第百九話 ティーナへの相談、そして……
俺はティーナにじっと見つめられて、思わず言葉に詰まってしまった。
やっぱりティーナは、全て分かっていたらしい。
クラスのみんなと話し合いをしていた時も、ずっとティーナは隣の席で俺の事を見つめていた気がしたからな。
「――彼方様。私には、彼方様の考えている事が全て分かります。最近は3人娘さん達や、新しくコンビニにやって来た香苗さんにも好意を持たれているので、『とうとう俺は、異世界ではハーレム勇者に成れたぞ!』と、日々卑猥な妄想をされている事も。コンビニの守護者であるレイチェルさん達に、これからは店長権限で定期的な身体検査も実施していこうかな? と密かに計画している事も、私には全て分かっているのです!」
「いやいやいや、俺……めっちゃ『ど変態』な扱いになってないですか、ティーナさん!? さすがに、そんなセクハラ大魔王みたいな事を考えたりはしないって……!」
特に図星を突かれた訳でもないのに。なぜか冷や汗を垂らしながら、ティーナの指摘を全否定しようとする俺。
そんな慌てふためく俺の姿を見て。ティーナはクスクスと、にこやかにその場で笑い始めた。
「うふふ。そんなに焦らなくても大丈夫ですよ、彼方様。今のは全部、冗談ですから。ちょっとだけこの場を和ませようと、ふざけてみたんです☆」
「冗談ですって……目が少しだけ、笑っていなかったような気もするけど……」
とりあえずティーナが、赤い蝋燭を机の上にいったん置いてくれた事に俺は一安心した。
マジで助かった……。『この、変態マゾ勇者めーー!』って、ティーナさんのサディスティックな拷問調教が始まったら、どうしようかと思ったよ。
「――では、本題に入りますね、彼方様。隠している事をもう……全て私に話して下さりますよね?」
穏やかな表情になったティーナが、俺の目をじっと見つめながら近づいてくる。
「分かった、全てを話すよ……! でも先にこの鎖を外してくれないかな、ティーナ? こんな格好じゃ、落ち着いて話す事だって出来そうにないし。あと、ティーナも普通の服装に戻ってくれないと、俺……たぶん色々と興奮してしまって、上手く話せないと思うんだ」
俺はもう観念をして、ティーナに全てを話す事にした。
元々俺は、この世界に来てからティーナと2人で何でも話し合って情報を共有してきたんだった。魔王の谷の底で暮らしていた時も、俺達は2人きりで極限状況の中を生き抜いてきた。
そう、俺とティーナはいつだってずっと一緒だった。俺が心から信頼を出来るのはティーナだけなんだ。
それがいつの間にかに、コンビニ陣営のメンバーが増えてきたりして。俺は色んな人に気を遣って、あまり考えている事や不安に思っている事を素直にティーナに話せなくなっていた気がする。
『――困った時は、ティーナさんに相談する!』
それはこれまでずっと、この世界で俺が1番大切にしていた事だったのを改めて思い出したよ。
もっとも今回のように、俺が冷や汗をかきながら必死に隠していても。賢いティーナさんには、全てお見通しな状態になってしまうんだけどな。
俺が覚悟を決めて、真剣な眼差しでティーナを見つめていると。
不思議な事に、今度はティーナの方が焦るようにして、もぞもぞと変な動きを始めていた。
……ん? どうしたんだろう?
不審に思って、俺はティーナに尋ねてみる。
「……ティーナ、どうしたんだ?」
「彼方様……その、すいません。実はこの鎖があまりにも頑丈過ぎて、私には解く事が出来ないんです。たぶんこの鎖を作ったレイチェルさんでないと、解錠出来ない仕組みになっているみたいなんです……」
「ええっ!? って事は、ここからレイチェルさんを呼びに行かないと鎖は解けないのかよ!? ロビーにいるレイチェルさんがいる場所までは、結構な距離があった気がするけど……」
「わ、私……! すぐに、レイチェルさんを呼びに行ってきます!!」
ティーナが慌てて、バニーガールの格好のままでスイートルームから外に出て行こうとする。
――いや! それはちょっとタ〜ンマだ、ティーナ!
そんな格好で、万が一にもクラスの他のメンバーにホテル内で鉢合わせをしたら、めちゃめちゃマズイ事になる気がする。
みんなは今、コンビニの地下階層に新しく出来た施設の見学ツアーに行っているはずだ。でも万が一、誰かがこのホテルに戻ってきて。バニーガール姿で息を乱して通路を駆けてきたティーナと遭遇したら、ヤバい事になるぞ!
よりにもよって、理由を聞かれたりでもして。まさか、スイートルームのベッドに鎖で縛り付けられている彼方様を助ける為、なんて説明をされたら大変だ!
きっともう俺は明日から、このコンビニの中で平穏に過ごせる居場所を確実に失ってしまうに違いない。スイートルームの中で、まっ昼間から2人で何をしていたんだと、みんなに責められる光景が目に浮かぶようだ。
「ティ、ティーナ……! ダメだーーッ! お願いだから、ちょっと待ってくれぇ〜〜っ!」
俺は慌てて部屋を出て行こうとする、ティーナを呼び止めようとした、その時――。
――”バタン!!”
「……総支配人様、鎖のカギですね? どうか、この私にお任せ下さい! この鎖は私が夜鍋をして作った特注製ですので、私にしか解錠する事が出来ない特殊仕様になっているのです」
突然、俺が縛り付けられているベッドの横のクローゼットの扉が開いたと思ったら。何とその中から、レイチェルさんがいきなり姿を現した。
「レ、レイチェルさん……!? 一体どこから現れたんですか? まさか部屋の中に最初からずっと居て、そのクローゼットの中に息を潜めて隠れていたんですか?」
俺とティーナが驚愕の表情を浮かべて、突然現れたレイチェルさんを見つめていると。
レイチェルさんはニッコリと笑いながら、淡々と俺の体を縛っている鋼鉄の鎖を解いていく。
「まさか、そのような事はございません。ホテルに宿泊されているお客様のプライバシーを侵害するような事は、絶対に致しませんので。ただ――総支配人様が緊急時の場合に限り。私はこのホテルのあらゆる場所に駆けつけられる仕組みになっているのです。ですのでどうか安心して、ホテル内で快適に過ごして下さいね!」
ピンク色の髪を揺らしながら、爽やかな営業スマイルでこちらに微笑みかけてくるレイチェルさん。
……うん、レイチェルさん。
その説明、意味が全然分からないです。
仮に俺がピンチの時だけだとしても、宿泊客のプライバシーが守られているような気が全くしないんですけど。
まぁ、でもレイチェルさんは守護者達のリーダーでもあるし。もしかしたら、コンビニの地下階層を守る為の特殊な仕様があるのかもしれないな。
そう考えると、現在の魔王である冬馬このはを守る最後の4魔龍公爵――黒魔龍公爵が魔王の側をずっと離れないという情報も……。黒魔龍公爵が冬馬このはに仕える守護者達のリーダーとして、動物園の最深部から出れないという理由があるのかもしれない。
だからもし、黒魔龍公爵に直接会うとしたら……。
きっと冬馬このはが出現させている動物園に、直接こちらから潜入するしかないのだと思う。
「……さあ、鎖は外れましたよ、総支配人様」
「えっ!? ありがとうございます、レイチェルさん」
考え事をしていたら、あっという間にレイチェルさんが俺の体をベッドに縛り付けていた鎖を解いてくれた。
「いえいえ。総支配人様はこれからティーナ様と大切なお話をされる所だと思いますので……。私はこの部屋から、すぐに退室をさせて頂きますね」
ニッコリと微笑んで、キョトンとしている俺とティーナに別れの挨拶を告げるレイチェルさん。
一体、レイチェルさんはどこまで全てを見通しているのだろうか。何だか……ちょっとした忍者みたいな雰囲気にも見えてきたけど。
帰りがけに、自分の着ていた灰色の制服を脱いで。それをティーナに着せてから、レイチェルさんは素早く部屋から出て行った。
普段、レイチェルさんはトレードマークの灰色の制服をめったに脱がないから。Yシャツ姿になったレイチェルさんを初めて見て、俺はちょっとだけドキドキしてしまう。
「……ふぅ。何だか呼んだら、またクローゼットの中からレイチェルさんが忍者みたいに出てきそうで、少し落ち着かない感じになっちゃったな」
「そ、そうですね……! レイチェルは、本当に何でも出来る凄い方ですものね」
俺とティーナは、2人で顔を見合わせて笑い合う。
気持ち的にも、丁度落ち着いてきたので。俺はティーナに今までに起きた出来事を全部話す事にした。
ミランダの戦場で遭遇した、女神教のリーダー格である『枢機卿』の存在の事。その枢機卿が戦場で俺の事を見て突然、錯乱してしまった事。
そして先程、紗和乃とみんなにはまだ内緒の内容の話をしていた件についても。洗いざらい全てを俺はティーナに話して、相談してみる事にした。
ティーナは俺の話す言葉の全てに、しっかりと耳を傾けてくれて。最後まで真剣に話を聞いてくれた。
……ああ、やっぱり大切な人に話を聞いて貰うって、本当に大事なんだな。心の奥でつっかえていた気持ちが、少しずつスゥ〜っと楽になっていくのを感じる。
「……なるほど。この世界の過去に、彼方様と同一の人物が既に召喚されていた可能性があるのですね。そしてその時に一緒に召喚された、もう一人の玉木様が今もこの世界では生き続けていて。現在は女神教のリーダー格でもある、『枢機卿』と名乗っている可能性があると」
「ああ、絶対にそうだという確信は無いんだけどな。でも俺のコンビニで扱う事の出来る戦車やヘリと同じ形の物が、大量にこの世界には残っている事と――。枢機卿は俺の姿を見て、たしかに『彼方くん……』と呼んだと思う。それも、玉木と全く同じ声でだ。そこから推測すると、俺と同じ人物がこの世界の過去に召喚されていた可能性は高いと思うんだ」
仮にもう一人の俺や玉木が、この世界の過去に召喚されていた事が真実だとしたら。まだ分からない疑問はいっぱいある。
そもそも同じ世界から召喚された同一人物が、この世界に再び召喚されるという事があり得るのだろうか?
それは、紗和乃が言っていたように……。この世界に幾つも存在しているという並行世界のような場所から呼ばれてきた俺なのか?
それとも全く同じ世界から、何かの条件だけが僅かに違う、ほぼ同一人物の俺が再度この世界に召喚されたという事になるのだろうか?
そしてその時に、玉木もこの世界に召喚されていたとしたら――。
今回の異世界召喚で呼び出されたクラスメイトの合計31人が全員、同じように過去にも召喚されていたという事になるのだろうか?
その場合は、玉木以外にもこの世界でまだ生き延びている他のクラスメイトがいるのか? それとも過去にこの世界に召喚をされたのは、俺と玉木の2人だけだったのか? その辺りの事が、まだ全然分かっていなかった。
俺が深い息をつきながら、その場で俯いていると。ティーナが優しく俺の頭を撫でてくれる。
「それで先ほどの会議中、彼方様は玉木様の事をずっと心配されていたのですね。彼方様が何か申し訳ない事をしてしまったかのように、どこか悲しい目で玉木様を見ていられた事を、私も不思議に感じていました」
「俺は玉木の事を……そんな悲しそうな目で、ずっと見つめていたのか?」
「――ハイ。きっと玉木様も、その事に気付いていたと思いますよ。彼方様の様子や言葉のかけ方も、いつもとは違う感じになっていましたので……」
……そうだったのか。
もしそうなら、かえって玉木を不安にさせてしまうような行動をしてしまったかもしれないな。
これからは出来るだけ玉木に、普段と同じように接するように努力しないと。
でも、どうしても俺の頭の中には……あの黒い枢機卿の取り乱した姿や、苦悶の表情が浮かんできてしまうんだ。
もし、このまま元の世界には帰れずに……。ずっとこの世界に残り続けていたら。俺達はどんな生涯をこの世界で送るのだろう。そんな不安や焦りを、俺やクラスのみんなもずっと思ってきたはずだ。
そんな漠然と心の中で抱いていた不安を、まさに形として具現化してしまったのが……あの『もう1人の玉木』の存在なんじゃないだろうか?
真っ黒な衣装に……朧な陽炎のように。淡い存在感しか感じる事の出来ない枢機卿の姿。
大昔にこの世界で暴れていた大魔王と一緒のタイミングで、もう一人の玉木がこの世界に召喚されていたとしたら……。一体、あの玉木はもう何年この世界で生き続けているのだろう。
きっと数百年ってレベルじゃないよな? おそらくは、数千年以上だよな。
女神教を率いて人々を平気で殺せるようになっちまうくらいに、心も体も丸ごと暗黒面に堕ちてしまうような日々を、あの玉木はこの世界でずっと過ごしてきたという事なのか?
だとしたら、それは余りにも悲し過ぎるだろう。
そして大昔のコンビニの勇者……つまり、もう1人の『俺』は、最期は一体どうなったんだ?
魔王の谷が、昔のコンビニの大魔王の墓だというのなら。きっと昔の俺はもう、この世界では死んでしまったんだろうけど。一体、この世界で何をしようとしていたんだ? 何で世界を滅ぼして、支配しようとするくらいに大暴れしていたんだよ……。
「……彼方様、大丈夫ですか?」
俺はまた額から大量の冷や汗をかいて、激しく息を乱していた。
「ああ、何とか大丈夫だ……。少しだけ頭痛がしたけど平気だと思う。どうもあの枢機卿の事を頭で考えると、体の調子が悪くなってしまうみたいなんだ。もしかしたら暗殺者の能力に、そういったスキルがあったりするのかもしれないな」
可能性としては、対象の事を考えようとすると。その意識を阻害するような特別な能力が、あの枢機卿にはあるのかもしれない。
俺がうなだれるように頭を抱えてしまったので、ティーナが心配そうに俺の体を、そっと自分の胸に抱き寄せてくれた。
「彼方様は、その枢機卿という女性が玉木様と同一の存在なのだと思い。玉木様がこれから未来に歩まれるかもしれない可能性の道を想像して、心配されているのですね?」
「……うちの玉木と、あの枢機卿は別の存在なんだと俺は信じたい。でも心のどこかで同じ存在に思えてしまう自分がいて、今も頭の中が混乱しているんだと思う」
俺が視線を落として落ち込んでいる姿を見て。ティーナは何かのアイデアが浮かんだかのように、ポンと手を叩いて声をかけてきた。
「――分かりました。では、彼方様。こう考えてみましょう。今から私がそこのクローゼットを開けたら、私と全く同じ外見をした『もう一人のティーナ』が中にいるとします。彼方様は明日から、2人のティーナに均等に愛を注ぎながら生きていく事が可能だと思いますか?」
「……えっ? 同じ外見をした、もう一人のティーナって、それはどういう意味なんだ?」
俺はティーナの言っている事の意味が分からずに、その場で狼狽えてしまう。
「彼方様が毎朝、私に濃厚なキスとハグをしてくれるように。もう1人の外見が全く同じティーナにも同じ事をして、夜はベッドの中に入って3人一緒に朝まで過ごす事が出来ますか? ……という、とても簡単な質問ですよ☆」
ティーナさん? それ、何だか余計に意味が分からなくなってきたんですけど……。
「えっと。俺は毎朝、ティーナと濃厚なキスとハグなんてした事がないんだけど……。でも、例え同じ外見のティーナがもう1人現れたからといって。俺と一緒に過ごしてきたティーナと、全く同じように接するのは無理だよ」
俺はティーナの目を見て、真剣に訴えた。
「……だって俺とティーナの間には、一緒にソラディスの森で盗賊達の襲撃を耐えた想い出がある。それに壁外区でコンビニ経営をした、楽しい思い出だってある。ティーナと俺には、一緒に様々な経験を乗り越えた深い信頼関係があるんだ。例え外見や中身が似ていても、同じ記憶を共有していない別のティーナがいきなり現れたからって、平等に接する事なんて絶対に無理だよ!」
俺が力強く断言をすると。ティーナは安心したように微笑みながらウンウンと頷いた。
「……つまりは、例え同じ人物かもしれない玉木様でも。その玉木様がどのような人達と出会い、どう過ごしてきたかによって、その内面や中身は全く異なるという事ですよね? 彼方様は私達と一緒に過ごした玉木様が、残忍な女神教のリーダーになってしまうと本当に信じているのですか?」
「うちの玉木は仲間想いで、誰に対しても優しく接してくれる心の優しい奴だ。絶対にそんな風にはならないと、俺は信じてる!」
「私もそう思います。もう1人の玉木様は確かに、別の可能性を辿った玉木様の運命の1つかもしれません。ですがそれは、彼方様の知っている玉木様と必ずしも同一の人物ではありません。別の玉木様が辿った運命まで、彼方様が背負い込んでしまったり、罪悪感を感じてしまう必要はないと思います。彼方様は今現在、コンビニの中で一緒に過ごされている玉木様の事を大切にすべきです。でないと、私達と想い出を共有している本当の玉木様まで、失う事になってしまうかもしれませんよ?」
ティーナの話してくれた言葉に、俺は思わずハッとする。
「……そうか、そうだよな。枢機卿の存在についてはまだ謎が多いけど。少なくてもアイツは、沢山の罪のない人々を平気で殺してしまうような残忍な奴だ。俺の知っている玉木は、自分の利益の為に人々を殺害したりなんてしない、心の優しい奴だと信じてる。その事を、この俺がちゃんと信じてやらないといけないよな」
俺がベッドの上で顔を上げて、力強く頷くと。ティーナもそんな俺の顔を見て、笑顔で微笑んでくれた。
「よし! 俺は大切な仲間達を守る為に、あの女神教の枢機卿と戦うぞ。そして、この世界の謎を解き明かすんだ! 過去の俺が何をやらかしたのかは知らないが、同姓同名の別人の俺がしでかした事まで責任は持てない。だって今の俺は、そいつとは別の存在だからだ。俺はこの世界を支配なんてしないし、玉木をあんな風に闇堕ちさせるような事は絶対にしない。だからちゃんと、今の現実と向き合わないといけないんだ!」
ティーナの話を聞いて、俺は本当にやるべき事をやっと思い出せた気がする。
枢機卿はもしかしたら、別の玉木がこの世界で歩んでしまったもう1つの可能性なのかもしれない。
でも、そんな別の存在の玉木に……俺の大切な玉木や、クラスのみんなを殺害させる訳にはいかない。
俺はあの哀れな運命を辿った枢機卿を、もう救ってやる事は出来ないのかもしれないけど。少なくとも俺のそばにいる玉木だけは、絶対にあんな姿にはさせたくない。それだけは……本当に強く断言出来るんだ。
さっきまで沈み込んでいた弱い心を勇気付けてくれたティーナに、俺はどうしてもお礼がしたくて。
そっと、ティーナの細い体を力強く抱きしめた。
「か、彼方様……!?」
「いつもありがとう、ティーナ……。俺はティーナがいないとやっぱりダメなんだ。ティーナがいてくれるだけで、俺は俺のままでいられる気がする。だから、やっと決心がついたんだ。俺はもう……元の世界には戻らない! この世界でティーナと一緒に、2人で暮らしていくんだって」
「……彼方様、嬉しいです。私もずっとずっと彼方様のお側で生きていきます!」
ティーナも俺の体をギュッと、抱きしめ返してくれる。
…………。
あっ、これはちょっとヤバいかも……!
レイチェルさんの制服を羽織ってはいるけれど。ティーナは今、制服の下は露出度の高いバニーガール服のままなんだった。
だから、あまり強く抱きしめてしまうと。恐ろしい程に柔らかいティーナの肌の感触が直接伝わってきてしまう。
いけない……! このままじゃ、俺は理性を保てなくなってしまう可能性があるぞ。
こんな状態のままでいたら、きっと俺は別の意味で『魔王』になってしまうに違いない。
ううっ……。でも、もう俺だけの意思ではとても抑えられないような。クッ、このまま俺はアッサリと『魔王』に成り果ててしまうのか……!
”――トゥルルルル!! トゥルルルル!!”
突然、スイートルームの室内に備え付けられていた、固定電話の呼び出し音が鳴り響いた。
大きな電話の音にビックリして、俺とティーナは思わず抱きしめ合っていたお互いの体を離してしまう。
何でこのタイミングで、いきなり電話が鳴るんだ?
俺は慌てて、電話の受話器を取ってみると――。
『――総支配人様。大変申し訳ございません。今、玉木様がもの凄い速さで、そちらの部屋に向かわれています。私も止めようとはしたのですが、どうしても玉木様の全力ダッシュを抑えきる事は出来ずに、申し訳ございません』
「……な、何だって!? 玉木がこの部屋に向かっているって言うのかよ? で、でも……何でこの部屋の場所が分かったんだ?」
もしかしたらレイチェルさんが、玉木に俺達のいる部屋の場所を教えたんじゃないのか? と、俺は問い詰めようとしたんだが――。
その前に、なぜか一方的に電話は切られてしまった。
そんな、またしてもやりやがったな、レイチェルさん!
あの人、絶対に確信犯だろ! 今頃また『プププ……』って、陰でこっそり笑っているに違いないんだ。憶えていろよ! 絶対にこの件については後で問い詰めてやるからな!
俺は慌てて、この部屋のドアを閉めようと。
ベッドから飛び起きようとしたが、その前に――。
”――バタン!!”
……と、スイートルームの入り口のドアが、勢いよく開かれる音が室内に鳴り響いた。
「彼方く〜ん! ティーナちゃ〜ん! 聞いてよ〜! 地下の回転寿司店がもの凄い事になっているのよ〜! 本当に極上のマグロ地獄を、永遠に味わえるのよ! 死ぬほど食べても食べきれないくらいに無限に高級寿司が味わえるから、早く回転寿司店においでよ〜!」
オートロックのはずのドアを、なぜかあっさりとクリアして。俺達がいるスイートルームの中に、ズカズカと侵入を果たした玉木は――。
ベッドの上でちょうど着替えようと、羽織っていた制服を脱いで元のバニーガール姿になっていたティーナと。
呼吸も荒く、焦りで汗をびっしょりとかいている、いかにも怪しい姿に成っている俺を……黄色いワニの目のように『ギロリ』と見つけてしまう。
「な、な、な……!? ここで、一体何をしようとしているのよ、彼方くん!? この世界の住人のティーナちゃんに、無理矢理そんな破廉恥な服を着せて。真っ昼間から襲いかかろうとするなんて! これは絶対に軍法会議ものよ! クラスのみんなに報告をして、麻衣子ちゃんの超大型クマのぬいぐるみの足裏に括り付けて『ゴマのすり潰しの刑』にして貰うんだからね! 覚悟しなさいよ、今回は温厚な私だって流石に激おこなんだからね〜! 今日から私は闇堕ちして『魔王』になっちゃうんだからね〜!」
…………。
という訳で、俺の決意も虚しく。
玉木は闇堕ちして、真の『魔王』になってしまいましたとさ――。ちゃんちゃん(終)
この後、俺は散々に玉木に叱られて。その後はコーラと昆布おにぎりを大量に賄賂として渡したら、なんとか機嫌は直してくれたんだけどな。
まあ、昆布おにぎりとコーラのセットだけで魔王化を防げるのだから。やっぱり、うちの玉木は心の優しい奴なんだと思う。
でも、これからはあまり機嫌を損ねないように気をつけないと。明日から急に『私、女神教に入る〜!』なんて言われたりでもしたら、目も当てられないからな。




