第百三話 魔王の勇者
「まぁ、何はともあれ……。強い仲間が加わってくれるのは歓迎だ。これから宜しく頼むよ、セーリス!」
今回、俺のコンビニに新しく加わった守護者。
アイリーンやレイチェルさんに次ぐ、コンビニの3人目の守護者の外見は、銀髪碧眼の美少女だった。
全身に純白のウエディングドレスを着た、不思議な見た目の騎士。その名前はセーリス・ノアと言うらしい。
そういえば、今まであまり触れずにきたけど。うちの守護者の名前がみんな『ノア』なのは、何か意味でもあるのかな……? まぁ、たまたまかもしれないけどさ。
俺は改めて、花嫁騎士を名乗るセーリスに挨拶をする事にした。
セーリスは口調は荒いし、騎士なのにスカートからロケットランチャーを取り出す、『超』が付くほどに破天荒な性格をしているヤンキー娘だ。
しかもいきなり俺に抱きついて、キスをするという恐るべき『重罪』を引き起こした問題児でもある。
そのせいで現在のコンビニメンバーの中で、実は影で最も権力があると噂されている、ティーナパイセンに目をつけられてしまうなんて――。
セーリス……お前、絶対に後でティーナさんに体育館裏でしめられるから、覚悟しておけよ。
でもまぁ、可愛いから全部許す。
……という俺の感想は口に出すと、ティーナさんにキレられてしまうから、絶対に言わないでおこう。
「ああっ、彼方くん〜! 今、いきなりキスされたけど、この子の外見が可愛いかったから全部許す、みたいな事を頭の中で考えていたでしょう〜?」
「――ブハッ!? そ、そんな事を俺が考える訳ないだろう。お前は何を言っているんだよ、玉木!?」
「ふ〜ん、そうかなぁ〜? 彼方くんの考えることは大体、顔に書いてあるから、私にはすぐに分かっちゃうんだけどな〜!」
「そんなに具体的な感想が、顔に書いてある訳がないだろう。いつも適当に、当てずっぽうな事ばっかり言うなよな、まったく……」
クッ、玉木……本当に恐ろしい奴だ!
玉木の勘はマジで妙に鋭い時があるからな。
そして恐ろしいのは、その適当さがなぜか大体当たっているという謎の事実なんだけどな。
……って、うおぉああッ!?
ティーナさんが、もの凄い目つきをして。鬼の形相で俺を見つめているんですけど……!
これはマジで今晩、一緒に添い寝をしてご機嫌を取らないと許してくれないかもしれないぞ。セーリス、お前……本当に何て事をしでかしてくれたんだよ!
「――店長、大変です! 外の様子が何やら変です!」
コンビニの入り口付近で、外の景色を見つめていたアイリーンが大声で呼びかけてきた。
俺は慌ててアイリーンの側に駆け寄り、そしてコンビニの外の様子を一緒に観察する事にする。
「これは……一体、どうなってるんだ?」
俺達のいるコンビニの周辺には、グランデイルの国旗を掲げた大勢の騎士達が集まっている。そしてそいつらは、コンビニの正面をぐるりと半包囲していた。
「どうしてグランデイルの騎士がこんなにいるの〜!? 一体、どこから湧いて出てきたのよ〜?」
外の様子を見た玉木も、驚いて悲鳴をあげる。
「どうやらこいつらは、グランデイル本国から来た増援部隊みたいだな。元々、ミランダの場所にいた騎士達は、戦車隊の砲撃で全滅させられてしまったはずだ。これだけの数が、まとまって揃っているという事は……後からやってきた援軍なんだろう」
俺はコンビニの入り口をいったん閉めて、店内の窓から外を様子を静かに窺う。
外のグランデイル軍は、全員武装している。この様子を見る限り、明らかに友好的な使節団をコンビニに送ってきた……という訳では無さそうだ。
「店長、どうされますか? 敵が攻撃を仕掛けてくる前に、こちらから先に攻撃を仕掛けますか?」
「いや、まずは状況を確認したい。ここに集まっているグランデイル軍が、一体何を目的にしてコンビニの周りに集まっているのかを先に探ろう」
「なになにー? 戦争なのー? ダーリン、アタシが表に出て行って、ロケランで爽やかな挨拶をぶちかましてきてやろうかー?」
「それは、絶対にダメだぞ! そんな事をしたら、すぐに戦争状態に突入しちゃうだろ!」
うちの好戦的な新参の守護者を抑えつつ、俺は外の様子を注意深く探る事にする。
「ティーナ。コンビニのキャタピラー部分はもう稼働出来そうか? 何かあった時に、ここから移動が出来ないのはマズイからな。一応、いつでもここから逃げ出せる準備はしておいた方がいいと思う」
「はい、彼方様。すぐに確認をしてみます!」
ティーナは事務所に移動して、パソコンの画面を確認してきてくれた。
コンビニの自動修復機能によって、ミサイルの集中砲火を受けた箇所は、少しずつ外観も含めて復元されつつある。
動力部のキャタピラーさえ元に戻ってくれれば、またコンビニ戦車として動く事も可能なはずだ。
「彼方様、大丈夫そうです! まだ完全に修復が終わった訳ではないので、速度を上げる事は出来ませんが、ここから移動する事くらいは出来そうです」
「そうか、良かった……。それなら何とかここから逃げる事は出来そうだな」
「ええーーっ!? 逃げちゃうのーー? ねえねえ、戦おうよ、マイダーリン! あれくらいの敵なら、全然へっちゃらだって! アタシが始末してきてあげるからさ!」
花嫁騎士のセーリスがねだるようにして、俺にすがりついてくる。
「ダーーメ! とにかくいったん様子をみよう。お前はここから絶対に動いちゃダメだぞ!」
「ちぇーっ!! アタシなら簡単に、外の軍勢を蹴散らせるのになーー!」
口を尖らせて、不満そうに息を漏らすセーリス。
セーリスの強さは俺も十分に分かっている。でも……むしろそれだからこそ、戦わせる訳にはいかないんだ。
元々、コンビニの守護者であるアイリーンは、魔王の谷の底にいた巨大な魔物達を、一刀両断に出来るくらいに強い騎士だ。自身の身を守るシールドは持っていないが、その攻撃力はコンビニで最強といっていいだろう。
今回新しく加わった、花嫁騎士のセーリスもそれは同じだ。
いや、実際にはセーリスはアイリーンよりも更に高性能な騎士だと言っていい。なにせ無敵のシールドを持った、攻守両方を兼ねそろえた万能騎士だからな。ロケットランチャーという特殊な武器を用いて、アパッチヘリの大群と戦い。実質的な勝利もしている。
そんなセーリスとグランデイルの騎士団とが、もしここで戦ったりでもしたら……。
血みどろの大殺戮が、再びこの地で繰り広げられてしまうだろう。それも今度は、コンビニの守護者が人間を大虐殺するというベクトルでだ。
アパッチヘリでも破壊できない花嫁騎士の鉄壁の防御シールドを、人間の騎士団がどうにか出来る訳がない。
ノーダメージで好き放題に騎士達を蹂躙するセーリスのイメージしか、俺の頭には浮かんでこないぞ。
そう思うと……俺の存在って。とっくにこの世界にとって、脅威になっているんだなって今更ながらに思う。
襲ってくる魔物と戦うとか、コンビニに敵意を持って攻撃してくる女神教の連中と戦っている分には、まだこっちが被害者だからといくらでも言い訳が出来る。
だけど俺がもし、コンビニの守護者達を使ってこの世界の人間達と本気で戦おうとしたら、恐ろしい事になる気がするんだ。
「彼方く〜ん! グランデイルの騎士達が、こちらに向かって何か叫んでいるみたいだよ〜!」
玉木が大声で、俺に呼びかけてきた。
すぐに玉木のそばに駆け寄って、外にいるグランデイル軍が何を叫んでいるのかを聞き取る事にする。
まずは、情報収集が先決だ。ここに集まって来ているグランデイル軍が、何を目的としているのかを知りたい。
『聞こえているかーー! コンビニの勇者よーー! いや、大昔に存在した大魔王の力を継承する真の巨悪、人類の敵である『魔王』よッ!!』
……おいおい。今、アイツは何て言ってたんだ?
俺が『魔王』だって言っているのかよ、外のグランデイル軍の奴らは……?
以前に俺をグランデイルから追放した時だって、せいぜい魔王の手下だとか、魔王に与する勇者ぐらいの呼び方しかしてなかったのに。今度はとうとう、コンビニの勇者の存在自体を『魔王』にしてしまった訳か。
『聞くが良い、魔王よッ!! 貴様が、大昔にこの世界を滅ぼしたとされる太古の兵器を操り。この地に集結した騎士団を皆殺しにした事を、我々はこの目で目撃していたのだぞっ! 人類に仇をなす最悪の敵対者、それがお前だ『コンビニの魔王』よッ!」
「…………」
唖然として、言葉も出てこない。
一瞬、頭の中が真っ白になった気がした。
「……どうやら、店長はこの地で起こった惨劇の首謀者として、仕立て上げられてしまったみたいですね」
アイリーンが外の様子を見て、冷静に告げてきた。
「つまり、あの黒い戦車達を操って世界中の騎士団を全滅させたのも、アパッチヘリがこの地を空から焼き尽くしたのも。全部、コンビニの勇者の俺がした事にされているって訳なのか?」
「おそらくはそのようですね。あのようなグランデイルの増援部隊が、戦闘が全て終わった後に突然やって来た――という事は、最初からそういう筋書きが用意されていたのかもしれません」
これがクルセイスと、女神教の筋書きだって?
いや、そもそもグランデイルと女神教は今回、仲違いをしたんじゃなかったのか?
それともグランデイル陣営も、女神教徒陣営も。最後のこの展開までは、お互いの共通シナリオとして最初から用意していたという事なのだろうか?
ここでコンビニの勇者を魔王にして、彼らは今後どうするつもりなんだろう。俺がいないと、現在の魔王の『冬馬このは』を倒せないんじゃなかったのか?
それとも、もう今の魔王を倒すのに俺の力は必要がなくなったという事なのだろうか。だから先に俺を、処分しようとしているのか?
もしくは俺を精神的に追い詰め、闇落ちさせて。冬馬このはの次の魔王候補として、もう育成を始めようという魂胆なのだろうか?
どちらにしても、ここで本気であのグランデイルの騎士団とぶつかり合うのは得策ではないな。
そんな事をしたら『そうです、俺が魔王です!』と、わざわざアピールしてしまうようなものだ。
「ティーナ、コンビニのキャタピラーを急いで稼働させてくれ。エンジンの限界出力を出して構わない、最大速度で、グランデイル軍から出来るだけ遠くに逃げるんだ!」
「了解しました、コンビニ戦車を稼働させます!」
ティーナが事務所のパソコンを操作して、コンビニを動かし。グランデイル軍がいる方向とは反対の方角に向けて前進を開始する。
……だが。
やはりアパッチヘリの攻撃によって受けた損傷は、まだ完全には修復出来ていなかった。
コンビニのキャタピラーの動きは遅く、せいぜい時速30キロくらいのスピードしか出せない。これじゃあ、自転車と変わらないくらいのスピードだぞ。
『人類の敵である魔王を逃すなーーッ!! 全軍、突撃ーーッ!!』
荒野に鳴り響く、ホラ貝の高らかな音ともに。
グランデイル軍約1万人が、一斉に逃走するコンビニに向けて突撃を開始してきた。
「くっそ! このスピードじゃあ敵に追いつかれてしまう……!」
おそらくあそこにいるグランデイルの増援部隊は、ミランダ領でのゾンビ達との戦いや黒い戦車。それとアパッチヘリによる攻撃を何も知らないのだろう。
きっと丁度良いタイミングでここに駆けつけて、最初から決まっていたセリフを叫んだ後で、コンビニに突撃するように指示されていたんだと思う。
じゃないと、圧倒的な戦力差のあるコンビニに、わざわざ攻撃を仕掛けてくるはずがない。
それとも何も知らされていない増援の騎士達を、怒りに任せて俺が壊滅させる所までが、俺を魔王に仕立て上げる作戦の一部になっているのだろうか?
「か、彼方く〜〜ん! どうするの〜!? 敵はもの凄い勢いで私達を追いかけてくるよ〜!」
「どうするも何も、ここは逃げるしかないさ。全員、今はグランデイルの騎士達に反撃を加えちゃダメだぞ!」
「ええーーっ、アタシが屋上に行けば、全部ロケットランチャーでぶっ飛ばしてきてあげるのにー! ねえ、マイダーリン! 戦おうよー!」
「ダメだッ! 特にお前には改めて指示をしておくぞ、セーリス! 今後、俺の許可が無しで人間と戦うのはNGだからな、よーく覚えておけよ! もし約束を破ったなら、二度とご褒美のキスはしてやらないぞ!」
「ガーーン!! それは絶対にダメーッ!! アタシはもう、人間とは絶対に戦わないから! 約束はちゃんと守るから、それだけは勘弁してくれよダーリン!」
「分かったなら、それで良し! 今はここで大人しくしてくれよな、セーリス!」
ふぅ……。
何とか、うちの好戦的な花嫁騎士を大人しくさせておく事は出来たけれど。このままじゃ、グランデイル軍にすぐに追いつかれてしまうな。
コンビニの外壁は硬いから、敵に中に侵入をされる事はないだろう。けれど正面に回り込まれて、包囲されてしまうと厄介だ。
まさか正面に立ち塞がる騎士達を、コンビニのキャタピラーで強引に轢き殺して進むのも嫌だしな。それじゃあ、結局殺戮をしているのと変わらなくなってしまう。
俺は、コンビニのガラス窓から迫り来るグランデイル軍の姿をじっと見つめていると――。
突然、思いがけない方向から、大地を揺るがすような大きな叫び声が聞こえて来た。
『うおおおおおおおおおおおおおおーーーっ!!』
コンビニに迫り来るグランデイル軍とは別の方向から、別の騎士団が勢いよくこちらに向かって来ていた。
「――店長! 2時の方角から別の騎士団がこちらに向けて急接近して来ています!」
「了解だ。それにしても、あの騎士団はまさか……グランデイル軍の新手の増援じゃないだろうな? もしそうならコンビニは、完全に前後から挟み撃ちにされてしまうぞ」
「それが……どうやら、敵の目標はこのコンビニではないようです。新たに出現した騎士達は、後ろから追ってくるグランデイル軍に目掛けて、突撃しているようです!」
グランデイル軍にだって……? それじゃあ、まさかあの騎士達はコンビニを守ってくれるというのか?
だとしたら、あの騎士団は一体どこからやって来た軍隊なんだろう。
丁度、グランデイル軍から全力で逃走をしようとするコンビニとすれ違うようにして……。
馬に乗って新たに登場してきた騎士団は、一斉にコンビニの後方から追いかけてくるグランデイル軍に向かって、全軍で突撃を開始していく。
『うおおおおおおーーっ!! 我らは、ククリア様の命によりドリシア王国から駆け付けた精鋭部隊である! コンビニの勇者様に敵対する、グランデイル軍を追い返すのだ! 皆の者、トロイヤの街を救って下さったコンビニの勇者様を全力でお守りするのだーーっ!!」
荒野に新たに出現したドリシア王国の騎士団は、総数で3万人を超えていそうな大部隊だった。
それが数の上でも劣る、1万人ほどのグランデイル増援軍に向けて、一斉に突撃を開始していく。