第十話 盗賊達との戦い
森の奥から、叫び声の聞こえてきた場所に俺は辿り着いた。
そこでまず俺の目に飛び込んできたのは、黒い馬2頭を先頭にした豪華な馬車だ。
馬車の荷台は、金色の美しい刺繍が施された布で覆われている。それは見るからに、貴族御用達の高級馬車という雰囲気のするものだった。
俺は近くの茂みの中に、いったん身を隠し。
そこでしばらく周囲の様子を窺う事にした。
森の奥の少し開けた場所――。
その広いスペースに、複数の黒い人影がまばらに立っているのが見える。
俺は馬車の周囲の様子を、茂みの中から慎重に観察し続けた。
そして、なんとなくではあるが。
目の前で広がる状況を、大体察することが出来た。
「――あの馬車、盗賊達に襲撃をされているのか……」
黒い馬の背には、何本もの矢に射られ。血を流しながら絶命している男の死体が乗っている。
その周囲の地面には、おおよそ5~6人程の男達の死体が無惨に転がっていた。
唯一まだ生存している最後の男が、周りを取り囲む黒装束の一団と交戦している。
だが、その様子は明らかに多勢に無勢だ。
たった1人の男に、馬車を取り巻く複数の黒い男達が集団で襲い掛かっている。
このままだと、最後の男が命を落とすのも時間の問題だろう。
馬車を襲撃している黒装束の格好をした連中は、全部で10人近くはいる。
全身を黒い服装とマントで包み、顔は目元の部分だけを露出させている。口元には大きな赤い布。遠目からは表情が全く分からない程に、顔の露出は少なかった。
見た目だけで言うなら、日本の忍者みたいな連中だな。黒い忍者が西洋風の黒マントを付けている感じだ。
一方、黒い盗賊達と対峙している男は、既に無数の矢に体を射られ瀕死の状況だ。
額からは滝のように血が流れ落ち。気力だけでかろうじて、そこに立っている状態なのが分かる。
黒装束の男達は、そんな男を嘲笑うかのように周囲を取り囲む。そして、順番に剣先で男の体を斬りつけながら、遊んでいるかのようにも見えた。
男達の不快な笑い声が、俺の耳に絶え間なく聞こえてくる。
『殺し』という残虐な行為。
それをまるでゲームのように楽しみながら、黒い男達はふざけ合っていた。
盗賊達と対峙していた最後の男が、背後から足の腱を切りつけられ、とうとうその場に倒れ込む。
「へっへっへ、よーし、いいぞ! さあ、殺せっ!! 殺せっ!!」
黒い男達は奇声をあげながら、倒れた男の周囲に群がっていく。
「まるで、下劣な蛮族だな……」
男の周囲を取り囲んだ黒い男達は、お互いを指差し合いながら大きな声で騒ぎ合う。
きっと誰が最期のとどめを刺すんだと、全員で話し合っているのだろう。ケラケラと指差し合いながら、男達は腹を抱えて笑っていた。
命乞いを求める最期の男に、黒装束達の中の1人がゆっくりと近づいていく。
そいつは笑いながら剣先をゆっくりと天に掲げると。
男の頭上に向けて、一直線にそれを振り下ろした。
――ポンッ!!
まるで大きなカボチャに、勢いよく包丁が突き立てられたかのように……。
ひどく滑稽な音が、周囲に響き渡った。
命乞いをしていた最後の男の頭に、細い剣が深々とめり込んでいる。
男の体は、そのまま重力に引かれるがままに。
細い剣が頭に突き刺さったまま、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。
見た目だけなら、それはまるで三流ホラー映画のように滑稽な光景だった。
断末魔の叫び声を、あげる事さえ出来ずに。
一瞬で男は絶命した。
その光景を周囲で見ていた黒装束の男達が、一斉に大爆笑をする。それは、その残虐な行為を行う前よりも遥かに大きな声で、しかも両手で腹を抱えながら笑い合うものだった。
「よっしゃあー! 最後は俺が仕留めたぜーッ!」
「バーカ! 足を切って動けなくしたのは俺だろうが! おめーは頭に剣をぶっ刺しただけだろう!」
「うるせーッ! 最後に仕留めた者が勝ちなんだよ! 後でちゃんと酒を奢れよな! それと上等な女も付けとけよ!」
盗賊達の興奮は、まるで収まる気配がない。
誰がとどめを刺したと、お互いに手柄を自慢し合い、いつまでもその場でふざけ合っている。
「くそっ、アイツ等……」
なんて酷い事をしやがるんだ!
そう、例えるならそれは……まるで、スイカ割りゲームのようだった。
黒い男達は、海辺で遊ぶ子供達のように、無邪気に笑いながらはしゃぎ合っている。
唯一違うのは――それがスイカではなく。生身の人間の頭だったという所だろうか。
倒れた男の頭に刺さっていた剣を引き抜いた男が、おぞましいばかりの奇声を発し、再び雄叫びをあげる。
俺は目の前で行われた、まるでお遊戯のような殺人ゲームの光景を……。とても信じることが出来なかった。
いいや、本当は心の中では分かっていたはずだ。でも、それを信じたくなかっただけだ。
きっと俺は、今の今まで。ずっと心のどこかで、甘えていたんだろうな。
――いいか? ここは中世の世界観に限りなく近い、本物の異世界なんだぞ?
道徳や倫理も。社会常識さえも、まるで俺達の住んでいた現代とは違う。
ただ剣と魔法の力だけが全てだ。強者が弱者を支配して、欲望のままに蹂躙する暗黒の封建時代だ。
人を殺してしまったら、警察がやってくる?
指紋だとか、皮膚片だとかの証拠を念入りに調べられて、必ず犯人は逮捕される? だから刑務所に入りたくなかったら、絶対に罪を犯してはいけません??
そんなのは立派な法律によって個々の人権が守られた、俺達の住む現代世界の甘々なルールでしかない。
ただ殺したいから殺す。
欲しい物を奪う為に、躊躇なく殺す。
面白くて愉快だから、全員で弄り殺す。
そんな無法が、当然のように起こり得てしまうのがこの異世界での常識なんだ。
突然、身震いがしてきた……。
全身の皮膚の内側から寒気がする。
ガタガタと奥歯がぶつかり合い、体が小刻みに震えだした。
杉田達が勇者育成プログラムで、魔物を殺すのに躊躇したという話が、やっと俺にも理解出来た気がする。
きっと……これが『現実』って奴なんだ。
本物の人間の血。
本物の殺人。
そして、本物の邪悪な悪意。
俺はそれを今、初めて見てしまった。
今、俺の視界に映っているアイツ等は……きっと『悪魔』だ。
そうでなきゃ、”人を殺す”という野蛮な行為を、あんなにも笑いながら楽しそうに行えるものかよ。
アイツ等の行いには、倫理だとか、道徳だとかの考えは、微塵も感じられなかった。きっと人を殺すという行為に何の罪も感じちゃいないんだ。
あそこにいる連中は全員、人の皮を被った化物……殺人鬼だ。
もし、あんな奴等に俺の存在が見つかってしまったなら――。
俺はきっと無慈悲に。そして残虐の限りをつくされて、弄り殺されてしまうだろう。
だからここは、とにかく身を隠さないといけない。
あんな奴等に絶対に見つかってはいけない。
ラノベに登場するチート主人公のように。
正義の味方を気取って、連中に天罰を与えてやろうなんて考えは、微塵も起きなかったね。
ただただ、俺は今……心の底から恐ろしかった。
昨日襲撃してきた魔物達なんかよりも、遥かに恐ろしい。なまじ人間の形をしているから余計に怖い。
獣はただ襲ってくるだけだ。でも人間の皮を被ったあいつ等は、殺しを楽しもうとする。拷問だって平気でするだろう。
倫理のかけらもないあの狂人達に、笑いながら弄り殺される方が、遥かに恐ろしいに決まっている!
(くそっ! 何なんだよ! さっきから体の震えが全然止まらないぞ……)
もう異世界の勇者ごっこなんて、おしまいだ。
俺の頭の中から、異世界の勇者だとか、無双チートだとか、ハーレム生活だとか。そんな中2病的な思考は、さっきの光景を見て一気に全部吹き飛んじまった。
今は、とにかく逃げたい――。
早くここから逃げ出したい。
こんな場所から遙か遠くに逃げたい。
こんな異世界からも、永遠におさらばしたい!
もう、魔王なんて知らない。知った事かよ!
全然関係ないだろ! 何で俺達がこんな世界の為に戦わないといけないんだよ。いいから早く家に帰してくれよ! 元の世界に戻してくれよ。こんな世界なんてもう、うんざりだ! いい加減にしてくれよ、俺を日本に返してくれよ! 警察がいて、ちゃんとした法律で守られている安全な法治国家に今すぐ俺を帰してくれよ! 俺はまだ未成年なんだぞ! こんな野蛮な世界に俺を閉じ込めやがって! お前等全員訴えてやるからな。裁判になったら絶対有罪だ! 20年以上は刑務所で臭い飯を食う事になるから覚悟しておけよ!!
――ガサッ。
その時だった。
突然、物音が聞こえてきた。
もちろん、俺が立てた音じゃないぞ。
俺だって流石にそこまでマヌケじゃない。
この状況下で音を立てるなんて、そんなの自殺行為と同じだ。
音は馬車の方から聞こえてきた。
黒装束の男達が油断していた、その隙に――。
馬車の後方の荷台から、誰かが飛び出したのだ。
それは、黒装束の男達がいる場所とは、正反対の方向。
――そう。
俺が今、隠れている方向に向けて。誰かがこちらに駆け出してくる。
それは遠目で見ても分かった。
こちらに駆けて来るのは小さな女の子だ。
年は14、5くらいだろうか。
金色の髪をなびかせながら、体の線の細い女の子が、こちらに向けて全速力で駆けてくる。
「おい! 女が逃げたぞ!」
「商人の娘か! へっへっへ……よし、捕まえるんだ!」
「絶対に殺すんじゃねえぞ! 生け捕りにして、全員で輪姦して楽しもうぜ!」
この瞬間ほど。この世界の言語を理解出来てしまう自分を呪ったことはない。
あの化物共は、あれだけ無慈悲に殺人を楽しんでおいて……。さらに人の道を外れた蛮行を、また平然と行おうとしていやがるのか!
(クソッ……絶対に殺してやる! あの人間の皮を被ったクズ野郎共めっ!!)
駆けて来る少女の顔は必死だ。
息を切らしながら、全速力でこちらに向かって走ってくる。
当然だろう。あの黒装束共に捕まったら、どんな酷い目に遭わされるのかが分かっているのだ。
殺されるだけならまだマシな方だ。
殺されるより遥かにおぞましい拷問を繰り返されて、きっと最後には笑いながら惨殺されるに違いない。
俺は決断を迫られた。
あんな連中に見つかったら、俺みたいな弱者はすぐにでも殺されてしまうだろう。
俺のコンビニの能力じゃ、あいつ等を倒すなんて到底無理だ。出来っこない。
(だけど、あの少女は絶対に見捨てられない……!)
ここに隠れていれば、俺だけなら何とかやり過ごす事も出来きたかもしれない。
まだ俺の存在に、あの連中は気付いていないのだから。
でも、このままだと。逃げている少女は、確実にアイツ等に捕まってしまうだろう。
(俺は、本当にそれでいいのか?)
目の前で少女が、ケダモノ達に強姦されて弄り殺されていくのを、黙って見ているつもりなのか?
(そんなの、アイツ等と同罪じゃないのかよっ――!)
助けられるかもしれないのに、少女を見捨てるつもりなのか? 自分だけが助かる為に。あの女の子を獣達に生贄として差し出すつもりなのかよ!
(――俺は、その程度の男だったのか?)
さっきまで『もう勇者ごっこは終わりだ』と……現実を直視していた冷静な心と。
あの少女だけは、何としてでも助けたい、という無謀な勇気が俺の中で必死にせめぎ合う。
クソッ……! 俺には戦う能力なんて何も無いんだぞ? 見つかったら一緒に殺されるだけなのがオチなんだぞ! 俺は役立たずで、臆病で、無能な『コンビニの勇者』なんだろ? だから街を追放されたんだろ?
いいじゃないかよ、ここから逃げたって!!
どうせお前になんか誰も期待してないって! お前がここにいるのはたまたまだ。あの女の子はここで最初から死ぬ運命だったんだよ!
だから、放っておけよ! 飛び出したって、2人とも死ぬだけだ。現実を見ろよ! 2人とも死ぬくらいなら、1人は助かった方がいいに決まってる!
無駄死にするなよ! 俺にだって家族がいるんだ。元の世界には両親が待ってるんだぞ。こんな世界で死んでいいのか? お前は本当にそれでいいのかよ!!
それなのに、俺は……。
俺は……。
クッソ……!! 俺は―――ッ!!!
「俺は『コンビニの勇者』だああああぁぁっ!!!」
異世界にきて、無双をして。チートで魔王を倒して、美少女ハーレムを作って!!
そんなラノベ中2病設定に、どうしようもなく憧れを抱いてしまう。
俺は……、
俺はあああぁぁッ!!
「異世界から来た、最強のコンビニの勇者様なんだああああああああああああっ――!!」
俺は、なかば自暴自棄な雄叫びをあげながら。
颯爽と茂みの中から飛び出した。
こちらに向けて駆けて来ている、少女の進行方向に飛び出て。手で合図を送る。
「こっちだ! こっちに来い! 一緒に隠れるぞ!」
俺はコンビニを自分の後方にすかさず出現させた。
ガラス戸の自動ドアを開けて、少女を手招きをする。
目の前に突然飛び出して来た謎の男と、いきなり出現した謎の建造物に少女が目を見開いて驚く。
だが、今は考えている余裕はないと理解したのだろう。追っ手はすぐ傍まで迫ってきている。
少女の足では、到底盗賊達から逃げ切る事は出来ない。掴める藁があるのなら、何だって掴みたい状況のはずだ。
例えそれが謎だらけで、しかも実は役立たずの、異世界のコンビニの勇者だったとしてもな。
俺は駆けて来た少女の手を取り、コンビニの中に無理やり引っ張り込む。同時に急いで防火シャッターを下ろし、入り口のガラス戸に鍵をかけた。
追いかけていた先に、突然謎の建造物が出現して驚いたのは黒装束の盗賊達も同じだった。
一瞬だけ、男達の足が止まった。
だが、獲物が建物の中に逃げ込もうとしたのを確認して、慌てて弓を引き始める。
少女の足を射抜こうとして放たれた矢は、間一髪。
下ろされた防火シャッターに弾かれて、そのまま地面に転がり落ちた。
「ハア……ハア……ハア……ハア…………」
俺と少女は、互いに激しく息を切らしていた。
少女はここまで全速力で駆けてきたから。
俺は緊張と、これからどうしようかという不安と焦りで……。心臓が極限まで高鳴っていたからだ。
まずは、コンビニのガラス戸の施錠を確認し、ちゃんとしまっている事を確かめる。
防火シャッターとガラス戸の二重の施錠。
これで防御は2枚あるのだから、今すぐにコンビニの中にアイツ等が侵入して来る、という事はないだろう。
俺は、初めて見たコンビニの様子に驚愕している少女の手を取り、奥の事務所にまで連れて行った。
「よし! ここまで来ればとりえずは安心だろう。後はこれからどうするか、だけどな……」
事務所の白い木戸にもしっかりと鍵をかけて、俺はパソコンを起動させる。
コンビニの外に設置されている監視カメラの映像から、盗賊達の今の様子を探った。
(クソッ……。全然、息切れが収まらないな)
心臓の鼓動も、さっきからずっとバクバクと高鳴り続けている。深呼吸を繰り返してみても、全然静まる気配がない。
「ちっくしょう……! 昨日、魔物の襲撃をなんとか凌いだばかりだっていうのに。なんで俺はまた、命がけのやり取りなんてしてるんだよ……」
焦りと不安からつい愚痴が溢れてしまう。
だが、俺はすぐに反省した。
そうだ。
俺は今は1人ではないんだ。
俺の後ろには、俺以上に不安と恐怖で怯えている金髪の少女が立っている。怯える少女の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
俺は震えている少女の姿をじっと見つめる。
彼女はずっと無言で、ただじっと俺の様子を見守っていた。
淡い金色の透き通るような綺麗な髪。深緑色の双眸。
見た目の年齢は15歳くらいだろうか?
細身の体には白と青の色が混ざった、綺麗な刺繍の施されたワンピースを着ている。小麦畑の様に黄金色に輝く長い髪が、少女の首下辺りにまで垂れていた。
盗賊達に追われ、絶体絶命の状況下にあるにも関わらず――。俺は一瞬だけ……。
目の前に立つ少女の綺麗な容姿に見とれて、思わず息を呑んだ。
耳は尖っているようには見えない。
だから、たぶん俺と同じ人間なのだろうけれど。
もし異世界に本物の美少女エルフがいるのだとしたら。きっと、こんな外見をしているんだろうな……と。想像していた通りの綺麗な風貌。
目の前の少女はそれくらいに美しく。そしてあまりにも人間離れした、幻想的な外見をしていた。
俺は慌てて首を横に振り、再び現実に目を向ける。
そうだ、今は見とれている場合じゃない。
コンビニの周りを、盗賊達が取り囲んでいるんだぞ。
パソコンのモニターに映る監視カメラの映像には、コンビニを取り囲む盗賊達の映像が映し出されていた。その映像を見た少女が、体をビクッと小さく震わせる。
盗賊達は、突如出現した謎の建造物――『コンビニ』を警戒して。慎重に周囲を観察するように、店の外をグルグルと周り始める。
このまま見知らぬ建物に恐れをなして、様子見だけで帰ってくれれば最高なんだけどな。
だけどどうやら盗賊達は、ここからすぐに撤退してくれる様子はなさそうだ。
中に目当ての獲物がまだ隠れているのだから当然だろう。あのケダモノ達は、獲物をしとめて骨の髄まで舐め回すまでは、きっと帰りはしない。
アイツ等が本気でこの中に入ってこようとした場合、コンビニの防火シャッターは、どれだけ耐えられるだろうか?
昨晩の黒い魔物達はたしかに数は多かったけれど、所詮は知能がないただの獣だった。同じケダモノという意味では、この盗賊達も同類ではあるが、こいつ等には魔物達よりも知性がある。
(おまけに全員、武器を持っているのが一番厄介なんだよな……)
爪だとか、鋭い牙くらいだけなら、なんとか防火シャッターでも防げたかもしれない。
でも、剣や槍といった鉄製の武器で攻撃されたらどうなるのか?
あくまでも俺の予想なんだが。
まあ……。多分、防ぎきれないだろうな。
これはイメージの問題だ。例えば、寂れた商店街に防火シャッターが閉じている古い店があるとしよう。
そこに不良のチンピラ集団が10人くらいで、一斉に押しかけきたとするじゃないか。
全員が金属バットだとか、鉄パイプなどの武器を所持している。そして店の周囲には誰もいなくて、警察にも通報されない環境下であるという、前置きの上での話にはなるけどな。
……その場合。多分不良達は、時間さえかければ防火シャッターに力づくで穴を開け。その穴を無理矢理にこじ開けて、中に入る事くらい簡単に出来てしまうと思う。
それこそ『オラオラーッ!』って、力任せに全員で一斉攻撃をされた場合だけどな。
その時、外で様子見をしていた盗賊達の中の1人が……。突然、手に持っていた剣を防火シャッターに向けて勢いよく振り下ろした。
”ガシャーン!!”
大きな轟音が、店内に鳴り響く。
防火シャッターには大きな傷が入ったが、それは穴が開くほどではなかった。
その様子を見た他の盗賊達が、それぞれ自分の武器を試すように。一斉に防火シャッターに向けて斬りかかる。
”バンッ!!” ”ドカッ!!” ”バキッ!!”
防火シャッターから連続で聞こえてくる打撃音。
剣はともかく、槍で突かれるのは割とヤバイな。
思いっきり突けば、防火シャッターにも穴が開いてしまいそうだ。
事務所の中で、防犯カメラの映像を見ている俺と少女は……。祈るような気持ちで、盗賊達がシャッターに闇雲に攻撃する光景を見つめていた。
(頼むから、諦めて早く帰ってくれよ……!)
盗賊達がコンビニに攻撃を始めてから、15分くらいは経っただろうか。
アホみたいに無計画に防火シャッターを斬りつけていた盗賊達が、いったんその攻撃を止める。
シャッターには所々、大きな穴や傷が無数に刻まれているが、まだ人が中に侵入出来る程の大穴は開いていない。
攻撃を止めたのは、単に疲れたからだろう。
盗賊達は、コンビニの周りをグルグルと周り始め。何か他に侵入路になりそうな場所がないかを探し始めた。
俺は後ろに控えている少女に『シーッ……』と、音を立てないようにというジェエスチャーを送る。
異世界でもこのジェスチャーは通じのるだろうか? 最初はキョトンとしていた少女も、俺の伝えたい意味を理解してくれたのだろう。
コクンと頷いて、その場でじっと静かにしてくれた。
事務所の外からは、盗賊達がコンビニの周囲をゆっくりと歩く音が聞こえてくる。
コンビニの外壁は、コンクリートで出来ている。
正面の透明ガラス部分を除けば、周りの壁面はかなりの強度と硬さを備えている。頑丈なコンクリートは、剣や槍程度ではビクともしないだろう。
むしろ思い切り叩けば、剣の方が折れるはずだ。
正面の入り口以外にある侵入路だと、実はこの事務所には裏口がついている。以前に、玉木をグランデイルの騎士達から逃がすのに使った場所だ。
だが、この裏口もかなりの頑丈さが備わっていた。
他の一般的なコンビニがどうなのかは俺は知らない。俺はコンビニでアルバイトをした経験がないからな。
俺のスキルで出現するコンビニ。そのコンビ二の事務所についている裏口は、銀行の金庫にある頑丈なドアのような重みと厚みがある。
鋼鉄製とまではいかないが。ステンレス製の銀のドアで、厚みは15センチ以上もある。見た目にもかなりゴツイ頑丈なドアになっているな。
だからこの裏口のドアも、剣や槍くらいでは到底突破は出来ないはずだ。
それにもう一つの観点でも、俺は裏口の防御に関しては実はあまり心配をしていない。
俺のコンビニの裏口は、外から見るとドアノブが一切付いていない。いわゆる、パネルに数字を入力する電子ロックタイプの施錠になっているからだ。
なのでこの世界の人間には、ここがドアで。コンビニの出入り口になっているんだ、という発想自体がそもそも浮かばないだろう。
だから、俺達が部屋の中で音を立てさえしなければ、ここを集中的に壊そうという思考には至らないと思う。
事務所の外から聞こえてくる盗賊達の足音に、少女がビクリと体を震わせる。
当然だろう。自分をこれから滅茶苦茶にしてしまうかもしれない悪魔達の足音が、すぐ傍から聞こえてくるのだから。平然となんてしていられるわけがない。
この事務所の中は、安全なんだと少女に口で説明するのは難しい。今は小さなささやき声でさえ、敵に聞こえてしまうのがリスキーな状況だ。
俺はとっさに少女の手を引き、その小さな体をそっと抱き寄せた。
右手で少女の口を押さえ。物音を立てないようにと、その口を優しく包むように押さえ込む。
「……………………」
少女は全く抵抗をしなかった。
きっと、俺がしている事のニュアンスや意味は伝わっているのだろう。
今は音を絶対に立ててはいけないんだ。
ここにいる事を、外の奴等に気付かれてはいけない。
(……でも、何て言うか生温かいな)
こんな時に不謹慎だとは思うが。
俺は家族以外の……。それも女の子の体を、生まれて初めて抱きしめたかもしれない。
細い体が、小さく震えているのが伝わってくる。
あの馬車に乗っていた人達。外の盗賊達に殺された男達は、もしかしてこの女の子の家族だったりしたのだろうか?
もしそうだとしたら、肉親を殺されて本当につらい心境だろうに……。
外にいる盗賊達が憎くて憎くて。そして本当に恐ろしくて、怖くて。心が壊れそうになっていても、おかしくない状態のはずだ。
それなのに、少女はこんなにも小さな体を震わせながら。必死に迫りくる恐怖に耐えている。
俺はもう、中二病的な思考はとっくに捨てたつもりだったんだけどな。
だから俺が今、考えている事は……。決して異世界で無双する格好良い勇者的な考えとは違うものだ。
――ただ、純粋に。
俺はこの子を守ってやりたい、と今は思っている。
この命をかけてでも。この子だけは、あの悪魔達の魔の手から救ってあげたい。
こうしてコンビニを出して、そこに隠れる事しか出来ない本当に役立たずな勇者だけどな。
そんな俺でも、この子の命だけは救いたい。
それで命を落とすようなことがあっても。俺はきっと後悔はしないだろうなって思えるんだ。
まあ、ただの自己満足かもしれないけどさ。
異世界の可愛い女の子を、盗賊達から救って死ねるのなら……。
俺の人生、割とそれでいいんじゃないのかな?
無能なコンビニの勇者の最期にしては、まあまあ上出来な部類だ。誰に褒められなくても、俺自身がそれで満足出来て死ねるのなら。きっとそれは幸せな事だと思えるし。
だから、何としてでも達成したい。
この少女の命を救うという事だけは、必ずやり遂げてみせる!
俺は少女を抱きしめる手にグッと力を込めた。
やがてコンビニの周囲をグルグルと回っていた盗賊達が、正面の防火シャッターの付近に再び集まり始めた。
どうやら中に侵入する為の突破口は、やはりここしかないと当たりをつけたようだ。
再びガシガシと、持てる武器の全てを使ってシャッターを叩きつけ始める。
獣のように何も考えずに。ただ破壊することだけを目的に、闇雲に武器を振り回し続ける。
俺はその様子をじっとパソコンの映像で見ていた。
やがて、シャッターに大きな切れ目が1つ出来ると、そこをこじ開けるように、集中的に盗賊達が剣と槍で突き始めた。
防火シャッターの中にはまだガラス戸がある。
ただガラスは透明なので、コンビニの中が覗けてしまう。
中に人の入れるスペースがある事を確信した盗賊達は、よりいっそう力を込めて剣を叩きつける。
シャッターの切れ目を少しずつ、少しずつ、より大きな穴へと広げていく。
「クソっ! これじゃあ防火シャッターが破られるのも、時間の問題だな……」
この時にはもう、俺は完全に覚悟を決めていた。
何の覚悟かって? 決まってるじゃないか。
あの人の皮を被った化物達と、戦う覚悟の事さ!
防火シャッターが破られたなら、透明のガラスなんてすぐに壊されてしまうだろう。
そうしたら、奴等は店内に侵入してくる。
少女を探し出して、力ずくで犯してやろうと獣のように殺到してくるだろう。
でも、防火シャッターに開けた狭い入り口を、無理やりこじ開けて入ってくるのだから……。侵入してくるのには、まだ時間がかかるはずだ。
奴等が店内に入ってきて。そしてこの事務所のドアを見つけたなら、後は昨日と同じだ。
近づいてきた瞬間に、消火器の粉塵を思いっきり至近距離から浴びせてやる。
それは出来るだけ引きつけて、店内に全員が入ったのを確認してからだ。そして消火器の粉も全部使い果たしたなら……。後は俺がこの部屋から1人で、あいつ等に向かって討って出る。
タイミングよく少女を裏口から逃がすことが出来れば、奴等に気付かれることなく。少女だけは、ここから上手く逃がす事が出来るかもしれない。
もちろん俺が殺された後で、少女が森の中で捕まらないという保証はないさ。
そうならないように、俺も店内で派手に暴れて回って、出来るだけ時間を稼ぐつもりだ。
それこそ消火器を思いっきりアイツ等の顔にぶつけてやってもいい。俺みたいなガキのパンチでも、きっと全力で殴れば歯の1、2本はへし折ってやれるさ。
アイツ等がもう、二度とせんべいを美味しく食べる事が出来なくなるくらいの状態にしてやるつもりだぜ。
1秒でも2秒でも長く。俺が盗賊達を引きつけて、少女をこここから逃す時間を作り出すんだ。
(……つまり俺が考えているこのプランだと。もう俺が生き残るという選択肢は全く無い事になるな)
俺が生き残るという道はもうどこにも無い。
俺の残り僅かな人生は、少女を逃す時間稼ぎの為だけに存在する。
後は、死ぬまでに数秒でも多くの時間を、あいつ等から奪えるかどうかなんだ。
今まで自分の人生に、あまり意味なんて求めたことはなかったけどさ。
ただなんとなく就職をして、いつか結婚も出来たならまあグッジョブ。俺にしては上出来だろうぐらいには漠然と考えていた。
そんでもって休日には、録画して貯めておいたアニメを見て。流行りのゲームをして。きっと老後もそんなダラダラとした生活が漠然と続いてくんだろうなってくらいに。
そんな……どうだっていいような人生設計しか、俺の頭にはなかった。
ついさっき。人が目の前で虫けらみたいに殺される所を見るまでは、命の重みなんて全然意識した事もなかったしな。
あんなにもあっさりと。そして無価値に。
人の命は簡単に奪われてしまうものなんだと、俺は生まれて初めて知った。
命に意味なんて求め始めたら……。あんな光景、とても想像出来なかっただろうな。
きっと人の命は、俺が学校で教わってきたよりも、遥かに粗末に扱われているものなんだと思う。
だってそうじゃないと、あんな無法、絶対に許される訳がないじゃないか。
それが許されてしまうのが、この世界。
いいや……きっとここだけが特別なんかじゃない。
俺達のいた元の世界でもそれは。きっとどこかで必ず起こっていた事なんだ。
それをただ、俺が見ないようしてきただけだ。
テレビのニュースの中でも、世界中で紛争だとか災害だとか、嫌なニュースは溢れ返っていた。
さっき俺が目にしてしまったような光景も、世界のどこかで毎日行われていた事なのかもしれない。
人間の命には、たいした価値はない。
俺が想像していた以上に、世界は無価値な大勢の人間の命の犠牲の上に成り立っていたんだと思う。
だからこそ、俺は決めたんだ。
俺のこの粗末な命を、この子を救う事だけに使ってやるってな。
俺の命を使って、この可愛くて綺麗な少女の運命を救いたい。今はそれで十分だ。
俺は、抱きしめている少女の顔をじっと見つめてみた。
(……ホントにマジで可愛い顔をしているんだな。俺が有能で強いチート勇者だったなら、この子をもっと格好良く救えたのだろうけれど。そうじゃなかった事だけが本当に残念だぜ……)
もっとも助けた後で。この子が将来は超絶ビッチになってたり、世界を震撼させるような悪女になってたとしても、俺は責任持てないけどな。
……まあ、後はただ健やかに生きてくれと願う事くらいしか、今の俺には出来ないさ。
少しだけ心に余裕が出来たのか、俺は少女にニコッと微笑みかける。安心させるようにゆっくりと。落ち着いた声で俺は少女に語りかけた。
「いいか? よく聞いてくれ。外の奴等が中に入ってきたら、俺が注意を引いて時間を稼ぐ。その間に君をここから逃がしてあげるから安心して欲しい。大丈夫! 君だけは絶対にこの俺が守ってみせるから。何も心配しなくて平気だからな!」
この世界の言葉で話しかけてみたけど、ちゃんと伝わったのかな?
少女は一瞬だけ不安そうな顔をしたけれど。
ぎゅっと、俺の体を力強く抱きしめて頷いてくれた。
……よし、俺。
口から言葉に出して言ったからには、絶対に約束は守れよな!
自分の口で言った事を守れないような男は最低なんだぞ! って何かの漫画キャラも言ってた気がするし。
パソコンのモニターに目を移すと。防火シャッターを引き裂いて、人間が入れるくらいの縦穴を開けた盗賊達が……。
正面のガラス戸も叩き割り。とうとう店内に侵入してきていた。
(やっとかよ……。ずいぶんと時間をかけやがって)
そんなに時間をかけて女の子を追い回すくらいなら、街でナンパでもしてろよ! って言いたくなる。まあ、こんなサディスティックな奴等、金でもなければ誰も相手にしてくれないだろうけどな。
森の中とは違う、店内の明るい照明に驚いて。黒装束達は目をパチクリさせながら周囲を見回す。
まあ、当然の反応だな。アイツ等、コンビニなんて生まれて初めて見ただろうしな。
そこにおにぎりとかサンドイッチが置いてあるから、少し食べていけよ。超美味いから、きっと感動するぜ。
だが、コイツ等は食欲よりも性欲を優先させるアホサル共だった。店内を剣を振り回しながら探索し、声を荒げて俺と少女を探し始める。
「どこだーっ!! 出てきやがれッ!!」
「ほらほら、隠れてないで俺達と一緒に楽しい事しようぜッ! ちゃんと気持ちよくしてやるからよぉ〜!」
心臓が高鳴るのを感じる。
盗賊達が店内で暴れ周り。少しずつこちらに近づいてくるのが分かる。
(刃物で切られるのって、どれくらい痛いんだろうな……?)
想像はつかないけど、拷問とか弄り殺しだけは勘弁して欲しい所だぜ。
俺は消火器を片手に、事務所のドアの前で静かに待機する。
こっちの準備は、もうとっくに整っているんだ。
さあ馬鹿サル共! かかってきやがれよ!
俺がお前達の相手をしてやるからなッ!!