第百七話 新しいコンビニの地下探索の前に
クラスのみんなとの会合を終えた俺は、いったん体を休める為にホテルの自室に戻る事にした。
本当はコンビニに新しく追加された地下施設を、じっくりと見て回りたかったんだけど。
ミランダの戦いの後から、ずっと体調が悪そうにしてた俺の体を心配して。ティーナがいったん自室に戻って、休みましょうと提案してくれたからだ。
なので新しい地下施設は、玉木や紗和乃達がみんなを連れて、俺を抜きにして先に見学してくる事になった。
「じゃあね〜! 彼方くんはしっかりとホテルの部屋で体を休めてくるんだよ〜! ティーナちゃん、コンビニ共和国の大統領さんの事をよろしくお願いね!」
「ハイ、玉木様! お部屋で彼方様をしっかりと看病してきますね!」
玉木は笑顔でティーナに向かって手を振る。
玉木の奴、親友の紗和乃と一緒にまるでピクニックに行くみたいに楽しそうな笑顔を浮かべているな。
玉木も俺の体調を心配していたみたいだったけど、俺が会議の中で玉木の事ばっかり気にかける発言をしてしまったものだから。
玉木の奴……きっとティーナがその事に嫉妬していないかと心配になって気を遣ってくれたらしい。だから俺とティーナを2人きりにさせてやろうと、配慮してくれたんだと思う。
いつも家猫みたいに、のほほんとした顔をしているくせに。周りの人への配慮だけは、本当に人一倍気にかけてくれる優しい奴だからな。
俺もさっきは、女神教の枢機卿の事を考え過ぎていたと思う。体よりも心の疲労の面で、メンタルが疲れていたのは事実だった。
だからここは素直に、ティーナと一緒に自室で少し休む事にしよう。
でも……本音を言うと。みんなと新しいコンビニの地下施設を見て回りたかった、という気持ちもあった。
なにせ俺のコンビニのレベルが上がったのは、本当に久しぶりの事だからな。
たしか、最後にレベルが上がったのは……。
3軍のみんなと合流して。ドリシア王国に向かう前に、空から襲撃してきた紫色のガーゴイルの群れと戦った後くらいだったかな?
それからもう、結構な時間が経ったと思うけど。俺のコンビニはその時以来、全くレベルが上がっていなかった。
しかも今回、久しぶりレベルアップをした俺のコンビニは、一段と大きな進化を遂げている。
新しく追加された施設は、
地下6階 回転寿司店
地下7階 結婚式場
地下8階 病院
地下9階 農園
――と、いった感じだ。
そして、一体どんな物なのか気になるのが、
異世界ATM
コンビニ支店1号店――の2つだな。
俺のコンビニは地下に向かってぐんぐんと伸びていき。まるで高層デパートが、地下に向けて逆向きに成長しているかのような不思議な状態になっている。
だけどこれは多分、俺の推測になるけど。コンビニの地下階層は、実際には地下に向かって深く突き進んでいる訳ではなくて。コンビニの事務所に出来た、地下シェルターと同じ様な仕様になっているんだと思う。
つまり、それぞれの地下階層が一見すると全部繋がっているように見えるけど。おそらくその全てが、別々の次元にある『異空間』に存在しているのだろう。
だからそれぞれの階層を結ぶ『直通の階段』は、決して出来ないんだ。
倉庫から地下に繋がっているエレベーターは、地面の下に向かって進んでいるんじゃない。もしかしたら、それぞれに独立した異空間に存在しているコンビニの地下階層を、次元をまたいで空間移動しているのかもしれないな。
「それにしても、地下6階に回転寿司店かよ。コンビニが人々の願望を実現させているとして、地下7階の結婚式場が杉田の願いを叶えているのは、まあ分かる。でも、回転寿司店は一体誰の願いなんだ? 俺って、そんなに回転寿司を食べたいと常日頃から願ってたかな?」
「――彼方様? 回転寿司店とは、一体どういう所なのでしょうか?」
「……ん? ああ、ティーナはこっちの世界の人間だから回転寿司店は分からないよな。まあ、簡単に説明をすると。お皿に小分けされた『お寿司』という料理が、グルグルと回りながら自動でテーブルに届くんだ。お食事をしつつ、エンターテイメント感覚も楽しめる料理屋さんっていう感じだな」
「凄いです! ぜひ、その回るお寿司というものを私も食べてみたいです。お部屋で少し休んでから、私にもぜひそのお店を紹介して下さいね、彼方様!」
ティーナが嬉しそうに俺の腕を掴んで、はしゃいでいる。頭が良くて好奇心の旺盛なティーナは、新しいものを見るのが大好きだからな。
ティーナにとっては、コンビニの商品の全てが未知との遭遇で溢れているのだろう。だからコンビニの中にいて、退屈になるという事は無さそうだ。
みんながエレベーターで、下に降りていった後。
フロアに残った俺とティーナの2人に、横から急に声をかけてくる人物がいた。
「――彼方くん、ちょっといいかしら? 実は2人だけで少し話がしたいんだけど……」
「えっ? 紗和乃? あれ……お前は玉木と一緒に、地下に行ったんじゃなかったのか?」
みんなと一緒に、下に降りたと思っていた紗和乃がまだここに残っていた事に俺は驚く。
「忘れ物があるからって言って、紗希ちゃんには先に行ってもらったの。それより今、時間は大丈夫? ティーナさん、ごめんなさいね……。ほんの少しだけ、彼方くんをお借りてもいいかしら?」
突然、声をかけてきた紗和乃に。ティーナもビックリしたみたいだった。俺の方に向き直り、大丈夫かと心配そうにティーナは聞いてくる。
俺はコクリと、ティーナに頷いて。何やら訳ありの話があるらしい、紗和乃の後に付いて行く事にした。
地下1階の臨時レストランの隅の方に呼び出された俺は、紗和乃にそっと尋ねてみる。
「……こんな所に呼び出して、一体何の話だ? わざわざみんながエレベーターで下に降りてから話をするなんて。聞かれたら困るような話でもあるのかよ?」
紗和乃は真面目な性格をしているからな。きっと冗談とかではなく、真剣に俺に伝えたい事があるのだろう。
「うん。今から話す事は、ちょっとみんなの前では話しづらい内容だったから……。しかも、全部まだ私の推測でしかない話なの。だから、みんなを混乱させたりしないようにって思って、彼方くんだけに話す事にしたの」
「みんなには話づらい内容……? それは、一体何なんだ?」
俺は訝しげな表情をして、紗和乃に尋ねてみる。
紗和乃は、エレベーター前で待っているティーナにも聞こえないようにと、小さな声で俺に話してきた。
「うん。彼方くんはミランダでグランデイルのクルセイスに会う前に、倉持くんから手書きのメモを貰ったって言ってたわよね。それを、見せてくれないかしら?」
俺は先程の会議の時に倉持に会った事や、メモの事もざっくりと話をしたのだが……。紗和乃はその倉持が、俺に手渡してきたというメモの内容が気になったらしい。
少しだけボロボロになってしまった倉持からのメモを、俺は紗和乃に手渡した。
改めて俺と紗和乃は、倉持が手書きで書いたと思われる。日本語で書かれたメモ用紙の文章を、注意深く目で追いながら読んでみる。
その小さな紙には、こう書かれていた――。
『――みんなを殺したのは、その女だ。
クルセイスが全員を直接手にかけた。
その女は『遺伝能力』の能力者で
異世界の勇者が束になっても勝てないくらいに強い。
だから、決して油断をするな。気をつけろ。
僕は常に監視をされている。
レベルが上がって蘇生回数が増えても
元の世界に帰れないように、すぐにその女に
殺されてしまう。――助けてくれ』
そのメモを最後まで読んだ紗和乃が、顎に指を当てながらうーん……と、首を深く傾げる。
「この『レベルが上がって蘇生回数が増えても、元の世界に帰れないように、すぐにその女に殺されてしまう』という部分が気になるわね。彼方くんは、この言葉の意味について、どう思う?」
「俺にはまだ、この文章が指す意味が分からないけど、紗和乃には何か引っかかる部分があるのか?」
「そうね。不死者の能力を持つ倉持くんは、たしか5回死んでも生き返れる能力を持っていたはず。でも、このメモの記述を読む限り。倉持くんはきっとレベルアップをして、蘇生出来る回数が増えたのかもしれないわ。そんな倉持くんをクルセイスがどうして殺そうとしたのか? その理由がよく分からないのよね……」
倉持を何度も殺す……って、物騒な話になってきたな。
あの常に理解不能な行動をとるクルセイスが、流石にそこまでやるのかよ、と口に出しかけたが――。
いや、実際にそれは十分にあり得る事だと思った
「――そう。倉持くんはきっとグランデイル王国に対して反逆を企てた罪もあって、罰としてクルセイスに何度か殺されてしまったのよ。でも、その事を倉持くんは『元の世界に帰れないように……』と、このメモの中では書いているわ。これはつまり、倉持くんはグランデイル王国の地下にある『ゲート』の存在と、その謎を知っていたんじゃないかしら?」
「えっ……、それは倉持が『ゲート』についての情報を最初から知っていたという事なのか?」
そういえばククリアも以前、俺と話をした時に。不死者の勇者である倉持が、元の世界に戻る方法について何かを知っている可能性がある事を教えてくれた気がする。
そしてその事を倉持が、俺達に隠している可能性がある事も教えてくれていた。たしか共有の能力で、倉持と話をした時に何かを感じ取った……って言っていたな。
俺は倉持とミランダの戦場で会った時に、その辺りの事を含めて……本当はもっとアイツに問い詰めるべきだったんだ。
でも、あの時は2軍のみんなが殺されてしまった事実を知り冷静さを失っていた。結果として倉持の野郎に、ただの道案内をさせただけで終わってしまった。
「そう思うと、俺はせっかく倉持に再会出来たというのに。アイツから何一つ有益な情報が引き出せなかったんだな……」
「彼方くんが、自分を責める必要はないと思うわ。それにこの話は全部、ただの推測でしかないのだから。でも、もしそうなら倉持くんがあれだけグランデイル王国に、過保護にされていた理由が分かったかもしれないわね」
「倉持が大切にされていた理由……? それは一体何なんだ?」
確かにクラスの委員長である倉持は、グランデイル王国において、最初からめちゃくちゃ丁寧に扱われていたような気がする。なにせ始めの頃は、クルセイスの愛人でもあった奴だしな。
俺達はその理由を、倉持が最初から2つもチート能力を持っていた特殊な存在だったから……と思っていたのだけれど。
もしかしたら他の理由があったから、倉持は大切に扱われていた可能性があるというのか。
「もちろん、まだ何も分かってはいないんだけどね。もしかしたらゲートを使って異世界に渡るには――その人間の『命』が必要になる可能性もあるのかな、って思ったの。だから回数は限定されているけれど、不死者の倉持くんはゲートを使って元の世界に戻れる能力を最初から持っていたという事になるのよ。女神教の魔女達が魔王を倒して不老の寿命を手に入れたとしても、未だに手に入れる事が出来ないもの、それは『不死の命』なんじゃないかな?」
「女神教が本当に欲しがっているのは、不死の命だというのか。なるほどな、それなら倉持の能力はまさにうってつけだな」
「うん。魔王種子を手に入れた魔女達は、永遠に歳を取らないとしても、誰かに殺されてしまえばやっぱり死んでしまうのよ。だからもし、ゲートを使って異世界を渡る条件が『不死の命』なのだとしたら……。女神教の魔女達は永遠にゲートを使う事は出来ないという事になるわ」
「異世界を渡るには、ゲートに自分の命を捧げないといけない。だとしたら、例え無限の寿命を持っていたとしても意味が無い事になるな。それこそ、倉持の持つ能力のように。何とかして『死なない不死の能力』をどこかから手に入れてこないと、ゲートは使えないって事か」
あくまで紗和乃の考える仮説でしかないけど。それは確かに信憑性のある話だと思った。
「だからこそ、女神教が真に求める能力を持っていた倉持くんは大切に扱われていたのよ……。きっとクルセイスは、それ以外の勇者に全く興味がなかったのだと思う。それで貴重な研究対象である『不死者』の勇者を抱え込んでいるグランデイル王国は、女神教に対して今回、反旗を翻したのかもしれないわね。お前達の欲しいものをグランデイル王国は握っているんだぞ……ってね」
「…………」
うーん。紗和乃の仮説通りだとしたら、確かにそれはみんなには少し話しづらい内容だな。
ある程度、元の世界に戻れない可能性も許容して。クラスのみんなは今、とにかく必死に前に進もうとしているけれど……。
「さすがに、元の世界に戻る条件が自分の命を捧げて『死ぬ事』ってのは、ちょっとキツい条件だよな」
「……もちろん、この話はみんなにはまだしてないし。確証なんて何もない、ただの仮説でしかないんだけどね」
「分かった。でも、もしまた倉持に会えるとしたら、その辺りの事は確かめておきたい所ではあるな。もしかしたら今回の話は、女神教が何を求めてこの世界に異世界の勇者を召喚し、新しい魔王を作り続けているのかにも深く関係してるかもしれないからな」
究極的にはやっぱり、女神教が求めているのは――『不老不死』という事になるのだろうか? 『不老』の部分はもう手に入れたから。後は『不死』の能力が何としても欲しいと……。
――でも、その動機は一体何なんだろう?
少年漫画の悪役のように、不老不死になれたら『俺TUEEEーー!』みたいな理由とは違う気もするけど。
完全な不死を手に入れる事が出来れば、異世界に渡るゲートが無制限で使用出来る事になる。だとしたらそれを使って、どうしても『渡りたい異世界の場所』があるからという事なのだろうか。
もしかしたら、必死に座標を調べたり。不死の研究もしているのはそういう理由があるという訳か。
どちらにしても倉持が持っていた『不死者』の能力は、まさにこの世界で暗躍している連中が、喉から手が出るほどに欲しがっている能力という事になる。
ただ、それを倉持だけが使えても意味はない。その能力を研究して、自分達が使えるようにする必要があるから、倉持の存在は研究対象としても必要なのだろう。
「倉持くんがもし、ゲートを使用するのに必要な条件を最初から知っていた可能性があるなら。どうして私達にその事実を内緒にしていたのか……という所が謎ね。もしかしたら、ククリアさんが言っていた『座標』の事も既に知っていて。それを一人で調べようとしていたのかしら?」
紗和乃の言葉に、うーんと俺は首を傾げてしまう。
「……いや、アイツはきっとそこまで深く考えてないと思うぞ。何となくだけど、この世界で色々な能力を手に入れて、パワーアップをしてから元の世界に戻ろうと考えていたんじゃないかな? 倉持が目指していた最終目標を考えると、俺はそう思うけどな」
「えっ? 倉持くんの目指していた最終目標って……倉持くんは彼方くんに、自分の考えや将来のプランみたいなモノを伝えていた事があったの?」
「ああ……あったぞ。紗和乃には、その事を話してなかったな。あの妖怪倉持は、俺がまだグランデイルにいた時に突然店にやって来て、自分は選ばれた『救世主』になって元の世界を救済するんだとか、そんなアホみたいな事を堂々と真顔で言っていたぞ」
えーと、確か……この世界で手に入れた能力を自由に扱える自分が、そのまま元の世界に戻る事が出来れば『神』のような存在として崇められる。
だから人類を自分の理想通りに導いていけるだとか、気持ちの悪い願望をずっと一人でペラペラと語っていたな。
「そ、そうだったのね……。だとすると、かなり早い段階から倉持くんは、自分だけが元の世界に戻れるかもしれないと思っていた可能性が高いわね。そっか。だから、あんなにも平気な顔をしてクズな事を堂々と行えていたのかしら? 自分は特別な存在と考えていて、その能力に自惚れていたのね」
いつの間にか紗和乃まで、倉持の行動をクズ呼ばわりしている事に苦笑するしかない。
たしかにアイツは、その存在自体が妖怪じみたヤバイ奴だったけど。こうしてその行動や思考を読み解いていくと、今まで倉持がどういう目的を持って動いてきたのかが理解出来た気もする。
だけどそう考えると、やっぱり倉持は……元の世界に戻る為には『座標』が必要になる事を、知らないんじゃないだろうか?
おそらく正しい座標がなければ、例え不死の命がある倉持だとしても。俺達が過ごしていた、本当の『日本』には帰れないだろうからな。
「そうよね。仮にゲートを使って帰れた世界が、たまたま私達が元々住んでいた世界と似ている所だったとしても。もしかしたらその世界には、自分と同姓同名のもう一人の『自分』がいる可能性だってあるし。それこそSFの世界のように、自分という存在が『2人』いるような設定も成りたちそうで頭が痛くなるわ……」
「……紗和乃。もし、たまたま俺達のいた元の世界と、全てがほぼ瓜二つの世界があったとして。そこから同じようなタイミングで同姓同名の同じ人物が、この世界に過去に召喚をされる……なんて事はあり得ると思うか?」
俺からの謎の質問に、紗和乃は真剣に考えて返事をしてくれた。
「うーん。この世界には、似ているけど少しだけ違う並行世界は無数に存在している可能性はあるわ。でも例え似た世界があったとしても、そこから同じ人物が召喚されるなんて絶対にあり得ないと思う。それは宝くじを当てるよりも、遥かに低い確率のはずよ。無限にある並行世界から、全く同じ人物が召喚されるなんて……確率論からいったら絶対に無いと断言出来るわね。それこそ誰かが意図的に、そうなるように仕組まない限りはね」
「なるほど。誰かが、それを仕組まない限りは……か」
俺の脳裏には、どうしてもあの黒い枢機卿の姿が浮かんできてしまう。
「――彼方くん、大丈夫? 少し顔色が悪いわよ?」
「ん? いや、何でもないさ。それよりも貴重な話をありがとうな、紗和乃! 色々と俺も考えさせられる事が沢山あって、助かったよ」
俺は紗和乃に対して、深く頭を下げて礼を言う。
確かにみんなの前では、話づらい内容ではあったけど。この世界の謎を知れる有意義な話しが聞けたと思う。
少なくとも俺は、頭の中にあった黒いモヤモヤが解決出来る糸口を貰えた気がするんだ。
「この話の続きは、当の本人である倉持くんに会えたらまたしましょう。倉持くんは何か邪な野心があって、みんなに元の世界に戻れる方法を内緒にしていたのかもしれないけれど。今となってはその事を私達に話さなかったのは、かえって良かったかもしれないと思うの。正確な事が分かるまでは、この事を話してもみんなを混乱させてしまうだけだと思うし」
「そうだな。また倉持の野郎をとっ捕まえる機会があったら、その事を話し合おうぜ。それまでは、俺もコンビニ共和国の建国に集中させて貰う事にするよ!」
紗和乃との話を終えた俺は、ティーナの待つエレベーターの前にまで急いで戻る事にした。
途中――俺はまた、あの黒いローブを羽織った女性。女神教の幹部である枢機卿について考えてしまう。
あの黒い影をまとった女は……本当に俺のよく知っている『玉木』だったのだろうか?
それとも別の可能性を持つ並行世界から来た、別人の玉木だったのか?
どちらにしても俺の姿を見た枢機卿は、確かに俺の事を『彼方くん』と呼んでいた気がする。
……だとすると。この世界の過去には、やっぱり『もう一人の俺』も呼び出されていた可能性がある訳か。
そしてコンビニの能力を持った過去の俺は、もしかしたら大昔にこの世界の全てを支配したという『大魔王』となってしまったのかもしれない。
その大昔の大魔王がこの世界に残したという、魔王遺物。あの黒い戦車の大群も、空を埋め尽くした黒いアパッチヘリの群れも。
全ては、大昔にこの世界に呼び出された――もう1人のコンビニの勇者が過去に呼び出した物なのだろうか?
仮に、もしそうだとしたら。あの魔王の谷の底にあった墓所を守っていた黒い騎士の正体は――。
もしかしたら、この世界を数千年以上生き続けてきたコンビニの守護騎士である、『アイリーン』だったりしたのだろうか?
「……か、彼方様、大丈夫ですか? 顔色がまた悪くなっているようですけど?」
エレベーターの前で待っていたティーナが、戻ってきた俺の顔を見て。心配そうに呼びかけてきた。
「ああ。大丈夫だよ、ティーナ。それよりも早くホテルに戻ろうか!」
分からない事はまだいっぱいあるけれど。まずは、少しだけ休息を取る事にしよう。
そう……せめて、この瞬間だけでも。俺は平和なコンビニの中で、生き残っているクラスのみんなと過ごせる時間を大切にしようと心から思っていた。