第百十話 新しい地下階層の探検
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「――枢機卿様、今後の我ら女神教の行動方針はいかが致しましょうか?」
そこは深淵の闇に支配されている、暗黒塔の最上階。
数人の部下達から声をかけられた、枢機卿と呼ばれる黒いローブに身を包んだ女性は、静かに黒い玉座の上で目を開いた。
薄暗い塔の中には、外界から光を取り込む窓が一切付けられていなかった。
地上から遥か天空にまでそびえる、巨大な暗黒塔。
その高さは天まで届くのではと思わせる程に、地上から遥か高くにまでそびえ立ち。多くの魔物達が生息する魔王領の中でも、一際異様な雰囲気を周囲に放っている。
魔王領の中心部に位置し、女神教の幹部達が根拠地として使用しているこの塔の名前は――『パルサールの塔』と呼ばれていた。
旧ミランダ領での戦闘を終え、目的であった魔王軍の4魔龍公爵の1人――緑魔龍公爵を始末する事に成功した女神教のリーダーである枢機卿は、一足早くこのパルサールの塔に帰還を果たしていた。
「………ミランダでの戦闘後、世界の情勢はどうなっていますか? そしてコンビニの勇者が、太古の昔に存在した大魔王の生まれ変わりであり。ミランダの地に集結した多くの騎士団を虐殺したという情報を、世界各国の人々は現在、どのように受け止めているのでしょうか?」
枢機卿は、ひざまずく部下達に静かに問いかける。
「――ハイ、既に世界各地で魔王軍は次々と撤退を開始しています。魔王軍の黒魔龍公爵は魔王領の中で、『動物園の魔王』の守りを固める体勢に入ったようです。民衆は各地から魔物達が消え去った事で、魔王軍に勝利したのだと歓喜の声を上げ喜んでいます。ですがその一方で、コンビニの勇者が、新たな魔王になったという新情報に驚きの声も上がっているようです」
枢機卿の部下は、現在の世界情勢について。ありのままの事実だけを淡々と伝えていく。
今、世界中の多くの者達は、魔王軍が撤退をしたという朗報にばかり目を取られ。新しく生まれたというコンビニの魔王についても、この機会に一気に倒してしまえば良い――という楽観論が広がっているようだった。
部下達からの報告を聞き終えた枢機卿は、その場で小さく頷くと。無表情のまま暗黒塔の天井を見上げる。
「………人々は、自分達の安全さえ確保されていれば、それに満足してしまうものなのです。コンビニの勇者は、凶悪な魔王の配下が姿を変えて。異世界の勇者の中に紛れ込んでいたのだと、教会を通して世界中の人々に広めて下さい。それによって異世界の勇者が魔王になったという事実を、女神教の教義と矛盾する事がないように上手く整合性をとりましょう」
「了解致しました。ミランダの地にて、自国の騎士団が大損害を受けたカルツェン王国のグスタフ王なども、新魔王をただちに討伐すべしと、いう強い意思表明を発しております。おそらくコンビニの魔王討伐の遠征軍を派遣するべきという声が、世界各国の首脳から沸き上がるのは時間の問題でしょう」
旧ミランダ王国の王都付近での戦闘の後。世界中から遠征に派遣された多くの騎士達が、戦場でほぼ全滅をしてしまったという事実は――女神教によってその真実が改変されて、世界各国に報告されていた。
その内容は、コンビニの勇者が『新たな魔王』として戦場で覚醒して大虐殺を引き起こしたというものだ。
バーディア帝国が引き連れてきた、大昔の魔王遺物である『戦車隊』をコンビニの魔王が操り。多くの騎士を皆殺しにしたのだ、という内容にすり替わっていた。
魔王軍の緑魔龍公爵が支配していた旧ミランダ王国の領土は、そのまま南から遠征をしてきたバーディア帝国の軍隊が駐留をして、今はその他を治めている。
それはミランダの戦闘で、世界各国の騎士団に多くの犠牲が出ている中、帝国軍だけはその損害が軽く済んでいた為であった。
バーディア帝国の皇帝であるミズガルドとしても、自分達が引き連れてきた黒い戦車隊が、他国の騎士達に大損害を与えたという不名誉な事実を決して認める訳にはいかなかった。
その為、コンビニの勇者が魔王となり。魔王遺物である戦車を操り暴走させたのだ、という偽りの発表を黙認したのである。
帝国はあくまで、コンビニの魔王によって魔王遺物を奪われてしまった被害者である。
その立ち位置を世界に表明しなければ、バーディア帝国は魔王遺物を戦場に引き連れて来たという責任を負わされかねない。皇帝ミズガルドとしても、女神教が発表した偽の情報に乗っかるしかない状況となっていたのだ。
これによりカルツェン王国、カルタロス王国、バーディア帝国――そしてグランデイル王国の全てが。
新たに誕生した『コンビニの魔王』を、すぐにでも討伐すべきという共通の認識と、それに対抗する為の軍事同盟が新たに結ばれる事となったのである。
それに対して、コンビニの勇者と直接の親交があったドリシア王国だけは、コンビニの勇者を今まで通り支持するという表明を世界に対して発表していた。
「………なるほど。諸国の様子は大体分かりました。それでその後、クルセイスはどうなりましたか? 女神教に反旗を翻したグランデイル王国の内部は、今はどういう状況になっているのでしょうか?」
「ハイ。グランデイル王国は、今回のコンビニの魔王の出現に関して女神教が故意に情報を隠していたのだと強く抗議しております。新たに誕生したコンビニの魔王を討伐するという点については、世界各国と協調する姿勢をとっていますが……。グランデイル国内の女神教関連施設から、滞在している幹部達を全て国外へ追放するという強硬処置を取ったようです」
「………そうですか。あのクルセイスが、そんな大胆な事を始めたのですね」
枢機卿は、裏切り者であるクルセイスの動向に興味を示しているようだった。
「そのようです。ですがその一方で……グランデイル王国内に残っている女神教徒達に対しては、寛容な姿勢を示しています。グランデイル王国はこれまで通り、女神様を信仰する姿勢に変わりはない。だが、現在の女神教の上層部に対しては重大な不審がある。その為、新たに『グランデイル国教会』なるものを立ち上げ、女神様を信仰する新しい宗派を作り出そうとしているようです」
「グランデイル国内に存在する女神教信者達を、一斉に追い出すという訳にもいきませんからね。女神アスティア様を信仰するという立場を取りつつも、女神教の上層部である私達とは敵対する、新組織を新たに立ち上げたという訳なのですね。なかなかしたたかではないですか、クルセイスは………」
「ですが、このまま何もお咎め無しという訳にもいかないのでは? 裏切り者のクルセイスに対して、何か強い制裁の措置を取るべきではないでしょうか?」
「………そうですね。私達もかなりの数の魔女候補生達が、クルセイスによって殺害されるという被害を受けています。彼女には、何かしらの『罰』を与える必要があるかもしれませんね」
部下達は、固唾を飲んで枢機卿が発する言葉を待つ。
魔王を倒し、その体の中から『魔王種子』を取り出して、無限の寿命を手に入れる。
女神アスティアと共に、新たな魔女候補生達にその魔王種子を配分する決定権が与えられている枢機卿は、女神教の中でも絶大な権限を持っていた。
それ故に枢機卿が発する指示は、それが例えどのようなものであっても、必ずその指示に従わなければいけないのである。
そう、それが例えいかなる苛烈な指示であってもだ。
「………高速飛龍を使って、グランデイル周辺の魔女候補生達に連絡を取りなさい。クルセイスが王都に帰還するよりも先に、グランデイル王国の王都に総攻撃をしかけるのです」
「えっ、グランデイルの王都に攻撃を加えるのですか――!? しかし、あそこにはまだ多くの女神教の信者が街の中で暮らしていますが……」
「信者達? 大丈夫です。そのようなものは踏み潰しても、地面から這い出てくるアリのように無限に湧いてきますから。それよりも裏切り者のクルセイスに制裁を加える事の方が今は大事です。至急、グランデイルの王都に対する攻撃作戦を実行するようにと、連絡をとって下さい」
枢機卿が発した言葉に。一瞬だけ、その部下達は怯んだが――。
それはいつも通りの枢機卿の残酷な性格であり、彼女が裏切り者に対しては、常に容赦の無い態度を取る人物であった事を思い出し。忠実にその指示に従う事にした。
女神教の中においては、裏切り行為、特に枢機卿に対して反逆の意思を示す事は絶対に許されない事なのだ。
「――畏まりました。枢機卿様の仰る通りに手配致します。総攻撃と言いますと、どこかの国の騎士団にグランデイルの王都を攻めるように指示をするのでしょうか?」
「………いいえ。グランデイル王国が、主義主張は違えども女神アスティア様を信仰する立場をとっている以上、国同士の戦争によって制裁を加えるのは難しいでしょう。ですので女神教が手駒にしている魔物達に、グランデイルの王都を襲わせて下さい。それも出来るだけ数は多い方が良いでしょう。グランデイルの王都にどれだけの戦力が残っているのかは、まだ不明ですからね」
「分かりました。魔物達による奇襲を行わせます。グランデイルの王都付近では、最近腕利きの傭兵が我々の味方に加わったとの情報もあります。その者も、今回の王都の襲撃に加えさせれば、より完全なものになると思います」
「………そうですか。では、ぜひよろしくお願いします。グランデイル王国は、女神教にとっては必要な国なのです。おそらく魔物達に王都の住民達を襲わせれば、グランデイル王城に眠る『隠された兵力』がきっと出てくるでしょう。今回は敵の戦力分析をする良い機会です。そして、クルセイスの行方も追うのです。見つけ次第、この私に報告をする事も決して忘れないで下さいね」
「ハイ。しかし、裏切り者のクルセイスは見つけ次第、直ぐにその場で始末をしてしまった方が良いのではありませんか?」
部下からの質問に、枢機卿は首を横に小さく振って否定の意思を示した。
「………クルセイスの周りには、上級魔法を操る強力な魔法戦士達が守りを固めています。迂闊に彼女に手を出せば、こちらの側が大きな被害を被る事になるでしょう。もし、クルセイスの居場所を発見出来ても、すぐには攻撃を加えない方が良いと思います。ですので、それまでは勝手な攻撃は慎んで下さい」
「ハッ、了解致しました! それでは早速、グランデイル攻撃の指示を伝えて参ります!」
枢機卿の指示を受けた部下達が、早速その指示を伝える為に、塔の下へと降りていく。
暗闇に支配された暗黒塔の最上階は、再び静かな静寂の中に包み込まれた。
王座の上に座る枢機卿はただ1人、その場で再び静かに目を閉じて考え込む。
「………それにしても。これほどの短期間でクルセイスは、どこからあれだけの数の魔法戦士達をかき集める事が出来たのでしょう? 今後、私達は魔王軍の黒魔龍公爵を討伐する作戦に加えて。どうやら、グランデイル王国の内部に隠された秘密も解き明かす必要がありそうですね」
『ふぅ……』と、小さく枢機卿はため息をつく。
女神教のリーダーとしての役割を粛々と1人でこなし。その疲れを取るために、彼女は再び静かに深い沈黙の状態に入り込む。
そして、その場に誰も居なくなった事を確認すると。
誰にも聞こえないように、彼女は小さく呟いた。
「………新しくこの世界に召喚されてきた彼方くん達は、どうやら私達がこの世界に召喚された時とは状況が異なるようですね。もちろんこれは、偶然という訳では無いのでしょう。問題は誰がこのおかしな状況を作り出しているのかという事ですが……考えられる可能性としては、まあ、おそらくそういう事になるのでしょうね」
枢機卿は王座の上で、静かに目をつぶる。そして再び、沈黙の暗闇の中にその意識を深く沈めていく。
暗黒塔の最上階は、そのまま暗闇の中に溶け込むかのように、静寂に包みこまれていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「彼方くん〜、ティーナちゃん〜! こっちこっち〜! ここが、うちの自慢の回転寿司店だよ〜!」
まるで親戚の経営する店を友人に紹介するようなノリで、玉木が満面の笑顔で俺とティーナの手を取り。新しくコンビニに新設された、地下6階へと誘導していく。
俺達はエレベーターで降りて、地下6階の『回転寿司店』にやって来てみたんだが。そこにはビックリするくらいの大きさがある、巨大回転寿司店が広がっていた。
「す、凄い広さだな……! この回転寿司店、奥にある壁が遥か遠くに霞んで見えてるぞ!」
あまりにも広大なフロア面積を誇る、巨大過ぎる回転寿司店。
店内の雰囲気は、一般的な日本の回転寿司店とあまり変わらなかった。家族連れに人気の一皿100円で食べられる回転寿司チェーン店とよく似ている。
店の中にジグザグに配置された寿司レーンに、無数のお皿が自動で回り。寿司レーンの周囲にはカウンター席や4〜5人がまとまって座れる、ファミリー席などが用意されていた。
だけど俺がよく知っているファミリー向け回転寿司店と大きく違うのは……。やっぱり、店全体の大きさやその規模だな。マジでこの店の大きさは半端ない。
きっと一般的な回転寿司店の、20倍くらいの大きさがある気がするぞ。
イメージ的には、アメリカからやって来た巨大倉庫型スーパーの『コスト◯』の中を丸々、回転寿司店のスペースだけで占有しているような感じかな。
遠目で見たら、回転寿司のレーンを巨大工場のベルトコンベアーか何かと勘違いするかもしれない。まあ、回ってるのは全部、寿司なんだけどさ。
「ハイハイ〜! 2人ともまずはここに座って〜!」
俺とティーナの2人の手を引っ張って。玉木は近くのファミリー席に強引に俺達を座らせる。
玉木はもう、この巨大回転寿司店のルールを知り尽くしているらしいな。
甲斐甲斐しく高級な割り箸やおしぼりを配ってくれたり、お茶の用意も手際良く3人分すぐに準備してくれた。
「彼方様、私……初めての回転寿司体験なので、少しドキドキします!」
「おお〜!? ティーナちゃんは、回転寿司が初めてなのね〜。めっちゃ楽しいからぜひ、楽しんでいってね〜。ちなみに私の家族は週に2回は回転寿司に通う、ヘビー回転寿司ユーザーだったんだからね。だからこうして異世界でも回転寿司が楽しめるなんて、ホントに最高だわ〜! 決めた! 今日からここを私の居住スペースとして、寝泊まりさせて貰うんだからね〜!」
うーむ、なるほどな。
俺のコンビニは、みんなの願望を叶える事が出来る願望器の役割もあるらしいけれど。
どうやらこの超巨大回転寿司店は、玉木の欲望丸出しで作られた場所みたいだぞ。
「玉木、ここの店は無人で稼働しているか? 調理場とかで働いている従業員とかはいないのか?」
俺が玉木に質問をすると、既に何皿かの注文を素早くタッチパネルで操作し終えた玉木が、胸を張って自慢するように答えてきた。
「ふふ〜ん! うちの回転寿司店はなんと、完全無人経営なのよ〜! お寿司は全て自動で回って来るし、オーダーした寿司も全て、特別レーンから自動で運ばれて来る仕組みになっているのよ〜! 鮮度の落ちたお寿司もちゃんと識別されてレーンから外されるようになっているし、凄い機能がいっぱい付いているんだからね〜!」
これでもかというくらいに、ドヤ顔で説明をしてくる玉木。
うん。もう、この回転寿司の運営は、玉木に全て任せていいと思う。『回転寿司の勇者――玉木紗希、見参!』、なかなか似合ってると思うぞ。
「彼方様、凄いですっ! お寿司が小さな車に乗って私達のいる席にまで運ばれて来ました!」
ティーナが興奮気味に、歓喜の声を上げている。
玉木がタッチパネルで注文をしたお寿司が、ミニカーのような可愛らしい車の上に乗って運ばれてきた。
通常のレーンを回っているお寿司とは別に。こちらからオーダーしたお寿司は、特別レーンを使って高速カートで運ばれてくる仕様らしい。
手慣れた手つきで、運ばれてきたサーモン寿司を俺とティーナに取り分けていく玉木。その顔はめっちゃ楽しそうで、いつも通りの玉木の姿が見れて安心した。
「ほら〜〜! 彼方くんも早く注文しなさいよ〜! ここのお寿司は無制限に出てくるんだから、好きなだけ注文しないと損なのよ〜!」
「お、おう……そうだな! 分かった、俺もさっそく好きな寿司を頼んでみるとするか」
玉木に催促されて、俺はどれどれと注文用のタッチパネルを覗いてみると……。
「うおっ!? これは確かにすげーな! この回転寿司店、メニューの量が半端ないぞ! デザートに、ラーメンに、肉料理に……っておい!? ミニサイズのピザや中華料理も出てくるのかよ? 何でも揃い過ぎじゃないのか、このお店は?」
「ふっふっふ〜。我が巨大回転寿司店の凄さはそれだけじゃないのよね〜! 彼方くん、この回転寿司で食べ終わったお皿はどうやって片付けると思う〜?」
「えっ、たぶん皿をいれる穴があって、そこに食べ終わった皿は流していくとかじゃないのか?」
「そう思うでしょう〜? でも、それが違うのよ〜! 見てみて! 食べ終わったお皿は、ここで簡単に処分が出来る仕組みになっているの〜!」
玉木がテーブルの横に設置されていた赤いボタンを押すと――。
”ウイーーーン”
何とテーブルの上に置いてある、小さな箱が突然開いた。
玉木は慣れた手つきで、食べ終わったお皿をその箱の中に次々と入れ込んでいく。
「ここにお皿を投入すると。自動的に『魔法分解』されて、お皿は跡形も無く消えちゃうの。だからいくら食べても、お皿はすぐに処分が出来るから簡単なのよ〜! 本当にここは夢のような場所よね〜!」
皿が魔法で分解って、それマジなのかよ……? 急な異世界仕様が突然、現れたな。
箱の中で皿が、もの凄い早さで分解されて溶けていくけど。でもコレって、後でお会計が出来なくならないのか? あ、無限に寿司が出てくる俺のコンビニでは、会計の必要はないって事なのか。
そう思うと、この寿司店は本当に凄いな。調理から何から全てが自動で行われているし。皿も魔法分解されるって、かなりハイテクな回転寿司店な気がする。
しかも、それでいてこれだけの広大な規模がある訳だし。下手をすると2〜3000人くらいのお客さんを同時に収容しても、平気で運営が出来そうだ。
これは玉木が、ドヤ顔で自慢するのも納得だな。
「彼方様、このサーモンアボガド寿司というのが、とっても美味しいです! 私、本当に感激しました。異世界ではこんなに素敵なお店が、当たり前のように運営されているのですね!」
「う、うん……。でも、ちょっとだけ違う所もあるけどな。ここは何ていうか、普通の回転寿司店よりは、少し特殊で大き過ぎる気もするけど」
もしティーナが、俺達の世界にやって来る事があったとしたら。
回転寿司店で、お代を払わずに無限に回ってくるお寿司を延々と食べ続けてしまいそうで怖いよな。
あくまで俺のコンビニの中のお店は、全部『無限』の仕様になっているけれど。普通の回転寿司店は違うんだという事は、一応ティーナには教えておいた方が良いのかもしれない。
「おっ……彼方じゃないか! お前、もう体調は良くなったのかよ!」
後ろから突然声をかけられて、俺は声がした方向に振り向くと……。
そこには、桂木、藤堂、北川のコンビニの男3人組メンバーがお隣のファミリー席に勢揃いしていた。
見れば、うちのクラスのほとんどメンバーがこの回転寿司店に今は滞在しているらしく。
他にも琴美さくらや、秋山。それに、ヘリでグランデイルに向かったみゆきを除く、他のカフェ大好き3人娘のメンバーである小笠原に、野々原。そして、2軍の勇者の四条もいた。
どうやら、紗和乃を除く全てのメンツがこの回転寿司店のテーブルに腰掛けていて。みんなで懐かしい日本のお寿司を楽しんでいるようだった。
「何だよ、お前達……。みんなして、この回転寿司に揃っていたのかよ? 他の地下階層の見学はもういいのか?」
俺は高級な大トロ寿司を、一気に3貫も口の中に放り込んでいる桂木に尋ねてみた。
「ああ、病院とか結婚式場とかもあって、確かに凄かったんだけどさ。まあ、そこにいても特に俺達にはやる事がないし。やっぱり、今回新しく加わった地下施設の中では、ここの回転寿司が断トツでアタリだったからな! ……あ、後から来た紗和乃は、地下9階の農園エリアを今は探索しているみたいだぜ」
なるほど。みんな欲望に正直な奴らばっかりみたいだな。地下探索よりも食欲を優先して、目先の高級寿司に釣られてしまった訳か。
まあ、回転寿司なんて本当に久しぶりだしな。
むしろ異世界に来て、回転寿司店で食事している、という状況の方がこの世界じゃ普通でない訳だしな。
でも、俺もずっとここで寿司を食っている訳にもいかない。そろそろ、他の階の探索にも向かうとするかな。
「玉木、そろそろ俺とティーナは下の階に向かおうと思うんだけど……お前はどうする?」
「ええ〜〜!? もう行っちゃうの〜? 私はまだここにいるよ〜! 後でテントを持ってきて、ここに住み込もうと思ってるくらいなんだからね〜。回転寿司店の探索なら私にぜひ任せてね〜!」
もう、これ以上ここで探索する事なんて無いと思うけど……。しょうがない。寿司に心を奪われてしまった玉木はここに置いて、別の階に向かうとするか。
「よし。ティーナ、次は結婚式場に向かおう!」
俺はさっそくティーナに声をかける事にした。
「ハイ、彼方様! 一緒に私達2人で、地下の結婚式場に向かいましょう!」
「ジーーーっ……」
俺とティーナの言葉を聞いた玉木が、寿司を食べながらジト目でこっちを見つめてきた。
「何だよ、玉木……? お前はここに残るんだろう? 何でこっちを睨むように凝視してくるんだよ」
「ううぅ〜! やっぱり、私も一緒に行く事にする〜! 彼方くん、私と一緒に結婚式場に行きましょうね〜!」
玉木が俺の手を取って、ぐいぐいと引っ張りながらエレベーターに向かおうとする。
「いいえ。彼方様は私と一緒に結婚式場に向かいますので。玉木様はこのまま、回転寿司店に残っていていいのですよ?」
「もう、お寿司はお腹いっぱい食べたから平気だよ〜! ねえ、彼方く〜ん? 私と結婚式場に早く一緒に行きましょうね〜〜!」
な、何だよ、この状況は……?
なんで地下7階の結婚式場の探索に向かうのに、ティーナと玉木のテンションがいきなり爆上がりしたんだ?
……まあ、いいか。あまり相手にすると、疲れそうだし。ここは放っておく事にしよう。
新しく出来た地下階層をちゃんと調べて。すぐにでも俺は魔王領を目指さないと行けない。
そして現在の魔王である『冬馬このは』に、女神教やグランデイル王国よりも先に、会いに行かないとだしな。