第百二十八話 ここをコンビニのキャンプ地とする
「うおおおおーーっ!! すげえええーーっ!! めっちゃ良い景色の場所じゃないかよーーー!!」
目の前に広がる、あまりに美しい景色に俺は思わず見惚れてしまう。
そして大声で叫びながら、地面の上をまるで小さな子供のように全速力で駆け出してしまった。
エルフ領の広大な森林地帯を西に進む事、おおよそ約1日。
ようやく俺達は、深い木々に覆われた森の中を抜けて。
綺麗な小川のある、開けた土地が広がっている場所にまで辿り着く事が出来た。
流れる小川の向こうには、巨大な山脈が延々と連なって見えている。たぶん、あの大きな山脈の向こう側が――この世界で『魔王領』と呼ばれ、恐れられている場所なんだろう。
でも、その一歩手前に広がっていたこの土地は……。
透き通るような流れる、美しい小川があり。コンビニの地下9階エリアにある『農園エリア』に負けないくらい、綺麗で豊かな土壌が広がっていた。
巨大な山々と、小川や野原が広がる雄大な大自然見て。
俺が最初に思った感想は。
「……うん。ここはまるでスイスの景色みたいだよな」
美しいアルプスの山々が連なる、綺麗な景観。
そして流れる小川の水の透き通るような美しさ。見渡す限り一面に広がる、緑溢れる牧草地。
そう、まるでここはアニメ、『アルプスの少女◯イジ』の世界観そのものじゃないか。決して地下帝国で強制労働をさせられる、ギャンブル博打アニメの◯イジの方じゃないからな。
きっと、あの山の向こうには沢山の魔物達が住んでいて。昔から恐ろしい場所だと噂されていた魔王領のすぐ近くだから、ここには大昔から人間が誰も寄り付かなかったのだろう。
だからこの地には、美しいままの自然がそのまま手付かずの状態で残されていたんだ。
……あっ、ちなみにスイス、スイスとさっきから連呼してるけれど。俺は本物のスイスには、もちろん一度も行った事は無いぞ。
俺の家族が旅行出来る範囲は、せいぜい東京から熱海までの関東近隣の距離まででしかなかった。でも、熱海の温泉は気持ち良いし、海も綺麗だったから十分満足出来たけどな。
「……彼方様。ここは本当に素敵な場所ですね。美しい自然が溢れていて、何よりも空気がとっても美味しく感じます!」
俺の後を追って来たティーナも、この場所のあまりに美しい自然の景色に見惚れて感嘆の声を漏らしている。
俺とティーナは、エルフ領の森を越えた先にある場所の様子を見てこようと、コンビニ戦車から少しだけ先行して、2人だけで森を抜けた場所の偵察にやって来ていた。
なので、今……。この美しい大自然の広がる土地には、人間は俺とティーナの2人だけしかいない状態だ。
「ああ……。人間の手がまだ全く入っていない、こんなにも美しい土地が魔王領の手前に広がっていたなんてな。俺も本当にビックリしたよ。魔王領の近くと言うくらいだから、もっと不気味で恐ろしい感じのする場所だと思っていたんだけどな……」
遠くの方から聞こえてくる、優しい鳥のさえずり。
温かな陽光が、程よい光の加減で大地を照らし出し。
その美しい光が、透き通るような小川の水面に反射をしてキラキラと光輝いて見えている。
ここはまさに楽園そのものだ。
一生を終えて、もし魂だけの状態になったとしたら。
きっと美しい天使に連れられて、こんな場所に連れて行かれるんだろうなって俺は思う。……あ、倉持の魂は、暗黒世界が広がる灼熱地獄みたいな所に連れて行ってくれていいからな。
「――魔王領は、大昔から大陸の東側に住む人間達が決して寄り付く事がない恐ろしい場所として知られていました。そこは沢山の魔物達が住んでいる怖い場所なのだと、昔から人々に恐れられていたからです。なのできっとここには、まだ誰も人の来た事がない、手付かずのままの土地が残り続けていたのですね」
「人間がいないと、自然はこんなにも美しいままの形で残されているものなんだな……。うん。願わくばこの綺麗な土地の景観が、ずっとこのまま未来まで残り続けてくれたら……って思うよ。だってこんなにも美しい自然が、ここには溢れているんだから」
俺とティーナは、小川の前の地面に2人でちょこんと座り込み。
一面に広がる美しい野原を、緩やかに流れる小川の流れのように。ただ……時間が過ぎゆくままに、2人きりでぼ〜っと眺め続けていた。
ああ……。こんな平和なひと時が、永遠に続けば良いのに。
――だが、
人間が誰もいないこの平和は楽園は。
近代兵器を装備した、異世界の恐ろしい鋼鉄の車に乗った侵略者達によって……。無惨に蹂躙されていく。
”ギュルギュルギュルギュルー!!”
”ウイーーン、ドドドドドド!!”
”バリバリバリバリ〜〜!!”
大地を揺るがすような、もの凄い轟音が鳴り響いてくる。
美しいこの大地を、強引に削り取るように。
巨大なコンビニ戦車と装甲車の一団が、キャタピラーを豪快に回転させながら、豊かな自然が溢れていたこの美しい土地(過去形)のど真ん中に割り込んできた。
「おーい、彼方ーー? 装甲車はこの辺りに並べて置けばいいのか? 戦車は一応、最後尾の方につけておく事にするからなー!」
「彼方くん〜! コンビニ戦車の本体は取り敢えず、このだだっ広い野原のど真ん中に配置させて置くね〜!」
先程まで人間の手が全く入っていなかった、スイスのように美しい景観は……。
俺のクラスメイト達が運転する戦車や装甲車によって、無惨に破壊されていく。
綺麗な緑色が輝いていた牧草地の上を、戦車のキャタピラーが勢いよく大地を削り取りながら。まるで駐車場のように、大きな車体が順番に俺とティーナの前に並べられていった。
そのコンビニ戦車隊の後を付いてくる形で……。
約3000人近い壁外区の住民達も、全員ゆっくりとこの場所へと歩いてきた。
コンビニの後から付いて来た壁外区のみんなは、俺とティーナと同じように。この土地に広がる綺麗な山々や、美しい小川が広がる景観を見つけて、大きな歓声を上げた。
「うおおおおおおーーっ!! ここは何と綺麗な土地なんだろう! コンビニの女神様の後に付いて来て……俺達、本当に良かったなーー!」
「お父さんー! これからみんなでこの場所に住むのー?」
「おう、そうだぞ! コンビニの女神様がこの土地をみんなが住みやすい場所に作り変えて下さるんだ。だから、これからはきっと平和で安全な生活がここで送れるようになるんだぞ!」
「わーい! わーい! やったああぁぁーーッ!!」
「……………」
ティーナと一緒にしばらく沈黙をする事、数十秒。
俺とティーナはやっと現実を受け止めて重い口を開いた。
「……アハハ、さぁ、ティーナ……! この美しい自然が溢れている豊かな土地を破壊して。我らは、ここに近代的なコンビニ共和国の街を建国しようではないか!」
「彼方様? 笑い方が少しだけ自暴自棄になっておられますよ? そんなまるで魔王にでもなったような口調をされなくても大丈夫ですよ! たしかに私達はこの美しい大自然にとっては、侵略者になってしまったかもしれませんが……。出来るだけこの綺麗な土地の景観も残しつつ、たくさんの人達がここで安全で平和に過ごせるような素敵な街をこれから作っていきましょう!」
ティーナが満面の笑顔で、心の折れかけた俺を優しくフォローしてくれたけれど。
うーん。やっぱり俺達コンビニ一行は、ここの美しい大自然を壊そうとしている破壊者なんだよなぁ……と、改めて俺は思ってしまった。
まあ、街を作るってのはそういう事なんだし。
ここは割り切って考えるしかなさそうだよな。ある意味、俺がこの豊かな土地を切り開いて近代コンビニ国家を作ろうとしている団体の責任者のような立場なんだから。
いつまでもまるで偽善者のように、ここで心を痛めていても仕方がないだろう。
これから、俺達はここの大地を削ったり小川を整えてして。
壁外区のみんなが、住みやすいようや近代的な街をここに作ろうとしているんだからな!
……だからせめて、ありのままの自然の美しさとちゃんと共存が出来るような、素敵な街作りを目指していく事にしようじゃないか。
まあ、それにしても……もうちょっとだけ、ティーナと2人きりでこの綺麗な景色を眺めていたかったなぁ……とはつい思ってしまったけどな。
こんなんじゃ、ムードも何もあったものじゃない。
いきなりコンビニ戦車が、さっきまで見惚れていた美しい大地を『ガガガガガガ――』って力づくで引き裂いていく光景を目の前で見せられるんだぞ……?
俺は何とも言えないような背徳感を感じさせられて、本当に申し訳ない気持ちになってしまったぞ。
けれど、ここはコンビニの責任者として気持ちを切り換えよう。
3000人近い壁外区のみんなに、ずっとここで野宿をしてもらう訳にはいかないからな。
もしかしたら夜は冷え込むかもしれないし。すぐにでも、ここに温かい寝床になるような建物を建設しないといけないだろう。
何よりここは危険な魔王領のすぐ側なんだ。どんなに危険な魔物が潜んでいるのか全く分からないからな。
もし、この場所にいきなり魔物が襲って来たら――みんなにはコンビニの地下に避難をしてもらうにしても、さすがに入り口が狭すぎる。
全員が地下階層に避難をするまでに、沢山の犠牲者だって出てしまうかもしれない。
ここはすぐにでも、みんなが安全に住めるような集団居住地のような場所も作らないといけないだろう。
「おーーい! 桂木ーっ!! みんなにはコンビニのテントを配布して、いったん休憩をとってもらってくれー! 俺はすぐにレイチェルさんに連絡を取って、四条をここに呼んでくるからー!」
壁外区の住人を誘導する為に、装甲車に乗って先導をしてくれていた桂木に俺は声をかける。
今回は桂木だけでなく。クラスの男子3人組には、それぞれ戦車や装甲車に乗ってもらい、コンビニ周辺の警戒と壁外区のみんなの護衛役を引き受けて貰っていた。
「おう、分かったーー! 四条を早く連れてこいよな、彼方ー! あの山の向こうが噂の魔王領なら、何が出て来てもおかしくないだろうからなー! 俺達だけで対応出来ないような魔物が来たら怖いから、早めに戻ってきてくれよー!」
「了解だー! 他のみんなにも伝えておいてくれよー!」
俺が装甲車の上の桂木に指示を与えると、側にいるティーナが今度は俺に声をかけてきた。
「……彼方様。では、私も街の皆様にテントを配るお仕事のお手伝いをさせて頂きますね!」
「ああ……頼むよティーナ。ついでにコンビニのミルクティーや菓子パンの支給もしてくれると助かる。みんなはきっと、ここまで歩いて来るのに、だいぶ疲れてるだろうからな。目的の場所には無事に到着出来たし。後は街作りを始めるまで、ここでゆっくりと休憩をとって貰おう!」
「ハイ、分かりました。ミルクティーは甘くて美味しいので、街の皆様もきっと喜ばれると思います。疲れた体に甘い飲み物は最適ですしね! もし良ければ、コンビニガードさん達を30体ほど私に貸して貰えれば、皆様へ物資を配る仕事も効率よく行う事が出来ると思います」
「分かった、コンビニガードは何体でも連れて行って構わないから。じゃあ、後の事は全部ティーナに任せるよ!」
「了解致しました。私に全部お任せ下さい! ちゃんと街の人達全員にテントと物資を届けて参りますので」
ティーナは嬉しそうに地面の上を駆け出して行くと。
装甲車に乗っている桂木達とも連絡を取りながら、物資を街のみんなに配る段取りを丁寧に決めていく。
うん。うちのティーナはこういう仕事が大得意だからな。
ここはティーナに任せておけば、全て安心だろう。
ティーナが壁外区のみんなの為の仕事を積極的にしたがるのは……理由がある。
それはたぶん、カディナの街で起きた出来事についてを、全てザリルから聞かされたからだ。
カディナの壁の中の一部の商人達が、女神教徒の奴らと共謀して……。
壁外区の住人達から、コンビニの商品を強引に奪い取ろうとした事。そして更には、カディナの街からみんなを追放までしたという事に、ティーナは強いショックを受けて罪悪感を感じているようだった。
ザリルの話によると。ティーナのお父さんであるサハラ・アルノイッシュさんや、その執事のアドニスさんは――今回のカディナでの騒動には一切関わっていないらしい。
元々、自分の娘がコンビニの勇者と関わっているという事を、ティーナの親父さんは誰にも言わずに内緒にしていたようだった。
だから今回は、娘がコンビニと深い関わり合いがあるという事実を隠していた事が、功を奏した形になった。
もし……アルノイッシュ家が、コンビニに肩入れをしているなんて噂が立ったら。ティーナの親父さんもカディナの街での立場が危なくなったかもしれない。
カディナの街での現在のティーナの扱いは、公式的には行方不明という事になっている。
コンビニを陥れようとする強欲な商人の一派にも加担をせず。
かといって、女神教徒達に目をつけられる事もなく。
あの親父さんは、今でもカディナの街の中での商売を続けているらしい。
やっぱり一代であれだけ多くの財を築いた人だけあって。時代を生き抜く嗅覚には優れているみたいだな……。
見た目はアラブの石油王みたいで、体中に黄金をジャラジャラとぶら下げているヤバい人ではあったけどな。
でも、もしティーナがコンビニの勇者に付いて来ていて。
その内部に深く関わっているなんて事がバレたりでもしたら――あの面白い挙動をする親父さんも今後は、もっと立場がかなり危なくなる可能性があるだろう。
その意味ではティーナも、自分の父親や家族がカディナの街の中で、女神教徒達から危害が加えられていない事を知る事が出来て本当に安堵をしたらしい。
けれども、ティーナは元々カディナの壁の中の市民の1人として……。今回の事には心を痛めていた。
だからきっと、壁外区のみんなの為になる仕事を、ティーナは積極的にしたいのだろうと思う。
俺はコンビニの店内に入ると、急いで倉庫にあるエレベーターの中に入った。
レイチェルさんはきっと地下9階の『農園エリア』で、エルフ族の為の生活区の建設を四条と共にまだしているはずだ。
外にいる壁外区のみんなの為にも、いったん四条を借りてこないといけないだろう。
四条の壁や建物を建設出来る能力は、外での街作りには絶対に必要だからな。
コンビニの地下にある安全な農園エリアとは違って、地上には危険がいっぱい溢れている。だから、ある程度農園エリアの整備がもう終わっているのなら――今度は地上のみんなの為に、四条の能力の助けを借りる必要があるだろう。
俺は地下9階のボタンを押して。
エレベーターの中でこれからの予定を、頭の中でアレコレと巡らせていると。
ちょうどエレベーターの自動扉が閉まろうとする、その寸前に――。
突然、閉まる扉に無理矢理手をかけてくる人物が現れた。
”グワッシャァーーーーッ!!”
エレベーターの扉が閉まる、本当にギリギリのタイミングで……。扉を強引に外から掴んだ手が。
目の前のエレベーターの扉を、ゆっくりとこじ開けていく。
……怖っ!
突然のホラー映画みたいな展開はやめてくれよ。
エレベーターの扉を強引にこじ開けて。
中に強引に侵入をして来たのは――。
ボロボロになった学校の制服姿に、長い両手剣を背中に1本背負っている。まるでコスプレのような格好をした、一人の少女だった。
ハァ……ハァ……と全力で息を切らしているその姿は、少しだけ近寄りがたい雰囲気を出している。よく見るとそいつは、俺のクラスメイトでゲーマー少女の――雪咲詩織だった。
「……ど、どうしたんだよ、雪咲? そんなに息を切らして、いきなりエレベーターの中に駆け込んできたりして……」
駅で急行電車に乗り遅れそうになった、サラリーマンのような勢いでエレベーターに乗り込んできたけれど。
何か俺に、急用でもあったのだろうか?
雪咲は息を乱して、肩を震わせながら俺に話しかけてくる。
「ハァ……ハァ……とうとう、見つけたわ! コンビニの勇者の秋ノ瀬彼方くん! うちが必死に魔物を倒してこの世界でレベルアップを繰り返しても、全然追いつく事の出来ないチート能力者! 今日こそはその能力の秘密を、全部教えてもらうんだからね! このチーター勇者めええぇぇッ!!」