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第十三話 ティーナ


彼方(かなた)様、こっちです! カディナの街はここから西の方角です!」



 ティーナがぐいぐいと俺の手を引っ張っていく。


 右も左もよく分からない、広大な森の中。

 天使のような美少女が、俺の右手をギュッと握りながら、森の小道を先頭に立って道案内してくれている。


 

 このジュラ紀の原生林のように、やたらと背の高い木が大量に生い茂っている森の名前は――『ソラディスの森』と言うらしい。



 正直、俺1人だけだと絶賛、迷子中だったからな。


 森から出る方法が分かるというティーナを頼って。俺は彼女の後ろに、黙ってついて行くしかない状況だ。



「彼方様。今日は天気が良いので、日中に出来るだけたくさん歩いておきましょう! このまま順調にいけば、後5日もあればカディナの街に着くと思います」



「う、うん。そ、そうだね……」


「……? どうかなさいましたか彼方様? 先程から、あまり顔色が優れないように見えますけど?」


「えっ!? そ、そんなことはないさ! 大丈夫だよ、さあ、どんどん前に進もうか!」



 俺はドモりながらも、なんとかティーナに返答をするのが、やっとだった。



 正直、俺の(ひたい)(わき)は今――。冷や汗でびっしょりだ。


 しかも片手がずっと塞がっているので、上手く汗を拭き取とることも出来ない。緊張で口の中は、さっきからずっとカラッカラに乾いていた。



 実は、ティーナと一緒に行動をするようになってからというものの――。

 俺は内心、ず〜っとこんな切羽詰まった苦しい状況が続いている。


 透き通るように淡い、金髪の美少女ティーナ。

 彼女は商人の娘というだけあって、とても(がく)の秀でた子だった。


 本人が大の読書好きと公言しているだけあって、この世界の様々な知識をティーナは熟知している。商いの知識はもちろん、文学、数学、歴史学、地理学、工学、天文学から雑学まで、様々な学問に彼女は精通しているようだった。



 盗賊達の襲撃をしのいだ、次の日。



 俺はティーナに、この森を脱出する方法が分かるかな? と尋ねてみた。


「――何か書くものはありますか?」


 ティーナはそう言うと、俺からボールペンとA4ノートを受け取りコンビニの外に出た。

 空に輝く太陽の光を見つめること約5秒。ティーナは何かを一生懸命にノートに書き込んでいく。


 そして俺に見せてくれたノートの中には、このソラディスの森の地図と、おおまかな現在地が記されていた。


 どうやら太陽の位置と、太陽の光に当てられた樹木の影が伸びる方向を見て。俺達が今いる位置を計算したらしい。



 そういえば昔、俺が小さい頃に参加した野外キャンプのインストラクターのお兄さんが――、



『太陽は東の方角から昇って、西に沈んでいくんだ。だから午前中には影の向いている方向が西、午後には東の方向に影が伸びているんだよ』


 ……みたいな事を、言っていたような気がする。


 ティーナもきっとそういった方法を使って、カディナの街への方向を計算したのかもしれない。



「このボールペンという物は、すごく書き易いんですね! 私……こんなに便利な物、生まれて初めて使いました」



 この世界では普段、インクを先端に付けて書く羽ペンが主流らしい。

 ティーナは興味深くボールペンとA4ノートを観察していたが、更にその日の夜には夜空に輝く星の位置を確認して、あっという間に精密な森の地図を完成させてしまった。 


 うん、なんて言うか……本当に凄いよな。


 きっと、この子は由緒ある立派な商人の家で育てられた箱入り娘に違いない。


 眼鏡こそかけていないが、その知識量の豊富さは、まさに才女という言葉がぴったりと似合いそうだった。

 異世界の知識に乏しい俺だけでは、きっと、この森の中を数ヶ月彷徨(さまよ)っても出られなかっただろうな。


 ティーナの博識は、俺にとっては本当にありがたい事だった。

 いやマジで助かったよ……。


 顔も可愛いし、頭もいいし。性格もいい。本当に不満なんて何も無い。ティーナの存在は俺にとっては、まさに完璧過ぎる女神様のような存在だ。だから文句なんてつけようがない。



 まあ、そのはずなんだけどさ。


「はぁ……」


 俺はティーナの横顔を見つめながら、つい溜息を漏らしてしまう。


 たしかに完璧な女神様ではあるんだけどさぁ。

 う〜ん、けれども。


「この世界の女の子ってみんな、こんなに異性との接し方が積極的なのか? 森を歩いている間、ティーナがずっと俺の右手を掴みっぱなしで全然離してくれないんだけど。正直、彼女ナシ歴=年齢の俺には、これなんて拷問? な、状態がずっと続いてる訳なんだが……」


「……彼方様? 今、何かおっしゃいましたか?」


「いや、別に何でもないよっ! さ、さあ、先を急ごうか、ティーナ!」



 しまった。今のはマジで、危ない危ない……。


 つい脳内の独り言が勝手に口から漏れ出てしまうという、現実世界では絶対に起こり得ない、ラノベ主人公特有の固有スキルを、まさかこの俺が発動してしまう事になるとは……。



 これは、今後は気をつけないといけないな。


 ティーナは俺と一緒に森の中を歩く間。

 俺の右手をずっと、その小さな手で掴んで離さない。



 いやさ、うん。俺も渋谷とか原宿とかの街中で、よくそういうことを、堂々と公共の場でしているバカップルを何度か見かけたことはあったよ?

 でもさ。あんなのは選ばれたごく一部の選民達にのみに許された、パリピ行為だと俺は思っていた訳よ。



 それをまさか、この俺が……。


 この異世界で直接経験する事になるなんて、正直思いもしなかった。


 ティーナの左手と、俺の右手が直接触れ合っている部分の肌が妙に汗ばんで、なんだか凄くむず痒いぞ。


 これってアレか……? 

 10分くらい手を繋いだら、一回は手を離して、お互いに汗を拭くとか? 


 そういう公式ルールとか、あったりするのだろうか。


 俺、こういうのは全くの初心者だから、全然分からないんですけど……(汗)


 ずっと手を繋いでいたら、肌と肌の接触部分がじんわりと汗ばんでくるのは当然な訳で……。

 しかも、俺みたいな不細工な男の汗、触れていて気持ち悪くなったりしないのかな? なんて俺は内心凄く心配になったりもする。


 でも、ティーナはそういうのは全く気にしない素振りで、俺の右手を笑顔で握り続けていた。


(――くそっ! こんなことなら、事前にリア充どもにリサーチしておくべきだった!)


 デート中に彼女と繋いだ手は、一体どのタイミングで離したりするものなんだよ? 

 こういうのはデートの攻略本みたいのに書いてあったりするものなのか?


 だって途中で手を離して汗を拭いたりしたら、それはそれで何だか相手に失礼な気もするし。俺にはその絶妙なタイミングが全く分からない! もう降参するから、誰か助けてくれよ~ッ!



 もちろん道中で、手を離すタイミングが全く無いという訳ではなかった。


 ちょっと段差のある下り道を降りる時とか、それこそ休憩でコンビニを出したり、トイレをする時だって当然ある。


 その一瞬のタイミングだけ、俺とティーナはお互いに繋いだ手を離す。

 だが、再び道を歩き出すと。すぐに俺の右手は、ティーナの左手によってガッシリと握られてしまう。


 まるで2人の手はずっと繋いだままの状態であることが、ごく自然であるかのようにだ。


(くっ……これはなんたる羞恥プレイなんだよ。平静を装っているが、もう俺の繊細なガラスの心は、精神衛生的に、とっくに限界を超えてるのに……)


 こんな姿を、近所の知り合いなんかに見られたりでもした日には、俺は軽〜く死ねる自信があるな。


 だって絶対に今の俺の顔は、アホみたいにだらしなくニヤけているに決まっているんだ。それこそ街中で手を繋いで歩いているバカップル共の、特に野郎の方の気持が、今の俺には十分に分かったよ。


「……あいつら、絶対に手を繋いで歩いている時に、心の中でニヤニヤしているに違いないんだ。それを何事もないかのように、すまし顔でシレっとしやがって! 今度街を歩いている時に『顔がニヤけていますよ』って後ろから声をかけてやるからな! 絶対に男の方はドキって、するに違いないぜ!」


「彼方様……? また何かおっしゃいましたか?」


「いいやっ! な、何でもないよティーナたん……、じゃなくて、ティーナ! お、俺は、全然平気だから。さあ、夕暮れになる前にもっと進んでおこうか!」


「は、はい……そうですね! 今日のうちに頑張れば、カディナの街にかなり近づけますものね!」



 俺とティーナが、日中に森の中をずっと歩き続けるのには理由があった。


 やはり俺の予想通り、森の中に出没する魔物達は太陽の光を嫌い。夜に出歩くことが多いようだ。


 博識のティーナが言うには、この世界の魔物は基本的に全てが夜行性であるらしい。


 別に太陽の光に当たると体が溶けるとか、そういうヴァンパイア的な要素がある訳ではない。ただ単に野生の魔物全般が、そういう習性を昔から持っているとのことだ。それがどういう仕組みによるものなのかは、いまだに解明はされてないらしい。


「……でも、全ての魔物が日中は動かない、という訳でもないんです。魔力が強かったり、魔王の手下の魔物だったり。個体によっては太陽の下でも平気で動き回れる魔物もたくさんいるんです」


「そうなのか。じゃあ、日中でも絶対に安全って訳でもないんだな」



 という訳で、日中でも魔物の脅威が全くのゼロではないらしい。


 それに、たまたま木陰に入ったらそこに魔物が寝ていて、襲われるという危険性だって十分にある。

 なので俺達は慎重に、あまり大きな物音を立てないようにしながら、ゆっくりと前に進む必要があった。



 そういえば、この森の中で俺が最初に遭遇した魔物。あの黒い大きな狼みたいな奴等だが。名前は『黒狼(ゲオルフ)』というらしい。


 目の色が赤く、頭についた短い2本の黒い角が最大の特徴で、群れで行動をする習性があるらしい。

 どうやらこのソラディスの森は、黒狼(ゲオルフ)達の縄張りになっているという話だ。


 だからここを通る商人達は、夜は行動せずに。目立たない場所に隠れて黒狼をやり過ごすのが常識らしい。


 俺には身を隠せるコンビニがあるから必要はないけれど。このソラディスの森の中には、行商人達が夜に身を潜めて隠れられるように、隠し砦のような建物も幾つか存在しているらしい。


 商人達はその隠し砦を中継点にしながら、この森を通過して街を目指すようだ。



「――そういえば、俺達がこれから目指しているカディナの街ってどんな所なんだ? グランデイル王国の管理下にあるような街だったりするのか?」



 俺はふと思った疑問を、ティーナに聞いてみた。


 グランデイルの女王、クルセイスさんに追放された身分の俺だ。グランデイルと直接関わりがあるような場所は、避けたかったからな。


「カディナの街はどこの国にも属さない、独立した商人達によって作られた城塞都市なんです。王様のいない街なので、街の自警団と、教会の騎士団が自治をしています。商業がとても盛んな街で、人がとっても多く、大陸でも有数の商業都市として有名なんですよ」


 ティーナが自分の故郷であるカディナの街を、誇らしげに紹介してくれた。


「へえ~、そいつは凄いな! 自分達だけで独立して街の運営をしているなんて、超格好良いぜ! 自由な雰囲気もありそうだし、俺、なんだかすっごく楽しみになってきたよ!」


 やっぱり現代民主主義の社会で生きてきた俺にとっては、国王だとか、皇帝とかがいる、中世封建的な雰囲気のある国はどうも馴染めない。

 ありもしない罪を勝手にでっち上げられて。王様の命令ひとつで突然、国を追放……なんてされたらたまらないしな。


 それに比べれば、自分達の自治によって成り立っている商業都市なんて聞くと。どこか民主主義的な匂いがしてワクワクするじゃないか。


「自由……な雰囲気かあるのかと言われると、ちょっと私には自信がありませんが。でも、商人達がみんな活き活きとしていて、とても活気のある街である事は間違いないです!」


 ティーナが『自由』の部分だけ、少し言い(よど)んでいたのが俺には気になった。


 まあ、商人や教会によって自治がされているといっても、ここはまだ封建的な仕組みが根強い世界だしな。現代民主主義のような自由があるのかと言われれば、多分、それは俺が思っているものとはだいぶ違うのかもしれない。


 まあ、それは仕方ないか。少なくても、グランデイル王国にいるよりは、ずっとマシなのは間違いないだろうからな。



 カディナの街までの道中は、徒歩だと約10日間程かかる日程になっていた。



 俺とティーナは、その道中にお互いゆっくりと会話をする十分過ぎる程の時間があった。


 俺達は日中は森の中を歩き続け、夜はコンビニに篭って魔物をやり過ごす。

 街を目指しながらの約10日間。俺達はお互いの世界について、色々な事を話し合った。



 ティーナが俺に教えてくれたのは、この世界の歴史や知識、常識などの全てだ。

 逆に俺がティーナに話したのは、コンビニのことや、俺達が住んでいた元の世界の事についてだな。


 ティーナは知識欲が旺盛で、コンビニの食品や飲み物、俺のいた世界の事を、何でも質問してきた。

 どうやらBLTサンドが一番のお気に入りのようで、夜はミルクティーと、BLTサンドを食べながら、俺と語らうのがティーナは大好きなようだった。



 俺は正直……この世界の事を今まで、あまりにも何も知らな過ぎたからな。


 グランデイル国で選抜組に入った連中は、王宮でみっちりと講義を受けていたから、きっとこの世界の予備知識の学習なんかもバッチリだったのだろう。


 それに比べると俺達3軍メンバーは、すぐに王都の街に放り出されてしまったから、そういった事を学ぶ機会がほとんどなかった。


 特にコンビニにずっと篭っていた俺は、街の住人ともロクに会話をする機会がなかったし。ほとんど近所の挨拶程度ぐらいのやり取りしか、してこなかったからな。


 たまーにコンビニのお茶を、甘い果物に交換して貰ったりとか、その程度の浅い交流だけだった。



 その点ティーナは俺にとって、異世界の事を何でも教えてくれる非常に優秀な講師だった。



 手を繋ぎながら、森の中を一緒に歩く時も。


 手を繋ぎながら、一緒に食事をする時も。


 手を繋ぎながら、一緒に軽いストレッチ運動をする時も……。



 常にこの世界の知識を、沢山俺に教えてくれる。



「――いや、ずっと手を繋ぎっぱなしじゃないか!」



 っていう、野暮なツッコミは無しにしてくれよな。


 俺だって望んでこんなリア充丸出しな生活をしている訳じゃないんだ。だってティーナが、俺の手を一日中握りっぱなしで。マジで離そうとしてくれないんだよ。


 信じてもらえないかもしれないけど。

 俺だって本当に困り果てているんだからな。



 それにもしかしたら、これがこの世界では常識なのかもしれないじゃないか。


 食事の時も手を繋ぎながら一緒に食べて、お互いの口にアーンしながら食べるんだけどさ。

 これだってこの世界では、どこの家庭でもごく一般的に行われている、実は当たり前の文化なのかもしれないだろ?


 余所者(よそもの)の俺は、この世界の文化が全然分からない。だから取り敢えず、ティーナがする行動を真似するしかない。

 この世界ではきっと、男女はこうやって一緒に食事をするという、ルールがあるんだよ。うんうん。


 それをもし拒否なんかして、相手を不快な気持ちにさせたりしたら、それこそ申し訳ないだろう?



 だから決して俺は、こんなリア充生活を自ら望んでしている訳ではないんだからな。


 そう、これは異文化交流をしているだけなんだよ。


 外人だって日本に来たら、畳の上に土足では上がらず、靴はちゃんと玄関で脱いでから座るだろう? それが日本の生活マナーなのだから。


 だから俺だって、それに(なら)っているだけさ。決して誤解はしないでくれよな。



 ティーナは、俺にこの世界の様々な知識を教えてくれたけれど。その中で俺が一番驚いたのは――。



「この世界は魔王軍との戦いを、もう100年以上も続けているのかよ……」


「ハイ。戦いは長きに渡って継続されています。今年は魔王軍との最初の戦いが起こってから、もう103年目になるんです」


 ティーナが俺に、この世界の歴史を詳しく教えてくれた。


 俺はてっきり、グランデイル王国の女王クルセイスさんが最初に話した内容から。魔王がある日突然現れて、大陸にある7つの国のうち2つが、一気に攻め滅ぼされたものなのだと思っていたんだが……。



 どうやらそれは違っていたらしい。


 100年を超える魔王軍との戦争で、少しずつ人間側が押されていき、現在は魔王側の領土がゆっくりと広がってきた、という事のようだった。


 なので今日、明日にも、すぐにこの世界が滅んでしまうというような、危機的状況ではなかったらしい。

 ジワリ、ジワリと、人間側が劣勢になってきているという状況らしかった。


 聞いていて俺は、『なーるほどね!』って思ったね。


 だからグランデイルの王宮で、勇者育成プログラムなんて呑気(のんき)な事をしていたのかと、今更ながらに納得してしまったくらいだ。


 魔王軍の侵攻で、明日にも世界が崩壊してしまう……なんて状態だったなら。あんなにも悠長に時間をかける筈が無い。すぐにでも異世界の勇者達を戦場に向かわせていたはずだ。


 なのに王宮でゆっくりと時間をかけて育成をしていた理由は、どうやらそういう事だったらしい。


 召喚した勇者をゆっくりと育成して、ちゃんと戦力になってから実戦に投入するって、計画なんだろうな。

 まあ、100年以上も戦争を続けているのなら、急いで戦わせて失ってしまうよりも、戦闘に有用な状態に育ててから、実戦に参加させた方が良いに決まってる。


 その辺は俺みたいな子供には分からない、政治的な思惑みたいなものもあったりするんだろうな。


「魔王軍との戦いは、私が生まれるずっと前から、この世界では続いてきました。停滞したこの状況を打破する為に、各国の王がそれぞれの国で、伝説の『異世界召喚の儀式』を秘密裏に行っていたと聞いています」


 約100年間以上も続いているという、人類と魔王軍との戦争。


 ティーナの親の、そのまた親の世代からも、ずっとこの魔王との戦いは続いてきたらしい。



「でも、この約100年間――。どの国でも異世界召喚の儀式は成功しなくて。そんな時に、グランデイル王国で300年ぶりに異世界の勇者様の召喚が成功したという報せが届いたんです! だからみんな、異世界の勇者様には期待をしているんです。魔王軍との戦いにきっとこれで勝つ事が出来るんだって!」


「そ、そうなのか……。なんか俺は、あんまりその期待には応えられないような気もするんだけどなぁ」


「そんなことはないです! 彼方様は強くて格好良くて、本当に素敵な方です。それに私の命の恩人ですし。優しくて思慮深い、最高の勇者様だと私は思います!」



 いや、そんなに顔を赤くして。

 しかも今繋いでいる手に、更に力を入れて力説されてもだな。


 逆に俺の方が照れて、また額から冷や汗がドッと出てきた気がする。


 なんだか卵からかえった雛鳥が、初めて見た動物を親鳥と勘違いしてしまう感じに似ているな。

 ティーナが余りにも俺に対して心酔し過ぎている感じがして、俺は何とも言えない罪悪感を感じてしまう。


 例えば、俺みたいなコンビニの勇者じゃなくてさ。

 この子は、もっと倉持みたいなイケメンに助けられた方が良かったんじゃないのかな? 


 ……あ、あいつはサイコパスだからやっぱり除外ね。


 でも実際の所、俺は全然役に立たないし。


 みんなの邪魔になるからと、王都を追放されてしまったくらいだしなぁ。『無能の勇者』なんて、不名誉な称号も俺のステータス欄には刻まれている訳だし。



 それなのに……。


 こんなに期待の眼差しで見つめられたら。

 実は追放された役立たずの勇者なんです――だなんて、正直にティーナに言えないよ、俺。



 まあ、そこはまだ伝えなくてもいいか。


 きっとカディナの街についたなら、俺はティーナとはお別れになってしまうだろう。


 ティーナにとって俺は、命の恩人ということになってはいるが……。由緒正しそうな商人の娘であるティーナと俺では、身分に違いが有り過ぎる。


 そんなお金持ちの娘さんの所に、俺みたいな浮浪者同然の男が、お世話になっちゃいけないだろう。

 まあ、街に着いたなら、俺はまた一人でコンビニを出して。そこに篭る生活に戻る事にするよ。



 しかし、異世界の勇者召喚についての歴史をティーナから聞いた上で、よくよく考えてみるとだ。


 きっとグランデイル王国は、魔王を倒した後のことも見据えて行動をしているのかもしれないな、と俺には思えた。


 訓練を終えて、勇者達が実戦に参加するようになれば、魔王軍との戦いできっと大きな成果をあげてくれるだろう。

 そしていずれは俺達が、この世界の期待に応えて、本当に魔王を倒すのかもしれない。


 その時には、勇者を育成したグランデイル王国の功績は、この世界の他のどんな国々よりも、称えられるものになるはずだ。

 おそらく他の国々に対しての、政治的な発言力も強まるに違いない。


 選抜メンバーを全員貴族にして、国の一員に迎え入れている事も。一番の実力者である倉持が女王様の愛人となって、大切に扱われている事も。



 もしかしたら、そんな複雑な政治的思惑が絡んだ上で、行われていた事なのかもしれないな。


 なんとなく、クルセイスさんと倉持の関係を聞いた時には、あのスケベ野郎! なんて思ったりしたけれど。



 こうして考えてみると、むしろクルセイスさんの方から倉持を誘惑したのかもしれない……って、今は思えてきた。


 その辺りは一国の女王様として。将来を見据えた、したたかな計算もあったりしたんだろうな。


 そして、倉持達から反感を買ってしまった俺は、倉持の意向を配慮したクルセイスさん達によって、政治的に追放をされてしまった訳か。

 ……まあ、国の命運をかけて育成中の、本命勇者様である倉持の機嫌を、損ねる訳にはいかないだろうしな。



「なんだか、全部納得というか……うーん」



 もしそうだとしたら、もうどうしようもないな。



 俺にはもう、『異世界の勇者』としての王道的な生き方は出来そうにない。


 俺はせいぜい、みんなの邪魔にならないように。1人で細々とこの世界を生き延びていくしかない訳か。


 魔王が倒されるの待ちながら、のんびりとコンビニ暮らしを継続するしかないんだろうな。



「ハァ……」


 なんだか自分のこれからの進路を考えると、気が重くなってきた。


 俺は暗雲たる気分で、ティーナと一緒に森の中を歩いていると――。



「彼方様はカディナの街に着いた後は、どうなさるおつもりなんですか?」


 と、ティーナが俺に尋ねてきた。


「……ん? 街に着いた後? う~ん、とりあえず予定は無いかなぁ。特別、俺はどこかに行く当てがある訳でもないし。もし、カディナの街が住みやすい場所なら、しばらくはそこに滞在しようと思っているけれど」


「本当ですか? もし、それならぜひ私の家に来て下さい! 私のお父様は、カディナの街でも結構名の知れた商人なんです。きっと異世界の勇者様である彼方様を歓迎してくれると思います。私も、ぜひ彼方様と一緒にいたいですから」



 感動で目をウルウルさせながら、子犬のようにティーナがこちらを見つめてくる。


「ははっ、そうだなぁ……。俺はこの世界の事がまだ何も分からないし、しばらくはティーナの所でお世話になろうかなぁ。もし、その時はよろしく頼むよ!」


「ハイ! ぜひ私に彼方様のお世話をさせて下さい。異世界の勇者様のお役に立てるなんて、私……本当に嬉しいです!」



 ティーナに握られている右手が、なんだかとても温かく感じる。



 ……そうだな。


 俺はクラスの連中を除けば、この世界に知り合いなんて全くいない。


 こうして俺のことを素直に歓迎してくれる人がいるってのは、ありがたい事なのかもしれない。


 ティーナの好意に甘えてしまうのは少し申し訳ない気持ちもあるけれど。ちょっとの間なら、ティーナのいる所に滞在させてもらうのもいいかもな。


 この世界の常識やら生活を、俺はそこでちゃんと学んで。この世界でちゃんと1人で生きていけるようになりたい。

 だから、カディナの街で少しでも俺の居場所が作れるのなら、今はそれが一番ありがたい事だと思うし。



 今の俺には――。


 きっとコンビニの中以外に、『俺がこの世界にいてもいいんだ』と思える、居場所が必要なんだ。


 だから、このままカディナの街に無事にたどり着いたのなら。



「コンビニの商品の種類もだいぶ増えたきたし。よーし、俺……普通にコンビニを使って、異世界で商売でも始めてみようかなぁ」



 別にお金なんて稼げなくてもいいんだ。


 俺はコンビニがあれば、衣食住には困らないからな。


 今の俺には、この世界の住人ともっとコミュニケーションをとる機会を増やす事が重要に思えた。ずっとコンビニに引き篭っていても、自分の居場所は作れない。もっと外の世界に触れてみないと。


 うん。何だか、少しだけやる気が出て来たぞ!

 目標が出来るってのは、本当良い事だよな。



「よーし! カディナの街まで急ぐとするか。行こう、ティーナ!」


「ハイ、彼方様!」


 俺はティーナの手に導かれながら、前に向かって歩き出す。

 


 この異世界に来て初めて、俺は何だか心がワクワクするのを感じていた。

 不思議な高揚感さえ感じる。


 コンビニに篭りっぱなしだった心が、今は外に解き放たれたような感じだ。



 引き篭もりだった俺の心を開放してくれたもの。



 それは、きっと――。


 今、俺の手をずっと掴んでいてくれている、この小さな少女のおかげなのかもしれないな。



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― 新着の感想 ―
玉木ちゃん元気かな…
[一言] わざわざ危険を冒して森の中を進むよりも普通に馬車が通った道を通って町に向かえばいいのでは?
[気になる点] 森林から出る為にティーナはカディナに5日ほど掛けて向かってるが、元々はグランデイルの王都に向かっていて主人公が追放されてそんなに離れて無かったのだから魔物が居て森林の中は迷路なら目の前…
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