第百三十五話 結婚式
その日は、とても気持ちの良い天気の日だった。
2人の新婚夫婦の新たな門出をみんなでお祝いするには、まさにピッタリな爽やかな1日だろう。
コンビニ本店の地下階層の中にある『結婚式場』
地下7階層にある、この厳かな式場内で今――。
俺の親友でもある異世界の勇者、『火炎術師』の能力を持つ杉田勇樹と。その妻である、ルリリアさんの結婚式が粛々と執り行われようとしていた。
『新郎――杉田勇樹。あなたは隣に立つルリリアを妻とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い……死がふたりを分かつまで愛を誓い、その命ある限り真心を妻に尽くし続ける事を誓いますか?』
「は、ハイ! もちろん誓います!」
『新婦――ルリリア。あなたは隣に立つ杉田勇樹を夫とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い……死がふたりを分かつまで愛を誓い、その命ある限り真心を夫に尽くし続ける事を誓いますか?』
「……ハイ。私は生涯、夫を愛し続ける事を誓います」
『二人の上にコンビニの祝福を願い、結婚の絆によって結ばれたこの二人をコンビニが慈しみ。深く守り、助けてくださるよう祈りましょう。全ての異世界の造り主であるコンビニ神よ、あなたはご自分の姿にかたどって人間を造り、この夫婦の真実の愛を祝福してくださいました。今日結婚の誓いをかわしたこの二人の上に、どうか満ち溢れるコンビニの祝福を注いで下さいますようこの場でお願い申し上げます。
二人が深い愛に生き、健全な家庭を作りますように。
喜びにつけ、悲しみにつけ共に信頼と感謝を忘れず、常にコンビニに支えられて仕事に励み、困難にあっては慰めを見いだす事ができますように。
またより多くの友に恵まれ、結婚がもたらす恵みによってお互いが成長し。
実り豊かな生活を送ることができますように――』
シーンとした厳かな雰囲気の会場に。
花嫁騎士であるセーリスが紡ぐ、神聖なる言葉の数々が余韻を残すように響き渡っていく。
時々、謎の『コンビニ』というワードが台詞の中に入り込んでいる事さえ除けば……。とても素敵な結婚の儀式を、粛々とセーリスは執り行ってくれていると思う。
今日の杉田の結婚式には、俺達異世界人である召喚勇者達全員が出席している。
もちろん、まだカルタロス王国に身を寄せているとされている川崎や佐伯。
行方不明の朝霧冷夏や、グランデイルに残留している倉持とその仲間達など。
一部、この結婚式場に顔を出せていないクラスメイト達もいるけどな。
豪華な赤絨毯の敷かれたチャペルの中で。
この結婚式の神父役を担っている花嫁騎士のセーリスが、最後に新郎新婦の2人に誓いのキスを促した。
『――それでは、2人にはこれから結婚指輪の交換と、誓いのキスをここに参列している皆の前で交わしてもらいます』
銀色に輝く綺麗な指輪を交換した後で。杉田はもうだいぶお腹が大きくなっているルリリアさんに、頬を真っ赤にしながらゆっくりとその顔を近づけていく。
やる事はちゃんとやっているくせに、肝心の本番で緊張をして顔をゆでだこ状態にしている所は、さすがは俺の親友であり元童貞戦士だとは思ったけどな。
緊張している杉田は、大勢のクラスメイト達の視線と、ルリリアさんの家族達。
そしてコンビニ共和国の生活担当大臣のお祝いにとここに駆けつけてくれた、コンビニマンションの住人達の熱い視線を気にしてか。
冷や汗を垂らしながら、ルリリアさんの頭にかかっている白いベールを丁寧にめくり。
人目を気にして、控えめなバードキスをルリリアさんの口にそっとした。
だが……感動で涙を流している、奥さんの顔を間近で見て。
もう一度、今度は人目を全く気にする事なく。
熱い濃厚なキスを唇に交わして、式場内を大いに賑わせてみせた。
「よぉ〜ッ!! お2人さん、本当にお似合いだよッ!!」
「おめでとう〜! 杉田く〜〜ん!! ルリリアさんもお幸せに〜!」
「こらーっ、エロエロ魔人ー! 絶対に浮気なんかするなよー! もし離婚したら慰謝料を死ぬほど請求するように、優秀な弁護士を紹介してルリリアさんに法的なアドバイスをしておくからねー!」
「お姉ちゃん、お本当にめでとうーーっ!! 異世界の勇者様とお幸せに〜!」
熱々な新郎新婦のキスを見せられ、大いに盛り上がる参列者達。
俺もまあ、小学生時代からの親友の結婚式だからな。心からお祝いしているつもりではいるんだが……。どうもこの結婚式が開始してから、俺は他に気になる所があって。いまいち式の内容に完全には集中出来ずにいた。
しいて気になる所と言えば、まずはこの式の司会から進行まで。結婚式の全てを執り行っている、神父役のセーリスの服装についてだな。
いつもオラオラヤンキー口調のセーリスが、今日はちゃんと真面目に結婚式を執り行っている姿には、俺も感心したさ。
さすがは『花嫁騎士』というだけある。結婚の儀式を進行する事についての知識は、しっかりと持ち合わせているらしい。
……でも、セーリス自身が純白の花嫁衣装を着ているから。これじゃあ嫁のルリリアさんと、どっちが花嫁なのかよく分からない状態になってるぞ。
新郎の前に、ウエディングドレスを着たルリリアさんがいて。
その2人の前に、指輪の交換をさせようとする純白花嫁衣装のセーリスもいて……って。これじゃあ後で記念写真とかを見た時に『どっちが花嫁なんだよ〜!?』って感じになったりしないのかな?
きっと杉田が2人の花嫁に囲まれている、謎の記念写真が残ってしまう気がするぞ。
……まあ、セーリスがいつも花嫁姿をしている事は、もうみんなの中では既成事実になっているだろうからな。だからもう、特に違和感とかは感じないのかもしれないけどな。
「藤堂ーっ! 俺達の記念の姿を最高のベストショット写真で撮ってくれよなーー!」
「おーう! 分かったぜ〜! 4Kの最高画質の動画でも残してやるから安心しろよな〜!」
新郎新婦が、みんなに祝福をされて。長い赤絨毯の上を歩きながらチャペルからゆっくりと出て行く姿を――ここぞとばかりに『撮影者』の勇者である藤堂はじめが、その能力を使ってパシャパシャと撮影をしている。
んん? 4K高画質の動画だって……?
藤堂の奴、いつの間にそんなレベルアップをして、動画まで撮れるような能力を身に付けていたんだよ……。
だけど、写真はともかく撮影した動画とかはどうやって見るんだろう? この世界にはビデオデッキとかブルーレイレコーダーなんて物は無いし。コンビニの商品としても、まだそんな便利な家電製品は扱ってなかったはずだぞ?
もしかして、写真と同じように藤堂の目から突然光が照射されて。白い壁に映し出すような仕組みだったりするのかな? ほら、壁に映像を映し出すプロジェクターみたいな感じでさ。
その辺の事については興味があるし、後でその事を本人から直接聞いてみる事にするか。
他のクラスのみんなも、今回のコンビニ共和の建国に伴って、かなり大幅なレベルアップをした奴らが多いみたいだった。
特に『裁縫師』の能力を持つ桂木なんかは、コンビニマンションの住民の為に。巨大な縫製工場を四条に頼んで作って貰っていた。
そこで様々なバリエーションの服を、この国のみんなが着れるようにと、日夜裁縫作業に勤しんでいる。
そのおかげか、桂木の裁縫の能力はかなり上がったらしい。今ではコンビニで扱っている衣類よりも、遥かに複雑でお洒落な洋服を、大量に作り出す事が出来る様になっている。
マンションの住人達も、今は桂木が経営するその縫製工場の中で働き。コンビニ共和国の中で大量の雇用を与えてくれる、仕事の供給先にもなっている。
桂木の縫製工場で生み出されたお洒落な衣類は、大人気商品となり。コンビニ共和国内で仕事をしてお金を稼いだ住民みんなが、今はこぞって買い漁っている。
おかげてコンビニ共和国内で経済を回す事にも、大きく貢献をしてくれている状態だ。
うん。何て言ってもやっぱり働き口がちゃんと用意されていないと、国民がみんな無職になってしまうからな。これで全国民ニート化計画だけは、何とか避けられそうだ。
……正直、マンションから出てくるゴミの分別や仕分け。そして、巨大ゴミ箱まで運ぶ作業も――俺のコンビニから出せるコンビニガード達を使ってしまえば、全部すんなりと回す事は出来てしまう。
でも、レイチェルさんのアドバイスもあって。俺はコンビニガード達のほとんどは、コンビニ共和国の防衛のみに回す事にした。
マンションから出るゴミの回収は、ゴミの回収役を作り。それをちゃんとした仕事として、マンション内の住人達にローテーションでこなして貰っている。
もちろんそれは立派な仕事だからな。ゴミを回収するという労働に対する対価はちゃんと給料として支払う事にしているぞ。
コンビニ共和国内でちゃんと雇用を生み出して。そしてみんなに給料を与えて、出来るだけ近代的な生活スタイルになるようにこの国の生活水準を上げていくんだ。
もし、俺達が例え元の世界に戻れないのだとしても。
みんながこの異世界の中で、以前の現実世界と同じような感覚で過ごす事が出来るのなら……。
元の世界に帰れない寂しさはもちろんあるだろうけれど、きっと楽しくこの世界でその生涯を終えていく事も出来ると俺は思うんだ。
それこそ杉田のように、素敵は伴侶となる人を見つけて結婚をして。この世界で子供を育てて暮らしていくのも悪くはないと思う。
コンビニ共和国が安全な場所となり。女神教やグランデイル王国の脅威からみんなを守れる国を作り出す事で、そんな平和な未来も可能になるはずだからな。
そう。俺だって。もしかしたらこの世界で、いずれはティーナと……。
――そうだ。
俺はそのティーナの事でここ数日、ずっと悩みを抱えていて、今日の結婚式でも親友のお祝いに集中をする事が出来ずにいるんだった。
俺がいまいち親友の結婚式に集中を出来ていない理由は、そう……ティーナの事についてだ。
幸せそうに手を繋ぎながら、チャペルから広い披露宴の会場へと向かって歩いていく杉田とその嫁さんのルリリアさん。
その後ろ姿を、俺は同じように式場の中で手を繋ぎながら隣にいるティーナと一緒に見送っていたんだが……。
実は、この式が始まってからというものの。
俺はまだ、一度もティーナと面と向かって目を合わせる事が出来ずにいた。
ティーナと手を繋いでいてこんなにも手汗をかいたのは――初めて俺達が出会った、あのソラディスの森以来かもしれないな。
結婚式場にいたみんなが、ガヤガヤと和やかに談笑をしながら新郎新婦を追いかけて披露宴の会場へと向かっていく。
ここからは緊張も解けて、みんなでそれぞれテーブルの周りに座って楽しい食事をしながらの会食タイムだ。
『料理人』の琴美さくらが、腕によりをかけて作ってくれた豪華会食がテーブルには用意をされている。
本当は俺とティーナも、その披露宴会場にここは向かうべきなんだろうけど……。なぜか俺達2人は結婚式の式場に残り続けて、その場から一歩も動かずに、ずっとここで立ち止まっていた。
「……彼方様、私に何か話したい事があるのではないですか?」
「う、うん……。やっぱりティーナは全部分かっていたのかな?」
俺がおそるおそるティーナの顔を覗いて見ると。
天使のような爽やかな笑顔で、ティーナは俺の顔を安心させるようにして見上げてくれていた。
「彼方様の事なら私は全て分かるんですよ。私は彼方様の恋人兼、お姉さん兼、可愛い妹兼、お母さん兼、万能アシスタント兼、性欲のはけ口を全部をこなす、パーフェクトな相方さんですからね!」
「ええっと。性欲のはけ口のくだりだけは、絶対に違うと思うけれど。たしかにティーナは俺にとってこの異世界での生き方全てを指導してくれる、大切な存在である事は間違いないな。つまりは俺にとっては、もうティーナは大切な『家族』以上の存在という事なんだと思う」
俺が家族という言葉を口にすると、ティーナは嬉しそうに満面の笑みを浮かべてニッコリと笑った。
そして俺に、結婚式場の椅子に座るようにと促してくる。
先程まで厳かな式が行われていた結婚式場には今、俺とティーナの2人しか残っていない。
俺はティーナに言われるがままに木製の長椅子に腰掛けると。
そのままティーナと今後の事について、今まで俺が1人でずっと考えていた事についてを話し合う事にした。
「――まず、彼方様が最近お一人でずっと悩まれていたのは……魔王領を探索する同行メンバーの選定の件について、という事で間違いないですよね?」
「あ、ああ……。このままここで、コンビニ共和国の内政だけに時間を割いている訳にはいかないからな。きっと今頃は女神教の魔女達も、グランデイル王国の軍隊も、4魔龍侯爵のうちの既に3人を実質的に失い……その勢力が弱りきっている『動物園の魔王』である冬馬このはの命を狙って動き始めているだろうからな。だから、俺達も早く魔王領の中に入って、他の連中よりも先に冬馬このはを見つけないといけないんだ」
俺の提案に、ティーナは顎に指を当てながら深く思考を巡らすような仕草を取る。
「……そうですね。となると、魔王領で戦う事の出来る強力な戦力となるメンバーを一緒に連れて行かなくてはなりませんね。ですが、まだ建国が始まったばかりのコンビニ共和国の防衛も疎かにする事は出来ません」
ティーナは冷静な口調で、現在の共和国に必要なメンバー達の分析を解説してくれた。
まずはコンビニから外に出る事が出来ないレイチェルさんは、コンビニの地下階層の守りとしてここに残って貰う。
そして強力な敵の襲来の可能性を考えると――アイリーンか、セーリスのどちらかにはこのコンビニ共和国に残って貰う必要がある。
おそらくこの場合は、セーリスがコンビニ共和国の守備役としてはうってつけだろう。セーリスは鉄壁のバリアーを持つ、守りに特化した騎士だしな。
その意味では、魔王領に俺と一緒に同行するメンバーとしては、戦闘力の強いアイリーンが適任ではないかとティーナは俺に提案してきた。
「う、うん。そうだな。俺も丁度そう思っていた所なんだよ……」
思考力の早いティーナの提案は、以前に俺がレイチェルさんからアドバイスを得ていたものと、全く同じ結論になるものだった。
商売や経済的な事だけではなく、戦術的な人事の面についてもティーナが非凡な思考力を持っている事に俺は改めて驚く。
「戦闘用の能力を持っていない異世界の勇者様も、今回の危険な魔王領への探索にはお連れをする事が出来ないでしょう。そうすると戦闘面に特化している勇者様達の中で、同行される方を選ばないといけません。ですが、コンビニ共和国に残る戦力がセーリス様お一人という訳にはいきませんし、戦闘経験が豊富な勇者様も数人は共和国に残って貰う必要があると思います。そう考えると、まず……戦闘能力の高い3人娘様には、ここに残って頂く必要があると私は思います」
ティーナは正確に俺達コンビニメンバーの現状の戦力は分析をして。その上で考えられる魔王領探索メンバーの選考ポイントを俺に提案をしてくる。
その内容は、俺がここ最近ずっと熟考をしながら1人で思案してきた結論と全く同じ内容だった。
カフェ大好き3人娘達は正直な所、戦力としてはコンビニチームの中ではビックリするほどに強い。
なにせあの3人の力だけで、魔王軍の4魔龍侯爵の1人、緑魔龍侯爵を倒してしまっているくらいだからな。
動物園の能力を持つ魔王、冬馬このはの魔物軍団を退治する事が出来ずに――。
この世界では、約100年以上もの間。魔王軍と戦闘を続けてきていた事を考えると……3人娘達の戦力は想像以上に高いのだと改めて思わされる。もちろん、能力の相性もあったと思うけどな。
今、建国中のこのコンビニ共和国には、無敵のコンビニマンションが存在している。
でも、いくらコンビニマンションが強力な固定砲台のような強さを誇っていたとしても……。以前、緑魔龍侯爵にコンビニの地下階層にまで潜入をされてしまった時のように。
マンション内や防壁の内部に、ゾンビのような敵が潜入をしてしまった時には、その対処は難しくなるだろう。同じく鉄壁の防御を誇る花嫁騎士のセーリスも、敵をまとめて倒すという事が得意な訳ではない。
コンビニ共和国の防衛を考える上で、3人娘達は必ずここに残す必要があると思うし、状況判断力を持ち、内政や政治にも頼れる精神的なリーダーの役割をこなせる紗和乃にもここに残って貰いたい。
もちろん奥さんと子供がいて、結婚したばかりの新郎である杉田にも、ここに残って貰う必要があるだろう。
「そういった分析を全て踏まえた上で、おそらく彼方様が現在、魔王領探索チームとして候補に考えていらっしゃるのは――。コンビニの守護騎士である、アイリーン様。暗殺者の能力者である、玉木様。回復術師の能力者である、香苗様。そして剣術使いの能力者である、雪咲様。といった方々なのではないでしょうか?」
――そして、ティーナは最後に。少しだけ悲しそうな顔をして。俺にこう告げてきた。
「彼方様が考えている、その魔王領探索チームのメンバー候補の中に……。おそらく私は入っていないのでしょう。その事で彼方様はそれを私に直接言いづらくて、ここ数日の間ずっとお1人で悩まれていたのですよね?」