第百二十九話 高スペック3人娘
「ど、どうしたんだよ……雪咲!? 約1年ぶりに再会したクラスメイトに対して、いきなり怒鳴りつけてきて。俺には全然、意味が分からないんだけど」
「とぼけるなああああぁぁーーーっ!!! ゲームの達人である、うちを差し置いて! どんなチートを使ったら、そんなにぶっちぎりの凄い能力を手に入れられるのよ! コンビニの地下階層? 無限の能力? 何なのよそれっ! きっとゲームバランスを崩すような不正なバグをこっそり見つけて、彼方くん1人だけチートプレイをしているに違いないわ!」
興奮して鼻息を荒くした雪咲が、俺にぐいぐいと詰め寄ってくる。
「正々堂々と魔物退治クエストをこなして、レベルアップを重ねてきたうちの目は、絶対に誤魔化せないんだからね! ズルをしても、後でバレて炎上するのは彼方くんの方なのよ! だからさっさと、どんなチートをしたのかをうちだけにこっそりと教えなさいよぉぉーー!」
「炎上? バグ? さっきからお前は一体何を言っているんだ? 俺にはさっぱり意味が分からないぞ……」
エレベーターの中で、野獣のように飛びかかってきた雪咲。俺は狭い部屋の中で無理矢理、体を床に押し倒されている。
いててて。柔道の固め技のように、完全に体の重心を押さえ込まれてしまっているな。これじゃ身動きすら出来ないぞ。
……クソッ、何ていう馬鹿力をしているんだよ!
これはきっと、雪咲自身の基礎能力値が凄く高いからに違いない。
俺なんかはコンビニがいくらレベルアップをしても。ステータスバーに表示される身体能力値は、せいぜい『1』くらいずつしか上がらないのに。
でも、この雪咲の力の入れ具合は――。どうみても、普通の女子高生が出せるような筋力とは到底思えない。
おそらく剣士として相当なレベルアップを重ねて、かなり高い身体能力値を獲得しているのだろう。
さすが、剣術使いの勇者だけあるな。
――って、感心をしている場合じゃないぞ!
このままじゃ俺は、雪咲に関節を絞められて。意識を完全に失ってしまうかもしれない。
こいつ……もう1年近くもこの異世界にいるってのに。まだこの世界が『ゲーム』の中だとか、何かしらの『仮想空間世界』だと思っているんじゃないだろうな。
雪咲は尋常じゃないくらいに強い――という評判は、他のクラスメイト達から俺は何度も聞いていた。
何ていったって、あの倉持よりも期待されている選抜勇者として、グランデイル周辺でも評判だったらしいからな。
俺もめちゃくちゃ強いと評判の雪咲には、一目会ってみたいと思っていたくらいだ。
でもなぜか俺は、いつもタイミングが全然合わなくて。
雪咲と直接会う事は一度もなかった。基本的にこいつはソロで動く事が多くて、集団で行動をするのを常に避けている事が多かったからな。
それが今回やっと、その念願の雪咲と再会する事が出来たと思ったら。
何で狭い密室エレベーターの中で、俺はいきなり雪咲に野獣のように襲い掛かられているんだよ?
今回、グランデイル王国にヘリで向かったメンバー達から、グランデイルの街で『剣術使い』の勇者である雪咲と再会したその経緯についての説明は、俺も受けている。
でもまさか、その雪咲がいきなりエレベーターの中で俺の体を無理矢理に押さえ込んでくるなんて、全くの想定外だ。
こんな姿をもし、ティーナさんに見られたりでもしたら……とんでもない事になってしまうぞ。
”グキッ……!”
……あ。
これは、結構ヤバいかも。
このままだと俺、完全に失神するな。
だってこいつ、本当に力が強すぎるんだもん。
……まあ、最悪本当にヤバくなったりしたら。きっとコンビニ店長専用服の防衛機能が働くから、大丈夫だとは思うけど。
エレベーターの密室の中で、人知れず謎の大ピンチを迎えていた俺の前に――。
”チーーーーーン!”
突然、エレベーターの扉が開いて。
俺にとっては救いの船が、目の前にやってきてくれた。
エレベーターはいつの間にか、地下3階の温泉エリアに到着していたようだ。
”ウイーーン”と自動で扉が開き。ちょうど温泉エリアで下りのエレベーターを待っていた、カフェ大好き3人娘達がそこには待ち構えていた。
扉が開くのと同時に、3人娘達は雑談をしながらエレベーターの中に乗り込もうとしてくる。
「はぁ〜〜! やっぱり真っ昼間からあったかい温泉に浸かれるのは本当に最高じゃ〜ん! 身も心もぽっかぽかになれたしね〜!」
「うんうん。湯上がりに美味しいアイスコーヒーも飲めたし、本当に良かったね! これも全部彼方くんのコンビニ様々よね。私達、3軍の勇者として扱われて今は本当に良かったと思うわ。だって彼方くんのコンビニの仲間として加わる事が出来たんだもの。――そうだ、みゆきはもう大丈夫なの? グランデイルの街で大きな怪我をしちゃったんでしょう?」
「んー? 私のケガならもう大丈夫だよー。美花ちゃんに治してもらって、実はもうとっくに平気になってたんだけどね。少し疲れてたから、そのままずーっとヘリの中で居眠りしてただけだしー。でもこうしてまたコンビニの中に戻ってこられて本当に良かったよー。それにしても、まさかグランデイルの街であの1軍の雪咲に出会うとは、私も全然思ってなかったけどねーー……って噂をしていたら、ああああぁぁーーっ!?」
3人娘達は、エレベーターの中で俺が雪咲に床に押し倒されている姿を見て。全員揃って大絶叫をあげる。
まあ、そ、それはそうだよな……。
この状況なら、どう見ても俺が雪咲に押し倒されて。密室の中で襲われているとしか見えないだろうからな。
間違っても俺がサルみたいに欲情をして。我慢できずに、エレベーターの中で雪咲に襲い掛かっている訳じゃないからな。 変な勘違いをして、ティーナや玉木達におかしな噂は立てないでくれよな……。
「こおおらああぁぁぁっーー!! 雪咲ーーっ! アンタ、一体ここで何をやっているのよ!?」
「エレベーターの中で彼方くんを押し倒すなんて……いい度胸をしてるじゃ〜ん! よっぽど異世界で性欲を持て余していたのね〜! でも、私達のコンビニのリーダーを勝手に独り占めしようとするなんて、絶対に許せないじゃん〜!!」
「グランデイルのパン屋のイケメンは、実は変態クソ男だったってみゆきから聞いたしね。それなら今度は、内面重視で彼方くんを狙おうかと3人でお風呂の中で話し合っていた所だったのに。私達よりも先に勝手な行動を起こすなんて……本当に立場ってものを全く理解していないようね! これだから空気の読めない1軍の勇者様は……!」
激昂する3人娘達に鋭く睨まれて。
慌てて雪咲は、俺の体を押さえていた手を離すと。
その場で謝罪の姿勢をとって深く頭を下げた。
だが、雪咲が謝罪をする相手は俺でも、3人娘達全員に対してでもなく――。
なぜか雪咲はみゆきの方だけに体を向けて、床に膝をつく。
そして、まるで土下座をするかのような姿勢で深くみゆきに頭を下げた。
「……す、すいません、みゆき姉様っ!! みゆき姉様の許可なく勝手な行動をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした!」
「「――ハァッ……!? みゆき姉様……!?」」
あの、孤高のソロゲーマーで。
学校内でも誰も寄せつけずに。素っ気ない塩対応を振り撒く事で有名だったクールビューティーの雪咲が……。
頭を思いっきり下に下げて。3人娘の中の……藤枝みゆきに対してだけに謝罪を始めたので、みゆき以外のメンバー達は目を見合わせて驚きあった。
この場にいる藤枝みゆき以外の俺と、小笠原麻衣子と、野々原有紀の3人は……。
あの雪咲が、まるで舎弟が兄貴にお詫びをするかのような感じで、深く頭を下げている様子が全く理解出来ないでいる。
「ちょ、ちょっと……これはどういう事なのよ、みゆきっ!」
「そうよ〜! あの雪咲があんたに頭を下げてるなんて、信じられないような光景じゃん〜! あんた何か雪咲の弱みでも握っちゃったりしたの〜!?」
2人に詰め寄られたみゆきは、困ったような顔を浮かべると……。
「あー、それねーー……。実は私も困っているんだけどねー。グランデイルの街で会って以来、雪咲は何だか私の事をすっごくリスペクトしちゃってるみたいでさー。……街から帰ってきた後も、ずーっとこんな調子で私の事を『姉様』って呼んで追いかけてくるのよー。何だか調子が狂うから、やめて欲しいって……私もお願いしているんだけどさー!」
な、何だよそれは……。
まあ、理由はよく分からないけど。
雪咲はみゆきの言う事なら何でも聞くというのなら……。この場は、みゆきに全て任せてしまうのが良いかもしれない。
だって、俺はレイチェルさんに急ぎの用があるんだし。
ここでグズグズとしている訳にはいかないからな。
「みゆき……! すまないけど、俺は下の階のレイチェルさんに会いに行く予定があるから、雪咲の事は全てお前に頼んでもいいかな? エレベーターの中でいきなり襲われて、俺も対応に困っていた所だったんだよ……」
俺はとりあえず、床から体を少しだけ起き上がらせて。
3人娘の中のみゆきに声をかけて。体を起こして貰おうと自分の手を伸ばすと……。
――”ドヒュッッ!!”
「ぐほおおおぉぉぉっ……!?」
すぐに雪咲によって、俺の体は再びエレベーターの床に力づくで押さえ込まれてしまった。
いってええええッ!! 何をするんだよ!?
俺の体をエレベーターの床に押さえつけた雪咲は、まるで子供に言い聞かせるようにして俺に注意をしてくる。
「――ここにいる、みゆき姉様を誰だと思っているんだ! 無能が気軽に触ろうとするんじゃない! SNSの総フォロワー数が300万人を超える『超インフルエンサー様』なんだぞ! 戦闘能力がゼロ以下の凡人が、タダで触れて良いようなお方ではないんだからな!」
雪咲に体を強引に押さえ込まれながら……俺は思った。
戦闘能力ゼロ以下って……それ、俺の事?
って、それは一体何基準なんだよ。
もう何が何やらさっぱりだから、誰か本当に助けてくれよ。
俺が涙目で足をジタバタとさせていると。目の前にいるみゆき姉様が、雪咲をきつく叱りつけて助けてくれた。
「こらーーっ! 雪咲ーーっ!! 彼方くんになんて事をするのよー! やめなさいーーっ!!」
みゆきが慌てて、俺の体から雪咲を引き離す。
「彼方くん、本当にごめんねー。雪咲には後でちゃんと私が言っておくからさー! ほら、どうどう……! 雪咲、ちょっと落ち着きなさいー!」
みゆきに対してだけは、なぜか大人しく従う雪咲。
そのままエレベーターの隅で反省をして、じっと動かなくなってしまった。
全く、一体どうなってるんだよこれは。
「イタタタっ……! た、助かったけどさ……。雪咲が言っていたSNS総フォロワー数が300万人を超えてるって……一体何の事なんだ?」
俺はみゆきに体を起こしてもらいながら、その事を尋ねてみると……。
いつもは常にあっけらかんとした態度をしているみゆきが。
珍しく顔を赤く照れさせて。もじもじとエレベーターの天井を見つめながら俺に小さな声で答えてきた。
「えーーっ? あー、それはねー……。あんまり大した事じゃないんだけどさー。私、ネットで『踊ってみた』系の動画を投稿している踊り手として活動もしてたりするんだけどさー。その界隈だと……割と有名だったりもするんだよね。まあ、目元はキラキラメガネをかけて隠してるから、完全に顔出ししている訳でもないんだけどさー。でもでも、そんな事言ったら有紀とか麻衣子の方がもっと凄いんだから! 有紀なんて実は本物の芸能人だったりするし。麻衣子も料理や裁縫の動画をネットに上げていて、有名インフルエンサーだったりするんだからねー」
「あ〜、みゆき〜! それは私達だけの秘密でしょう? もう、彼方くんに聞かれちゃったじゃ〜ん!」
みゆきの突然のカミングアウトに、今度は俺と雪咲の2人が目をパチパチと瞬きさせて驚き合う。
「ええっ、みゆき姉様より凄いって……! それ、どういう事なんですか? うち、ネットだと自分以外の他の配信者さんの事とか、ほとんど分かっていない情弱で……。だからぜひうちにも詳しく教えて欲しいです! みゆき姉様、お願いします!」
みゆきを羨望の眼差しで見つめている雪咲が、懇願するように3人娘達に向かって頭を下げる。
何だ何だ……。よく分からないけどお前達3人って……実はそんなに有名人物だったりしたのか?
雪咲だけじゃなくて、俺だってもちろん知りたいぞ。
俺と雪咲の頼み込むような顔を見て。
小笠原麻衣子がやれやれ……といった表情を浮かべてため息を吐いた。
「もう、本当にしょうがないわね……。ここにいる有紀は、実はアイドルグループ――『パンプキン☆ガールズ』のリーダーをしているのよ。パンプキン☆ガールズってのは、頭にカボチャの仮面を被って歌う、地下アイドルグループの事なんだけどね。でも地下アイドルの業界では凄く人気も高くて、あのZEEPO東京の会場を満員にしてコンサートを開いた事だってあるのよ!」
「ええええええええーーーーッ!!! 『パンプキン☆ガールズ』のリーダーって……もしかして――あの『YUKI』さんなんですか!? うち、ずっとファンでした!! そんな……まさかあの『YUKI』さんが同じクラスにいる同級生だったなんて!?」
雪咲が興奮気味に大声を上げて。目を見開きながら野々原をマジマジと見つめている。
ええっと……。
よく分からんが、野々原は実は地下アイドルグループのリーダをしてるんだって?
俺はそんなにアイドルの業界に詳しい訳じゃないけどさ。
その――『パンプキンガールズ☆』ってのはたしか聞いた事があるぞ。
何でも地下のアイドルグループの中だと、1番の人気があって。地下アイドルグループとして初めて、来年の赤白歌合戦に選出をされるんじゃないかとニュースで騒がれていたような気がする。
えっ……!
野々原って、そんなに有名な芸能人だったのかよ。
アイドルコスプレをして歌うだけの、ただの役立たずな3軍の勇者じゃなかったんだ……。
「それを言ったら麻衣子だって、顔出しはしてないけど、動画サイトで『お弁当作り』や『ぬいぐるみ作り』の動画を上げていて、バズってるじゃ〜ん! カラフルで可愛い動物のキャラ弁当作りが参考になる〜って、主婦層から大人気なの知ってるよ〜!」
「……私のチャンネルなんて、みゆきや有紀の足元にも及ばないわよ。それに元々私は親がいない孤児だから、施設で一緒に暮らす弟や妹達のために毎朝お弁当を作っていたんだもの。だから、少しでも生活の足しになればと思って動画投稿を始めたんだけど……。それでもチャンネル登録者数はまだ40万人くらいだから。大人気ダンサーのみゆきの方が本当に私は凄いと思うわよ」
「よ、40万人……。凄すぎるッ! うちとは次元が違い過ぎるわ。本当にうちなんて足元にも及ばないような凄い人達が同じクラスの中にいたなんて……。うちは何て狭い世界の中で生きてきたんだろう。現実世界でも、この異世界でも……全く周りの事が見えていなかったんだね」
ガクリ……と、肩を落として落ち込む雪咲。
いやいや、お前は十分に立派だと思うぞ。
高校生なのに、そんなに凄い活動をしているお前達4人と比べたりしたら……。俺なんて、ただのコンビニ大好きなだけの帰宅部だぞ。
毎日、学校からコンビニに寄って帰宅をするだけの生活しかしていないのに……。あ、将棋とかボードゲームなら得意で、小さい時に賞を取った事はあるけどな。
「まぁまぁ、雪咲はさー。1軍の勇者としてもの凄く強い能力を持っているんだから、これからは私達と一緒にコンビニメンバーの一員として頑張っていこうよー! 雪咲の能力は絶対にみんなの役に立つからさー」
「そうよね! じゃあ新しいメンバーの歓迎を兼ねて、もう一度温泉に浸かりなおしてきましょうか! 今度はぜひ雪咲さんも一緒にね!」
「賛成〜〜! やっぱ裸の付き合いって重要じゃ〜ん! 何でも見せ合って、お互いに思っている事をぶつけ合ってこその青春じゃん〜! さぁさぁ〜またみんなで温泉に行こうよ〜!」
3人娘達は、落ち込んでいる雪咲をエレベーターの中の強引に連れて行き。
そのまま地下3階の温泉エリアへと戻っていった。
ちなみに、他のクラスのみんなは外でちゃんと仕事をしているのに。あいつら3人だけは地下の温泉に浸かってサボっていた……という事実に対して。俺は厳重注意をしたかったんだけどな。
――まあ、いいか。
新しくコンビニに加わった雪咲と、3人娘達が仲良くなってくれるのなら、それはそれでコンビニにとっても良い事だと思う。
俺は「ふぅ〜……」といったんひと息をついて。
改めてエレベーターの地下9階のボタンを押す。
そして、レイチェルさんと四条がいる農園エリアへとエレベーターを降下させていく。
それにしても……。
3人娘達が実はかなり高スペックな存在だった……という事が今回分かった訳だけど。
その意味だと、アイツらが戦闘面でめちゃくちゃ頼りになる勇者として、その能力を凄い勢いで成長させてきた事の理由がやっと分かった気がする。
……だとしたら、あのグランデイル女王のクルセイスが行った異世界勇者の選抜仕分けは――本当に『適当』だったという事になるよな。
それぞれの勇者の能力が今後、どのように成長をしていくのかとか。全然、考えていなかったとしか思えない。
「でも、その割には不死者の能力を持つ倉持への優遇だけは徹底していた気がする……。クルセイスの目的は最初から本当は魔王を倒す事なんかではなかったのかもしれないな。まあ、今となってはもうよく分からないけれど。また倉持に会う事が出来たのなら、その辺についての情報を知っていないか、聞いてみたい所だな」
俺は今更ながらに、グランデイルで特別待遇を受けていた倉持について、その不自然さに疑問を感じてしまった。
今頃、アイツは一体……どこで何をしているんだろうな?
あのサイコパス野郎の事だから、しぶとくどこかで生き延びてはいるんだろうけどな……。