第十四話 カディナの街
「彼方様、ここが私の故郷――カディナの街です!」
「うおおおぉっ!? で、でっけえええええーっ!!」
見渡す限り、目の前に広がるのは――。
巨大な石造りの城壁に囲まれた、広大な土地。
その中には白亜の宮殿やら、大理石で作られた建造物やらが無数に建ち並んでいる。この場所を訪れる全ての人を圧倒するであろう、まさに豪華絢爛たる、優雅で広大な見た目の城塞都市が広がっていた。
「日本でも、俺はこんなにでっかい壁に囲まれた街を、一度も見た事は無いぞ。うおおおおぉぉーーっ! こいつはテンション上がるなーーっ!」
とうとう俺は、カディナの街に辿り着いたんだ。
よっしゃー! いやマジで嬉しいよ。
何だかんだでソラディスの森を抜けるのにも、10日以上かかってしまったけど。
久しぶりに見る人の住む都市の街並みが、想像以上に豪華で、俺は思わず感動してしまった。
「それにしても、本当に凄い大きさなんだな……」
これが、本物の城塞都市って奴なのか。
巨大な壁が街全体を丸々と包みこんでいる。
その光景はまさに圧巻の一言だ。中の敷地はざっと見渡しただけでも、東京ドーム500個分くらいの広さはあるんじゃないのか?
グランデイルの王都も、けっこうな大きさがあったけど。ここはそれよりも更に大きいと思う。
なんて言うか、豪華さが全然違うんだよ。世界中の富豪達が集結して作り上げた、まさに贅沢三昧な都市って感じがする。
下手をすると、街の外枠が地平線の彼方に霞んで見えないくらいだしな。
しかもこの巨大な街全体を、高さ25メートル越えの城壁がぐるりと取り囲んでいるんだぜ?
今までの人生で、俺はまだ一度も見たことは無いけどさ。多分……中国にある万里の長城よりも、この街を囲っている壁の方が、大きさや迫力に関しては遥かに勝っているんじゃないのかな。
「彼方様、街の入り口はこちらです。一緒に行きましょう!」
俺はティーナに手を引かれながら。カディナの街の入り口がある、巨大な入城門へと向かう。
城門の前には、街に入ろうと立ち並ぶ人達の大行列が出来ていた。
これじゃまるで、東京ネズミーランドの入場ゲートみたいだな。人混みが凄すぎて、ティーナとはぐれたら俺は一発で迷子になりそうだ。
大きな荷台や、馬車を引く行商人の群れ。
鉄の鎧を着込んだ傭兵の集団。
作業着を全身に着込んだ、労働者らしき人達の集団。
観光で来ているらしい、家族連れの旅人達。
そこには多種多様な服装をした人々が、所狭しと周囲にひしめき合っていた。
「すっげーな! まるでコミケ会場みたいだぜ! これだけの大人数が集まるんだから、きっと街の中はもっと凄いんだろうな……」
「コミケ会場? それは一体何でしょうか?」
「――ん? ああ、そうだな……。コミケって言うのは俺のいた世界にあるお祭りみたいなものかな? そこにはたくさんの人が集まるんだけど、ここはそれと同じくらいに活気があって、凄いなって思ったのさ!」
俺はティーナに、俺が住んでいた日本の話をたくさん聞かせていた。
でもさすがにコミケの話まではしてなかったのだが、ティーナは俺の言いたい事を大体察してくれたようだ。
「なるほど。コミケとは彼方様のいた世界で開かれる特別なお祭りの事なんですね。素敵です! 私もいつか彼方様の世界をこの目で見てみたいです。秋葉原とか、池袋とか、魅力的な街がいっぱいあるんですよね!」
「ああ。可愛いメイドさんがいっぱい働いているお店から、ゲーム機が沢山並んでいる店だってあるんだぜ。ティーナが見たら、きっとビックリするだろうな。東京には本当に不思議な場所がいっぱいあるからな」
知識欲旺盛なティーナがランランと目を輝かせる。
まだ見ぬ異世界の街に思いを馳せて、羨望の眼差しで俺を見つめていた。
まあ……実際には。俺は本当に元の世界に帰れるかどうかも今は怪しいんだけどな。
それに、仮に帰れたとしてもだ。
俺は多分、ティーナを一緒に日本に連れて帰る事は出来ないと思う。
ネット小説の後日談には、割とありがちな展開だけどさ。
俺とティーナが一緒にこの世界で大冒険をして。最後にはラスボスの魔王を俺達が倒す。
そして2人は晴れて結ばれるが、俺は元の世界に戻ることを選択してしまう。
その後、元の世界に帰還して平凡な暮らしに戻ってしまっていた俺の所に、異世界からティーナが追っかけてきて2人は再会を果たす。
そして現実世界で2人は一緒に過ごして、末永く幸せに暮らしましたとさ――……みたいなハッピーエンドを迎えるとか。
「……そんなベタな展開にでもならない限り。まあ、俺がティーナと一緒に元の世界に行くという可能性は、まず無いんだろうなぁ」
「えっ? 何かおっしゃいましたか? 彼方様」
「いやいや、何でもないよ! ただの独り言だから気にしないでくれ」
まあ、ここで現実を告げてティーナをガッカリさせる必要はないだろう。
そもそも俺は無能なコンビニの勇者だし。
魔王なんてまず倒せそうにない。仲間達と一緒に旅をする大冒険だって、今の所、始まりそうもないし。どちらかと言うと、国から追放されて孤独な逃亡生活が始まっているような状態だからな。
「――彼方様?」
「あ……ううん。大丈夫だよ! それよりも、ほら、どうやら俺達の順番が回って来たみたいだぜ!」
俺とティーナは街の城門で、入場の受付を待つ行列に並んでいた。
たくさんの人が行列に並んでいたので、俺達の順番が回ってくるまでには、けっこうな時間がかかっていた。でも今、やっとその順番が回ってきたらしい。
「ハイ、そうですね! 私……無事にカディナの街に戻ってくる事が出来て、本当に嬉しいです!」
ティーナが感動で目に涙を浮かべながら、感嘆の息を漏らす。
盗賊の集団に遭遇して、命の危機に直面したり。謎の異世界の勇者に出会ったり。その後、2人で徒歩でソラディスの森を抜けたり。
ティーナにとっても、ここ2週間ほどの時間は、本当に大変な時間だったろうな。だから久しぶりの故郷は、本当に感慨深いのだろうと思う。
「これも全て彼方様のおかげです! 私は彼方様に一生尽くしても返しきれない程のご恩を頂きました。……ですので、私はこれからの人生の全てを彼方様に捧げて、必ず恩返しをさせて頂くつもりです」
「えっ!? いやいや――! 俺、そんな凄い事は何もしてないから。だから、そんなに気にしなくていいよ」
「――いいえ。私は頂いたご恩は一生忘れません。ずっとずっと彼方様の為だけに生きて参ります。だから、これからもどうか末永くよろしくお願い致します」
ティーナが俺の手を取りながら、ニコっと笑う。
うわぁ……。涙目の後に、そんなに神々しい天使の笑顔見せられたら、俺……。
これは、ちょっと反則だろう。
俺みたいなチョロインは、そんな事されたらすぐに落ちちゃうって。イン◯タ写真で実物以上に盛り盛り加工しなくても、一発で撃沈だよ。
ここまでの道中でもそうだったけどさ。
ティーナは俺に、何度も何度も頭を下げてお礼を言ってくる。
俺としては、そこまで感謝されてしまうと何だかむず痒いくらいなんだけどな。
むしろ、森で迷子になって困っていたのは俺の方なんだし。ティーナにこの街まで連れて来て貰えなかったら、俺は森の中を永遠に彷徨っていただろう。
コンビニがあるからきっと野垂れ死にはしなかっだろうけど……。いつかは魔物に食われて、あの森の中で死んでいたかもしれないからな。
その意味では、俺の方が遥かにティーナに感謝をしたいくらいだった。
「ところで、受付でみんな首からぶら下げている何かを見せているみたいだけど……。アレって、一体何なんだ?」
入場門に並ぶ人達は、みんな同じような紋章の入った首飾りをぶら下げている。
それを受付にいる騎士達に見せているようだった。
「あの首飾りは、街の中に入るのに必要な通行証のようなものです。カディナの街に入るには、あの通行証を門番の人に見せなくてはいけないのです」
「――通行証……!? えっ、えっ、どうしよう? 俺、そんなもの持ってないんだけど……。街に入れて貰えるのかな?」
ちょっとま〜〜った! 通行証?
What? ナニソレ?
俺は、そんなの全然聞いてないぞ……。
ここまで来て『森に帰れ!』な〜んて、言われても。俺は嫌だぞ。
俺はもう、絶対に森には戻ったりなんてしないからな!
例え森の中に秘蔵のチートアイテムが眠っていたとしても、絶対にそれだけはゴメンだ。
「彼方様、大丈夫ですよ! 私がカディナの街の市民証を持っていますので。私と一緒なら、彼方様も街に入ることが出来ます。ですので、どうかご安心下さい」
ティーナが首にぶら下げている、青い紋章の入った金色のネックレスを見せてくれた。
先端には繊細な細工で施された、カディナという文字が刻まれている。
「なんだ〜良かったぁ……。マジで一瞬、焦ったぜ」
そっかぁ。街に入るには通行証がいるのか。
まあ、俺の居た世界でも海外旅行にはパスポートとか、ビザとかが色々必要だったりするし。この世界でも、きっとそういう証明書みたいな物が色々と必要なのだろう。
「ここに並んでいる人達は、みんなティーナみたいに市民証を持っていたりするのか?」
「……いいえ。市民証を持つ事の出来る人は、カディナの街の中でも限られているんです。ここに並んでいるほとんどの人達は、街の南にある『壁外区』から来ています。彼等の多くはカディナの街の中で仕事をして、仕事が終わると壁外区に帰っていく、一時的な出稼ぎ労働者なんです」
「『壁外区』? 出稼ぎ労働者? ――何それ?」
「このカディナの街の南側――城壁に囲まれた街の外側には、たくさんの人達が暮らしている『壁外区』と呼ばれている広大な居住区があります。そこでは市民権を持たない多くの労働者が暮らしているんです」
「壁の外に、更に居住区がある? マジかよ……」
ただでさえ、こんなにも大きな街なのに。
この壁の外側には、更に別に住宅地があるってのかよ……。なんかもう規模が大きすぎて俺、全く想像が出来ないぞ。
「ここは街の北側の城門なので、ここから見る事は出来ませんが……。壁の南側には、街の中より遥かに大きくて。沢山の人達で賑わっている壁外居住区が広がっているんですよ」
「こんなに広そうな街の中よりも、壁の外側にはもっと沢山の人で賑わっている場所があるってのかよ。一体どんだけ大きいんだよ、カディナの街って……」
よくは分からないが、東京の都心と郊外みたいな区分けで考えれば良いのかな?
中心部の栄えている街に、郊外からたくさんの人達が出稼ぎに来ている、とか。そんなイメージなのかもしれない。
なんにせよ、そんなに人がたくさん住んでいるのなら。確かに王様がいなくても、自分達の力だけでやっていける訳だ。人口が多いからこそ成り立つ、巨大な自治国家って感じなんだろうな。
俺とティーナは、行列の先にある受付の窓口に入った。
城門の中に設置されたスペースでは、黒い甲冑を着た騎士のような格好をした連中が荷物チェックや、入場する人々の通行証を検査している。
鎧のデザインがグランデイルの騎士達とは異なっていた。つまりここは、グランデイル王国の支配下では無い街なのだという事が分かる。
割とこういう入国審査みたいなのって、ちょっと緊張しちゃうよな。
しかも俺なんて異世界人な訳だし。出自の怪しさはまさに折り紙付きだ。
『貴方は何処から来たんですか?』なーんて聞かれたりしたら、まさか『日本からです』とも言えないしなぁ。
……などと、俺が心配をしていたら。
意外にも結構あっさり。ほとんど顔パスのような感じで、俺達は街の中への入場を許可されてしまった。
「えっ? こんなんでいいの? さすがにザル過ぎやしないか?」
ティーナが胸の金色のネックレスを、受付の黒騎士達に見せ、
「交易商サハラの娘。ティーナ・アルノイッシュです」
……と、ただそう名乗っただけで。
検査とか審査とかは何もなく。まるでスルーされるように俺達は入場が許可されてしまった。
これってアレなのかな?
ティーナのお父さんはカディナの街でも、かなりの権力を持つ大商人だったりするとか?
あるいは街の政治的にも、有数な実力者の一人だったりするのかな?
助けた少女が大商人の1人娘とか、ラノベでもマジでよくありそうな展開だしな。
俺はティーナの妖精のように綺麗な顔を、改めてマジマジと見つめてしまう。
「……ど、どうかしましたか、彼方様? そんなに、真剣に見つめられてしまうと、私……」
――うん。いつものようにティーナは、顔を真っ赤にして俯いてしまう。
程よく恥じらいもあり、学もある。本当に真面目で素直な性格の良い美少女だ。
ハァ……。これで、俺が実力のある本物の勇者だったなら、間違いなく物語のヒロインだったんだろうけどな。
何で俺はコンビニの勇者なんだろう? スキルガチャに失敗した事を今更ながらに、後悔してしまう。
「今度は急に落ち込んだような表情をされて……どうかなさいましたか、彼方様? 私、何か彼方様の期待を裏切ってしまうような事をしてしまったのしょうか?」
「ううん。ティーナは何もしてないよ。むしろ、問題は俺の方というか。まあ、特に気にしないでいいからさ」
「……もし、もっと胸が大きい女性が好みだとか。そういう様なご要望でしたら、私に何でも仰って下さいね。私、彼方様の為に一生懸命努力をしますから!」
「いやいや、何を言ってるんだよっ! ティーナの胸は今がベストだよ! イッツ・パーフェクトだよ! 体の線が細いのに、服の上からでも分かるその圧倒的な存在感。しかも透き通るような金髪に、妖精のような無垢な顔立ち! 大人の体に少女の清純さを宿した、まさに完璧な正統派ヒロインじゃないか。不満なんて1ミリたりともあるわけないから。そのままでも既に彫刻のように完成された、完璧な可愛さだよッ!」
「………………」
ハッ!? し、しまった……!
またしても脳内妄想ボイスを全部、口から滝のように垂れ流してしまうという、まるでラノベ主人公のような凡ミスを……。
ティーナが顔を真っ赤にして俯いている。
それはそうだよな。結構セクハラ連発な内容の発言を俺は今、してしまった気がするし。
というかただのド変態だよね、今の俺って。
どうしよう……。
ティーナに幻滅されちゃったかな?
くっ……! ならばここは急いで、場の空気を切り替えねばなるまい!
「……と、とにかく街の中に入ろうか! カディナの街を俺に案内してくれよ。ずっと歩いてたからもう足もクタクタだよ……。俺、疲れると、たまーに変な事を言ったりする時もあるけど。それは特に気にしなくても大丈夫だから! 全部、忘れちゃっていいからね!」
「そ、そうですね……! では、まずは私の家に案内致します。ここから家まではそんなに離れていませんし、私のお父様にも、彼方様をぜひご紹介したいですから」
一瞬だけ2人の間に、変な空気が漂ってしまった気がするけど。
俺達のリア充っぷりは、カディナの街に入っても相変わらず健在だった。
もはやそれが当たり前かのように、俺達は自然な形でお互いの手を繋ぐ。
そして沢山の人達で溢れている大通りのど真ん中を、俺達はリア充オーラ全開で、肩を寄せながら堂々と恋人歩きした。
……あはは。もういいよね?
もう、ゴールしちゃってもいいよね?
なんだか俺もう……。
ちょっと、感覚が麻痺してきちゃったよ。
どこからどう見ても、リア充全開なラブラブカップルだけど。流石にもう、怒られたりはしないだろう。
きっと昔から俺は、女の子と堂々と手を繋いで街中を歩く事が出来るリア充男子だったんだよ。うん、きっとそうに違いない。
だって、もう手汗も出なくなったし。女の子と手を繋ぐ事にも、慣れてきたからな。
俺は、『彼女居ない歴=年齢』の自分の過去とは、華麗におさらばをして。今は堂々と大通りをティーナと手を繋ぎながら恋人歩きをしている。
でも、こいつはちょっとした観光気分にもなるな。
グランデイル王国以外の異世界の街をゆっくりと歩いて見るのは、俺も初めてだし。
巨大な城壁に囲まれたカディナの街の印象は、そうだなぁ……。
一言で言うとしたら、何ともお洒落な街並みって感じだ。金持ち達が集まって、贅沢の限りを尽くして作った優雅さが、あちこちから滲み出ている。
イメージ的には、ヨーロッパ風のイタリアンな景観と言えば伝わるだろうか?
もちろん俺はイタリアになんて行った事はないけれど。まあ、雰囲気とかが大体……そういう感じに見えるって事さ。
全体的に、白い石の壁で作られた建物が多いな。
屋根の色も全部真っ白に統一されていて。家々も大通りに沿って規則正しく並び建っている。
グランデイルの王都に比べると、用水路や住宅街、商業施設などが綺麗に区分けされていて。計画的に建設された街並みという事が分かる。
きっと街の景観なんかも、ここでは重要視されているんだろうな。建設の段階から綿密に計画をしないと、こう綺麗な街並みにはならない筈だ。
やっぱり、こういう美しい都市の景観を見るといつも思うんだが……。
俺が住んでいた日本の都市って。何かゴチャゴチャしているイメージがあるよな。看板とか、ビルの高さがバラバラだったり、電信柱があちこちに立っていたり。
……まあ、俺はそういう日本独特の街並みに愛着があるから、別にいいんだけどさ。
いざ、こういうヨーロッパ風の美しい街並みを見させられてしまうと。やっぱり街の景観って、統一性が大事なんだなって改めて思えてしまう。
他所の国から来た観光客だったなら、確かにこういう美しい景観が見たいんだろうなとは思う。
大通りをしばらく歩いていると。
ティーナがピタリと足を止めて、俺に向き直った。
「彼方様、こちらです! ここが私の家です」
「……えっ? これがティーナの家? でっけぇえええええええっっ!?」
俺は紹介されたティーナの実家を見て。
思わずその場で、大絶叫をしてしまった。