第百四十一話 幕間 世界会議の終わり
「――バカなッ! 世界各国が魔王軍や新たに生まれた新魔王の脅威を話し合う為に、この世界会議は開かれたというのに。ドリシア王国はミランダ領遠征に続き、今回の遠征にも不参加とは――世界平和に対する責任を、貴国は放棄なされるおつもりなのか!」
「そうだ、そうだ!! あまつさえ先のミランダでの戦闘では、コンビニの魔王を追撃するグランデイル王国の増援軍を、ドリシア王国軍は壊滅させたというではないか! まるでコンビニの魔王を守るような動きを取っておきながら、今回の遠征にも参加しないとなると。ドリシア王国は、新魔王に懐柔をされた裏切り者の国家と見なされても、おかしくはありませぬぞ! ククリア殿は、魔王勢力のお味方をなされるおつもりなのかッ!」
遠征への不参加を表明したククリアに対して。
世界各国の首脳達は、口々にそれを罵る声を上げる。
しかし会議場で各国からの非難の集中砲火を浴びているククリアには、それに対して全く動じる様子はない。
その場に堂々と着座をしながら。カップに注がれているお茶を静かに飲み干し、彼女は眉一つ動かす事はなかった。
その落ち着いた様子と態度は、とてもまだ15歳の年齢の少女が持ち合わせているような雰囲気ではない。
ククリアは、自分を非難する各国の首脳達の怒号が鳴り止むのをいったん待ち。会場が静かになったタイミングを見計らってから、ようやくその小さな口を開いた。
「ドリシア王国は、王国の領土であるトロイヤの街を魔物達に襲撃された際に、コンビニの勇者様とその一行に助けて頂いた恩があります。大恩あるコンビニの勇者様を助けるのは、我が国として当然の行為です。ボクからしたらあなた方がなぜ、コンビニの勇者様を突然、まるで親の敵のように敵視されるようになったのかの方が疑問です。彼はアッサム要塞の攻略戦において、魔王軍の赤魔龍公爵を倒して下さった英雄ではなかったのですか?」
「そ、それは………!」
ただ、やり込められているだけと思っていた幼いククリアが――突如として反論をしてきた事に、各国の首脳達はたじろいだ。
その様子をククリアは、少女とは到底思えない鋭い鷹のような眼光で睨みつけながら。静かに議場全体をゆっくりと見回す。
「しかし、ククリア様……! コンビニの勇者はミランダの地で我らを裏切り。突如として魔王軍に寝返って、多くの騎士達の尊い命を大量に奪い去った悪魔なのですぞ! ミランダで犠牲になった連合軍の被害は、数万人を遥かに超えるとも言われています! それだけ多くの人命を奪う、鬼畜のような所業を為したのは……まさに彼が『魔王』と成り果ててしまったからではないのですか!」
ククリアに反論をするように。大きな声を上げたのは、アルトラス商業連合の代表トビアスであった。
熱心な女神教徒でもあるトビアスは、どうやら女神教総本部が発表をした内容をそのまま鵜呑みにして。その全てを、心の底から信じ込んでいるようだった。
「ドリシア王国は、ミランダの地に出兵をしていないので現地で起きた状況を知る事は出来ませんでした。よってボクは、コンビニの勇者様が魔王に成ったという事実を直接この目で確認しておりません」
ククリアは、いったん手に持っていたカップを机に置くと。落ち着いた声色でアルトラス商業連合のトビアスに対して声をかけた。
「ドリシア王国の女王として、ボクは自らの目で直接確認していない……ただの風聞でしかない噂を、そのまま素直に信じる訳には参りません。もし、それらの噂が事実でなかった場合には……。ドリシア王国は大恩あるコンビニの勇者様との間に結んだ信頼関係を、失ってしまう結果にもなりかねませんからね。トビアス殿は、ミランダの戦場に直接自身が赴いた訳でもないのに。どうして確たる証拠の無い噂話だけで、コンビニの勇者様が魔王に成ったのだとそこまで強く信じ得たのでしょうか?」
「なっ……そ、それは……!?」
アルトラス商業連合の代表、トビアスが口籠る。
15歳の少女に言い負ける壮年男性の姿は、側からみればとても滑稽な物であったかもしれない。
だが、それほどにククリアは言葉には、見た目の年齢から遥かにかけ離れた威厳と迫力が込もっていた。
一斉に静まり返った会議場内でククリアは、ここぞとばかりに各国の首脳達に向けて畳み掛ける。
「皆様にもお尋ねしましょう。コンビニの勇者様は、異世界の勇者様の中でも魔王を倒し得る能力を持つ唯一の方だと、期待された存在であったはず。それがなぜ、突然彼が『魔王』に成ったという事になったのでしょう? どなたかこの中で、直接コンビニの勇者様にお会いになって事の真偽を確かめた方はいらっしゃるのですか? 彼が魔王になった瞬間を目撃した方でもいるのでしょうか? もし、そうでないのなら――ここにいる皆様もボクと状況は一緒のはずです。確たる証拠もないのに、風聞だけでコンビニの勇者様が魔王に成ったと決め付けてしまうのは、一体なぜなのでしょう?」
ククリアの言葉に、首脳達は目を俯かせて黙り込む。
おそらくその問いかけに対する1つの回答を、ここにいる全員は既に頭の中に共通で持っていたのだが……。
それを公的な場では、言い出せずにいたのだ。
そんな重苦しい雰囲気となった会議場の空気を打ち払うようにして。最初に全員を代表して口を開いたのは、やはり経験豊富なカルツェン王国のグスタフ王であった。
「ふむ……。ククリア殿。それはミランダの戦場に赴かれたという、女神教の枢機卿様がその目で直接確認されたからという事で聞いておりますぞ。枢機卿様のお言葉に間違いは決してありますまい。女神教の代表者であり、女神アスティア様の代弁者として世界各国の政治指導もして下さっている尊いお方です。我がカルツェン王国も政治顧問として古くから枢機卿様には大変お世話なっております。その枢機卿様が直接、コンビニの勇者が魔王と成り果て、連合軍に無慈悲な攻撃を加えてきた事を確認したと仰っているのです。これ以上に、この世界で信頼に足り得る情報がありましょうか?」
グスタフ王の言葉に、世界各地の首脳達も強く頷き合った。
――結局の所。コンビニの勇者が突然魔王に変貌し、ミランダで多くの騎士達を無慈悲に大量虐殺をしたという話は……女神教の代表である枢機卿がそう世界に向けて発表したから、という理由でしかない。
だが、この世界において。人々から絶大な支持を得ている女神教の総本部がそう発表をしている以上……。
それを疑うという心は、ここに集う各国の首脳達の脳裏には微塵たりとも無かったのである。
「残念ながら、前女王の時には女神教の枢機卿様は我がドリシア王国にもお訪ねになられた事があったようですが……。ボクの代の治世になってからは、一度も枢機卿様にボクはお会いした事がありません。ですので、いかに女神教の重鎮でおられるお方の言葉であっても、ボクがそれを信じる根拠にはなり得ませんね」
「不敬なッ!! 女神教の代表者様である枢機卿様に対して、何たる不敬な発言を!! 例えドリシア王国の女王と言えども、それは聞き捨てなりませんぞ!」
ククリアに対して、アルトラス商業連合のトビアスが先程言いくるめられた事の反撃と言わんばかりに、声を荒げて詰め寄ってくる。
「――では、このボクをこの場で不敬罪で逮捕されますか? あなたのような弱小の商業連合の代表が。まさかこの西方3ヶ国連合の一翼を担う、ドリシア王国に宣戦を布告されるというのなら喜んでボクはお受け致しましょう。我がドリシア王国は先のミランダ領遠征に参加していませんので、国内の騎士団の余力は十分に有り余っております。いつでもお相手をさせて頂いても良いのですよ、トビアス殿?」
「くっ……ッ、この、小娘が!!」
熱心な女神教徒であるトビアスは、悔しそうに歯軋りをしながら引き下がる。
だがこれで、この世界会議の場においてドリシア王国1国だけが、世界から孤立した状態となり。
他の国々との間に軋轢が生じてしまった事実は、決定的なものになってしまった。
「あらあらあら〜、可哀想なククリアお嬢ちゃん〜。一生懸命に力説をしても、だ〜れもお嬢ちゃんに賛同をしてくれる人はいないみたいねぇ〜? ホントか〜わいそぅ〜!」
ククリアと他国の首脳達が言い争いをしているのを、満面の笑みで傍観していたロジエッタが横から口を挟んできた。
「別にボクは賛同者を求めている訳ではありませんので問題はないですよ、ロジエッタ殿。ドリシア王国はコンビニの勇者様を信じておりますので、今回の遠征にも軍隊は派遣を致しません。ただそれだけの事です。そして、エルフ領の先にある地へと遠征をする世界各国の連合軍の行動に対しても、我がドリシア王国は一切邪魔をするつもりはありません。我が国は自国内で待機をして、状況の推移を静観させて頂くとしましょう」
「うんうんうん〜。まあそれでもワタシは良いわよぉ〜。ミランダの時みたいにコンビニの魔王に加担をして、突然ドリシア王国軍が攻撃をしかけてくるみたいな事がないのなら、ワタシ達も安心して動けるからねぇ〜。……だから、くれぐれも約束は守って頂戴ね? もしドリシア王国の軍隊がコンビニ陣営に加わるような事があった時には、今度は世界各国の連合軍がドリシア王国に対して討伐軍を送る――なんて事にもなりかねないわよぉ〜?」
「それは肝に銘じておきましょう、ロジエッタ殿。それにしても、ロジエッタ殿もグランデイル王国のクルセイス様にお仕えする立場として本当にお忙しそうですね? たしかボクの記憶ですと、コンビニの勇者様はクルセイス様の『婚約者』という事になっていたのではないのですか? 役立たずだからと王国から追放をしておいて、今度は実は婚約者でしたと発表をしたと思ったら……。再び、コンビニの勇者は『魔王』であったと認定して、魔王討伐の軍まで派遣されるなんて……。あまりの行動の不安定さと、不自然さにボクもつい心配をしてしまうレベルのメンヘラ具合だと思うのですが……。自らの婚約者が実は魔王であったと知ったクルセイス様は、さぞかし今は動揺をされているのでしょうね?」
ククリアはロジエッタを挑発して。何か有益に情報を引き出せないかという期待をこめて声をかけた。
だが、予想に反してロジエッタからは、ククリアの指摘に対して心から同意をするような返答が返ってきた。
「そうなのよ〜、そうなのよ〜! 本当に困っちゃうのよねぇ。うちの大クルセイス女王陛下の気まぐれときたら。怖い表情で冷淡に指示を伝えてくる時もあれば、純粋無垢なお嬢様の顔で、周囲に対して優しく気を配る行動を取る時もあるんだもの〜。ホントにさっきまで指示をしていた内容が、次の日には180度入れ替わって真逆の命令になってしまっている事もあるんだから、忠実な部下としては本当に困っちゃうのよねぇ……。まぁ、ワタシはそんな2つの真逆な顔を見せてくれる大クルセイス女王陛下が大好きだから、別に大丈夫なんだけれどね〜!」
「2つの真逆な顔……? それは、クルセイス様には2重の人格があるという認識で良いのですか?」
「さあねぇ〜〜? きっとそれは賢いククリアお嬢ちゃんが考えているようなものとは『ちょっと』違うものだと思うから〜。まあ、深くは考えなくても良いと思うわよぉ〜? うっふっふっふ〜」
ニヤリと頬を緩めて笑うロジエッタ。
その表情は、ククリアに対して多少のネタバラシをしても構わないという余裕さえ感じさせるものがあった。
「――分かりました。また、機会がありましたらぜひクルセイス様にもお会いをしたいものです。ククリアがぜひ、直接お会いしたがっていたとクルセイス様にもお伝え頂けたら幸いです」
「あらぁ、あらぁ、別に良いわよぉ〜! でも、残念だけど大クルセイス女王陛下はククリアお嬢ちゃんにお会いしたいとは思わないかもしれないけれどねぇ? ワタシも今回の会議では不必要にドリシア王国の女王には近づき過ぎないように――と直接のご指示を頂いているくらいだしねぇ? もしかしたらククリアお嬢ちゃん、大クルセイス女王陛下によっぽど嫌われているのかもしれないわよぉ? おーっほっほっほっ〜!」
「不必要にボクには近づかないように……ですか? それをクルセイス様が仰ったのですね?」
「そうよぉ〜! もし近づかれそうになったらコレを使うようにと魔除けのアイテムまでわざわざワタシに下さったんだもの〜。もしかしたら本当に害虫のように思われてしまっているんじゃないの〜? あぁ……可哀想なククリアお嬢ちゃん〜。ホントに同情をしてしまうわぁ〜、ほーっほっほっほっ〜!」
ロジエッタが手から出したのは、小さなペンダントのような物だった。
一見すると、それが何なのかは判別が出来ないが……。どうやら、魔法や特殊能力を無効化するアイテムのようにも見える。
ククリアは、もしかしたら自分の持つ『共有』の遺伝能力が、クルセイスには気付かれているのではないかと……内心で訝しむ。
もし、そうだとしたら……。
やはり今まで自分が、直接会って話をしていたのは本当のクルセイスではなく。
影の人格のようなものがクルセイスの中にはあり。その時のクルセイスこそが、彼女自身の本来の能力や人格を兼ね揃えた状態なのだろうとククリアは推測をした。
どちらにしても、この会議場にそのクルセイス本人が来ていない以上――。これ以上の詮索は不可能であろう。
「ではではでは〜、皆様ぁ〜! 改めてコンビニの魔王の本拠地への攻撃にご参加を頂き本当にありがとうございます〜! ワタシ達グランデイル王国は、各地に散っている騎士団を結集次第、魔王領へと向かう事になるので出発は少し遅れてしまうかもしれません。おそらくエルフ領の奥へと向かう皆様の方が、先にコンビニの魔王の手下達との戦闘となるでしょう。ですが、どうかご安心して下さい。我が国に所属をしている異世界の勇者様も魔王領へと向かわせますので、おそらく決着は早くつくと思いますから〜! あの緑魔龍公爵をも撃破してくれた最強の勇者。『不死者』の勇者が、きっと2人の魔王を倒してくれるでしょう!」
ロジエッタの発言を最後に――。
第1回目の世界会議は、今後の方針をまとめ終え。
全員でその内容を総括をして終了となった。
今回の会議で決定された内容は、
第一に、グランデイル王国が『不死者』の勇者を始めとする異世界の勇者を魔王領へと向かわせる事。
そして、そのサポートとして10万人を超えるグランデイル王国の大騎士団を、グランデイル女王のクルセイスが直接指揮をして魔王領の中へと向かう事。
第二に、その間にドリシア王国を除く世界各国の連合軍は。エルフ領の先にある、コンビニの魔王の手下達が集結をする本拠地へと攻撃を加える事が決定をされた。
長い話し合いを終えて、次々と帰国の途についていく世界各国の首脳達。
その中で……帰り支度をしていたドリシア王国の女王ククリアは。
予想もしていなかった人物から、突然……声をかけられ呼び止められる事となる。
「ドリシア王国の女王よ。少しそなたに話したい事があるだが……我に時間を頂けるであろうか?」
そう言って、ククリアに後ろから声をかけてきたのは……。
なんと、赤い髪をなびかせたバーディア帝国の若き女皇帝――ミズガルド・フォン・バーディアであった。