第十二話 新たな成長
「ふぅ~~……」
思わず、安堵の吐息がこぼれ出る。
やっぱり俺……改めて思ったよ。
「コンビニの中って、本当に超快適空間だよな」
俺は今、綺麗になったコンビニの中で、コーラをゴクゴクと飲みながら一息ついている所だ。
今ではまるで、洗濯物を物干し竿から取り込むかのように。コンビニを外に出し直して、元通り綺麗にする作業も、俺にとってはもう、お手の物となっている。
昨晩、魔物達が去った後で。俺はすぐにコンビニを新しく出し直して、店の中を綺麗にしておいた。
昨日は、本当に大変な目に遭ったからな。
森の中で盗賊達に追われている少女と遭遇し。
その少女を助ける為に、コンビニの中に一緒に立て篭り。侵入してきた盗賊達、そして魔物の群れからも俺達は必死に息を潜めて隠れ続けた。
そして、その結果。
俺と少女はなんとか無事に生き延びる事に成功した。
これでとりあえずは……開幕一番に命を落とす哀れなモブキャラ候補になる危機は、回避出来たって事でいいんだよな?
流石に俺だって、アニメの2話目のEDクレジットに名前が載って、その後、もう2度と登場する事がないモブキャラ扱いなのは真っ平ゴメンだしな。
森の木々の隙間から見える、暖かい木漏れ日に照らされながら。俺は今、自分の命がまだある事の有り難みを、十分過ぎる程に深く噛み締めている。
そんな大ピンチをしのいだおかげもあってか。
嬉しい事に、俺のコンビニはまた一つレベルする事が出来た。
「よっしゃーーーー!!!」
うん。うん。何だか俺のコンビニ。
グランデイルの街を出てから、順調に成長を遂げていっている気がするぞ!
もう、おにぎり2品とお茶のペットボトルしか扱ってない簡素なコンビニだなんて誰にも言わせない。取り扱う品物数も、今では格段に増加してきている。
やっぱり、ずっとコンビニに篭ってばかりじゃダメなんだ。
この世界では、ちゃんと敵と戦わなければレベルは上がらない仕組みになっているらしい。まあ、『コンビニで敵と戦う』って発想自体が、そもそも謎と言えば謎なんだけれどさ。
新しく出し直したコンビニの中には、新商品やら新設備やら、以前には無かった様々な物が追加されていた。
という訳で、今日は……。
まず先に、それらの新しく追加された商品の紹介からしていく事にしようと思う。
今回新しく加わった俺のコンビニの『新メニュー』。
おにぎりは、また2品目追加で『おかか』と『鶏五目』。サンドイッチも更に2品目追加で、『ハムエッグ』と『チキンカツ』が新たに追加されていた。
何気に肉類の入った商品の増加は、本当に嬉しいな。
やっぱりお肉はどうしても、食べたくなるからな。
おにぎりやサンドイッチばかりだと、炭水化物に偏り過ぎるし。タンパク質が豊富な肉類が、ついつい欲しくなるのは仕方のない事だ。
正直、鮭おにぎりの中に入ってる焼き鮭とかさ。
BLTサンドの中に入ってるベーコンくらいじゃあ、ちょいとばかし、肉成分が物足りなかったんだよな。
そんな不満を抱えていた所に、颯爽と降臨してくれたのが、今回の新メニュー『チキンカツサンド』だ。
サンドに挟まれている、濃厚でジューシーな肉厚チキンカツ!
その豊潤な味わいに、俺のテンションは過去最高に上げ上げな状態になったね。いやあ、チキンカツの肉汁。マジで最高過ぎだろう!
飲料水も、新たに紅茶が3種類。
それと炭酸飲料のジンジャエールが、新メニューとして加わっていた。
俺は紅茶はストレートティー派なんだが……。まあ、これもやっぱり地味に嬉しいよな。ミルクティーなんかは、糖分もたっぷり摂れるし、牛乳成分も入っているから栄養満点だ。
そして、コンビニのレベルが3になった今回からは。
とうとう俺の店にも――。
新商品として『雑貨』が、新たに追加されるようになっていた。
新しく扱えるようになったのは、『A4ノート』と『ボールペン』『輪ゴム』に『洗剤』の4種類だ。
まだたったのこれだけしか取り扱いはないが、食品だけでなく、雑貨類も増えてきたのは良い事だろう。
贅沢を言うと、例えばスマホとかタブレットとか。
それか、ポータブルゲーム機とかも扱えるようになって欲しい。
コンビニで電化製品も扱うってのは、まあ色々と無理があるのかもだけど……。扱えるのなら何でも、取り揃えたい。そんな物欲が今は、どんどん湧いてきている。
う〜ん。でもコンビニの設備としては、そろそろオーブンレンジくらいは欲しい所だよなぁ。
……アレって普通、コンビニには大体常備されているものだよな? 購入した食品をレジで温めたりする時にもよく使っているし。もうそろそろ俺のコンビニにも、設置されてもいいような気はするんだけどな。
それにもっと欲を言うのなら、いずれは雑誌とかもうちのコンビニで扱いたい。
ほら、コンビニってさ。
漫画とか週刊誌とか。それか、ちょっとアダルトなジャンルの書籍まで。けっこう幅広い種類の雑誌が、入り口側の商品棚に置かれてたりするし。
もし週刊誌とか、情報誌などのアイテムが普通にコンビニで扱えるようになったなら……だ。
それは、元の世界で『リアルタイム』で発行されているものが、この異世界でも読めるようになるのかどうか? という疑問の解決に繋がる可能性もある。
――そう。
ぶっちゃけ、この世界に俺達が来てからの時間と。
元の世界の時間は、ちゃんと直接に繋がっていたりするのだろうか?
そんな不安と疑問が、漠然と俺の頭の中にはずっとあった。
仮に元の世界に戻れたとしてもだ。
浦島太郎みたいに、こっちで過ごした時間が、元の世界だと何十年もズレてしまっているだとか。そんなのは、本当に勘弁して欲しいからな。
……今、こっちの世界で過ごしている時間は、元の世界と共通の時間だと信じたい。だから今、週刊誌や新聞の情報が、俺は喉から手が出るくらいに欲しかった。
俺達のクラスが集団で消えてしまった失踪事件とかも、週刊誌のニュースとして、取り上げられていたりするのだろうか?
異世界に召喚されてしまった俺達は、現実の世界では今、一体どういう扱いになっているんだろう?
集団失踪事件?
それとも集団誘拐事件?
クラス丸ごと全員拉致された国際テロ事件?
それとも俺達の存在そのものが、元の世界からはすっかり消え落ちていて。世界そのものから『無かった事』として、忘れ去られてしまっているとか――?
どちらにしても、ニュースの掲載された雑誌や新聞を扱えるようになれば、それを知る手がかりにだってなるだろう。
そして今回のレベルアップでは、俺的に一番ツッコミ所が満載だった箇所がある。
それは新しく増えたコンビニの『耐久設備』についてだった。
まずはその中の1つ――。
『強化ステンレスパイプシャッター』から紹介をしていこう。
これについては、文句は何も無い。
むしろ俺にとっては本当に嬉しい、コンビニ全体の防御力を底上げしてくれる、実に頼れる一品だった。
なにせこれは、防火シャッターの『強化版』みたいなものだからな。
ほら、よく銀行の地下にある金庫だとかさ。
高級住宅街にあるビルトインガレージだとかさ。そんなセキュリティの強い所に設置されている、もの凄く頑丈な金属製のシャッターだ。
全体は銀色に光り輝いているし、見るからに頑丈そうだ。
見た目で言うと、リビングに置いてあるメタルラック製の家具みたいな感じかな……。もちろんあれよりも、金属パイプは遥かに太くて丈夫な訳なんだが。
銀色のパイプとパイプの間には、隙間が少しだけ空いている。でも、正面から人間の力でこじ開ける事は、到底不可能だろう。
例え武器で斬りつけた所で、ビクともしない程の頑丈さが備わっていそうだ。
しかも今回はそれの強化版ということで、パイプの直径は約12センチ。肉厚が30ミリ以上もある、超頑丈で分厚い金属製のパイプになっていた。
まさに『重量級の鋼鉄シャッター』という感じがする代物だな。
俺もちょっとだけ触ってみたが、剣だとか槍くらいの武器じゃあ、もう……とても切れそうにないな。
それこそ電動ノコギリなんかを持ってこなければ、到底切断は出来ないだろう。
おまけにこの強化ステンレスパイプシャッター。
コンビニの正面ガラスだけではなく。裏口や側面の外壁など、コンビニ周囲全体の壁面に対しても展開することが出来る。
もう、これさえコンビニにあれば。
例え盗賊の群れに再び襲われる事があったとしても、確実に中で安全に過ごすことが出来るだろう。
だから俺のコンビニは、対人戦防御用の最強の防具を手に入れたと言っていい。
……という訳で。
この『強化ステンレスパイプシャッター』は、まあいいんだよ。俺にとって本当に有り難い一品だったし。実に頼れる耐久設備だったからな。
俺が心底呆れて、今回本当に謎だったのが……『消灯スイッチ』と、『洗濯機』の方だった。
この2つのうちでも、まだ洗濯機はマシな方か。
これで服も手洗いではなく、全自動で洗えるようになったのだから。そこは素直に喜ぶべき所だろう。
おそらく今回新しく加わった雑貨の中にある『洗剤』も、この洗濯機とセットで使ってくれ……っていう事なんだと思うし。一体誰が設定をしてるのかは知らんが、謎の配慮だよな。おまけに水道の無いうちのコンビニでも扱えるような、洗濯槽の中から水が勝手に湧き出てくる謎仕様な洗濯機になっていたし。
でも、問題はそっちじゃなくて!
『消灯スイッチ』の方なんだよ。
俺が本当にツッコミを入れたいのはさっ!!
「――おいっ! ずっと俺が探していた『消灯スイッチ』が、何でレベル3の耐久設備として新たに加わるんだよ? だったら最初から付けとけよ! おかげでこっちは夜に電気が消せなくて、本当に困っただろうが!」
――ったく……。
魔物がうろつく夜の森の中で、電気が消せないコンビニなんて、ただの嫌がらせでしかないぞ。
それを、まるでご褒美の1つみたいに、今更よこしてきやがって……。
素直に付けるのを忘れてましたって、謝罪の一つでも欲しい所だぜ。その場合、責任者として誰が謝りに来るのかも興味があるしな。
この『コンビニ』という能力を創り出した、神様的な存在がもし異世界にいるのだとしたら。そいつはよっぽど性格が悪い奴なんだろうと、俺は今回確信をしたよ。
いつか、『ワシが神じゃよ、ふぉっふぉっふぉ』みたいなノリでいきなり出てきやがったら、絶対に一発ぶん殴ってやるぜ。
もしそれが、綺麗な女神様だったとしても、無理やり壁ドンして『顎クイ&キス』くらいはしてやるからな。覚悟しておけよ!
……まあ、なんにせよ。
ピンチを乗り越えレベルが上がるたびに、俺のコンビニの防御能力は確実に上がっている。
相変わらず専守防衛で、攻撃装備が何も無いことには不安があるが。
今回追加された『強化ステンレスパイプシャッター』さえあれば、よほどのことがない限り、俺のコンビニの安全面はほぼ保証されたと言ってもいいだろう。
直径12センチの鋼鉄の金属製パイプを切り裂ける武器なんて、そうそうこの異世界にも無いだろうしな。
もちろん、恐竜みたいな巨大モンスターに突進でもされたなら話は別だぞ。
流石の金属パイプでも少しは凹むかもしれないし。だけど人間の集団に襲われたくらいなら、あの分厚い金属のシャッターを破壊するのは不可能だろう。
だからもう、敵にコンビニの中に侵入されるという危険は、ほぼ無くなったと言っていいかもしれない。
――そうだ!
あの後、盗賊達が逃げ去った後のコンビニの中で。
俺は命がけで助けた金髪の美少女と、やっとゆっくり会話をする事が出来た。その話もちゃんとしておこうか。
盗賊も魔物達の群れも立ち去り、静かになったコンビニの中。残された俺と少女は、まずは改めてお互いの自己紹介から始める事にした。
最初、少女は放心状態で、俺が何を話しかけてもしばらくは無言のままだった。
……きっと、まだ自分が安全になったという事が、完全には理解出来ていなかったのだろう。
俺がいったん事務所から外に出ようとした時も、必死に俺にしがみついてきて、全然手を放そうとしてくれなかったしな。
俺は改めて滅茶苦茶に荒らされた店内の中から、まだ濡れていなかったBLTサンドと、お水のペットボトルを持って部屋に戻った。
正直な所、俺だって心身ともにクタクタでお腹も空いていたからな。
俺は少女を一度、事務所の簡易ベッドの上に座らせて休ませることにした。
俯いて座っている少女に、BLTサンドとお水のペットボトルを手渡す。
グランデイルの街の人達とも、少しだけ交流があったから、異世界人との接し方はある程度心得ている。
この世界の人間は、コンビニのサンドイッチの外袋の開け方や、ペットボトルの蓋の開け方などが、最初は分からない。
だからBLTサンドの袋を開けて、ペットボトルの蓋も取ってから俺は少女に手渡してあげた。
少女に渡したのと同じメニューを手に持って見せて、俺は目の前でBLTサンドを豪快に頬張ってみせる。そして、ペットボトルの水をゴクゴクと飲み干す。
これで、これが食べ物と飲み物なんだということが、少女にもきっと分かってもらえたと思うのだが……。
しばらく少女は、自信の無さそうな目線で、俺の顔と、手にしたサンドイッチを交互に見つめ続けていた。
こういう時、ネット小説に登場するようなイケメン主人公なら。きっと笑顔1つで、怯える女の子を安心させてあげられるんだろうけどな。
でも、生憎の所――。
俺は自分の顔のイケメン度合いに、全くと言っていい程自信が無い。
これが、あの倉持だったなら……。
どんな角度から見られても、爽やかイケメン顔をずっとキープする事も出来るんだろう。
だが、平均ノーマル顔。良くてギリギリブサイク未満の俺には、そんな自信など全く無い。
昔からどこにでもいる普通顔で、顔を他人から褒められた経験なんて、一度も無かったからな。
なので俺は、スマホで自撮りをする時に好んで使う、右斜め45度の勝負角度で――。
少女の顔を、真っ直ぐに見つめてみた。
そして自分がイケメン主人公なんだという、謎の願望と妄想を頭の中で勝手にイメージしながら。
少女の顔を真剣に見つめて。
まるで自分が英雄になったかのように。パッチリとウインクをして、優しく微笑みかけてみた。
「……………………」
少女の顔が一瞬、リンゴのように真っ赤に染まったように見えた。
(――アレ? 意外にもコレ、効果あったのかな?)
それとも実はこの金髪美少女。外見の好みが意外とブサ男専門の子だったり……とか?
少女はコクリと頷くと、俺が手渡したサンドイッチを一口、軽く口に含んだ。
そして、パク、パク、パク……と、咀嚼する口の動きを徐々に早めていく。
やがて手にしたサンドイッチを勢いよく頬張りながら、人目を気にする事もなく、夢中で食べ始めていた。
「ゴホッ……ゴホッ……」
急いで口に放り込んだので、少し咽てしまったのだろう。小さく咳き込みながら、ペットボトルの水を慌てて喉に流し込んでいく。
よしよし。どうやらサンドイッチは気に入ってもらえたみたいだな。俺は、少女がBLTサンドをしっかりと食べてくれた事に安堵した。
やっぱり、異世界とはいえ西洋風の世界だからな。
おにぎりよりかは、パンの方が馴染み易いのだろうと思って、BLTサンドを持ってきたけど。どうやら正解だったみたいだ。
あっという間に少女がBLTサンドを食べ終えてしまったので、俺はおかわりを持ってきた。
持ってきたメニューには、BLTサンドの他にも、新メニューのハムエッグサンドや、チキンカツサンドも加えてみた。魔物達が去った後のコンビニの展示棚の上には、いつの間にか新メニューも少しだけ置かれていたからな。
なので俺は飲み物も水の他に、新たに追加されたミルク味の紅茶ペットボトルを持ってきてみた。
もう少女は、遠慮なんて一切しなかった。
俺から手渡された、新しいサンドイッチを次々に口に放り込んで。まるで大食い女性タレントのような勢いで、夢中で食い漁っていく。
す、すげーっ!!
俺、女の子がこんなに豪快に食べてる姿、初めてみたぞ。
水をゴクゴクと飲み干した少女は、今度は紅茶のミルクティーを口にする。
すると、目を丸くして。驚きの表情を浮かべた。
甘い飲み物は、この異世界には滅多にない貴重品らしいからな。きっと紅茶に含まれる砂糖の甘味に、驚いたのかもしれない。
一瞬だけ、自分が口にしたミルク紅茶のペットボトルを、マジマジと少女は見つめる。
そして今度は、勢いよくそれも口の中に流し込んでいく。『ぷはーっ!』っと、音が出そうなくらいに豪快な食べっぷりと飲みっぷりだった。
う~ん、よっぽどお腹が空いていたんだな。
少女は俺が差し出したサンドイッチを全部食べ終えると。満足してそのまま寝込む、というような事はなく――。
なぜか今度は、その場で勢いよく泣き出してしまった。
「ウエーン……! ウエーン………!」
ええーーーっ!?
あれだけいっぱい食べて満足そうだったのに。どうして今度はいきなり泣き出しちゃうんだよー!?
女の子と接するコミュ力の無い俺……。
訳が分からず、ただただ困惑。
だって俺には妹とかいなかったし。ラノベみたいに仲の良い幼馴染の女の子キャラだって、もちろん居なかったからな。
いきなりこんな可愛い女の子と、どう接すればいいかなんて、分かる訳ないじゃないか。
ヒック、ヒック……と、嗚咽を漏らしながら、少女がゆっくりと口を開く。
「私、こんなに美味しいもの……。生まれて初めて食べました。本当にもの凄く美味しかったです! 本当にありがとうございます!」
泣きながらサンドイッチの感想を告げてくる少女。
なんだ……。ふぅ〜。
ただ、サンドイッチの味が美味しくて泣いてたのか。
安心したけど、こっちは心配しちゃったじゃないか。てっきり食当たりでも起こしたのかと、めっちゃ不安になったぞ。
少女はやっと落ち着きを取り戻してくれたようで、俺の顔を見上げて、ベッドの上で深くお辞儀をした。
「危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございます! 私は、ティーナ・アルノイッシュと申します。この森の先にあるカディナの街で、交易商を営んでいる商人――サハラ・アルノイッシュの娘です」
金髪の少女の名前は、ティーナという名だった。
顔に赤みを差したままの表情で、少女はゆっくりと俺に自己紹介をしてくれた。
うんうん、そうか、ティーナか。
程よく恥じらいもあり、奥ゆかしさと、清楚な雰囲気もある。ヒロイン候補としては、まさに完璧な逸材だと思う。
しかもなんと、年齢は16歳との事だった。
俺とたったの1歳違いでしかない。
身長は155センチくらいかな?
見た目はかなり細身な体型だけど。バストサイズは確実にCカップくらいはありそうだ。
金色の淡い小麦畑のような髪色と、翡翠のように美しい緑色の瞳。まるで物語に登場する妖精のように幻想的で、本当に綺麗な顔立ちをした少女だと思う。
――って、アレ?
俺、ちょっと変態的な視点で見過ぎてるような……。
いやいや、だってさ! ちょっと聞いてくれよ!
この子は異世界に召喚された勇者として、俺が初めてこの手で救ったヒロイン候補なんだぜ?
これはどう考えたって、これからの異世界生活を共に過ごすことになる。いわゆる『俺の嫁』候補になる子に決まってるじゃないか!
だから、ちょっとくらいそんな妄想をしたって、別にいいじゃないかよ……。実際に俺は、本当に命がけでこの子を盗賊達から救ったんだしさ! それこそ、マジで死にそうなピンチを味わったんだぜ。
…………。
ハイハイ、分かりましたよ。
いつも通りの平々凡々な俺に戻りますよ。
最初からそんな怪しいキャラで接すると、嫌われちゃうからな。流石にその辺は俺もよく存じていますよ。
今はコンプライアンスに厳しい世の中だ。例え心の中の妄想であっても、失言は決して許されないご時世だと俺もわきまえているさ。
まあ、実際にこういうのは調子にのるとすぐに嫌われしまうパターンとかもありそうだしな……。
だからここは、少しだけ自重する事にしよう。
せめて今、この瞬間だけでも。
俺は少女を救ったカッコいい英雄として。
尊敬される異世界の勇者の姿を気取っていたいしな。
ティーナという少女の素性は、この森を抜けた先にある、『カディナ』という大きな街の商人の娘という事だった。
「グランデイル王国の王都に荷物を運ぶ為、私達はソラディスの森の中を馬車で進んでいました。その途中で、あの盗賊達の襲撃を受けてしまったのです。私と一緒にいた従者は、みんな盗賊達に殺されてしまいました。生き残る事が出来たのは私だけ……。そんな本当に危ない所を、貴方様に助けて頂いたのです――」
なるほど……。
馬車で殺された人達は、ティーナの家族という訳ではなかったらしい。どうやら全員、馬車の護衛をしていた従者のようだった。
そしてこの原生林のような広大な森の名前は――『ソラディスの森』と言うのか。
俺はこの世界について知らない事ばかりだからな。多分、何を聞いても驚きの連続だろう。
「あの……。失礼ですが貴方様は、高名な魔術師様なのでしょうか? もしそうでしたら、私のような商人の娘などをお救い頂き、本当にありがとうございます!」
「へっ? 俺が魔術師だって!?」
どうやら、俺は名前の知れた有名な魔法使いか何かだと思われてしまったらしい。
ああ、そうか!
俺のコンビニはきっと、結界魔法か何かで創り出したシェルターで、監視カメラが敵の様子を探る、探索魔法か何かと勘違いをされてしまったのかもしれないな。
「いや、俺は魔法なんて何も使えない普通の人だよ。名前は『秋ノ瀬 彼方』って言うんだ。そうだなぁ、一応しいて言うなら異世界から来た『コンビニの勇者』って肩書きも、実はあるにはあるんだけど――」
「えっ……!? 異世界から来た!? そんな……貴方様はまさか、あの伝説の『異世界の勇者様』なのですか?」
ティーナが簡易ベッドの上で、突然、跳ね上がるようにして上体を起こした。
そのまま目を何度も見開きながら、俺の顔をマジマジと見つめてくる。
どうやらティーナは、俺が異世界から来た勇者だという事に、もの凄く驚いているようだった。
これは後で聞いた話だが。
異世界の勇者の伝説というのは、この世界では知らない人がいないくらいに有名なものらしい。
読書が趣味であるというティーナは、この世界の図書館で古い書物を毎日読み漁るのが日課らしく。異世界の勇者を記した伝記も、数多く読んでいるようだった。
どうやらこの世界の童話の中には、過去に魔王を倒し。世界を救ったとされる異世界の勇者を題材にした物語が、沢山描かれているらしい。
そうだなぁ――多分、俺達の世界で例えるのなら、アーサー王だとかペルセウスだとか。それか日本で言うとヤマトタケルみたいな。
俺達異世界から来た勇者は、そんな伝説的な存在の扱いなのかもしれないな。
この世界のピンチを幾度も救ったとされる『異世界の勇者』の伝説。
その伝説の勇者に、まさか直接出会える事が出来るなんて……。ティーナにとってそれは、本当に感激する程の出来事だったらしい。
まあ、俺は確かに異世界の勇者ではあるけれど。
グランデイル王国じゃ、殺人犯だの強盗犯だの、身に覚えのない罪を勝手に犯した事にされている、大犯罪者扱いなんだけどな……。
おまけに『無能の勇者』なんて、イヤ〜な称号まで勝手に付けられているし。更に実際は、国外追放までされてしまったクズ扱いの底辺勇者だ。
その辺りの事情は、ティーナに詳しく話すべきなのか、正直俺も迷った。
まあ、でも。正直……それはこの場では、言いづらいよなぁ。
せっかく命を救ってくれたイケメン勇者として、尊敬の目で見られているんだし……。
結局、俺はグランデイル王国追放の件などについては、ティーナに説明はせずに、簡単な自己紹介だけをする事にした。後で、余裕が出来た時にちゃんと話す事にしようと思う。俺自身も、まずは休息が必要だったし。心の整理をしたかったからな。
その後、俺達はある程度お互いの自己紹介を無事に済まし、疲れもあったので一度休む事にした。
その晩はコンビニの中でゆっくりと過ごし、翌日からティーナの住んでいる街――『カディナ』にまで、俺がティーナを送り届けるという話になった。
俺は一度ティーナに説明をした上で、コンビニの外に出る。
盗賊や魔物に襲撃されてボロボロになってしまったコンビニ。
俺はそれを、能力を使っていったん消すことにした。そしてまた同じ場所にコンビニを出して、店内を元のピカピカの状態に復元させる。
ティーナはその光景を見てめちゃめちゃ驚いていた。
おかげでますます俺が、本当は魔術師なんじゃないかと疑われてしまったくらいだ。
まあ、俺はコンビニの勇者なんでこれくらいは朝飯前なんだけどな。ここは少しだけドヤ顔をしておくことにしよう。
コンビニを出す事。そしてしまう事。それが異世界の勇者として俺が出来る唯一の能力だしな。
新しく出し直して綺麗になったコンビニの中で。
俺とティーナは、とりあえず今夜はもう寝る事にした。
盗賊達や魔物達も去って、辺りはもうすっかり夜になっていた。夜には魔物が活発に行動するらしいので、安全な朝を待つ事にする。
……あ、一応言っとくけど。
俺がティーナと同じベッドで一緒に寝たとか、そういうのは全然無かったからな。
確かに俺のコンビニには、簡易ベッドが事務所に1つだけしか置いてないけれど。
だけど、そこはもちろんティーナに譲ったさ。
俺は倉庫の奥の方で、床に布団と毛布を敷いて1人寂しく寝たよ。
――え? なんでかって?
そんなのもちろん、紳士を気取って、俺がティーナに気を使ったに決まってるじゃないか。
何だよ。何か文句があるのかよ?
変なラッキースケベ的な展開を期待してたのなら、それは諦めてくれ。っていうか恋愛未経験の俺に、そんな勇気がある訳がないじゃないか。あっはっは。
ここはやっぱり、異世界の勇者に憧れを抱いている純粋な女の子の夢を大切にしてあげたいからな。
それに俺には、確かめておきたい事もあったのさ。
コンビニの倉庫に新しく設置されていた『洗濯機』の様子も、ちゃんと見ておきたかったからな。
コンビニに新設された洗濯機は、商品の在庫をしまう倉庫の中に置かれていた。
倉庫は、ペットボトルが陳列されているショーケースのすぐ後ろのスペースにある。普段はダンボールだとか、余剰在庫を置いておく為に使っている場所だ。
ほら、コンビニでペットボトルだとか缶飲料を取る時に、たまーに反対側から補充作業をしている店員さんと目が合って、気まずくなったりする時があるだろう?
倉庫はそんな店員さん達が作業をしている、バックヤードみたいなスペースの事さ。
倉庫に置かれていた洗濯機は、なんとドラム式の超大型洗濯機だった。
容量は最大12kgまで対応。ヒートポンプ乾燥機能付で、業務用かと思えるくらいのビッグサイズだ。
「すっげーっ! こんなの家電量販店で買ったら、絶対20万円以上はする超高級な奴じゃん!」
俺……。ちょっとだけ感動。
とにかくこれで俺はもう、手洗いで服を洗う必要がなくなった。俺のコンビニ生活が、更に快適なものになったのは間違いない。
やっぱり、家電って偉大だよな。
こうして家電製品なんて何もない、異世界にいざ来てみると。改めて電気だとかクーラーだとか、現代家電生活のありがたみを実感してしまう。
俺はコンビニの床に、感謝の気持ちを込めて頬をスリスリしながら倉庫で一夜を明かした。
――翌日。
俺とティーナは外に陽が昇り、コンビニの周囲に魔物がいないことを確認してから外に出た。
向かう先は、もちろん決まっている。
昨日、盗賊達に襲撃をされた、ティーナ達の乗ってきた馬車が置いてあった所だ。
あいにくと、馬車と荷物は既に盗賊達に持ち去られた後のようだった。
あの盗賊達は意外に抜け目のない奴等だったらしい。
俺のコンビニから逃げる時に、ちゃんと馬車と積荷の荷物だけは、アジトに持ち帰っていたようだ。
元々馬車が止めてあった場所の周辺には、殺されたティーナの従者だった人達の死体だけがそのまま地面に転がっていた。どうやらあの狼みたいな魔物達は、この付近には近寄ってこなかったらしいな。
もしかしたら、盗賊達が馬車の荷物を後で持ち去る為に。魔物避けの薬品か何かをばら撒いておいたのかもしれない。
正直……俺は人間の死体を直接見たことなんて、人生で一度もなかった。
だから、本当はあまりの凄惨な光景に、その場で吐きそうになったくらいだった。
でも……今回それは、なんとか堪えた。
喉元まで色んな物が込み上げて来たけれど、ギリギリで耐えきった。
理由は簡単だ。
傍に居るティーナが『本当にごめんなさい……』って、涙を流しながら、死体に何度も祈りを捧げていたからだ。
俺だって、多少空気は読めるつもりだ。
泣いている少女の横で、情けなくゲロをぶちまけるような事はしないさ。
この世界では土葬が標準らしい。
俺とティーナは手分けをして、地面に大きな穴を掘り、彼等の遺体をそこに埋葬していった。
野晒しにしておくのは可哀想だものな。
初めて見る人の死。
そして、無慈悲で残酷なその最期。
俺はティーナと同じように。無言で、彼等の為に心からの祈りを捧げた。
人の命は尊いものだと学校の授業で教わりながらも、俺は肝心な人の死を直接目にしたことが無かった。
そして、こうして実際にその死の瞬間に直面すると。驚くほどに人の命は残酷に、そして余りにも粗末に失われていくものなんだという事を知ってしまった。
こっちの世界に来てから。
本当に俺は、学ぶ事がいっぱいあるな。
チートだとか、ハーレムだとか。もう、そんなものは、どうでもいい事のように感じられる。
少しは俺も現実を受け入れられる、大人になったのかもしれない。
俺の隣で、一生懸命に祈りを捧げているティーナ。
その横顔を見ながら、俺はそう思う。
人は生きている限り、きっと必死に生きていかないといけないんだ。
だって人の命はこんなにも突然に……。
理由だとか、この世に生まれてきた『意味』だとか、誰かに説明して貰えるような事もなく。
ある日突然、ただただ理不尽に。見知らぬ誰かによって、奪われてしまうものなのだから。
生かされた者は、生きる事が出来なかった人の分まで、精一杯にこの残酷な世界を生きていこう。
俺は、今……。
横で涙を流して祈りを捧げているティーナを見つめながら、そう心に誓う事しか出来なかった。