第百四十五話 砂漠の地下空洞
「…………………」
不思議なくらいに、奇妙な静けさが広がっているな。
俺には今まで……いつでも、どこに行っても。
ずっとそばに、ティーナや仲間達が近くにいてくれたからな。
だからこんなにも静かな場所に、1人きりでいるのは久しぶりの事かもしれない。
ここは本当に、一体どこなんだろう――?
重いフタを持ち上げるようにして。俺は両目の瞼を少しずつ開いていく。
するとそこには、発光する水晶の光がうっすらと輝く。真っ暗な闇に支配をされた、大きな空洞のような空間が目の前に広がっていた。
「ここは……一体、どこなんだ?」
横たわっていた体をゆっくりと起こす。
少しずつ、フラッシュバックするように。俺の頭の中に、ここに来る直前の記憶が呼び覚まされていく。
――そうだ。
確か俺は……砂漠の上をドローンに乗って、遺跡から助けた少女と一緒に空を飛んでいたはず。
砂の中からわんさかと這い出て来た、3つ目の巨人達に追いかけられて。俺はドローンに乗って必死に空の上を逃げていたんだ。
その時に、目を覚ました少女がドローンの上で突然暴れ出して……。
そのまま俺はきっと、空から墜落をしてしまったのだろう。
ふと我に返った俺は、慌てて周囲の様子を観察してみる。
あの3つ目の茶色い巨人達は?
俺達を追っかけて来ていた、あの巨人達はどこに行ったんだ?
ここは安全な場所なのだろうか。
遺跡の上から助け出したあの少女は今……一体どこにいるんだろう?
水晶の薄明かりしかない、暗闇の空洞の中を俺は首を何度も回しながら辺りの様子を入念に探ってみると。
俺が横たわっていた場所のすぐ近くに――。
白い服を来た黒髪の少女も、俺の体に寄り添うようにして横になっている事に気付いた。
「良かった……。この女の子は無事だったのか……」
俺は思わず安堵をして、大きな息を漏らす。
見たところ、少女の体には目立った外傷も無さそうだ。
周辺の様子を見渡していて気付いたんだが。暗い空洞の天井からは、僅かだが微量の砂が落ちてきているな……。
つまりはここは、あの灼熱砂漠の地下に広がっている空間という事になるのかもしれない。
俺達は空を飛んでいたシールドドローンから墜落をしたはずなのに。こうして2人とも無事でいられているという事は……。
おそらくは、俺が着ているコンビニ店長服の防護シールドが発動をして、俺と少女の身を守ってくれたのだろう。
それにしても、あれだけ地上の砂漠地帯は暑かったのにな。
太陽の光の全く届かない、この薄暗い地下のバカでかい空洞の中はかなり気温が低く感じる。
地上は、例え玉木に変態扱いされても構わないと思えるくらいに、服を全部脱ぎ捨てたくなるような凄まじい暑さだったというのに……。
この地下との温度差は、マジでキツ過ぎるな……。
俺は思わずその場でブルブルと身震いをした。
砂漠の下に、こんなにも広い空洞があるという事は、もしかしてここは、あの巨大なギガンテス達が住む『巣』だったりはしないよな?
だけど、もしそうだったとして。ここからあの3つ目の巨人達が地上の砂漠に登っていっているのだとしたら。
この空洞の天井は、巨人達の地上に出る為に開けた穴でボコボコになっている気もする。そうしたら地上の砂だって、その穴から大量に落ちてきてしまうはずだ。
まだ、いまいちその辺の仕組みはよく分からないな。
……という事は、この砂漠の地下の空洞はあの巨人達の巣という訳ではないのかもしれない。
じゃあ何でこんなにも広い空洞が、砂漠の地下には広がっているのだろう?
「………ん………」
俺が暗闇の中で1人で思案を重ねていると。
俺の隣に横たわっていた黒髪の少女が、小さく吐息を漏らしながら。その小さな目をゆっくりと開いた。
俺はすぐに黒髪の少女に声をかけてみた。
「……大丈夫か? どこか体が痛んだりはしないか?」
声をかけると、少女はさっき起きたばかりの俺と同じように。
ここは一体どこなのか……と、いったん周辺を見回し。自分の置かれた状況を確認するのに、少し時間がかかっているようだった。
まあ、それは無理もないだろう。ちょっと前には目隠しをされて遺跡の最上階に立たされていて、3つ目の巨人の群れに食べられる寸前の所だった訳だしな。
その後は謎の機械に乗った男に連れ去られて一緒に空を飛び。今度はいきなり、砂漠の下の空洞の中で突然目を覚ました……という謎の状況だ。
でも俺が心配していたよりも、ずっと少女は立ち直りが早いようだった。
どうやら冷静に、現在の状況と自分自身の身に起きた出来事を全て把握したようだ。
「ここは……砂漠の地下の大空洞? そっか……。私はあなた様に命を救って頂いたのですね? 本当にありがとうございます!」
黒髪の少女は頭を深く下げて。俺に感謝の言葉をかけてくれた。
ええっと。思ってたよりも冷静なんだな。
俺はもっと少女は、取り乱したりするのかと思っていた。
ドローンの上に一緒に乗っていた時は確か――『私は聖なる供物なのです!』とか言って、めっちゃ暴れていたからな。
今はきっとそれから少しは時間が経過をしているだろうから。少女の気持ちもあの時と違って、多少は落ち着いてくれたという事なのだろうか。
白い服を身にまとった黒髪の少女の見た目は……俺の目には推定13歳くらい見えた。
まだ幼さの残る顔付きなのに。どこか大人びた雰囲気を感じさせるものがある。
黒い髪に黒い瞳の色をしているが、顔の輪郭やその特徴からは、アジア人のような雰囲気は感じなかった。
そうだな……どことなくだが。元の世界で言うと、中東の地域に住んでいるオリエント風な風貌をしている気がする。
砂漠で強い日差しの影響からなのか、少女の肌の色は少しだけ浅黒い色合いをしていた。
「……私の体には、怪我はないみたいです。お陰様で、無事でした。本当にありがとうございます! あのぅ……それで私達は一体どれくらいの時間を、ここで過ごしていたのでしょうか?」
「えっ、時間……? うーん、実を言うとさ。俺もさっきここで目を覚ましたばかりなんだよ。だから、今の状況が正確に分かっている訳ではないんだ。もしかしたら数時間以上はここで眠っていたのかもしれないし、どれくらいの時間が経ったのかは正直な所、俺も分からない。でも、どうして時間が気になるんだ?」
「……そうなんですね。いいえ、私の命を救って頂いた事は、大変感謝をしております。本当にありがとうございます! ですが、私はマイラ村を代表して選ばれた、神聖なる神様へと捧げられる『聖なる供物』なのです。それなのに私の命が助かってしまった事で、マイラ村のみんなが今頃、神官様の怒りをかって、大きな罰を受けていないかと心配をしてしまったのです」
「マイラ村? そうか、やっぱり魔王領にも人間が住んでいるのか。その村には一体どれくらいの人々が住んでいるんだ?」
俺の質問に、少女はやや困惑したような表情を浮かべる。
「その『魔王領』という言葉は私にはよく分かりませんが……。私達が住む砂漠のマイラ村には、300人近い人達が一緒に暮らしています。砂漠の中にある小さな村ですが、近隣の村々と協力をし合って、私たちは今までずっとこの地で生きてきました」
「300人だって? しかも君の住む村の周囲にも、他の村がいくつか点在をしているって事なのか!?」
そいつは凄いな……。
魔王領には、巨大な魔物達がひしめき合っていて。人間は誰もこの地には住んでいないと思っていた。
しかも、あんなに暑い砂漠の中に村があるなんて……。
一体、どうやって生きているのかが不思議なくらいだぞ。だって水とか生活必需品は、どこから手に入れているんだろう?
「私はマイラ村生まれのターニャと申します。神官様の指示で、今年の聖なる供物として選ばれた者です。……失礼ですが、あなた様は一体どちらから来られたのでしょうか? 身なりや外見の様子が、私たち砂漠の民とは全然異なっているように見えますが……?」
「俺か? えーっとその、俺はだなぁ……」
ここは俺が魔王領の東側にある、人間領から来た『異世界の勇者』だと、素直に伝えても良いのだろうか?
無限の能力を持つ異世界の勇者が『魔王』となり。大量の魔物達を生み出す、この世界の人類にとって邪悪な存在へと変わり果てる。
そして、この魔王領では今現在……『動物園の勇者』の冬馬このはも含めて、4人もの魔王が住み着いているという話だ。
もしかしたら魔王領の中で暮らす人間達の間では、異世界の勇者は忌むべき存在として、憎まれていたりはしないだろうか?
……まあ、しょうがないか。嘘を言う訳にもいかないし。ちゃんと聞いてみないと、話は進まない。
ここは俺の素性を全て、この子に伝えてみよう。
正直に伝えて、この子の反応を見れば。きっと分かる事もいっぱいあるかもしれないからな。
「俺の名前は――秋ノ瀬彼方。大陸の東側からこの地にやって来た、異世界の勇者なんだ。この地域に住む魔王を追って、俺はここまでやって来たんだ」
俺ば力強くガッツポーズをして。少女の目の前でドヤ顔をしながら自己紹介をしてみた。
ティーナにこれをした時は、結構感動して貰えたりもしたんだけどな。けれど、この魔王領の中では、一体どういう反応をされるのだろうか?
俺は少しだけ不安な面持ちで少女の反応を窺っていると……。
「――えっ、異世界の勇者様……!?」
黒髪の少女は俺の言葉を聞いてワナワナとその場で震え出す。
ええっ!? やっぱり魔王みたいな怖い存在だとこの子に認識されて。怯えさせちゃったのかな……?
もしそうなら、この子から色々な情報を聞き出すのは難しくなってしまうかもしれないぞ。
俺は恐る恐る、震える少女の顔を覗き込むと……。
少女は、目に大粒の涙を大量に浮かべて咽び泣いていた。
「とうとう……。とうとう異世界の勇者様が私たちをこの地から救いに来てくれたのですね……! きっと村のみんなも大喜びをすると思います! 勇者様、ぜひ私が住むマイラ村にいらして下さい!」
さっきまでの塞ぎ込んでいた雰囲気が嘘のように。
少女はその場で大ジャンプを繰り返しながら、強引に俺の手を引いて、空洞の中をダッシュで駆け出そうとする。
「――ちょっ、ちよっと待ってくれ! 村に行く……って、この薄暗い空洞の出口が君には分かるのか?」
「ハイ、異世界の勇者様! 私は小さな時にこの砂漠の下の空洞で水晶を掘る作業を、神官様の命令で長い間していた事があります。ですので、ここからマイラ村にまで向かう道も熟知をしていますからどうかご安心して下さい!」
「そ、そうなんだ……。それなら安心だし、俺も出口まで案内をして貰えるのなら助かるけれど」
嬉しそうに微笑む少女にグイグイと手を引かれて。
俺は薄暗い空洞の中を、どんどん前に向かって進んでいく。
えーと、まあ……。
このままここに居続けてもしょうがないしな。
このターニャという子が、俺を魔王領の中で暮らしているという人間達の村にまで連れて行ってくれるのなら、丁度良いのかもしれない。
俺は少女に手を引かれて歩きながらも、腕に付けているスマートウォッチのタッチパネルを操作する。
ここが、どこなのかはまだ分かっていないが……。
俺が現在いる位置はコンビニ支店1号店にいる、ティーナや玉木、アイリーン達にも伝えておいた方が良いだろう。
スマートウォッチの通話機能、メール機能を順番に試してみたが。うーん……やっぱりダメだな。
ここはどうやら、コンビニから電波が届かない遠い場所みたいだ。だが、例えダメ元でもスマートウォッチから通信は送り続けた方が良いだろう。
……以前、ミランダの戦場でアイリーンが駆けつけて来てくれた時は、俺のスマートウォッチから出ている電波を頼りにアイリーンはやって来たと言っていたしな。
直接の通信は出来ないが。俺が電波を発し続ける事で。コンビニにいるみんなが、俺の事を探しやすくなる可能性は十分にあるはずだ。
あの時、コンビニの周囲から突然湧き出て来た3つ目の巨人達は、俺と少女を目がけて追っかけてきていたが……。みんなはちゃんと無事でいるのだろうか?
コンビニにはアイリーンもいるし、『剣術使い』の雪咲もいる。
だから、よっぽどの事がない限り。みんなが大ピンチになっているという事はないと思いたいけれど……。
「――異世界の勇者様、こちらです! この穴の先に私たちの住むマイラの村があるんです」
俺はターニャに手を引かれ続けて、おおよそ1時間くらいはこの地下の空洞の中を歩いただろうか?
水晶の薄明かりを頼りに進みながら、とうとう俺達は地下の暗闇の空間を抜けて。
再び灼熱の砂漠地帯が広がる、眩しい光で満ち溢れた地上へと戻って来る事が出来た。
「勇者様、アレです! あちらに見えるのがマイラ村です!」
ターニャが大きな声を上げて、俺に砂漠の上にある小さな村の場所を教えてくれる。
そこには、たしかにこの砂漠地帯の上に。
そして大陸の東側に住む人々から恐れられている、この『魔王領』の土地に。
人が暮らしている、小さな石造りのレンガで出来た村が広がっていた。