第百二十四話 異世界ATM
「ハイハ〜イ! コンビニの地下へと向かう直通エレベーターはこちらになりま〜す! 押さないで順番に並んで下さいね〜!」
まるで、素人感丸出しな新人アナウンサーのように。玉木がコンビニの外に並ぶエルフ族の大行列を、農園エリアへと案内する役を務めてくれている。
エルフ族の戦士長であるエストリアが、いったんコンビニからエルフの里に戻った後。それほど時間をかけずに、すぐに300人を超えるエルフの一族、全員を引き連れてコンビニに戻ってきた。
……正直な所、俺は今回の新天地へ移動する件については、もっとエルフ族の中で揉めたりするんだろうな、と思っていた。
だから、エストリアがエルフ族全員を説得して。ここに戻って来るまでには、かなり時間がかかるだろうと予想していたんだが……。
でも、いざ蓋を開けてみると。エルフ族はビックリする程あっさりと。俺の提案にホイホイとのって、コンビニへの地下への引っ越しを決断してくれたらしい。
流石に俺も、それを聞いて驚いたさ。
――だってそうだろう?
かれこれ、1000年以上も自分達が棲家にしてきた、先祖代々受け継いできたエルフ領の広大な森を捨てて。いきなり新しい土地に一族全員で引っ越すんだぞ。
しかも見ず知らずの、得体の知れない異世界の勇者が勧めてくる場所に行くなんて。
今回の決定は、きっとエルフ族全体の命運を決める一大プロジェクトだったに違いない。
たぶんその話し合いの中では……エルフ族の族長みたいな古株っぽい人達が、わんさかと里の奥から出てきてさ。
『――そのような胡散臭い場所に、我らは移り住む訳にはいかん!』
『そうじゃ! 先祖代々守り抜いてきたこの伝統ある森を去る事など、我らには到底出来ぬわ!』
なーんて、エストリアが長老連中から集中砲火を浴びて怒鳴られて。白熱した議論や討論が夜通しエルフの里の中で行われ続け。
その結果として、ようやく新天地に移り住む覚悟をエルフ族の全員が決断をした。
そんな流れになるんだろうと、俺は頭の中で勝手に想像をしていたんだよ。
ところが、エストリアがエルフの里に戻って。一族のみんなに軽く一声をかけただけで、エルフ族全員が『は〜い!』って、まるでうちの玉木のようなノリで。ホイホイとコンビニの地下に移住をするのを決断してくれるなんて、まさか予想も出来なかった。
「こら、そこ〜! 彼方くん、そんな所でボ〜っと突っ立ってないでちゃんと仕事をしてね〜! 彼方くんはコンビニの責任者でしょう〜?」
「えっ? ああ、すまない! ちゃんと手伝うよ!」
玉木に注意をされて、俺は慌ててエルフの行列の誘導係へと戻る。
両手を大きく振り上げながら、列が乱れないようにと声をかけて。エレベーターに続く通路へと案内していく。
「そうそう〜、それで良いのよ〜! ただでさえ、コンビニのエレベーターには一度に20人くらいしか乗れないんだからね! ちゃんとエルフさん達全員の誘導をして頂戴よね〜! ……後、次にコンビニがレベルアップをする時は、地下に降りるエレベーターの数を増やしておくようにしておいてね〜!」
「いや、そう言われたって。願い通りにコンビニに希望の追加施設が出来るって訳じゃないんだぞ? まぁ……一応、俺もそうなるように、心の中で意識しながら過ごす事にはするけどさ」
「うんうん、お願いね〜! さすがにコンビニに住む住人の人数が増えてきたから、エレベーターが一基だけしかないのは、かなり不便になってきちゃったもの〜!」
何だか、玉木の頭の中では……。
願い事をしておけば何でも願いが叶う。何かのご利益がある神社みたいな存在に、俺のコンビニがなっていると勝手に勘違いしていそうだな。
でも実際、玉木の大好きな『回転寿司店』がコンビニに地下階層に新たに加わった実績もあるから。あながち、それを全て否定する事も出来ないんだけどな。
みんなの『願望』と『便利』を追求をして。より進化をして、発展をしていく地域密着型の便利な店。
それが俺の『コンビニ』である事は間違いない。
「――彼方様、エストリアさんがこちらに来ましたよ」
エルフの大行列を誘導していた俺の所に、ティーナがエストリアを連れてやって来た。
ティーナに連れられてやって来たエストリアは、一族のみんなを、ちゃんとコンビニへと連れてきた自分の能力を自慢するかのように。
俺に向けてニヤリと、満面の笑みとドヤ顔をしながら歩いてきた。
「……見たであろう、コンビニの勇者よ。我はちゃんとエルフの族の全員を説得して、ここまで連れてきたのだぞ? 我の持つ一族の中での顔の広さと、エルフ族全てを説得出来る信頼の厚さを存分に褒め称えるが良いわ!」
はっはっは……! と言わんばかりに形の良い美しい胸を前に大きく張って。両手を腰に付けて、ふんぞり返るような姿勢を取るエストリア。
うーん。そんな風に偉そうな態度を取られると、何だか素直に褒めづらい感じはするんだけどな……。
まあ、たしかにエルフ族がスムーズにコンビニへの大移動を実行してくれたのは、全てエストリアのおかげだ。
ここはエルフ族の戦士長でもある、エストリア様の手腕を素直に褒め称えておく事にするか。
「……うんうん、さすがだな! 俺もこんなにもテンポ良く物事が進むとは思っていなかったからビックリしたよ! エストリアはエルフ族の戦士長だけあって、みんなから本当に信頼をされているんだな、流石だよ!」
両手をパチパチと叩いて。俺はティーナと一緒に目の前でふんぞり返っているエストリアを絶賛して褒め称えまくる。
エストリアはしばらくハッハッハー! と大きく胸を張った後で。急に小さな声で、『実はな……』と俺達に真相のネタばらしをしてきた。
「我がコンビニの中でお土産に貰った大量の『宝物食』があったであろう? あれをエルフの一族の全員に分け与えて皆に食べて貰ったのだが……。そうしたら何と満場一致で『すぐに引っ越そう!』という結論に、トントン拍子で決まってしまってな。宝物食が山のように新天地には置いてある――と、我がみんなに伝えたら。みんなすぐにでも移動を開始したいと、ワクワクしながらついて来てくれたのだ。つまり全ては、お土産に頂いた大量の宝物食のおかげという訳なのだな! ハッハッハ!」
えーと……。エストリアさん?
それって。エルフ族が好物の食べ物に釣られただけで、エストリアは何もしていないような気がするんですけど。
まあ、いっか。
最悪、新天地に移る者達と、元の森の残る者達なんかでエルフ族が内部分裂でもされてしまったら。そっちの方が遥かに厄介な事になると、俺は思っていたからな。
エルフ族がカップヌーボーの魔性の味に惹かれて。俺のコンビニにすぐにやって来てくれたのなら、そっちの方が話が早く実にて助かる。
「彼方様……私は、エルフ族の皆様をこうして一度に大勢見るのは初めてですが。みなさん、本当にとても若くて綺麗な方ばかりなんですね!」
ティーナが興奮を隠しきれないような表情で、俺にそう告げてくる。
うん、それはたしかにな。
コンビニの地下へと向かう大行列に並んでいるエルフ達は……その見た目が、全員めちゃくちゃ若かった。
そして全員が美男美女の超絶美形軍団だ。
きっと日本の芸能事務者や、アイドルグループだって、こんなに見た目が完璧なスーパーモデル軍団を一度に集める事なんて出来ないと思うぜ。
なんて言うか、ヨーロッパのサッカーチームで、超一流選手ばかりを大金を使って集めた最強のドリームチームみたいな感じになっている。
まさに自分達は『銀河系軍団』なんですって、オーラ感が半端ない。
俺だって、エストリアがこの世界で初めて出会ったエルフだった訳だけれど……。そのモデルみたいな見た目の美しさには、本当に一目見ただけでめちゃくちゃビビったからな。
それが、こうして今は300人超の美男美女の美形軍団の大行列を見る事が出来ているのだから。
異世界に来て、本当に貴重な経験をさせて貰っている……という実感を肌で感じでいる所だった。
うちのコンビニにいる、外見レベルが『フツメン』のクラスメイト達が(平均以下の俺が言うな……ってツッコミは今回はなしな!)――我先にと、美形の銀河系軍団を見ようと、コンビニの外に飛び出してくる。
クラスのみんなは全員興奮しながら、エルフ達の大行進の様子を歓声を上げながら見つめていた。
桂木、藤堂、北川達の男3人組なんかは、
『うおおおおおおおっっ!!!』って、思いっきり鼻の下を伸ばしながら、叫び声まで上げている。
全く……お前らの今の恥ずかしい姿を、レイチェルさんに見せてやりたいくらいだぞ?
あ、俺は鼻の下なんて全然伸ばしてないからな。
いやむしろ、そんな恐ろしい事、出来っこない。なにせ俺のそばには常にティーナさんが立っているんだ。
モデル体型の金髪お姉さん達が、目の前を大勢で行進していたって、全く動じないぜ。
だって、うっかり綺麗な女性に見惚れたりでもしたら……。
すぐにティーナさんに横目でジロリと睨まれてしまうからな。まさに蛇に睨まれたカエル状態さ。俺は脂汗を流しながら、ひたすら怯えいる事しか出来ない。
そんな俺とティーナの様子が全く分かっていない、エルフの戦士長のエストリアが、両手を腰に当てながら。コンビニに並ぶ自分の一族の大行列をドヤ顔で解説してきた。
「我らエルフ族は、400歳を超える長い寿命を持っているからな。しかも生き絶えるその寸前まで、見た目が老いるという事がない。だから常に若々しい姿を保っていられるのだ。しかもこうして、外部の者と表立って交流をする事など、今までほとんど無かったからな。だから今日はエルフ族の歴史に残る、記念すべき1日として未来永劫、語り継がれる事になるであろう!」
ふっふっふ……と再び、綺麗な胸を張るエストリア。
どうやら、自分がエルフ族の歴史を変えた人物として。後世の歴史に名を残すであろう事を、誇らしげに思っているらしかった。
……ま、実際は全部『カップヌーボー』のおかげな気はするけれど。
そんなエルフの大行列を見守っていた俺達の所に、コンビニの店内から駆け足で駆けつけてくる人の足音が聞こえてきた。
ん? アレは……紗和乃か?
一体どうしたんだろう? 何か慌てているように見えるけど。
紗和乃はコンビニの店内から、大急ぎで俺とティーナのいる場所にまで走ってくると――。
「彼方くん! た、大変なのよ!! とうとう私……見つけちゃったのよ!!」
「どうしたんだよ、紗和乃!? いったん落ち着けって! 一体、何を見つけたっていうんだ?」
俺は息を切らしながら、興奮気味に話しかけてくる紗和乃に冷静になるようにと呼びかける。
しばらく紗和乃は、乱れた呼吸を整えるようにしてその場で深呼吸を繰り返し。
やっと呼吸が落ち着いた所で、俺にこう告げてきた。
「――見つけたのよ! 『異世界ATM』をッ!! ほら、彼方くんが前回レベルアップをした時に、その設置場所が分からなくて探していたでしょう?」
「えっ、ATMがとうとう見つかったのかよ!? どこにあったんだ?」
前回、俺のコンビニがレベルアップをした際に――。
新しい地下階層や、花嫁騎士のセーリスが加わったりしたのと同時に。
俺のコンビニには『異世界ATM』という謎の物が新たに加わっていた。
でもなぜかそれは、このコンビニの中のどこに置かれているのかが分からなかった。普通、ATMといえば、コンビニの入り口近くに置かれているような気がするけどな。
どれだけみんなでコンビニの中を探しても、とうとう見つける事が出来ないでいた。
紗和乃はその置き場所が不明だった異世界ATMを、見つけ出してくれたらしい。
「ええ、エルフさん達が新たにコンビニの住民に加わるから、店内の整頓をしようと思って事務所の掃除をしていたのよ。そうしたら、地下シェルターの中に、異世界ATMがしれっと置かれていたのよ!」
「地下シェルターの中に……? そうか、確かにそこは全然チェックをしていなかった気がするな」
コンビニに新しく『地下階層』が出来てからというものの――。
事務所の中に設置をされている地下シェルターを利用する事は、ほとんどなくなってしまっていた。
確かに以前は、地下シェルターにはだいぶお世話になっていたんだけどな。
魔王の谷でティーナと2人きりで生活をしていた時は。約1ヶ月近くも、地下シェルターの中に篭って俺達は生活をしていた。
シェルターの中にはシャワー室もあったし、事務所と同じようにパソコンも完備してあったからな。コンビニが更なる進化を遂げた後も、物置きみたいにして、たまに使ってはいたんだけど……。
「コンビニに地下施設が出来てからは、地下の1階が倉庫代わりになっていましたし。地下のコンビニホテルには、みなさんがそれぞれ泊まれる専用の個室もあって、その中には綺麗なシャワールームも完備されていましたものね。だから最近は、地下シェルターを使う機会が減ってしまっていたんですね……」
ティーナが感慨深そうに、そう呟く。
俺もティーナも、この地下シェルターの中で2人きりで暮らしていた経験があったから……つい懐かしくなってしまう。
でも、そうか。まさか地下シェルターの中に異世界ATMが置かれていたなんて、本当に盲点だったな。
よし、すぐに確認しに行くとしよう!
「分かった。紗和乃、見つけてくれてありがとうな! すぐに確認しにいく事にするよ!」
「うん、実はちょっとだけ私もその異世界ATMを触ってみたんだけど……正直、全然分からなかったわ。だから、一緒に見に来て欲しいのよ!」
俺とティーナと紗和乃の3人は、急いでエルフ族の行列の間を縫って、コンビニの中にある事務所へと向かう。
事務所に入り、最近はめっきりと使わなくなってしまっていた地下シェルターの扉を開けると……。
「うわぁ……! この感じ、めっちゃ懐かしいな」
懐かしい地下シェルターの中を見ると、胸の奥から込み上げてくるものがある。
それは俺の隣にいるティーナも一緒のようだった。
2人は自然に手を取り合い。懐かしいこの地下シェルターの狭い空間の中で過ごした生活を思い出す。
魔王の谷で約1ヶ月。ティーナと一緒に暮らしていた時は、本当にこの狭いスペースの中だけで生活をしてきたからな。
外には巨大な化け物だらけだったし。今みたいに戦闘用の戦車もヘリも、コンビニの守護者もいなかったけれど。
そう。この部屋の中は温かい優しさに包まれた、俺とティーナの想い出がいっぱいに詰まった場所だった。
「え〜っと、そのラブラブな2人の想い出の回想をぶった切って悪いんだけど。私が見つけた、異世界ATMの話に戻っても良いかしら?」
俺とティーナが、地下シェルターの中での想い出に浸りながら懐かしい想い出に浸っていると。
紗和乃が呆れきった声で、俺達に話しかけてきた。
「そ、そうだったな。すまない……。今は、異世界ATMについてだったよな」
俺とティーナはお互いの手をいったん離して。
取り繕うように、慌てて紗和乃の方に向き直る。
紗和乃が見つけたという、俺のコンビニに新たに追加をされた異世界のATM。
それは地下シェルター室のど真ん中に、目立つようにしてドーンと置かれていた。
「……なんか、外見は俺達の世界にある、普通のATMと全然変わらない気がするな」
「そうなのよ! でも彼方くん、ここの部分を見て! コンビニのATMなのに、大きな硬貨の収容口が付いているでしょう? きっと異世界ではお札ではなくて、金貨を主に通貨として扱っているから、それに対応する形のATMに変化しているんだと思うの」
どれどれ……。うん、なるほど。
確かにコンビニのATMだと、硬貨の収納口は付いていない事の方が多いよな。
銀行の窓口なんかに置いてある大型のATMだと、そういう硬貨を収納する機能も付いていたりするけど。
ここに置いてあるATMは、どうやら異世界での生活スタイルに合った形に、カスタマイズされているようだった。
「このATMって、普通に元の世界と同じように、お金を預けたり引き出したりが出来るって事でいいのかな?」
「実は彼方くんを呼ぶ前に、私もこのATMの機能を一通りは試してみたんだけどね。基本の機能は、元の世界のものとほぼ一緒と考えても大丈夫よ。お金を入金出来る上限が無制限な所と、特にキャッシュカードみたいなものがいらない……って所以外はね」
紗和乃の話を聞くと。どうやらこの異世界ATMは、この世界のお金を無限に預かる事が出来るみたいだな。
それは今の俺にとっては、割と助かる機能だった。
コンビニには『衣食住』の全てが揃っているから。あまりお金を使って何かを買うという必要がなく、お金の重要性をついつい忘れがちになってしまう。
カディナの壁外区でコンビニ経営をしていた頃は、俺もかなりの儲けを出していたりもしたんだけどな。
グランデイル軍に追われて、壁外区から慌てて脱出をしたり。魔王の谷の底で、コンビニを巨大な魔物に何度も壊されたりしていた時に。蓄えていたお金のほとんどは、どこかにいつの間にかに消えて無くなってしまったりもした。
その後トロイヤの街で。短期間だけどククリアの許可を貰い、商売をさせた貰った時に稼いだお金が――今のコンビニにあるこの世界のお金の全てだ。
まあ、これからはコンビニを中心に国づくりをしようっていう大事な時だからな。
お金の扱いに関しては、これまで以上に慎重になった方が良いだろう。他国と交流や交易をするにしても、絶対に必要となるものだしな。
……だが、紗和乃が俺に一番見せたかった異世界ATMの機能は――無限にお金を預けられるという部分ではないらしい。
紗和乃はATMのタッチパネルボタンを素早く操作すると。ATMの画面上に、『送金』と書かれたメニューを表示させた。
「……これを見てよ、彼方くん! この異世界ATMは、預けたお金を、別の銀行口座に送金をする事も出来るみたいなの!」
「送金って。この世界に電子決済の出来る銀行なんてあったのか? 一体どこの口座に、このATMを使ってお金を送金出来るっていうんだよ……?」
紗和乃は、俺に異世界ATMの画面を見てと促してくる。
そこには『口座番号を入力して下さい』という文字と。その下には、数字を入れられる空白の四角形の文字欄が、桁数分の数だけ入力を出来るように羅列されていた。
「えっ……何だよこれは? 普通、銀行口座の番号って、たしか7桁くらいだよな? ここには全部で23桁の数字を入力するようにとなっているぞ?」
俺は、目を見開いて異世界コンビニATMの画面を凝視する。
いやいやいや……。
流石に23桁とか、それはいくら何でも多すぎだろう。
そんなの普通に覚えられないし。謎の暗号じゃないんだから、推測でも分かりっこない。異世界で使用される銀行口座の番号は、こんなにも桁数が多かったりするのか?
「彼方くん、私……思うんだけど。これって、例の『座標』に関係する数字を入れる必要があるんじゃないのかな?」
「あの、異世界から元の世界に帰る時に、必要だって言われているモノの事か? 『座標』って数字だったのかよ」
紗和乃は神妙そうな顔を浮かべて、自信がなさそうに首を捻りながら答えた。
「例えばだけど。23桁の数字から、日本の銀行口座が7桁だとすれば、それを引いた分の16桁の数字が、異世界の方向を表す『座標』の数字になっているとか……。でも、それは私の考え過ぎかもしれないわね。別に口座番号が全て日本の銀行を基準に出来ている訳でもないだろうし、どこの銀行に送金をするのかも、選択肢がここに出ている訳でもないんだし」
「うーん、確かにそうだな。でも、その発想は面白いというか、何かを探る糸口になるかもしれないな!」
俺は紗和乃の肩をポンポンと軽く叩いて。いつも色んな事を考察してくれる紗和乃に感謝をする。
でも、もし紗和乃の言う通り。
この23桁の数字が、本当に異世界の『座標』を正しく入力をした上で、元の世界の銀行口座の番号を入れたとしたら。
本当に日本の銀行の口座に、ここからお金を送金する事も出来るのかもしれないな。
ただ、本当に送金されたのかを確かめる術なんてないし。そもそも、そんな桁数の多い数字を当てられるような自信もない。
大昔にこの世界を支配したという大魔王や。
女神教の幹部達も探し求めている、謎に満ちた『座標』。
この異世界ATMは、そんな座標を探る何かの糸口になるのかもしれない。
俺は目の前に表示されている23桁の空白のスペースが何を意味しているのかを考えながら、しばらくの間……異世界ATMと睨めっこを続けていた。