第百十六話 グランデイルに押し寄せる魔物達
「よーーし、行っくよおおぉぉーーーーーっ!!」
藤枝みゆきの持つ双剣が、大地を這うように。
低空姿勢から勢いよく、剣術使いの勇者に向けて襲いかかる。
下から斬り上げるようにして連続で繰り出される、華麗な剣による斬撃。
それらを雪咲は、黒い細剣の剣先だけで、いとも容易く弾き返していく。
「ハッハッハ〜! もう、そろそろ諦めたらどうですか〜! 剣術使いの勇者の振るう剣に、本気であなたごとき、踊り子の剣が勝てるとでも思っているのですか?」
そんな必死な形相の藤枝みゆきを、嘲笑うかのように。
女神教の魔女候補生である、『黒色鍛冶屋』のシュナイデルは、腹を抱えて笑い続けていた。
「別に私は雪咲に勝とうとしている訳じゃないよー! 私はアンタを倒して、雪咲を呪いから解放してやろうとしているんだからねー。そこん所を勘違いしないようにねー!」
藤枝みゆきは鋭い眼光で、シュナイデルを睨みつけると。
そのまま正面で剣を構える雪咲を無視して。
ニヤケ笑い男のシュナイデルに向かって、一気に斬りかかろうとする。
”カキーーーーン!!”
……だが、舞踏者の勇者の双剣は、シュナイデルの体に到達をする前に。シュナイデルを守ろうとする、雪咲勇者の剣によって防がれてしまった。
その様子を見て『くっくっく……』と、シュナイデルは勝ち誇ったようにほくそ笑む。
舞踏者の勇者である藤枝みゆきとしては、攻撃が雪咲によって防がれる事は分かっていても。それでもシュナイデルへの攻撃を、断続的にし続けなければいけない理由があった。
香苗美花は、味方の傷を治療するということに関しては頼もしい能力を所持している。しかし、単独で自分の身を守れる防御手段を、何も持ち合わせていないのが最大の欠点だ。
もし、藤枝みゆきが雪咲との戦いに集中をしている間に。
シュナイデルが無防備な香苗を狙って、攻撃をしようとしてきたら……。自らの身を守れない香苗は、シュナイデルにあっさりと殺害されてしまうに違いない。
だからこそみゆきは、定期的にシュナイデルに対しても攻撃を加え続けて。シュナイデルが自由に身動きが取れないように、彼を足止めをさせておく必要があった。
「それにしてもさー! グランデイルに私達が戻ってきた事をアンタはよく分かったわねー! ……もしかして、女神教はここに私達が戻ってくる事を先に予想でもしてたのかしらー?」
雪咲に攻撃を全て防がれながらも、みゆきは鋭い眼光でシュナイデルを睨みつける。
「ふん、別に僕は君達を待ち伏せていた訳じゃないのさ〜。僕はもっと大きな指示を枢機卿様から受けていたからね。そのついでに、もしコンビニの勇者の仲間がこのグランデイルを訪れる事があったなら、抹殺をするようにと頼まれていただけなのさ〜。――そうしたら、正体不明な黒い乗り物に乗って。いきなり空から降りてきた君達を見かけたという訳なのさ〜!」
つまり、お前達の相手をしているのは、あくまでも『ついで』なのだと……シュナイデルは告げてきた。
「もっと大きな指示ー!? 何なのよそれー! 一体それはどういう意味なのー?」
「さあね〜。まあ、そういう訳だから。もうあまり時間も残されてはいないという訳なのさ〜! 雪咲さん、そろそろ本気を出して、この2人をさっさと始末してもらってもいいですかね?」
シュナイデルが指示を出すと。雪咲が『ぐううぅぅぅ……』と低く吠えるように、獣のような咆哮を上げた。
そして、黒い細剣をまるでムチで叩きつけるように、柔らかくしならせながら。みゆきの目では……到底追う事が出来ないようなスピードで斬りかかっていく。
体全体を使った移動のスピードは、舞踏者の勇者の方が圧倒的に速いだろう。
……だが、剣を高速で振るうという点に関しては。
剣術使いの勇者はまさにその名前の通りに、高速の剣技で他者を圧倒する力を持っていた。
「くぅーーっ! さすがに一撃一撃の威力が、重すぎるわねーー!」
みゆきは左右の双剣を駆使して。何とか雪咲の黒剣の猛攻を防ぎきる。
そしていったん雪咲との距離を確保する為に。後方に大きくジャンプをして退いた。
回復術士の香苗のすぐそばに、みゆきは何とか戻ってくる事が来たが……。
体勢を必死に立て直そうとしているみゆきの全身には、雪咲の黒剣によって、無数の切り傷が刻み込まれていた。
それらの傷口からは、痛々しいほどに赤い血が大量に流れ出している。
「……み、みゆきちゃん! 大変、早く治療しないと!」
慌てて治癒の能力をかけようとする香苗を、みゆきが片手を上げて、大丈夫だからと笑いながら制した。
「美花ちゃん、ありがとう! でも、私はまだ大丈夫だよー。早く雪咲を何とかしないと、私達2人ともやられちゃいそうだから……私、ちょっと本気で雪咲に勝負を挑んでくるね!」
「本気で……って、どうするつもりなの?」
「うん。いつも美花ちゃんに頼ってばかりで、本当に申し訳ないんだけど。もし私がまだ生きていて、美花ちゃんの能力で直せそうな怪我で済んでいたら……。その時は、私の体の治療をよろしくねー!」
「ま、待って! みゆきちゃん……!!」
香苗の制止を振り切って。みゆきは真っ正面からシュナイデルを守ろうとする雪咲に向かって、高速スピードで斬りかかっていく。
素早い助走をつけてから、大きくジャンプをして――。
黒剣のレイピアを構える雪咲に、空中から勢いよく重力の加速をかけた双剣の攻撃を加えていく。
剣術使いの勇者と、正面から戦っても勝算は全く無い。かといってこのまま防御に徹しても、ダメージを受け続けて、こちらがジリ貧になるだけだ。
それにシュナイデルが先程言っていた『あまり時間がない……』という言葉の意味も気になる。
ここは、雪咲に最後の勝負を挑んで――。
一気に決着をつけるしかない。
「ねぇねぇー、雪咲はさー! いつも学校が終わるとすぐに帰宅をしちゃうけど……。やっぱり家に帰ってもゲームばっかりしているのー?」
全身をバネのように回転させながら、双剣を全力で振るう藤枝みゆき。
雪咲に反撃をさせないように、必死に攻撃を加えながら、雪咲の持つ黒剣のみに、剣撃を集中させていく。
「……………」
呼吸を乱しながらも、雪咲は何も答えない。
ただ、女神教の魔女候補生である男の出す指示を 黙々と作業のようにこなし続けている。
「ふーん、まーたダンマリなんだー! でもさー、家でオンラインゲームばかりするのってそんなに楽しいのかなー? 私も多少はスマホでゲームとかして遊んだりするけどさー! アレってあくまでも暇つぶしみたいなモノでしょう? そんなに真剣にゲームばかりしたって、将来それでお金を稼げる訳でもないんだからさー。ほどほどにしておいた方が良いんじゃないのかなー?」
雪咲の黒い剣を持つ手が、ビクリと震えた。
黒剣に操られて、自分の意思を持たない雪咲。その中に眠っている潜在意識の部分に、みゆきの発した言葉が強い刺激を与えたらしい。
「……ふざけるなッ……! ゲームはただの遊びなんかじゃない! 今はオンライン配信でも収入が得られる時代になっているんだ。お前のように男を作って、毎日遊び歩いているようなパリピ女なんかより、うちの方がずっと将来を見据えた行動をしているんだぞ……!」
みゆきの攻撃を冷静に防いでいた雪咲が、小さく口を開いて反論をしてくる。
藤枝みゆきは、『しめた!』と言わんばかりに。
畳み掛けるように、雪咲への剣撃を強めていった。
「へえー。そうなんだー! ゲームの配信だけで今は生きていけるんだー! でも、それもどうせ大した金額にはならないんでしょう? そんなお小遣い程度のお金しか稼げないのなら、喫茶店でアルバイトするのと何も変わらないじゃーん! ネットでオンライン配信ばっかりしてても、それで一生食べていけるって訳じゃないんでしょう? だったら雪咲も、外に出てみんなとたくさん交流をした方が、ぜーったいに楽しいと私は思うけどなーー!」
「……ふ、ふざけるなぁぁぁぁーーーッ!!!」
みゆきの攻撃を剣で全て受け止めていた雪咲は……。
どうやら、自身の精神が耐えられる我慢の限界を超えてしまったらしい。
体をワナワナと震わせながら。これまでにない勢いと迫力で。舞踏者の勇者に対して、野獣のように鼻息を荒げながら襲いかかってきた。
「お前みたいな、クソパリピ女に何が分かるんだッ! うちはチャンネル登録者が、15万人を超える有名実況配信者なんだぞ! リアルタイム配信でも、常時2000人以上のユーザーを集める事が出来るんだ! 新卒の社会人なんかよりもうちの方がよっぽど高収入を得ているんだぞ! これからの時代はネットの影響力が一番強さを持つ時代になるんだ。そんな事も分からずに、日々男と遊び歩いて浮かれているお前達を友人に持つ必要なんてない! 仲間と群れて、1人じゃ何も出来ないような奴に、うちの何が分かるって言うんだああぁぁーーッ!!」
今までで1番重みのある、強烈な黒剣の剣撃がみゆきに襲いかかる。
”ガキーーーーン!!”
”ガキーーーーン!!”
雪咲の攻撃を受けとめた藤枝みゆきは、剣を持つ両手の指の骨が砕ける音が鳴ったのを感じた。
折れた膝の関節からは、強烈な剣撃に耐えきれずに。
大量の流血が流れ出している。
それでも、みゆきは両足で大地を全力で蹴って――。
怯む事なく、剣術使いの勇者に対して真正面から飛び込んでいく。
「はあぁぁーー!? ネットの強さが、大きな力を持つ時代だってーー? ハァ……だから雪咲はダメなんだねー! 全然、分かってないよねーーっ!!」
「………な……んだとぉ……!?」
既に骨折をしている両腕で、剣を持つ事さえやっとの状態のはずのみゆきが……。それでも必死に攻撃を続けている。
その表情は恐ろしい程に真剣で。学校にいる時の藤枝みゆきの姿しか知らない雪咲には、初めて見る真剣なクラスメイトの姿であった。
「……アンタさー! 動画配信サイトで『踊ってみた』系の動画を配信してる、『me・you・key☆』っていう女子高配信者を知ってるかなー? YOU◯UBEのチャンネル登録者数だけで、今は100万人を超えてるらしいんだけどさーー!」
「お、踊ってみた系の動画配信者だって……? うちはそんな名前は聞いた事がない。でも、それが一体何だって言うんだーーッ!!」
「へーー! 知らないんだー! 自分の得意ジャンル以外の事は全く興味なしって訳なんだ? ますますもって全然ダメだね、雪咲! これからの時代はネットの影響力が全てだ、なんて偉そうな事を言っておいて……。自分は全然インターネットの世界の事を知ろうとしてないんじゃーん! そんなんで本当にネットの世界で生きていけるの? 動画配信者なんて、ユーザーにすぐに飽きられて、次の世代の子がどんどんと出て来ちゃう時代なのに! ゲーム配信だけで一生ずっとやっていけると思ってるなんて、全然見通しが甘いよねー? やっぱ雪咲って全然ダメダメなんじゃーん!!」
「……さ、さっきから何を言いたいんだ、お前はッ!?」
雪咲は、みゆきの足を止める為に。
舞踏者の勇者の足元を狙って、強烈な剣撃を振り下ろした。
”ドゴーーーーーン!!”
だが、みゆきはその一撃を大きくジャンプをしてかわすと。
空中から真下にいる雪咲に向けて、双剣を十字に構える。そして、太陽の光を背にしながら斬りかかった。
それに対して雪咲は、黒剣を頭上に大きく振り上げる。
空から降りてくるみゆきに対して、強烈な剣撃を加えようと身構えた。
もはや……空から落ちてくるだけのみゆきには、雪咲の攻撃を横にジャンプして避ける方法はない。
おそらく藤枝みゆきにとっては……。
これが最初で、最後の攻撃となるだろう。
両者は互いに大きな声で絶叫するように、咆哮を上げ。
全身全霊を込めた剣撃を激しく衝突させた。
”ガキーーーーーーーン!!!”
雪咲の強烈な黒剣の一撃によって……。
藤枝みゆきの両腕が、一瞬にして吹き飛ばされる。
みゆきはそのまま、両方の腕も剣も……。全てを失った状態で――。雪咲の正面へと踊り込んでいく。
雪咲の懐深くに潜り込み。
真正面から雪咲の顔を見つめて、大きな声で叫んだ。
「だーかーらーー!! 私がその有名動画配信者の『me・you・key☆』だって言ってるのよーーー!! たかだかチャンネル登録者数15万人越えの中堅配信者の分際で粋がってんじゃねーーよ!! こっちはイン◯タ、T ikT◯k、You◯ube、全てのアカウントを合わせて合計フォロワー数が300万人超えの超有名インフルエンサーだって言ってるんだよぉぉーーっ! たかが戦闘力15万くらいの実力で、時代を先取りしてるとか調子に乗ってんじゃねーぞ、ごるああああぁぁぁーー!!」
「なぁぁッーー!?!? そ、そんなっ………!?」
みゆきの言葉に動揺をして。
一瞬だけ動きが止まり、その場で固まってしまう雪咲。
その雪咲の動揺を、みゆきは絶対に見逃さない。
一瞬の隙をついて。雪咲の持つ黒剣をジャンプをしながら両足で挟み込むようにして掴んだ。
そして両足に力を込めて、固定したその細い黒剣を……。
体を思いっきり回転させて。全身のバネの力だけで、強烈な圧力を黒剣に加え続ける。
”パリーーーーーン!!!”
雪咲の持つ黒剣は……。ネット配信者として、自身が持っていた強いプライドと共に――。
パキッと音を立てて、真っ二つに折れた。
「な、何だと…………!?」
雪咲の後方で、余裕の笑みを浮かべて戦いを見守っていたシュナイデルが驚愕の表情を浮かべる。
だが、藤枝みゆきの攻撃はこれだけでは止まらない。
黒剣が折れた衝撃で、雪咲詩織はその場で卒倒するように倒れ込んでしまった。
みゆきは黒剣を折ったそのままの勢いで――。
空中から地面に落ちる寸前に、勢いをつけて片足を大きく振り下ろす。
そして折れた雪咲の黒剣を全力で蹴り飛ばして――その破片を、見事にシュナイデルの心臓に命中させた。
「――ぐはっ……!?」
黒剣の先っぽが深く左の胸に突き刺さったシュナイデルは、その場で膝をゆっくりと地面について倒れ込む。
その光景を最後まで見届けたみゆきは、安心したように微笑むと……。そのまま地面に顔面から落ちて倒れた。
既に両腕を失っているみゆきには、受け身をとる事が出来ない。
地面に叩きつけられようにして落ちたみゆきは、その場で大量の血を吐いて、苦しそうに痛みに耐えている。
「……み、みゆきちゃんーーーーっ!!」
香苗美花は慌てて、みゆきのもとへと駆け寄っていく。
途中、雪咲によって斬り落とされたみゆきの両腕を拾いながら。
急いで、瀕死の状態の藤枝みゆきの治療を開始した。
「みゆきちゃん、大丈夫!? ちゃんと生きてる!?」
「うえーん、全然大丈夫くないよー! 痛いよーー! 本当に泣きそうなくらいに痛いよーー! 美花ちゃん、早く助けてーー!」
「うん、すぐに治してあげるから安静にしててね! 泣きそうなくらいって……もう、大泣きをしてるじゃないの! そんなに無理ばっかりしていると、今に本当に死んじゃうんだからね!」
香苗がみゆきの治療をするのは、これで2回目だ。
前回、緑魔龍公爵との戦いの後でも、みゆきの治療をしたが。
その時も、片腕が斬り落とされてしまう重傷をみゆきは負っていた。今回は更に、両腕まで失ってしまっている。
常人なら、その痛みだけで失神をしてもおかしくはない激痛のはずなのに。
みゆきは忍耐力だけで、必死に痛みに耐えていた。
コンビニの勇者である秋ノ瀬彼方の仲間である3軍の勇者達の中でも。とりわけ3人娘達はその成長速度が早く、能力値も高いと噂されている。
でも、もしかしたら……。
元々3人は、潜在的な能力の高いメンバーだったのでは、と……香苗美花はみゆきの治療をしながら思った。
だとしたら、なおさらグランデイル王国の勇者選抜の仕分けとは何だったのだろう? 1軍の勇者に選ばれている香苗は思わず、そう考え込んでしまう。
だって自分達よりも遥かに能力も、精神力も高いメンバーが、こんなにもたくさん3軍のメンバーの中にはいるのだから。
「ねー、美花ちゃん………」
「どうしたの、みゆきちゃん? 傷口が痛むの? もう少しだけ我慢をしててね。私の持てる全力の力で、今……両腕の傷口を修復してる所だから」
「ううん。私の傷は大丈夫なんだけどさー……。雪咲の様子はどうかなー……?」
みゆきは両腕から大量に出血をしている状態で。まだクラスメイトである、雪咲の身の方を心配をしているようだった。
「――うん。詩織ちゃんは気絶しているみたいだけど、大丈夫そうだよ。怪我もないみたいだし、全部みゆきちゃんのおかげだよ! だから安心して回復に専念してね!」
香苗の言葉を聞いたみゆきは、にっこりと微笑むと。
『えへへー』と笑みを浮かべて、そのまま意識を失ってしまった。
香苗は回復術師としての能力を総動員して、みゆきの腕の結合に集中する事にする。
そんな、治療中の香苗の背後で……。
「クソッッ………! ハァ……ハァ…………」
心臓に黒剣が突き刺ささっている、女神教徒のシュナイデルが。地面を這うようにして、こちらにズリズリと近づいてきた。
「――あ、あなた……!? まだ、生きていたの!?」
後ろからシュナイデルの声がした事に驚き。
香苗は慌てて後方を振り返った。
地面に横になっているシュナイデルは、口から大量に吐血をして。息も絶え絶えな瀕死の状態になっている。
おそらくもう、そう長くはないだろう。
あと少しで死に絶える寸前という所で。まだ未練がましく、こちらに向かって、迫って来たという事なのだろうか。
「ハァ……。ハァ……。これで全て終わったと思うなよ? 僕はさっき言ったよね。君らへの攻撃はあくまでも『ついで』だったって。僕はここできっと死ぬんだろうけどさ。君達もこのグランデイルの街からは、生きて出られないから……。ふっふっふ〜、ざまぁみろだよね………。ぐふぉッ……!?」
シュナイデルが激しく吐血をして。その場で動かなくなる。
「それはどういう意味なの!? あなたはこのグランデイルの街に何かしたというの……?」
香苗はシュナイデルに向けて、慌てて声をかけてみたが。
シュナイデルは口から大量に吐血をした後で、ピクリとも動かなくなっていた。
藤枝みゆきが蹴り飛ばした、鋭い黒剣の剣先は。シュナイデルの心臓を見事に貫いている。
呼吸の出来なくなった女神教の魔女候補生の男は……たった今、完全に絶命したらしい。
シュナイデルが死に絶えたのと、ほぼ同時に――。
「………ハッ……!? ここは、一体……?」
今度は気を失っていた、雪咲詩織が目を覚ました。
「詩織ちゃん! 良かった、意識を取り戻したんだね!」
「……えっ? どうして香苗さんがここにいるの? ううっ、頭が痛いッ……。うち……今まで、どこで何をしてたんだっけ? 何も思い出せない……」
どうやら雪咲は、直前までの記憶が思い出せないらしい。
あの呪われた黒剣に意識を奪われてから、その後の自分の行動が、おそらくはよく分かっていないのだろう。
「詩織ちゃん、説明は後でするから! とにかく今は私達のそばにいて欲しいの! 私も今、みゆきちゃんの傷の治療中で、ここから離れられないから。だから、私とみゆきちゃんの護衛を詩織ちゃんにはお願いをしてもいいかな?」
「……藤枝さん!? ど、どうしたんですか、その大怪我は……!? 両腕が切断されてしまっているなんて、一体何があったんですか?」
状況の分かっていない雪咲への説明は後回しだ。
今は一刻も早く、みゆきの治療を終えて。ここから離れないといけない。
『『きゃああああああああーーーーっ!!!』』
その時、グランデイルの街の中から。
大きな悲鳴や、たくさんの人々の騒ぎ声が聞こえてきた。
「な、何……!? これはグランデイルの街の方からなの? 今度は一体、何が起きているというの……?」
最低でもみゆきの体が、動かせるようになるまではこの場からは離れられない。
香苗は、グランデイルの街で何か大きな事件が起こっているらしい事を察し。全力でみゆきの回復に集中する事にする。
「もしかしたら……。この男の人が最後に言っていた『何か』が街で起こっているというのかしら? だとしたら、杉田くん達は今頃……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「おっしゃあああああーーっ!! 何とかみんなヘリに乗り込めたみたいだなーーっ!!」
火炎術師の勇者である杉田勇樹は、グランデイルの王宮の庭園でガッツポーズを取る。
杉田は自分の妻であるルリリアの家族――総勢9人を何とか大型の輸送機能付きアパッチヘリの中に押し込む事に成功し、一安心をしていた。
正直、ヘリの中はもう、操縦席の部分までいっぱいいっぱいだ。
この後、香苗やみゆき、そしてセーリスが戻ってきたら大丈夫なのだろうか、という限界寸前の状態であった。
「……まあ、いっか。そん時はそん時だぜ! 何とか押し込めばきっと入るだろう! 最悪、定員オーバーな時は、みゆきと、あのクソ生意気な花嫁娘の2人をグランデイルに置き去りにしてもいいしなー!」
「おい! 誰がクソ生意気な花嫁娘だって……? 舐めた事を言ってると、お前……マジでぶち殺すぞ!」
「うおおおおおおっっ!? お、お前……いつの間にここに戻って来てたんだよ!!」
杉田の後ろにはいつの間にか、セーリスが両肩にロケットランチャーを背負って戻って来ていた。
心なしか、自慢の純白の花嫁衣装はかなり薄黒く汚れて見える。
外見だけはめちゃくちゃ可愛いと杉田も評価をしている、セーリス自慢の銀色の髪の毛も。今は、だいぶ乱れてしまっている。
「とにかく、さっさとズラかるぞ! ここはもう危険だからな!」
「いや待ってくれよ……! まだ、香苗とみゆきが戻って来てないんだぞ! それにここが危険って、一体どういう意味なんだよ?」
杉田の問いかけに、セーリスは「ハァ〜!?」と呆れたような表情を浮かべる。
「お前……これだけ、グランデイルの街の連中が大騒ぎをしているのに全然気付かなかったのかよ?」
「えっ、一体何の事だよ? お前が城で暴れまわってたから、王宮の連中がみんな、街の外に逃げていったんじゃないのか?」
「バーカ!! 外の様子をしっかり見ておけよ! 今、グランデイルの王都にいる住人達は、大混乱に陥っているんだぜ。なにせ街の外から、大量の魔物の群れが迫って来ているんだからな!」
「何だって!? 魔物の群れがこのグランデイルの街に……!?」
この時、すでにグランデイル王都の中は大混乱になっていた。
南側の城門の外から、数万を超える恐ろしい数の魔物の大群が――グランデイルの王都に向けて迫って来ていたのである。
グランデイルの街の住人達はその光景を見て、我先にと街から避難をする準備を始めていた。
「勇樹様、一体どうなされたのですか?」
杉田の妻である、ルリリアがヘリの中から尋ねてきた。
「それが……このグランデイルの王都に向けて、大量の魔物達が押し寄せて来ているっていうんだ!」
「えっ……!? 魔物達が……!! なぜこのグランデイルの街に……」
グランデイル育ちである杉田の妻のルリリアが驚くのも無理はない。グランデイル王国は、大陸の東に位置している大国だ。
これまで人類は、100年を超える魔王軍との長い戦いを続けてきたが……。その主な戦場となっていたのは常に西方諸国である。
東にあるグランデイル王国にまで、大量の魔物が組織的に襲撃をしてくるという事は、これまでに一度も無かった。ましてつい最近、魔王軍はミランダ領での戦いに敗れ――。主戦力である緑魔龍公爵を失い、その戦力は崩壊をしたはずなのである。
西方3ヶ国連合の国々からは、各地で魔王軍が撤退を開始したという嬉しい報せが届いており……。人類は魔王軍との戦いに勝利をしたのだ――と、お祭り騒ぎが世界中で起きていたくらいなのに……。
なぜ、この時期にグランデイル王国に魔物の大群が押し寄せて来るなんて事が起きたのだろうか?
「よーし、じゃあアタシ達はさっさとヘリに乗ってここから逃げるぞ! さあ、全員乗った乗った……って、何だよこの大人数はーー!? お前、ここにいる人数全員をコンビニに連れ帰るつもりなのかよ?」
「ああ、全員俺の妻の家族だ。みんなまとめて彼方のコンビニに連れていくからな!」
杉田は、妻のルリリアの家族に安心してくれと話しかけるが……。ルリリアやその家族達は、全員不安そうな顔を浮かべていた。
「……ねえ、ねえ、お姉ちゃん〜! グランデイルの街は魔物達に滅ぼされちゃうの〜!?」
歳の小さい女の子が、ルリリアに泣きつくように話しかける。
ここにいる杉田の嫁の家族達だけは、全員コンビニの大型アパッチヘリに乗ってここから退避をする事が出来るだろう。
だが……街にまだ残っている多くの住人達はどうなるのだろうか?
自分達だけが助かって、これまで一緒に暮らしてきた街のみんなを……本当に見捨ててしまって良いのだろうか?
「ねえねえ、お姉ちゃん〜〜! 勇者様にお願いをしてよ〜! グランデイルの街のみんなを助けてあげてって!! お願いだよ〜〜!」
「そうだよ〜! お姉ちゃんの旦那さんは異世界の勇者様なんでしょう? 街のみんなを助けてあげてってお願いしてよ〜!」
「リース……、ライラ……」
杉田の妻のルリリアは物分かりのある妻だ。
この状況で、夫である杉田が街の人々全てを救う事が出来ないのは分かっている。
むしろ、杉田がコンビニの勇者の親友であるからこそ。こうして自分達の家族を空から迎えに来てくれて……。あの空を飛ぶ黒い乗り物に乗って、グランデイルから脱出する事が出来るのだ。
今はその事に、感謝をしないといけないくらいなのに。
でも………。
自分の妻とその家族達が、心配そうな顔を浮かべている姿を見て、杉田はある決心をする。
そして、それをセーリスに向かって話しかけた。
「よし、俺はここに残るぞ! あの魔物の群れを全部倒して、グランデイルの街のみんなを救ってみせるんだ!!」