第百二十三話 エルフ族への提案と新たなる住民の気配
「なんか、魔王領にいる魔王って……。みんな、西洋風の名前の人ばっかりなんだね〜。きっとその人達は、日本じゃない国から召喚されてきた異世界の勇者様だったのかな〜」
魔王領の奥に住み着いているという『忘却の魔王』達の名前を聞いて。
どうやら玉木も、俺と全く同じような感想を持ったらしい。
まあ、異世界の勇者が全員、日本から召喚されてくるって訳じゃないだろうからな。
現在の魔王でもある『動物園』の勇者――『冬馬このは』は、たまたま日本人だった。だけどそれが異世界召喚の規定ルールになっている訳でもないだろう。
別にヨーロッパ辺りの国から、この世界に召喚されてくる人がいてもおかしくない。
むしろどうやらこの世界には、異世界は無限にあるという多世界解釈が存在するようだし。俺達の暮らしていた世界とは、全く異なる、別の世界から召喚されてきた人物がいてもおかしくはないよな。
それかワンチャン……この世界に召喚をされてきた頭の痛い日本人が、『俺の通称はこれだぜー!』って中二病的な痛い通り名を自分で作りあげて。周囲にそれを呼ばせているだけ、っていう説あり得るぞ。
倉持あたりなら、やりそうじゃないか。アイツなら『漆黒の救世主、堕天使ルシファーβ!』とか。勝手に痛いあだ名を作って、1人で喜んでいそうな気もする。
「……我が知っている魔王領についての知識は、これくらいだな。残念ながらお前達の知りたがっている、動物園の魔王の居場所については分からない。その本拠地である動物園は、おそらく魔王領の中を移動していると噂されているからな。しかもお前達の話通りなら、動物園の魔王を守る黒魔龍公爵は、主人を守る為に、本拠地を秘密の場所に隠した可能性が高い。人間領から撤退をした魔王軍の魔物達が、一体どこに集結をしているのか。その辺りの情報を地道に調べるしかないであろうな」
「なるほど。魔王軍の魔物達が逃げていく、その帰り道を追えば動物園に辿り着けるかもしれないという訳か。分かった。エストリア、ありがとう! おかげでだいぶ、魔王領についての予備知識を手に入れる事が出来たよ」
俺は更に追加のカップヌーボーをエストリアの目の前に積み上げて。心からの謝意を伝えた。
目の前に積み上がったカップヌーボーを見て。嬉しそうにニンマリと微笑むエストリア。
これが心と心が通じ合った大人同士の交流だ。
うーん、でもそうなのか。
肝心の冬馬このはの動物園は、魔王領の中を移動をしている可能性が高いらしい。
まあ、俺のコンビニだって足元には自走式のキャタピラーがついて、自由に走り回っているくらいだからな。
『動物園』が移動式タイプだったとしても、特に不思議はないのかもしれない。
でも、動物園ってコンビニよりも遥かに敷地面積が広そうなイメージがあるけど。それが一体どんな形で移動をしているのかは、全く見当もつかないな。
まさか広大な敷地を持つ動物園が、丸ごと移動をしているとなると……。考えたくはないけれど、まさか動物園が空中浮遊都市のような感じになっていたりはしないよな?
もしそうなら、ヘリやドローンで空を捜索しないと見つけられないかもしれないぞ。
魔王領についての説明を終えたエストリアは、貰った大量のカップヌーボーを、ティーナが手渡してくれた大型のリュックサックの中に詰め込み始めた。その数は軽く、30個以上は超えていそうだ。
「……エストリアは、これからどうするつもりなんだ?」
俺は既に帰り支度を始めているエストリアに尋ねる。
「うむ。これだけ沢山の宝物食を頂いたのだ。里のエルフ達も大喜びをしてくれるであろうから、我はすぐにエルフの里に帰るつもりであるぞ」
「……でも、エストリアさん。エルフの里に戻っても、私達が森を守っていた土魔巨人を全部倒してしまったから。もう、エルフ族を守ってくれる守護者はいなくなってしまったんじゃないの? これからもし、森が魔物達に襲われたりでもしたら危険なんじゃないのかしら?」
紗和乃が、心配そうにエストリアに声をかける。
そうか。確かにそれはそうだよな。
コンビニで発注さえすれば。お土産にカップヌーボーを、それこそ数千個単位でプレゼントをしてあげる事だって出来る。
でも、エルフの里を守る存在がいなければ……この森に侵入して来る外敵から、エルフ達は身を守る術がない。
……かといって、俺達は魔王領にこれから向かう所だし。
エルフ達の為に、どこかに新天地を一緒に探してあげるという訳にもいかないだろう。
俺達は森を守護していた土魔巨人達を全て残さず倒してしまったという罪悪感もあったからな。
心配そうな眼差しで、帰り支度をしているエストリアをずっと見つめていると――。
「……むむ? そんな不安そうな眼差しで、我を見つめるではない! 元々、エルフ族は放っておいても滅びゆく運命の種族だったのだ。せめて最後に、一族のみんなに貴重な宝物食を食べる機会を与えて貰えただけでも、我はお前達に深く感謝をしているのだぞ。だからお前達が責任を感じる必要は何もない。我はエルフ族の戦士長であるからな。もし外敵が森に侵入をした時は……一族を代表して最後まで戦い、誇り高きエルフの一族の末裔として華々しく散るまでの事よ。それこそがエルフ族として恥じる事のない名誉な生き方というものであろう」
エストリアは胸をはって、にこりと笑ってみせた。
でも俺はせっかく知り合いになれたエルフ族と、切ない別れ方をするのは嫌だった。
もし、俺達がここを離れた後で。森のエルフ達が魔物や人間達の襲撃を受けて全滅でもしてしまったら。何であの時にエルフの一族を救ってあげなかったんだと、きっと強い後悔をするに違いない。
ここに住むエルフの一族が安心して暮らしていけるような、新しい土地を一緒に探してあげる事。
そしてその土地には、ココルコの木が育てられるような豊かな土壌が溢れていて。外敵に襲われる心配が全くない安全な場所である事。
そんな条件を全て満たせるような新天地に、俺が森のエルフ族を導いてあげる事が出来れば良いのだけれど。
……でも、そんな好条件の土地が、そうそう簡単にこの世界にあるのだろうか?
仮にあったとしても、その土地はきっと他の種族や人間達も狙っていて……。エルフ族がそこで安心をして暮らしていく為には、土地を争う種族同士で大きな戦争が起きてしまう可能性だってあるんじゃないか?
うーん、と俺は深く考え込んでしまう。
元々俺達だって、この世界で生きていく上で女神教徒達から命を狙われないで済む安全な場所で暮らしたい。だからコンビニ共和国を作って、自分達の安全を確保出来る場所を作ろうと新天地を探していた所だったからな。
そういう意味では、エルフ族と俺達は似たような境遇にあると言っていい。
だから、助けてあげられるのなら。
俺はエルフの一族を助けてあげたいと思っている。
「ねえねえ〜、彼方くん〜! コンビニホテルにエルフさん達をみんな泊めてあげるっていうのはどうかな?」
玉木が手を上げて、俺に提案をしてきた。
「それは俺も考えたけどさ。森で暮らすエルフ族にとって、ホテルはあくまで一時的な避難場所にしかならないと思うんだ。エルフの族に必要なのは広大な自然が溢れる豊かな土地で、そこで何世代にも渡ってココルコの木を立派に育てていけるような安住の土地でないといけないからな。でも、そんな好条件を満たせるような土地なんて、そうそうこの世界にはないだろう………って、あれ?」
そんな好条件を満たすような都合の良い土地を。
俺はついさっき。どこかで見てきたような気がするぞ。えっと、それはどこだっけかな……?
「どうしたの、彼方くん〜? 急に黙り込んじゃって。あっ、もしかしてカップヌーボーを食べ過ぎて、お腹を壊しちゃったの? それなら早くトイレに行ってきた方が楽になれるわよ!」
「………そうか! その手があったか!」
両手をポンと叩いて、1人で納得をする俺。
「そうよ、コンビニには水洗トイレがあったのよ。だから早くコンビニのトイレで気持ち良くスッキリしてきなさいよ〜!」
「ん、トイレ……? 玉木、お前一体何の話をしているんだ?」
「ええっ〜!? さっきからずっと私と『トイレ』の話をしてたんじゃないの?」
ちょっと、何を言っているのかよく分からない玉木の事はいったん置いておくとして。
俺はリュックサックに、貰ったカップヌーボーを30個以上も無理矢理詰め込んでいるエストリアの手を取る。
そして、急いでコンビニの倉庫へと――エストリアを強引に連れて行った。
「――ど、どうしたのだ!? コンビニの勇者よッ!? そんなに慌てて、我を一体どこに連れて行こうしているのだ?」
「いやさ。実はすっごい好条件の物件を見つけたんだよ! エルフ族にとって、そこは本当に住みやすい快適な土地だと思う。そんな場所がコンビニの地下にあるんだよ!」
「コンビニの地下に土地が? ……お、お前は一体何を言っているのだ? この狭い石の壁に囲まれた敷地の地下に、我らエルフ族300人余りが暮らしていけるような場所などあるはずがない! 我らを無理矢理地下に押し込めて、エルフのおしくら饅頭でも作ろうというのか?」
「大丈夫さ! たぶん『無限』と思えるくらいにそこの土地はめちゃくちゃ広いからさ! 仮にエルフが数千万人いたとしても、その土地なら十分に暮らしていけるくらいの広さがあるんだ。まあ、騙されたと思って俺について来てくれよ!」
俺は手を強く握られて、顔を赤くしているエルフを強引に引っ張っていく。
困惑するエストリアを、コンビニのエレベーターに乗せて。一気に、コンビニの地下の最下層を目指して降りていった。
――そう。
目指す場所はコンビニの地下9階だ。
コンビニの最下層でもあり、最も広大な敷地を持つ『農園エリア』へと俺達は向かう。
”ウイーーーーン!”
エレベーターが地下に辿り着くと。目の前の頑丈な扉がゆっくりと開かれた、その先には――。
「――お待ちをしておりました。総支配人様。そしてエルフの戦士長であられる、エストリア様」
降り注ぐ眩しいくらいに輝く太陽の斜光。
青空を自由に飛び回る鳥達と、聞こえてくる優しい鳥のさえずり。
そして――地平線の彼方まで無限に広がる豊かな土壌があふれた大地。
そんな『農園』エリアの中に。
ポツンと、灰色の制服を着て。ピンク色の美しい髪を後ろに結ねている、コンビニホテルの支配人――レイチェルさんが1人で立って俺達を待っていた。
俺とエストリアがエレベーターから降りた途端に、最敬礼のお辞儀をして。農園エリアの中へと迎え入れてくれるレイチェルさん。
「レイチェルさん? どうしてここにいるんですか? それに……たしか農園エリアのエレベーターの周りには、迷子防止の為に四条が作ってくれた防御壁が置かれていたはずなのに。何でそれが全て無くなっちゃってるんですか?」
先程、俺と紗和乃がこの農園エリアを訪れた時には……。
無限に広がる広大な農園エリアの中で、迷子になってしまわないようにと。エレベーターの出口付近には、大きな石壁が立てられていて、その周囲を囲っていた。
でも、その壁が……今はいつの間にか無くなっている。
エレベーターの扉の外には広大な自然な囲まれた豊かな土壌が360度のパノラマビューで、視界いっぱいに広がっていた。
俺は、先程まであったはずの壁が無くなっている事にも。
レイチェルさんが、いつの間にかに先回りをしていた事にも驚かされてしまう。
でも、それ以上に目の前に広がる雄大な大自然の光景に驚いていたのは、エルフのエストリアの方だった。
「な、な、ここは一体、何なのだーーっ!? この素晴らしい自然の溢れる豊かな土地は! 大地全体が清浄な美しさを、ずっと保った状態で広がっているぞ! これはまさか……この土地には今まで知性ある生き物が、一度も住み着いた事がないのではないか? それくらい、この大地には元気な精霊達が溢れておる! このような穢れを知らない豊かな土地が、この世界にはまだ存在していたとは! コンビニの勇者よ、こ、ここは、一体どこなのだ!?」
俺に詰め寄るように、エストリアが興奮気味にそう尋ねてきた。
「ここはコンビニの地下に広がる『農園』エリアさ。ここには広大で豊かな土地が無限に広がっているんだ。もし良かったら、この農園の土地をエルフの一族の新しい住処として使って貰うのはどうかなって思ってさ」
俺の提案に、エストリアは両方の目ん玉を飛び出すくらいに目を見開いて。全身をワナワナと震えさせながら、俺の足元にペタンと座り込んだ。
「そ、そんな……!? この土地の価値が、お前には本当に分かっておるのか? この土地には穢れというものが全く無い。つまりは今まで誰も、この土地を利用した事がないという事だ。大地には精霊達が溢れているし、もし、この土地にココルコの木を植えれば、あっという間に成長を遂げて。すぐにでも巨大な大森林地帯と化すであろう。このような宝石にも勝る豊かな土壌を……我等エルフ族に、お前は無償で分け与えてくれるというのか?」
「ああ、そのつもりさ。元々、ここは広すぎてどう使おうかと手に余していたくらいだしな。それと、カップヌーボーも上の倉庫部屋には無限に置いてあるから。良かったら幾らでも持っていって構わないぜ」
俺のあまりにも突然過ぎる提案に。
エストリアは、まるで神様か救世主を見るかのような視線で、目をウルウルとさせながら俺を見上げている。
「こ、コンビニの勇者よ! このお礼は何と言ったら良いのか……! 我らエルフ族は今後コンビニの勇者に永遠の忠誠を誓う事を約束しよう! エルフ族の戦士は精霊魔法が使える一騎当千の強者達ばかりだからな! もし魔王領で強敵と戦う事があるのなら、我ら一族は命をかけて大恩あるコンビニの勇者をお守りしてみせるぞ!」
農園エリアの大地に深く膝をついて。
エルフの戦士長は、王様に絶対の忠誠を誓う騎士のようなポーズをして俺の前にひざまずいた。
「いやいや……そういうのは大丈夫だからさ。これからも対等な立場で、仲の良い隣人としてよろしく頼むよ。同じコンビニの中で暮らす住民として、俺達もエルフのみんなとぜひ仲良くやっていきたいしさ。あと、この土地がエルフにとって本当に暮らしやすい場所なのか、確認してみて欲しいんだ。一応、注意事項としては、あまり遠くに行き過ぎてこのエレベーターが置いてある場所を見失ってしまうと。上の階に戻る手段が無くなってしまうから、そこは気をつけて欲しいんだけどさ」
俺がそう言い終わるよりも先に。
エストリアは、まるで子供のように大喜びで外に飛び出して行ってしまった。
農園エリアの土地の上で大の字になって寝そべったり、流れている小川の近くに行って水を汲んで飲んだり……と。
大自然が溢れるこの綺麗な土地を、全身全霊で満喫しているようだった。
「おーい! ここの注意事項もちゃんと聞いて欲しかったんだけどーー! エストリアー! あ……もう、全然こっちの声を聞いていないな」
……まあ、いいか。
俺達の目の届く所にいる限りは、迷子になる事もないだろうしな。
エストリアがエレベーターの前から、遠くに離れ過ぎない距離にいる事を確認しつつ。俺は今度は、近くに立っているレイチェルさんに話しかける事にした。
「……レイチェルさん、まるで俺達がここに来るのが分かっていたみたいですけど、いつの間にここに来ていたんですか? 後、ここにはエレベーターの周りに広大な農園エリアで迷子にならないようにと、紗和乃と四条があらかじめ作っておいてくれた壁があったはずなんですけど……。それがいつの間にか無くなっているのは、どうしてなんでしょうか?」
俺の問いかけに、レイチェルさんはいつも通りの穏やかな表情で質問に答えてくれた。
「農園エリアのエレベーターの周りにあった壁は、私が先に破壊しておきました。これから大切な客人に、コンビニの地下階層の土地の素晴らしさをプレゼンされるという時に。景観を台無しにしてしまう、無粋な壁は無い方が良いと思いましたので」
涼しい顔をして、さらりとビックリするような内容を俺に告げてくるレイチェルさん。
こんなにも穏やかな表情をしているのに。コンビニ軍団の中では、最強の守護者という肩書きを持つ、本当に不思議な人でもある。
ええっと――。俺達がここに来る前に壁を壊しておいて、先に農園エリアにも来ているって事は……。やっぱり、レイチェルさんは俺達とエストリアの会話の内容を知っていたって事だよな?
基本、コンビニの中での出来事は全てレイチェルさんには筒抜けになっていると考えた方が良さそうだ。
俺もコンビニの中では、一人で変な事をしたり。言ったりしないようにしておこう。録画されてたりでもしたら大変だからな……。
そんな俺の心の中を、表情から読み取ったのか――レイチェルさんはニッコリと微笑んでくれた。
「コンビニの地下階層を管理する者として、総支配人様がお望みになる行動を常に先回りして行うのは、私に課せられたお仕事なのです。ですので、どうかご安心して下さいね」
営業用のスマイルで、ニッコリと俺に微笑みかけるレイチェルさん。太陽に照らされているその笑顔も、また超絶可愛いな。
まあ、仕事が出来るうちの美人OLさんのする事だから、俺も深くは考えないようにしておく。
それにしても――。農園エリアの土地の上を、子供のようにはしゃいで駆け回っているエストリアの姿を見て俺はふと思った。
「この先、ここがエルフ族が何百年先でも平和に暮らせる楽園のような場所になれたらいいな。――ん? でもアレ……待てよ? もし俺がいつかこの世界で寿命で死んだり。敵に倒されて死んでしまうような事があったなら。このコンビニの地下階層は、一体どうなってしまうのかな? もしかして、その時はいっしょに消えちゃったりでもするんだろうか……」
俺がそんな疑問をつい口からポロリとこぼしてしまうと。
隣で聞いていたレイチェルさんが、営業スマイルのままでその疑問に丁寧に答えてくれた。
「ご安心下さい、総支配人様。コンビニの地下階層は一部を除いて、そのほとんどが別次元の異世界に繋がっています。ですから私達コンビニの守護者とは違って、この農園エリアが突然消えて無くなってしまうという事は永遠にありません。この土地は末永くエルフ様達の楽園として、繁栄し続けていく事になるしょう。――もっとも総支配人様が命を落とされる、という事は決してありませんので、そちらもご安心して下さい。私がそのような事は決してさせませんので……。コンビニ帝国の未来の為にも、総支配人様には永遠に生き続けて貰わないと私が困ります」
「そ、そうなんだ。それは良かった……のかな? じゃあ俺がこの世界から突然居なくなってしまっても、この農園エリアが消えてしまうという事はないんですね」
その点に関してだけは、安心が出来てホッとする。
地下階層は消えないけど。俺が死んだらコンビニの守護者達は消えてしまうって……今、レイチェルさんは言いかけた気がする。
もし、俺が死ぬ事で『コンビニの守護者』もこの世界から消えてしまうのだとしたら。
あの魔王の谷の底で、墓所を守っていた黒い騎士は――やっぱり、『過去のアイリーン』ではなかったという事になるのかな?
大昔の大魔王であるコンビニの勇者は、もうとっくに死んで。この世界にはいないはずだ。
そうだとしたら、少しだけ俺の気持ちは楽になる。
仮にあの黒い騎士が、数千年もあそこを守り続けてきたもう過去のアイリーンだったなら……。主人であるコンビニの大魔王が死んでいたら、生きていられるはずがない。
うん。よく考えてみればそうだよな。
もしも、あの黒い騎士がアイリーンだったのなら。
俺の存在や、自分と同じ姿をしたもう1人のアイリーンを見て、何も気付かない訳がないじゃないか。
そうさ。だからきっとあの黒い騎士は、アイリーンとは違う別の存在だったに違いないんだ。
俺は自分自身に、そう言い聞かせるようにして。納得をする事にした。
だってそう思う方が、気持ちが楽になるような気がしたから……。
そんな事をずっと考え込んでいたからか。
俺は今まで疑問に思っていた事を、レイチェルさんに聞いてみる事にした。
「レイチェルさんは、アイリーンから俺が玉木によく似た黒い姿をした女性と出会った事について……報告を受けているんですよね? その事についてはどう思っていますか?」
俺の問いかけを聞いたレイチェルさんは、一瞬だけその顔色が曇った気がした。
「ええ。たしかにその報告はアイリーンから聞いております。玉木様のもう1つの未来の可能性について……ですよね。ですが、その件につきましては私も現在調査中ですので、あまり詳しくは分かっていないのが現状です。仮にその人物がどのような存在であったとしても、現在のコンビニに敵対する害のある人物ならば……私達はその者を倒さなくてはならないでしょう。私達にとって大切なのは『今』の玉木様であって、別の未来の可能性の玉木様ではありませんから」
「そうですよね……。俺達にとって守るべきは、このコンビニにいる今の玉木ですよね。まだ真偽は分かりませんが、俺もそう思います」
同意をして、ニコりと俺に微笑みかけてくれるレイチェルさん。枢機卿に対する認識は、レイチェルさんも。ティーナが俺に諭してくれた事と同じ結論に至っているようだった。
少しだけ顔色が陰っていた、レイチェルさんは。
珍しく小声で、俺にそっと呟いてきた。
「……それに私は、総支配人様のコンビニが未来永劫ずっと続いていく事を心から願っているんですよ」
「コンビニがずっと続いていく? でも、俺がいつか歳をとって老衰でもしたら。流石にもう、コンビニの営業は出来なくなってしまうと思いますけど……」
俺は軽い冗談のつもりで、レイチェルさんに笑いながらそう話しかけたんだけど。
レイチェルさんは、営業スマイルのままで。
真っ直ぐに俺の顔を見たまま、淡々と俺に告げてきた。
「私は総支配人様には、永遠にこの世界で生き続けて頂きたいです。私が必ずそうさせますので、どうかご安心して下さい。栄光あるコンビニ帝国は、未来永劫この世界で繁栄し続けなければいけません。なので総支配人様がお亡くなりになる……という事は決してございませんので、大丈夫です!」
「……えっ? で、でも……。俺がずっと生き続けるって。それはもう、無限に歳を取らない『魔王』にでもならないと、流石に無理なような気がしますけど……?」
俺が、そう尋ねてみると。
なぜかレイチェルさんはその場で微笑み続けるだけで。
返事は返してくれなかった。
あれ? ……レイチェルさん?
俺がレイチェルさんに話の続きをしようとしたその時。
「あっ、彼方く〜ん、いたいた〜! もう……1人で勝手にエレベーターで下に降りて行かないでよね〜!」
エレベーターの扉が開き、中から玉木、紗和乃、ティーナの3人が順番に降りてくる。
「あれ? 彼方く〜ん、エストリアさんと一緒にここに来たんじゃないの〜?」
俺がエストリアと一緒にいない事を不思議に思い。
キョロキョロと周囲を見回す玉木。
「ああ、エストリアなら……その辺を子供みたいに、嬉しそうに駆け回っているよ。俺はこの『農園』エリアを、エルフ族の為に解放する事にしたんだ」
「な、何ですって!? もう、勝手にどんどん決めていかないでよね、彼方くん! ……って、エレベーターの周りの壁がいつの間にかなくなっているし!?」
紗和乃は俺と同じように。壁が突然無くなっている事に困惑しているようだった。
まあ、その辺りの説明は後でレイチェルさんに聞いておいてくれよ。俺はまず、エストリアと今後の話を進めていかないといけないからな。
俺はそろそろエストリアを近くに呼び寄せようと。
農園エリアの中から、エストリアを探し出そうとしたのだが……。
「コンビニの勇者よ! この土地はやはり最高であるぞ! 早速、里にいる全てのエルフ族を引き連れて、この場所に移住を開始したいと思っているのだが、良いだろうか?」
農園エリアを駆け回っていたエルフのエストリアは、いつの間にかエレベーターの扉の前まで戻ってきていた。
「えっ、あ、ああ……! それは大丈夫だけど、色々と準備もしないといけないんじゃないのか? この地にココルコの木を植えて、ココの実が育つまでにはきっとそれなりの時間もかかりそうだし。もちろん、それまではコンビニのカップヌーボーを、無制限に俺は食料としてエルフ族みんなに提供をするつもりだけどさ」
「ふっふっふ。その点に関しては心配はいらぬ! ココルコの木は、大地に精霊がたくさん溢れていれば、わずか3日ほどで立派な実をつけられる大きさに急成長するのだ。これだけ豊かな土地にココの実を植えれば……。きっとすぐにでも、我らが安心して住めるような巨大な森林地帯へと、この土地は変わるであろう」
――そ、そうなのかよ?
ココルコの木って、めっちゃ成長速度が早いんだな。
嬉しそうに笑みを浮かべているエストリア。
きっとこの土地で暮らしていくエルフ族の未来の姿を夢想して、幸せな想像に想いを馳せているのだろう。
……まあ、どちらにしてもだ。
俺のコンビニに、新たな住民達がたくさん引っ越してくる事になりそうなのは確かだった。
エルフ族が全部で、おおよそ300人くらいか。
これから俺達が作り上げていくコンビニ共和国にとっては、今回が最初の住民達という事になるのかな。
今はまだ農園エリアしか、エストリアにはお披露目をしなかったけれど。
もし、エルフ族が気に入ってくれるのなら。他の地下階層にある温泉エリアや、回転寿司のエリアなんかもぜひ見て欲しいと思っている。きっとこれから、地下階層の案内とかでコンビニの中は大忙しになりそうだな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
同じ頃――コンビニの勇者達が滞在しているエルフ領の森の中に。
全身を真っ黒に汚れさせた、別の集団がゆっくりと歩いていた。
「だぁーーッ! たしかに荷物を全部捨てて軽くしろーってアタシは言ったけどさー。燃料のガソリンまで全部捨ててどうするんだよッ!? このアホンダレがー!」
緑色の木々に囲まれた森の中を。
真っ黒に汚れた花嫁衣装を着ながら、コンビニの花嫁騎士であるセーリスが、ぶつぶつと文句を言いながら歩いていく。
「いや、あれはしょうがないだろう! あんな謎の集団にずっと追い回されて、それでもよくここまで帰ってくる事が出来たと俺は思うぜ? ヘリの中にあったレーダーだと、確かこの辺りに彼方のコンビニが止まっていたって事で良いんだな?」
妻であるルリリアと、その家族達を引き連れて。
『火炎術師』の勇者である杉田勇樹が、セーリスと歩きながら言い争いをしていた。
その後ろには、『回復術師』の勇者である香苗美花。
そして、まだ気を失っている藤枝みゆきを背中に担いでいる、『剣術使い』の勇者の雪咲詩織もいた。
グランデイル王都を脱出した勇者達の一行は、木々の生い茂る森の中をゆっくりと歩いている。
「この辺りは、たぶん……。魔王領の前に広がっているという南西のエルフ領の森なんじゃないかしら? そうだとしたら、彼方くん達を探し出すのはかなり難しいかもしれないわね」
香苗美花が心配そうに、辺りを注意深く見回す。
今の所、こちらに襲い掛かってくるような凶悪な魔物達の気配はしない。
だが、周囲には広大な森林地帯が広がっていて。もし闇雲に歩いていたら、間違いなく迷子になってしまいそうな雰囲気がプンプンと漂っていた。
だから、グランデイルの王都から逃げ延びて来た異世界の勇者達一行は……。コンビニの勇者の現在地が大体分かると豪語する、花嫁騎士のセーリスの勘を頼って。その後に黙ってついて行くしかないという、半ば諦めたような状態になっていた。
……一体、後どれくらいこの森の中を歩き続ければ、良いのだろう。
全員の体力は、間違いなく限界に近づいてきている。
妊娠をしている杉田の妻の体調の事も考えると。かなり厳しい状況に追い込まれているのは間違いなかった。
そんな絶望的な状況の中――。
前方から突然、カサカサ……と葉っぱが揺れる音が聞こえてくる。
黒く薄汚れたスカートの中から、セーリスはロケットランチャーを取り出すと。静かに警戒をするように、その場で身構える。
森の中を彷徨う杉田達の前に。突然、姿を現したその人物とは――。
「――よお! アンタ達はたぶん、コンビニの勇者の旦那のお仲間さん達なんだろう? それなら、オレは敵じゃないから安心してくれよ! オレはカディナの商人の『ザリル』だ。コンビニの勇者の旦那とは、一緒に商売をしていた事がある親友みたいなものさ!」
そう言って、悪人顔でニヤ〜っと笑う紫色のターバンを頭に巻いた怪しい雰囲気の色黒男。その顔の頬には、十字のアザが刻まれていた。
ザリルと名乗った男の後ろには、数千人を超える人々が大行列を作っていた。それぞれ荷台に大量の荷物を載せた人々が、森の中に大勢集まっていたのである。
「オレ達はカディナの壁外区から、コンビニの勇者の旦那の所に向かう所なんだが……どうだい、オレ達と一緒に来るかい?」