第百五話 グランデイル突入部隊の編成
「グランデイル王国を壊滅させるだって……? もちろん、そんなのは却下だ。お前はここで大人しく留守番をしてるんだぞ、セーリス!」
「ええーっ、何でだよー!? グランデイルは敵の総本山なんだろう? 叩ける時に叩いておかないと、後で反撃をくらうかもしれないじゃんかよー、マイダーリン!」
セーリスがまるで子供のように、うるさく喚き散らしてくる。
……けれど言っている事は、実は一理あるんじゃないかと俺も思うんだ。
本当はこちらからグランデイルに潜入をして。異世界の勇者を元の世界に戻す事の出来るという、『ゲート』の存在を確かめてもいいと思う。
そしてコンビニに今後一切手が出せないように、先に相手を痛めつけておくという、セーリスが提案する街のヤンキー的な発想もそんなに悪くはない気がする。
ただ、俺はグランデイルの王都に住んでいる罪の無い多くの住人達には、あまり大きな被害を出したくないというのが本音だった。
だから今はグランデイル王国を戦場にした戦いを起こすのは、控えた方が良いと思う。
じーーっと、子供を叱りつける母親のような目線で俺はセーリスを睨みつける。
セーリスはなおも、何かを言いたげに頬を膨らませて俺の顔を見つめていたが……。
この場に参加している、クラスのみんなからも賛同を全く得られなかったので。次第に顔を下げて、不貞腐れるようにして大人しくなった。
まあ、今回ばかりはセーリスの方が分が悪いな。
コンビニの地下1階に勢揃いしているクラスメイト達は、みんなそれぞれにグランデイル王都の住人にはお世話になっていた連中だ。
王宮の敷地内の屋敷で暮らしていた1軍メンバーは、自分達を世話してくれたメイドさんや、従者の人達とも交流があったろうし。
3軍として王都の中で暮らしていたメンバー達も、それぞれにお世話になっていた洋服店や、カフェや、宿屋だったりがグランデイルの王都には存在している。
――そう。別に俺達はグランデイルに住んでいる間、決して酷い差別を受けたとか、迫害されたり虐げられていた訳ではなかった。
むしろ異世界の勇者は敬うという、グランデイル王国の方針に沿って。街の人達や王宮からは、手厚い保護を受けていたと言って良い状態だったからな。
そんなグランデイル王国をいきなり、『壊滅させてやるーー!』と宣言する、うちの花嫁騎士の過激な意見を、クラスのみんながウンウンと諸手をあげて賛同するはずがない。
俺だけでなく、クラスのみんなからも白い目で見られてしまったセーリス。最後には渋々、自分の意見を取り下げてそのまま黙り込んでしまった。
「とりあえず杉田の嫁さんを救出する作戦の人選は、杉田の他にあと何人か……即戦力になれるメンバーが必要だと思う。グランデイル王国には、どれだけの戦力が隠されているのか分からないからな」
グランデイル女王のクルセイスは今回、女神教に対して反乱の意思を示した訳だが――。
この世界で強い影響力を持っている女神教に逆らうからには、それなりの余裕と自信がないと出来ないだろう。
それとクルセイスの周りを取り巻いていた、あの謎の白い鎧の騎士達の事も気になる。
あの白い騎士達の力は、異世界の勇者と同じくらいの高い攻撃力を持つ、かなりレベルの高い魔法戦士達のように見えた。
その全てがもし、遺伝能力と呼ばれている隠れた能力の持ち主達なのだとしたら。
グランデイル王国のクルセイスの下に、どうしてそれだけ沢山の遺伝能力者が集っているのかが気になる。
あの時、枢機卿の手下である女神教の魔女候補生達を、森の中で追い詰めるだけの戦力がグランデイル王国軍には存在していたという事実。
もしグランデイルの王都に、強力な戦力がまだ隠されているとしたら。こちらも強い戦力となるメンバーを連れていかないと危ないだろう。
「ほらーー! それならやっぱりアタシを連れて行った方が良いじゃーん! アタシならみんなを守る事も出来るし、戦力的にも現在のコンビニの『最大戦力』なんだから安心でしょー?」
ドヤ顔で自分を売り込む花嫁騎士のセーリスを、アイリーンが少しだけジロリと睨んだ気がした。
どうやら、現在のコンビニの『最大戦力』という部分が、アイリーンのプライドを傷つけたのかもしれない。心なしかちょっとだけ、アイリーンの目が潤んでいるような気もする。
……いや。気にしなくて大丈夫だぞ、アイリーン。
いつもアイリーンが、コンビニを全力で守ってくれているのはよく知っているからさ。でも、たまにおっちょこちょいな所があるのも知ってるけどな。
「総支配人様。私は花嫁騎士のセーリスを、グランデイルに向かうヘリに搭乗させる事に賛成致します。敵の戦力が分からない状況下では、鉄壁の守りを持つ花嫁騎士を連れて行く方が安全だと思います。私からセーリスには、きつく言い聞かせておきますので……。ぜひ派遣メンバーの中にセーリスをお連れ下さい」
会議の様子を黙って見守っていたレイチェルさんが、突然口を開いて俺にそう進言をしてきた。
「レイチェルさんがそう言うのでしたら……セーリスにもヘリに乗ってもらう事にしようかな」
「よっしゃーー! マイダーリン、それにレイチェル様、ありがとうございます! アタシはちゃんと任務をこなせる出来る女なんで、安心して下さいね。花嫁騎士として、マイダーリンの友人達をちゃーんと守りきってみせるからさー! まっかせてよー!」
何だか俺、めっちゃ不安になってきたぞ。
でも、レイチェルさんも推薦してくれた事だし。セーリスの鉄壁の防御力は、確かに頼りになるからな。
杉田と嫁さんの安全を守るという意味では、花嫁騎士のセーリスがいれば安心出来る気がする。
「……彼方くん。出来ればなんだけど、私もグランデイルに向かうヘリに同乗させて貰ってもいいかな?」
そう、遠慮がちに尋ねてきたのは、『回復術師』の香苗美花だった。
「私、こういう状況下だから。もう、グランデイルの街に残る事は出来ないとは分かってはいるんだけど。最後に王都の病院で一緒に働いていた人達に、患者さんの引き継ぎや、挨拶だけはちゃんと済ましておきたいの。だからお願い……私も一緒に行かせて欲しいの!」
香苗は、グランデイルの王都の病院で働いている時に、街の人達からだいぶ慕われていたらしい。
心の優しい香苗は、治療中の人達を見捨てられないからという理由で、杉田と一緒にアッサム要塞攻略戦の後も、自ら進んでグランデイルに残ったくらいだからな。
「――分かった。なら、香苗も杉田と一緒に行くとして、街の病院に向かう香苗の護衛役になるメンバーの人選も追加で必要になりそうだな」
「えーっと、それなら私が美花ちゃんの護衛役として一緒に付いて行ってもいいよー! 私ならグランデイルの街に詳しいし。街の中を素早く移動するなら、私の能力がピッタリだと思うしー!」
片手をあげて。控えめに立候補をしてきたのは、『舞踏者』の藤枝みゆきだった。
まだ左手には包帯をぐるぐる巻きにしているので、右手を遠慮がちにあげて、みゆきは俺に話しかけてきた。
「でも、みゆき。お前はまだ負傷中だろう? 包帯だってグルグル巻きにしてるんだし。まだ安静にしていた方が良いんじゃないのか?」
たしかにカフェ好き3人娘の中では、みゆきは1番動きが素早い。
そして実質、高速の剣技を振るう事の出来る双剣使いみたいな存在だしな。
舞踏者の能力で、街中をスイスイと高速移動しつつ。もしも敵と遭遇したら、柔軟に対応をするという意味では、みゆきは今回の作戦にはうって付けの存在かもしれない。
「あ、この包帯のことー? これは何となく気分で巻いてるだけだから大丈夫だよー! 外しても全然問題ないし。美花ちゃんの回復能力は凄いから、傷跡も全然残らないくらいにすっかり元の綺麗な状態に戻ってるしねー!」
「そ、そうなのか……じゃあ、大丈夫なんだな?」
いや、気分で包帯を巻いてるって、何だよ――って、ついツッコミを入れたくなったけどな。
まあ、みゆきは緑魔龍公爵を倒してくれた立役者の一人だから信頼出来るし、今回の任務を任せても大丈夫か。
「ねえねえ、ちょっとちょっと! みゆきだけズルくない? どうせグランデイルの街にあるイケメンのパン屋に、自分だけこっそりと行くつもりなんでしょう? 抜け駆けはズルいわよ!」
「そうよ! きっとこの国は危険だからとか、もっともらしい話をして。パン屋のイケメンを誘拐してくるつもりなんでしょう? いやらしい〜! それなら私だって行きたいよ! 命の危機に晒されたイケメンを、運命の女の子が助けに行くなんて恋愛ドラマみたいじゃん〜!」
3人娘達のうち、小笠原と野々原の2人が猛抗議の声をあげる。
「ちょっと、2人とも何を言ってるのよー! 私は別にパン屋には寄るつもりはないわよ! でも、パン屋のイケメンがもしピンチな状況に陥ってたら、助けてあげなくもないけどねー。あくまでも私は美花ちゃんの護衛役として付いて行くだけだから、勝手に妄想ラブロマンスしないでよねー!」
「妄想ラブロマンスしているのは、みゆきの方じゃん! ちょっと恋愛ドラマの見過ぎなんじゃない? パン屋のイケメンを筋肉ムキムキの女剣士ダンサーが救いに来たら、ハリウッド映画みたいな展開になっちゃうじゃん。サングラスでも付けて『アイル・ビー・バック!』とか告げるつもりなの〜?」
「ハァー? 誰が筋肉ムキムキなのよー!? 私は毎日シェイプアップを欠かさない、スリムボディ体型のダンサーなのよ! それにあのパン屋のイケメンは、前から私に気があったのよー。コスプレアイドルの有紀が急に店にきたり、超大型クマのぬいぐるみを引き連れた麻衣子が助けに行ったりしたら、ドン引きしちゃうでしょー! だから今回は、私が一番適役なのよー」
ワイワイガヤガヤと、カフェ好き3人娘達が仲間内で揉め始めた。ただでさえ声のボリュームが、スピーカーアンプぐらいにうるさい奴らだから、ここで争うのは勘弁して欲しい。よし、ここはすぐに止めるとするか!
「あーあー。ゴホン、ゴホン! 悪いけど、3人とも超どーでもいい理由で揉めるのはやめて貰っていいかな?」
俺が話しかけても、3人娘達の言い争いは収まりそうもなかった。なのでここはいったん、3人については無視する事にする。
まあ……人選的にも俺も香苗の護衛役は、みゆきで丁度良いと思っているしな。
――よし! となると……だ。
グランデイル王国に、コンビニに新しく加わったアパッチヘリで向かって貰うのは――。
杉田、香苗、みゆき……そして花嫁騎士のセーリスの4人でいいかな?
もちろん、余分なトラブルに遭遇しないように。目的だけを達成したら迅速に戻って来て貰うつもりだ。
「彼方くん〜? 私も良かったら、グランデイルに一緒に行こうか? 『暗殺者』の能力を持つ私なら『隠密』の能力で、街の人達に見つからないように動き回る事も出来るし、便利だと思うけどな〜?」
予想外にも突然、玉木が立候補をしてきた。そしてそれに対する俺の返事は、自分でも驚くくらいに素早かった。
「――それは絶対にダメだ! 今後、玉木は俺のそばに常にいてもらう事にする。だから俺から離れる事は、絶対に許さないからなッ!」
話し合いの場が、急にシーンと静まり返る。
さっきまでやかましく口論していた3人娘達も、急に口を閉ざし。3人同時にこちらをニンマリとした視線で見つめてきた。
「彼方くん、なるほどね〜。そういう事だったのね〜!」
「副委員長とも、そんな関係になっていたなんて。でもティーナさんという可愛い彼女さんもいるんだから、ほどほどにしておきなさいよね!」
「そうよ、そうよー! べ、別に嫉妬なんかしていないんだからね……! でも、そんなに色々と持て余しているのなら。たまーになら、私達が相手になってあげてもいいんだからねー!」
3人娘達が、何かよく分からない事を言っているけど。俺にはまるで、意味が分からない。
――ん? 玉木も、なぜか顔を真っ赤にして。俺と目線を合わせないように下を向いて俯いているみたいだけど、どうしたんだろう……?
ああっ!? みんなのこの反応はもしかして!?
い、いや……違うぞ! 俺は別にそういう深い意味で、言ったんじゃなくてだな!
不安になって、俺はティーナさんの方をチラッと覗いて見る。
すると、不思議とティーナは俺に対して怒っているような顔つきを全くしていなかった。むしろ、どこか心配そうにこっちを見つめているような気がする。
えっ、どうしたんだろう? そんなに俺の顔って、疲れている感じが出ていたのだろうか?
「……ゴホン。どちらにしても、これで杉田くんの奥さんを救出しに行くメンバーは決まったようね。なら、これからの事をみんなで話し合いましょう。彼方くん、今回新しく分かった事を私達にもちゃんと教えて頂戴。グランデイル女王のクルセイスや、倉持くんとも話をする事が出来たのでしょう? それにあの黒い戦車や、ヘリコプターの大群は一体何だったの? その辺りの事情を詳しく教えて欲しいわ」
つまらない色恋沙汰の話は、後でやってくれてと言わんばかりに。『狙撃手』の勇者である紗和乃が急に話を変えてきた。
玉木の親友でもある紗和乃とっては、玉木を気遣うという意味でも、話を変えてあげたかったのかもしれない。
「あ、ああ……。そうだな。今回は色々と新しい事が分かったし。今後のコンビニの進路についても、みんなとちょうど話し合いをしたいと思っていた所だ」
俺はミランダの地で、グランデイル軍の本陣に行くまでに直接見聞きをした事。クラス委員長でもあり、今はグランデイル陣営にいる倉持にも会った事や、女王のクルセイスにも会った事……。
そこではビックリするような新しい情報も得られたし、その後に女神教の幹部である枢機卿や、その部下でもある魔女候補生達にも会い。驚くような内容の話もたくさん聞く事が出来た。
だけど俺は、クラスメイト達にその内容を話す際に、枢機卿に関する内容だけは話さないようにした。
あの黒い影に包まれた枢機卿の存在だけは、俺の中でまだ、上手く整理が出来ていなかったからだ。
むしろ、あの枢機卿の事を思い出そうとすると。なぜか頭の奥がギシギシと痛み始めてしまう。
だから俺は、枢機卿の存在についてだけは上手く濁して、みんなに伝える事にした。まさかこの世界に、玉木がもう1人いるかもしれないなんて事を、本人の前で言えるはずもないからな……。
――しばらくして。
みんなに一通りの内容を説明し終えた俺は、いったん冷や汗でびっしょりと濡れた額を、手の平で拭う。
そんな俺の様子を、隣に座っているティーナだけはずっと心配そうに見つめていた。もしかしたら、勘の良いティーナの事だから。俺が何かを隠している事に、気付いているのかもしれないな。
話を聞き終えたみんなは、ずっと無言だった。
そんなシーンとした状況を真っ先に切り崩したのは、クラスのまとめ役である紗和乃だ。
「なるほど、彼方くんの話をいったん整理させて貰うわよ!」
机を……バン! と強く叩いて、紗和乃が大声で全員に向けてそう宣言をする。
「まず、グランデイル王国女王のクルセイスは『超』が付く程に腹黒い黒幕的な存在で、私達の仲間を殺害した可能性があるクソビッチ女であると! そしてそのクルセイスと女神教は仲間割れをして、どうやらグランデイル王国は独自行動を開始しているらしいという訳なのね」
紗和乃がいつの間にかに、コンビニの商品であるA4ノートを机の上に広げて。ボールペンでメモを取りながらみんなに説明を始めていく。
「ああ。クルセイスの親衛隊と、女神教の魔女候補生達が実際に殺し合いをしている光景を俺は見たからな。そこは間違いないと思う。形としてはクルセイスの方が女神教を裏切って、女神教の魔女候補生達にいきなり奇襲をかけていたような感じだったな」
紗和乃は1人でウンウンと頷きながら、ノートにメモを箇条書きにしてまとめているようだった。
「今回、グランデイル関連で分かった事と、女神教の関連で分かった事。そして、今の私達の立ち位置について分かった事の3つがあると私は思うの」
ふむふむ……。相変わらず、紗和乃は話をまとめるのが早いな。
副委員長の玉木は、まだポカーンとした顔をしてるから。そのまま紗和乃が話をまとめちゃって良いと思うぞ。
「まず第一に、グランデイル王国関連についてね。グランデイル城の地下には、私達異世界の勇者が元の世界に戻る事が出来る『ゲート』というものが存在しているらしい事。そして本当かどうかは不明だけど、グランデイル王国の伝承の中では、そのゲートを使って元の世界に戻った勇者が過去にいたという話なのね?」
「ああ、クルセイスは『最初の勇者』と呼んでいたけど……。かなり前にこの世界に召喚された勇者だったらしいぞ。その勇者がゲートを使って、本当に元の世界に帰れたのかは不明らしいけどな」
問題はクルセイス自身も言っていたけれど、本当に元の世界に戻れたのかどうかを、こちらの世界からじゃ確かめようがないって事だな。
死後に本当に『あの世』があるのかどうかなんて、この世でまだ生きている者には、確かめる術が無いのと同じ理屈だろう。
「うん。じゃあ次に第二の情報として、この世界の歴史の裏で暗躍している女神教徒達が、どういった目的で行動をしているのかについてだけど……。これについては、あのククリアさんでさえも知らなかった新情報を――今回、彼方くんが出会ったカニ姉妹の魔女候補生達から聞き出す事が出来たわけね」
紗和乃は興奮気味にみんなの顔を一度見回してから、ノートにまとめた内容を一気に読み上げていく。
「女神教は、この世界に異世界の勇者を召喚して。その中から『無限の勇者』と呼ばれる勇者を探し出している。無限に物を生み出す事の出来る勇者の力は、この世界にとってはイレギュラーなバグのようなもので、やがて無限の勇者は『魔王化』をする事で不老の存在となり、老いる事のない無限の寿命を持つ存在へと変化するのよ」
「ええ〜!? 彼方くんだけずっと歳を取らないの〜? いいな、いいな〜! ずっと若いままでいられるなんてズルイよ〜!」
よく分かっていない玉木だけが、目をキラキラとさせて羨ましそうに俺の事を見つめている。
他のみんなはシーンとしながら、紗和乃の話を黙って聞き入っているようだった。
「無限の寿命を手に入れた魔王は、やがて『魔王種子』と呼ばれる物を体内に宿すようになる。これを奪い取る事が、女神教の主な狙いと言ってもいいわね。魔王を殺して奪ったその魔王種子を手にした者は、不老の能力を手に入れる事が出来るのよ。それを手にしているのが、女神教に存在している『魔女』と呼ばれている不老の幹部達ね」
なるほど。紗和乃の話によると――。
どうやら女神教で崇められている女神は、魔王を殺して得られる魔王種子を仲間達に分け与える事で、永遠に生き続けられる不老の魔女を増やしているようだ。
そしてそれが、女神教という組織の主な活動目的となっているとの事だった。
「……つまり、自分達が永遠に若く生き続ける為に、異世界から勇者を召喚して。その中から無限の勇者を探し出して、魔王を育てる。そしてその魔王を殺して、また無限の勇者を召喚するというサイクルを繰り返しているって事っすか? そんな無茶苦茶な理由の為に、俺達はこの世界に呼び出されたって訳なんすか!?」
桂木が机を叩いて、大声で抗議の声を上げた。
桂木だけじゃない。ここにいるみんなが、何でそんな理不尽な事に巻き込まれたのかと憤りを感じている。
確かにそれだけを聞くと、女神教が崇める女神様というのは、本当にろくでもない奴に聞こえてしまうな。
――ただ……。
あの枢機卿と、直接話をした俺からすると。女神教の行動理念については、何かもっと複雑な理由も絡んでいそうな気がする。
何ていうか、言葉にはしづらいけれど。もっと怨念染みた、不気味な何かがあるように感じられてしまうんだ。
「そうね。女神教が最悪なのは間違いないけれど。どうやらグランデイルのクルセイスと女神教の幹部達は、目的が違う……という事が、今回新たに増えた謎ね。おそらくクルセイスは、魔王種子を手に入れられればそれで良いと思っているのかもしれない。もしかしたら、目障りになった女神教も処分して。この世界全てを支配するという野心を持っているのかもしれないわ」
「……でも、グランデイル王国の力だけで、本当に女神教を滅ぼしたり出来るのかな?」
『薬剤師』である北川の質問に、紗和乃は神妙そうな顔をして答える。
「うーん……。それはまだ分からないけれど。グランデイル王国女王のクルセイスは、影でこっそりと準備を進めていたんでしょうね。女神教を出し抜けるだけの戦力を集めていたのは間違いなさそうだし」
確かにあの白い鎧を着た騎士達は、かなり強い連中だったからな。あんなのがクルセイスの親衛隊として控えていたのなら、グランデイルはとんでもない戦力を隠し持っていた事になる。
「それに今回、女神教はコンビニの勇者である彼方くんを殺そうとしてきた事も疑問だわ。女神教が魔王種子を回収する事を目的としているのなら、次の魔王候補であるコンビニの勇者の彼方くんを始末してしまうのは得策ではないはず……。もう新たな魔王種子は必要が無くなったのか、それとも大至急、彼方くんだけは始末しないといけない理由が出来たのか。その辺りは不明ね」
うーん……と、みんなが一斉に黙り込んでしまう。
その時、俺達の話を椅子に座ってじっくりと聞いていた杉田が口を開いた。
しばらく無言でいた杉田は、もうだいぶ落ち着きを取り戻しているようだった。
「何だかずっとグランデイルの中にいた俺達と違って、彼方達は凄い情報を掴んでいたんだな。選ばれた1軍の勇者だなんて、グランデイルの中でチヤホヤされていたのが恥ずかしく感じるくらいだよ。正直、俺達は本当にカゴの中の鳥だったというか、何一つ真実を聞かされていなかったんだな……」
杉田の小さな呟きに、香苗もウンウンと強く頷き。2人とも、その表情に驚きの色が隠せないでいるようだった。
杉田や香苗にとっては、今まで知りもしなかったこの世界の真実を、一気に聞かされた状況だからな。まあ、驚くのも無理はないだろう。
シーンとした会議の席で、紗和乃は自分が懸念している心配をまるで独り言のように呟く。
「今回は謎の戦車や、アパッチヘリの大群が空を埋め尽くしたりと、更によく分からない状況が増えてしまった訳ね。でも少なくても、あの黒いヘリの大群に関しては……グランデイル王国も、女神教も、予想外の出来事であった可能性は高いと私は思うの。だから私達の知り得ない『第3の勢力』が別に存在していて、それが今回攻撃を加えてきたという可能性もあると思うわ」
――第3の勢力だって?
紗和乃の話を聞いていたみんなは、それぞれ驚きの表情を浮かべているが……。俺だけはなぜか別の嫌な予感を感じて、胸の奥がズキズキと痛むのを感じていた。
みんなには、まだ枢機卿についての詳しい話はしていないが……。
きっと空を埋め尽くしたあのアパッチヘリの大群と、そして今回タイミング良く、俺のコンビニの耐久設備に加わったアパッチヘリについては……どうも何か関連があるような気がしてしまうんだ。
今の俺達には想像も出来ないような、見えない悪意や策略がこの世界の陰で動いている気がする。
そして、その事を考えるだけで、俺はなぜかひどい頭痛に苛まれてしまう。
あの黒い戦車やアパッチヘリが、俺のコンビニで生み出されたものと全く同じ形、色をしている事には、やはり何か理由があるのだろうか?
俺はみんなにバレないように、さっきからずっと額から冷や汗を流し続けていた。
そんな俺の様子を、隣に座っているティーナだけはずっと心配そうに見つめている気がした。