表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

131/439

第百三十一話 コンビニマンション


「レイチェルさん!? 今のは、一体どういう事なんですか?」



 レイチェルさんは今、コンビニがレベルアップした事を告げるお馴染みのアナウンスを、俺の耳元で直接(ささや)いてくれた。


 いつも頭の中に響き渡るあの馴染み深い声。

 それがまさかレイチェルさんの口から直接、俺に告げられるなんて。



 俺はただ動揺する事しか出来ず、冷や汗をかきながらその場に座り込んでしまう。


 困惑する俺を、レイチェルさんは両腕を広げて。まるで母親のように『ぎゅ〜っ』と強く抱きしめてくれた。



「……………」



 そのまま俺の気持ちが落ちつくまで。ゆっくりと頭をさするようにして、優しく撫で続けてくれた。



 ああ……なんだろうな。

 この包み込まれるような、不思議な安心感は。


 この異世界に来てから、こんなにも心から安心する事が出来たのはどれくらいぶりだろう?



 でも、とても懐かしい感じがした。


 レイチェルさんに抱きしめられるのは、これが初めてのはずなのに。不思議な事に、俺はもっと昔から……ずっとこの温かい胸の中で抱きしめられていたような感じがするんだ。



「こんな姿をティーナ様や、玉木様にもし見られてしまったら……。きっと大変な目に合ってしまいそうですね、彼方様」



 ……そ、そうだ。

 レイチェルさんの言う通りだぞ!


 今、もしエレベーターの扉が突然開いてしまって。

 そこに、たまたま包丁とチェーンソーを持ったティーナと玉木が待ち構えているという、謎のホラー映画のお決まりシュチュエーションに遭遇してしまったら……。


 それこそ恋愛漫画によくある、ヤンデレ彼女に惨殺されてしまうような、お約束展開になってしまう危険があるぞ。

 この密室のエレベーターの中は、俺の真っ赤な鮮血に染められて、そのまま棺桶になってしまう可能性だってあり得る。



 ……ん? 待てよ。

 よくよく考えたらうちのコンビニメンバーは、レイチェルさんに恋心を抱いてるメンバーばかりじゃないか。


 桂木(かつらぎ)達男子3人組も、『レイチェルチルドレン』なんて呼ばれるくらいに、レイチェルさんの事を信奉してるし。秋山(あきやま)や、さくらのような引っ込み思案な女子達にも、レイチェルさんは大人気だ。つまりうちのクラス連中はみんな、レイチェルさんの熱烈なファンばかりだ。


 そんな奴等も、たまたまゾンビ化のクスリをうっかり飲んで。目が逝っちゃってるような危ない状態で、ボウガンや斧を持ちながら、俺とレイチェルさんを、エレベーターの外で待ち受けていたりでもしたら――。



 ダメだ、それはマズ過ぎるぞ!


 早くこの誤解されてしまうような状況を止めないと。エレベーターはすぐにでも、地上階に着いてしまうかもしれないし。



 って、んん〜?


 そういえば、さっきからエレベーターが全然動いていない気がするな。


 地下9階からエレベーターで地上に上がるまでの時間って、こんなに時間がかかるものだっけか?


 よくよく考えたら。俺はさっきから結構な時間をエレベーターの中でレイチェルさんと一緒に過ごしている。でも、全然エレベーターは地上階に到着しない。これって、一体どうなっているんだろう?


「安心して下さい、彼方様。私がエレベーターを地下4階と3階の間でいったん停止させています。ですので、このエレベーターの中に誰かが侵入してくるような事はございません。そして、エレベーターを他の階から呼び出す事も、今は出来なくしていますから」


 ニッコリと笑いながら、満面の笑みで微笑んでくれるレイチェルさん。


 ああ……その女神のような笑顔は、マジでヤバいです。


 いつもと違って、ピンク色の綺麗な髪を束ねずに下ろしているから。その破壊力は10割増しになっている気がします。



 ティーナや玉木とは違う。ご近所に住んでいる、小さい頃から憧れだった綺麗なお姉さんに、抱きしめられているかのような背徳感。


 もし俺に、ティーナという嫁がまだいなくて。今でもフリーの童貞戦士だったとしたら。たぶん、一撃でハートを撃ち落とされてしまっている気がするな。それこそ瞬殺だったに違いない。あの有名な童貞を殺すセーターよりも強力だぞ。



 それにしても、エレベーターをレイチェルさんが止めている……って事は。


 やっぱりレイチェルさんは、このコンビニの中の色々な設備を自由に操作出来るという事なのだろう。


 前にも、俺とティーナがコンビニホテルのスイートルームの中で2人きりで過ごしていた時に。突然クローゼットから飛び出してきた事もあったし。

 基本……このコンビニの中で起きる出来事は、全てレイチェルさんに知られていると思った方が良さそうだ。


 もしかしたら俺が自分の部屋の中で1人でいる時に、鼻くそをほじっていたり。いろんな事をアレコレしているような姿も全て見られていそうで、ちょっとだけ怖いけどな。



 でも……とにかく今は、ティーナや玉木に今の姿を見られてボコボコにされるという危険が無いと分かったので。

 俺はレイチェルさんに優しく抱きしめられているこの状態のままで、改めてさっきの疑問について聞いてみる事にした。



「――レイチェルさん、その……さっきの事だけど、俺はまたコンビニの勇者としてのレベルが上がったって事で良いんですよね?」


「ええ、そうです。ここしばらく私も体がソワソワしていましたので、彼方様のレベルがそろそろ上がる頃だなと、予感はしていたのです。おそらく、コンビニに新しい住人の皆様が一気に来られた事で、彼方様の経験値が大幅にアップしたのでしょう」


「その経験値とか、能力のレベルが上がる仕組みは、この異世界に来てからいまいちよく分かっていないんですけど。レイチェルさんは、そういったモノの仕組みが分かったりするんですか? 例えば次にコンビニのレベルが上がると、何が扱えるようになるとか、こういう物が新しくお店に装備されるとか?」



 もし、そうだとしたら。

 レイチェルさんに事前にお願いをしておけば、コンビニで扱って欲しいと思う商品が、俺の願い通りに追加をされたりするようになるのかな?


「残念ながら、彼方様。それは私にも分かりません。私はあくまでコンビニとしての『意思や記憶』を持っているというだけで、この世界におけるコンビニという能力(スキル)の仕組みや、その全てを把握している訳ではないのです。ですので、私に分かる事もあれば、そうでない事もいっぱいあるのです。例えば、前回コンビニに追加をされた新設備――異世界ATMに関しても。私はその機能の一部を理解はしていますが、全ての機能について把握している訳ではないという事なのです」


「そうなんですね。でも、今回のレベルアップで追加をされたコンビニの新商品や新機能についても、ある程度……レイチェルさんならその使い方が分かるって事なんですよね? だとしたら、レイチェルさんにアドバイスを貰えると本当に助かります! 新しい商品や設備をすぐに使いこなせるようになれたら、きっとコンビニで暮らすみんなの為にもなると思いますし」


 レイチェルさんは、俺を抱きしめてくれている手をゆっくりと離して。

 今度は俺の顔をじっと見つめながら、ニコッと微笑んでくれた。


「ええ。お任せ下さい、彼方様! 特に今回のレベルアップで新たに追加された『コンビニマンション』は本当に凄いんですよ! 彼方様もきっとご覧になられたら、ビックリすると思います。もしかしたらこの世界に来て、1番ビックリしてしまうコンビニの新設備かもしれませんよ」


 レイチェルさんが、新しいオモチャが手に入って。興奮してワクワクする、子供のようにはしゃいでいるのが分かる。


「レイチェルさんが、そんなにオススメしてくれるなんて……何だかワクワクしますね。一体どんな物なんだろう? 俺、早くそれを見てみたいです!」


 満面の笑みで、笑いかけてくれるレイチェルさん。


 あのレイチェルさんがこんなにもおススメしてくれるのだから、きっとそれは凄い物に違いない。


 俺はコンビニマンションが早く見てみたくなった。


 何だか昔から俺は、レイチェルさんに包まれていたような感覚を感じていたけれど、そうか。よく考えたら、レイチェルさんはコンビニの意志や記憶を持った、コンビニの精霊のような人なんだ。だからある意味、俺は……。この世界に来てからずっと、レイチェルさんの体の中で過ごしてきたようなものなんだよな。


 俺がいつも寝ていたコンビニの事務所も。

 玉木がよく床に布団敷いていた場所も。洗濯機のある倉庫も。


 全部、レイチェルさんの一部といっていいだろう。


 だから俺とレイチェルさんは、この世界に来てからずっと共に生きてきた、といってもおかしくないんだ。



「――では、彼方様。早速、一緒にコンビニの地上階に向かいましょう。私はコンビニの外には出られませんが、地上がよく見える場所から新しい設備のガイドをさせて頂きますね。今回、彼方様のスマートウォッチには通話機能が追加されましたので、外にいてもコンビニの中にいる私と通話をする事が出来るようになっています。私がコンビニの店内から、コンビニマンションの運用の仕方をしっかりと案内をさせて頂きますので」



 俺とレイチェルさんは、エレベーターの中で一緒に手を掛け合いながら立ち上がると。

 今までずっとその場で静かに止まっていたエレベーターが、少しずつだが動き始めた。


 でも、その動きはまだ本当にゆっくりで。ティーナや玉木がエレベーターの中に入ってくるという事はなさそうだ。



「……凄いなぁ。本当にエレベーターの速さも、レイチェルさんの意思で自由に変えられるんですね!」



 俺は横に立つレイチェルさんの顔色をそっと覗いてみると。

 不思議と、その表情は少しだけ曇って見えた。


「あれ、レイチェルさんどうしたんですか? さっきよりも少し顔色が悪いみたいですけど……」


「……いいえ、大丈夫です! 今回は、彼方様と2人きりで話す機会を持つ事が出来て、私はとても良かったと思っています。きっと今後、私と彼方様がこうして直接お会いをしてお話しの出来る機会は、どんどん減ってしまうでしょうから」


「えっ……? それって、どういう意味なんですか。レイチェルさん」


 俺が驚いてレイチェルさんに尋ねると。


 レイチェルさんはエレベーターの扉を真っ直ぐに見つめたまま、横にいる俺に話してくれた。


「――彼方様。コンビニマンションを建設して、壁外区の皆様が安全に住む場所の確保が出来たら……。彼方様は、これから魔王領を目指して下さい。コンビニ帝国の運営と防衛は、私とセーリスにお任せ頂ければと大丈夫だと思います。彼方様は、アイリーンと信頼の出来るご友人の方をお連れして、ぜひ動物園の魔王を探す旅へと向かって下さい」


「………そんな!? 旅に出るって、そんな事……」



 レイチェルさんとこの地で別れて。

 俺が魔王領へと旅に出るという事は……。


 実質、俺がこの異世界でずっも苦楽を共にしてきた『コンビニ』を――ここに置いていくという事になるじゃないか。


 そんな事……絶対に嫌に決まっている。

 グランデイルの街の奥で隅っこ暮らしをしていた時も。ティーナと一緒にソラディスの森を彷徨っていた時も。


 その後も、ずっとずっと……。


 俺は俺のコンビニと、つまりはレイチェルさんと一緒に、この異世界で生きてきたというのに。

 それなのにどうして、急にコンビニを置いて行くなんて事になるんだよ……。


「コンビニ帝国には、もう3300人を超える多くの住民の皆様が滞在されています。その住人の皆様全てを、共に連れて行く事は出来ませんし。何か不測の事態が起きた時に、全員を避難させる場所は必要だと思います。それを確保する為にも、コンビニ本店はこの地に残しておくべきだと思います。……(さいわ)い、今回のレベルアップで、コンビニ支店1号店の機能が大幅にアップしました。コンビニ支店1号店にはキャタピラー装備も付いていますので、未知な領域である魔王領の中を移動するのに困らないと思います」


 レイチェルさんは、いつもの爽やか営業スマイルに戻ると。


 俺がこれから取るべき未来の道筋を、ゆっくりと丁寧な口調で指導してくれた。


 ……確かに、そうなのかもしれないな。

 コンビニも、もうこれだけの大所帯になってしまったんだ。今の状態じゃ、全員一緒に魔王領の中を探索しよう! という訳にはいかないだろう。


 魔王領に住む魔物に対しても、コンビニに敵対する女神教徒のような人間達に対しても。まだこの新しいコンビニ共和国の建設地は、全く持って無防備な状態だからな。


 今、こんな状態で俺がコンビニをよそに持って行ってしまったら……。


 まるで難民キャンプのように、テントだけしかないこの野晒しな状態の場所なんて、ひとたまりもないだろう。


 それこそ美しい自然に溢れたこの地は、みんなの真っ赤な血の海に染まってしまう、なんて事もありえる。



 例え四条(しじょう)の力で、これから多少の防御壁を周囲に建設をしたとしても。もしここに、ヤバいくらいに強力な魔物の群れだったり、人間の軍隊が大量に押し寄せてきたりでもしたら、それこそ大変だ。

 その時の為に、緊急時には地下階層に避難が出来るコンビニ本体は、ここに残して置くべきだと思う。



 うん。レイチェルさんの言う事はいつも正しいな。


 もし、これから俺が魔王領の中を動物園の魔王である冬馬このはを探す旅に出るとしたら。

 その時は、少数精鋭のメンバーで旅をするべきだ。



「でも、レイチェルさん、俺………」


 俺が心配そうな声を出すと、レイチェルさんは優しく慰めるようにして声をかけてくれる。


「大丈夫ですよ、彼方様。コンビニからはいつでもアパッチヘリを飛ばせますから。空を高速で移動すれば、ここに戻って来る事はそんなに難しくないと思います。新しく追加されたスマートウォッチの通話機能を使えば、私とも、ここに残る他のメンバーの皆様とも。きっと、いつでも会話をする事は出来ますから。ですので安心をして、魔王領への旅に向かって下さいね。コンビニの事は、どうか私やセーリスにお任せ下さい」

 

 レイチェルさんが、爽やか笑顔のままで俺に親指を立ててグーサインを見せてくれた。


 うん。そうだな。

 ここはレイチェルさんの厚意にどっぷりと甘える事にしよう。


 ずっと苦楽を共にしてきたコンビニと別れるのは本当に辛いけど……。何もここに戻ってこれないという訳じゃない。


 レイチェルさんの言うように、ヘリで往復をすれば緊急時にはいつでもこの他に戻ってくる事も出来るだろう。


 むしろ、レイチェルさんがここに残ってくれるのなら。

 きっと壁外区のみんなも、エルフ族のみんなも心配ないと思う。

 俺が心の底から信頼しているレイチェルさんに、みんなの事をお願いして。俺は魔王領の探索に向かう事にしよう。



 新しいコンビニの国を守る為にも、この世界で解き明かさないといけない謎はまだまだいっぱいあるからな。よーし、俺は必ずやり遂げてみせるぞ!



「……分かりました、レイチェルさん。俺、壁外区のみんなの生活環境が整ったら、魔王領に向かう事にします!」


「はい。良い情報をお持ちかえり下さる事を期待して、私はここで彼方様をお待ちしていますね。でも、まずはコンビニ帝国の街作りが先です。カディナの壁外区の皆様に、コンビニに来て本当に良かったと思って頂けるような、素敵な街を今からこの地に建設しましょう!」


 レイチェルさんと俺はお互いに笑顔で頷き合う。


 深い信頼関係を確認し合えた今だからこそ。俺はレイチェルさんに思い切って、『あの事』を伝えてみる事にした。



「……でも、レイチェルさん。実は前々から俺は言おうと思っていた事があるんですけど、ちょっといいですか?」


「私に出来る事なら何でも仰って下さい。私は彼方様の便利と快適を追求し続ける、24時間営業の頼れる守護者さんですので☆」



 てへっ☆と、可愛く笑うレイチェルさん。


 そんな頼れるお姉さんに。俺は真剣な表情で、『超重要事項』を伝える事にした。



「実は、新しく作るコンビニの国なんですけど……。名称は『コンビニ共和国』にしようと思うんです。ほらやっぱり『コンビニ帝国』だと、何か名前に威圧的な雰囲気が伴ってしまうというか。俺も帝国の皇帝って(がら)じゃないし。もっと世界中の色んな人をコンビニは受け入れますよ〜っていう意味でも、コンビニ共和国のネーミングの方が良い気がすると思うんです」



 俺からの衝撃的な提案を聞いた、レイチェルさんは……。



「……………ぐすん」



 ああッ、レイチェルさんが泣きそうになってる!?


 やっぱりコンビニ帝国の名前の方が、レイチェルさん的に気に入っていたのかな?

 だってレイチェルさん1人だけ、ずっとその名前でコンビニの新しい国名を呼び続けていたしな。


「だってぇ、『コンビニ帝国』。凄くカッコ良いじゃないですかぁ? 彼方様を皇帝陛下って、私も呼びたかったですしぃ。コンビニに住む皆様の事も、皇帝陛下に使える臣民(しんみん)って呼んでみたかったですしぃ〜……。やっぱりコンビニ帝国のネーミングじゃ、ダメなんですかぁ〜?」


「えっえっ? う〜ん、それは絶対って訳じゃないんですけど……。でも、今回はもうコンビニ共和国で統一をしようと思うんです。やっぱり今後の外交的な事を考えると、そのネーミングの方が良い気もしますから!」


 頬を膨らませながら、ジト目でじ〜っと俺を見つめるレイチェルさん。いつもの頼れるお姉さんの面影(おもかげ)は全く無い。


 完全に、甘えん坊キャラに変わっているような気もするぞ。


 まあ、でも気持ちは分からなくもないんだけどな。

 俺自身が結構、中二病的な思考を好んで普段しているし。確かに『コンビニ帝国』って名前は、格好良い気もする。


 そうか。俺から生み出された能力のコンビニを具現化しているレイチェルさんが、ある意味、俺と同じ中二病的な思考をしていてもおかしくはないんだよな。

 たぶんそういう中二病的な思考や発想力は、俺と全く一緒なんだと思う。



「でもでも、残念でしたーー! 新しい国の名称はもう『コンビニ共和国』で決定しまーーす!! はい、もう締め切りまーーす!」


「うわ〜〜〜ん! 彼方様の意地悪ぅ〜〜!!」



 レイチェルさんが、かなり劇的なキャラ変をしてたので。


 俺も普段はレイチェルさんに対しては敬語ばかり使ってたんだけど、今回は少しだけおどけた感じで話してみた。

 ……うん。何だかこんな感じでレイチェルさんと話せるのは新鮮だし、楽しいな。


 人前でない時なら、俺はレイチェルさんとはこれからこういう話し方をしていこうかな? 今回はレイチェルさんが、俺と同じ中二病的な発想が好みなんだって事も分かったしな。



 ”ウイーーーーン”



 すると、突然――エレベーターの扉が開いた。



 いつの間にか、エレベーターはコンビニの地上階に到着をしていたらしい。


 扉の外には、玉木が1人でそこに立っていた。


「ああ〜〜! 彼方く〜〜ん! もう、どこに行っていたのよ〜! レイチェルさんを呼びに行ったと思ったら全然戻って来ないし〜。なぜかエレベーターが全然地下から上がってこないから、私すっごく心配したんだからね!」


 両腕を組んで。頬を膨らませた玉木が、目の前で仁王立ちをして立ち塞がっている。


「ああ、すまない! ちょっとエレベーターの調子が悪かったみたいで、なかなか上の階に戻れなかったんだよ……」


「え〜!? そうなの〜〜? コンビニのエレベーターって調子が悪くなる事なんてあったんだ〜……って、んん〜? ジーーッ!」



 玉木が突然、エレベーターの中にいる俺とレイチェルさんの2人を凝視するような目つきで睨んでくる。



「……ど、どうしたんだよ、玉木。何かおかしな事でもあったのか? それともまた、昆布おにぎりを食べ過ぎたとか……」


 ゴクリと唾を飲む俺に、玉木はジト目のまま問いかけてきた。


「彼方くんと、レイチェルさん。エレベーターの中で何かあったの? レイチェルさん、いつもと違って髪の毛を下ろしているし、胸についてるリボンがいつもより、15度くらい斜め下に(かたむ)いてるし〜。少し様子が変な気がするもの」


(こま)かっ!! お前、そんな細かい事までいつも観察をしているのかよ」


「全然、細かくないよ〜! いつも完璧なレイチェルさんの髪型や服装が乱れている事の方が、大事件なのよ! ね〜? エレベーターの中で2人に何かあったの〜?」


 くっ……。思わぬ名探偵ここに現る。


 いつも異様に鋭い所がある奴だとは思っていたけど。まさか、これほどまでとは……。恐るべし、玉木。


「――実は、先程エレベーターの調子が悪くなった際に、エレベーター内の照明が一時的に停電をしてしまったのです。その際に総支配人(グランドマスター)様が、エレベーターの中で転んでしまいまして……。私がとっさに総支配人様のお身体を支えたのですが、その時に私の髪留めも床に落ちてしまったのです」



 レイチェルさんが、いつも通りの冷静な口調で玉木に返答をする。うん。流石はレイチェルさん。状況対応能力が高過ぎる。

 それともこれが、女同士の男には見えざる戦い方というものなのか。



 玉木はこちらを、ジーーっと見つめた後で……。


「そっか〜。確かにドジな彼方くんなら、転んだりしそうだものね。納得納得〜! 彼方くん、いくらレイチェルさんが完璧な人だからって、停電の時に女性に助けられるようじゃあ、男として全然ダメなんだからね〜! 早く童貞を卒業出来るように、エレベーターの中で停電をしても、転ばないような立派な男子になりなさいよね!」


 何で真っ暗なエレベーターの中で転ばない男が、非童貞認定の基準をクリアする査定になるんだよ。


 まあ、いっか。

 レイチェルさんの冷静な返しのおかげで助かったし。


 これがレイチェルさんが転げたなんて言ってしまったら、きっと玉木に凄く怪しまれただろう。

 だって完璧なレイチェルさんが、停電だからって足を滑らせるはずがないだろうし。



「――さあ、玉木様、総支配人(グランドマスター)様。さっそくコンビニマンションを外に設置しに行きましょう! 壁外区の皆様もきっとお喜びに思いますよ」



 レイチェルさんがにこやかにエレベーターの外に出る。


「コンビニマンション〜? なにソレ? 彼方くん教えてよ〜!」


「ふふーん、それは見てのお楽しみだな! マジで凄いからビックリすると思うぜ! ……まあ、実は俺も全然分かっていないんだけどさ」


「何よそれ〜〜!! 本当にいい加減よね〜! そんなんだからいつまでも彼方くんは中二病の痛キャラのままなんだからね〜!」



 玉木のツッコミを聞いて、思わず苦笑する俺。



 そして、玉木には聞こえないくらいの小さな声で……。


 レイチェルさんも、小さくクスクスと笑いながら歩いているのが俺には分かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れスキルコンビニ
外れスキルコンビニ、コミック第1巻、2巻発売中です☆ ぜひお読み頂けると嬉しいです!
― 新着の感想 ―
[気になる点] コンビニ=レイチェルノア だったんやね…? 顔色の店が凄く気になるけど それは一時のお別れ示唆かな?
[一言] 連続の投稿すいません! コミカライズのお話が進んでるのですね!! マジ最高です。 ティーナたんが大好きなのでマジワクワクです。 先生、お体に気を付けてご活躍ください!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ