第百三十二話 近代コンビニ都市建設を目指して
「彼方く〜ん! 早く早くこっちこっち〜〜!!」
猫なで声の玉木に呼び出されて、俺はコンビニの店内から外へと向かった。
一緒にエレベーターから降りたレイチェルさんは、コンビニの店内にそのまま残っている。
レイチェルさんは、コンビニの外に出る事が出来ないという制約があるからな。一緒に外に出られないのは仕方がない。
でも、普段は地下階層にずっといるレイチェルさんが、こうしてコンビニの地上部分に来てくれるだけでも、かなりレアな事だった。
「では、総支配人様。私は店内から、総支配人様のスマートウォッチに向けて通話を致しますので、何か分からない事がありましたら何でも聞いて下さいね」
「分かりました、レイチェルさん。でも、コンビニから通話って一体どこからかけるんですか? その辺りの仕組みが、俺にはまだよく分かっていないんですけど」
「大丈夫です。今回のレベルアップでコンビニの事務所の中や、レジの周辺には、コードレス対応の固定電話が設置されたのです。私は店内のガラス窓のそばで、外にいる総支配人様の姿を見ながら通話をしますので、総支配人様はスマートウォッチで応答するだけで私と通話が出来ます」
え、固定電話だって?
――って、うおおおぉぉっ!?
ホントだ! いつの間にかに白い固定電話がレジの横に設置されているぞ!
もしかしたら事務所とか各地下階層とか。コンビニ内部のいろんな所にも、固定電話が新しく設置されているのかもしれないな。
何だか俺のコンビニはまた、一気に近代化が進んだような気がする。
そのうち商品として携帯電話やスマートフォンが扱えるようになってくれれば、この世界の生活様式を、一変させてしまう事も出来ると思うんだけどな。
コンビニの外にいるクラスメンバーとも、携帯で個別に連絡が取れるようになれたら、凄く便利だし。
その意味では、『無線通信』の能力を持つ川崎がここにいてくれたら、良かったのにな。
川崎の能力があれば、コンビニメンバー全員との意思疎通はもっと簡単に出来たと思う。
現在はカルツェン王国に身を寄せているという川崎は、今もどこかで無事に過ごしているのだろうか?
少なくともミランダ領での戦闘中には、その姿を見かける事は無かったと思うけれど。
「――総支配人様。この固定電話はコンビニの各地下階層、そして、それぞれのコンビニ支店の中にも設置されていますので、各階層や別のコンビニ間とのやり取りも、簡単に行う事が出来るようになります。なので、これからは総支配人様が皆様と連絡を取り合う事が、もっと簡単に出来るようになるでしょう」
「それは本当に凄いですね! なんだかコンビニの情報通信網が急激に進化を遂げていて、俺もマジでビックリしていますよ」
レイチェルさんは俺の褒め言葉を、まるで自分の事のように嬉しそうに笑うと。その場で丁寧にお辞儀をしながらにこやかに手を振って、俺と玉木をコンビニの外へと送り出してくれた。
俺がコンビニの外に出ると。先に外に出ていた玉木がなぜか青ざめたような表情を浮かべていて。
その場で震えながら、立ち尽くしているのが目に入った。
「……か、彼方くん……!」
「ん? どうしたんだよ玉木? 外で犬のウンチでも踏んづけたような顔をして。お前はそういう所が、昔から少しだけトロかったからな」
「ばか〜〜っ! そんな訳ないでしょう〜! コンビニの建物が、以前よりも大きくなっているのよ〜!!」
「えっ、コンビニが大きくなってるッ!? そんな、馬鹿な事が……」
俺は慌ててコンビニから外に飛び出し。
少し離れた場所からコンビニ全体を眺めてみた。
「――おおおっ、本当だ!? コンビニの入り口の横に、新しい謎のスペースが出来てるじゃないか!」
コンビニの正面入り口。
”ピンポーン”って、コンビニの入店音の鳴るガラス戸の入り口の左側を、外から回り込んだ所に。建物から出っぱっている、謎の空間が新設されていた。
そのおかげで、コンビニ全体の大きさも。一回り大きくなったように感じられる。
なんかより『長方形』な形になったというか。今までの建物に増築された新しい部分を足すと、以前の1.3倍くらいには建物全体の大きさが膨らんだ気がするぞ。
「彼方くん〜、これはどういう事なの〜!? ……もしかして、またコンビニのレベルが上がったりしたんじゃないでしょうね?」
「ああ、その『まさか』だよ。ついさっきレイチェルさんと一緒にエレベーターに乗っていた時に、俺のコンビニのレベルは上がったんだ。でも、新しい追加設備については俺もまだよく分かってなくて、これは一体どういう事なんだろうな?」
たしか、さっきレイチェルさんに言われたコンビニの新施設の中には、コンビニ自体の大きさが増大するっていうような話は無かった気がしたけれど。
あの新しく増築された部分には、一体何があるんだろう?
俺と玉木はさっそくコンビニの正面入り口から、増築された新しい部分へと回り込んでみた。
「うわぁ、何コレ〜〜!? す、凄い〜っ! もの凄い数のエレベーターの扉が、建物の中にいっぱい並んでるよ〜!?」
声を裏返りさせながら、玉木が驚愕の叫び声を上げる。
俺もとっさに「うおおぉぉーーっ!! 凄えええっ!!」って叫び声をつい上げそうになったんだけどな。
先に隣の玉木が思いっきり叫んでいたので、そのままゴクリと俺は唾を飲み込んで耐える事が出来た。
そのまま正面に広がるエレベーターの密集地帯を、ゆっくりと見回してみる。
新設された場所に設置されているエレベーターの数は、大体20基くらいはあるだろうか?
外観は、ホテルのロビーみたいな雰囲気の場所だな。足元には綺麗な大理石の床が広がっていて、巨大な円形ホールにぐるりとエレベーターの扉が、横並びに大量に連なっている。
でも、外から見た建物の大きさと、内部の大きさが明らかに異なっているような……。たぶん、ここも地下階層と同じように、異空間スペースになっているのだろう。
外のコンビニの建物部分に干渉しないようなスペースが、内部には確保されているのかもしれない。
まあ、でもこれだけの数のエレベーターがあったなら。
これからはかなりの大人数がここを使って、地下階層との行き来が簡単に出来るようになりそうだ。
”――トゥルルルル〜〜”
その時、俺のスマートウォッチの小さな画面に。
着信表示と共に、バイブの振動音が鳴り響いた。
見慣れない画面表示に、一瞬だけ焦ったけど。
俺はすぐにスマートウォッチの画面をタッチして、着信に応答する。
「……もしもし。レイチェルさんですか?」
「ハイ、こちらレイチェルです。総支配様、コンビニの外の様子はいかがでしょうか?」
「ええっと、今――。ちょうどコンビニ正面入り口の真横に新しい場所が出来ていたから、その中を探索していた所なんですけど……。この場所は一体何なんですか、レイチェルさん?」
俺はコンビニについて最も詳しいであろう、レイチェルさんに詳細を尋ねてみた。
「そこは今回、新設された『エレベータールーム』です。コンビニのレベルアップによって、コンビニは地下階層と行き来の出来るエレベーターの数が大幅に増加しました。コンビニホテルがレベルアップによってリニューアルをされたように。コンビニに常設されているエレベーターの数も、今回新たにその数が増加したという訳なのです」
そ、そうなのか。
それにしても本当に凄い数だよな……。
たしかに今までコンビニにエレベーターが1基しかなくて、地下に降りづらい問題はずっとあったんだけどさ。
それがいきなりこんなにもたくさんのエレベーターが設置されている、『エレベータールーム』なんてものが入口の横に出来るなんて……。さすがに俺も想像出来ないさ。
今まで倉庫部屋にあった通常サイズのエレベーターが、一気に20個くらいに増えているし。
円形状のホールのような場所になっているその中心部には、1つだけバカでかいサイズの巨大なエレベーターが設置をされていて。その中は、最大で100人くらいの人間が……一度に搭乗出来そうなくらいの広さがあった。
「ねえねえ、彼方く〜ん! すっごい大きなエレベーターだね! これならエルフ族の人達も、1〜2回の昇降で一気に全員地上に降りたり登ったりが出来そうだよね〜!」
「ああ。相変わらず空間の広さの認識が、おかしな事になってる場所だけどな。これだけの広さのエレベーターが各階層と直接繋がっているのなら、これからはコンビニの地下階層との移動は、かなりスムーズになるだろうな」
地上部分にこれだけエレベーターが、大量に増設をされたという事は。恐らくコンビニの地下階層部分にも、エレベーターの扉が大量に増えているという事なんだろう。
コンビニホテルの部屋数には限りがあるけれど。温泉施設や映画館に無理矢理みんなを詰めていけば……。外にいる3000人を超える壁外区のみんなも、コンビニの地下階層に入って貰う事は可能なはずだ。
だからもし、ここが魔物に襲われた時は。
緊急避難として地下階層に逃げて貰う事も、それほど混雑をせずに行う事が出来ると思う。
俺と玉木はエレベータールームの観察を終えると、さっそくコンビニの外に出て周囲の様子を窺ってみた。
既にコンビニの外は、ティーナが中心となって壁外区のみんなへのテントの配給がもう終わっているようだ。
エルフ族の時と同じように。まるでキャンプ場のように、コンビニの周辺には大小様々な大きさのテントが密集して建てられている。
そして、その外側を見ると……。『防御壁』の勇者である四条京子が、広大な敷地を取り囲むように、城塞都市を囲む防壁となる壁を建設し始めていた。
その辺りは、四条は既にレイチェルさんから指示を受けていたのだろう。
ゆっくりとではあるが、高さ3メートルくらいはある大きな防壁を。コンビニを中心に、半径1キロくらいの広さに張り巡らそうとしているらしい。
この世界で安全に住むという事において。
特にコンビニには、周辺に敵があまりにも多過ぎるからな。
女神教の指示を受けた暗殺者の集団だったり。グランデイル王国だったり。どこかの国の軍隊がここに襲ってくるという可能性も、もちろんある。
なにせここは、凶悪な魔物達がわんさかといる。危険地帯と噂をされている魔王領のすぐ近くなんだからな。
まずは家を作ったり街の内装を作り始める事より。真っ先に防壁で周囲を囲って、最低限の安全を確保しておく必要があるだろう。
レイチェルさんに聞いた話だと、四条が1日に建設できる防壁の量には限界があるらしい。だから、このペースだと街づくりが終わるのには、数ヶ月はかかってしまうかもしれないな。
まあ、その辺りは俺みたいに『無限の勇者』という訳ではないのだから、仕方ない事なのかもしれない。
これから街を取り囲む防御壁を全て建設し終えて。更にそこらみんなが住めるような家作りとなると。
本当にしばらくは、みんなにテント生活を続けて貰う事になるかもしれないな。
もちろん順番に、コンビニの地下ホテルも活用して貰う事を考えるとしても。これからこの国に住む事を希望する住民はもっと増えていく可能性もある以上……。安易にホテルを居住地として開放する訳にもいかないだろう。
その辺りはレイチェルさんが言っていたように、難しい政治的な判断が伴う所だな。
コンビニ共和国の防衛面の事も含めて、これからみんなと考えないといけない事はいっぱいある気がする。
そんな事を俺が、外であれこれ悩んでいると……。
それをまるで見透かしたかのように、レイチェルさんからスマートウォッチに着信がかかってきた。
「――総支配人様、そろそろコンビニマンションを外に設置致しましょう。コンビニマンションを活用する事で、コンビニ共和国の防衛と、壁外区の皆様の住居問題が一気に全て解決出来ると思います!」
「コンビニマンションで、コンビニ共和国の防衛と住居問題が一気に解決出来る? それはどういう事なんですか、レイチェルさん?」
「説明をするよりも、実際にコンビニマンションを設置してみるのが1番早いかと思います。ただマンションの設置には、幾つか注意事項がありますので気をつけて下さいね」
レイチェルさんが俺に教えてくれた、コンビニマンションの注意事項――。
それはコンビニマンションは、コンビニの支店とは違い。1度その場所に設置をしたら、もうその場所から2度と動かす事は出来ないという事だった。
つまりはコンビニ支店みたいに、いったん収納をして。また外に出し直すという事は出来ないらしい。
その名前の通り、コンビニマンションはかなり巨大な建造物みたいだからな。設置する場所には最大限の注意を払わないといけないようだ。
俺はティーナやクラスのみんなに協力して貰って、コンビニマンションを設置する場所の敷地に、壁外区のみんながいない事を最大限に注意した上で。
実際にコンビニマンションを外に出してみる事にした。
「総支配人様、コンビニマンションの1号棟は四条様が作られている防御壁の内側で、魔王領の方向に向かい合うような角度で設置をして頂けると助かります」
「魔王領の方角に向かい合うようにですね。分かりました。……で、俺は一体何をすればコンビニマンションをここに建設出来るんですか? 俺にはまだ、マンションの出し方が分からないんですけど……」
「フフフ。コンビニマンションを出すのは、とても簡単な事なんですよ。コンビニ支店を呼び出すのと同じような感覚で、こう叫ぶんでみて下さい。『出でよ、コンビニマンションよ!』――と」
「なるほど。コンビニ支店を呼び出すのと同じ仕組みなんですね。ただし一度呼び出したら、もう二度としまう事は出来ないと……」
俺はレイチェルさんが指定した立ち位置に立つと。
一度、深呼吸をして。
深く新鮮な空気を大きく肺の中に溜め込む。
そして、目の前の空間に人が誰もいない事を確認して。
大きな声で叫び声を上げた。
「出でよッ!! 『コンビニマンション1号棟』よーーーー!!」
””ドシャーーーーーーーン!!!!!””
凄まじい衝撃音と共に。もの凄い土煙が辺り一体に、尋常じゃない量で立ち込めた。
突然の、爆発音にも似た大轟音に。
この地域に生息していた小鳥や水鳥達が驚いて、一斉に遠くへと飛び立っていく。
そして、もの凄い量の粉塵と土煙が。
ようやく収まってきた頃には……。
俺の目の前には、太陽光さえも全て遮るほどの……。
超巨大な、大建造物がそびえ立っていた。
「うぉぉぉーーーっっ!? 何なんだよ、この大きさはッ!?」
目の前に出現したコンビニマンションは、あまりにも規格外過ぎる……凄まじい大きさをしていた。
なにせ『マンション』って、名前が付くくらいだからな。
俺は都市部に建っている、中規模な大きさのタワーマンションみたいな形を想像していたんだが……。
目の前のそびえる超巨大建造物は――どうやら川沿いに並ぶ、多棟型のマンションタイプのような形をしていた。
全体的に長方形の形をしていて。その横幅は、おおよそ400メートルくらいはある。
日本の大きな河川敷に、同じ形の大型マンションがたくさん横に連なって建てられているのを、よく見かけた事があったけれど……。
コンビニマンションの形はそれに近いのかもしれない。だけどその大きさは、本当に『馬鹿でかい』としか言いようがない。
現代世界で、こんなにも巨大なマンションが建てられたら。
間違いなく超巨大建造物として、世界中から観光客が訪れるような名所になっていただろうな。
『『おおぉぉぉおーーーっ!! 凄いーーッ!!!』』
俺の後方に広がっているテント群の方からも。
住人達から、大きな歓声が上がった。
まあ、こんなにも大きな建物がいきなり出現をしたんだ。
クラスのみんなも。そして、外にいる壁外区の住民のみんなも。
間近でコレを見せられたら、絶対にビックリするよな……。
「レイチェルさん、このコンビニマンションって――。大きさは、一体どれくらいあるんですか?」
俺は、目の前にそびえ立つ規格外の大きさを誇る、コンビニマンションについての説明をレイチェルさんに求める。
「コンビニマンションは、高さが150メートル。サイズは横幅400メートル、奥行き60メートルで、大きな長方形の形をしています。建物内にはエレベーター施設も完備されていて、総部屋数は2000を超える、超大型のマンションとなっています」
ええっと……。
そんなに超巨大なマンションを、本当に俺が自分の能力で出したっていうのかよ……?
まさに山を丸ごと1つ――目の前に出したかのような迫力と凄さがある気がする。
あれ? でも、コンビニマンションって。たしか最大3号棟まで出せるんだよね?
こんなにデッカい建物を……あと2つも、俺はここに建設する事が出来るのか。
「――総支配人様、コンビニマンションの凄さは、その大きさだけではないんですよ? マンションの各部屋に付いているベランダスペースには、合金製の鋼鉄シャッターが付いています。そしてそこには、5連装式自動ガトリングショック砲が標準装備されているのです。ガトリング砲はマンションの部屋数の数だけ用意をされていますので。コンビニマンションを3棟をこの地に建設をすると、最大で2000門×3で、合計6000門のガトリング砲を、外敵の備えとして扱う事が出来るのです」