第十一話 忍び寄る『死』の恐怖
店内から、騒々しい音が繰り返し聞こえてくる。
コンビニの中に侵入してきた盗賊達が、闇雲に剣を振り回し。商品棚やレジ台を無差別に破壊している音だ。
「オイ、どこにいやがる! 出て来やがれッ!!」
「痛くはしないからよ〜! 優しくしてやるから安心して出てきなよ〜!」
「……チッ、てこずらすんじゃねぇよ、クソガキが! マジでなぶり殺してやるぞッ!!」
コンビニに侵入した獣達は怒鳴りながら、野蛮な咆哮を何度も上げ続ける。
そして――。
とうとう俺達が息を潜めて隠れている、事務所のドアの前に。スッ……と、黒い人影が立ち止まった。
俺は思わず息を殺して、じっと待つ。
ドアの前に立った男は、なぜかその場で動きが止まったままだ。全く動く気配が無い。
(――ん、何だ……? 何でコイツは、さっきから全然動こうとしないんだ?)
既に用意しておいた消火器のホースを片手に、俺はドアに身を寄せてじっと身構える。
視線をゆっくりと上にあげ、白いドアの上部分を訝しげに見上げた、その時だった――。
”――ドガッッ!!”
突然、銀色に輝く鋭い刃物の先端が、事務所のドアを深々と貫通した。
白いドアの上部に、深々と突き刺さる細い剣先。
その先っぽの部分はボロボロに欠け、鋭利で無骨な刃先の長さは、おおよそ15センチくらいだろうか?
白い木製のドアを易々と貫通し、部屋の内側に向け、その禍々しい金属の造形を晒し出していた。
「――きゃああああああああっ!!」
後ろに控えていた少女が、大きな悲鳴をあげる。
とっさに少女の口を押さえようかとも思ったが、もう手遅れだ。悲鳴は店内の隅々にまで響き渡ってしまった。
おそらく、コンビニの中に侵入してきた盗賊達全員の耳に、しっかりと聞こえてしまっただろう。
少女の悲鳴を責める事は出来ない。
むしろここまでよく恐怖に耐えて、我慢をしてくれていた方だと思う。極限まで張り詰めた緊張感の中、少女は必死に恐怖と戦ってくれていた。だからこの悲鳴はもう仕方がない。
だが……これでこちらの隠れ場所は、完全に奴等にバレてしまったな。
少女の悲鳴を聞きつけた盗賊達が、ここに俺達2人が隠れていることを確信し、我先にと事務所の前に殺到してくる。
俺はすかさずドアの下にある小さなスペースに、消火器のホースをねじ込んだ。
黒いレバーを全力で掴み、白い粉塵を勢いよく奴等に吹きかけてやる。
”ブシュゥゥゥウウ――――!!”
「ぐわああああぁぁっ!? な……なんだっ!? この白い煙は――!?」
ドアから一番近い所に立っていた男が、絶叫した。
きっと白い粉塵が、まともに目に入ったのかもしれないな。ハハッ! ざまあみろだぜ!
そのまま目を閉し続けて、ずっと地面でも這い回っていろよ、この変態猿どもがッ!!
ドア前に集結し始めていた黒い男達、全員に浴びせるように。
俺は消火器の白い粉塵を容赦なく連射し続ける!
「ゴホッ、ゴホッ……ゴホッ……!」
「グフッ……グヘッ……ブヘッ!!」
咽るように苦しみながら咳き込む声。そして鼻をすするような嗚咽が、ドアの向こうから複数聞こえてきた。
「どうだ、この発情オス猿共めッ! 興奮して頭に血が上っているお前等に、先にこっちが『白いモノ』をおみまいしてやったぜ! ざまあみろ、そのまましばらく賢者モードになって、全員大人しく逃げ帰りやがれッ!」
俺は絶叫しながら、雄叫びをあげる。
消火器のホースを持つ手により力を込めて、ノズルから噴き出る粉塵の勢いを更に強めていく。
粉まみれになった盗賊達は、全員、苦しそうに咽ながら咳を繰り返している。真っ白な視界の中で、お互いの居場所を把握する事が出来ずに、その場で足をもつれさせながら次々と倒れ込んでいく。
――よし、今だ!!
少女を逃がすタイミングは、ここしかないだろう。
俺は少女の手を取る。そして急いで裏口のドアへ連れて行こうとした……、まさにその時だった。
「なっ……!?」
俺の目に、信じられない映像が映り込んだ。
パソコンのモニターに表示されている、防犯カメラの映像。
店内で消火器の粉に苦しむ盗賊達の映像とは別に。
少女を逃がす為に、外の様子も確認しようと見た店外カメラの映像にそれは写っていた。
モニターには、1人だけ店内には入らず。コンビニの外で見張りをしている男の姿が映っていやがった。
(おいおい……マジかよ!? くっそ、外にまだ見張り役が1人、残っていたのかよッ!)
これはまずい。本当にまず過ぎるぞ!
これじゃ、この子を店の外に逃がしてやる事が出来なくなってしまう。
……とんだ誤算だった。
いや、俺がちゃんと全ての映像を確認していなかったのが悪い。
盗賊達が全員店内に入ったと、俺は思い込んでいた。
実際に防火シャッターを引き裂いて作った穴から、奴等は次々と店内に入り込んで来ていた。
外で見張りをしている男は、決して用意周到に……。万が一に備えて待機していたと言う訳ではないだろう。
おそらく、盗賊達の中にも雑用にこき使われているような格下の奴がいたんだ。
『お前の順番は最後だ、それまで外で待ってろ!』とでも言わんばかりに。そいつは外でたった1人、ただ待ちぼうけをさせられていただけなのかもしれない。
「クソッ、こんな想定外な事が! しかもまさかこの土壇場で起きるなんて、一体どうすればいいんだよ!」
仮に今、少女を裏口から逃がしたとしてもだ。
少女が外を駆けるその足音で……。
見張りの男に気付かれてしまう可能性が高い。
この場合、10人の男達に追われることに比べれば、相手が1人なら何とか逃げ切れるかもしれない――という問題ではないんだ。
例え相手が男1人だけだったとしても。
か弱い少女にとっては十分、それは命を落としかねない脅威なんだ。
店内に侵入した盗賊達全員を俺が引きつける。
その隙に、少女を裏口から逃す。
当初の計画通りにはいかなくなってしまった、この不測の事態に。俺は必死で脳内の思考を巡らす。
(どうする……? 一か八かで少女を裏口から逃がすか? 見張りの奴が案外トロくて見逃す事だってあるかもしれないぞ。けれど――)
もし……。
少女が外の男に見つかって、しまったのなら。
成人した大人の男の足の速さに、小さな少女が勝てる訳がない。
捕まって、仲間を呼ばれ。その後でゆっくりとケダモノ達に蹂躙されてしまう。
馬車の周りにいた男達のように、きっと笑いながらなぶり殺されてしまうに違いない。
――ドカッ!!
事務所の白いドアに、今度は長い槍が1本丸々と貫通して、深々と突き刺さった。
俺は少女に、いったん部屋の奥に隠れるようにと指示をする。
(くっそ……考える時間も与えてくれないのかよ!)
俺はドアの前に駆け寄り、再び消火器のレバーを全開で握りしめた。
再び噴き出される白い粉塵。
ドア前に我先にと群がっていた獣共が、再度吹き出された白い粉の餌食となって、また悶え苦み始める。
「グハッ……、ゴホッ、ゲホッ………!!」
勢いよく噴射させたので、もう消火器の中身はほとんど残っていないはずだ。
たしか昨日、黒い魔物達に使った時は30秒くらいで中身がスッカラカンになった気がする。
このわずかな時間で――。
俺は……もう、決断をするしかない!!
「ちっくしょう! こんなの、あまりにも無理ゲー過ぎるだろうが。少しくらい俺に優しく接してくれたっていいんじゃないのか、異世界さんよ! 俺が今まで読んできたネット小説なんかは、もっと異世界の勇者に対して難易度低めの親切設定が多かった気がするぞ。むしろ最初からチート能力全開のパターンが王道だろうが!」
ここで突然――、
『貴方は真のチート能力に目覚めました――』って、幼女声の女神様のアナウンスが脳内で流れるとかさ。
それか、その辺の池か何かに突き刺さっている伝説の剣から、突然声が脳内に流れてきて、
『我を呼ぶのはそなたか、伝説の勇者よ! さあ、我が力を思う存分に試してみるがよい!』
……みたいな、お約束の展開になるとかさ!!
そんなご都合主義的な流れが、少しはあってもいいじゃないのか?
そんな甘々展開でも読者は十分に満足出来るんだよ。頼むからこの場だけでも、何か俺に小さな幸運を掴ませてくれよ!!
………………。
くそっ!
もう、やめよう……!
俺は異世界には、何も期待しない事に決めたんだ。愚痴をこぼすくらいなら自分1人で何としてみせるさ。
コンビニを出す以外は、一般人と何も変わらない無能な勇者。そんな俺に何が出来るのかを、今は全力で考えるんだ!
俺は冷静に周囲を見渡してみる。
何かこの状況を打破出来る、突破口になるようなアイテムはないだろうか?
室内で目まぐるしく視線を彷徨わせていた俺は、やがてあるモノを視界の先に捉えた。
「――そうか、コレがあったじゃないか!」
俺がこの絶体絶命のピンチの中で見つけだしたモノ――。
それはコンビニのレベルが上がった時に、防火シャッターと一緒に新たな耐久設備として加わった、ある『装置』だった。
そう――。
それは『火災警報器』だ。
(……よし! これなら、イケるかもしれない! 少しくらいなら、ここからこの子を逃す時間を稼ぐ事が出来るかもしれないぞ!)
何か火の付くもの……。
そう、ライターのようなものはないのか?
あいにく俺は喫煙者じゃないので、そんなものをいつも常備している訳ではない。コンビニの商品としても、それはまだ扱っていない品物だからな。パソコンですぐに発注するというわけにもいかないだろう。
「どこか、どこかに何か置いてないか……?」
周囲を見渡し、目的の物を探す。
そして俺は事務所の中にある、ダンボール箱の中を漁っていると……。
――――ッ!!!
「よっしゃ! 土壇場でやっと俺にもやっとツキが味方してくれたみたいだぜ!」
箱の中には――、
1箱のマッチ箱が入っていた。
もう考えている余裕もない。
俺はすぐにマッチに火をつけると、椅子の上に飛び乗る。
そして天井に付いている火災警報器に向けて、火を近づけた。
”ウイーン―、”ウイーン―、”ウイーン―!!
俺の予想よりも遥かに騒々しい音で。
火災警報器から、爆音の警報音が店内に鳴り響く。
同時に火災の発生を報せる騒々しいベルの音が、一斉にコンビニの中に鳴り響いた。
音に合わせるようにして、店内の天井に付いているスプリンクラーヘッドからは、大量の水が放水される。
「――おい、なんだ……コレは!? うわっ!?」
事務所の前に殺到していた盗賊達が、水浸しになった床に足を滑らせて、勢いよく転倒した。
消火器で全身粉まみれになった所に、今度は天井のスプリンクラーヘッドから、大量の水が降り注いだのだ。
盗賊達は水浸しになった床の上で、次々と足を滑らせて転んでいく。彼等にとっては、突然天井から降り注ぐ水は全くの想定外だったのだろう。
何かの魔法攻撃を受けたのかと、全員が一斉に大混乱に陥ったようだった。
(よし、いいぞ! このタイミングでなら……!)
俺は店内で盗賊達が混乱に陥っている様子を、監視カメラの映像で確認すると、そのまま外で見張りをしている奴の姿も探した。
この混乱と店内から鳴り響く異音に気づいて、外にいる奴も様子を確認する為に、店の中に入って来てくれたら最高なんだが――。
だが、不思議な事に……。
さっきまでコンビニの外で見張りをしていたはずの男の姿が、監視カメラの映像からは忽然と消えていた。
「えっ? ど、どういうことだよ!?」
俺は慌てて、監視カメラの映像を全てチェックしていく。
店内で床に転がっている連中の人数を数えたら、合計で9人いた。外にいた奴とあわせて、盗賊達は全部で10人だったはず。
「おい……。外にいた奴は、一体どこに消えちまったんだよ?」
既にもう、店内に侵入してきていたのだろうか?
俺が必死でカメラの映像から10人目の男の姿を、店内で探していた時――。
「うぎゃああああああああーーっ!!」
その答えは、叫び声となって白いドアの外から聞こえてきた。
「くそっ!! 黒狼だ! 黒狼が建物の中にいつの間にか入って来ているぞ!!」
店内の監視カメラの映像には、盗賊達とは別に。黒い魔物の姿が数匹、映り込んでいた。
昨日、コンビニを襲撃してきたあの黒い魔物達だ。
防火シャッターに開いた大穴から、黒い獣達は次々と店内に侵入してくる。監視カメラに映る黒い魔物の数は、次々と増えていった。
「一体、これはどうなっているんだ……?」
店内の様子が分からずに、俺は混乱する。
だが、外の監視カメラの映像に行方不明だった見張りの男の姿がやっと映り込む。その映像を見て、ようやく俺は現在の状況を把握する事が出来た。
コンビニの外で1人、見張りをしていた男は……。
無数の魔物達に襲われ、既に絶命していた。
――そうか。
黒い魔物達が火災警報器の音につられて、コンビニの周りに集まってきた訳か。
昨晩も、あの黒い魔物達は音に反応して攻撃をしてきていた気がする。
コンビニから鳴り響くけたたましい警報音。
それは、森の中に潜む魔物達を集めるのには、十分過ぎる程に大きな音だった。
見張りの男は、外で数十匹を超える黒い魔物達に一斉に襲われ、その体を喰いちぎられている最中だった。
おそらくはもう、既に絶命しているだろう。
黒い魔物達の大群は、その死体を貪りながら。森の奥へ奥へと男の体を引っ張っていく。
コンビニの周囲には、昨晩よりも遥かに多い数。
ゆうに、30匹は超える黒い魔物達の大群が集まり。店の周りをぐるりと取り囲んでいた。
俺は時計を見る。
時刻はもう既に18時半を回っていた。
「そうか……」
いつの間にかもう。
コンビニの外は、陽が沈む時刻になっていたのか。
監視カメラの映像はあまり鮮明ではなかった。なので、俺は外の明りが既に暗くなっている事に気付くのが遅れてしまった。
太陽の斜光が届かない暗闇の森。そこはもう、この異世界では、魔物達が支配する時間帯だ。
「ぐぅあああああっ!! くっ、くそッ……! もっと場所を確保しろ! このままだと全員食い殺されちまうぞっ!!」
コンビニの中は、今や阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっている。
店内に侵入してきた黒い魔物達の数は、既に20匹を超えている。
そして9人の盗賊達は、十分に反撃出来るスペースも無いまま、一方的に魔物達に襲われている状態だ。
おまけに天井のスプリンクラーからは、絶え間なく水が降り注ぎ続けている。盗賊達にとっては、今やコンビニの中は、足場も視界も最悪の状態だろう。
降り注ぐ水のシャワーで視野は狭まり、水浸しの床に足も滑らせてしまう。
平常時なら、容易に対処出来るであろう魔物達との戦い。
だが、コンビニの中という狭くて行動の自由が利かない不便な環境下だ。その中では、次々と負傷者を増やしていく悲惨な結果にしか結びつかない。
「グハッ……!!」
盗賊達の首領と思われる男が、背後から襲い掛かって来た1匹の黒狼に首元付近を噛みちぎられた。
その場に倒れ込み、大量の出血が床に流れ出す。
仲間達の必死の援護で、周囲の魔物をかろうじて振り払ったその男は、悲痛な声で絶叫した。
「ぜ、全員……撤退だ! 今すぐここから逃げるぞ! 各自バラバラに散ってアジトを目指すんだ! 死んだ奴は見捨てても構わん。何としてでも、ここから逃げ出るんだ!」
このまま狭いコンビニの中に残っていたら、全滅してしまう。盗賊達のリーダーはそう判断したのだろう。
コンビニの中にいた盗賊達が、防火シャッターに開けた大穴から、店の外へと一目散に逃げ出していく。
もう負傷者や、遅れた仲間にかまっている余裕などない。各自がそれぞれの判断で外に駆け出し、全力で逃げるしかなかった。
とにかく今は、早くここから遠くへ離れないと……自分達の命が危ないのだ。
俺は監視カメラの映像を注視しながら、震える少女の体を後ろから抱きしめて安心させる。
まだ全てが終わった訳ではない。
盗賊達がいなくなっても、今度は黒い魔物達が店内に残っている。それも昨晩よりも遥かに多い数で……だ。
俺達の命が脅威に晒されている状況は、まだ何も変わらない。
もう、このボロボロになった事務所のドアしか、俺達を魔物達から守ってくれる壁は存在しない。
おまけにもう、消火器も残弾無しときた。
だから、今はここで音を立ててしまう事は絶対に許されない。
部屋の中に残る俺達の存在を、魔物達に気付かせる訳には絶対にいかない。
俺達の姿を、気配を、存在を――。
全てを、今は消し去るんだ。
「………………」
――しばらくして。
盗賊達が完全にコンビニの周囲からいなくなったのを、俺は確認した。
静かに手を動かし、パソコンを操作して、火災警報器の音とスプリンクラーの放水を止める。
まだ店内には魔物の群れがたくさん残っている。
俺と少女は、お互いの体を抱きしめ合う。
音を立てないようにと、必死で互いの身体を支え合った。
「………………」
一体、どれくらいの時間そうしていたのかはよく憶えていない。
ただ……華奢な少女の体の温もりが、とても温かかった事だけは憶えていた。
お互いに、言葉は何も交わさなかった。
ただ目を閉じて、じっと動かずに。
静かにお互いの体だけを抱きしめ続ける。
そして、しばらく時間が経って……。
ようやく店内からは、何も音が聞こえなくなった。
目をゆっくりと開け、俺は監視カメラの映像を確認してみる。
コンビニの中にいたはずの黒い魔物達は、いつの間にかその姿が全て見えなくなっていた。
1匹でも隠れて待ち伏せしていたら、大変なことになる。俺は慎重に音を立てないようにマウスを操作し、監視カメラで店内の様子をくまなく調べた。
盗賊達に破壊され、水浸しになった無惨な店内。
数匹の黒い魔物の死体も、店内には転がっていた。
見渡す限り、辺りはシーンと静まりかえっている。
盗賊達も、黒い魔物の群れも。
今は、どこか遠くに去っていった後のようだった。
まだ森の中は、夜の闇に包まれていた。
店内にいた魔物達は、盗賊達を追って。どこかへ走り去っていったらしい。
コンビニの明かりに群がって、集まってきた魔物もいたのだろうが、俺達が完全に気配を殺していたのが功を奏したのだろう。
今は、店内には魔物は1匹もいない。
完全に無人で、もう襲われる心配の無い、安全な状態に戻っているようだった。
「――ふぅ。どうやら、本当にこれで全部。終わったみたいだな……」
これで、やっとひと安心なのだろうか?
俺と少女は、窮地からようやく解放された事を知る。
時計を見ると、時刻は既に23時を回っていた。
盗賊達が退散した後も、俺と少女は4時間以上もお互いの体を抱きしめ合いながら部屋の中でじっとしていた事になる。
心を無心にして、ずっと静かにしていたせいか。
時間がいつの間、こんなにも早く過ぎていた事に全く気付けなかった。
安堵した俺が、周囲の様子を探ろうと立ち上がりかけた時。少女はまだ俺の体に手を回して、必死に抱きつき続けていることに気付いた。
「もう、大丈夫だよ。全部、終わったから……」
そう声をかけて、俺は少女の金色の髪をゆっくりと撫でた。
少女が静かに顔を上げて、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
こうして改めて見ると――。
この子、本当に綺麗な顔をしているんだな。
なんだか余りに必死すぎて、全然意識なんてする余裕は無かったけどさ。
こんなに可愛い女の子の体を、俺なんかがずっと抱きしめていたなんて。それって実は、立派な犯罪なんじゃね? って急に不安になってきた。
やばっ……。
顔の表面が、急に赤く火照っていくのを感じるぞ。
ちょっとだけ、手先も震えてきた。
あの、俺……。本当に大丈夫なんだよね?
後で駅員さんや、お巡りさんに通報されたりとかはしないよね?
そんな不安に襲われていた俺の体に、少女が再び力を込めて強く抱きついてきた。目から大粒の涙を流して、大声を上げながら泣き叫んでくる。
「うわぁぁぁああああ……!! 怖かった……! 私、本当に怖かったです!!」
――お、おおっ!?
しゃ、喋った!! 俺は初めてこの子が発した声を聞いて、ビックリした。
もちろんこの世界の言語で話しているんだけどさ。
なんていうか、凄く可愛らしい声色をしているんだなって思ったんだ。
まあ、本当はまだ、あまり大きな音を立ててはマズイ状況なんだけどな……。
あの黒い魔物達が、音につられてまたコンビニに集まってきたら大変なことになる。
俺は泣きじゃくる少女の頭を、ずっと優しく撫で続けた。
直接手で触れる事で、温もりと安心感を与える為だ。
こんなイケメンっぽい行動を、普段から出来るようなキャラじゃないんだけどな、俺は。
でも、今は仕方がない。
怖がる彼女を、まずは落ち着かせる事が大事だと俺は判断をした。
正直な所――。
俺自身がもし、実家の母さんが近くに居たのなら『怖かったよ~!』って、泣きつきたいくらいの心境だったけどな。
だけど今、この子にとっては俺がその母親代わりなんだ。ここはお兄さん気分で、全てを受け止めてあげるべきだろう……と思う。
……うん。
きっとラノベの主人公なら、そうするだろう。
魔物達がまたコンビニに寄ってこないか、ちゃんと横目で監視カメラの映像を注視しながらだけどな。
もし、また魔物がやって来たのなら。
急いでコンビニをたたんで、また出し直せばなんとかなるだろう。
俺のコンビニは一度閉まって、もう一度出せば、中はすっかり元通りになる。
だから再び出し直せば、防火シャッターやガラス戸も全部元通りの状態に戻るはずだ。
そうすれば、また魔物達に襲われても。何とか耐えることが出来るだろう。
今はこの子が泣きたいだけ、泣かせてあげたい。
だって、あれだけ危険な目に遭ったんだしな。
もう安心なんだと、この子の気持ちが落ち着くまでは、このまま抱きしめ続けてあげよう。
『――ピンポーン! コンビニの勇者のレベルが上がりました』
――はっ!?
全く空気を読まずに、俺の脳内で突然鳴り響く機械的なアナウンス音。
(……おいおい、このタイミングでかよっ!)
空気の読めない脳内アナウンスと、その効果音に俺は毒づいた。
まあ、それはそれとして……。
俺は自分自身の能力の確認をすべく、少女の体を抱きしめながら、例の言葉を頭の中で呟いてみた。
(――能力確認!)
名前:秋ノ瀬 彼方 (アキノセ カナタ)
年齢:17歳
職業:異世界の勇者レベル3
スキル:『コンビニ』……レベル3
体力値:7
筋力値:6
敏捷値:4
魔力値:0
幸運値:6
習得魔法:なし
習得技能:なし
称号:無能の勇者
――コンビニの商品レベルが3になりました。
――コンビニの耐久レベルが3になりました。
『商品』
おかかおにぎり 鶏五目おにぎり
ハムエッグサンドイッチ チキンカツサンドイッチ
紅茶――(ストレート・ミルク・レモン味)
ジンジャーエール
が、追加されました。
『雑貨』
A4ノート
ボールペン(黒・赤)
洗剤
輪ゴム
が、追加されました。
『耐久設備』
強化ステンレスパイプシャッター
消灯スイッチ
洗濯機
が追加されました。
(ええ~っと、これは、何というか……)
新しく加わったメニューだとか、新しい耐久設備だとか、それに『雑貨』だとかさ。
何やらいろいろと、ツッコミ所はいっぱいあるんだが。
とりあえず一言だけ俺、文句を言ってもいいかな?
「何でレベル3で、コンビニに『消灯スイッチ』がやっと加わるんだよ!? そんなの最初から付けとけよっっ! この馬鹿コンビニがあぁぁぁ――!!」