第百十二話 グランデイル急襲
「……ところで紗和乃、農園エリアについては大体、状況を把握したんだけど。俺には他にも気になっている事があるんだけど、聞いてもいいかな?」
「――気になっている事? 何よそれ?」
「ああ。今回の俺のコンビニのレベルアップなんだけど。実は『異世界ATM』と、『コンビニ支店1号店』っていうのが新たに加わっていたんだ。けれど、それがどこにあるのか全く分からないんだよ……」
俺の言葉を聞いた紗和乃は、
俺が予想してたよりも、遥かに驚愕するリアクションで返してきた。
「ええっ!? 『コンビニ支店』なんてものが増えていたの? 凄い! めっちゃ役に立ちそうじゃないの! むしろそれこそが、今回の彼方くんのレベルアップで1番の目玉といっても良いくらいなんじゃないの?」
「ま、まあな……。一応、俺も新しく加わった地下階層の中を一通り見て回ったんだけどさ。それらしい建物は全然見つからなかったんだ。もしかしてお前なら、何か分かるかなって思ってさ」
紗和乃が驚くのも無理はない。俺もコンビニに『支店』が出来るだなんて、全く予想もしなかったからな。レベルアップをした時に、自分のステータス欄を見て真っ先にその事に驚いたくらいだ。
本当は俺もすぐに、コンビニ支店を確認したかったけれど。
レオタード姿のティーナにベッドに縛り付けられたり。お寿司好きの玉木に回転寿司店を案内されたりと、色々とあったからな。なかなかそれをすぐに確認は出来ないでいた。
コンビニの地下階層のどこかに、新しいコンビニ支店があるのかと思ったけど。どうやらそうではないらしい。
これは後で、レイチェルさんに会ったらその事を聞いてみるしかなさそうだな。
「そうね。とにかく大至急その『異世界ATM』と『コンビニ支店1号店』を確認してみましょう。きっとレイチェルさんなら、その場所がどこにあるのか分かるかもしれないし。……そういえば、他のクラスのみんなは今、一体どこで何をしているのかしら?」
「……ああ、あいつらなら全員、地下6階の回転寿司店でお寿司を食ってるぞ。玉木とティーナは、今は7階の結婚式場にいるけどな」
「ええーーっ!? じゃあそもそも今、このコンビニ戦車は一体誰が運転をしているのよ!?」
や、やばい……。
いつもは冷静沈着な紗和乃が、かなーりお怒りモードになってるな。
「う、うん……。たぶん、姿が見えないからアイリーンがコンビニの運転をしてくれているんじゃないかな……」
「もう! 全員、コンビニの最上階に緊急招集するわよ!」
紗和乃がその場で、高らかに宣言をした。
「グランデイル王国にヘリで向かっているメンバーもいるっていうのに。コンビニに残っているみんなは、平和ボケして何を遊んでいるのよ! 私が全員に、きつーいお灸を据えてやるんだから!」
真っ赤な赤鬼のような形相になっている紗和乃。
頭の上から蒸気機関車のように、熱い蒸気を噴き出しながら、早足でエレベーターに向かって歩いていく。
俺は紗和乃の後を、慌ててついて行く事にした。
この後は、きっと紗和乃による大説教タイムが始まってしまうんだろうけれど。
俺は紗和乃を追いかけながら。上空に広がる農園エリアの青い空を見上げて……ふと、考えてしまう。
今、ここにはいない杉田や香苗。
それにセーリスに、みゆき達の4人は今頃……。
グランデイルの王都に、そろそろ到着をしている頃なのだろうか?
絶対防御シールドを持つ花嫁騎士のセーリスがいるから、きっと大丈夫だとは思うけれど……。
4人はグランデイルの王都に辿り着いて……作戦通りに上手くやれているのかな。
時間的にも、空を高速で飛べるアパッチヘリの方が――馬で移動をするよりは遥かに早いだろうから。ミランダの地から王都に戻るクルセイスや倉持達よりも、先に王都には辿り着けているはずだ。
俺がそんな事を考えながら。
エレベーターに乗り込もうとする紗和乃に追いついて。一緒に、上の階へと上がろうとした……まさにその瞬間だった――。
“”ドゴーーーーーーン!!!”“
エレベーター内に突如、大きな衝撃と激しい振動が走る。
「――うおおおおおおっ!? 何だ、今の大きな揺れは……!?」
”ヴイーーーン!”
”ヴイーーーン!”
突然、点滅を繰り返す赤い照明ランプに、非常用の警戒音がエレベーターの中で大きく鳴り響いた。
『――店長! ご無事ですか――!?』
エレベーター内に設置されている非常用のインターホンから、アイリーンの声が聞こえてきた。
「アイリーン……!? 今の衝撃は一体何だ!? コンビニの外で、何かあったのか?」
俺は、さっきの衝撃でエレベーター内で尻餅をついている紗和乃と一緒に。
インターホン越しにアイリーンに、コンビニの外の状況を尋ねてみる。
『――ハイ、店長……! どうやらこれは、敵襲のようです!! それも凄い数です! すぐにコンビニの地上階に戻ってきて下さい!』
て、敵襲だって……!?
しかもこのタイミングでかよ!!
敵は女神教徒か? それともグランデイル軍なのか?
とにかく、ここは急いで上に向かわないと!!
俺と紗和乃はエレベーターの最上階のボタンを押して。大至急、コンビニの地上部分へと向かう事にした。
コンビニ戦車は今は、南西の魔王領を目指していたはずだ。
その道中で、一体誰がコンビニを襲ってきたというのだろうか?
「彼方くん! ここは考えていてもしょうがないわ! すぐに地上に向かいましょう!」
「分かった! こちらには十分過ぎるほどの戦力があるからな。小笠原や野々原達にも声を掛けて、みんなで応戦しよう! 杉田達がグランデイルから戻ってくるまでに、絶対にコンビニは俺達で守り抜くぞッ!!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
コンビニから黒い大型のアパッチヘリが、グランデイル王国に向けて飛び立ってから――。
おおよそ、約5時間ほどの時が経過した。
飛行するヘリの真下には、広大なソラディスの森が広がっている。
そこはかつて、コンビニの勇者である秋ノ瀬彼方が、この世界の野生の魔物である黒狼の群れに襲撃をされた土地でもあり、ティーナと初めて出会った場所でもあった。
「よっしゃあーーーッ!! そろそろグランデイルの王都が見えてきたみたいだなーー! 全員、気合を入れろよーー!」
広大なソラディスの森を抜けると、グランデイル王国の王都が見えてきた。
味方に大声で、注意を促す花嫁騎士のセーリス。
大型のアパッチヘリに搭乗をしている、コンビニチームのメンバーは現在――全部で4人いる。
本来なら攻撃用のアパッチヘリは、2人乗りのヘリだ。
……だが、コンビニで生み出されたこの特殊仕様のアパッチヘリは輸送機能付きで。最大8人ほどの人間を搭乗させる事が出来る大型ヘリとなっていた。
その大型のアパッチヘリの中には――。
妊娠中の自分のお嫁さんを、グランデイル王宮の屋敷から救出に向かう、『火炎術師』の勇者である杉田勇樹。
グランデイルの街で一緒に働いていた病院の仲間に、最後に別れの挨拶を告げる為に同乗した、『回復術師』の香苗美花。
街の病院に向かう香苗の護衛役として今回の作戦に参加をしているが、パン屋で働くイケメンにこっそりと会いに行こうと画策をしているカフェ大好き3人娘の1人、『舞踏者』の藤枝みゆき。
そして最後に――。
グランデイル王都に向かうコンビニチームを護衛する役目でついてきた、コンビニの守護者の1人。
『鋼鉄の純潔』の能力を持ち、全ての攻撃を遮断する完全防御結界を自身の周りに張れる花嫁騎士――セーリスが、搭乗をしている。
「すげぇぇな! やっぱり空から移動すると、あっという間にグランデイルについちまうんだな。馬で移動をしていた時は、1週間以上はかかったっていうのに……」
彼方の親友でもある杉田が、ヘリの外に見えてきた懐かしいグランデイルの景色を見つめながら、しみじみと呟く。
「うん。これなら私達の方が、クルセイスさん達よりも先にグランデイル王国に戻ってこれたと思う。だから、きっと杉田くんの奥さんも無事だと思うよ。王都に降りたら、大至急ヘリに乗せて、すぐにコンビニに連れて帰りましょうね!」
「もちろんだぜ! ……そういう香苗も、街の病院に寄って行く用事があるんだろう? あまり寄り道をせずに、さくっと用事を済ませてこいよな! 今のグランデイルはもう、俺達が貴族として安全に暮らせていた環境とは違っていると思うし。下手をすると見つかり次第、グランデイルの騎士達に捕まって。その場で殺されてしまうなんて事も十分にあり得るぞ」
杉田は真剣な面持ちで、クラスメイトの香苗にそう忠告をする。
「――うん。分かってる。今回、グランデイルの街の病院で一緒に働いていたみんなに、別れの挨拶を済ませておきたいと彼方くんにお願いをしたのは、私のわがままだって事はちゃんと自覚しているの。だってグランデイル王国は、コンビニの勇者の彼方くんを『魔王』と認定をして攻撃をしてきたような国だもの。その彼方くんの仲間になった私達を、グランデイル王国は決して許さないだろう事もちゃんと理解しているわ」
回復術師の香苗はそう返事をすると。その場でヘリの下に広がる景色を見ながら深い溜息を漏らした。
グランデイル王国とコンビニの勇者が完全に交戦状態に入っているのなら……。もう、自分達はグランデイル王国には帰るべきではないだろう。
ヘリに乗って、グランデイルの王都に残る杉田の奥さんの救出作戦に便乗をして。自分はわがままなお願いを彼方くんにしてしまったという、罪悪感が香苗の心にはあった。
幸いコンビニの勇者である秋ノ瀬彼方は、そんなわがままを許してくれる優しい人物であった。
けれど、今回の自分のわがままのせいで。
誰かに迷惑をかけてしまうという事だけは、絶対に避けようと、香苗はそう強く決心をしていたのである。
「美花ちゃんさー! そんなに深刻な顔をして思い詰めなくても大丈夫だよ! 別に一緒に働いてお世話になってた人達に挨拶をしてくるだけなんでしょう? サクッと終わらせてくればいいしゃん。私も街のパン屋……ゴホン……。じゃなくて、グランデイルの王都でお世話になったカフェとかを最後に見て回れるから、すっごく感謝をしてるんだー! だからそこはお互い様なんだから、そんなに気にしなくてもいいよ! 私がしっかり美花ちゃんを守ってあげるから、安心してくれていいからね!」
そう言って、藤枝みゆきが笑顔を浮かべながら右手で小さくOKサインを見せくれた。
それを見て、香苗の表情にもクスっと笑顔が溢れた。
「ありがとう、みゆきちゃん! じゃあ、お互いに用事を済ませたらすぐにヘリに戻りましょうね! 杉田くんの奥さんを連れて、みんなで必ず無事に彼方くんのコンビニに帰りましょう!」
「了解ーーっ! なんて言っても彼方くんのコンビニには快適なホテルやトイレがあるからねー! 私はもう彼方くんコンビニがないとこの世界では生きていけそうにないものー。あ……そうだ! ねぇねぇ〜美花ちゃん、そういえばコンビニホテルのトイレに高機能なウォシュレットが付いてるのは知ってる?」
「えっ、私、トイレのウォシュレットって少し苦手で、実はあまり使った事ないの……」
「そうなのー? それはもったいないよー。美花ちゃんは真面目だからねー。コンビニホテルのウォシュレットはホントにマジで最高に気持ちいいから、ぜひ使ってみてねー! わざと冷水にして、集中的に目標に当てるのがコツだから。冷んやりして超気持ちいいよ! 当て方とかもめっちゃコツがあるから、今度一緒にトイレに行って、私が美花ちゃんに直接教えてあげるよー!」
「えっ、えっ、一緒にトイレに……!?」
藤枝みゆきのウォシュレット話に、困惑している香苗を見かねた杉田が、悪絡みしているみゆきの頭に強烈な手刀をお見舞いする。
”――バシィッ!!”
「こおおおぉぉぉら、みゆき!! 下ネタトークはそこまでしとけよ! 純真な香苗を悪の道に導いたりしたら、俺が絶対に許さんからな!!」
頭に手刀を浴びた藤枝みゆきは、『イテテテッ……!』と両手で額を抑えつつ、杉田に反論する。
「何よーー! ただトイレのウォシュレットの話をしてただけじゃーん! ゴムなしで真っ先に異世界で子供を作ったエロエロ変態大魔人のくせに! そんな事をあんたに言われる筋合いはないわよー!」
「うっさい! 俺は純愛だから良いんだよ。お前のはただの下ネタトークだろうが!」
「何をーーっ!! 彼方くんと一緒にクラスの中で『童貞コンビ』を組んでいたくせにー! こっちの世界で童貞卒業して父親になったからって。急に恋愛の事なら俺は全部分かってますよ顔はしないでよねー!」
「な……!? 何で俺と彼方が密かに『童貞同盟』を結んでいた事をお前が知っているんだよ? みゆき、お前は一体……何者なんだ……!?」
驚愕の表情を浮かべて、藤枝みゆきを見つめる杉田。
だが……その点に関してだけは香苗も、みゆきと共通の表情を浮かべて、呆れてポカーンとした顔をするしかなかった。
クラスでモテない男子と、モテる男子を見極める能力は、女子であれば本能的に出来てしまう通常スキルの一つである事を……。杉田は理解出来ていなかったらしい。
「ハイハイハイ! 仲良し同級生のゆるゆるトークはそこまでにしとけよーー! もうグランデイルの上空に着いたぞー! じゃあまず、アタシが真っ先にグランデイルの王城の真上に、ここから飛び降りて敵を全部惹きつけてくるから! その後で、アンタらはゆっくりとヘリから降りて、それぞれの目的を達成してきていいからなー!」
花嫁騎士のセーリスが、白いスカートの中から2丁のロケットランチャーを取り出し。その場で突然、臨戦態勢を始める。
「――ええっ!? っておい! 近くの森の中とかにいったん着陸をして、そこからバレない様にこっそりと王城に侵入をするんじゃないのかよ!? そんな、いきなり攻撃を仕掛けるだなんて……俺は全然聞いてないぞ!」
花嫁騎士のセーリスの言葉を聞いた杉田が、真っ先に反論を試みたが……。
「バーカ!! だからこそアタシがお前らの為に、良い囮役になってやるって言ってんじゃないかよー! アタシが城で大暴れをしている間に、あんたらは王宮の中の安全な場所にヘリを降ろして、それぞれに会いたい人達いる所に向かうといいさ! 目的を果たしたら全員必ずヘリに集合だからなー! じゃあ、ちょっとくらアタシは下に降りて城の連中に挨拶をしてくるからー!」
そう宣言をするや否や――。
セーリスはパラシュートも何もつけずに。
両手に大きなロケットランチャーを2つ抱えて。大型のアパッチヘリから、体1つでいきなり真下のグランデイル城に向かって飛び降りて行ってしまった。
「やっほおおおおおぉぉーーーーーーい!!! 風が超気持ち良いぜーーーーッ!」
グランデイルの王城の最も高い場所で、警備をしていた守備兵達は――。
上空から純白の花嫁が突然落下して来たのを、真下からポカーンと見上げる形になった。
「よっしゃああああーー!! 行くぞおおおおぉぉーーッ!! 出でよッ!! 『コンビニ支店1号店』ーーーッ!!」
セーリスは出発前にレイチェルからこっそりと渡されていた、小さなカプセルをスカートの中から取り出すと。
降下中にそれをグランデイル王城の真上に放り投げて、大きな声でそう叫んだ。
”ボヨーーーーーン!!”
空中でアホみたいな効果音と共に。
突如――巨大な『コンビニ』が出現をする。
地上の重力に引かれて。重さ50トンを超えるコンクリートの塊である巨大建造物が、グランデイル王城に真上から垂直に落下して――その最上階に直撃をした。
”ドゴーーーーーーーーン!!!”
巨大なコンクリートの塊が空から降ってきたグランデイル王城は、その最も高い位置にある最上部の部分が、粉々に砕け散ってしまう。
そこは元々、グランデイル女王であるクルセイスが寝室として利用をしていた場所でもあった。
もし、クルセイスがその場所で昼寝を楽しんでいたなら……。間違いなく落下してきたコンビニの直撃を受けて、即死していたであろう。
強烈な爆発と破壊音を空に轟かせ――。
粉々に砕け散ったレンガや瓦礫の山と化したグランデイル城の最上部に、白い花嫁が空から降り立った。
慌てて最上階に駆けつけたグランデイル王城の守備兵達は、白い花嫁姿のセーリスを見つけて怒号を上げる。
「――て、敵襲か……!? 貴様ーーッ!! 一体何者かは知らんが、長い歴史と伝統を誇るこのグランデイル王城を破壊して、このまま生きてここから帰れるとは思うなよ!!!」
駆けつけた複数の守備兵達に囲まれた白い花嫁は、その様子を見て鼻で笑いながら答える。
「敵襲だって………? バーカ!! これは『侵略』だよ! 覚悟をするのは、お前達さ。アタシの侵攻を邪魔する奴は、1人残さずこの場でブチ殺してやるから覚悟をしとけよ!」
セーリスはグランデイル王城に向けて、手にしていたロケットランチャーを発射させる。
この日、グランデイルの王城は……。
突如、襲来したコンビニの花嫁騎士の攻撃によって、縦横無尽に破壊されていく事となった。