第百十一話 結婚式場と病院
”ウイーーーーン”
地下階層へと降りるエレベーターの扉が開いた。
地下6階の回転寿司店から、更に下層の地下7階へと向かった俺とティーナと玉木の3人。
エレベーターの外に出ると、余りにも豪華過ぎる『結婚式場』の光景が目に飛び込んできて、思わずその場で足を止めて見惚れてしまった。
「ちよっと、何なのよこれ〜!? 超〜〜っ、素敵な場所じゃないのよ〜!」
「彼方様……す、凄いです! ここは本当に素晴らしい場所ですね!」
2人とも大はしゃぎで、地下7階のフロアの中に駆け込んでいく。
そして目の前に広がる、豪華な結婚式場を興奮しながら順番に見学し。展示スペースに置いてある様々な衣装を、嬉々として物色し始めた。
どうやら地下7階の結婚式場は、女性陣に大好評みたいだな。
2人に遅れて、俺もゆっくりと結婚式場を歩きながら周囲の様子を観察していく事にする。
確かに……日本でも、これだけ豪華な結婚式場はそうそう無いと思う。たぶん横浜とか青山辺りにある豪華な結婚式会場よりも、遥かに規模が大きい気がする。
エレベーターのすぐ近くには、西洋風の豪華な作りをした広大なエントランスホールが広がっていた。
そこには華やかなウェルカムスペースも用意されていて、色鮮やかな花束が横一列に並べられている。
床には綺麗な刺繍の施された、赤い絨毯が敷かれていているし。中央にある大階段や、その周囲にある螺旋状の階段も、全て白い大理石で作られていた。
奥に見える広い空間には、ヨーロッパの大教会を連想させるパイプオルガンや、ステンドグラスのついた荘厳な雰囲気のホールも広がっている。
どうやらここには、世界中のあらゆる種類の結婚式会場が全て用意されているみたいだな。もちろん和風の結婚式場だって、奥の方に用意されてたぞ。
「ねえねえ〜〜! 彼方くん、見て見て〜! ここには色々な種類のウエディングドレスが、試着用に展示されているみたいなの〜!」
「へえ、そいつは凄いな! 一体、何種類のドレスがここには用意されてるんだろうな?」
広間の奥の部屋には、ウエディングドレスの展示場が用意されていた。そこにはおおよそ500種類を超える華やかなウエディングドレスが、大量に展示されている。
「ねえねえ〜、ティーナちゃん〜! こっちの白いドレスもなかなか素敵じゃない?」
「玉木様、こちらのピンクの花柄の入ったドレスもとっても素敵ですよ!」
玉木とティーナは楽しそうに、好みのデザインのウエディングドレスをお互いに見せ合い。鏡の前できゃっきゃっと喜びあう。
側から見ると、まるで仲の良い姉妹みたいだな。この階に来る途中までは、少しだけ険悪な雰囲気になっていたのに。ここに来た途端にこの変わりようだからな。
そんな大はしゃぎで喜んでいる、女子2人を尻目に。俺自身は正直な所、ここにいてもあまりやる事が無さそうだと感じていた。
こういう場所は、きっと女の子にとっては憧れの場所なんだろうけど。俺としては、さっさと下の階に降りて探索を続けたいという気持ちの方が強かった。
まあ、杉田が無事にグランデイルからお嫁さんを連れて戻って来た時には、ここを使用する機会もあるだろう。その時は親友の結婚式だ、クラスのみんなで盛大にお祝いをしてやろうじゃないか。
俺はそのまま、特に何かをする訳でもなく。ウエディングドレスの展示場付近をぶらりと歩いていると。近くに置いてあった純白のドレスの下に、謎のプラカードが立てられている事に気付いた。
「――ん? これは何だろう?」
そのプラカードに書かれていた小さな文字を、目を細めて読んでみると――。
『ここに飾ってあるウエディングドレスは私物なので、部外者は決して触るべからず。もし触ったら後で、キツーいお仕置きをするから覚悟するように! セーリス』
……と、書かれていた。
「げげっ!? ここにあるウエディングドレスって、全部セーリスの私物なのかよ! っていうか、地下7階の結婚式場は花嫁騎士の私有地になっているのか?」
グランデイルに向かうアパッチヘリに搭乗してるから、ここにセーリスはいないけど。あの気性の荒い花嫁騎士がこのフロアを管理しているのだとしたら、その辺にある物には、やたらと触らない方が良いかもしれないな。後で文句を言われたら面倒くさそうだし。
「おーい、2人ともー! ここは、もう良いだろうー? そろそろ俺と一緒に下の階に降りないかー?」
「何を言ってるのよ〜、彼方く〜ん! まだまだ全然、結婚式場の探索は終わってないじゃないの〜! ここにあるウエディングドレスを、1枚1枚全部試着するまでは地下に降りられないわよ〜!」
「そうですよ、彼方様! 私もまだまだこの階の探索を続ける必要があると思います。もう少しだけここにいさせて欲しいです!」
お、おーい!
ダメだ……これはもう、誘っても無理そうだな。
目の血走っている2人には、俺の声は全く届いていない。試着するのは良いけど、ドレスを汚すと後でセーリスに怒られると思うから、ほどほどにな〜。
「………ふぅ〜」
仕方ない。玉木とティーナをこの階に置いて、俺だけ先に下の階に降りる事にしよう。
エレベーターに乗って更に下の階層に降りると。俺は病院施設の広がる、地下8階へと辿り着いた。
「この階は俺達が住んでいた元の世界にある病院と、見た目がほとんど一緒みたいだな……」
今まで俺のコンビニの地下に出来た新しい施設は、どれも規模が大きかったり、見た目が豪華になっていたりする場所が多かった。
でもここは、割と普通の病院っぽい雰囲気のする『病棟』の中って感じがした。
フロアには手術室があったり、患者が体を休める病室もそれなりの数があったりはするけど。そのどれもが、超巨大サイズという訳ではなさそうだ。
もちろん病院だから、あまり落ち着く感じもしないけどな。病気でもしないと普段はこない所だから、カフェみたいに落ち着いて過ごせるような場所でもない。
今は白い照明がフロア全体を照らしてるから、大丈夫だけど。こういう人が誰もいない病棟のフロアって結構、不気味で怖い感じがするよな。
よくホラーゲームとか、ホラー映画の舞台に出てきそうな雰囲気があるし。無人の病院なんて、絶対に1人で歩きたくはないぞ……。
和風のホラー映画が大の苦手な俺は、ビビりながら病院のフロアを少しずつ、周囲を警戒しながらゆっくり進んでいく。
「ううっ、やっぱり明かりがついていても、一人きりじゃ怖いって!」
俺は早々にギブアップして、病院エリアの探索を終了する事にした。だって俺が病院を見て回っても正直、医療知識なんて何も無いから、どういう設備があるのかなんて全然分からないからな。
内心でそんな言い訳じみた事を、ず〜っと一人でぶつぶつと考えながら通路を歩いていると。
「――あっ、彼方くん! 丁度良いタイミングで来たわね! 実は、少し話があるのよ!」
「うおおおあぁぁぁーーっ!!??」
突然後ろから声をかけられて。俺は思わずその場で、思いっきり尻餅をついてしまう。
床に腰を強打しながらも、慌てて後方を振り返ってみると、そこにいたのは……。
「……何だ、紗和乃かよ。急に驚かすなって」
「私は普通に声をかけただけよ? あ、そっか。彼方くん、もしかしてこういう無人の病院の雰囲気が苦手だったりするの? 見かけによらず、超絶ビビりなのね」
「お……俺は別に、無人の病院なんて怖くないぞ! ただこういう和風ホラー映画によく出てきそうな舞台が、苦手なだけなんだよ。それに誰だって突然、後ろから声をかけられたらビビるに決まってるだろう!」
俺は紗和乃に必死に反論をしてみたが、額からは冷や汗がどっと湧き出てる状態だったから。正直、説得力は皆無だった事を認めるざる得ない。
またしても紗和乃に『ププ……』と、笑われるだけの結果になってしまったみたいだな。
「――で? そういうお前は、何で地下8階の病院にいるんだよ。桂木が、紗和乃は地下9階の農園エリアにいるって言ってたぞ」
俺は紗和乃が、どうしてこの病院のフロアにいるのかを尋ねてみた。
「うん。実はさっきまで農園エリアにいたんだけどね。エレベーターが急に降下し始めたから、たぶん彼方くんが近くに来たんだと思って、先に呼びに来たのよ。農園エリアについて、彼方くんに話しておきたい事があったから」
「農園エリアについて話しておきたい事? そこで何か不思議なミステリーサークルでも見つけたのか?」
「別に凄く不思議な物という訳では無いんだけど。でも共有はしておかないといけない情報があったから、彼方くんに急いで伝えようと思ったの」
共有しておかないといけない情報……? それは、一体何だろう?
とにかくここは、紗和乃について行った方が早そうだ。口で説明を受けるより、実際に見た方が早いだろうし。
「分かった。俺も地下9階の農園エリアに向かう事にするよ。紗和乃、案内してくれるか?」
「了解よ、さっそく下の階に降りましょう!」
俺と紗和乃は病院エリアの廊下を歩きながら、エレベーターを目指す。
さっきは1人だったから、ビクビクしてあんまり病院エリアをしっかり観察出来なかったけど。
今は隣に紗和乃がいてくれるからな。さっきよりも落ち着いて、注意深くフロア全体を見回す事が出来るようになっていた。
「こうして見ると、ここは本当に日本の病院の雰囲気と全く同じなんだな……」
「そうね。私も地下9階の農園に降りる前に、病院エリアも観察したんだけど。緊急用の手術室が1つ、患者さんを収容出来る一般病室が25部屋で、それぞれの部屋に4人分のベットがあったから、最大で100人くらいの人数を収容する事が出来ると思うわ」
「……でも、うちには『回復術師』の香苗がいるから、病院施設なんて要らなくないか? だって香苗がいれば、どんなに重症の人間だって治せてしまうんだろう?」
『回復術師』の勇者である香苗美花は今、アパッチヘリに乗ってグランデイル王都へと向かっている。だから今現在は、コンビニの中にはいなかった。
緑魔龍公爵との戦いで重症を負った、藤枝みゆきや、小笠原達の怪我も完治させた香苗の優れた治癒能力。
正直な所、香苗の存在が既に『病院』みたいなものだから。これだけ大きい病院施設が用意されていても、あまり使わないような気がした。
「それがそう簡単にはいかないのよ、彼方くん。美花ちゃんの『回復術師』の能力は、1日に使える治癒能力量の限界値があるの。だから怪我をした患者さんを、誰でも無制限に治療出来るという訳ではないのよ」
「香苗の能力には限界値が設定されている……って、それはどういう意味なんだ?」
「うん。それはね、彼方くん以外の勇者はみんな『無限』の能力は持っていないという事なのよ。もし、美花ちゃんが無限に怪我の治療を行えるのなら、それこそ最強だったのかもしれないけどね。残念ながら私達は、彼方くんみたいな『無限の能力者』には成れないの」
紗和乃は身振り手振りを交えながら、詳しく俺にその内容を教えてくれた。
「つまり、仮に美花ちゃんが1日に治療の出来る能力の限界値を数値にして『100』ポイントなのだとしたら。手足を切断されて大怪我を負った人の治療で『30』ポイント消費して。他にも大きな病気にかかってしまった人の治療で『20』ポイント消費する――といった感じで、怪我の程度に応じて治癒ポイントを消費してしまうのよ」
「じゃあ、大怪我を負った患者の治療を連続で行なって、治癒能力値が『0』になってしまったら。その日はもう何も治療する事が出来なくなる訳なのか。簡単に言うとマジックポイントみたいなのが香苗にはあって、それを消費しきったら何も出来ないと」
「そうなの。だから昨日の事でいうと、亡くなった水無月くんの腕の治療や、小笠原さん達の治療に全ての能力値を使ってしまったから。美花ちゃんはもう、何も治療が出来ない状態になっていたのよ。グランデイルの王都の病院で働いていた時も、ある程度傷を回復させたら後は布を傷口に巻いておくだけにしたり。患者の自然治癒力に任せていたりしたの」
……なるほどな。確かに俺みたいに無限に能力が発揮出来るなら、怪我をした患者を1日で全員治してしまう事だって出来るからな。
でも、それが出来ないからこそ。グランデイルの病院では沢山の患者が毎日列を作って、女神様と崇められていた香苗の治療を受けようと、順番に待っていたんだものな。
「じゃあ、こういう病院施設があった方がいざと言う時には役に立つ可能性があるという事か。沢山の怪我人が出た時は、香苗も能力の配分を抑えていかないと、一度に沢山の患者の治療は出来ないだろうからな」
「……そうね。中世のヨーロッパレベルの衛生環境しかないこの世界では、現代の病院施設があるだけでも本当に助かると思うわ。正直、彼方くんのコンビニの地下施設には綺麗なトイレがたくさんある、という事だけでも全然違うんだからね。この世界では衛生面の事情で普通に伝染病とか、食料不足での栄養失調とかもあるんだから」
そうか。香苗は今はここに居ないけど。もしこれからコンビニが戦争の起きている紛争地域に移動したり、病気の流行っている地域に行ったりした時には、この病院施設は大いに役立つ事がありそうだな。
俺のコンビニには、包帯や絆創膏といった簡単な医療キットもたくさん扱っているし。『薬剤師』の勇者の北川だっている。もし多くの人が怪我で困る様な事があっても、この病院の中でなら応急処置だって出来るだろう。
紗和乃と俺は、病院施設や回復術師の香苗の能力についてを話しながらエレベーターに乗り込み。とうとう地下9階にある『農園』のエリアにまで辿り着いた。
このエリアが、現在のコンビニの地下階層の『最下層』って事でいいんだよな?
エレベーターの扉が開き、さっそく俺は外に出てみると……。
エレベーターの外には、空から眩しいくらいに明るい太陽の光が降り注いでいた。
……えっと、ここって本当に地下空間なんだよな? という現実を、完全に忘れさせるくらいの広大な青い空が上空一面に広がっている。
そして足元の地面に広がっているのは、間違いなく本物の『土』だった。畑で農作物が作れそうなくらいの豊かな土壌が、フロアの大地全体に広がっていた。
さすが、『農園』エリアというだけの事はあるな。俺はさっそくエレベーターから外に出ようとしたけど。なぜかエレベーターの周辺には、大きな石壁がぐるりと周囲を囲んでいる事に気付いた。
「この石の壁は一体、何なんだろうな? 空にはあんなにも綺麗な青空が広がっている美しい場所なのに。何で外に出られないようにしてあるんだろう?」
不思議に思って、俺はエレベーターの扉付近を囲んでいる石壁を触っていると。その答えを、紗和乃がすぐに解説してくれた。
「その石壁は、私が『防御壁』の能力を持つ四条さんに作って貰ったのよ」
「……えっ? この白い壁、紗和乃が作らせたのかよ」
俺は紗和乃がどうしてわざわざ邪魔な壁を作らせたのの意味が分からず、その理由を尋ねてみた。
「その理由は、見てもらえばすぐに分かるわよ。その事を話したくて、私は彼方くんを呼びにいったんだから」
紗和乃は俺に向けて手招きをすると、エレベーターの扉の後方へと俺を誘導していく。
そこには周囲を囲んでいた白い石の壁に間に、わずかな隙間が用意されていて。そこからなら、壁の外の世界に出られるようになっていた。
紗和乃と俺は一緒にその壁の隙間から、広大な農園エリアに足を一歩踏み出してみる。
そこには辺り一面、豊かな自然の溢れる広大な牧草地帯が『無限』に広がっていた。
――青い空。豊かな大地。
そして、遠くから聞こえてくる鳥のさえずり。
そう、ここはまさに『無限農園』だった。
どこか別の星の大地に、辿り着いてしまったかのような感覚すらある、このあまりなも広大過ぎる農園エリアは、一体どこまで続いているのだろう――?
無限に広がる豊かな農園のど真ん中に、ポツンと現代風のエレベーターの扉だけが建っているという、謎の空間が広がっているのが分かった。
「ね、彼方くん? 見て分かる通り、ここはきっと別の世界の土地に繋がっているのよ。無限に広がる大地の果ては、ここからでは見る事が出来ないし。この規模の広さだと、もしかしたら地球と同じくらいに広大な世界がこの地下9階層には広がっている可能性さえあるわ」
「そんなに広大な世界の土地が、丸々全部『農園』扱いになっているのかよ。本当に俺のコンビニの地下空間って、ますますもって謎の世界観になってきたな。スケールが大きくなり過ぎて、少し笑けてきたよ」
「……でも、あまり笑ってもいられないわ。この地下9階層の農園エリアが、無限に広がる豊かな大地なのは分かったけど。うっかりこの広大な土地で、唯一地上と繋がっている『エレベーターの扉』の場所を見失ってしまったら……。私達は永遠に、この広大な土地の中で迷子になってしまう危険性があるもの」
「なるほどな、そういう事か。もしここでエレベーターの場所を見失って迷子になったら。きっと一生かかっても、元の場所には戻れないだろうからな。玉木あたりが『わーーい!』って両手を広げながら、野原に駆けて行ったら大変な事になりそうだ」
それでわざわざ紗和乃は、真っ先に『目印』になるようにと白い壁をエレベーターの扉の周りに作った訳なんだな。俺と紗和乃は互いの顔を見てコクリと納得し合う。
なぜか2人とも、真っ先にここで行方不明になるのは玉木だろうという共通認識で納得し合ってしまうのは、不思議だったけどな。
それにしても、俺のコンビニはどこまで無限に広がっていくんだろう?
『無限』の能力……ってのは、今更ながらに恐ろしいものだと知って、俺は少しだけ震えてしまう。
俺がもしも、この世界で不老の寿命を持つ魔王になってしまったとしたら。このコンビニの地下階層も、これから無限に増えていくのだろうか?
そしていつかは地下9999階くらいの階層で、俺達が元々住んでいた地球や日本の街とも、コンビニのエレベーターが繋がるような事が起こり得たりするのだろうか?
そんな事を考え始めると、何だか少しだけ不気味に思えてくるよな。まあ、仮に『どこでもドア』があったとしても。どうせなら、もっと夢のある世界と繋がっていて欲しいと願ってしまう。
よりにもよって異世界のコンビニの地下と繋がっていても、あまりテンションは上がらない気もするし。せめて平和で争いの無い、美しい世界と繋がって欲しいと俺は思わず願ってしまった。




