第一話 異世界召喚
「……ようこそお越し下さいました、異世界の勇者様。どうか私達の世界を救う為に、そのお力を貸して頂けないでしょうか?」
「――は?」
一瞬の思考停止。
俺は瞬きを3回ほど繰り返す。
やけに薄暗い、ぼんやりとした視界だった。
さっきまでは普通に明るかったはずなのに。
これは一体どういう事なんだ?
きっと寝惚けているのだろうと、俺は必死に目を擦りつけてみたが、目の前の視界は元には戻らない。
どうやらこいつは――。
『白昼夢』
……という訳でもなさそうだ。
俺は左右にゆっくりと首を振り、周囲の様子を観察してみる事にした。
今、俺の目の前には――。
純白の豪華なドレスに身を包んだ、金髪の美しい女性が立っている。
その周囲には中世風の銀色の鎧を身につけた、いかにも騎士って感じの奴らが数十人はいた。その全員が俺達を取り囲むように、ぐるりと半円状に並び立っている。
辺りには石材を使った石造りの壁と、蝋燭の明りに照らされた薄暗いホールが広がっていた。
そして、ぼやけた視線をゆっくりと下に落としていくと……。
足元には紫色の塗料で描かれた、大きな魔法陣のような模様が見える。
なあ……。
これって、ひょっとするとさぁ。
もしかして、『アレ』なんじゃないのか?
多分、俺と同じ事を想像したであろう、クラスの奴等が数名はいたらしい。
そいつらは、俺よりも先に歓喜の声をあげていた。
「やっべええぇーーっ!! これって異世界召喚なんじゃね? 俺らマジもんの異世界に来たんだ!! すっげえええええええっっ!!!」
俺の周囲には今、俺と同じように困惑の表情を浮かべたクラスメイト達が、全員その場に立ち尽くしている。
別に正確に数えた訳じゃない。
だけど、おそらく俺の所属している2年3組のクラスのメンツ――31人全員が、この場には集められているのだろう。
……と、なるとだ。
これはただの異世界召喚ではなく。
クラス全員が丸ごと召喚されてしまう『クラス召喚』でもあるらしいな。
怪しげな光を放つ、この半径5メートルサイズの紫色の魔法陣の中に。俺達クラスの全員は今、おしくら饅頭のように密集して立たされている状態だ。
そのせいか、緊張したこの場の空気にはそぐわない小さなざわめきが、あちこちから湧き起こっていた。
「……おい、これって一体どうなってるんだよ?」
「何なんだよコレ!? 全然訳が分からねえぞっ!」
「俺達さっきまで教室の中にいたよな? ここは一体、どこなんだよ!?」
俺は隠れオタクだから『異世界系』の小説やらアニメにもかなり精通している。
なので、この状況が大体は分かっているつもりだ。
でも、うちのクラスの大半の連中はそうじゃない。
みんなは普通に勉強や部活、そして恋愛に夢中ないわゆるノーマル属性な生徒達ばかりだからな。
だから多分、俺の周りにいるクラスのほとんどの奴は今……。この場で起きている出来事が理解出来ず、ただ呆然と立ち尽くしている事しか出来ない状況らしい。
――ん? 俺か?
まあ、俺はというとだな……。
割とこの状況を冷静に分析出来ている自分に対して、少し驚いてるくらいだな。
まずは俺達の身に起きている、この異世界召喚についてなんだが……。
俺達はついさっきまで、学校で数学の授業を受けている最中だった。
異世界モノのネット小説によくある展開だと。
突然白い光に包み込まれるだとか、何かの黒い渦に吸い込まれるだとか、色んな表現もあるけれど。そういうのは今回、全然なかったな。
いきなり『ポン!』って、突然画面が切り替わった感じだ。
全員が普段通りに授業を受けていて、正面の黒板をただボーっと見つめていたら……。いつの間にかここに転移していた、というのが素直な実感だった。なんかこう、本当にあっさりって感じだな。
――あ……後、不思議に感じた事と言えば、この異世界の言語についてだな。
今さっき、俺達に声をかけてきたのがおそらくこの世界のお姫様、あるいは王女様といった立場の人なんだろうと思う。
だって金髪の美人だし、まず間違いないだろう。
その金髪美女が俺達に話しかけてきた言語は、もちろん日本語ではなかった。
なのに俺は、そのかけられた言葉がどういう意味を持っているのかを、頭の中で自然と理解が出来ていた。
一体、それがなぜなのかはまだよく分からない。
俺の記憶の中に、いつの間にかこの世界の言語が、日本語と同じようにインプットされていた……という感じかな。
多分、普通に話そうと思えばこの世界の言語も話せるし、文字だってスラスラと書けそうだ。
異世界召喚に伴う、何かチート的なスキルの影響って奴だろうか? よくは分からないが、これはそういった類のものなのかもしれない。
まあ、それが俺だけなのか、クラスのみんなもそうなのかはまだ分からないけどな。
とりあえず、自動翻訳といった感じではなさそうだ。
「――ねえ、何なのよ? コレ……?」
「私、夢でも見ているの? でもだとしたら、何でみんなも私と同じ夢を見ているわけ?」
「一体どうなっているのよ!? ここは何処なのよ! 誰かちゃんと説明をしなさいよ!!」
不安な心の内を吐露するように、クラスのみんなが口々に声を発しながら騒ぎ始める。
特に女子達の動揺ぶりは目に見えて深刻だった。
逆に対照的なのが、クラスでもアニオタとして有名なオタク男子達だ。
「すげーーっ! 本当に中世風なファンタジー世界じゃん!」
「なあ、お前この世界の言葉理解出来てる? 俺、いつの間にかここの言葉が話せるようになっているみたいなんだけど、これって俺が選ばれた勇者だからじゃね?」
「……何言ってんだよ。俺だって話せるようになっているぞ。っていうか、どこでステータスバーを見るんだコレ? 仕様がよく分からないし不親切設定過ぎるぞ!」
不安な声。
興奮した声。
悲鳴にも似た叫び声が入り混じり、辺りには瞬く間に喧騒が広がっていく。
ざわつく俺達の様子に、目の前にいる金髪のお姫様も少し及び腰になっているようだった。
さっきからどう俺達に声をかけていいのかが分からずに、ずっと困り顔を浮かべている。……って言うか、ちょっとだけ涙目になってないか? 少し可哀想になってきたぞ。
そんなお姫様の様子を見かねてか、周囲の銀色の騎士達の様子も浮き足立って見えた。
中にはこの場の混乱を収めようと、腰に付けた長剣に手をかけて、臨戦態勢をとる奴も出始めている。
……おいおいおい!
これって、けっこうマズい状況なんじゃないのか?
みんなそろそろ落ち着いた方が絶対に良いって。いきなり剣で切り捨てられたりしたら、たまったものじゃないぞ!
全く収拾のつきそうにないこの事態に、俺が内心焦りを感じ始めていた……。その時――。
「――みんな、いったん落ち着こう! まずはこの人達の話を聞いてみようよ!」
騒然とするクラスの全員に号令をかけたのは、クラス委員長の倉持悠都だった。
黒髪長髪の中性的な顔立ちをしたイケメンで、真面目な性格をしている倉持は、クラスの女生徒達からの人気が抜群に高い。
騒然としていた女子達が静かになってくれたおかげで、クラスの全員が一旦落ち着きを取り戻し始めた。
まだ調子に乗ってはしゃいでいたオタク男子達にも、女子達が『静かにしなさい!』と注意をしたことで、場の空気は一気に沈静化されていく。
(異世界のことは、僕達の方が詳しいのに……)と、オタク男子軍団は不満顔だ。だが、女生徒全員の白い目線に抵抗出来る訳もなく、次第に大人しくなっていった。
うん……。やっぱりこの辺りはネット小説と現実は違うんだな、と思わされる展開だな。
異世界に詳しいオタ連中が、リア充気味な一般生徒達を上から目線で指示するような、現実逆転の現象はどうやらこの場では起きなかったらしい。
まあ、これからスキルだとか、何かしらのチート能力を与えられたりした時に、そういうことが起きる可能性は十分に有り得そうだけどな。
「それで……ここは一体どこなのでしょうか? 僕達はどうしてここに呼び出されたのですか? もしよろしければ、その辺りの事情をお話し頂けないでしょうか?」
委員長が日本語ではなく、こちらの世界の言葉で目の前のお姫様に話しかける。
どうやら、この世界の言葉を話せるという現実をしっかりと理解出来ているらしい。
さすがは偏差値70越えのエリート。
それでいて顔面の偏差値も70越えしているのだから、本当に性質の悪い嫌味な奴である。
天が二物を与えてしまっている典型的な不公平の塊みたいな奴だが、出来れば後で何か地味なスキルを与えられて、みんなの前で大恥をかいて欲しいと願うのは俺の心が狭いからなんだろうな。
「私の話を聞いて下さり、ありがとうございます――!」
金髪の女性が、優雅にスカートの裾をつまんで一礼をした。
瞳の色が透き通るように美しい青色だった。
肌の色は深雪のように真っ白。
その風貌は、俺達の世界で言う所の北欧系のブロンド美人さんといった感じだ。
「私はこの世界の東の王国。『グランデイル』の王を務めています、クルセイスと申します。……現在、この世界は魔王の創り出した邪悪な魔物達の攻撃を受け、危機的な状況に陥っているのです! ですので古の伝承にあった異世界召喚の儀式を行い、異世界の勇者様方をこの世界にお呼びさせて頂きました。あなた様方に、どうかこの世界の危機を救って頂きたいのです!」
ほうほう……。
金髪美人のお姫様……じゃなくて、実は女王様だったか。見た目は全然若いし、どう見ても20代前半といった感じなのにな。
正直、大学生くらいの見た目で、一国の王様を務めていますと言われても、にわかには信じられない感じもあるけれど……。まあ、ここは異世界だから、俺達の常識では測れないルールが沢山あるのかもしれない。
グランデイル王国の女王、クルセイスさんの話は割と王道だった。
内容は簡単に要約すると、こんな感じだな。
この世界には『魔王』と呼ばれる、魔物達のボスのような存在がいるらしい。
その魔王が創り出した魔物達によって、世界は壊滅的な被害を現在進行形で受けている。
大陸にある7つの国家のうち、既に2つの国が魔物の襲撃を受けて滅ぼされてしまった。
そして、そんな危機的な状況を打破する為に、膨大な魔力を使って、古の伝承にあった『異世界の勇者』を召喚する儀式をこの国は行ったと――。
そして、それによってここに呼び出されたのが――俺達クラスの全員という訳だ。
だが、こんなにもたくさんの異世界人が同時に呼び出されたのは、クルセイスさん達にとっても予想外な事だったらしい。
古の伝承だと、呼び出される勇者はせいぜい3~4人くらいという記載だったようだ。
ここには31人もの勇者候補が呼び出されている訳だからな。まあそれは当然、困惑もするだろう。
「――分かりました。僕達がここに呼び出された経緯は理解出来ましたが、2つだけお尋ねしたいことがあるのですけど、いいでしょうか?」
「ハイ、何でしょう? 私にお答え出来ることでしたら、何でもお答えを致します」
倉持が冷静に質問を続ける。
ここまで、クルセイスさんの話に眉一つ動かさずに応対しているこいつは、けっこう大物なのかもしれない。
クラスのみんなにとっては、武器を持った銀色の騎士達に突然周囲を取り囲まれているこの状況下だ。とても悠然となんて構えていられない心境のはずなんだが……。
もちろんクラスの代表者として、どうにか自分が落ち着いていないと……という自制の気持ちもあるのかもしれない。だとしても実に大した奴である。
こんな世界に呼び出されていなければ、元の世界ではきっと大物の政治家にだって成れたかもしれないぞ。
「……では、まず1つ。僕達は異世界の勇者として召喚をされたようですが、みんなは勉学に勤しむただの学生であり、勇敢な戦士でも騎士でもありません。……中には突然の出来事に理解が出来ず、混乱している人もたくさんいるくらいです」
まあ、そうだろうな。
急に異世界に召喚されて喜ぶのは、ネット小説やら異世界系のアニメが好きなオタク連中だけだろう。
普通の感覚なら、見ず知らずの場所に突然連れて来られたら、『怖い』と思う筈だ。
「――もし、僕達の中で魔王との戦いに参加をせずに、元の世界に帰りたいと望む人がいた場合、その希望は叶えて貰えるのでしょうか?」
倉持の発言は、まさにクラスの大半の人間が望む質問だった。
一部、異世界召喚に興奮しているオタク男子共を除けば、みんな現在の状況についていけず、ただ単に怯えている状態だ。
特に、クラスの女子達のほとんどが早く家に帰りたい、という気持ちでいるのがその表情で分かる。
「残念ですが……。その希望を叶えることは、今は出来ません……」
金髪の女王、クルセイスさんは謝意を込めて俺達に深々と頭を下げた。
「異世界からの勇者召喚には膨大な魔力を消費するのです。あなた様方を呼び出した際に、それらの全てを使い切ってしまったというのが現状です。蓄えられた魔力の備蓄を、再び儀式を行える量まで溜めるのには、おおよそ数百年の時が必要となるでしょう」
「そんな!!」と再びクラスのみんなは一斉にざわめき始める。
それを制すように、倉持は矢継ぎ早に質問を続けた。
「――では、僕達はもう元の世界に戻る事は出来ないという訳ですか?」
「いいえ、方法はあります!」
希望は叶わないと否定をされ、クラスのみんながパニックになるのを避けたかったのだろう。
クルセイスさんは、その清らかな顔立ちに似合わない大声でそう叫んだ。
「たくさんの強力な魔物達を生み出す魔王は、膨大な魔力を所有する、魔の根源とも言うべき存在なのです。魔王を倒すことで、その中に蓄えられた大量の魔力を回収する事が出来れば、『召喚戻し』という古の大魔法を行い、あなた様方を再び元の世界に戻す事も、おそらく可能だと思われます……」
なるほど……。
これも割と王道な話だよな。
元の世界に帰りたければ、俺達は魔王を倒すしかないという訳だ。
召喚されたけど、戦いたくないから『サヨナラ~』な展開じゃ、今時ネット小説にもならないしな。
「……分かりました。では、もう1つだけお聞きします」
動揺するクラスのみんなとは対照的に、落ち着いた声で倉持が話を続ける。
「先ほどもお伝えした通り、僕達クラスのみんなはただの学生であり、強力な魔物と戦う力など何も持たないただの一般人でしかありません。そんな僕らが、どうやってこの世界の皆さんでも勝てないような、恐ろしい魔王と戦う事が出来るのでしょうか?」
「それはご安心下さい。異世界から召喚された皆様には、この世界に住まう私達には持つことの出来ない、特殊な『能力』が授けられていると言われています。……過去の伝承にも、その強大な能力を持った異世界の勇者様が魔王を倒したという事実が、今でも多く語り継がれているのです」
「おお、やっぱチートスキルが授けられてるんじゃん! すげえええっ!」
「なあ……俺、絶対『時間操作系』の能力の持ち主だと思うんだけど、軽く無双しちゃってもいいかな――?」
空気を呼んで静かにしていたオタク男子達が、また興奮をして騒ぎ始めた。
いやいや、気持ちは俺も分かるけどここは静かにしていようぜ。そんなんじゃ、また女子達に白い目で見られちまうぞ。
それに……誰がどんな能力を持っているのかも、まだよく分かってない状態だしな。
授けられるチート能力次第では、クラス内でのカースト順位が入れ替わることが起こり得るのだから、オタク男子共が興奮するのもまあ……分かる。
そう――。
異世界召喚には定番のチート能力。
異世界から召喚された勇者様には、神様から特別な『能力』が付与されているという訳だ。
そして、今後異世界で生きていく上では、それが一番重要になってくるのだろう。
俺だってみんなの前では隠しているけど、部屋の中にはアニメグッズがぎっしり詰まった立派なオタク野郎だしな。
自分がいつか異世界に行けたのなら、チート能力を使って大活躍をしてみたい……。そんな夢想をしたことだって当然、一度や二度くらいあるさ。
深夜アニメで『異世界』と名のつくタイトルは、それが例え『外れ』だったとしてもとりあえずは録画しておくのがマイルールだ。
本音を言うと、ついさっきの数学の授業中でも……。
俺はそんな妄想を頭の中でしながら、暇をつぶしていたくらいだったしな。
「……それで、僕達に授けられているというその特殊な能力は、どうやって確認をすればいいのでしょうか?」
「ただ頭の中で――『能力確認』、と念じれば大丈夫です。能力確認は魔力値がゼロでも行える簡単な魔法ですので、この世界では誰しもが、自分自身に対して行うことが出来るのです」
ふむふむ。
頭の中で能力確認、と唱えるだけでいいのか。
もちろんのことだが、多分、それはこの世界の言語で言わないといけないのだろう。
「能力確認! ――おおっ! すげええっ! 俺のスキルが目の前に表示されてるぞ!」
「よし、俺も! 能力確認! うおおおおおおっ!? 俺は『鍛冶師』のスキルって書いてある! ……これってアレかな? けっこうなレアなスキルだったりするのかな?」
委員長の倉持とクルセイスさんの話はまだ途中だというのに、次々と自身の能力確認を行い始めるオタク男子達。
最初は状況が分かっていなかった他の奴等も、周りに聞きながら次々と自分のスキルを確認し始める。
「えっ……、なに? みんな、一体何をしているの?」
「紗希もやってみなよ! 頭の中で能力確認って言うだけで、自分のスキルが分かるんだって!」
一番現在の状況に困惑していたはずの女子達までもが、自分のスキルの確認をし始めていた。
多分、みんなにとってはスマホゲームで課金ガチャを引くような感覚なのかもしれないな。
周りが盛り上がっているから、とりあえず自分も参加しとけ! みたいな雰囲気なのだろう。
……そうだ!
そういう俺自身は、一体どんなチート能力が与えられているのだろう?
ヤバイ……。
これはちょっと顔がニヤけてしまうな。
だって、これでワクワクするなって方が無理だろう。
『あなたには今、特殊な超能力が与えられています。それを、今すぐ確認してみて下さい』
……って、言われてるようなものなんだぜ?
異世界モノの王道で、時間魔法を駆使して世界の法則を捻じ曲げてしまうような『大魔法使い』とかさ。
それとも聖剣エクスカリバーを片手に、巨大なドラゴンと死闘を演じる『最強の剣術使い』だったりとかさ!
こんなの……。
絶対、期待しちゃうに決まっているじゃないか!
頼むからモブキャラ扱いになるようなショボイ能力じゃありませんように。
俺は心の中で、神様? 女神様? 精霊様? よくは分からないけれど、この世界の神秘的な存在、全てに祈りを捧げながら……。
この世界の言語を、そっと呟いてみた。
「能力確認!」
すると――。
俺の目の前の視界に突然。
白色の文字が浮かび上がって見えるようになる。
表記はもちろん日本語ではない。
この世界の文字だった。
「え~と、なになに。俺のスキルは……っと?」
名前:秋ノ瀬 彼方 (アキノセ カナタ)
年齢:17歳
職業:異世界の勇者レベル1
スキル:『○ンビニ』……レベル1
体力値:5
筋力値:5
敏捷値:4
魔力値:0
幸運値:3
習得魔法:なし
習得技能:なし
称号:なし
―――は?
俺は目をこする。
瞬きを何度も繰り返して、もう一度文字の表示されている空間を見つめ直してみた。
いや、俺の目の前の視界に。
確かに文字が浮かび上がってるんだけどさ。
これは、え~っと……。
「……………」
いやいや、ちょっと待ってくれよ!!
これって、その……。
アハハ……。
軽いジョークだったりしないよな?
だ、だって何度見たってこれじゃあ――。
『コンビニ』
……って、書いてあるようにしか俺には見えないんだけど?
「……はぁ? ……はぁ? ……はぁああああっ!?」
俺は首を左右に振りながら、目の前の文字が間違いであって欲しいと、何度も視界を揺らし続けてみた。
な、何でここで……。
『コンビニ』が出てくるんだよ!?
いや……実は、コレってさ。
この世界だと何か別の意味を持つ、大魔法のワードだったりするのか?
きっとそうなんだよね?
いいえ、きっとそうなんですよね!?
お願いだから、誰か俺に教えてくれよ……。
何だか嫌な予感がプンプンしていて、俺、ちょっとだけ漏らしそうなんですけどぉ……。
「……おお、彼方! お前はどうだったんだ? どんな能力が与えられたんだよ?」
クラスの中でも俺と仲のいい、杉田勇樹が話しかけてきた。
「えっ!? お、おぅ。そ、そうだな……。お前の方はどうだったんだよ?」
「俺か? 聞いて驚くなよ! なんと『火炎術師』だ! ほら、見てみろよ、スキルレベル1でも、立派に炎が出せるんだぜ」
杉田が手の平を天井に向けると、そこから火炎放射機のように細い炎の線が放出された。
まだ手品師が口に含んだ灯油を勢いよく吹きかける『火を吹く芸』レベルではあるが、それを仕込みなしの純粋な能力で出せているのだから、確かに凄いと思う。
レベルが上がれば、きっともっと巨大な炎だって繰り出すことが出来そうだ。
周りを見ると、杉田のように自身の能力を試してみようと、氷の柱を出したり、噴水のように水を吹き出したりと、みんなが各々の能力を自由に試し始めている。
俺達の周囲で様子を見守っている銀色の騎士達が、更にそわそわとし始めた。
超能力者に成り立てのクラスメイト達が、子供のようにはしゃぐ姿を、彼らは遠巻きに見守る事しか出来ないらしい。
「――で? 彼方。お前は一体どんな能力だったんだよ?」
「えっ? あっ、ああ……。俺は、だな。そのぅ……『コンビニ』だったぜ!!」
「……ハァ?」
「……はぁ?」
なぜか疑問顔をした杉田に、俺も疑問顔で返してしまった。
……いやだってさ!
俺だって質問が出来るなら、誰かに教えて欲しいくらいなんだよ! 今、一番訳が分からないのはこの俺なんだからな!
「――コンビニって、アレか? あの24時間営業のコンビニのことなのか?」
「分からねえよ……。でも、もし『言葉通り』の意味なら、そうなのかもしれないな」
一瞬の沈黙。
すぐに、杉田がニヤリと笑みを浮かべて、
「な、ワケねーじゃん! よく分かんないけどよ。取り合えずその能力、使ってみろよ彼方! きっと究極の大魔法かもしれないだろ! ほら、天空に浮かぶ城の『○ルス』みたいに、滅びの呪文かもしれないじゃないか!」
「アハハ……! そ、そうだよな。よし、じゃあ、俺も能力を使ってみようかな……ハハッ……」
杉田の言葉に、俺は取り繕うように苦笑いを浮かべて頷く。
なんか俺が言うのも何だけどさ。
なんとな〜くだけど、俺……。
もの凄く、嫌な予感しかしないんだよな。
だが杉田の言うように、試してみないことには何も始まらないだろう。
ここはもうしょうがない。俺の能力が『あのコンビニ』じゃないことを天に祈りながら、使ってみることにしよう。
俺は目の前の空間に向けて。
まるで『ソレ』が究極の大魔法であるかのように、
心の底から願望をかけながら、
「――コンビニ!」
と、大きく叫んでみた。
”ポヨーーーーン!!”
……いや、今の効果音は俺がそう思ったから、心の中で言ってみただけだぜ?
俺と杉田の目の前には――。
そう――。
あの『コンビニ』が出現していた。
……ああ、もちろんアレだよ。
24時間営業で、いつでもおにぎりやサンドイッチ、飲料水が買えて、雑誌や雑貨なんかも売っている便利なあの『コンビニ』だよ。
そいつが、そっくりそのまま俺達の目の前に出現したんだよ。
――ん? 何か文句があるのか?
俺は開いた口が塞がらなかったけどな。
しばらくの沈黙が流れた。
浮き足立つクラスの面々を尻目に、真面目にクルセイスさんと交渉を続けていた倉持も。
周囲を取り囲むように並び立っていた銀色の騎士達も。
自身の能力を試そうと、興奮しながらはしゃいでいたクラスメイト達も。
みんな、一斉に俺の出した『コンビニ』に注目した。
まあ、それはそうだろう。
見た目もでっかいし。
この世界の住人には分からないだろうが、俺達の世界でならよく見慣れた造形物だしな。
都会の街並みを15分も歩けば、2店舗くらいは簡単に見つけられるぜ。
「あれって、もしかして『アレ』だよな?」
「うん、僕達がよく知っている建物にそっくりみたいだけど……」
「ねえ、何でここに『コンビニ』があるのよ?」
「――おい、アレ! 秋ノ瀬の能力らしいぞ!」
「えっ、それってどういう事なの!?」
「いや、だから。秋ノ瀬の能力が『コンビニ』なんだって!」
――――――プっ。
噴き上がるように溢れ出す笑い声。
決壊する沈黙の空間。
「ぎゃっはっはっはーーっ!! なんだよ、コンビニって!!」
「おいおい、魔王の前にコンビニを出して戦うつもりかよ!」
「ねえねえ、私、ドーソン派なんだけど、Rチキとか売ってないのかなー?」
それまで溜まっていた緊張感がほぐれるかのように、全員が大爆笑で笑い転けている。
救いなのはコンビニのことをよく分かっていない、異世界の騎士達とクルセイスさんだけは、目をパチくりさせながら困惑していることくらいか。
ああ……。
俺はこの時、こう思ったよ。
「……俺の異世界生活、終わったな……」って。
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