Act2:もう教えることはない。免許皆伝だ
あくとに。
「主な施設はこれくらいだな。とりあえず、これだけ知っておけば当面は困らない」
「わかりましたっ!」
初心者のうちから使いそうな施設だけ、立地と概要を簡単に説明して、俺と[アリア]は再び通用門に戻ってきた。
ファーストコンタクトからおよそ20分後のことである。
いきなり「戦い方を教えてくれ」などと頼まれた際には多少面食らったものだが、結局俺はその要請を受けることにしていた。特に他の用事がなかったこともあるし、そもそも今日のログインの目的は妹の[さや]のレベル上げの手伝いみたいなものなので、その延長と思えばどうということはない。
『始まりの街』はかなり広大なマップなので、隅々まで探検しようと思ったら一日や二日ではとても足りない。幸い、というか当然ながら初心者用の基本施設は通用門近くの区域に集中しているので、そこだけ教えておけばあとの探検はご自由にどうぞ、だ。
「じゃあ、最後に少しフィールドに出てみようか」
「はいっ! よろしくお願いします!」
俺も[アリア]も23時には切り上げるつもりなので、残された時間はあと30分足らずといったところか。
もともと、[アリア]の希望も戦闘の仕方を教えてほしいというものだったので、言うなれば、ここからが本番である。街を歩いていた間は物珍しそうにあっちこっちへと視線を飛ばしては瞳を輝かせていた彼女も、いざとなると緊張してきたのかどことなく落ち着かなげだ。
小柄な体躯もあいまって、ちょこまかきょろきょろそわそわと動き回る様子が小動物チックで非常に微笑ましい。他のゲームからやってきた経験者たちにありがちな『評価する目』みたいなものを一切感じさせず、なんでもかんでも一々感動して見せるのだ。たぶん、こういうゲーム自体が初めてなのだろう。そしてそのたびに若干オーバーな、率直に言えばなんとなくあざとい仕草を添えてくるのは、感情表現と一緒に身体が動くタイプの人間だからなのか。あるいは、狙ってやっているのだとすれば、それはそれで大したものだ。
俺は『演じる』という行為そのものに思うところがないので、天然だろうが打算だろうが、目に見える結果が同じならば動機は気にしない主義だ。
「街の外には出たことがあるか?」
「実はゲーム初めてすぐのときに、ちょっとだけ」
門の外側へと歩を進めつつ傍らの[アリア]に話を振ると、彼女は照れ臭そうに少し笑って答えた。好奇心からフィールドに出てみたはいいものの、怖気づいてすぐに街に引き返したらしい。なんともよくある話だった。
ちなみにこのゲームではマップは大別して「街」と「フィールド」そして「ダンジョン」に区分される。味方の拠点が「街」、敵の拠点が「ダンジョン」、それ以外が「フィールド」と認識すれば大差ない。
『始まりの街』から出られるフィールドは一つだけで、その名を『碧望の街道』と言う。読んで字のごとく紺碧の海岸線を望む緩やかな丘陵地帯に敷設された街道のマップである。風景はのどか極まりなく、時折海風の突風が吹きつける以外はいたって穏やかな雰囲気だった。街道から逸れない限りはエネミーの出現率も高くないので、最初のフィールドに相応しいイージー具合だ。
このゲームには日付の概念はなく、一定の周期で昼夜を繰り返す。リアルの現在時刻はそろそろ深夜だが、ゲーム内では昼下がりくらいだ。
ざりざりと歩を進める俺の斜め後ろぐらいをぽてぽてと着いてきていた[アリア]が、小走りになって横に並んだ。
「あの……」
「ん?」
「すみませんでした。いきなりこんなこと頼んでしまって」
なんというか、今更な言葉に思わず笑ってしまう。
その俺の反応に、[アリア]は気恥ずかしそうに人差し指で頬を掻く。
「いやなんか、勢いで来ちゃったけど、こーゆーの一回ちゃんと言っとかないとかなぁ……って」
「律儀だな。そこまで真面目に考えることでもないと思うが」
「まあ、良くも悪くも遊ぶためのゲームですし、そんなもんですかねぇ。と言いますか、そもそもなんでオッケーしてくれたんですか?」
ほとんど即決でしたよね、と[アリア]が不思議そうに訊いてくる。俺が二つ返事と言うべき速度で彼女の申し出を受けた理由が気になるのだろうか。
最も大きな理由は「暇だったから」というだけの話なのだが。強いて言うなれば妹の相手をしていた延長線上だったので、他者に教えるのが然したる苦でもなかった、というのもあるが。流石に妹と同列扱いは失礼だろうと思うので口には出さない。
なので、別の理由を言っておくことにする。
「このゲームでは、経験者がルーキーの面倒を見るのは半ば義務、みたいな風潮があるからな」
「そうなんですか?」
「らしいぞ。始める前に、攻略サイトとか個人ブログとか、なにか見たか?」
問うと、[アリア]はおとがいに指をあてて「初心者講座、みたいなのを少しだけ」と返した。
「大抵どこを見ても『戦闘が難しい』と書いてあったはずだ」
「あっはい。書いてました!」
そもそも、そういった情報を見ていたからこそ、[アリア]は俺に助力を乞うたのであろうが。
このゲームで初心者が最初に躓くのが、戦闘システムの特殊さだろう。
思考制御によるダイレクトリンクのみを用いた戦闘行動というのは、ボタンを押せば勝手にキャラが動いて技を繰り出してくれる従来のゲームとはわけが違う。
ガードボタンも回避ボタンも存在しない。
「剣を振るのも、敵の攻撃を避けるのも防ぐのもあくまでも自分自身の動作だ。それがこのゲームのすげぇ面白いところだと個人的には思うが、敷居が高いのは否めないな」
単純に難しいのもそうだが、一番の鬼門はエネミーの恐怖に耐えられるかどうか、である。
本物の肉体さながらの感受性を有するアバターで敵の攻撃を受けるという行為には、想像を絶する衝撃が伴う。少し想像してみればいい。例えば自分の身の丈よりも大きな狼が、こちらの頭を一心不乱に噛み砕こうとしてくるのだ。痛覚には直結していないとはいえ、攻撃を受けた部位には強い痺れや衝撃が発生する。痛みの多寡や出血の有無が問題ではなく、相手の攻撃の結果として、自分の身体に何らかの影響があるというだけで相当な恐怖感を伴う。
そして、少し油断すれば複数のエネミーに取り囲まれる状況だって普通にある。思考制御ということは、一度でもパニックになったら基本的には立て直せなくなり、助けてくれる味方が居なければ延々と良いようにやられるだけだ。特に初心者にはそのパニックがよく起こり得る。
所詮ゲームじゃん、と割り切ってすぱっと電源を落としてしまえる人はいいが、割り切れない人もいるし、ひどい場合にはトラウマになったりすることもあったらしい。
「とまあ、そんなわけで、最初の戦闘で躓いて辞めちまうプレイヤーが結構な割合で居たらしくてな」
「最初の戦闘って、つまり、今居るこの場所で?」
「ああ。だが、俺たち既存プレイヤーの立場からすればプレイ人口は増えて欲しいし、なにがなんだかわからずに辞めちまう初心者を見るのは忍びない」
そんな理由もあって、経験者が初心者を積極的に助ける風土が形成されたわけだ。というか『始まりの街』ではそういうルーキーを手助けしたい使命感に燃える親切な奴とか暇な奴とかが結構うろついているのだが。[アリア]のようなどう見ても初心者丸出しの、しかもちっこい女性アバターが歩いていたら声を掛けられないハズがない気がするのだが。
そう思って聞いてみると、案の定、何回か声を掛けられていたようだ。
「あはは。じゃあ、あの人たちに悪いことしたかも。普通に避けちゃいました」
「なんでまた」
俺のようなうすらデカい、しかも不愛想な男に声を掛けてくる度胸があるのだから、怖気づいたというわけでもなさそうなものだが。
「だって、知らない男の人だけのパーティとかにいきなり誘われても、ちょっと身構えちゃいますっ」
「それで良く俺に声かけようと思ったな」
「あ! それはですね。実は最初はご一緒していた妹さんに声を掛けようとしてたんですよ!」
「ああ……成程、あの時すでに見てたわけか」
「ですですっ! 妹さんのアバターすっごい綺麗だし可愛いですよね! あーゆーのちょっと憧れちゃいます!」
「会う機会があれば本人に直接言ってやってくれ。きっとヒくほど喜ぶ」
アバターであってもオシャレに興味津々なのは女子のさがであろうか。[さや]のやつは着飾るためだけにこのゲームをやっていると言っても過言ではないくらいの趣味人なので、見た目を褒められることほど嬉しいことはないだろう。
「で! ちょっと間が悪くて妹さんがログアウトしちゃったものだから、どうしよっかな~って思ってたんですけど」
「暇そうな野郎が残ってたから話しかけてみた、と」
「話しかけちゃいましたっ」
そう言って「えへへ」とはにかむ[アリア]。
ううむ、とあざとさに呻る俺。
「ちなみに……ほんとのご兄妹、です?」
「それは想像に任せるが。少なくとも、赤の他人に『兄さま』なんて呼ばせる趣味はないぞ」
「いやぁー……実の妹に『兄さま』って呼ばせるのもどうかと思いますけどね」
別に呼ばせているわけではないのだが。
◇◇◇
「この辺でいいか」
そう呟いて[エッジ]さんは足を止めた。最初のフィールドである『碧望の街道』へ足を踏み入れて数分、雑談しながら丘陵を上り、『始まりの街』を見下ろすくらいの位置まで来た。ここまで一回もエネミーに遭遇しなかったけれど、[エッジ]さん曰く、街の周辺は他のプレイヤーがたむろしているからエネミーはすぐに狩られていなくなってしまうらしい。
戦闘の練習には向かないので、少し離れたところまで歩いてきたということだ。
立ち止まった[エッジ]さんがわたしのほうへと向き直ったので、わたしも彼の正面に向き合って足を止めた。
改めて見ても、ほんとにおっきいなぁ。
チビのわたしからすれば見上げるような長身だ。確実に180cmは超えているだろう。
[さや]ちゃんと同じ黒髪で、襟足を長めに伸ばしたウルフヘアーだ。彫りが深めの面立ちで、眉が太目で眼力が強い。若々しく男くさいワイルドさがある雰囲気だ。こういう感じの男の人、わりと嫌いじゃない。
先ほどは[さや]ちゃんにばかり目が行って気にしていなかったのだけど、こうしてみると流石は兄妹ということか、[エッジ]さんの衣装もかなり凝っている。[さや]ちゃんが女子高生風の侍だとするならば、[エッジ]さんはさしずめ特殊部隊風の忍者と言ったところか。黒基調の格好で随所に機械パーツのようなアクセントが光る。[さや]ちゃんはだいぶファンタジー色が強い印象だったけど、[エッジ]さんは圧倒的にSF側の住人に見える。SFデザイナーが忍者をデザインしたらこうなる、みたいな。
[エッジ]さんの肘から先と膝から下はこれまた機械的なデザインの鎧に覆われているのだけど、こっちは眩い白金色の装甲をしていて黒基調の衣装からひどく浮いている。コーデの一部とは思えないので、あれが[エッジ]さんの武器なのだろうか。
うぅ……なんか初期装備の自分が、すっごいダサいやつみたいに思えてきた。
「チュートリアルは覚えているか?」
「あっはい。いちおう」
このゲームではアバターを作成した直後に操作のチュートリアルを受けてから本編を開始する段取りとなっている。無論、チュートリアルでは戦闘行動についても説明を受けてはいるのだけど……
「でも正直、無我夢中で言われたとおりにいろいろやってたらいつの間にか終わってた、って感じなので……」
「まあ、そうだよな」
チュートリアルは基本的にある程度同系統のゲームの知識と経験があることを前提に作られているので、わたしのようなガチの初心者は想定されていない。単純にそこまで想定するとチュートリアルだけで小一時間になりかねないからだ。もっとも、ダイレクトリンク一括のアバター操作はだいぶ特殊なので、別のゲームの経験者であってもわたしと同じ状況に陥っていた人は少なくないみたいだけど。
「時間もないから、最低限知っておくべきことだけやるぞ」
「はーい!」
「まずは武器を抜くことからだ」
大丈夫。これはチュートリアルで覚えている。
[エッジ]さんの言葉に従い、わたしは腰の後ろに装備した双剣を両手で抜き放つ。
これだけでは、ただ武器を持っただけだ。この状態になると『抜刀』のアイコンが脳裏に点滅するので、それを選択することで装備した武器が抜刀状態になり、戦闘準備が完了する。逆に『納刀』のアイコンを選択すれば戦闘状態が終了する、とそれだけの簡単な操作だ。
ちなみに、脳裏のアイコンというのはこの系統のゲームではいたって一般的なインターフェースだ。ダイレクトリンクがあるので、文字通り『思うだけ』でアイコンの選択・決定ができる。脳裏のアイコンには『プリなんとかかんとか』っていう専門的な名前があるらしいけど、わたしは全然わかんないのでかつあいっ!
「ばっとう!」
なんとなく格好いいので声に出して言うと、わたしの双剣が淡く金色に輝き始める。輝きの正体は『マナ』の粒子だ。
マナとはこの世界を構成する最も普遍的な粒子……という設定らしい。ありとあらゆるものはマナによって構成されていて、この世界では怪我をすると出血の代わりにマナの粒子が零れる。命を失った生物はマナの粒子に還っていく、らしい。
このマナの色彩は個人差があって、プレイヤーごとに違う。完全なランダムで決定されるのか、それともアバター作成時になんらかのアルゴリズムで決定されるのか、まだ明らかになっていないみたいだ。
わたしは運が良かったのか金色のマナを持っていて、これは結構羨ましがられる色彩っぽい。
わたしの抜刀を確認して[エッジ]さんも抜刀状態に移る。
彼の手足の鎧の末端部から水が流れるようにマナの輝きが走る。その色彩は鮮烈な緋色だ。[エッジ]さんのクラスは『ブレイカー』。最初のうちは選択できない派生型の近接クラスらしくて、手に武器を持たず鎧を纏った手足での拳打と蹴撃を主体に戦闘を行う。
ちなみに各クラスの武器にはカテゴリ名があって、わたしのクラス『ストライカー』の武器は和名だと『双剣』、洋名だと『ツインセイバー』だ。[エッジ]さんの『ブレイカー』の手足の鎧は和名で『打甲』、洋名だと『ガントレス』というらしい。
「これが『抜刀状態』。エネミーと戦う上での基本だ。抜刀状態ではHPが自動回復しなくなり、SPの消費量が増える。エネミーが居ないときに抜刀しておくのはデメリットしかないんで、戦闘を終えたら小マメに納刀する癖をつけることだ」
このゲームで常に気にしておくべきゲージは3つある。
まず、アバターの体力を表す『HPゲージ』。これがなくなると戦闘不能になる。まあ細かい説明は不要のヤツだ。[エッジ]さんが言ったように納刀状態ならば徐々に回復する。
次に、スキルを使用するときに消費する『MPゲージ』。これがなくなるとスキルを使えなくなる。スキルを使用するたびに応じた量を消費するけど、一定時間スキルを使用しなければ自動で回復する。ただ、ゼロまで使い切った場合には自動回復開始まで一定のクールタイムを要する。
最後に、何らかの行動をするたびに消費する『SPゲージ』。何らかの行動と言うのは、要するにアバターを動かすあらゆる動作のことだ。激しい動作ほど多くのゲージを消費するので、戦闘動作――攻撃はもちろん、咄嗟の回避とか、防御とかは特に消費量が多くなる。このゲージは常に回復し続けていて、例えば歩くだけとか、殆どゲージを消費しない動作の場合は回復量のほうが勝るので、見た目ゲージは減少しない。
スタミナの消費量は残ゲージに対する割合消費なので、絶対にゲージがゼロになることはないけれど、ゲージが減れば減るほどアバターの動作が重くなっていく。要するに、ゲージが減るほど疲労困憊になって動作にキレがなくなるわけだ。
抜刀状態ではSPの消費が増えるので、具体的には納刀状態ならば全力疾走でもしない限りはかなりの長時間を走り続けられるけど、抜刀状態ではすぐにバテてしまう。
では、そもそもなぜ『抜刀』する必要があるのか。
その答えが上述の『スキル』だ。
「スキルの説明をする」
「はい!」
「エネミーへの攻撃に用いるスキルを『アサルトスキル』と呼ぶ。戦闘においては必須技能だ。これは抜刀状態でないと発動しない」
このゲームのプレイヤーレベルには『コモン』と『クラス』の種類がある。エネミーとの戦闘経験値とかでレベルアップしていくのは『コモンレベル』のほうで、一般的に「今なんレベル?」と訊かれたときに答えるのがこちらだ。『クラスレベル』のほうはそのクラスで戦闘を行い、条件を満たして新たなアサルトスキルを習得していくことで成長する。レベルアップで技を覚えるのではなくて、技を覚えてレベルアップするのだ。
どちらのレベルも1であるわたしが現状使えるアサルトスキルは一つだけだ。
「アサルトスキルの発動条件を『トリガー』と呼ぶが、これには2種類ある」
「たしか、『ボイストリガー』と『モーショントリガー』ですね」
「そうだ」
実際にやってみせる、と言って[エッジ]さんは少し距離を取った。
[エッジ]さんが僅かに腰を落として構えをとると、ガントレスを装備した両足が淡く緋色に輝く。間髪入れずに彼がその場でハイキックを繰り出すと、蹴り足が爆炎のようなエフェクトを纏い、轟音とともに閃光が炸裂した。
じっくりと観察していたわたしは不意を突かれて、びっくりぎょうてんして尻もちをついてしまった。
[エッジ]さんはそんなわたしに苦笑気味に手を差し出しつつ、説明を続ける。
「これがモーショントリガー。あらかじめ登録された動作を行うことでスキルが待機状態になり、その状態で特定の攻撃動作を行うとスキルが発動する」
ここがこのゲームの特殊なところらしいのだけれど、スキルを発動させるには攻撃の動作自体は自分で行わなくてはいけないのだ。今の[エッジ]さんのスキルを例に挙げれば『爆炎を纏った蹴りを繰り出すスキル』ではなく『蹴り足に爆炎を纏わせるスキル』であるということだ。
このゲームのアサルトスキルとは、動きを『生む』ものではなくて『伸ばす』もの。
ちなみに魔法使いのクラスが持っている『マジックスキル』というのもあるらしいけど、これはまたちょっと毛色が違う。もっとも、この場に魔法職は居ないので、今は関係ない話だ。
[エッジ]さんが折角実演してくれたのだけど、わたしの目では彼の動作のどこからどこまでがトリガーだったのかさっぱりわからなかったのは秘密にしておこう。
彼はそこで一度武器を納刀状態にする。
「今のはブレイカークラスの『緋焔脚』というスキルだ。発動待機は両足に適応されるから、どちらの足で蹴ってもスキルが発動するが、効果は1回限りだ。ハイキックでもローキックでも喧嘩キックでも、前に蹴りさえすれば発動する」
「ふむふむ。なんで納刀したんです?」
「もう一つのボイストリガーは文字通り、アサルトスキルの名称を発声することで待機状態になるからだ。抜刀したままさっきのスキルの説明をすると、説明中に足が光り始める羽目になる」
その状態で蹴らなければいいのだから、別に問題ないのでは……?
とわたしは思うのだけど、どうやら説明をわかりやすくするためにわざわざそうしてくれたらしい。[エッジ]さんはもう一度抜刀すると、今度は棒立ちのまま「緋焔脚」と言う。すると彼の両足が先ほどと同じようにマナの輝きを纏い、そして彼がそのまま何もせずに立っているとすぐにその輝きは消えてしまった。
「光っているうちに蹴っていればスキルが発動していたわけですね」
「ああ」
どちらのトリガーも一長一短あって、モーショントリガーはとにかく出が速いが使いどころが限られる。ボイストリガーは確実だが発動速度はモーショントリガーに劣る。強力なエネミーと戦うためにはスキルからスキルに繋げる『連撃』が必須技能になってきて、それにはモーショントリガーをある程度使いこなせないと話にならなかったりするらしいけれど、わたしのようなガチ初心者はとりあえず技名叫んどけば大丈夫、だそうだ。
「あと、ボイストリガーはモーショントリガーに上書きで発動できる、と覚えておくとたまに役に立つかもしれない」
「はーい」
その玄人向けっぽい情報がわたしの役に立つ日は永遠に来ない気がするけど。
さて、と呟いて[エッジ]さんは武器を納刀状態に戻した。
「じゃあ、やってみるか」
「はいっ」
わたしが選んだクラス『ストライカー』の最初のアサルトスキルは『マイティシザー』だ。
両手の双剣で交差するように斬りつけるのが発動条件。
とうぜんモーショントリガーなんて登録していないので、ボイストリガーを使うことになる。
いつでも交差斬りを繰り出せるように、あとは振り抜くだけの状態まで最初から双剣を構えておく。
「『マイティシザー』!」
おっかなびっくりスキル名を宣言。ちょっとだけ恥ずかしい。
すると双剣からぽわぽわと発散していた金色の粒子が、今度は収束して、刀身が光を纏ったようになる。
――今!
思い切って、双剣を交差するように振り抜き、
「あれ?」
そのまま特に何も起こらず、わたしの間の抜けた声だけが響く。
[エッジ]さんの『緋焔脚』みたくわかりやすい何かが起こると思ったんだけど。
最初のスキルだから見た目もしょんぼりとか、そういうわけじゃないですよね……?
双剣を見ると変わらずに金色の光を纏っていて、少しすると光が解けて、マナの燐光だけを纏った抜刀状態のそれに戻る。
さっき[エッジ]さんが見せてくれたやつだ!
いわゆる、不発。
「わたし、なんか間違ってました?」
「概ね間違ってねえが……」
そうだな、と呟いて[エッジ]さんは打甲を抜刀状態にすると、『緋焔脚』と宣言する。
スキルの発動待機に入った状態で、まるでお手本のような綺麗なハイキックを繰り出す。
ただし、わたしにも動作がわかるようにゆっくりと、だ。
ゆっくりと蹴る、なんて不安定極まりない真似をしながら、微塵も体幹がブレないのがすごい。
思わず魅入っていると、[エッジ]さんはそのままゆっくり蹴り足を戻す。と同時くらいに発動待機の光が消えた。
「わかるか?」
「えっと、遅すぎた?」
ようするに、スピードが遅すぎてシステムに蹴りと認識されなかったのだ。
ということは、さっきのわたしの交差斬りも?
「発動条件は剣を振ることじゃなくて、剣で斬ることだからな」
「けっこう思い切ってやったつもりですけど」
「気持ちはわかるが、最初はよくあることだ。ちょっと慎重になりすぎたな」
「はうぅ……」
[エッジ]さんが笑みを含んだ声でそう言い、わたしは恥ずかしくて俯いてしまう。
自分的には思い切ったつもりでも、端から見たら斬撃とは認識されない程度の速度しか出てなかったわけだ。
なんて滑稽な姿!
「気を取り直して、もう一回やってみよう」
「は、はいっ」
同じように双剣を最初から構えて、スキル名を宣言する。
発動待機の光を纏った双剣を、今度はがむしゃらなくらいに思いっきり振り抜く!
すると、斬撃の軌跡をなぞるように強烈な光が瞬き、ゲームっぽい『斬撃音』みたいなSEが発生する。
自分でやったことなのに、かなりびっくりした。
「わわっ! で、できました!!」
誰がどう見ても、正しくスキルが発動した光景だろう。
わたしが興奮気味に[エッジ]さんを見ると、彼はビシッと親指を立てて見せた。
「これでアサルトスキルの使い方はマスターしたな」
「えっと、はい。とりあえず発動はできると思います」
「なら、もう教えることはない。免許皆伝だ」
「え! これだけですかっ!?」
「これだけだ。あとはセンスと根性だな」
そう告げる[エッジ]さんの表情があまりにも迫真だったので、思わず「あっはい」と頷いてしまった。
「他にも移動スキルとか補助スキルとか、色々あるんだが。それはもう少しレベルを上げてからの話だな」
「あそっか。そうですよね」
でしたら、とわたしは続ける。
「その時はまた、教えてくださいね」
すると[エッジ]さんは少し意外そうな表情を見せたが、すぐに笑って「おう」と頷いてくれた。
なにか意外だったのかな? と少し考えて思い至る。
このゲーム、一朝一夕にレベルが上がるものではないらしくて、レベル上げには結構な時間がかかるみたい。
そうなると、今のわたしのセリフってレベルが上がるまで末永くよろしくお願いします、って意味になるのかな?
「じゃあ、今日の仕上げといこうか」
「あっはい!」
「実際にエネミーと戦ってみよう」
ついにきた、と思う。
いや、むしろここからが本番なのだ。
実際のところ、スキルの情報とか使い方は大事だが、それ自体はゲームのチュートリアルをもう一回確認したり、あるいは攻略サイトなどで自分で勉強すれば済む話ではあるのだ。
それよりも、わたしが[エッジ]さんに、あるいは幾多の初心者プレイヤーが経験者に求めるのは、とにかく最初の実戦での実践を見守っていてほしいということだ。なにはともあれ自分でやってみないことには話にならないので、もし危なくなった時に助けてくれる存在で居てくれれば、それだけでいい。
「ちょうどいいところに、エネミーのお出ましだぞ」
「えっ!?」
そう言って[エッジ]さんが指さした先を慌てて確認すると、なんか微妙な大きさの物体が草原を駆け抜けてこちらに接近してくるのが見えた。
徐々に細部が見えてくると、それはやたらと頭の大きい、二足歩行の鳥のような生物だった。アンバランスな身体でぼてぼてと不格好に走ってくる姿はどう見ても間抜けだが、意外と足は速いようで、どんどんこちらとの距離を詰めてくる。
「このフィールドに出現する唯一のエネミー『ランドピーク』だ。間抜けな姿だが、その実このゲーム内で最も多くのプレイヤーをキルした最強のエネミーと言われている……」
「マジですかっ!?」
「被害者の99%は初心者だがな。そしてそのあまりに伝説的な恐怖から逃れるために、俺たちプレイヤーは奴を『へんなとり』と呼ぶことにした……!」
「そもそもアレ鳥なの……いやなんでもないです」
爆走する『へんなとり』は見たところ一羽?だけだ。大きさは小柄なわたしの、腰くらいの背丈しかない。ずんぐりとした体躯(ほぼ頭部)はそれなりの重量感がありそうだ。
きっと、ぶつかられたら結構な衝撃だろう。
双剣を持った手が無意識にこわばる。
わたしの様子を見かねたのか、[エッジ]さんが安心させるように腕をひらひらと振って見せる。
「危なくなったら助けるから安心してくれ。自慢にもならんが、俺ならデコピンで倒せる相手だ」
「は、はい……!」
「まずは相手をよく見て、回避に専念すると良い。避け慣れてくれば、攻撃するチャンスはいくらでもあるからな」
言うが早いか、[エッジ]さんはわたしの腕を優しく引いて、エネミーのほうに集中していたわたしは少しバランスを崩して彼のほうに一歩だけ引き寄せられた。次の瞬間、わたしがさっきまで立っていた場所を『へんなとり』が高速で駆け抜けていった。
ほんの一歩しか避けていないのに、脇目も振らずに一心不乱に駆け抜けていった『へんなとり』は、だいぶ行き過ぎてからようやく避けられたことに気づいたようだった。
それを見てわたしは豁然と悟る。
あの子、おバカちゃんだっ……!
「…………」
「簡単だろ?」
[エッジ]さんはそう言うけれど、彼が腕を引いてくれなければたぶんわたしは体当たりを食らっていたと思う。
エネミーがリアルには存在しないアンバランスな体躯だったので、距離感と相対速度の見積もりが狂って、避けるタイミングを逃していたのだ。
そして最初の一発を避け損ねていれば、そのままろくに抵抗もできずに蹂躙されていたことは想像に難くない。
でも、逆に言えば最初の一発を回避した今、たぶん、もう恐れるところがない。
「らくしょーですっ!」
ふんすっ、と気合を入れて『へんなとり』と向かい合う。
頑張って方向転換した相手は、懲りずにまた突撃してくるのだろう。
まずは回避。焦らず回避だ。
「なら、お手並み拝見と行こうか」
こうして、わたしの栄光あるデビュー戦の火蓋が切って落とされたのだっ!
あくとに。えんど。
本日の報告書。
デビュー戦、結果。
勝敗「ドロー」
理由「時間切れ」
原因「ビビり」
コメント「次はがんばるっ!」
2020/6/28 説明的なものを追加