第百三十六話 ティーナに秘められし隠し能力
この数日間、俺がずっと1人で悩み続けていた事を……。ティーナに全部、言い当てられてしまった。
俺は思わずその場で口ごもり。あとはもう、何も言えなくなってしまう。
「そんなに私に気を遣われなくても……大丈夫ですよ。彼方様」
ティーナは先程までと変わらない、天使の笑顔のままで。優しく囁くように、俺に声をかけてくれた。
「彼方様が私の事で深く悩まれているのは、分かっていました。確かに私は、何も能力の持っていません。きっと今のままでは、私は魔王領の探索をする彼方様の足手まといになってしまうと思います」
ティーナは、少しだけ声を震わせるようにして。
俺の目を見つめながらゆっくりと話しかけてくる。
「……いや、俺自身はティーナには絶対、魔王領についてきて欲しいと思っているんだよ。だって俺はティーナがいないと何も出来ない、情けない勇者だからな。でも、その一方で……。大切なティーナを危険な場所に連れて行きたくない、と願う気持ちもあるんだ。ティーナにはここに残っていてもらっていた方が、安全なんじゃないかって、ずっと俺は悩んでいたんだ」
「彼方様、私などの為にそんなに心配をさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。私の事でしたら大丈夫です! 彼方様が思うように自由に決めて下さいね」
体を小さく震わせながら、ゆっくりと頭を下げるティーナ。
結婚式場の長椅子に腰掛けながら、俺は思わず頭を抱えてうな垂れてしまう。
正直に言って、ティーナには一緒に来て欲しい。
でも、戦闘能力の無いティーナを危険な魔王領に連れてい事を、他のメンバー達が了承するだろうか?
そして何か危険な事が起きた時に、本当に俺はティーナを守りきれるのだろうか?
そんな不安もあって。俺は魔王領探索チームにティーナを加えるべきかどうかを、ずっと一人で今まで悩み続けてきた。
そんな椅子の上でうな垂れている俺の頭を……。
そっとティーナが、両手で抱きしめるようにして包み込んでくれる。
「彼方様が、私の事でそんなにも頭を悩ませてしまっている事を知って……。不謹慎だとは思いますが、私は心の底から嬉しいと思ってしまいました。ですので私は、彼方様に少しでも安心してもらう為に。今までずっと内緒にしていた私の『秘密の能力』を、ここで彼方様の為に披露しようと思います!」
「えっ、ティーナの秘密の能力って!? それは一体どういう意味なんだ……ティーナ?」
あまりにも突然過ぎる、ティーナの提案に。俺は目を白黒させて、言葉を失ってしまう。
「ふふふ。実は私は、彼方様にも内緒にしていた特殊能力を隠し持っていたのです。その能力を使えば、なんと空を飛ぶ巨大なドラゴンでさえも、一撃で仕留めてしまう事が出来るんです。私に自分の身を守れるような強い戦闘能力があったなら、彼方様も安心して、私を魔王領探索のメンバーに加えて頂く事が出来ますよね?」
ティーナが何を言っているのかが全く分からなくて。目をパチパチさせながら、俺の頭の中は真っ白になる。
ティーナに、隠された秘密能力があるだって?
いや、そんな……。俺は今までずっとティーナのそばにいたけれど。そんな姿は一度も見かけた事はなかったはずだ。
ティーナは腰掛けていた長椅子から、そっと1人立ち上がると。
両手で大きく円を描くように動かして。
まるで某人気少年漫画の主人公が持つ、『亀』の文字がつく、あの必殺技を放つような構えをした。
一体どこで、その動きを覚えたんだろう?
コンビニホテルの部屋にあったテレビで、アニメの再放送でも見たのだろうか? でも、ティーナがやると動きが可愛すぎるので、思わず見惚れてしまうけど。
「彼方様は、そこで見ていて下さいね。今、ここで私は……超特大の必殺技を披露しますから!」
「だ、大丈夫なのか、ティーナ? そんなドラゴンも倒してしまうような凄い必殺技を、こんな狭い所で披露したら。それこそ大変な事になってしまうんじゃ……」
下手をしたら隣の披露宴会場にいる、新婚の杉田夫婦を見事に吹き飛ばしてしまう可能性だってあり得るぞ。
いくら幸せいっぱいのリア充だからって。さすがに木っ端微塵に吹き飛ばしてしちゃうのは、まずいんじゃないのかな?
鉄壁のシールドを持つ、花嫁騎士のセーリスも。さすがに、隣の結婚式場から巨大なエネルギー波が放たれるだなんて……まさか、夢にも思っていないだろうしな。
ティーナの不思議な動きに呼応するように。
結婚式場の椅子や机がわずかに振動して。空気が乱れるような錯覚を――俺が感じ始めていた、その時。
とうとうティーナがその両手に貯めた、もの凄い力が凝縮されたエネルギー波を、一斉にその手の中から前方に向けて解き放った!
『必殺、ティーナ特製コンビニ砲ーーーっ!!』
「うおおおおぉ!? これは……す、凄い!? 結婚式場のありとあらゆる物が、全く微動だにせずに。さっきから何一つ、まるで何も変化が起きていないぞ………って、ええっ!?」
俺は、すぐにその場の違和感に気付いた。
そう――。
ティーナがまるで、少年漫画に出てくる戦うヒロインのような迫力で。大きな声で『コンビニ砲ーーっ!!』と力強く叫んでいたけど。
周囲には、何一つ変化は起きていなかったのだ。
結婚式場に置いてある椅子も、机も、綺麗な天窓についているステンドグラスさえも。
全くもって、何一つ変化は起きていなかった。
えっ……これって、一体どういう事なの?
ティーナの放ったエネルギー波は、不発だったって事でいいのかな?
俺が頭に疑問符を浮かべながらティーナを見つめると。ティーナは指先でピースのサインを作って、それを目の横にくっ付けながらニコリと笑う。
「……というのは全部、冗談です。彼方様。私には巨大なドラゴンを撃ち倒すような特殊な能力は、もちろんありません」
「ズコーーーーッ!!」
俺は思わずアホな擬音語を口から盛大に吹き。
その場で頭からズサーーッ! と、勢いよく床に倒れ込んでしまう。
「ええっ!? ティーナさん……!? 全部冗談って、どういう事なの?」
困惑する俺をよそに。
ティーナは天使の笑顔のまま、ゆっくりと俺に向けて近づいて来た。
「……たしかに、今の私にはまだそのような凄い能力は何もありません。ですが、今後の私には……もしかしたら、彼方様のお役に立てるような能力が身につく可能性があるかもしれないのです」
「強い能力が身につく可能性があるって? それって、どういう……?」
「その説明は、ティーナ様に代わってこの私がしましょう。総支配人様」
「レ、レイチェルさん? 一体どこから現れたんですか?」
結婚式場に残っているのは、俺とティーナの2人だけのはずだと思って、つい油断をしていたら。
俺達の背後から灰色の制服を着たレイチェルさんが、突然その姿を現した。
そうだった。レイチェルさんはこのコンビニの地下階層のあらゆる場所から、突然出現する可能性があるんだったっけ。
「レイチェルさん、ティーナに代わって説明をするって。一体どういう事なんですか?」
「――ハイ、ティーナ様には実は秘められた能力が本当に存在しているのです。今までティーナ様はずっとそれを秘密にされていましたが……実は、この世界に伝わる神秘なる能力、『遺伝能力』をティーナ様は持っているのです」
「……!? ティーナが遺伝能力者だって? それは、本当なのか、ティーナ?」
俺は慌ててティーナの方に向き直る。
ティーナは顔を下に伏せながら、少し恥じらいがちにゆっくりと俺にそれを説明してくれた。
「ええ。私がその事について初めて気付いたのは、彼方様と共に魔王の谷に落とされてしまった時のことでした。あの時、私は敵と対峙されていた彼方様を救おうと、岩の陰から必死に心の中で念じたのです。彼方様の身に危険が起こりませんように……と。すると、突然……。彼方様と敵対していた異世界の勇者様の動きがピタッと止まったのです」
そうか……。俺が魔王の谷の上で、金森と対峙をしていた時のことか。俺もだんだん思い出してきたぞ。
ティーナはそのまま、自分に起きた出来事についての説明を続ける。
「……私は、それが私の意志によって止めているのだと気付くのに、少し時間がかかりました。でも、たしかにあの時、何らかの能力を発動して敵の動きを止める事が出来たのです」
確かにあの時の俺は、水道ホース野郎である金森と直接対決をしていた。
でもその時に、突然異変が起きたんだ。
目の前で敵対していた金森の動きが、急に止まって。
いきなり全く微動だにしなくなってしまった。あれは、一体どれくらいの時間だったかな? 確かほんの数秒くらいだったと思う。
金森の野郎が、全く身動き一つ出来なくなって。そして……その後に突然息を切らして、急に自分の意識が消えていたとか言って、勝手に激昂してきたんだった。
でも、そんな……。まさかあれが、ティーナが持つ遺伝能力によって行われたというのか?
「……私も実は、よくは憶えていないんです。でもその後で、確かめてみる為に《能力確認》の魔法を自分自身にかけてみると。私のステータス欄には、『遺伝能力――未覚醒状態』という文字がはっきりと表示されるようになりました。今でも私には、一体何の能力が秘められているのかは、分かっていないのですが。何かしらの能力がある事は確かなようなんです」
「ティーナのお父さん……サハラさんはどうなんだ? それか、沢山いるというティーナの兄弟姉妹の中には、今までに『遺伝能力』に覚醒した人物はいたのか?」
「いいえ。私の家族には、そのような能力を発現させた者は一人もいません。たしか私の家の親戚や、その家族にもそのような人物は居なかったと思います」
「そんな……。それじゃあ、ティーナには本当にたまたま遺伝能力の資質があって。偶然にあの時、金森と対峙をしていた俺を助ける為だけに、その能力が突如として発現したという事なのか。で、でも……そんな偶然が、都合よく起きたりするものなのか?」
「総支配人様、何かをお忘れではないですか?」
レイチェルさんが、俺に呼びかけてくる。
「その時にはまだ、総支配人様にその能力が備わっていた訳ではありませんが……。後に総支配人様のステータス欄に加わり、おそらくコンビニに滞在されている、他のクラスメイトの皆様の能力を、本来の素質以上に大きく向上をさせる事が出来る、総支配人様だけが持つ特殊な能力の事を」
俺だけが持つ、特殊な能力?
レイチェルさんに言われて、俺は自分のステータス欄に書かれている内容を上から順番に思い返してみる。そして……。
「そうか! 俺が持つ特殊技能……『異世界の勇者の成長促進技能』の事か。たしかにティーナはこの世界で俺と一緒に過ごした時間が一番長い。だからもしかしたら、過去から受け継がれてきた遺伝能力を、ティーナは発現しやすくなっていたという可能性もあり得るのか」
「そうです。まだティーナ様の遺伝能力は未覚醒ですので、それがどういった能力なのかは分かりません。ですが、新たに能力を持つ心強い味方が増えるという事は、この先のコンビニ国の未来にとっても、とても明るい知らせとなるでしょう」
レイチェルさんは、ニッコリと笑って。俺にウインクをしてくる。
「それにもしかしたら、本当にドラゴンを一撃で仕留められる、スーパーティーナ様に成長される可能性もあるのですから。その意味でも、成長促進技能を持つ総支配人様のそばにずっとティーナ様がいた方が、ティーナ様に秘められた遺伝能力は覚醒しやすいと思います。もちろんその為には、ティーナ様の身を守り通すという、重大な責任が総支配人様には課せられますが……」
「ああ、その点は大丈夫さ。俺に任せてくれ! どんな場所にいても、どんな危機が訪れたとしても。俺は絶対にティーナは守り通してみせる。ティーナの秘められた能力が覚醒して、きっと凄い能力者になる可能性を信じて。俺は今回の魔王領探索チームに、ティーナを連れていく事にするぞ!」
「彼方様、ありがとうございます!」
ティーナが目に涙を浮かべて、俺とレイチェルさんに何度も頭を下げ続けた。
そうさ。俺とティーナはこれからもずっと一緒にいる。例えそれが、魔王領のど真ん中であったとしても、俺とティーナは決して離れる事はない。
「フフフ……。総支配人様は素直ではないですからね。本当はどんな理由があったとしても、ティーナ様にずっとご自分の側にいて欲しいと思っておられたんですよね? でも、危険な魔王領を一緒に旅する他の仲間の方々に、まさか自分がティーナ様を好きだからという理由で、一緒に連れて行くと説明する訳にもいかず。何でもいいから何か理由がないかと、ずっと今まで寝ずに悩まれていたのですものね」
「レ、レイチェルさん……。それは言っちゃダメな奴ですよ!」
クスクスと笑うレイチェルさんに、俺は慌ててプライベートな情報を流さないでくれと懇願する。
「……いえいえ、実は私はお2人から同じ内容の相談を、同時に受けていたのです。ですので、お2人とも素直にお互いに面と向かって話し合えば良いのに――と、ずっと思っていました。初めてコンビニの中でお2人が巡り合った時から、私はずっと総支配人様とティーナ様を見守ってきていますので。何か力になれないかと、心配をしていたのですよ」
俺はここ数日ずっと悩んできた事を。レイチェルさんにだけは、こっそりと相談をしていた。
でも、どうやら……ティーナも俺と同じように。レイチェルさんに相談をしていたみたいだな。
ティーナも顔を伏せながら、レイチェルさんに秘密を漏らさないで下さいと、抗議の表情を浮かべていた。
そして、改めてティーナは俺にゆっくりと向き直ると……。
「彼方様。もちろん私の持つ遺伝能力は、まだ未覚醒な状態です。それがいつ形となって発現するのかは分かりません。ですが、絶対に皆様の足手まといにはならないように、全力で頑張らせて頂きます。ですので、私も彼方様とご一緒に、魔王領へ行っても大丈夫でしょうか?」
ティーナは懇願するように、俺に尋ねてくる。
「ああ、もちろんさ。ティーナはコンビニ戦車の中で、後方支援を完璧にこなせるからな。みんなもティーナのサポートがあれば、絶対に助かると思う。それに、俺はティーナがいないと本来の力の半分も出せない気がするんだ。その意味でも、俺を含めたみんなのサポート役をティーナにはお願いしたい。だから、俺からも改めてお願いをするよ。俺と一緒について来てくれないか、ティーナ?」
「ハイ、もちろんです! 今までも、これからも、どこまでも。私はずっと彼方様について行くと心に誓っております。ですので、これからもずっとお側にいて、彼方様の人生のサポートをさせて頂きますから、どうかよろしくお願い致します」
ティーナが勢いよくこちらに駆け寄ってくる。
そして、ガバーッと力強く抱きしめられる俺。
――そう。本当は理由なんてどうでも良かったのかもしれない。
俺にはティーナが必要なのだから。何があろうと、必ずティーナは連れて行く。それで十分だったんだ。
「さあ、総支配人様。早く隣の披露宴会場に行かないと、親友の杉田様に、大切な想い出のワンシーンに立ち会ってくれなかったと怒られてしまいますよ? 後の片付けは全て私がこなしておきますから。急いで披露宴会場に向かわれた方が良いと思います」
「そ、そうだった……。ティーナ、急ごう! 杉田の奴、後で記念写真を見て俺がいない事に気付いたら、めっちゃ怒ってくるかもしれないからな」
「ハイ、急ぎましょう、彼方様。私も異世界の結婚の儀式を間近で見て。いずれは彼方様と私が、同じ事をする時の参考にしないといけませんので!」
俺はティーナと手を繋いで。駆け足で披露宴会場へと向かう。
幸い披露宴会場のホールは、現在明かりが落とされて真っ暗な闇の中に包まれていた。
その暗闇の中を、『撮影者』の勇者である藤堂はじめが、目から白い光を放ち。大きなスクリーンに『二人の出会い、そして告白から結婚に至るまで――』という、感動の長編ムービーをみんなの前で流している最中のようだ。
だから暗闇の中で、俺とティーナがこっそり後ろから丸テーブルの席に座っても。誰にも気付かれなかったようなので、思わずホッとする。
今日は、杉田の一生に一度の晴れ舞台だ。
俺は心の底から、全力で2人の事を祝福してやる事に決めた。
魔王領へと向かう前に、ずっと悩んでいた心のモヤモヤがようやく取れた俺は――。
この日は、披露宴後の後の2次会にも出席して。本当に久しぶりに羽目を外して、クラスメイト達と心の底から心を通わせて、最後までバカ騒ぎを楽しんだ。
これが魔王領へと向かう前の、おそらくみんなと一緒に過ごせる最後の宴になる事を知っていたから、なおさらだった。
そして、無事に杉田とルリリアさんの結婚式が終わった翌日の朝――。
俺は改めて、魔王領への探索に向かう事を事前に相談し。参加の承諾を得ていたメンバー達と合流をする為に、コンビニ支店1号店の前へと向かう事にした。
みんなは俺よりも先に、コンビニ支店1号店の前に集合をしていた。
昨日の2次会の疲れがまだ取れずに、息を切らしながら慌てて駆けつけた俺を、みんなは呆れ顔で見つめてくる。
早朝の出発ではあったけど、みんなは既に準備万端の状態でスタンバイをしてくれていたようだ。
たぶん、昨日の杉田の披露宴後の飲み会も。
あまり飲みすぎないようにと、ここにいるみんなは上手にセーブをしていたんだろうな。
「もう、彼方くん〜! 遅いよ〜! とっくにこっちは準備が出来ているんだから、さあ急いでよ〜!」
「おう。悪い悪い、玉木! ちょっと昨日、コーラを飲みすぎちゃってさ。杉田の奴がなかなか俺を部屋に帰してくれなかったんだよ」
「店長、カロリーと脂質と糖質が高い飲み物はあれほど控えて下さいと私がお願いしているのに……。それとコーラの飲み過ぎもダメですからね。例えゼロカロリーと表面に書いてあったとしても、甘味料が沢山入っている飲み物は身体にあまり良くないのですから」
「分かった。これから飲み過ぎには気を付ける事にするよ。すまない、アイリーン」
コンビニ支店1号店の前に、1番最後に遅れて到着をした俺は……真っ先に玉木とアイリーンによって説教をされてしまった。
誰だよ? 早朝の6時ピッタシに魔王領に出発をしようだなんて無茶振りをしたアホは……。まあ、もちろん俺なんだけどさ。
それも前日が杉田の結婚式だったっていうのに。本当に無謀にも程があるよな。でも、さすがに2次会で羽目を外して暴れすぎたのは、失敗だったかもしれない。
「彼方くん。私の回復能力で二日酔いに効く魔法を後でかけてあげるから、今はちょっとだけ我慢をしてね」
「アハハ……。大丈夫だよ、香苗。俺は別にお酒は飲んでいないし。どっちかというとコーラの飲み過ぎで、さっきからずっとゲップが止まらない感じなんだけどな」
「ハァ〜。みゆき姉さんがソロで行動していても、鍛えられるレベルには限界があるから。うちにもチーム戦を経験をしておいた方が良いよ、とアドバイスをくれたので、今回の探索への参加を決めたのに。そのリーダーが出発前にゲップを繰り返しているだなんて、先が思いやられるわね。彼方くんホントに大丈夫なの? うち、何だか心配になってきたんだけど」
「すまんすまん、雪咲。ゲップはすぐに治すから。たぶん今は頼りなく見えてるかもしれないけれど、すぐにシャキーンと立ち直るから、大丈夫。この俺を100%信用してくれ!」
『回復術師』の香苗美花と。
『剣術使い』の雪咲詩織の2人にも心配をされ。
何だか俺も段々、恥ずかしくなってきてしまった。
「彼方様、コンビニ支店1号店の発車準備が整いました。コンビニ支店には地下階層はありませんが、魔王の谷の底を脱出した頃のコンビニの装備が、全て整っています。周囲には分厚い金属製の防御シャッターも付いていますし。お店の床下には移動用のキャタピラーも付いていますから。今まで通り、コンビニ戦車として魔王領に直接向かう事が出来ると思います」
コンビニの中から、ティーナが準備が整ったと俺達に知らせに来てくれた。
「よーし! それじゃあこれで、魔王領探索チームの準備は万端だな!」
「……若干1名だけ、ゲップの止まらない『無限ゲップの勇者』が混ざっているみたいだけどね〜」
後ろから玉木が、俺に対して悪意のあるツッコミを入れてくる。
「うるさいなー、玉木! ゲップは後で香苗にちゃんと治して貰うから大丈夫なんだって!」
「もう〜! 美花ちゃんの気持ちになってみなさいよ〜! 誰がすき好んで異世界の勇者の能力を、彼方くんのゲップの治療になんて当てないといけないのよ! 旅の間にちゃんと猛省して、美花ちゃんに後でちゃんと謝っておきなさいよね〜!」
「わわっ……紗希ちゃん! 私は大丈夫だよ! それにゲップだってずっと放っておいたら、大変な病気に繋がってしまう事もあるんだからね。だから彼方くん。後でちゃんと治療をしましょうね!」
香苗は慌てた表情で、首を横に振っていた。
「うう……香苗の優しさが目に染みる。やっぱり探索チームに香苗がいてくれて、本当に良かったと思う。透明人間になってこっそりと俺の悪口ばかり言ってくる玉木みたいな奴しか居なかったら、俺の繊細な心は荒んでしまっていたかもしれないからな……」
「何ですって〜〜! 透明にならなくても聞こえてるわよ〜、彼方くん〜〜!」
「さあさあ、アホな事ばかりしていないで。さっさとこの戦車みたいな形に変形しているコンビニを発進させましょうよ! うちはこの旅で絶対に、彼方くんのレベルを追い抜いてやると心に決めているんだからね!」
雪咲が決意のこもった顔つきで、力強く宣言した。
よーし! 出発するぞ!
俺達は全員、コンビニ支店の中に乗り込んだ。
久しく忘れていたけど、コンビニホテルのない生活は本当に久しぶりだな。
これからはこのコンビニの店内にまた、直接布団をひいたり、テントを張って寝泊まりをする生活に逆戻りという訳か。
でも……何だか。その方が俺的には気持ちが落ち着く感じがするから不思議だな。
「――彼方様、あちらをご覧になって下さい!」
コンビニ戦車を運転していたティーナが慌てて、事務所から飛び出してこちらに駆け寄ってくる。
見ると、ティーナが指を指す外の方向には……。
「おーーい!! 彼方ーーっ!! 必ず無事に帰ってこいよーー!! 怪我なんてするんじゃないぞーー!!」
「彼方くーん! コンビニ共和国は私達に任せてねーー! ちゃんとみんなを守りきってみせるからーー!」
「私の旦那様ー! 早く戻ってきてくれよー! レイチェル様と一緒にここは必ずアタシが守りきってみせるから。そしたらまたご褒美のキスをしてくれよなー!」
走り出したコンビニ支店1号店の背後に。
コンビニ共和国に残るクラスメイト達全員が、丘の上に整列して、俺達の出発を手を振りながら見送ってくれていた。
全くあいつら、杉田なんて夜通しで俺と一緒に飲み明かしていたくせに。こんなに早起きしてくれるなんて……。
みんなに心配をさせないようにと、こっそり朝早く出発しようと提案した俺の配慮が、これじゃ全部台無しじゃないかよ。
「みんなーーっ! 本当にありがとうなーー! ちゃんと魔王を見つけて無事にここに戻ってくるからーー! 困った時はすぐに連絡をくれよなーー! 後の事は全部頼んだぞーー!」
俺達は、全員コンビニのガラス窓の中から。
だんだんと小さくなり。次第に見えなくなっていくクラスメイト達に向けて、いつまでも手を振り続けた。
――さあ、これからが本番だぞ。
ちゃんと気合いを入れて、挑まないといけないな。
とうとう、この世界の今の魔王である――『冬馬このは』に直接会いにいく。
そして、その途中には必ず。
また、あの黒い姿をした『もう一人の玉木』が俺達の前には現れるだろう。
その時に、俺はどう対処をすべきなのかはまだ分からない。
でも、今……俺の近くにいてくれる大切な仲間達。
そして、そばにいてくれるティーナを絶対に守り抜く事を俺は必ず誓ってみせる。
「よーーし、みんないくぞーー! とうとう魔王領の中に突入だーーッ!!」
この世界に召喚をされて、俺達異世界の勇者に最初に課せられた当初の目的。
魔王を見つけ出して、この世界の平和の為に倒す事。
まあ、色々あって魔王を倒すという事は、今は目的ではなくなってしまったけどな。どちらかと言うと今は、俺自身がこの世界にとって『魔王』扱いになってしまっている訳だし。
それでもやはり、俺達は魔王に会う必要があるだろう。
そう、この世界に先に日本から召喚をされた先輩である動物園の勇者。『冬馬このは』に、俺達はこれから会いに行くんだ!