かりました!」
ターニャは俺に抱きつきながら、何度も頭を下げて俺の胸に顔を擦り付けてくる。
最初は俺もよしよし……って優しく頭を撫でてあげていたんだけど。だんだんと俺の服の胸の辺りが濡れて湿ってきたように感じたので、ターニャの様子を窺ってみると。
ターニャは目から溢れるような大量の涙と、ついでに鼻からも大量の鼻水を流していて……。
それを俺の服に、勢いよくめっちゃ擦り付けていた。
おいおい……とは思ったけれど。まあ、いっか。
感動で泣いている小さな女の子の気持ちを、しっかりと受け止めてあげるのも勇者の仕事だからな。
俺としても正直な所……相手が魔王に仕える守護者だったから。絶対に勝てるという自信があった訳じゃない。
だからこうして、無事にターニャの期待に応えて、異世界の勇者っぽい仕事が出来た事に……内心は心底ホッとしていた。
いやぁ、本当に倒せて良かったぁ……。
アイリーンもいないから、ホントにヒヤヒヤしたぜ。
ターニャの様子を見ていた村人達が、恐る恐るそれぞれの家から出てきて。俺達の周りにゆっくりと集まってくる。
まずはターニャのご両親が真っ先に近づいて来て。
俺に娘の命を救ってくれた感謝を伝えてくれた。
「異世界の勇者様……! この度は私達の大切な娘を救い出して頂き、本当にありがとうございます!」
「ああ……本当に、うちの可愛いターニャが無事に帰ってくるなんて。本当の本当に、何とお礼を言ったら良いのか……!」
ターニャのご両親は、可愛い我が娘を2人でしっかりと抱きしめながら。ターニャと一緒に俺に何度も何度も頭を下げて、お礼の言葉をかけ続けてくれた。
そんなに深く感謝をされてしまうと。何だか俺も申し訳ない気持ちになるな。でも、ほんの少しだけ誇らしい気分にもなる。
俺に頭を下げっぱなしのターニャ親子とは違い。
遠巻きに俺達の様子を見守っていたマイラ村の人々は、まだ今の状況が信じられない……といった様子で、それぞれが半信半疑な表情を浮かべている。
そして、ぎこちない様子で。俺に恐る恐る小さく声をかけてきた。
「あ、あの……。本当に青の神官様は、もういなくなったのでしょうか……?」
「――ん? ああ、死体はどうやら消えちまったみたいだけどな。そこの砂に、あの野郎の青い血がいっぱい残っているだろう? だから多分、間違いなくアイツは死んだと俺は思うぜ」
俺がそう返事をすると。村人達はみんなで腰を抜かしたように唖然として……口々に驚きの声をあげ始める。
「そ、そんな……!? まさか、あの青の神官メフィスト様が倒されるだなんて!」
「でも、確かに神官様の姿は消えてしまったぞ! 我々に神罰を与えると言っていたあの神官様が、何もせずにどこかに忽然と姿を消すなんて事があり得るだろうか? これはきっと、本当に青の神官様は倒されてしまったに違いない! あの恐ろしいメフィスト様を倒せるなんて……一体、あなた様は何者なのですか?」
「だーかーらー! みんな、さっき私が言ったでしょう? この方は異世界から来て下さった勇者様なのよ。私たち砂漠の民を解放して下さり、豊かな土地へと導いてくれる、あの伝説の異世界の勇者様なの!」
俺がマイラ村の人々に返事をするよりも早く。
腰に手を当てたドヤ顔のターニャが、一足先に俺の自己紹介を改めてみんなに伝え直してくれた。
「……い、異世界の勇者様だって!? そんな、まさか……!? あの伝説の勇者様が、本当にこの村に来て下さったというのか!」
「ああ、とうとう勇者様がこの村に来て下さるなんて……! この過酷な砂漠の地で、今まで生きながらえてきて本当に良かった……。死んだお爺ちゃんにも、一目勇者様の姿を見せてあげたかったよ……」
マイラ村の人々が俺の周りに、一斉に集まってくる。
そして、全員が頭を下げて。俺に深い感謝の気持ちを伝えようと砂の上に全員で土下座をするような姿勢でお礼を伝えてきた。
いやいやいや……。本当にそういうのはいいからさ。俺、あんまり立派な勇者扱いされるのに慣れていないんだから。
どっちかと言うと、『この無能な勇者め!』って、口汚く罵られて街から追放をされるような雰囲気の方が、この俺にはしっくりくる気もするんだ。コンビニの勇者って、何となくだけどそういう扱いな感じがするし。
「皆の者ーーーッ!! 騙されるでないぞッ! 異世界の勇者なんて、本当に存在する訳がないではないかッ!!」
とんでもない大声で、いきなり後ろから怒鳴りつけてきた声の主を見つめると……。
それはさっきターニャ親子に助けられていた、この村の村長さんだった。
「異世界の勇者だと……? ふん、バカバカしい!! この者が一体何をしでかしたのかを、皆は分かっておるのか!! 砂漠の神、モンスーン様に仕える聖なる神官メフィスト様を……こやつは何と、殺害してしまったのだぞ!!」
マイラ村の村長である白髪の爺さんは、手にしている杖を俺に向けながら威嚇するように怒鳴りつけてくる。
ん? 一体何なんだよ、この爺さんは。
さっきもターニャ達親子に冷たい感じて詰め寄っていたし。村を代表する村長のくせに、何だかめちゃくちゃ感じの悪い爺さんだなぁ。
「……よいか! 神官様にこのような畏れ多い行為をしてしまったこのマイラ村を……。モンスーン様がお許しになるはずないではないか! きっと恐ろしい神罰がこれから、この村にくだるに決まっておる!」
鬼気迫る表情で訴える村長さんの言葉に。次第にマイラ村の人々の顔色もどんどん曇っていく。
そんな村人達の様子を見て。村長さんは更に、得意げに自分の演説を続け始めた。
「我らを見守って下さった青き神官メフィスト様を失い。我らはこれからどうやってこの砂漠の地で生きていけというのじゃ? メフィスト様は、この砂漠の土地に雨を降らせて下さるモンスーン様に仕える聖なる神官様だったのじゃぞ! これからは、この村にはもう一滴たりとも雨は降らせて貰えないに決まっておる! そんな事になれば、3日と待たずにこの村の水は完全に干からびてしまう! さあ、今からでも遅くはない! ターニャを聖なる供物として、再びモンスーン様に捧げ皆で許しを乞うのじゃ!」
「そ……そうだ、そうだ! 今すぐ、モンスーン様に許しを頂かないと、俺達は恵の雨を貰えずに。全員干からびて死んでしまうぞ!」
「……水がなければ、この砂漠の中で生きていく事は絶対に出来ないわ。たしかに、今からでもモンスーン様のお許しを頂かないと、全員ここで死んでしまう事になるかも……」
あの胡散臭いジジイに煽動されるようにして。
マイラ村の人々の中の一部の奴らの雰囲気が、いや〜な方向に流されていってしまっているな。
まあ、それはせいぜい5〜6人程度ではあるが。
確実に、あの頭の固そうな村長さんにそそのかされて。俺やターニャ達親子に対して、敵対的な視線を向けるようになっている。
砂漠という、どこにも逃げ場の無い閉鎖的な環境の中で生き続けてきた人々。
彼らは、今までは絶対者である砂漠の神様モンスーンと、それに仕える聖なる神官の、おこぼれを貰う事でしか生きてこられなかった……という不遇な生活境遇が染み付いている。
そこに関しては、俺もたしかに同情はするさ。
きっと長年この砂漠の中で、モンスーンの命令に従って生きる事に飼い慣らされてしまって。自分達でその支配に対して立ち上がるだとか、そういう自立的な誇りや精神はとっくに……砂漠の砂と同じくらいに干上がってしまったんだろうな。
そもそも論だが、神官であるメフィストを殺しておいてだ。
今更、ターニャを生贄に捧げて許して貰えるかもしれないと思うような、その奴隷体質の精神構造からして俺には理解不能なんだけどな。
……ま、俺はこういうイジメ体質な雰囲気を作るような奴らは大嫌いだから。
さっさと異世界の勇者として。この村の人々がちゃんと『誇り』と『自立心』を持てるような環境作りをしてやらないといけないだろう。
そしてもう2度と、モンスーンとかいうアホの支配なんかを受けなくても良いんだという事を。この村のみんなにこれから分からせてあげないといけない。
「ハイハイ、そこまでだぞ〜〜! ターニャは魔王領の中で俺が最初に出会った大切な友達だからな。そのターニャを傷つけようとするような奴は誰であれ、異世界の勇者であるこの俺が許さないぞ!」
じわじわと、ターニャ達親子3人に詰め寄ろうとしていた、村長を中心とする数人の村人達を――。
俺は正面から押し返すようにして、堂々と前に進んでいく。
なにせ俺は、あのメフィストを倒した男なんだぜ?
村長達は俺がゆっくりと近づいてくるだけで……。腰を落として、ワナワナとその場で震え始めている。
「……うーん。とりあえずは水が大量に有ればみんなは安心出来るんだよな? いいぜ、水ならこの俺がこれからこの村に無限に供給し続けてやるからな。任せてくれよ!」